桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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背中を押す

「引き継ぎも終わって、今日から俺も受験生かぁ」

「夏休み明けに言うことかよ。どうせ青城って決めてるじゃん」

「まあそうだけど。……っと、おー」

 

 夏休み明け、とはいえまだまだ暑さが抜けきらない放課後。廊下を歩いていると金田一くんと国見くんが話しているのを見かけた。向こうも私に気付いたようで、控えめに手を上げてくれる。

 

「桃井、お疲れさん。今日も体育館?」

「そう思ったんだけどね。監督に追い出されちゃった、暫くはゆっくりしろって」

「一応俺ら三年は引退しただろ。なんでまた顔出ししてるわけ」

「二年生や一年生たちへの指導と、あとマネージャーたちに分析のアドバイス。ほら、及川先輩や私たちの代の次になるから、相当プレッシャーだろうし……先輩として残せるものは残してあげたいの」

 

 それに部室に置きっぱなしのデータファイルも処分しなければ。引退したとはいえ、やること、やらなければならないことはたくさんあった。

 今日使う予定だった資料を胸元に抱きしめる。

 

「………あの」

「あー! いいってもう! お互い謝ったんだからそれでおしまいでいいだろ? ってこん前決めただろうが」

 

 金田一くんが後ろ髪をぐしゃぐしゃやって、国見くんははぁ〜〜と大きなため息をついた。

 

 

 影山くんを理由にしてチームに迷惑をかけてしまったことを謝った時、彼らは驚いた顔をして、そして「仕方がなかった」と許してくれた。

 むしろ私に負担を大きくしてしまってすまなかった、なんて返されて……どうしたらいいかわからなくなってしまったけれど、お互い謝ったし、引きずるのはやめようという話に落ち着いたのである。

 

 とはいえ、あの県予選決勝戦後に、影山くんと彼らが直接話をしているところは見たことがないので、彼らの仲は相変わらずなのだろう。

 だけど私が介入するべきところではない。それこそ余計なお世話だろうから。

 

「……桃井は気にしすぎ。結果がどうあれ、精一杯のやったんでしょ」

「……うん」

「じゃあもうこの話おしまいね」

「はい……」

 

 国見くんにまでそう言われてしまった。

 いつまでも後ろ向きになってはいけないと深呼吸をして、フラットな笑顔を浮かべる。

 

「それに、そろそろ自分のために時間使っていいと思う」

「え?」

 

 どういう意味が尋ねようとしたその時、耳を劈く黄色い悲鳴が飛び込んできた。

 

「わっ、何だ!?」

「校庭に人だかり……なんだろう、あんなに女子に騒がれる生徒、北一にいたっけ」

「そんなのあの人が卒業して以来ないでしょう。それにあれだけの騒ぎっぷり、なんだか及川先輩を思い出、す……」

 

 及川先輩だ。及川先輩がいる。

 女子たちの群れの真ん中に及川先輩の姿を見つけて、私は一気に逃げ出したくなった。サッと身を伏せて窓から姿を見えないようにする。不審な挙動に金田一くんが怪訝な顔をした。

 

「どっどうした!?」

「及川先輩に見つかったらやばい」

「桃井何やったんだよ!?」

「いやあの………及川先輩からの連絡溜め込んでて」

「別にいいんじゃないの? 結構どうでもいいこと送ってくるじゃん、あの人」

 

 国見くんはよく既読スルーするタイプなので気にも留めていないらしい。が、色々と及川先輩に気まずさを感じている私にとっては死活問題だ。

 

「自意識過剰。あの人たちが桃井に用があるって決まったわけでもないでしょ」

「あの人たち……?」

「あ、岩泉さんもいる」

「うっ」

 

 金田一くんが窓の向こうを指差した。

 岩泉先輩には会いたい……でも及川先輩からは何言われるかわかんないから会いづらい……!!

 

「けど、国見くんの言う通りだよね。早とちりしちゃった。私向こうから帰るから。じゃ、また明日───」

「おーい! 金田一ぃ、国見ちゃぁん! 久しぶりー! 元気してた?」

 

 柔らかな声が壁一枚を隔てた向こうから聞こえてくる。

 ここは一階、窓も低い。壁に背中をつけて隠れる私を挟むように、両隣に立った金田一くんと国見くんは開けっぱなしの窓から来訪者を歓迎する。

 

「おがったなお前ら」

「オッス! お久しぶりです!!」

「はい元気です」

「金田一も国見も相変わらずだな」

 

 及川先輩と岩泉先輩、二人分の声がする。懐かしい、と胸の内が温かくなる一方で、早くここから逃げなければと頭の中で警鐘を鳴らした。

 

「今日はどうしたんスか? わざわざここに来るなんて」

「監督から言われてお前らの現状を把握……ってのが建前な。本当はスカウトしに来ただけだ。監督より俺たちの方が可能性は高まるっつって」

「スカウトって、俺らの大部分が青城への進学を希望してますけど」

「いやいや。まだいるでしょ? 進学先を決められてない、かわいいかわいい後輩マネージャーちゃんが」

 

 ぎく、と肩を揺らした私と、あー……なんて気まずい顔でこちらを一瞬見下ろす金田一くん。やめて! こっち見ないで! その視線で全てを気取られるの!

 

「桃ちゃんいる?」

「えーっと、監督に呼ばれて〜〜…今はいないっス」

 

 国見くんに足先で突かれて金田一くんは嘘をついた。ありがとう金田一くん。国見くんは多分関わりたくなくて、ただ嘘をつくと後が怖いから金田一くんになすりつけただけなんだろうけどナイス。

 

「ふーん、あっそう。じゃあ体育館行こっか、岩ちゃん。桃ちゃんはそこにいるだろうし」

「ああ〜〜と、俺らは引退しましたけど、先輩たち部活の時間なんじゃないですか?」

「青葉城西は毎週月曜日必ずオフだからな」

「え!? もったいなっ、あ」

 

 咄嗟に口に手を当てるが、遅かった。

 

「自意識過剰じゃなかった」

 

 週の初め、月曜日。沈黙が降りる中、国見くんはぽつりと呟いた。

 

 

 

「連絡無視されて及川さん傷つきました」

「ご、ごめんなさい」

 

 ぷん! と頬を膨らませてそっぽ向く及川先輩に頭を下げる。が、岩泉先輩に「気持ち悪ィ」と後頭部を叩かれた及川先輩は、涙目で反応した後に明るい笑顔を見せる。

 

「まぁ忙しかったんだろうし、その件は流してあげる」

「ありがとうございます」

「ただし! 相応のものはもらうけどね」

 

 パチン。指パッチンをして人差し指でこちらを差す。ハンサムな顔立ちとは裏腹に、過酷な練習によってその指が少し歪んでいるのを私は知っていた。

 その少し後ろで岩泉先輩は腕組みして鋭い眼差しを向ける。偽りも気休めもいらないという念に、肩に力が入った。

 

「県決勝、見たよ」

「………」

「優勝おめでとう。OBとして鼻が高いよ。……とまあ、先輩としてのコメントはここまでにして。飛雄ちゃんとの確執が、チームをああさせたんだね」

 

 やはりこの人は全てを見透かしている。

 影山くんのあのプレー、そして常に指示出ししていた私があの試合では何もしなかったことに対して、少ない材料から正解を導き出したのだ。

 岩泉先輩も事態を理解しているようで、緩まらない視線に気遣うような色が見えた。

 

「あれだけ楽しみにしていた飛雄ちゃんとのプレーがああだったんだ。アイツと一緒の高校を選んだとしても、中学の二の舞になるのは目に見えてる」

「……断言するんですね」

「もちろん。だって、桃ちゃんは昔から飛雄しか見てないもんね」

 

 完全に図星である。

 

「飛雄は桃ちゃんを上手く使えない。それが今回の一件で証明されたと見ていい」

「おい」

 

 使う、という言葉に岩泉先輩が非難の声をあげた。その気持ちを曖昧な笑みで受け取れば、彼ははぁと嘆息し元の位置に戻る。

 使ってみせろと言ったのはこちらなのだ。そのくらいの気持ちでいてもらわなければ困る。

 

「だけど、俺は違う。俺がいる青葉城西なら、桃ちゃんを最大限使うことができる」

 

 これが本題だ。

 青葉城西。

 本腰を入れて高校を調べきれていないので、確かな情報は手元にない。けれど県内ベスト4で、かつあの及川先輩と岩泉先輩がいるチームというのは非常に魅力的なものだった。

 

「桃ちゃんと手を組んだ、二年前の全国大会。俺にとっちゃ夢みたいだった。ウシワカ野郎を叩きのめして、全国の名だたるプレイヤーを下して。俺は確信したよ。誰よりもうまく桃ちゃんの能力を生かすことができるって」

 

 若干脚色が入っているようだが、彼の言いたいこともわかる。

 私にとっても夢のような時間だった。初めて尽くしの輝かしい体験が胸のうちに鮮やかに蘇ってくる。

 

「将来はアナリストになりたいって言ってたね。大人になってからは、国のために君は正解を選ぶことを強制される。勝ちにどこまでも非情にならなくちゃいけなくなる。そうなった時、君は誰を頼る? ……俺のもとで自由にバレーボールをしよう」

 

 及川先輩なら、私が存分に頼ることができるだろう。

 さあ、と差し伸べられた手を見つめる。

 手を取ることを疑わない、信頼が宿る眼差しを二人分受けて、私は覚悟を決めた。

 

「私は青葉城西には行きません」

「!」

「行かない、というよりは……行きたくないのが本音です」

「………」

 

 岩泉先輩は驚いたように、及川先輩は静かにまばたきをして、答えを聞いてくれる。

 

 前々から考えていたことだった。

 青葉城西。北川第一のほとんどの選手が進む進路だ。事実、チームキャプテンや金田一くん、国見くんらは推薦をきっかけに進学を決意している。

 周りで青葉城西を選んでいないのは、私や影山くんくらいなものだろう。

 

 だからこそ、強く思う。

 私は彼らから離れるべきなのだと。

 

「私の作戦にチームが依存したら崩壊する。それをあの試合で痛感しました。必要なのは適度に出力すること。……及川先輩があまりに上手く処理してくださっていたから、いつのまにかあれを当たり前のように錯覚していた」

 

 言葉選びがうまくいかない。きっと伝えたいことの半分も伝えきれてない。

 もどかしく口元をわななかせる私に、二人はゆっくり続きを待ってくれていた。

 

「そのせいでチームメイトの三年間を無駄にしました。彼らの道を潰しました。今更同じチームで戦うことなんてできません。そして、青葉城西という新チームになって、また同じことを繰り返すのはいやなんです。……もうこれ以上、彼らの優しさに甘えることなど」

 

 

 

 

 桃井の様子から、あれおかしいな? 予定と違うな? と及川が思い至るまで時間はそうかからなかった。

 

 予想では、彼女はもっと落ち込んでいるはずだった。経緯や状況はどうあれ、桃井の中心にいる(憎たらしい!)のは影山で、その影山がコートに下げられてしまったなんて、彼女には受け入れ難いものだと思うから。

 

 だから、意気消沈した彼女を元気づけようと……あわよくば自分に転がり落ちて縋ってくれたら、なんて願っていたのだが。

 

 割と普通な対応をされたから、また気まずいはずのチームメイトらも普通の対応をしているから、これはおかしいな? と思ったのである。

 

 及川は知らない。まさか知り合って間もない日向の目の前でわんわん泣いたことや、限界までバレーボールをして吹っ切れたことなど知る由もない。

 チームメイトと話し合って蟠りが解けたことなんてさらに知るわけがない。

 

 故に、及川が想像していた以上に桃井のメンタルは回復していた。もし日向との一件がなければ、及川なら桃井を青葉城西に引き込むことができただろうが、現実はそう容易くない。

 

 

 

「なので、申し訳ないのですが、お断りさせていただきます」

 

 同じセリフを、彼女に告白した二年前も聞いたなぁと半ば現実逃避をするようにして及川は頷いた。

 

「……つまり、青葉城西には北川第一の選手が多くいるから選ばない……ってことでOKィ?」

「はい」

「………。…………」

 

 どうしたらいいんだそれは。

 解決できそうなことなら何でもすると決めていたが、桃井の理由は到底及川が対処できるものではない。

 何より「行きたくない」と言われてしまえば、どうすることもできない。

 桃井に無理をさせたいわけではないのだから。

 

「お前はごちゃごちゃ考えすぎだべ」

「岩泉先輩……」

「もっとすっきりはっきり言えばいい、クソ川が嫌いだって」

「嫌われてねーしっ!」

「嫌ってませんっ!」

 

 二人分の声がハモる。岩泉は快活に笑った。

 

「要はチームメイトだった連中に対して、離れることで誠実に在りたいってことだろ。お前がそうしたいならそうしろ。否定する奴は誰もいねぇよ」

「目の前にいる人が拒否してきそうなのですが」

「コレは無視しろ」

 

 及川が騒ぎ立てるが背後に隠し、岩泉が桃井の正面に立つ。桃色の瞳は変わらず美しく、一つこうと決めたら揺らがないことをわかっていた。

 

「じゃあ、お前が青城と違う高校に進学したとして、俺や元チームメイトと戦う時、手を抜くのか?」

「いいえ。全力で叩きのめします」

「ははは! だろうな! 安心した」

 

 やはりそうでなくては。彼女が中学一年の時、ポジション争いに弱肉強食はつきものだと薄く笑って言っていたのを思い出す。

 しかしここで「叩く」というワードを使っている時点で、隣の相棒にかなり影響を受けていることは間違いない。

 

 影山と上手くいかなかったことが証明されたと及川が言っていたが、これは及川がいないチームで上手くいかなかったことの証しでもある。

 その二人がいない高校で桃井はどこまでやれるだろうか。その先が楽しみであり、岩泉は待ち遠しいとさえ思うのだ。

 幼馴染の男と違って、岩泉は桃井に勧誘を蹴られたことがショックではなかった。

 

「二年前、俺らが同じチームにいた時、たくさん助けてもらったからな。今度は俺らが助ける番だ……って意気込んだんだが、ここまで元気なら心配ねェべ」

 

 決勝戦で失ったように見えた光が、その眼差しに宿っている。

 

「お前がどこに進学しても、俺の自慢の後輩なことに変わりはねェんだ。胸張って好きなこと貫けば良い」

「い、岩泉先輩……!!」

「困ったらいつでも呼べ。些細なことでも何でも良い。俺はお前の力になりたいからな」

 

 散々自分達の背中を押してくれた存在だ。迷った時に道標となってくれた後輩だ。彼女は後輩なのに、こちとら先輩なのに、何もできないでいたらどっちが先輩かわからなくなってしまう。

 だから、先輩らしく桃井を導くことができれば。そうでなくとも背中を押すことができればと岩泉は思うのだ。

 

 桃井は肩で大きく息をすると、涙ぐんだ瞳を幸せそうに細め、頭を下げた。

 この人のこういうところが人として好きなのだ、と改めて感じる。

 

「はい。……はい! ありがとう、ございます……! わっ」

 

 頭を上げさせられるついでにクシャクシャに撫でられる。雑な扱いに、もう! と桃井が批判する目を向けて、横に逸れた。

 

「俺のセリフ取られたぁ……!!」

 

 及川である。カッコつける暇もなく相棒にかっちょ良く決められてぐずっている。

 この人も自分のことを心配して勧誘してくれたのだから、何かお礼を……と岩泉にしばかれる彼を見ながら考えていたところで、桃井のスマホが鳴った。

 

「ん、電話か? 俺らもう帰るから出て良いぞ」

「ええーっ! 久しぶりに会えたのにもう帰るの!? せっかくだからどっか出かけようよ桃ちゃん!」

「アホ! 後輩に迷惑かけてんじゃねェ!」

「あ。この後予定があるので無理です。それから、本当にありがとうございました。それでは!」

「おう、またな」

「ちょっ俺からの連絡はほっといたのに!? 電話かけてきた奴誰だよ! 桃ちゃん貸して! 俺が代わりに出る!!」

「うるせえぞ!! 黙らねェなら無理矢理にでも黙らす」

 

 岩泉から放たれる殺気に、及川が口を閉じる。静かになったその場で桃井の弾んだ声がよく聞こえた。

 

「もしもしっ、珍しいね! そっちからかけてくるなんて」

『おーっす、桃井ちゃん久しぶりィ』

「黒尾さん? あの、研磨くんからだと思ったのですが」

『研磨のスマホ借りてるから合ってるよ。ちょっと大事な話があんだけど今平気?』

「え、ええ……」

 

 後ろで先輩がすごい顔で見てきているが。

 先を促す桃井に、黒尾は口元をニヤつかせながら言った。

 

『宮城がすっげぇ遠いってことは重々承知なんだけどよ。もし機会があれば音駒に遊びに来ねぇ? 三年が引退して新チームになったばっかなんだ。きっと面白いものが見れるよ』




もし日向と会う前に及川・岩泉と話をしていたら、桃井は青城を選んだ可能性が高いです。そのくらい精神的に弱っていたので、「また及川先輩・岩泉先輩と頂点を目指そう」となったかもしれません。及川もその気満々で中学に来たので、まさかとっくに立ち直ってるとは思っていませんでした。

最後のは高校に進学したら他校との絡みのチャンスが減るので描ける今のうちに描いておこうというやつです。私が楽しい。


これは平和な世界線での一枚漫画です。自分絵なのでご注意を。
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追記:すみません削除しました、見てくださった方ありがとうございました!
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