桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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獲物の猫

 日曜日。東京の音駒高校体育館に桃井は足を踏み入れる。入校許可証を首から引っ提げた少女の登場に、男子高校生は野太い歓声をあげた。

 

「本物だ! 本物の桃井さつきだ!!」

「中学生とは思えねーな、かわいい!」

「初めまして! 俺の名前は───」

「バカお前抜け駆けすんな!」

「黒尾がスペシャルゲスト呼んだとか言った時は、何言ってんだコイツって思ってたけど、マジだったんだな」

「てかあの子と繋がり持ってんの? は? ふざけんな」

「君たち失礼だよ?? 彼女に会えたこと、僕に感謝するべきでは??」

 

 胡散臭い顔をした黒尾が心外ですと言わんばかりの仕草で胸元に手を当てる。彼にとっては一世一代の賭けであった。

 桃井は中学バレーボール界でアイドル的人気と確かな実力を持ち合わせた稀有な人材である。彼女の進学先の高校は、各大会でも優勝候補に躍り出るとされているほどだ。

 

「お久しぶりです。黒尾さん。本日はお招きいただきありがとうございます」

「桃井ちゃん、おひさ〜〜。本当に朝から来てくれるなんてね。今日は練習最後まで見学するって聞いてるけど合ってる?」

「はい。たった一日ですけれど、よろしくお願いします」

 

 猫又監督らに挨拶を済ませた桃井と会話をすれば、黒尾の背中には幾人もの嫉妬の視線が突き刺さった。話せて羨ましい、というわかりやすい熱気に咳払いをする。

 

「あー、コホン。一応部活始まる前にそれぞれ自己紹介すっか。君に名前と顔を覚えてもらいたいらしい」

「いえ、その必要はありません。全部知ってますから」

「ん??」

 

 黒尾を見上げる視線が横に逸れ、一人一人を冷静に観察する。

 

「音駒高校男子バレーボール部。護りの音駒と呼び声高い、東京の古豪。繋ぐという横断幕の通り、守備力が異様に高く、レシーブに力を入れているチームですね。部員数は───」

 

 桃井は全選手の名前を口にし、さらにそこから出身中学や身長体重、得意不得意、長所短所、弱点に性格……あらゆる情報を的確に発言していった。

 もうその頃には、ウヒョーっ可愛くて胸が大きい子が遊びに来たぞー!! なんて騒いでいた部員たちのぶち上がっていたテンションは下がり切り、平静に戻っている。

 気づいたのだ。あ、この子やべーヤツなんだわと。

 

「三年が引退した現在、黒尾さんを新キャプテンとしてどんなチームが仕上がるか楽しみです。予想としてはけ、……孤爪さんを正セッターに置き、彼の高度な分析力と考案する戦略を中心として守りで粘る、というところでしょうか。夜久さんの守備力が抜きん出ている一方で、攻撃に特化した目立つ選手がいないのが気にかかりますが……」

 

 そこまで澱みなく喋っていた桃井は、ようやく場の空気にはっとなって頭を下げた。一番に反応するのは黒尾である。

 

「すみません。勝手にペラペラと」

「……あ、ううん、えと。やっぱスゴイネ。どうしてそんな、調べてくれたの? なんかもう見学する必要ある? って感じだけど」

「は、張り切りました」

「へ?」

「高校に呼ばれるなんて初めてだったので。浮かれました……」

 

 自分の浮かれっぷりに恥ずかしくなって、語尾は小さく、赤らんだ頬を隠す桃井。

 そんな彼女に、ストレートに可愛いなんて思う部員は、女子にすこぶる弱い一年の山本猛虎以外いなかった。

 

 うきうきルンルンになったから、たった一日見学する高校を徹底して調べ上げて来たらしい。

 彼らは痛感する。今日の部活を必死にやりきり、彼女に魅力を感じてもらえれば、これだけ恐ろしい情報収集能力と予測を味方につけることができると。

 浮き足立っていた部員たちの気が引き締まった瞬間だった。

 

「……よーし。そんじゃ俺たちも張り切ってやるぞォ!!」

「おおーーー!!!」

 

 黒尾の掛け声でチーム全体が動き出す。音駒高校男子バレー部、桃井さつきを獲得する一大チャンスである。

 

 

 

「びっくりしたな」

「な。見学でアレだったら、大会とか張り切り過ぎて対戦相手全員分のデータ分析完了しましたとか言いそう」

「それガチだぞ」

 

 部員が冗談のつもりで言ったら、近くを走る夜久に肯定される。ロードワーク中だが、さっきの桃井のインパクトがあまりに強く、話題は彼女一色だった。

 

「桃井が中1んとき、自分のチームが出場してるわけでもない大会にわざわざ来て、選手分析してた。聞けば全国大会のトーナメントでも、当たる可能性のあるチームは時間の許す限り調べるって」

「夜久も黒尾みたいに桃井さんと知り合いなのか?」

「おう! つっても二年前の大会でちょっと話したっきりだけど」

 

 副キャプテンになった海信行は、自分自身の苦手意識を正確に言い当てられたことに驚いたが、周りのように動揺はしていなかった。

 良いことを教えてもらったな、後で克服する練習をしようと前を向いている。

 

「質の高い当然を出して、そこからさらに上を目指してる。すごい子だね」

 

 海の言葉に夜久は頷いた。

 そして過去を思い出すように地面に目線を落とす。

 

「……あの子、昔はショートだったんだよ」

「? ああ、今は伸ばしてるみたいだね」

「髪切ってくれなんて言えねーけどさァ! 長いのも似合ってるけどさァ! 俺はショートカットが好きなんだよ!」

「ヘェー、俺はロング派だから今の桃井ちゃんめっちゃ好み」

 

 ショート派の夜久が悔しそうに走る横を、煽り全開のムカつく顔で走り抜ける黒尾。苛立った夜久は速度を上げてキャプテンの背中を追い、海はニコニコ菩薩の微笑みを浮かべて地面を力強く蹴る。

 

 先頭を駆け抜ける黒尾は、桃井の予想に舌を巻いていた。彼が計画している新しいチーム像が全く同じだったからである。

 やはり彼女が欲しい。敵に回したくないのもあるが、味方でいてくれたら、孤爪とダブルで音駒の脳になれるから。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 周回遅れで走る孤爪は、先頭でそんなことが起きているとは知らないまま、ヘロヘロになっていた。

 目立つことを嫌う孤爪に気を遣って、桃井は音駒に来てから一度も彼を見つめないし、話しかける様子もない。名前の呼び方にも配慮している。

 けれど黒尾との知り合いであること、そしてさっきの音駒チームの予測から、孤爪に対する注目度が上がっているのは事実だ。

 

「おい孤爪! もっ、ももももっ」

「もももも……?」

「もも、桃井さんに、目をかけられたからって、チョーシ乗んじゃねーぞ!!」

 

 案の定、山本に大声で話しかけられる。

 こうして周回遅れで走っている時点で調子に乗るも何もないんだけど、と思っても言葉にはしない。そんな余裕はないからだ。

 

「俺は音駒のエースになる!! コートを護り、点を獲る!! 彼女の言う攻撃に特化した、そして守備もできる選手に、俺はなる!!」

 

 言うだけ言って去っていく山本のモヒカンに脳内で麦わら帽子をかぶせる。山本に抜かれた同じ一年の福永に何を装備させようかなと考えたところで、多分どのキャラにも合わないなと思ってやめた。

 

 

 

「監督、いいんですか。今日の時間だけでウチのチーム、完全に攻略されますよ」

 

 コーチの直井が猫又に尋ねる。体育館全体が見渡せる位置で準備をする桃井からは距離が離れているから、今しかないと思ったのだ。

 

「もし彼女が音駒高校を選ばなかったら、見学許可の損失は大き過ぎます」

「たしかにそうだね。敵に塩を送るような真似だ。でも、恐れては何も成果は出せない。事実彼女はウチに興味を抱いてくれている」

 

 知り合いだという黒尾から話を持ち出された時は驚いたが、断る理由はなかった。この懐の深さは、後に烏野高校を梟谷学園グループの夏合宿に招待することにも繋がるが、それは一年後の話である。

 

「攻略されるというのも今のチームでのこと。彼女が高校一年になる時、このチームは成長し、新入部員が加入して全く別のものになる。そうなれば今日の見学くらいなんてことない」

 

 一年もすれば、音駒というチームは新しく生まれ変わる。桃井がせっせと集めた情報達も古くなっていく。

 

「成長した選手の未来を読むことは、限りなく不可能なことだからな」

 

 

 

 

「何だったんですか? あの試合前の掛け声」

「───俺達は血液だ。滞り無く流れろ。酸素を回せ。脳が正常に働くために?」

 

 黒尾が全部を言えば、それです、と桃井は頷く。

 

「何って……気合い入れ?」

「最初はイカれたんかと思ったけど、まあ定着したら馴染むよな」

「コラコラ」

「将来恥ずかしくなるから変えた方がいいですよ」

「桃井ちゃんまで!!」

 

 音駒のチームカラーは赤。それと横断幕の『繋ぐ』を掛け合わせて出来たであろうそれに、部員達は至って普通の反応である。

 及川の「信じてるよ、お前ら」と同種なのだろうと桃井は納得する。が、正直恥ずかしそうと思うことは止められないので言ってしまうと、視界の隅で孤爪がコクコク頷いたのが見えた。

 

「それで、どうでした? このチームは」

 

 一日の練習を終えた体育館。居残り練習の時間だ。普段ならここから人が減っていく時間帯だが、桃井がいる為に誰も帰ろうとしなかった。生まれつきこの顔ですが? みたいなキリッとした面ばかりだった。どいつもこいつもわかりやすい、と黒尾は笑う。

 

「事前情報以上に面白いチームでした。チームワークがはまれば、爆発的に進化するでしょうね」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん」

 

 桃井は期待以上だと言った。数々の強豪校を見てきた彼女の目からそう見えるのであれば、それはかなりの自信になる。

 平然の態度を装った黒尾だが、内心は舞い上がっていた。そんな幼馴染を読めない視線で見つめる孤爪は、とうに帰り支度を済ませている。

 

「桃井ちゃんはいつ帰るの? 一応部活の時間は終わったけど。送ろうか?」

「父が迎えに来てくれるので、それまで見学させてもらおうかと」

「ほーん、なら俺のレシーブ……」

「ぅ根性ぉぉおおお!!!」

 

 夜久の言葉を遮ったのは山本だった。走り込みをするつもりらしい。厳しい練習の後、日も落ちかけたこの時間から。

 

「おーい、あんま根詰めすぎんなよー」

「ウッス!!」

 

 先輩たちの声に顔を向けた山本は、桃井が自分をジッと観察していることに気づいて、尚更加速した。そのまま体育館を飛び出して行ってしまう。

 

「気合い入ってんな山本。今日はいつも以上だけど」

「普段からあんな感じなんですか?」

「うん。筋トレとか走り込みとか、多分部で一番やってる」

「ウンウン」

「そうですか……」

 

 海に同意したのは福永だ。桃井は相槌を打ちながらもいまだに出入り口の方に顔を向けている。やがて微笑みが消え去った唇から冷たい声がこぼれ落ちた。

 

「漠然とこなすだけのトレーニングに意味があるとは思えませんが」

 

 否定的なそれは初めて聞くもので、その場の全員が自分の耳を疑った。しん、と静まり返った空間で、振動したスマホに視線を落とした桃井は黒尾に向き直る。

 

「すみません、父の到着が遅れるようなので、駅まで送って頂いてもいいでしょうか?」

「あ、う、うん。それは勿論」

「孤爪さんもお帰りですよね? 一緒に行きましょうせっかくなので」

 

 なるほどそっちが目的か。

 海に後のことを頼むと、着替えを済ませた黒尾はエナメルバッグを抱える。羨ましい!! という部員たちの視線を受けて、桃井を連れて孤爪と校門を出た。

 三人の後ろ姿を見送りながら、夜久は今日を振り返る。

 

「はー、……なんつーか、改めて凄まじい子だったな」

 

 昔会ったことがあるので、当時ほどの衝撃はなかったが、それでも鮮烈な印象が残った。

 

「見られてる時の緊張感すごかった」

「あー、夜久は特に見られてたもんなぁ」

「お前パソコンいじってる桃井さん見た?」

「え怖くて見てない」

「一人だけ試合中みたいだったよ。ピリッとしててさァ」

 

 夜久に釣られて部員たちも口々に彼女の印象を述べた。鬼気迫る、とでもいうのだろうか。桃井が座っていたパイプ椅子がそのまま置かれているが、空のはずの椅子に彼女が座り、黙々と分析している姿がありありと浮かんでくる。

 

「本気なんだな、何事にも」

 

 ニコニコ笑顔の海にそう言われ、夜久はハハハと冷や汗に似た汗を流した。

 

「なんというか、うん……」

「とびきりのバレー馬鹿、って感じ。デス」

 

 珍しい福永の言葉に、その場の全員が頷いた。

 

 

 

 

「さつきといると……すごく疲れそう」

「疲っ……」

 

 突然悪口を言われてショックを受ける桃井に、孤爪は言葉を重ねる。

 今日一日で理解したことだ。ああこの子といると疲れるな、と。

 

「100%を渡すから、そっちも100%出してね。って感じじゃん。理想高いんじゃないの?」

「あー、まあそういう環境だったから、仕方ないよ。あの相棒の影山くん? もそんな感じだしさ。ね?」

 

 慌ててフォローに入る黒尾。孤爪のように消極的なタイプは珍しいが、それ以上に常に能動的でいる桃井はもっと珍しいタイプである。休憩時間でもコートや選手を観察し常にパソコンを触っていたから、疲れないのかな? なんて思ってはいたのだけど。

 「疲れる……私が? そんなにウザいヤツだったの……疲れる……つか、疲れる……」とブツブツ言う様子に、図星だったのかなと申し訳なくなった。

 こういうときは話題転換である。

 

「桃井ちゃんはさ、烏野って知ってる?」

「……ええ。そういえば烏野と音駒はゴミ捨て場の決戦で有名でしたね。猫又監督と烏養監督が始まりで……たしか数年前の春高であと一歩まで迫ったと記憶しています。結局叶いませんでしたが」

「わあ、全部知ってる。言いたい事全部わかってくれる」

 

 日向が烏野に進学を決めていると知ったため、音駒のように烏野のことも調べ上げている。音駒のキャプテン、そして猫又監督に尊敬の念を抱いている黒尾が関心を持っているとすれば、と予想して言うと悟りを開いた眼差しを向けられた。

 

「宮城出身のキミに言うのもあれなんだけどさ。実現させたいのよ。俺らの代で。だから力を貸して欲しい」

「力を貸す……」

「あ、勘違いしないでね? それだけの為に勧誘してるわけじゃないよ。研磨が珍しくやる気を出す相手、ってのもあるけど。何より味方でいて欲しいんだ」

 

 彼女を敵に回した時の恐怖は味わいたくない。

 例えるならばやる気のある研磨が相手チームにいるようなものである。特にやる気のない研磨のたまに見せる本気は、ただでさえ厄介なのに、常に全力で向かって来られたらたまったものではない。そんなの絶対に嫌だ。

 

「桃井ちゃんが来てくれたらウチの連中の士気もあがる。面白いチームって君も言ってくれただろ? だったら───」

「さつきって、嘘をつくのが上手だね」

 

 研磨ってひょっとして桃井ちゃんのこと嫌いなの? とは口に出せない黒尾だったが、そう思うのも無理もない話だった。

 いつになく攻撃的だな。珍しい。と孤爪をたしなめようとした口を閉ざす。

 

「嘘……?」

「さっきクロに言ったの、本心じゃないでしょ。このチームが爆発的に進化、とか」

「え」

 

 黒尾が桃井を見る。彼女は薄い笑顔を奥に引っ込めた。そうすれば今の孤爪のように冷たい目になって、感覚的に似ているなと感じた。

 

「おれはそうは思わないよ。音駒は、守備力が他より高いだけのチームだ」

「それは今の話でしょう。新入生が入れば、……いえ、そうですね。……認めましょう。あれは嘘です。本心からではない」

「!」

「やっぱりね」

「どういうことだ?」

 

 心なしかしょんぼりした黒尾に「面白いと言った事は嘘ではないですよ」と桃井は付け加える。

 それにしても、と鋭い猫目と視線を合わせる。真相を知りたいという探究心の現れがこんなところで出現するとは。

 

「研磨くんが言うように、現状の音駒は守りが固い……ただそれだけのチームと言えます。でもそんなこと、あの場で言えるわけがないでしょう? 空気読めないとか、そんなレベルじゃないですし」

「それは、まあ、うん、そうだけど」

「私の言葉はチームの士気に関わりますから。みんな、私を信用し、能力を認めてくれているから、言葉に耳を傾けてくれる。だから……いい事ばかりを言わなければと。そう思うんです」

 

 孤爪が正面から言い切らなければ触れることができなかった桃井の本音は、冷たくて虚に満ちている。舞い上がっていた自分が恥ずかしいなんて笑うこともできない雰囲気に、黒尾も口元を引き締めた。

 

「何かきっかけでもあるのか?」

「……とあるチームメイトの先輩がいました。彼は中学から部活を始め、一度も試合に出た事も、レギュラーメンバーに選ばれたこともありません。そんな彼に、自分は今後試合に出られるのか尋ねられ……中学一年の私は、正直に言ってしまったんです。北川第一では、強豪校では、絶対に無理であろうと」

「………」

「次の日から、彼は部活に来なくなりました」

 

 たとえば黒尾がチームメイトを鼓舞するのとは違う。雰囲気で「いける」とか「勝てる」とか希望的観測に当てはまるのとは、土台からして別物だ。

 彼女の言葉は絶対で、未来だから。桃井が「勝てる」と言えば勝てるし「負ける」と言えば負ける。それだけの信頼を築き上げているから、必然的に桃井の言葉には重みがあった。

 

「それ以来、私は言葉を選ぶように……研磨くんの言うように、嘘をつくようになりました」

「……研磨とは真逆だな。コイツは可か不可かしか言わねェから」

「だって勝敗に興味ないし」

「そう。それを知って、驚いて……研磨くんが羨ましかったんです。私には許されないことだから。それが、どれだけ楽か……いえ失礼なことを。すみません」

 

 力なく項垂れる頭を黒尾は見下ろす。細い両肩にどれだけのものを背負って戦ってきたのか。そしてこれから先何十年と、その重みを十字架のように抱えて生きていくのだろう。

 想像しただけで気の毒になる。本人が気にしない性格であればまだ良かっただろう。でも、桃井は全部をひっくるめて抱え込む性分だ。

 

「つまんなくないの、バレー」

 

 桃色の瞳が、猫目を捉える。

 

「おれだったらそう思う。全部がわかるんなら、結末を知っているのなら、完全な予測ができるなら、多分やめる。面白くないし」

 

 目立つことが嫌いで、スポーツも特別好きではない孤爪をバレーに引っ張り出した黒尾はドキッとした。

 小学生の頃、孤爪は練習がきつかった日に熱を出して苦しんでいたから、良かったのかな、なんて思うのだ。

 黒尾が孤爪の本意を知るのは一年後の春高という場所である。しかしそれを前にして、本意の欠片を手にすることができた。

 

「いいえ」

 

 そして同じ予測・分析に特化したプレイヤーの言葉に感化され、怒気さえ感じさせる迫力を持って桃井は対抗する。

 

「つまらないことはないです。だって、いつも彼らは、予測を超えようともがくから。その瞬間、どうしようもなく焦がれるから、私はバレーボールが好きなんです」

 

 思考を挟まない直感的な答え。それが全てを物語る。

 

「そして予測を超えた瞬間。彼らが新しい強さを見つけた瞬間。私は何よりも楽しく、やりがいを感じるんです。相手選手でも、同じチームの選手でも関係ない。それに、この間見つけたんです。新しく、面白く、予測不可能な、彼」

 

 まだまだ発展途上で、情報なんてほとんどない彼。

 日向翔陽。桃井が見つけたとびきりの逸材。

 

「彼を攻略したい」

 

 そして、彼が私の予測を超えてくれたら……そして負けたら、全部がすっきりする気がした。

 夢中になっていた。肩で息をする。自分の言葉を噛み締め、理解し、喉奥に流し込むと、胃に溶けて全身に行き渡った。

 

 そうだ。私は特等席で見ていたいのだ。

 天才たちがボールを必死になって追いかける姿を。

 凡人たちがその手で道を切り開く姿を。

 だからマネージャーを、アナリストを選んだ。彼らの行く末を支えたいから。

 

 影山飛雄の未来を見ていたいことに付随して、いくつも生まれてきた欲求に新しいものが混じる。

 なるほど、それが今の私にとっての最前線か、と理解した。

 すなわち「日向翔陽を攻略すること」

 

「それを叶える為なら、音駒高校も選択肢に入れていいと思いました。研磨くんもいますし」

 

 力が湧いてくる。こぼした弱音を拾い上げてくれた二人に感謝しなければ、と落ち着いた笑顔で見上げると、黒尾の口元がニヤついていることに気づく。

 

「なんですか?」

「いんやぁ。随分と熱烈な告白だったなと」

「こくはっ……」

「いいですなぁ。その予測不可能な彼、という男は。桃井ちゃんにこんなに想われて」

「っバレーボールの話ですよ!」

 

 わかっていながら揶揄っている。それまでの重たい空気が霧散し、和やかな雰囲気が戻っていた。

 

「さつきでもわからないんだ……おれも興味があるよ」

「……。先に見つけたの私だからね」

「? そうだね。けどやってみたくない? 知恵比べ」

「やりたい」

「じゃあソイツでやろ。どっちが先に攻略できるかゲーム」

「研磨と桃井ちゃんに狙われてる彼が可哀想だからよしなさい。もー」

 

 

 

 

 黒尾と研磨に見送られ、桃井は駅で電車を待つ。数分も待たずに父の待つ目的地に辿り着くだろう。そう思ってホームにいたのだが。

 

「……ん? あ! サツキだろ!! 久しぶりだなぁ!!!」

 

 大きな声で名前を呼ばれ顔を上げれば、逞しく成長した木兎が両手を振って猛突進して来ている。その後ろからは恐らくチームメイトが……梟谷学園の制服を着た男子高校生たちがなんだなんだと顔を覗かせていた。

 

「そんな事ある???」

 

 どうやらまだまだ帰れないらしい。

 遅くなる、と父に連絡しなければと桃井は決心した。




原作で散りばめられた要素を描くのはとても楽しいです。

桃井を烏野に進学させたい気持ちVS他校に進学させてvs変人コンビさせたい気持ちVSダークライ、ファイっ!!
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