音駒高校の部活を見学した帰り、梟谷学園の選手たちにばったり出会った。そんな事ある??? と桃井はこめかみを指で押さえながら、父親に帰りが遅くなる旨を連絡した。
お互い自己紹介を済ませ、なぜ自分が宮城ではなく東京にいるのか説明をする。
「え!!! 音駒行ってたのかよ!!」
「はい。見学に」
「言ってよ!!! そしたら……」
「乗り込もう、なんてことはやめて下さいね。木兎さん」
木兎の突発的な、それでいてやりかねない発想に、一年の赤葦京治が止めに入った。
ここはとあるファミリーレストラン。休日の夕方の時間帯であるため彼らはすぐに案内されなかった。「せっかくだしサツキも食べようよ!」という木兎の一言により、桃井を加えた四人で次に呼ばれるまで並んで待っている。
ここに来るまでの道中で、男子高校生たちは数名それぞれの帰途についた。残ったのはご飯食べようと言い出しっぺの木兎、それに付き合わされた赤葦、そしてレアキャラに遭遇しまだ帰らないことを選んだ木葉秋紀である。
「音駒かー。次のキャプテン黒尾だろ? 癖の強いチームになりそうだよな」
「あいつのブロックやべーんだって。夜久もそうだけど、もっと守備強化されたらやりづらくなるぞー」
「俺は……孤爪が気になりますね。只者ではない印象を受けますから」
梟谷学園グループに所属する数校で練習試合を盛んに行っている経験から、当然音駒との面識がそれなりにある彼らは言葉を交わす。しかし桃井は東北出身の中学生だ。グループのことなど知らないだろう。補足しようと木葉が頭の中で説明を組み立てていると、桃井は頷いた。
「ああ、梟谷学園グループで夏合宿をされたんでしたっけ。それなら音駒の方々と面識があるのも当然ですね」
「おう。……ん? そんなことまで知ってるの?」
「音駒に関しては徹底的に調べ、梟谷の様子は雪ちゃんから聞いたことがあるので、多少は」
そこまで言ってから、桃井ははっとなって顔を強張らせる。今の言い方だと梟谷学園マネージャーの白福雪絵が情報を流していると誤認されるのでは、と気付いたからである。
違うんです、聞かされるのは学生生活の話が大半で「木兎にノート貸したらド忘れされた」とかそんな話ばっかりです! と付け加えようとする。
「雪ちゃん? もしかして白福のことか? ウチのマネージャーの」
「は、はい。従姉妹なんです」
「えー!! そうなの!?」
「言われてみれば髪型が似てるかもしれませんね」
「アイツも言ってくれりゃあいいのになー」
全く気にしていないらしい様子に、桃井はほっと胸を撫で下ろす。過剰反応だったかな。私に知られていることを恐れる人たちがいたから、この人たちもそうだと思い込んでしまった。
「四名様でお待ちの木葉様〜」
「ぁ───」
そのタイミングで呼びかけられ、すぐに名乗り出ようとした赤葦は不自然に姿勢を崩した。木葉が彼の肩に手を置き、神妙な顔で待てをかけたからだ。え? という疑問を抱いたのは赤葦と桃井で、このままだと順番を飛ばされてしまう。まあこの中で一番年下なの私だけだし、と桃井が動く。
「すみません、木葉です」
「っしゃあ!」
木葉はガッツポーズをした。彼は健全な男子高校生なので、年下のカワイイ女の子にやって欲しかったのである。
ふむと桃井は脳内データに情報を加えた。
梟谷学園のエース・セッター・スタメンのプライベートな情報を仕入れることができるチャンスである。向こうから誘ってくれたし、利用しない手はない。
あとご飯奢ってくれるらしい。
切り替えた桃井は強かであった。
「───で、練習試合の後現地解散になったんだけど、学校の体育館は空いてないからそこらの公園で練習して、そんで帰ろうとしてたとこ!」
「だから梟谷学園方面とは違うホームにいらっしゃったんですね」
「そー!」
木兎は肯定し、何色か形容し難い不思議なカラーのドリンクを口に含んでむせた。ドリンクバーでテキトーに注いできたそれは暴力的な味がする。
「うっ!! すっげぇ舌がビリビリする!! 誰だよこれ作ったの!!」
「オメーだろうがうるっせぇな!!」
「木兎さんフキンです」
「騒がしい……」
木兎の分析は二年前にやったのが最後。その時から人格ベースに変化はあまり見られないようだ。賑やかなタイプで周囲を巻き込むムードメーカー。この人って幼少期から性格変わってないのでは? 会話をしながら桃井は考える。
気になるのはどちらかと言えば外側、チームメイトである。例えば木兎がこぼしたドリンクを拭いている赤葦。
安全な色味をした炭酸飲料を飲み込んで、木葉が口を開く。
「うちはさー。赤葦みたく推薦されて来る奴も多いわけ。けど大体は木兎のスタミナについていけなくなるのが基本だな」
「どんな感じなんですか?」
「際限がないっつーの? 練習に終わりがないんだわ。ただでさえ朝練でしごかれ、放課後練でしごかれてるのに、木兎が自主練でさらにバレーするからさぁ。俺らもうクタクタなの」
「なるほど。素敵ですね」
「す、素敵……? まあ、しょーがねーな付き合ってやっか、くらい思うけどよ」
一日中バレーをしているということはそれだけ熱意のある部員が多いだろうし、データ収集の時間も豊富にありそうだ。
毎週月曜がオフの青葉城西が特殊で、基本的には毎日部活漬けなのだろう。強豪校だから尚更のこと。
「木兎の"ちょっと付き合って"に最後までついていけてるの、新入生じゃ赤葦くらいだな」
「ついていけているわけではないですが……。体力がついてきたと実感します。嬉しいです」
セッターに興味を持った木兎に声をかけられたそうだが、周りの先輩たちでさえ木兎の練習には最後まで付き合えないのだという。
木兎が張り切って練習しているそばで、汗だくになりながら息を切らす赤葦の光景を想像した。
とても……とても身に覚えがある景色だなと桃井は思った。
「赤葦さんはどういう理由で梟谷を選んだんですか?」
「うーん……。……正直なところ、なんとなくかな。推薦が来てたから。色んな高校からスカウトされるなんてまずないし。目立つ選択肢が梟谷だけで、それを選んだってだけ」
赤葦は少し思うところがあって、当たり障りのない理由を話す。嘘ではない。
「んー? まあそうか! 俺は違ったけど!」
「ああ、確かに普通そうですよね」
「コイツら……」
苦笑いをする木葉も、赤葦と同じように梟谷から推薦があったので進学先に選んだ一人だ。周りのメンバーもそういう連中が多い。
木兎や桃井のように、全国津々浦々からスカウトが来るほうがおかしい。
「梟谷を選んで良かったと思うよ。強い人たちばかりだし。成長できてると感じるから」
「おっ先輩の前だからっておだててんのか?」
「紛れもない本心ですよ」
木葉に肘でうりうりされながら、赤葦は無表情で答える。
「桃井さんは進学先に悩んでるんだっけ?」
「はい。音駒の見学に行ったのも志望校として選ぶか判断する為だったんですが……結局のところ、興味は抱いても他の高校と横並びで」
「ふぅん。ちなみにどの高校と悩んでるの?」
「えっと……」
列挙された学校名は赤葦でさえ知っている強豪校ばかりだった。一部知らないものも含まれていたが大半が有名校であることに変わりはない。
桃井のことは噂程度でしか知らないが、彼女の進む道によって勢力が傾くというのは間違いじゃないのだなと確信する。
「じゃあ梟谷においでよ! サツキがいたらさー、もっと楽しいバレーができると思うんだよね、俺!」
木兎はあっけらかんとして笑った。挙げられた候補に梟谷も入っていたからだ。
何も考えずに言ってんな? と木葉は頬杖をつく。
「バカ、来るわけねーだろ」
「そうでしょうか? 魅力的だと思いますよ」
「え! そう思ってんだ??」
こくりと肯定した桃井は情報を並べる。音駒を調べる過程で得た知識と白福から話された情報しかないが、強い学校であることはわかっている。
梟谷チームには五本指のスパイカーである木兎がいる。これがまず大きい。調子にかなりむらっけがあるが、それを補って余りあるエネルギーを持ち合わせている。ノリに乗れば爆発的な決定力を軸にチームを引っ張り、敵味方関係なく巻き込んでいく……まさに光のような人だと桃井は思っている。
周りを固める面々も、他校ならエースを務められるような粒揃いだろう。
それに、と赤葦に目を向ける。彼の本質は桃井と似ていると直感するのだ。エースに尽くすという献身的な気質が。
「……俺たち評価たけー」
「もちろん、どの学校にもそれぞれの魅力があります。だから悩んでるんですよねぇ」
「それだけ進学先に悩んでるのは、自分の中で譲れない何かがあるんじゃないの?」
木兎は首を傾けて続ける。
「納得できないものが」
ぱち、と音を立てて桃井はまばたきをする。
詳しく聞こうとしたところでウェイトレスが料理を運んできた。食べ盛りの男子高校生らしく大量の品数が運ばれてくる中で、桃井は木兎の言葉を胸に考え込んでいく。
「まーそんなことは置いといてさっ! 飯だメシ〜〜!!」
ひとまず腹ごしらえである。
「すごい、男子高校生の食欲……」
自分と木兎の分のドリンクを注ぎにドリンクバーに向かう桃井は恐れ慄いていた。
男子バレー部のマネージャーとしてさまざまな食事シーンを見てきたけれど、久しぶりにあれだけ食べる人を見たのである。
木兎はイメージ通りの食欲だった。一番意外だったのは赤葦である。白米を水のように胃に流し込んでいく姿はある種の貫禄があった。
「ありがとう、桃井さん。付き合わせちゃってごめんね」
「赤葦さん。いえ、慣れてますから」
そこに自分と木葉の分のコップを手にした赤葦が合流する。
派手に水をこぼすわ騒いで店員に注意されるわでとんでもない騒ぎだったのである。ここまで木兎のテンションが高いのは、桃井という珍しい遭遇者がいたからだろう。
「普段はもっとおとなしい……わけでもないか、でももうちょっとちゃんとして……うん……」
「言い切れないんですね、木兎さんらしい」
小さく笑い声をもらした桃井は、遠くにいても聞こえる木兎の話し声をBGMにして切り込んでいく。
「先程の話……赤葦さんが梟谷を選んだのは、本当は木兎さんが理由ですか?」
「! へぇ、どうしてそう思ったの? 中学時代に木兎さんのプレーを見た、とかそういうことは一言も言ってないけど」
疑問系で尋ねてきているが確信した声色だった。
これは十分な根拠があるからだろうと推測して、赤葦はともすれば緊張しながら訳を聞いたが。
「木兎さんへの態度に共感する部分が見えたんです」
「うん」
「はい」
「……それだけ?」
「ええ、まあ。勘です。この人のために全力を尽くしたいと思ってるんじゃないかなって」
ドリンクバーにコップを置いて、ボタンを押す。茶色の液体が流れ落ちるのを横目に、赤葦はどう返せばいいか考えた。
情報を集めているのだな、と警戒し……しかし彼女は進路に悩んでいるのだという。ならば先輩として真摯に応えてあげたいと思い、素直に言葉にしていく。
「だいたいは合ってるよ。中三の時、木兎さんのプレーを間近で見て、漠然とスターだと思ったんだ。衝撃だった。それが頭に残ってて、梟谷に進学した」
「……」
「それで一緒に練習するようになって、この人には本気で応えなければと思うようになって……今まで好きでも嫌いでもなかったバレーに、必死になれた。100%の供給なら、多分できるなってわかった」
衝撃。選ぶ。本気で応える。必死。
さまざまな言葉がピースとなって、桃井の頭に蓄積されていく。それまで飽和寸前に抱え込んでいた想いを形づくるパズルが、あと少しのところで完成されようとしていた。
赤葦の言葉がすんなり頭に入ってきたのは、それだけ桃井側に立って話してくれる人があまりいなかったからだろう。彼はスカウトとか推薦とか桃井の能力とか、そういうのを取っ払ってただの先輩として言葉を選んでいる。
「そういう……なんだろうな、自分になかった発見や気づきをくれる人だと思うよ、木兎さんは」
「……どうして理由を教えてくださったんですか? さっきは誤魔化していたのに」
「あの場で言ったら木兎さんが調子に乗りすぎるから。参考になったら嬉しいよ」
両手にコップを持った赤葦が席に戻ろうとする。桃井もそれにならって歩きつつ、微笑んだ。
赤葦は自分にできることに誠実で、そこから先を他者に委ねるタイプだ。この人のプレーを見たことはないけれど、どんな状況でも100%を出すなんてできるのかしら、なんて知りたくなった。
「木兎さんがスター選手って、わかりますよ。あの人のプレーは輝いて見えますから」
「……! そうだよね。うん、そうだ」
ここに木葉がいたら「なんだこの変人たち……」と困惑していただろう。
常識人の顔をしているが二人とも中々に変なのである。しかし残念ながらここには桃井と赤葦しかいないので、自分たちが普通だと信じている二人は「木兎光太郎はスターである」と盛り上がった。
「やっぱ梟谷にしなよ!!」
「わっ」
突然の大声に掬っていたフルーツを器の中にこぼしてしまった。テーブルに落とさなくてよかったと思う反面、驚きの気持ちが強い。
先に食事を終えた桃井は、まだメインディッシュをがっつく彼らより先にデザートを食べていた。
「サツキは梟谷に来てもいいって思ってんでしょ? じゃあここでいいじゃん!」
「ええと……そうですね、前向きに検討したいと思います」
「絶対行かないやつだよそれ」
木葉はツッコミ入れつつ桃井にそっと顔を近づける。
「言わせてやってくれ。さっき二人がドリンクバー行ってた時に、進路相談じゃん! って盛り上がってたから。そういうのが先輩ぽくてカッコイイからやりたいんだとさ。ほら、コイツ進路相談されたことないし」
「あー……わかりました」
そりゃ木兎さんは素直に向き合ってくれるだろうけど、有益なアドバイスは飛び出してきそうにないな……などと失礼なことを考えつつ、せっかくなので相談に乗ってもらう。
「木兎さんはどうして梟谷に進学したんですか?」
「近くにあって強豪だから!」
「想像通りの回答ですね……」
「バレーボール楽しいって思えるし! うん、チョー楽しい!!」
その言い方に少し引っかかる部分があって、桃井は彼の中学時代のチームメイトのことを思い出して腑に落ちる。
「中学時代はそうでなかったと?」
「そうかもな。楽しいって思えたのは……この前の大会でストレート打ち抜いたった瞬間だな! 最高だったね!!」
意外だと思った。常に楽しい100%で動いている人だと思ってたから。けれど違う。木兎は何も考えてなさそうに見えて、楽しいを突き詰める選手なのだ。
中学一年の当時必死になって集めていた情報を紡いでいく。
「だから、梟谷を選んでよかったー! ってなった!!」
「小学生みたいな感想」
「木葉さんそれ俺にも刺さるんで」
木兎の進学理由は聞いた。じゃあ次の番だと木兎は面接官を真似て眼鏡をくいっとする仕草をする。
「サツキの高校を選ぶ基準は何なの?」
「私が普段使用している分析ソフトを導入して下さるチーム、というのが第一条件ですね。公言していますし。あと強豪校であればその分強いチームと戦えるので、そういうチームが望ましい……それから」
「違う」
ばちん! 閉じられた感覚になった。周りの喧騒が遠のいて、目の前の木兎の気迫に飲み込まれていく。肌が粟立つ。背筋が伸びる。本気で応えなければ、と心の奥底が塗り替えられる。
「それは条件であって、志望理由じゃない。サツキのやりたいことって何なの?」
「やりたいこと、それは……チームを支えて、勝利に導く……」
「本当は高校で何やりたいの?」
木兎はごく稀に恐ろしく確かな部分に目をつける。嗅覚が鋭いのだろう。建前をすっ飛ばして本音だけを求めている。桃井とは真逆だ。
桃井のやりたいことと高校選びがズレていると理解したのだ。だから模範回答に疑問を呈した。彼女の本音は違うと感覚でわかったから。
こくり。桃井は唾を飲み込む。猛禽類を思わせる金色の瞳に射抜かれて、多くの記憶が思い出された。
自分を見つめ直す機会が多くなっていたから、思い当たる節に次々と出会う。
『それに、そろそろ自分のために時間使っていいと思う』
『胸張って好きなこと貫けば良い』
『じゃあやろう! バレーボール!』
最近だけでこんなにも色んな人に背中を押されていた。
好きなことを、バレーボールをやればいいと彼らは伝えてくれた。
遠く遠く意識を深みに沈ませていく。もっと過去へ。自分の原点へ。
『飛雄ちゃんがどこまでいけるのかを見たくなったんです』
桃井のバレーボールの原点はそれだ。
影山のことしか見てなくて、チームメイトに散々迷惑をかけた。それでも突き詰めて考えて、理性や利益を取っ払った結論はそれしかない。
全国のさまざまな選手と出会った。及川や侑のようにセッターとして輝かしい素質を秘めた者たちとも。牛島や西谷のように素晴らしい才能を持った天才たちとも。
その中で多くの願いを持った。彼らを支えたい。攻略したい。足掻いた先の未来が見たい。
しかし、それでも桃井の原点は揺らがない。彼らの先には必ず影山飛雄がいて、その隣には桃井さつきが並んでいる。
あれだけ後悔して、たくさんの人を嫌な気持ちにさせて、それでも軸は折れなかった。
全てのピースが揃い、カチリと揃う。
「私は……飛雄ちゃんの可能性の果てを見たい」
「じゃあそれをやろう!!!」
トビオチャンが誰かもわからないのに、木兎は太陽のように笑って肯定した。途端、胸が温かくなった。きっと比喩ではない。木兎から勇気をもらったのだ。エネルギーを。ああ、日向と同じだなと桃井は笑む。
「もしかして悩み解決した感じ?」
「そうですね、吹っ切れました。ごちゃごちゃ考えないで自分の気持ちに従おうと思います」
「マジ?? 俺進路相談めちゃくちゃ向いてるんじゃね??」
「やばいぞ木兎が変な方向に自信つける」
完全に溶けてしまったクリームを口に含む。
もし。もし梟谷学園を選べば、この人と同じように私も木兎さんのお世話係になるのかしらとその人を見れば、ちょうど赤葦も桃井を見ていた。
「応援してるよ」
一年後『あの時もっと梟谷を推していればよかった』と後悔することになるなんて全く知らないまま、赤葦はやっぱり木兎さんってすごいなぁと考えたのだった。
ハイキューのご飯シーンでの会話、かなり好きです。