桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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約束

「失礼します」

 

 監督との話を終え、桃井は廊下を歩く。

 志望校が決まったことを報告し、これで北一でやり残したことはなくなった。ほどほどにと注意されていた後輩への指導も完了し、今は自分のために高校の分析を開始している。

 

 季節は秋になり、周りは受験本格化シーズンを迎えていた。桃井は推薦という形で進学するので受験とは無縁である。バレー部の面々も似たような感じだった。

 金田一と国見は青葉城西へ。日向は話していた通り烏野進学を目指し勉強して……いるらしい。多分。勉強したくないと電話越しに叫ばれたのはつい数日前の話だ。

 彼らは志望校進学を現実にするべく頑張っている。なら影山と桃井は。

 

 確かな足取りで進んでいた桃井が立ち止まる。人気のない廊下の窓からは、穏やかな夕陽が差し込んでいた。

 

「影山くん」

「おう」

 

 目の前で止まった影山が真っ直ぐ桃井を見つめる。二人は大会以来話をしていなかった。桃井が一方的に避けていたし、影山は桃井に話しかけようとしなかったからだ。

 暫くぶりに対面すると、形容し難い痛みが迫り上がってくる。それに突き動かされるように、言おう言おうと決めていた言葉を口にした。

 

「ごめん」

 

 頭を下げて、誠心誠意を込めて桃井は謝罪した。影山の方からは戸惑うような息遣いが聞こえてくる。

 

「色々……言ってもキリがないくらい、迷惑かけた」

「……ああ」

「アンタをチームから降ろさないように監督に言ったのは贔屓だった。影山くんにも、チームメイトにも失礼なことをした。ごめん」

「うん」

 

 あれからずっと謝りたかった。信じてくれた影山に対して不誠実だったと、後悔してばかりで。

 桃井のやったことは本来なら許されるはずがない。チームメイトにも弾劾されるべき失態だ。それでも桃井は影山に許してほしかった。恥知らずと思われようともう一度彼と正面から向き合いたかった。

 

「もう二度とあんなことはしない。……から、許して、くれますか」

「許す」

「……ありがとう」

 

 桃井は顔を上げてはぁぁと大きく息を吐く。

 仲直りできたことに安堵したのだ。ようやく影山と会話できることが嬉しかった。ずっと、ずっと顔を見て話がしたかった。

 

 東京に行って音駒や梟谷の選手たち、とりわけセッターと会えたこと。進学先が決まったこと。高校の注目選手たちのこと。……自分たちのこと。

 そういうことをどれから話そうかな、なんて胸をときめかせながら影山を見ると。

 

「なんて顔してんの」

「別に」

「別にじゃないじゃん。超膨れっ面じゃん」

「ふくれ……?」

「不満そうな顔ってこと」

 

 以前のように遠慮なく話せるのが本当に嬉しいと思いつつ、距離を詰めて影山の頬をつつくと「やめろ」と手を軽く叩かれた。

 

「さつきに謝られたくなかった。……うまく言えねぇけど」

「……どうして? 悪いことしたから、謝るのは当然のことでしょう?」

「あー、そりゃそうだろう、けど。……お前のやることだから、それは間違ってないと信じてて……結果はアレだったけど、だからって謝られるのは……よくわかんねぇ」

「そっか。……影山くんは私を信じてくれてるんだね」

 

 顔ごと逸らして頷く影山は夕陽に染まってオレンジ色だった。同じく、彼を見上げて幸せそうに微笑む桃井も。

 

 遠くで廊下を通ろうとした生徒が告白かと勘違いして走り去るくらいには、完成されたシーンだった。

 仲直りをした途端に始まった会話の内容は色気のないものばかりだが。

 

「東京の強豪校のセッターに会ったのか!?」

「うん。研磨くんと赤葦さん……来年は手強いセッターに成長するでしょうね、楽しみ」

「ぐっ! ……練習方法とかいつからセッターやってるかとかっ……」

「気になるなら教えてあげてもいいけど、本人の口から聞いた方がいいんじゃないかな」

「俺から聞いたら逃げられるんだよ! うぬん、宮さんは教えてくれたのに……」

 

 話ができなかった間互いに何をしていたのか。空白だったカレンダーを埋めていく。影山は基本的にトレーニングまみれだったようだ。細かいことは後からバレー日誌を受け取ってチェックするとして。

 

「ところで影山くん。勉強してる?」

「ガッ!!」

「白鳥沢が第一志望なんでしょ? 推薦なしなら一般入試……過去問見たけどアレ頭のいい人がたくさん努力してやっと合格する超難関だし、あそこ目指すならトレーニングの時間を勉強に充てないと……って聞いてる?」

 

 両手で耳を塞ぐ影山はイーッと歯を剥き出しにして全身で嫌悪感を示していた。子どもか! 桃井は吹き出してから指をフリフリする。

 

「私なら過去問分析して出題傾向絞ることはできるから、まずは基本的な知識を詰め込んで」

「いい」

「はい?」

 

 幻聴かな? と固まった笑顔で影山を見上げる。決意を秘めた力強い眼差しに、すぐにこれは本気だと理解した。それがどれだけ無謀なことかも。

 

「いい。さつきに教えてもらわなくても、やれる」

「あっ……アンタまさか私なしで白鳥沢目指す気!? 成績だって学年順位下から数えた方が早いじゃん!」

「うるせぇ!」

「いつも補習がかかったテストだと私の答案予測を丸パクリしてクリアしてたじゃん!!」

「うるっせぇ!!」

「四則演算すら怪しいくせに!? あっ四則演算っていうのは足し算とか引き算とか」

「どんだけ俺のことバカにしてんだ!! それくらいできる!! 多分!!」

「多分なの!? 嘘でしょ!!?」

 

 シン、と静まり返った廊下で二人分の荒い息だけが響く。

 

「さつき。俺はお前の手を借りない。これからは一人でやっていく」

「……それは」

 

 言いかけたところでコホンと咳払いが耳に入った。二人が振り返ると監督が顔を覗かせている。

 

「お前たち、騒ぐならよそでやれ。ここまで聞こえてきたぞ」

「監督……すみません、お騒がせしました」

「すんません」

「あと影山、呼び出して悪かったな。来い」

「はい」

 

 影山がこの廊下を通ったのは偶然ではなく、監督に呼び出されてたからか。

 戻ってきた影山に何かあったの? と聞けば「白鳥沢目指すなら勉強しろって言われた」と返され、桃井は爆笑した。

 

 夕方にこの道を二人で歩くなんていつぶりだろう、と考えながら桃井はじっとアスファルトを眺める。二人分の足音が鳴る帰り道、影山の言葉が頭から離れなかった。

 

「影山くんは、もう私の手伝いはいらないんだね」

「……おう。今まで十分やってくれたから」

「そっ、……か。……高校は違うとこに行くから、最後に手伝いたかったんだけどな」

 

 影山の足取りがぎこちなくなった。気配でこちらを向いたのがわかるけれど口にするべき言葉を選びあぐねているようだった。動揺は見られない。ただ受け止めきれていないみたいで、アンタが先に言い出したんじゃないと文句でも言ってみたくなる。

 

「いっぱい考えたの。高校をどこにするか、高校で何をやるのか。何がやりたいのか。難しく考えるのが癖になっちゃって、シンプルな結論に至るまで時間がかかっちゃったけど」

「俺とは違う高校に……。それがお前の答えか」

 

 強く頷く。悲しいとは思わなかった。寂寥感だけが喉に絡まって、吹っ切るように明るい声で音を放つ。

 

「影山くんと一緒にいると、私は強くなれない」

「!」

「アンタが悪いってことじゃないよ。ただ……そばにいたら、私は正しさがわからなくなる。全ての中心を影山くんに置くから。この気持ちは健全じゃないんだ」

 

 たくさんのことを知った。

 自分だけの力じゃ何もできないこと。幼馴染だからって彼を守れないこと。

 優しさと甘やかしを履き違えていたこと。彼にこだわることが成長には繋がらないこと。

 

「私は、正当な努力と成果を得て、正々堂々と隣に立っていたい。隣で、君がどこまで成長するのかを見ていたいの。他の誰にも譲らない」

 

 だから一人で強くなる。

 そう宣言した桃井の姿は、夕陽に照らされてキラキラと金色に光っていた。顔の造形、すらりと伸びた脚。そうした外見とかけ離れた感覚で、影山は初めて桃井のことを美しいと認識した。

 幼い頃に見上げた体育館のライトと似ていた。通い慣れた体育館の色とにおいがした。そんな忘れられない感覚を、影山は頭を殴られたような衝撃として受けた。

 

「俺は」

 

 咄嗟に出た言葉を、彼女は律儀に待っている。周りから話が合わないとか何を言ってるかわからないとか責められても、桃井だけは辛抱強く影山のそばで耳を傾けてくれていた。

 

 影山にとって桃井は、身近な一番強い人だ。

 

 バレーボールに誠実に向き合っている。諦めない気持ちを常に持ち、チームのために何ができるか奔走している。勝利に対して貪欲で、どうすれば壁を破れるか思考を巡らせている。

 

 そんな姿をずっとそばで見ていた。

 どんなときも、一番近いところで。

 

「俺はお前に負けたくない。追いつきたい、追い越したい!」

 

 影山は自分が何年も前から桃井に負けていると認識している。劣っていると感じている。それは身を焦がすような劣等感の炎ではなく、尊敬が込められた透き通った光だった。前へ前へと進ませてくれる原動力となっていた。

 尊敬している彼女と対等になりたかった。

 

「勝ちたい、勝ちたい。勝って、そんで」

 

 風が強く吹く。桃色の髪が靡く。微笑んだ彼女の瞳には自分だけが映っている。

 それに気づいた瞬間、世界から音が消えた。

 

「──────」

 

 影山は自分で何を言ったかわからなかった。

 わかったのは、心臓が飛び出そうなほどバクバクしていることと、指先が痺れてうまく動かせないことだけだった。

 けれど最後まで聞き届けた桃井は、目を一等輝かせて嬉しそうに何度も頷く。

 

「うん。待ってる」

「……なあ、今、俺……」

「なぁに?」

「……。や、なんでもねぇ」

 

 なんだか無性に顔を見れなくなって、つま先に視線を落とした。意味もなく小石を蹴る。せっかく面と向かって話せるようになったのに、これじゃ今までに後戻りだ。

 どうにか話をと思うのに、影山の口から出るのはバレーボールの話題のみ。桃井は全ての話題に乗り、さらに話を広げ、逆に影山がそうなのか! と納得するまで言葉の応酬は続いた。

 

「あーあ、影山くんが高校生になったらきっと苦労の連続だよ? もう同級生と衝突しても仲を取り持ってくれる人いないよ? どうするの」

「どうにかなるだろ」

「自分を変えようとはしないのね……君らしくていいけど。チームメイトが優しい人ばっかなわけないんだから、ちゃんと歩み寄りなさいよね」

 

 影山の現段階の第一志望は白鳥沢。彼には悪いが、桃井はまず合格しないだろうなと思っていた。じゃあ次はどうする。自分と同じように青城には通いづらいだろうから、後の候補としては……。

 

「そういえば、白鳥沢以外の志望校はあるの?」

「?」

「もしもの時のために、受けたい高校を選んでおいた方がいいよ」

「受けたい……そうだな……」

 

 眉間の皺をさらに深くして影山が唇を尖らせる。考えてもみなかった。白鳥沢に行く! 強いチームで戦う!! くらいしか決めてなかったので、落ちた時のことは想像さえできなかったのだ。

 どこがいいのか? 桃井に尋ねようとして口をもにょりと変形させる。一人でやると決めたから、ここで彼女に頼るのは違う気がしたのだ。けれど。

 

「ここに高校のバレー事情にとっても詳しい幼馴染がいます。宮城の選手事情にもある程度知識を蓄えています。しかも〜〜なんと今なら閉店締め切りセールでタダ! お得だよ?」

「セールでタダっておかしくねぇか?」

「雰囲気で言ったの!」

 

 これが最後になる。だから桃井は影山に最大限の可能性を残してあげたかった。

 宮城の男子バレー部の情勢。現チームバランスから予測される来年度の戦績。チームメンバーの性格と特徴。あらゆる情報から予測される、影山飛雄に最も適した選択肢は。

 

「烏野高校か」

「選手も魅力的なのはもちろん、引退した烏養監督が戻ってくるそうよ」

 

 そして何より、日向翔陽も烏野志望だ。

 桃井は日向と影山に未来を見出した。この二人の出会いは世界を変えると確信していた。そこに自分がいないのは寂しいけれど、強くなると決めたからしょうがない。

 ……嘘だ。本当は地団駄を踏むくらいその場にいたいと思っている。二人の化学変化を間近で見れないのが歯軋りするほどに悔しい。悔しくてたまらない。

 

 だからこそ、この悔しさもバネにして前に進むと決めた。

 

「さつきはどうすんだよ、高校でチームに入ってから」

「中学と変わらないよ。情報収集、分析して勝利のために戦うだけ。ああ、まず卒業したら向こうに引っ越して春休みの練習に参加させてもらうかな」

「なにっ、ずるい……」

「影山くんも先方に許可を取ればいいじゃない。君なら拒否されないと思うけど」

 

 既に戦いは始まっているのだ。影山が毎日トレーニングに励むように、桃井は日々情報収集に勤しんでいる。

 家にはゲーム機も漫画もない。あるのはトレーニング表とか、プロの試合映像を記録したDVDとかで、そういうものに熱中しながら一日中バレーボールをするのが二人にとっては当たり前だった。

 

 ああそうか、と桃井は気づく。

 宮城を離れるから、これから影山の家で一緒に試合を見ることも、桃井の家で戦略について白熱した議論を交わすことも、簡単にはできなくなる。

 影山の実力なら高校卒業後即プロ入りなんて当然だし、同じチームで日本の頂点を目指すことは、もうないのかもしれない。

 それはなんだか、すごく寂しいものに思えた。

 

「影山くん、二年前に日本のテッペンをとるって約束したこと、覚えてる?」

「当然だろ」

「私とアンタは違うチームに入る。高校だと日本一を求めて競い合う敵になる。その先も……。きっと一緒に日本一になる夢を果たすことは、できなくなると思う」

「…………」

「だから、新しく約束がしたい」

 

 拳を握り、影山に向けてまっすぐ伸ばす。

 

「一緒に世界のテッペンを目指そう」

 

 とてつもない圧を放って桃井は不敵に笑う。それが当然と信じてやまない眼差しを受けて、影山も全く同種の表情を浮かべて握り拳を作った。

 

「おう。約束だ」

 

 こつん、拳をぶつける。バレーボールに触れ続けた硬い少年の手と、キーボードとペンを手放さない柔い少女の手。

 互いを尊敬して前に進む幼馴染は、新しい約束を胸にそれぞれの道を歩み始める。

 

 ずっとそばにいた半身とも呼べる存在を無くした先に、かけがえのない仲間を手に入れることも。人生を変える出会いがそこで待っていることも知らないまま。

 

 ───季節は春になる。




「お前を倒すのは俺!」と約束した日向と「アンタの隣に立つのは私!」と宣言した桃井。生涯を競い合う相棒と、生涯を支えると誓う幼馴染がいる影山です。よかったね。


この作品を連載した当初、桃井と影山は別の高校に進学することを決めてました。作者が桃井vs影山がやりたかったからです。でも物語を展開していく中で、またありがたいことにたくさんの感想を頂く中で、一緒の高校で活躍する二人が見たくなったのも事実です。今でも見たいと思っています。本当に苦渋の決断でした。

桃井を烏野に行かせなかった大きな点は「マネージャーが三人になっちゃう」でした。あまりに多い。流石に多い。
それでも新学期同じクラスになって出席番号順的に前後の席になって「ごめん見づらいよね」「いいいいいいいえそんな滅相もない!!!!」とかやりとりしてる桃井と谷地ちゃんが見たかった……。
あまりに美しくて遠巻きされる潔子さんと桃井の二人の会話が実は「じゃがりこ美味しい」「新しい味もなかなかいいですね」とか癒しに溢れてるところを見たかった……。

ですが、ここでの桃井は影山と同じ高校には進みません。強くなってもう一度彼の隣に立つ為です。

この先は高校編を書き出すか、あるいはpixivに投稿するために影山の過去編に合わせた構成を作り直すか、どちらかだと思います。
せっかく桃井の進学先をぼかしているので、高校編は影山目線でスタートするのもありかなーと考えています。どうしましょう。上手いことやります。楽しみです。

長くなりましたが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
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