桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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モチベーションがグンと上がりました。


及川徹はその手で掴む
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 及川先輩に言われた分析力というものを私は自覚している。小学生の頃から膨大な量の動画を見たり近くに大会があれば観戦しに行ったことは、ちゃんと記憶の奥にあるのだ。

 まぁ大会といってもお手本になるプレーを重点的に見ていたので、中総体はスルーしてしまっていた。今思えばあの人のプレーが直で見れたのにと思う。その分動画でリプレイしまくったけどね。

 

 とはいえ資料にまとめておくなんてやったことはなかった。だって今までの教える対象は飛雄ちゃんだけでプレイしたほうがわかりやすい。だがこれからはチーム全員に伝えなければならなくなる。必然的に情報を頭の中で整理した上で書き出す羽目に。うぅ、めんどくせぇ……。

 

 広げられた新品のノートに埋め尽くされた字を見下ろして、飛雄ちゃんは一言。

 

「なんて書いてあるんだコレ?」

「だよねぇ……」

 

 昼休み。いその、野球しよ……じゃなかった。さつき、バレーしようぜ! と声をかけた飛雄ちゃんには申し訳ないが断った。課題が出されていたからね。つーか休み時間全部睡眠時間に当てたい。

 

「はー、ひとまず及川先輩にこの選手たちをできるだけ分析してみてって言われたけど、こんなにできないとか……」

 

 脳内にはたくさんの情報があるのに、わかりやすくかつ簡潔になんて難易度高い……。必要な情報だけ抜き取るって大変だ。今までは感覚に頼りきってしまっていたからね。

 たとえるならば海……は言い過ぎか。洗面器いっぱいに張った知識の水をスポイトで吸い上げる。そっから各々に必要な分だけ水を与えるといった具合だ。

 

 バレーばっかしててこういう作業は後回しにしてきたことを後悔する。ちゃうねん、頭ではわかってんねん……。

 

「いつもみてーに実践すればいいじゃねーか」

「そういう話じゃないの。資料にまとめるってすっごく難しいんだから。やっぱり成功率をパーセンテージで表示したほうがいいか……いや、それとも……」

 

 思考にふけっているとだんだん視線が痛いほど鋭くなった気がした。はて。普段の生徒からの視線には慣れてしまったので気にならないはず。そう考えながら顔を上げた。

 

「……指名手配の凶悪犯みたいな顔してるよ」

「してねーし」

「してるし」

 

 眉間のシワをグニグニする飛雄ちゃんに苦笑するとノートを閉じた。

 

「時間ないからちょっとだけね」

「おう!」

 

 飛雄ちゃんは嬉しそうに返事をした。

 

 

 

 体育館に向かい、ネットをたてる余裕はないので飛雄ちゃんのレシーブ練習を集中的にする。当たり前だがこれがないとボールがつながらないから、二人バレーのように『落とさないプレー』を徹底的につけさせた。

 

 私はプレーしないわけじゃない。飛雄ちゃんにつきっきりでバレーするぐらいには体を動かすことが楽しいと感じる。ただ女バレで正式にプレーするかと言われれば、断言する。答えは否だ。

 

 だって身体能力に優れているわけでもないから。

 

 ただ他人よりも身体の扱い方を熟知している。それが己であっても他人であってもだ。

 

「さつき」

「なぁに?」

「及川さんがサーブ教えてくれねぇ」

「知ってる」

 

 毎日「教えてください」「嫌だね」を繰り返している。及川先輩、よほど飛雄ちゃんに技術を伝えるのは嫌らしい。伝授を拒否された時は驚いたけれど、そこまで心配していなかった。

 

「飛雄ちゃん、及川先輩のプレーを観察すればいいよ。観てればわかるから」

「んな簡単に言うなよ」

「断言するよ。飛雄ちゃんならできるってね」

 

 飛雄ちゃんのフォームが乱れ、高く高く跳ね上がったボール。私は今度はオーバーハンドパスでボールを操った。

 

「ずぅっと教えてきたでしょ。観るポイント。そして私のプレーを真似したように及川先輩のプレーの真似をする。それだけで根本がひっくり返ると思う。それに飛雄ちゃんにはその力がある」

 

 あ。トスだ。距離を詰めてスパイクを打つ。いいね。岩泉先輩の動きから盗み取れる分だけトレースしてみた。やっぱり自分の体を支配するって気持ちいい。

 てんてんと転がったバレーボールを拾う。飛雄ちゃんのほうを見ればぎこちなく目をそらされた。口元がもにょもにょしている。これは何か私にとって良くないことが起きた時、もしくは飛雄ちゃんが照れている時のくせだ。自然と声音は低くなり表情に凍気が帯びる。

 

「なに」

「………別に」

 

 すっと掠めた目線で全てを理解した。私は咄嗟にスカートを押さえる。

 

「……見た?」

「クマさんなんか見てねぇ!」

「見てんじゃないの!」

 

 思わずバレーボールを投げつける。狙いは正確で飛雄ちゃんは相当痛そうだった。記憶よ、永遠に消え去れ。

 

 

 

「及川先輩。やれることはやってきました。ですが到底力になれるとは思えない出来栄えです」

 

 遠慮がちにノートを差し出す。まだまだ荒削りで人に見せられるレベルじゃないが、期日はちゃんと守ってねと圧のある笑顔で念押しされたのだ。

 

「うん、ありがとね。大変だったでしょ」

「そりゃあ……」

 

 恨めしげに温度の低い眼差しで見上げるが及川先輩はむしろ楽しそうに表紙を見ていた。まるでオモチャでどう遊んでやろうかという嗜虐的な笑みを感じて、この人の本性やべえなと痛感する。

 

「まぁこれからどうなるかはコレにかかってるから、今のところは解放してあげるね。お疲れ様。今日はもう帰って大丈夫だよ」

「まだ部活始まって一分ですよ。帰れるわけがありません」

 

 厳格な口調で告げると一礼してマネージャーの仕事に入る。後ろから真面目ちゃんかと苦笑混じりに言われた。

 

 

 基本的に一年生は基礎体力やプレーの土台となるレシーブやサーブの練習を集中して行う。が、上手い人は二、三年の練習に引っ張られることもあって飛雄ちゃんやらっきょ君(金田一君)などがちょくちょく呼ばれたりした。

 また何人かはマネージャー業を手伝ってもらう。これだけの人数を私だけでサポートするなんて無理だからね。スポドリ作ったりビブスやタオルを洗ったりとか、やらなければならないことはたくさんある……はずなんだけど。

 

「もっ、もももも桃井さん! 重たいでしょ俺持つよっ!」

「大丈夫。タオルしか入ってないから軽いし。言ってくれてありがとう」

 

 私から仕事を取らないでもらいたい。あの日、及川先輩にはその観察眼を生かして部員たちの指導に当たってもらうと言われたが、まだその予兆はなかった。代わりにドンと課題を出されたけどね……。

 

 あー眠い。昨日ほとんど寝れなかった上に朝練に参加して昼休みもバレーして……けど今日はたっぷり眠れるから我慢……。だめ、瞼がおりてくる……。

 

 ぼぉっとしてしまって反応が遅れた。あらぬ方向へと直進するボールがこちらに向かっていたのだ。え、待って荷物持ってるし上げられる気がしないんだけど!

 

「桃井さん危な───」

 

 ぎゅっと目を瞑って衝突に備える。しかしいつまで経っても痛みがやってこなくて、恐る恐る目を開けた。

 

「大丈夫か、桃井」

「い、岩泉先輩……!」

 

 カッケェ。ちょうカッケェ。片手でボールを払いのける姿めちゃくちゃカッケェ。痺れるような衝撃に私は身震いした。ついでに眠気もすっ飛んだ。

 

「ありがとうございます。とても助かりました」

「ああ。流れ弾に気をつけろよ」

「はい!」

 

 ぺこりと頭を下げた。やだ……漢気……Tシャツが『根性論』ってすごい……ダサい……。コートに戻っていく岩泉先輩を見送って振り向けば、中途半端に手を伸ばしたまま硬直した一年生がいる。ああ、この子も助けようとしてくれたのか。

 

「えーと……そろそろ休憩時間になるから、タオル配るの手伝ってくれるかな」

 

 このまま素通りしてもアレだしきっかけを作ってみると、彼はやっと安心したような笑みを見せた。

 

 

──────

 

 

 その日のことだ。いつものように及川と岩泉は夜の帳が下りた帰り道を歩いていた。基本ヘラヘラしている幼馴染が不機嫌そうな顔をしているのが岩泉にはわかったが、わざわざ聞くようなことはしなかった。そのほうが面倒だからである。

 原因もなんとなく察したがそのうちなんとかなるだろうと思っていた。しかし大袈裟なため息を吐くのが数度目となれば話は別だ。

 

「はぁ〜〜〜〜……」

「…………………何かあったか」

「よく聞いてくれた岩ちゃん」

 

 待ってましたとばかりに及川は食いついた。

 

「今日の居残り練のとき、なんかスッゲー見られてるなーって思って桃ちゃんかなって見たら飛雄ちゃんだったんだよ! すごい睨まれたし!」

 

 一応弁明しておくが影山は人に話しかけようとするためにその人をじっと見つめるくせがあった。ただし目つきが鋭過ぎて傍目には睨んでいるようにしか見えないのだが。

 

「あれは絶対及川さんのプレーを見て技術を盗んでやろうって魂胆だね。ふん、そう上手くいかせてたまるかってんだ!」

「お前な……影山はまだ一年生なんだぞ? そう敵意むき出しにしてどうすんだよ」

「岩ちゃんさぁ、飛雄のプレーについてどう思う?」

 

 突然の問いに足を止める。数秒黙してゆっくりと口を開いた。

 

「チームプレーの経験不足は目を瞑るとして、基礎がしっかりしているな。一年の中でもダントツだろ。あとトスが上手い」

「じゃあそれはどうして?」

「十中八九桃井だろうな。影山を凌ぐ実力を隠し持っているし、教科書みたいなプレーができる。だからあいつに教わったんじゃないのか。お前、この前二人でなんか話してたし聞いただろ」

 

 確信を持った声音に及川は満足そうに微笑む。その瞳の奥で仄暗い感情が揺らめいた。グラグラと激しく動く心を無理やり繋ぎ止めたように。

 

「それもある。けど一番重要なのは飛雄が天才ってことだよ」

 

 夜の静寂に溶け込む落ち着いた声がかえって空恐ろしく、岩泉は及川と目を合わせる。脳裏に浮かんだのは新人大会での映像だった。

 中学に入ってメキメキと頭角を現した及川を敗北に叩き落とした男が、ネット越しに彼を冷然と見下ろす。そんな現実を。

 

「岩ちゃんも認めたよね。あいつに足りないのは経験だ。トスもレシーブもサーブも、二年先に生まれたから俺が上手いってだけ。血反吐吐くようにして積み重ねた技術を我が物顔で踏み潰されたら、そりゃあ嫌になっちゃうよ」

「………それがお前が教えない理由か」

「だって天才ムカツクし? 桃ちゃんついてるからイーブンでしょ」

 

 及川がどれだけバレーと向き合い、全てを捧げてきたか岩泉は知っている。だからこそ何も言えなかった。俺はこいつにアレコレ言えるほどの努力をしてきたのか? 隣に立てるエースなのか?

 二人の間に降りた沈黙は、少しだけ以前と変わった距離感が顔を覗かせたようだった。

 

「ま、飛雄ちゃんは今はどうだっていい。それよりも岩ちゃん? 今日はまるでオウジサマみたいだったね?」

 

 ころっと表情を変えていつもの及川に戻る。それに詰めていた呼吸を再開させた岩泉はわかりやすく眉をひそめた。

 

「あっでも桃ちゃんあのTシャツにドン引きしてたから意味ないね!」

「黙れクソ川!」

 

 ついバレーボールを探してしまうがあいにく見つからず、ポキリと骨を鳴らせば慌てて及川は謝った。岩泉が以前のやりとりにほっと息をつくと及川は背中を向ける。

 

「また明日ね」

「ああ」

 

 そうして阿吽の呼吸といわれる二人は、違和感を塗りつぶした関係を送ることに一方的に気づかぬまま過ごしていく。

 

 

 

 広げられたノートには几帳面そうな性格をそのまま映したように整った文字がずらりと並んでいて、図と数字が乱雑に書き殴られたように記されている。どうやら瞬間的な発想を得たときのもののようだ。

 その全てに目を通した及川は、彼が嫌悪する天才とは違うベクトルの天才の存在に圧倒されていた。

 

「ほんと、イヤになるくらい頼もしいな……」

 

 桃井が超特急でまとめた分析結果は、及川でさえ舌を巻くものだった。及川が対戦してどうにかもぎ取った情報が欠落していたのは当然。実践でしか得られない情報はある。

 その代わりというにはあまりに充実した客観的分析。二年間戦った相手の知らないことを淡々と書き連ねてあり、素直に感嘆する前に恐怖を感じた。二歳年下の女の子に。

 

 初めてにしては完成度が高過ぎる。たしかに情報がとっちらかっていて読みにくい部分はあったが、それは表現の仕方の問題だ。磨けばどうにでもなる。何より選ばれた者しか持たない才能は開花しているようだった。

 間違いない。桃井さつきはとびきり優秀なアナリストの卵だ。それもほとんど殻は割れてしまっている。

 

「これで中一は詐欺だろ……」

 

 期待はしていた。上手く活かせばチームに革命が起こるとまで。ただそれはほとんど希望にすぎず、きっと自分と同レベルかそれ以下だと高を括っていたのだ。

 しかし現実には既に己を通り越していて、それでもなお未完成だと言う。話によれば小二からこういうことに目覚めたらしい。子どもにしては驚愕すべき忍耐力と洞察力で膨大なデータを取り込んだのだろう。おそらく桃井の脳には全てそれが記憶されている。だからパターンを比較し、冷徹な数字として可視化を可能にした。

 

 恐ろしい子だと及川は思った。影山への劣等感が霞むほどに鮮烈な才能を保持し、自覚もあって成長の見込みがある。

 

 桃井の客観的データと及川の実践的データを組み合わせて、続きを紡ぐ。互いの穴を埋め合えば完璧にグンと近づくはずだ。

 

「急いで育てないと……って」

 

 シャーペンの動きを止めた。及川は呟いた言葉に目を伏せる。焦っている。この前からずっと精神的余裕はなくなりつつあった。

 

 前には一人。背後には二人も天才がいる。

 ますます歪に傾いた及川の心を救ってくれる者は現れない。押し潰されそうなプレッシャーを抱えながらも、及川は不敵に笑った。

 

「やってやろうじゃん。まずはアイツだ」

 

 パタンとノートを閉じる。

 

 表紙には『白鳥沢学園中等部対策』と書かれていた。




及川が主人公みたくなっとる……。まああのエピソードはすごく好きなのでそれまでは丁寧にしていこうと思っています。
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