桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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革命家の腹の底

 そこからは怒涛の展開だった。牛島さんと影山くんのコンビネーションは上手く機能し、回数を重ねるごとに洗練されていき、牛島さんがエースとしての機能が十分に果たされるようになると、今度は囮の役割も追加され周りの選手が格段に動きやすくなった。その好機を今の影山くんが逃すはずがなく点差はみるみる離れていく。

 

 私はデータを打ち込み、次に予測される攻撃の手段やスパイクの位置、ブロックの配置がことごとく的中するのを気持ちのいい心地で体感していた。影山くんの集中状態に引き寄せられるように、いつの間にか私も試合に没入していたようだ。脳をフル回転して淀みなく動く指が心地よくて身を任せていると、突然ノイズが走った。嫌に奔放で縦横無尽な大きな不協和音が、試合の流れを悪戯に掻き乱す。

 

「ウンウンそうだよねこっちにブロッカーの意識が向いてるから美味しいよね」

 

 今まで大人しかった天童さんの動きが明らかに独善的なプレーに変化したのである。牛島さんのスパイクと戦う為に揃えられてきたブロックから一人抜け出して、鋭い嗅覚で攻撃の筋道を嗅ぎつける。そしてヒョロリとした長い腕が伸びた先には必ずと言っていいほどボールがあった。……いや必ずは盛った、本当は大体の割合。でも他のブロッカーと比べたら天童さんの読みがずば抜けて優れていることがわかる。

 

「……驚きました、白鳥沢であんなタイプのMBを採用しているだなんて。一歩間違えればチームの足を引っ張りかねない」

「ハッ、使い所がわかってねぇ奴らなら宝の持ち腐れだろうな」

 

 すぐに天童さんのことだと理解した鷲匠監督が誇らしげに腕を組む。自分が発掘したのだと言いたげだ。事実その通りなのだが、天童さんの存在を全く知らなかった私への当てつけに感じてしまう。

 

「天童さんは鷲匠監督が勧誘を?」

「あぁ。元いた中学じゃ手に余ってたみてぇでな。白鳥沢(うち)の強さに最適の選手だと思った」

「たしかに中学時代は無名だったのも納得です。あの人のブロックは執念に満ちている。止めることではなく、叩き落とすことへの快感が大好きなんでしょうね……あの表情を見れば誰だってわかります」

 

 力の抜けたゆったりした構えから想像できないほど俊敏でトリッキーな動きでネット前を駆ける天童さんの目はギラついている。その顔は生気に満ち満ちていて、ここが俺の生きる場所とでも言い出しそうな色をしていた。

 

「しかし白鳥沢に導入するのはかなり勇気が必要なのでは?」

「なぜそう考える」

「天童さんの動きは自分の読みと直感に依存したもので、横のブロッカーや後ろに控えるレシーバーの邪魔になることが多……あ今ちょうどそうなりましたけど、ドシャットを決めるか、今のように相手に決められるか、可能性は未知数でしょう。もちろんドシャットを連発するのは理想だし、士気が上がる良いことづくめです。でも、私はチームの輪を乱すことの方が大きく見えてしまって」

 

 「間違えたぁぁああああ!!」と横に飛びながら叫ぶ天童さんの情報を打ち込みながら言うと、鷲匠監督は少しの黙考の末に口を開いた。

 

「今の状態でも十分戦力になっている……が、桃井を投入してブロックの確実性を上げたらどうだ?」

「私のデータで天童さんのドシャットの成功率を高めると。そう上手くいくとは思えませんが」

 

 鋭い視線が真横から飛んでくるのでコート上の情報を必死こいて集めながら頭の中で推論を立てる。リアルタイムで更新されていく選手の印象や長所短所、現在の白鳥沢の空気、そこに私が入った時の変化、さまざまな要素を余すことなく考慮に入れて思考を組み立てるのは、とても大変なことだけど、やっぱりどうしようもなく楽しかった。

 

「天童さんは自分の直感に沿ってバレーをするのが好きなように見えるので、私のデータという外的要因に忠実に従うと、彼の理想とするプレーにそぐわないのではないでしょうか。……というか私の直感と彼の直感は相性が良くないように思えるんです」

 

 あれは自分のルールに従うことに快感を見出すタイプの変態である。すごい失礼なことを言ったがまあ私も同類なので(いや私は快感は感じないけど)許してもらいたい。

 だから彼はあんなにも楽しそうにバレーボールをするのだ。私はそれを邪魔したくなかった。

 

「……天童を知ったのは今日が初めてだろう。それでそこまで読み切るか」

「合ってました?」

「ああ。奴が言うには、自分が気持ちの良いバレーがやりたいそうだ」

 

 やっぱり。こだわりが非常に強い人なんだろう。癖が強いとも言う。牛島さんといい白布さんといい、そういう人ばっかじゃない白鳥沢? なんなら監督からして癖強い人だからね……。

 

「ただ天童は自分と違う要素にぶつかることを嫌うタイプじゃねぇ。むしろ積極的に絡みにいくし、それで自分を崩されることも絶対にない。桃井が危惧するようなことにはならねぇよ」

「……なるほど。データに加えておきます」

 

 そういえばあの牛島さんにあれこれ言える人だった。面白いなぁ、天童さんはゴーイングマイウェイな人で、逆に白布さんは以前のプレースタイルを封印して徹底的に牛島さんに託す人と。他にも面白そうな人材はチラホラいて、これが鷲匠監督の集めた「強い」チームかと納得する。

 

 ……うん、わかっていたけど想定以上に魅力的なチームだ。指導しがいのありそうな選手だらけだし県内トップだしていうか牛島さんいるし。もっと前向きに検討しても良いかもしれない。

 ふんふん頷いていると、目の前の光景に明るい気持ちが、唐突に崩れていく感じがした。

 

「合わない……!」

 

 天童さんの不規則な動きに翻弄され、影山くんの安定したトス回しが加速していく。先ほどまであった神がかり的な集中状態は解かれ、彼の表情と仕草には苛立ちと焦りが見てとれる。

 

「影山くん! ゆっくりゆっくり!」

 

 慌てて声をかけるが、彼の視線がこちらに向けられることはなく、そのままネットの向こう側を睨みつけたままだ。あ、不味い。これは、よくない方向に進みつつある。

 今ならまだ引き返せるはずだ。タイムアウトでも交代でもいい、とにかく影山くんの頭を冷やさないと。そう思って鷲匠監督を見やれば、腕組みをして一言。

 

「駄目だ」

「で、ですが、このまま調子を崩していけばチーム全体の不調を招きます。今は影山くんを冷静にさせて、再起を図るべきです」

「アレが王様と言われる所以、俺たちはまだ見てねーんだ」

「だからって……」

 

 明らかに独善的なスピードのトスに選手たちが疑念を抱き始めている。コートの外では、ゲームを見ていた部員たちがヒソヒソ話をしていた。それまで暖かかった空間が嘘のように冷えていく。私は次第に息苦しさを覚えていた。

 

「もっと速くしてください」

「俺のトスに合わせてください」

 

 敬語ではあるけれど、彼の態度が、目線が、口調が、雄弁に物語っていた。

 ───俺に従えと。

 

「…………やっちゃったネ」

 

 冷めた目をした天童さんの呟きに、私は心底同意する。

 こうなってしまった影山くんはもう止まらない。ボールが上がって、彼だけが正しいと思う選択を見ていることしかできなかった。横から私が口出しをしても、スルーされてそれで終わり。ただただ時間が過ぎるのを待つしかない苦痛のそれに、怪物は異を唱える。

 

「お前は何と戦っている」

 

 暴走する王様を正面から見下ろして、牛島さんは言った。その言葉に思いっきり眉を顰めた影山くんが鋭い眼光で睨み上げる。

 

「俺は俺の正しいトスを上げてるだけです。打ててないのはそっちじゃないですか」

「なんだと?」

「あっおい! 待てってば!」

 

 チームメイトの先輩が詰め寄りかけ、優しげな選手に止められる。誰もが牛島さんの返事を待っていた。私もそうだ。飾り気のない、実直な言葉を持つこの人の心を、私は知りたかった。

 牛島さんは自分の質問への返答がなかったことを不服に思ったのか、不機嫌そうに目を細めた。そして一瞬、私と目を合わせた後。

 

「エースに尽くせないセッターは白鳥沢にはいらない」

 

 そう、言い放ったのである。

 

「なんっ……!」

「影山、コート出ろ」

 

 牛島さんに近寄ろうとした影山くんに、鷲匠監督は終わりを告げた。流石の影山くんもその指示を無視することは出来なかったようで、忌々しげに顔をしかめると、荷物を全て持って(といってもバッグに着替えも何もかもを詰めていたらしい)体育館を出て行った。

 

「ま、待って影山く」

「桃井」

 

 追いかけようとパイプ椅子から立ち上がるも鷲匠監督に呼び止められ、視線で制されてしまえばどうすることもできない。大人しく椅子に座り直す私に頷くと、鷲匠監督は別の選手をコートに入れ、試合続行を指示した。

 

 

 

 

「今日は影山くんがとんだ失礼を。どうお詫びすればいいか……」

「いーっていーって! てかアレは桃井のせいじゃないだろ?」

 

 今日予定されたスケジュールは終わり、各自クールダウンをしている先輩方へ謝罪をし頭を下げると、彼らは朗らかに笑ってくれた。

 

「てか監督んとこ集まんなくていいの?」

「私とは後でじっくり話をするそうで。今は中学生の彼らに一人一人アドバイスをされてます」

 

 今日取れたデータをもとに話し合いをするんだろうなと思っていると、そろりそろりと近づいて来たのは天童さんだ。

 

「アレが北一の王様かァ。スゴイ爆弾抱えて大変そー」

「……もう慣れましたから」

「そー。で、思い出してくれた?」

 

 ヤクソク。音に出さず口の形を作る天童さん。その後ろから牛島さんがやって来て、相変わらずの威圧感を伴いながら私を見下ろした。

 

「はい。……約束。私が一年だった頃、牛島さんに勧誘された時に二年待ってほしいと告げたこと。……そうですよね?」

「ああ」

「忘れてしまってごめんなさい」

「ああ。……お前の答えを二年待った」

 

 じとりと静かに熱を持つ瞳に射抜かれて、私は困ったように眉を下げるのだった。だって、答えは決まっている。というか、今日会った時に話は終わってしまった。

 

「だが、それでも桃井はまだだと言った」

「しょうがないでしょう。だって時期尚早なんですもん」

 

 いやまあ中一で勧誘して来た頃よりから熟してきているのだけど。それでもまだ私は迷っている。

 曖昧に微笑むと目に見えて牛島さんの機嫌が急降下する。えー、これ私が悪いの? 正直に答えただけなんだけど……。というか近くの大会に行くとほとんどの確率で出会うし話すし毎回スカウトの話持ち出されて来た私からすると、しつこいと感じてしまうのも仕方のない話だった。

 

「いちいち気にしなくても、牛島さんが好きだってことに変わり無いのに」

 

 ついそんなことをこぼすと、目を大きく開いた牛島さんにハッとなって慌てて付け加えた。

 

「いやプレーが! 牛島さんじゃなくて、いえ牛島さんは好きですけど! いやその好きじゃなくてつまり牛島さんのプレーが前から好きなので安心して欲しいというか! そこ天童さん笑わない!!」

「いや……わかっている。そう焦るな」

 

 本当に伝わっているか怪しいが、ここまで言ったら流石に誤解しようがないだろうと、深呼吸を一回。床に転がって笑っている天童さんをどうしてやろうかと考えていれば、牛島さんはポツリと呟く。

 

「いつからだ」

「え?」

「いつから、俺のプレーが好きだ」

 

 直接的に聞かれて恥ずかしい気持ちがなかったわけではない。こんな公衆の面前で、と思わないわけでもなかった。

 しかし、この人の望みに応えられる日が訪れる確率は限りなく低いことを悟って、せめて本当の想いは伝えておきたいと、躊躇いながら口を開いた。

 

「中一の練習試合で、初めて貴方のスパイクを見た時から。……まあ牛島さんは私のことなんて眼中になかったですけど」

「それは、お前のことを知らなかったから」

「わかっています。当時の私が注目されるわけがない。それでも……悔しいけど、貴方の強烈なスパイクが忘れられないんです。今でも、ずっと」

 

 初めて私の予測を打ち破ったあの日から、牛島さんは私の中で特別な人になっている。

 

「中学に上がって、初めて……ここまですごい選手だと思ったのが貴方だったから。牛島さんがいなかったら、何度も予測を超えてこなかったら、私は今の強さにたどり着けていなかった。だから、その……」

 

 口に出しながら、「アレ私ものすごいこと口走ってない??」なんて今更過ぎることを思う。けれど、止まることも、牛島さんの顔を見上げることもできないで、最後まで突っ走るしかなかったのだった。

 

「高校が違うとしても、その先同じチームになれたら……まあ目標は全日本のアナリストなのでいつか絶対チームメイトにはなれますし、大丈夫です……?」

 

 何が大丈夫なのか全くわからないけれど、そう言って言葉を結んでそっと彼の様子を窺うと、牛島さんは眉間の皺を柔く解いて、驚くほど綻んだ声色で。

 

「そうか。なら……約束は果たされたようなものだな」

 

 フッと目元を緩ませて、頷いたのだった。

 

「あ、それと」

「む?」

「さっき影山くんに要らない発言したの忘れませんからね」

 

 もちろん影山くんが先に暴走したのが悪いのはわかっている。わかっているが、それでもそこまで言わなくていいのでは、と思わずにはいられない。

 結局良い方向どころか悪い方向にしか転がらなかった。鷲匠監督も「影山はウチのチームには不要だな。一般で受かったら歓迎するが」と言っていた。まるで彼が一般入試で受かるはずがないと思っているかのようである。まあ事実そうなんだろうけど。

 

 微笑みを抹消してそう言えば、牛島さんもまた表情を無に戻した。

 

 

 

「モモイちゃんの有能さはすっごくわかったし、鍛治くんや若利くんが執着するのもよーく理解できた。けど、結局白鳥沢には来ないんじゃないかな〜」

 

 ───あの子、若利くんにあそこまで言っておいて、王様くんしか見てないヨ。

 天童はのんびりと欠伸をする。今日の練習会はとてもいい刺激になった。前髪に気合いの入ったキレキレストレートの五色とか、面白そうな人材はたくさんいたが、それでも北川第一の二人が圧倒的に注目を浴びていた。

 

 桃井は、今日収集したデータから推測される効果的な練習方法やプレースタイル、弱点にそれを克服するポイントについて、時間の許す限り捲し立てた。ゲーム中も可愛らしい笑顔を振り撒き、挨拶や声かけを欠かさず、ちょうど良いタイミングで差し入れやタイムアウトを提供する彼女に、ほとんどの学生が魅了されたと言っても過言ではない。

 

 その一方で、影山は最初こそ好印象を与えていたものの、最後のあの独裁者っぷりに皆が難色を示していた。才能の塊であることはよくよく理解できたし、どうして彼がコート上の王様なんて仰々しい名をつけられたのか、身に沁みてわかった。あれは自己中の王様なのだ。

 

「ほんの短時間でもウワッてなったのに、北一の連中、よくアレと一緒に試合できるよな」

「桃井も引く手数多だろうに、アイツに足引っ張られてんじゃん? 北一の春季大会の成績、確かそんな良くなかったし」

 

 しきりに桃井が影山の様子を気にしていた為、なんとなく二人は同じ高校に進むのだろうなと……影山の選ぶ道を、桃井もまた共に歩むのだと、彼らは考えた。

 

 それが面白くないのは牛島だ。彼は、桃井が強いことを認めており、喉から手が出るほど欲しいのに、当の本人に二年近く待たされた上「まだ決めてません」と言われた。なんてことだ。

 しかも明らかに牛島より影山の方を重要視している。何故だ。俺の方が強いのに。

 

「影山か……そういえば、中三の北一との練習試合で、一度だけ対戦したことがあった」

「え。そうなのか。どんなんだった?」

「特に覚えていない。当時一年生ながら及川と交代してセッターを務めていた程度だった」

「それヤベーんだって。あの及川の代わりを一年がやるってとんでもないことだって」

「しかも桃井に指導されてきたんだろ? そりゃあ傲慢になっちゃうよ。俺強ェって勘違いすんだわ」

 

 若いねェなんて口にするチームメイトから視線を外し、牛島は桃井の定位置となっていたパイプ椅子を見た。座っていたのはほんの数時間。けれど、真剣な眼差しでコートを見つめるその姿が、瞼に焼き付いていた。

 

 牛島は、彼が正しいと思う道を疑わない。県内で一番強いのは白鳥沢であり、桃井が来ればもっと凄いことになると確信している。

 それなのに正解を選ばない彼女が……影山のために不正解を選ぼうとしている桃井が、どうしても受け入れがたかった。

 

「ね、若利くん。中総体の決勝戦見に行こーよ。どうせ北一は残るデショ」

「ああ。見に行く」

「ついでにモモイちゃんに事前にメール送ってあげてね」

「それは欠かしたことがないから大丈夫だ」

 

 

 

 時は少し遡る。

 見慣れた体育館に辿り着いてまず思ったのは、誰かがいるなんて珍しい、というただの感想だった。影山は抜け出した時のままの練習着を見下ろして、開けっぱなしの扉から中に入る。

 

「あ、影山……」

「なんで……」

 

 途端、複数の視線がそろりと寄せられ、そして逸された。白鳥沢の練習会に呼ばれた影山と桃井は、今日の部活には不参加を表明していた。まさか途中で帰らされるなんて北一の誰も思っていなかったのである。

 

「……いたのか」

 

 影山は久しく見ていなかった『居残り練習の時間に残って練習をしているチームメイト』の光景に、視線を落とす。完全に止まってしまったシューズの擦れる音、ボールが弾む音、誰かのかけ声が、もう一度聞きたかった。

 空いたスペースに向かって歩くと彼らは騒ついた。影山から距離を取るようにして集まり、ヒソヒソ言葉を交わす。影山に聞こえないようなやり方はいつもされているものだった。

 普段ならここで影山が暴言を吐いて、桃井がたしなめて……それで終わり。けれど影山が怒りを爆発させる予兆がなく、それが更に彼らの不信感を煽いだ。

 

「おい、お前ら」

 

 影山が声をかけると、彼らはビクリと肩を震わせる。驚きと怯えを含んだ目で控えめに顔を上げたを何を言われるのだろう。どんな暴言が飛び出してくるんだろう。ついにかち合ったその瞳の向こうには、散々王様に詰られ疲弊した色が浮かび上がっていた。

 

「俺の」

「あ、俺帰るわ。もういい時間だし」

 

 言葉を音にする途中で、国見がそこまで悪いと思ってなさそうな顔で、サッとその場から立ち去った。あまりの速さにその場にいた全員が「えっ?」という表情でその姿を見ていたが、次々と流れに合わせて体育館を出ていく。

 

「悪い、俺この後塾あんだわ」

「そうそう、早く帰んないと」

 

 最後の一人となった金田一は不快そうな顔で出入り口を見た後、そのままの顔つきで影山を見る。

 

「で、何。何か言いたいことでもあるのか」

「俺のトスを打て」

「……ハッ」

 

 掠れた嘲笑が静かになった空気を揺らす。

 

「お前、どこまで行っても自己中だな」

 

 そう言い残して、金田一は影山を独りにした。

 

 

 

「影山くん、遅くなってごめんね。鷲匠監督と話してたら熱入っちゃって」

 

 北川第一の監督に簡潔に何があったか報告した後、未だに体育館の明かりがついていることに気づいて、もしやと思って向かえば、案の定影山くんはそこにいた。

 たくさん転がったボールの数に、どのくらい一人で練習していたのかを察せられる。今日も影山くん以外誰も居残っていなかったようだ。

 

 白鳥沢での一件を問い質したかったが、目があった彼の表情に強張りが見えて、思いとどまる。どうしたのと聞くのは簡単だけれど、地雷を踏んで爆発させかねない。

 牛島さんの一言が効いたか、それとも鷲匠監督にコート出ろなんて言われてショックだったのか……いずれにせよ、今はそこを突くべきではないと判断する。

 

「今日の選手たちの分析結果見る?」

「見る」

「じゃ、片付けて帰ろ? 家で一緒に見よう」

 

 こくりと頷いて作業する影山くんを手伝いながら、疲労を押し殺し、息を吐く。

 影山くんの隣から離れてはならない。影山くんを独りにしてはならない。その意思が、どうにも重くのしかかっていた。

 

 

 

 結局あれから、白鳥沢でのことは掘り返していない。日々の喧嘩を止めたり選手を分析したりすることで手一杯で、これ以上の心配事を増やしたくないのが本音だった。

 

 けれど、日向くんに元気と勇気を分けてもらった今なら、なんだってできる気がした。

 最後の手段で日向くんに頼る前に、自分にも何かできるのではないかと信じてみたくなった。

 

 バスが止まる。学校に着いたのだ。ぞろぞろ体育館に向かう選手たちを見送ってから、私もバスを降りて機材を回収し、マネージャーたちと軽く話をしながら歩いていく。

 

 

 今までは、影山くんとチーム、両方と対立するのが怖かった。影山くんの隣に居ながらも、チームからは浮かないよう、チームに見放されないよう、戦略を練ったり指示したりするのは、とても大変で、すごく神経を使った。

 

 だが、それももう疲れてしまった。何より怒りと我慢の限界だった。腹の奥底に押し込めた鬱憤が抱えきれないほど増幅していて、支障をきたしている。これ以上負荷がかかったら決壊する。何もかもが嫌になる。そんな予感がしていた。

 

 ───逃げないで、ちゃんと言おう。今のチームに何が必要か。本当は何をすべきなのか。この冷え切ったチームの空気を変えて、影山くんを元に戻す。

 

 中学最後の全国一位を狙う機会を、こんなことでふいにしたくない。彼との約束を果たすべく、私は王様と庶民、両方と敵対することを選んだ。




四話にわたる回想シーンでした。

別作品の執筆に行き詰まったのでこっちに帰ってきました。中総体編終了までなんとか書いていきたいですね。

こちらは中3の桃井さつきです。

【挿絵表示】

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