桃井in白鳥沢。
影山のトスが見放されたことで北一のチームに失望して白鳥沢へ……という流れです。
恋愛色とっても強め。牛桃。
喉から手が出るほど欲しかった。
存在を初めて認知した時、笑顔の裏に潜む壮絶な決意を垣間見てから、ずっと。
言葉を交わすようになって、案外生意気な奴だと知ってから、ずっと。
己の挙動に呆れて苦笑するその顔が美しいと思ってから、ずっと。
気づいた時には、バレーという自分の一番大事なところに深く根差していて。
こんな感情など知らなかった。
こんな、人に焦がれ、愛おしく思う気持ちなど。
白鳥沢学園高等学校三年、牛島若利には特別な後輩がいる。彼と監督の勧誘に頷き、白鳥沢へ進学してきた桃井さつきのことである。
中学におけるバレー界においてアイドル的人気を誇り、アナリストとして確かな実力を持つ桃井は全国でも引く手あまただった。知り合いも多く、牛島でさえ知っている有名な選手とも親しい様子で、普通の選手よりも選択肢が幅広く存在していた彼女の進学先は注目度が高く、白鳥沢に決まった瞬間は『あの牛島とあの桃井』が手を組むのだと他校の選手をどよめかせた。
「これからよろしくお願いします」
白鳥沢への入学が決まった中学三年の頃、北川第一の桃井が初めて敵ではなく味方としてやってきた時、部員たちの喜びの声が学園中に響き渡った。
「おっしゃああああ!!! ついに俺たちが桃井さつきを取ったぞ!!!」
「他校の連中に自慢しようぜ!!! 青城の及川とか地団駄踏んで悔しがるだろ!!!」
「女マネ……女のマネージャーと書いて女マネ……ううっ、むさ苦しい男しかいないバレー部に春が来た……」
「かわいい」
「わかる。すげーかわいい」
「な。めっちゃかわいい。美人」
「しかも分析とかできんだろ? 俺たち前世で徳積んでてよかったよな」
「それ言うなら若利だろ」
みんなが歓喜に咽び泣き、あれほどしつこく勧誘していたのだから一番喜んでいるだろうと牛島に視線を向けると、彼は桃井を真っ直ぐ見つめ、微動だにしていなかった。
じっ、と見据える目はまるで桃井の存在が偽りではないことを見定めるように揺らぐ気配がなく、表情も何を考えているのか読めないほどに無だった。
三年間しつこく勧誘し続けた牛島は、桃井が白鳥沢を選ぶことを信じて疑っていなかった。それが己にとっても彼女にとっても正しい道なのだから当然だろうと、及川が聞いたら反吐を吐くようなことを考えていた。
だが実際に現実になると、果たして本当のことだろうかと、牛島は今までにない感覚を覚えた。疑うことなど一度もなかったのに、いざその時が来ると自分は固まるのだなと牛島は初めて知った。
石像のように動かないでただこちらを見ているだけの牛島に、桃井は微苦笑を浮かべて近づくと、彼のジャージの袖をそっと掴んだ。その瞬間に魔法が解けたかの如く、牛島は肩の力を抜き、緊張していたのだと知った。
「牛島さん」
「……なんだ」
「私はあなたを選びました。……アイツとの三年間ではなく、あなたとの一年間を。正直に言って、この選択が正しいのか私にはわかりません。………だから」
俯いているために彼女の表情は見えない。ジャージの袖を掴む手にグッと力が込められ、感情を押し殺した声色で紡がれる言葉だけが牛島の脳裏に刻まれる。
桃井は正しいと思ったからこの道を選んだのではないのだと、それは牛島が求めていた彼女ではないと、桃井は知っている。それでも言わずにはいられなかった。
「どうか、後悔させないでくださいね」
その瞬間、白鳥沢の空気がピシリと緊張した。桃井の発言は白鳥沢の実力を侮ったものになりかねないからだ。それを初対面のこの場で言う胆力も、全国三本指のエースに対して言う勇気も、褒められたものではない。チームの空気に敏感な彼女が本来ならば言うはずがない言葉だった。
しかし、だからこそ桃井の本心が詰まっていると牛島は思う。それほどまでに彼女はチームに追い詰められていた。
ならば彼は彼女が選んだ道が正しいと証明しなければならない。それがこの男の責務となり、さらに彼を強くする。
「顔を上げろ、桃井。そんな弱気のままでいるつもりなら置いていくぞ」
その言葉に弾かれたようにおとがいを上げる桃井の瞳は濡れていて、牛島だけをその目に映している。それが酷く心を満たし、同時にそんな渇きが自分の内にあったことを知る。
牛島という人間はおおよそバレーボールで構築されている。思考、言葉、行動全ての根幹にバレーボールがあり、それを不満に思ったことは一度もない。そこに桃井さつきという異端分子が混ざり込んだ。自然の摂理であるかのようにするりと牛島の心に溶けて一体化してしまった。
あんなにも嫌だと思う人は初めてだった。
あんなにも欲しいと思う人は初めてだった。
生まれて初めて渇望した存在が自らの意思で牛島のもとに来た。その重大性を、この時の誰も知らなかった。
「後悔? ───それは誰に向かって言っている」
眼力の増した瞳が厳かに桃井を見下ろす。百戦錬磨、絶対王者の風格に周囲の者は固唾を飲んだ。試合中でも何でもないのにそれの時と似通った空気を纏うエースに、しかし桃井は美しく微笑んだ。
「……はい。そうでしたね、ごめんなさい。牛島先輩」
「先輩」
「ふふ、これからはそうでしょう?」
「……ああ。そうだな。………そうだ」
威圧をものともせず肩を揺らしゆるりと笑うその少女は、後に白鳥沢に勝利をもたらす女神となった。
一度手に入れると手放せなくなる。
彼女から与えられる愛が心地よくなっていく。
勝利を引きずり下ろす貪欲な目も、赤く色づく可愛らしい頬も、意地悪く吊り上げられる唇も、愛おしいと思うようになる。
「あ、牛島先輩」
恒例のようになった呼び止める時の袖を掴む動作。これだけで牛島を呼ぶ人物が誰なのかわかり、振り返る彼の表情が幾分か柔らかくなっていることに、当人だけが気づかないでいる。
「久しぶりやなあ、さつきちゃん。元気にしとった?」
「お久しぶりです宮さん。軽々しく下の名前で呼ぶのやめてもらえます?」
「なんだ、若利君に会いに来たのにお前まで一緒かよ……」
「その嫌そうな顔を私だけに向けるのは何でですか? ねえ、佐久早さん」
「モモイ〜〜! 俺はお前と戦える日を楽しみにしてたぜ!」
「こちらこそ。今日も勝たせてもらいますよ。あ、赤葦さん、木兎さんのお世話お疲れ様です」
「お前は……よく喋る」
「え?」
インターハイ当日、会場で知り合いの選手から話しかけられては笑顔で返事をするマネージャーにそんなことを言えば、桃井は顔を引き攣らせる。
「それは……嫌味ですか? 試合前なのによく余所見をする余裕があるな的な」
「そうではない。ただ……よく喋るなと思った」
「はあ……? まあ牛島先輩よりはそうでしょうけど……あっ」
視線の向こうに知り合いがいたのだろうか。桃井は牛島から顔を逸らすとニコパッと笑顔を浮かべる。
「ちょっと挨拶に行ってき……」
そのままの姿勢で桃井は固まった。腕を牛島に掴まれて動けなくなってしまったからだ。え? という驚きの表情で牛島を見上げる桃井と、自分の咄嗟の行動に驚いて何も言えなくなる牛島。二人の奇妙なポーズに周りは「あれ牛島に桃井じゃね……?」「なんで二人とも固まってんの……?」と騒ついた。
牛島はわからなかった。なぜ自分が桃井の華奢な腕を掴んでいるのか。なぜ桃井が他の連中と親しげに話をするとなんか嫌な気持ちになるのか。初めてのことでわからない。ただこのまま彼女がどこかへ行ってしまうと、満たされているはずの心が渇くような気がした。
そうだ、桃井を手に入れたのは自分なのだ。自分のものに勝手に他所に行かれては困る。牛島はそういう結論に至った。
「あの……、手を離してもらえると……」
「それはダメだ」
「えっと……どうして……?」
「………お前は、俺のものだろう」
「は、」
バッチリ聞こえた周囲の人が「え!? まさか二人ってそういう……!?」と色めき立つが、牛島には全く耳に入ってこなかった。桃井もまた目の前の宇宙人みたいな男が何を言ったのかすぐには理解できなかった。
たしか中学時代にも牛島は桃井を我が物のように扱う節があった。頼んでもいないのに周囲の選手に桃井の存在を脅威と知らしめたのがその最たる例である。
それが嫌でやめるように言ってからは大人しくなったと思っていたが……。とりあえず、とっかかりやすいところから言っていこう。うん。
「…………。人を物扱いするのは良くないと思います」
「桃井は白鳥沢のものだろう」
「んん……まあ、所属という意味では、そうかも知れません……?」
「ならば問題はない」
「問題しかないですよ!? なんでバレー部に在籍してるだけで私が牛島先輩のものにならなくちゃいけないんですか。無自覚なんですか、それとも本気でそう思ってるんですか!?」
「無自覚とはなんだ」
「そ、それは……」
桃井は一片の翳りもない眼差しを受けて言い淀んだ。ええ……本当に気づいてないの……? とボソボソ納得がいっていない様子で呟き、掴まれた腕と牛島を交互に見やるが彼には届かなかった。
無意識だろうが何だろうが、別の人と話すのを阻止する動きを見せる時点で嫉妬の表れなのでは……? 恋愛的な意味は置いても牛島に好かれているのはわかっていたことだ。だって、振り返る彼の顔はとてもやわらいでいるから。こうやって腕を捕まえる行為は好きの意思表現でしかない。桃井はそういう考えに至る。
「とにかく、急に腕掴まれたら誰だって驚きます」
「……それならお前も俺を呼び止める時に袖を掴むのは何なんだ」
「え。………え? うそ、え、私いつやってました?」
「何度も。ずっと前から」
「…………うそ」
瞳がこぼれ落ちるのではないかと心配になるほど目を見開いて、愕然とした表情で桃井は言った。そんなに驚くことだろうかと牛島が疑問に思っていると、カアッと桃井の顔が赤くなる。や、だって、え、人のこと言えないじゃん……と時間稼ぎのように言って顔を手で隠した。その隙間からは動揺と恥じらいで揺れる瞳が覗いていて、牛島の心臓が跳ねる。
「……かわいい」
「へぁ」
ぽつりと口から飛び出た言葉が、静かに胸の内にこだまする。耳まで赤く染まったところ、あわあわと口を開いては閉じてを繰り返すところ、きゅっと手を胸元で握りしめるところ、その全てがかわいく見えた。
誰かをかわいいと思うのは初めてのことだった。初めての感覚を噛み締めるようにじっと桃井を見つめていると、桃井は掴まれた腕から解放されようとグイグイ引っ張っていた。力の差でどう足掻いても外れることはないというのに諦めないところがかわいかった。
「もう、いいですからっ……離して、お願い……」
「お前はどこにも行かないか」
「行かない行かない、牛島先輩のそばにいますから……!」
ちなみに近くにいた天童がこのやりとりを見ており、爆笑しながら部員全体に広めたため牛島は桃井に怒られた。天童はもっと怒られた。
「そういえば、どうして私が白鳥沢を選んだか言いましたっけ」
試合を順調過ぎるほど勝ち進み、準決勝と決勝が残るのみとなった白鳥沢が宿泊するホテルにて、明日の試合の打ち合わせを終えた牛島を呼び止めた(今回は袖を掴まなかった)のは桃井だった。
激励でもするのかと思いきや別の話を切り出すつむじを見下ろして、牛島は言った。
「俺がいるから」
「正解」
「は、」
間髪入れず返された言葉に牛島はゆっくりとまばたきした。仏頂面を驚きに染めて間抜けに口を開き、眉を上げる顔を見上げて、桃井は堪えきれないといった様子で吹き出した。
「ぷっ」
「………おい」
「あはは! ふふっ、ごめんなさい! だって、自信満々に言ったのに驚くなんてっ」
「笑い過ぎだ」
牛島がむっと顔をしかめるも、それすら面白いのか桃井はついに口に手を当てて顔を背けると小刻みに震え出した。どこがそんなに面白かったのかわからないが、初めて見る爆笑だったので、まあいいかと思い直す。
ようやく笑いを引っ込めた桃井は目尻に溜まった涙を指で払い、ふうと一呼吸置いて口にする。
「……あなたが初めて私の予測を破った人だから、負けたくないって思ってたんです。それなのに白鳥沢に来いって勧誘してくるし……意味不明だし。……中学で色々あって、どうしたらいいのかわからなくなって……」
「去年の中総体の決勝戦か」
「…………あれは、私の実力不足でした。チームメイトが見えていなかった。反省も後悔も、どれだけしても足りない」
ずっと光を宿していた瞳に影が降りる。桃井の口からあの試合を言及するのはこれが初めてで、牛島は言葉に詰まった。あの牛島若利が、人を気遣い、何かを言おうとして、そして口を閉ざしたのだ。
「私は逃げるように白鳥沢に来ました。もしこの選択が間違っていたなら、あなたのせいにしてしまえば楽だから。……ずるいでしょ?」
自嘲するような笑みが口元に浮かぶ。こんなにも深く、恥を晒してまで本心を吐露したことはなかった。自らが強いと認め、また自分の強さを認められた人に、己の弱さを見せてしまうのは心苦しかった。しかし桃井は準決勝戦を控える今この瞬間に伝えたかった。どれだけ自分があなたに救われたのかを。
「だけど、牛島先輩を信じて正解でした。絶対的エースとしてのプライド、強さを追い求める貪欲な精神……全てが私にとって特別でした。どんな無茶な作戦だってあなたがいれば大丈夫。絶対に何とかしてくれる。そんなことが当たり前になってしまうほど……あなたは強く、誇らしかった」
彼女の口から紡がれる言葉の一つひとつが、愛おしいという感情で満たされていた。澄んだ瞳が映し出すのは自分だけ。泣きそうに綻ぶ唇とへにゃりと困ったように下がった眉が、どうにも見慣れない表情で、心臓がどくんと大きく脈打つ。
桃井は牛島の左手にそっと両手で触れ、持ち上げさせると自らの額に押し当てる。白く柔らかな指が努力の手を優しく包み込み、まるで祈るように、静かな声が空気を揺らす。
「だから、明日も、これからも。勝って、勝って……いっぱい勝って。私はあなたの往く先を知りたい。そばで見て、支えたい」
ぎゅっと優しく力が込められた左手が熱を帯びる。牛島はこの身に溢れてくる感情をどうしたらいいのかわからなかった。叫び出したいような、大事にしまっておきたいような、相反するぐちゃぐちゃな想いが苦しいほどに膨れ上がって、思わず唸る。
その声を不思議に思った桃井は顔を上げ、目が合うと照れたようにはにかんだ。赤らんだ頬が可憐で美しく、牛島は愛おしいと思った。
「わっ」
衝動的に捕まっていない右腕を彼女の背中に回して抱き締めた。女性の方では長身の部類に入る桃井だが、牛島にとっては華奢で小さく、あまりの繊細さに右腕の力を緩めたほどだ。密着した肌はあまりに柔く、桃色の髪からはふわりと甘い香りがする。互いの吐息が混じり合うような近さに、牛島はぐっと奥歯を噛み締めた。
どっ、どっ、と激しく打ち鳴らす心臓の音が煩わしい。試合の時とは違う緊張感のせいで、正常な判断が奪われているとさえ思った。そういうのを取っ払って、今はただ、彼女に集中したかった。
深呼吸をして、今度は慎重に右腕に力を込めた。桃井に触れられていた左手は自分と彼女の間に収まっていて、柔らかな感触に包まれている。やがて桃井がおずおずと両腕を背中に回し、ぎゅっと抱きしめ返してくるので、牛島はたまらない気持ちになった。
どちらも言葉を発しない無言の空間は、しかし居心地が良く、互いの逸る心臓の音を感じている。誰にも邪魔されることのない、二人だけの時間だった。
「父親の話を思い出した」
「空井選手の?」
するりと言ったことがないはずの父の名前を出され、牛島はくっと口角を上げる。左腕を体の間から抜け出させて両腕で彼女を包み込む。
「ああ。昔、少しの間バレーを教わったことがあった。その時の言葉とお前の言葉が、よく似ている」
『俺たちのエースは文字通り日本一のエースでな! 当時の身長は190cm。高校3年でまだ伸びてた。でも体格だけじゃなく、こいつに上げれば絶対に決めてくれる。そう思わせてくれるやつだった! こいつは何かやってくれる!ってな! こう……ワクワクすんだよな!!』
そういう風になりたいと思った。彼女にとってそう在れたらいいと思っていた。
そんな人になれていたのか。なりたいエースになれていたのか。
だとするならば、それは彼女のおかげだろう。強くて、面白くて、バレーボールをいっとう愛すこの少女に牛島は幾度となく救われてきた。だから今ここにいる。
「桃井。お前に勝利を捧げると誓う。これから先、何度でも」
そして畳み掛けるように。
「だから、俺のそばで見て、支えて欲しい。お前が信じた男の征く道を。ずっと」
驚きのあまり目を開いた桃井は、やがて愛おしいと目を細めると、堪らない様子で牛島に頭を押し付けた。はかり知れない衝動を少しでも減らそうとぐりぐりするけれど、全く平素に戻る気配はない。
頬の紅潮も激しく高鳴る胸も喜びで叫び出したい気持ちも、何もかもがこの体から溢れ出しそうだ。もし幸福で人が死ぬのなら、桃井はとっくに死んでいる。
ギュウウと力一杯抱きしめられている牛島は、桃井と同じく幸福感で死にそうになりながら、どうにか口を動かす。
「返事は」
その言葉に顔を上げた桃井は、踵を浮かせて牛島に近づくと触れるだけのキスをした。ちゅ、と軽いリップ音が鳴って柔らかな唇が離れていく。勢いでやったものの急に恥ずかしさが込み上げてきて、彼の胸に埋まるように顔を隠したが、きっと彼は言葉も欲しているとわかっているから、顔を離して真正面から牛島を見上げることとする。
「喜んで。………後悔なんてさせてくれないんでしょう?」
「あれ、若利クン。遅かったじゃん。サツキチャンとの作戦会議終わったの?」
「……ああ」
フラフラとおぼつかない足取りに、まずはおや? と首を傾げた天童は、持ち前の観察眼を遺憾なく発揮した。すぐに部屋に戻りそのまま誰とも出会わないように牛島に伝え、ニマニマした顔で次にやってくるであろう人物を待つ。
そして数分後、これまた普段と比べ物にならないようなゆったりとした速度で歩いてくる桃井に、にっこり笑顔で話しかけた。
「あれ、サツキチャン、首んとこ赤くなってるヨ、虫刺され?」
「え? …………!」
首元をぱっと勢いよく手で押さえる。瞬間的に顔が真っ赤になった桃井に、天童は更に言葉を投げつけた。
「さっき若利クンが通ってった時も同じような虫刺されがあったんだよネー。どうしちゃったのかなー」
「あ、あの……どうか、このことは内密に……」
ニンマリ笑顔で了承した天童は、交換条件として詳しい話を要求。取引を飲み込んだ桃井から今後相談を受けたり、マブダチから惚気話を聞かされたりすることになり、後にショコラティエとして大成する際に「あの二人の恋愛話よりかマシ」と胸焼けに強くなったりするが、それはまた別の話である。
書いててとっても楽しかった話です。
リクエストして頂いた話は、書けるものから書いていくので順番が前後してしまいますが、全てに応えたいと考えております。非常にお待たせしてしまうので申し訳ないです。
実は桃井は影山を支えたい云々のことを本人には言ってません。なのでこの話では、初めて支えたい発言を本人(牛島)に伝え、そして受け取ってもらえた形になります。おめでとう。
また牛島も、三年間実直に口説き続けるくらい(語弊あり)、どうしても桃井が欲しかったので、たとえ自分が望んだようなポジティブな理由ではなかったとしても、桃井が自分を選んでくれたことは有頂天になるほど嬉しかったのです。おめでとう。