「ここすき」いつもありがとうございます。気持ちを込めて描写した文章に何個も「ここすき」がついてると嬉しくなります。
「ついてくんのかい」
「だって面白そうじゃん」
応援部との打ち合わせで朝練に桃井は現れなかったので、ドッキリは昼休みに決行することにした。放課後の部活の時間まで待てなかったのは、一刻も早く桃井を騙しリアクションを見たかったからである。
昼休みに突入し、それまで無事に治のフリをしてきた侑は、後ろからついてくる角名に眉を上げる。朝の宣言通り授業中は本当に助けてくれなかった角名だが、休み時間となれば別なようだ。
「桃井騙すんでしょ?」
「協力せえよ」
「わかってる。ちなみに昼休みになった瞬間、治は弁当食うけどね」
「……桃井優先! あ、ほらアイツも出てきたわ」
侑が指差した先、2組から治(外見は完全に侑である)と銀島が出てくる。治の手にはばっちりお弁当の包みとお菓子が入ったビニール袋がぶら下がっていた。
「ね?」
「お前なぁ、今お前がやっとること全部俺がやったことになるんやから、気ぃつけな。入れ替わりドッキリやる気あるんか?」
「せやかて腹減ったんはしゃあないやろ。はよ桃井に会おうや」
「あつ、……治、治」
「なんや銀」
「侑がな、ちょっと怖いこと考えとんねん。なあ?」
「怖くないやろ」
「なんや侑。言うてみ」
銀島に促されるまま侑が聞けば、治はぬぼーっとした顔で持参したビニール袋からお菓子を出した。
「グミやん。……桃味?」
「なんや桃井を見とったらお腹空くなぁ思て。コレが目に入ってつい買ってしまったわ」
「……で?」
「桃井見ながら食べるのアリやなて」
「は? 怖。ナシでしょ」
「な? な! 怖いこと考えとんねんコイツ!」
「え、どこが怖いんや。普通やろ」
「普通やないわ! 俺がやったことになるんからやめろや!」
侑(外見は完全に治である)が叫んだ。食に執着する治が暴走する前に目的を達成すべく、一同は桃井の在籍する一年四組に向かった。
一年生の階を歩くだけで四人は相当な注目を浴びた。稲荷崎で一番強い部活のレギュラーメンバーなのだから当然である。目的の4組の教室に辿り着き、扉は開きっぱなしになっていたので双子がそこから教室の中を覗き込んだ。
「きゃっ」
「バレー部の先輩だ!」
「ミヤじゃんミヤ!」
「やば! カッコイイ!」
途端に後輩女子たちの黄色い声が上がった。双子がスルーして中にいる生徒を確認するが、そこに鮮やかな桃色は見当たらない。不在か、とタイミングの悪さにため息をつくと、騒ぎに気づいた理石が近づいてきた。
「お疲れ様です! 桃井ですか?」
「話早っ」
「お疲れ、よく双子の目的わかったね」
「朝練のあの感じから、ひょっとして放課後まで待たずに、昼休みの時間に来るんちゃうかと思てました」
「当たりや。で、桃井はどこ行った?」
廊下の端に移動して五人で会話する。
理石も当然双子入れ替わりドッキリを知っている側なので、桃井にはそれらのことは告げていない。逆に先輩たちのアシストをするべく桃井の行き先をばっちり押さえている。
「チャイムが鳴った瞬間に出て行きました。三年の先輩に用事だって。誰かまでは教えてくれませんでしたけど」
「有能」
「三年の教室かー」
「間の悪いやっちゃな。今日に限って入れ違うなんて」
たまたまタイミングが合わなかっただけだろうと思い、治がそんなことを言えば理石は頭を振った。
「いえ。昼休みはいつも桃井は教室にいないですよ」
「え! なんで。昼飯食わへんの!?」
「パンとか弁当とか手に持って行くんで食べてるとは思いますけど。だいたい何かしら用事があるらしくて、昼休みどころか忙しい時は授業の合間の休み時間もどっか行ってます」
「嘘やろアイツ!」
銀島が叫ぶ隣で、侑は難しい顔で黙り込んだ。
そういえばGW合宿で北に促され桃井が告げた業務内容は、途中から何を言ってるかわからないくらい量が多く、大変そうなものばかりだった。
今朝は応援部に行っていたようだし、理石の話が真実であることは疑いようもなかった。
「かといって、俺も桃井に用事があったんですけど……」
と理石が二年生に見せたのは一冊の本だった。マインドセット、心の構え方が書かれているらしいそれは付箋がびっしり貼られており、受け取った角名がパラパラめくると、その中身に驚愕することとなる。
文章に引いたマーカーの線と、赤いペンの書き込みの跡がいくつもあったからだ。ページ内にも手書きの付箋が貼られており、パラ読みとかのレベルじゃなく、しっかり読み込み勉強しているのがわかる痕跡が至る所から見つかった。
「書き込みの量えぐ」
「てかこれ、桃井の字やない?」
「ホントやん。なんで理石が持っとんの?」
「はい。情けないですけど、桃井にメンタルの弱さを相談したんです。そしたらこの本を貸してくれて。俺は理屈で考えるのも好きやから、体に叩き込むよりも先に勉強するのもありやなって」
「………」
どうやら桃井の持ち物らしかった。たった一冊、バレーボールに直接関係する書籍でもない。それでも彼女の努力が垣間見えて、彼らは沈黙した。
「桃井には書き込み汚くてごめんとか謝られましたけど、大事なところが一目でわかるんで助かってます。バレーと繋げて考えたメモ書きが残ってるのも、なんか、いいなって」
「……」
「俺ら一年は、まだまだ皆さんの背中を追いかけるので精一杯ですから。一年で俺みたいに桃井に本借りてる奴、ちょこちょこいるんですよ。何かをやっておきたくて」
「そ、……か」
「あ! 皆さん、桃井にドッキリ仕掛けるんですよね? 楽しみにしてます!」
理石は明るく笑って二年生を見送った。
三年の教室がある階に辿り着くも、桃井の姿はそこにはなかった。事情を知るバレー部の先輩たちには「頑張るんやぞー」とか「しくったら承知せんで」とか「邪魔すんなら帰ってー」とか言われたりした。
北や尾白らは食堂にいるようで、通常よりも人気が少ない廊下を通り抜けた彼らは、現在階段の踊り場に集まっている。
「もうどっか行ったのかな」
「早ない? 10分も経っとらんぞ」
「腹減ったわ、食っていいか?」
「聞く前から食うとるやん。ええけど」
治がラップに包まれたおにぎりを食べていると、さっき廊下を通った時にはいなかったバレー部の先輩が早足で駆け寄ってくる。
彼は元々優秀なセッターだったが侑と入れ替わりで正セッターの座を降り、怪我をしてからはマネージャーに転向した男だった。
「お疲れ二年共! すまんな、桃井とちょいと話しててん」
「お疲れ様です!」
「おう。桃井は職員室に用がある言うてたわ」
「職員室っすね! あざますッ」
シャキッとした返事をした二年生組は、さっきの理石との会話で少し思うところがあり、珍しく慎重に尋ねた。
「あの、先輩は桃井にどんな話を……?」
「あー、まあ、俺はマネージャーやからな。大学で分析ソフトが扱える人材として活躍できるよう、色々教えてもらっとるんや」
「大学……」
「あのソフト、高校じゃウチの他に導入してるとこは聞いたことないけど、プロの世界に近づいたらその限りやないやろ? 身近にあれだけの逸材がおるんやから、習うチャンスは逃したらアカンて」
彼はマネージャーとしてもバレー部に献身的だったが、桃井が加入しソフトでの分析に触れるようになってからは、目の輝きが増したように侑には感じられた。
侑にとっては前の正セッターで、チームを引っ張ってきた人だ。そんな人が新たに尽力できる居場所を見つけられたのなら、それはそれで良いことだと思っていた。
「ほな、さっさと職員室行き。昼飯食べ損ねたら許さんからな」
「はい! ありがとうございます」
「ん」
侑は「ドッキリ仕掛けたろ!」と呑気に考えていた自分をほんの少しだけ恥じた。桃井も理石も先輩も、自分の夢のため、バレーのために努力を重ねている。
「あ! あつ、……治。お前のアホなところは良いところやから、気にせんでええよ」
先輩が笑いながら去っていく。階段の踊り場で立ち尽くした双子は顔を見合わせた。
「今のどっちに向かって言うたん?」
「飯食うとるお前やろ」
その後、職員室、図書室、体育教官室、二年の廊下……と校内をぐるぐる回った彼らは、疲れた顔をして体育館裏の階段で遅めの昼食をとることとなった。
「全ッッ然見つからへんねんけど!!」
侑の大声が響いた。行く先々で「桃井? もう戻ったよ」と言われ続けたのだ。ドッキリ仕掛けてよかったのかな……と少しだけ後悔していた部分もあり、昼休み全てを使っても桃井に出会えずに終えようとしている今、急いで昼食をかっ食らっている。
「俺は桃井が怖くなったよ……この忙しさが今日だけじゃなくて、毎日でしょ?」
「頭おかしい……いつ休んでんねんアイツ」
「えーと、桃井への伝言を頼んできたのが監督やろ、貸出期限が怪しいって言ってた司書さん、それからコーチ、んで……」
「通りすがりの男どももやんか」
「連絡先教えるわけないやろ! 絶対手ェ出させへん!」
「土日も部活漬けだしね。桃井が遊びに行く暇なんてないって」
彼らは部活で接している時間でしか桃井のことを知らない。しかし今日1日で稲荷崎高校一年生の桃井を見て回り、どれだけバレーに情熱を注ぎ込んでいるのかを思い知らされた。
そしてバレー部ではない男子たちからの人気の高さもよくわかった。学校一の美少女の座を与えられる美貌は、相当なミーハーを産むようだ。
逆にバレー部からは、桃井への誠実な接し方が感じられた。誰も桃井のことを女子だからとか年下だからとかの枠で見ておらず、対等な仲間・尊敬するアナリストとして頼っている。誇らしい限りだった。
だからこそ。
「何なんや……俺らって……」
「言ったらしまいやぞ」
治が言いかけ、銀島が制止をかける。
桃井がバレー部のために毎日休み時間も犠牲にして駆け回っているのに、自分たちは何をしているだろう……と我に返っていた。要は反省し始めていたのである。
「そういえば、桃井って双子とはじめましての時、見分けついてたの?」
「んー……はじめましては中学ん時やろ。どうやったっけ侑」
ここには誰もいないので、治は素直に侑の名前を呼んだ。
「見分けられてへんかったな。前髪の分け方で判別して、そっから話す感じやったわ」
「へー。ま、流石に初見で見分けるのむずいよなぁ」
「角名から聞いてきといて興味ないんかい」
「だって俺が知ってる双子って、金銀なんだよ」
髪色で見分けられて当然なのだ。間違えようもない。
だから侑が銀色に、治が金色に髪色を変えて朝練に来た時、角名は本気でわからなかった。尾白がドッキリを瞬殺しなかったら、きっと1日経っても入れ替わりに気づかないだろう。
それくらい双子の仕草は自然で、授業中と休み時間に治のフリをする侑は、ゾッとするくらい片割れと同じだった。
「いつ髪色戻すんや?」
「予約できる一番早い日」
「早いな」
「混乱するやん、周りもお前らも」
朝練中、周りは双子が入れ替わっているとわかっていても、癖で金髪の方にレシーブした球を上げそうになるし、銀髪の方がスパイクすると思って身構えてしまう。頭での理解と体の反射の切り替えが大変だった。
侑が半分になったお弁当を食べながら目線を落として言うので、気づいた治は何かを言おうとして、言葉が見つからずパンを口に含む。お弁当を食べ切ったのでパンに突入したところだった。入れ替わったといえども食欲に変化はないらしい。
「ん? 誰かこっち来てない?」
「マジや」
近づいてくる足音。一人分だ。ドタバタしていないので体重は軽い。男ではない。男子バレー部が使用する体育館裏に堂々と走ってこれる女子。あ、と全員が思うと同時に、来訪者は姿を現した。
制服のスカートを翻し、日に透ける桃色の髪はキラキラと光って見える。
彼らが探し歩いた桃井さつきだ。
「桃井!」
「はぁ、はっ……みなさん、お疲れ様です……っ」
「お、お疲れ。なんや走ってきたんか」
全力疾走してきたのか、呼吸は荒く、頬は赤い。侑が指摘すると桃井は汗を拭いて照れたようにはにかんだ。青春モノのCMにそのまま使えそうな清涼感たっぷりである。
「はい。用事を終えて教室に戻ったら、理石くんから先輩方が探していたと教えられて……、二年の教室にはいらっしゃらなかったので、ここかなって」
それで、何かご用でしょうか? 息を整えて微笑む桃井に、彼らの申し訳なさが膨れ上がる。あまりの光に目が焼かれるかと思った。
自分たちはバレー部一丸となって一人の後輩を騙そうとしてたのに。その後輩はみんなの為に昼休みの時間を返上して駆け回り、しょうもない自分たちの下まで全力で駆けつけてくれた。
眩しい。眩し過ぎる。こんな良い子を騙そうとしてた奴らがいるってマジ?
「え、っと……」
「いや……」
治は口ごもり、侑は閉口する。
どうしよう。これドッキリ仕掛けてええんかな。双子の悩むような視線が絡み合い、
「あれ」
という桃井の声に、彼女の方に向けられた。
桃井は今何かに気づいたのか、双子の顔を交互に見比べた。緊張が走る。さあ彼女にはバレるのか。何を言うのか。角名がこっそりスマホに手を伸ばし、銀島がごくりと唾を飲み込んで───
「どうしてお二人の髪色と前髪が入れ替わっているんですか?」
ドンピシャの正解を叩き出した。
おっ、と角名が双子に目を向ける。銀島は「ここで俺が反応したらドッキリが台無しになってまう!」とリアクションを堪えていて、肝心の双子はその台詞を聞き、ここで申し訳なさよりも面白さが勝ち、スイッチが入った。
尾白と同じく、双子を目にして一発で入れ替わりを看破した観察眼は流石のものだ。しかしここには協力者が二人いる。負けるわけにはいかない……!!
やると決めたからにはやり遂げる。それが関西に生きる男子高校生のプライドであった。
「は? 急に何言うとんねん」
「桃井、どうした? 入れ替わってるって何?」
双子はシラをきる。焦りを表に出さず、阿吽の呼吸で流した。突然訳の分からないことを言われて困惑している風に見せている。動揺の演出のためか少し腰を浮かせた。誰の目から見ても自然な対応で、桃井もそこに疑問は抱かなかったのか眉を上げた。
「え、入れ替わってますよね? 金髪の方が治先輩で、銀髪の方が侑先輩でしょう」
「ちょっ怖いこと言うなや! は? は? なん、桃井の目には俺らがどう映っとるんや!」
「怖い怖い怖い! 桃井が言うとシャレにならんから! ホンマやめて!」
「こ、怖いって言われても!」
上手い。双子のリアクションに角名は舌を巻いた。動画を撮りたい衝動に駆られるが、そんなことをすればドッキリだとバレてしまうので我慢していると、桃井が救いを求めるように話しかけてくる。
「角名先輩、銀島先輩。お二人は入れ替わってますよね? 私が言ってること、間違ってないですよね?」
「……ごめん、俺もどういうことかわからない……」
「桃井は何を根拠にそんなこと言うんや」
全力で双子に追い風を送る角名と銀島。銀島の声が上擦っていたが、急展開に驚いているから……と都合よく桃井が解釈してくれと願う双子。
しかし桃井は銀島の声色に嘘を嗅ぎつけた。揺らいでいた瞳がスッと冷え、微笑みが薄らぐ。
「見たらわかるとしか……。それとも、もしかして騙そうとしてます?」
「!」
「お二人が利用している床屋って、ご高齢のおばあさんがやってますよね。事故で逆の髪色に染められたから、入れ替わりドッキリを仕掛けようとしたのでは?」
「ウッ」
「朝練でバレてしまったけれど、私はいなかったから騙せると思ったのでは? 角名先輩と銀島先輩は協力者でしょうか。その為に昼休みの時間に私を探していたのでは?」
推理も完璧。一瞬で全部バレた。双子の完全敗北である。
言葉を詰まらせた彼らに全てを察した桃井は、深くため息をついた。
「舐めてもらっては困りますね。私がお二人を間違えるわけがないでしょう」
「……、……いや! 俺らは入れ替わってへん!」
「まだ言いますか」
負けを認められない侑がギャン! と吠える。それに桃井が呆れたように返すので、可哀想になってきた角名は侑側についた。
「本気で桃井の言うことが理解できないよ。俺は双子が入れ替わってると思えない」
「それは角名先輩が侑先輩と治先輩の見分けがついていないからでは?」
「そうかも……」
「角名ァ!」
一瞬で掌を返した。侑がまたもや吠える。銀島は「俺が嘘つけへんかったからや!」と責任を取ろうと言葉を重ねるが、桃井の確信を裏付けるばかりである。
「せやから……」
「もういいです。それなら信頼できる人に聞きましょう」
「信頼できる人?」
治が聞き返すと、桃井は真顔で答えた。
「北先輩です」
「何やっとんねん」
「すみません、北先輩。わざわざお越しくださりありがとうございます」
「いや。昼飯食うたしちょうどそこで備品チェックをしとったから、手間はないけど」
まさか桃井から呼び出しをくらうとは。北は意外な気持ちで彼女を見つめたが、桃井は絶対的な味方を得た心強さからか、立ち姿には慢心が滲んでいる。
その手は北の指先に触れていた。食堂で食事をした後に備品チェックをしていた北を見つけた途端「来て下さい今すぐに!」と了承も取らずに引っ張ってきたのだ。今の桃井は余程焦っているし、北の指をキュッと掴んでいることにも気づかないくらい余裕がなかった。
「この人たちが嘘をつくんです」
「嘘」
「侑先輩と治先輩は入れ替わってます。髪色と髪型を変えているんです。それなのに認めないし、騙そうとしてくるんです」
「騙そうと」
「嘘なんてついてませーん! 桃井が変なこと言うてきて困ってますー」
「嘘に巻き込まれてるのは俺らですー」
「ほら! こんなにもバカにして!」
桃井は北に信じてもらいたい一心で、双子を指差し「ねえ!」と駄々っ子のように言った。双子は小学生男子のような口調で煽っており、北は小学生同士の諍いをおさめる先生の気分になる。
先輩にすっかり遊ばれとんなぁと思う北は、どちらの味方になるかを朝練の時に決めていた。
「桃井」
「はい」
「双子は入れ替わりなんてしてへんよ」
先生が小学生を優しくたしなめるように、穏やかに、ゆっくりと、北は桃井に言い聞かせた。
「俺の目には、いつも通りの双子にしか見えへん」
桃井と目を合わせて念押しするように重ねて告げる。掴まれていた指先を解いて、躊躇った後、優しく手を握った。
その動作が目に入らない双子は、北さんが宣言通りこっちについた! これなら勝てる! と勝利を確信し、拳を突き上げ、囃し立てる。角名と銀島も流れに乗った。
「ほら! 言ったやろ!」
「俺らは嘘つき呼ばわりされて傷つきました! 謝ってください!」
「たまには双子の言うことも信じてあげようよ」
「な、な? ほんまビックリしたわ、はは……」
「……桃井?」
「……、」
「………あれ?」
「〜〜〜〜〜ッ」
桃井の顔が羞恥で真っ赤に染まった。ボッと音が出るくらい一瞬で熱が集まって、瞳が潤う。北の手を握り返した。かなり力が込められていた。
「私、自信満々に言って……」
「……あ」
「皆さんがずっと訂正してくださっていたのに、信じもせず……」
「ごめ……」
「北先輩まで巻き込んで、おバカなのは私の方ですよね……」
「そ、そんなつもりじゃ……」
見ていて可哀想になるくらい桃井は恥ずかしそうに俯いた。
桃井は自分の観察眼に絶対的な自信がある。それなのに周りの全員から否定され、挙げ句の果てに北にも間違いを諭された。
絶対双子は入れ替わっている。それなのに誰も信じてくれない。信じさせるための証拠を即座には出せない。そんな状態で先輩を巻き込んで騒ぎ立てた恥ずかしさに、穴があったら入りたいと思った。
「ご、ごめんなさい………」
「ハゥアッッ!!!」
涙目で真っ赤な顔で謝罪されて、全員の良心が激しく傷んだ。普段彼女に鬼のような指導をされているとはいえ、これは許されない。ドッキリのラインを超えてしまったとわかった先輩たちは、青い顔で胸元を押さえた。
「いやいやいや謝らんでええって!」
「ホンマやで! 桃井が泣くとか想定外やし!」
「な、泣いてないです」
「俺らが悪いんやから気にせんといて!」
「そうそう。全部双子のせいにすればいいんだよ」
双子が慌ててフォローに入る。銀島がそれに続き、角名はちゃっかり全責任を双子に押し付けて桃井を慰めようとするが、彼女の肩は震えたままだった。
「ちゃうねん桃井、これドッキリやねん」
「……、え?」
「ホンマは桃井の推理通り、俺ら入れ替わってんねん」
「……でも、北先輩が」
「!!」
潤んだ瞳を向けられて、北は信じられないことに動揺した。桃井と手を繋いだままというのもある。そっと握り返されて、指先から熱が伝わってくるようだった。
四角四面と言われる北だが、彼も生粋の関西人で男子高校生だ。面白いイベントには全力で乗るのが常識だし、今回もその例に組み込まれるはずだった。
けれど、信頼してくれる後輩を裏切ったことは事実だ。受け入れ、真摯に向き合わなければならない。彼はそう判断し。
「桃井。騙してすまんかった」
「き、北先輩!?」
繋いだ手を優しく解き、両手をピシッと体につけて頭を下げる北に、桃井は慌てふためいた。しかしそれだけでは収まらず、双子と角名、銀島まで揃ってひれ伏したのでぎょっとする。
「すみませんでした」
「許してください」
「悪ノリが過ぎました」
「申し訳ありません」
「ちょっと、頭上げてください! ああもう、わかりましたから! ていうか昼休み終わりますし!」
言うないなや予鈴が鳴った。男たちが気まずそうに顔を上げて「……もう怒ってない?」と聞いてくるので、桃井は「最初から怒ってないです! 授業行きますよ!」とピシャリと言い放った。
「次やったら許しませんから。でも自分の観察眼が間違ってなかったのがわかったので、それで良いです!」
本当にもう何とも思っていない顔で言い切られ、しおしおになった男たちは戻る準備を始める。
二年生の四人は昼食を途中までしか食べておらず、唯一先に食べ終えていた北は「授業に遅れたらアカンで」と先に校舎に向かった。
ずっと桃井に触れられていた手のぬくもりが残っているようで、授業にイマイチ身が入らなかったのは彼だけの秘密である。
「? 自分の手ェ見つめてどないしたん信介」
「……上手くやれんかったなって」
「ええ……? なんやねんそれ」
クラスメイトの大耳とそんなやりとりをするのだった。
「あれ、桃井って弁当食った?」
「食べてないです。今日はそんな暇なかったので」
「!!!」
「すみませんでした……」
「ああもう、気にしないでください。休み時間に食べますから!」
早く行きますよ! と急かされ、二年生たちは桃井と共に校舎へと走る。移動教室中の学生で賑わう階段の踊り場で別れる直前、治は桃井にお菓子を差し出した。
「ほい」
「何ですか? ……グミ? 桃味の?」
「やるわ。もう開けたやつやけど」
「え、治が人に食い物やった!」
「んなアホな! 俺らには一口もくれんくせに!」
彼らは大きな衝撃を受ける。食い意地の強い治が人に施しを与えるのも驚きだが、治が桃味のグミを買った理由を知っている侑・角名・銀島は、恐る恐る桃井を見た。
桃井も治の性格をよぉく知っているので、驚いたように何度かまばたきを繰り返す。しかし「これが治先輩の反省してますってことなのかな」と、かわいいなと思いながら素直に受け取った。
「ありがとうございます。いただきますね」
「……共食いや」
「? 何ですか?」
「いや……」
何も知らない桃井と、怖いことを呟いた治。
真実を知る三人が沈黙して見守っていると、突然治がカッと目を開いた。
「待て、桃井を食うた方が美味いんちゃうか?」
「!?」
「アホかお前!」
「何ちゅうこと言うてんねん!」
「バカだろ治」
「腹空いたからって食おうとすな!」
「今の治は
周りに人がいる状況での問題発言に場は騒然となって、後に噂話と化して校内中を駆け巡った。
後日。桃井はクラスメイトの友人に質問をされる。
「さつきちゃん! 宮侑先輩にお前を食べたいって告白されたってホンマなん?」
「さ、最悪……」
わちゃわちゃ書くの楽しかったです。また書きたい。
思ったより本編で書きたい内容を盛り込めたので、可能性は低いですがもしかしたら話順いじって内容修正して本編扱いするかもしれないです。
Xに載せた侑桃の落書き(自分絵注意)
【挿絵表示】