グイグイいく女の子が好きです
さて、北信介が貧乳派かつ淑やかな大和撫子が好きだと思い込んで、数日悪夢を見続けた桃井は憔悴し……ではなく、スッカリ切り替えて元通りになった。
元々切り替えが早く逆境への反骨心が凄まじいので、この不利な状況にも素早く対応したのである。バレーで鍛えられたメンタルが、恋愛においても役に立った瞬間だった。
「北先輩が貧乳派なら、巨乳派になるよう差し向ければいい」
桃井の心はこの通り一つだった。
彼女は状況分析と対策の考案が非常に優秀で、今回も理性的にそのような結論に至ったのである。
相手の土俵で戦えないのなら、自分の得意分野に陥れたら良い。自分の苦手を克服するよりも、得意なもので勝負した方が圧倒的に有利なのだから。
例の如くバレーと同じ頭脳になって、桃井は作戦を立てた。
北信介が貧乳好きなのは、もう仕方がない(そのような事実はどこにもない)。
じゃあ好みが外れてしまう巨乳の自分は恋愛対象外になってしまう? いや、まだ勝負する余地はある。
自分の顔はいいし、体も手入れしているから不快感はない、と思う。今まで北に容姿のことをあれこれ言われたことはないが、そもそも北は他人の格好に感想を言う男ではないから、不安になる部分じゃない。
ああ、でも、一度くらい「かわいい」とか言われてみたいな。そのまま頭を撫でられたりしてみたいな。
そんなことを思い浮かべると、心がドキドキしてしまって、桃井はベッドの上でクッションを抱きしめて、ジタバタするのである。
貧乳派から巨乳派へ鞍替えせざるを得ない状況に持ち込めば、とびきり巨乳の桃井にも勝機はあるはず。
そうとくれば、彼女は早速インターネットを使った。
貧乳派、巨乳派、性癖、変わる、好きな子、恋人、えっちなこと、色んなことを調べ始めた。
男性が抱える女性の胸への性癖を全く知らないので、知るところから始めたのである。
「えっ………ぁ、わっ。こ、こんなことまで……?」
そして顔を赤らめて、最終的には頭から湯気を出すほどの恥ずかしい情報を仕入れることに成功した。
たくさんの情報を得た。正直、あんなことやそんなことが自分にできるほどの勇気はないのだが……好きな人を巨乳派にするためには、やらなければいけないと腹を括る。
桃井の度胸と根性は筋金入りで、やると決めたら譲れない気の強さも備わっている。
よって、日常から有事の際にも使えるテクニックを無数に導き出し、明日こそ北に会いに行こうと決意した。
部活以外で北を避けるようになって、数日が経過していた。
その日は部活がオフの日だった。体育館の設備点検の日らしい。こういう日は、桃井は早めに帰宅して分析の時間に充てたりするのだが、今日だけは違う。
好きな人に会いに行くのだ。
まあ正確なことを言えば、部活で毎日顔を合わせてはいるのだけど。自分から能動的に探しに行くのは久しぶりだったので、とても緊張した。
もし。もし叶うなら、一緒に下校できたりなんかしないかな、とか思っちゃっていた。
そんな些細なお誘いをしたくて、桃井は鞄を手に持って三年の教室に向かう。
途中、北と同じクラスの大耳とすれ違った。
「ん? 今日部活ないよな?」
「大耳先輩。はい、残念なことにないですね。……実は北先輩に用があって」
「そうか。信介はちょうど教室出たばかりやぞ。入れ替わりになったんか」
「あ、そうだったんですね。教えてくださりありがとうございます」
「ウチの教室で待つか?」
「いえ。どちらに向かったかわかりますか?」
「えーと確か、社会科室の方やな」
係の仕事でクラス分のノートを提出に行ったから、と大耳は教えてくれた。ぺこりと頭を下げて、桃井は早足でその場を去る。
廊下には、これから下校や部活をする生徒が溢れかえっていた。人の波を縫うようにして、特別教室棟へ移動する。
こちらの別棟に入ると、途端に人の気配がなくなった。基本的にこの建物は用事がない生徒が寄りつかないので、とても静かである。
「早く、早くっ」
頭の中には、言葉にするのも憚られるようなえっちな妄想がぎっしりだ。桃井はそれらを早く作戦を実行したくてしょうがなかった。
表情上は澄まし顔で、トットットッと軽快に階段を駆け上がっていく。
この女、頭髪のみならず頭の中までドピンクである。あれほど嫌がったふしだらな女に自ら成り下がったのだった。
そして、踊り場に着いたその時。
「あ、」
「桃井か。お疲れさん」
「お、お疲れ様です」
ちょうど用事を済ませて、階段を下ってくる北とばったり鉢合わせした。
その瞬間、桃井は………カァ〜〜〜ッと顔を真っ赤にして、カチリと硬直した。
季節は夏服に移行し始めたくらいで、二人とも今は半袖の白シャツ姿である。シンプルな夏制服に身を包む北が、桃井には品行方正の優等生に見えた。というか実際その通りだった。透き通っていて、汚されることのない美しい存在に見えたのだ。
そんな北の前に立つ自分が、どんなに浅ましい存在かをたった今思い知らされた。
ピンクなあられもない作戦を立てた桃井は、この時になって、自分を恥ずかしく思い。
北先輩に私何やろうとしてたの!? 信じられない、正気を取り戻して! と、氷を押し当てられた時のように、頭が瞬時に冷静さを取り戻したのである。
「桃井もこっちに何か用事か?」
「え、あっ、あ、えっと、北先輩に、話が、あって……」
「俺に? わざわざ来させてすまんな。どうした」
「そ、その……」
頭の中が真っ白になってしまって、桃井は前で手を組んでモジモジする。鞄の持ち手をイジイジさせた。無敵になれた自信が打ち砕かれ、胸を強調しないよう背中が丸くなる。
視線を爪先に落とし、桃井は言い淀む。
もう北の顔を見ていられなくなった。
「あ。な、なんでもありません……」
そして最後には小さくなってしまい、眉を弱々しく下げ、項垂れた。
尋常じゃない様子に北が首を傾げる。
「どうした? 具合でも悪いんか」
「いえ。そういうわけではないです……すみません」
「謝れってことやないんやけど」
北は困ったようだった。
目の前の自分を探しに来た後輩の女の子が、突然なんでもないと悲しそうにしているのだから、当然である。
彼は桃井が自分を避けていることに最近気づいたので、なおさら困惑していた。
前まですらりと伸びた背が美しい、目を奪われるような立ち姿は見事なものだったが、今は自信がない気の弱い少女のようになってしまった変化に、戸惑うばかりだった。
具合は悪くないらしいが……。
「あ、の」
「! おう」
「き、北先輩は……黒い髪の方が、お好き、ですか」
「黒? 黒髪?」
「は、はい」
「……」
「派手な髪色よりも、地味な色の方が、良いのかな、と……」
やがて、桃井に質問されて「なんで?」という顔をする。
黒髪が好きか言われても、北には考えたこともない話題だった。
そもそも北の頭髪は白銀だし。毛先がちろっと黒いが、まあ、総合して言えば、北も地味な髪色ではない。
でも派手な髪だねとは言われたことがなかった。桃色の桃井や、金銀の双子が指摘される場は、何度か見たことがあるけれど。
ひょっとして最近桃井に避けられた要因はコレか? と北は考えた。
桃井は誰かに生まれつきの髪を指摘・揶揄われて、落ち込んでしまったのではないか、と。それで縮こまってしまって、猫背になったんだと思った。
そういうのが気になり、北に正論パンチされるのが怖くて、部活以外で会うのを忌避していた、と彼は結論づけた。
視界に入ると目を惹かれる桃色が北の日常から消えてしまって、寂しかったから……理由がわかって安心する。
自分が嫌われたわけじゃなかった。よかった。
「俺は気にしたことないわ。自分が黒髪ってわけやないし」
「!」
「好きでも嫌いでもない。黒髪やなと思うだけや」
「……では、あの、ピンクは気になりませんか?」
「ならんよ。桃井のそれは生まれつきやろ。よく似合ってて……ええと思う」
「……!!」
桃色の髪と瞳をした存在を、北は桃井の他に知らない。初めて見た時は、派手な子が来たな、という感じだったが、その印象はガラリと変わっている。
だから素直に似合っていると告げた。
その言葉に桃井は救われた。
ひとまず北の好きな人・黒髪の大和撫子概念はなくなり、ただの大和撫子だけが残る。いや、そういうのはもういいんだ。忘れていいんだった。
今はただ、この人の好みを自分色に変えてしまえばいい。
そう思うと、勇気が湧いてくる。
「あ……、だったら」
「うん」
「胸の大きい人は好きですか?」
「、」
結果、蛮勇をふるった。全然控えめな大和撫子概念を忘れられていなかった。
北は予想外の質問に、眉間にシワをつくる。
女の子が男にそういうこと聞くのはアカンやろ……と至極真っ当な正論パンチを繰り出そうとして、桃井の肩がか細く震えていることに気づいた。
桃井がぐにゃりと背中を曲げるせいで、普段の彼女よりも合う視線が低い。
まずはそれから直すべきだ、と思った。
以前から好ましく思っていた、しゃんと伸びた背筋の少女に戻って欲しいと考えて。
「背」
「せ?」
「背筋、ちゃんと伸ばして。まっすぐ前を向く」
「……、」
「自信なさそうにする必要ないやろ。前みたいに、もっと堂々としろ」
とんだ鈍感野郎だった。
かわいくて巨乳の後輩女子に割とどストレートな猥談をぶつけられて、こんなことを返せるのは、品行方正・清廉潔白・大ボケの北信介以外にあり得ない。
しかしこれに桃井は嬉しくなった。猫背になることで胸が目立たないようにしなくていいんだ! と楽観的に笑って、
「はい!」
と背筋を伸ばし、思いっきり胸を張って元気な返事をした。
その瞬間。
ばちん! と派手な音が桃井の胸元から出て、ヒュンッと小さな白い何かが北の方へ飛んでいった。
それは制服のボタンだった。勢いよくグッと上半身をそったので、胸元のボタンが弾け飛んだのである。
「たっ、」
ボタンは北の額にべちっと当たると、目にも止まらない速さで視界の外に消えていく。
「………、」
「……えっ、あっ、ご、ごめんなさい!」
二人は暫く呆然としていたが、すぐに謝った桃井が露出した胸元を手で隠した。
それでも、北はばっちり見てしまった。
制服のリボンのすぐ下で、谷間が綺麗に縦のラインを描き、白いブラジャーが豊満なバストを包んでいるのを、その目に焼き付けてしまったのである。
北も謝罪を口にしようとしたが、階下から誰かが話し声と共にパタパタと駆け上がってくるのに気づいた。
下から近づいてくる生徒たちと、目の前には事故で胸元が露出してしまい半泣きの桃井。
両者が鉢合わせするのも時間の問題だ。
「あっ、人が! ど、どうしよう」
「こっち」
桃井の手を掴んで、北は階段を駆け上がった。
この棟は特別教室棟。社会科室や理科室があれば、北が目的とする被服室もある。すぐ近くだったので、移動に時間はかからなかった。
素早く被服室に入ると、そのまま桃井を連れて準備室に侵入する。どれも鍵は空いていた。担当がおばあちゃん先生なので、管理がとにかく雑なのだ。
準備室は部室くらいの狭さで、周囲を棚がぐるりと囲んでいる。棚には布とか裁縫道具とか色んな道具が詰まっていて、予備のミシンなども壁際に置かれていた。
中央に長机と椅子が設置されていて、北はそこに彼女を座らせる。桃井が鞄を床に置いたのが、音で分かった。
「危なかったですね……ありがとうございます」
「いや……俺の方が、すまん」
北は桃井に背中を向けて謝罪した。放課後の準備室なんて誰も来るわけがない。ひとまず今の桃井の姿は、誰にも見られないだろう。
「着替え何か持っとるか?」
ふう、と一息吐いて、北は壁の方を見たまま質問した。
ここにはボタンを縫い付ける道具が一通り揃っていそうだが、それには桃井が一度制服を脱ぐ必要がある。学校内でそんなことをさせるわけにはいかない。
それよりも、一年の教室から彼女の荷物を丸ごと持ってきた方が早いと思ったのだ。
それか桃井は鞄を持ってきているから、そこに着替えでもあればいい。
そんな希望を持ったが、桃井の答えはそれにそぐわなかった。
「な、ないです」
「何?」
「今日は部活がないので、部活着は持ってきてないです」
「体操服は。授業あったやろ」
「な、何で知ってるんですか?」
「四時間目、体育の授業あったやろ……」
「見てたんですか?」
「……目立つから目に入った」
「あ、そうですか……」
教室の窓際が北の席なので、四時間目の時、彼はグラウンドに小さな桃色を見つけた。目を凝らすまでもなく桃井だ。
だから桃井のクラスは体育の授業があって、体操服を持ってきているはずだと北は主張する。
しかし、桃井は首を振った。もちろん背中を向けたままの北が気づくことはなかったが。
「水に濡れてしまったので、着れるような状態じゃないです」
「……、そんなことあるか?」
「あ、あります。事故で体操服濡れちゃったので、私のは着れないです。北先輩は持ってきてないですか?」
「体育なかったからな……部活もないし、俺も着替えは持ってきてへんわ」
嘘である。普通に着れる。床に置いた鞄に体操服はある。それでも桃井は嘘をついて、北をこの場に留めた。
北は困っている様子だったが、なりふり構っていられない。
「ほんなら……ここ、裁縫道具があるやろ。予備のボタンも。探してくるから、それで縫え」
「あ……」
北は彼女を全く見ないようにして、棚を物色した。引き出しまで漁り、狙い通り裁縫道具と制服に使えそうなボタンを見つける。
制服のボタンを縫い付けるのに必要な道具を揃えて、北は長机に置いた。
「これ使え。ボタンくらい縫えるやろ。俺は外出て誰も入らんよう見張っとくから、」
「無理です」
「は?」
「不器用なので、ボタン縫えません」
「そんなわけないやろ」
「本当です」
「嘘つくなや」
「針に糸を通すこともできません」
「………」
「お願いです。北先輩。縫ってください」
桃井はジッと床を見て嘘をついた。
彼女の言い方はとても堂々としていて、かえって北は混乱する。
顔を見れば嘘かどうかくらいわかりそうなものだが、今後ろを振り向けば、ボタンが弾け飛んで桃井の胸と下着が丸見えだろうから、そうするわけにはいかない。
ここで問答に時間を費やすことに意味があるとは思えなかった。それよりもいち早くボタンを縫う方が優先的だった。
不慮の事故とはいえ、見てしまった北が断るにはどうにも分が悪い。加害者の気分だった。となると、被害者である桃井の発言にどれほどの力があるか。
「わかっ……た。俺が、縫うわ」
桃井の要求を呑み、北は居心地悪そうに頷いた。
「ありがとうございます。えっと、じゃあ……脱ぎますね」
えっ、と北が驚く間に、後ろからシュル……と衣擦れの音がして、彼はギシッと体を硬くする。
そりゃボタンを縫い付けるためには、シャツを脱がなければならないから、桃井の行動は正しい。しかし発言してから脱ぎ出すまでにあまりに間がなくて、躊躇いのなさが顕著だった。
まるでこうなることを望んでいるかのような速さだった。
しかし、そんなわけがないと北は首筋に汗をかいて……あ、と思った。
まさか、自分が裁縫している間、彼女をずっと上半身が下着姿のままでいさせるのか?
それはとてもマズイ……と焦った。何とかして衣服を着せなければ! 幸いここは被服室すぐ隣の準備室だ。着れるものがあるかもしれない。
血眼になって見える範囲を探すが、北の見える範囲では、エプロンしか見当たらなかった。
上は下着で下半身は制服のスカート。その上からエプロンを着せるのは別の問題が発生する気がした。
どうしよう、どうしよう……と汗をかくばかりで、一向に良いアイデアは浮かばない。
「っ、」
「お願いします」
そうしている間に桃井はシャツを脱いだみたいで、北の視界の端に、すっと制服が差し出された。律儀にも綺麗に折りたたまれている。
つまり、今の北の背後には、ブラジャー姿の桃井がいるというわけで。
これに北は信じられないくらいの緊張感を覚えた。
「えっ」
後ろから困惑の声が上がる。
北が突然シャツを脱ぎ出したからだ。光の速さでボタンを外すと、白いシャツを脱ぎ捨て、顔の向きを壁に固定したまま、桃井の方にバッと差し出す。
「縫う間、これ着とき」
「あ、」
「いや、その前に、桃井から見えるところに、着れる服とかないか?」
「えっと……ないです」
一度服を探すために桃井が離れる気配がしたが、すぐに戻ってきて、桃井は北のシャツを受け取った。
桃井は北が自分に背を向けているのを良いことに、脱ぎたてでまだ人肌のぬくもりがあるシャツを顔の近くに持ってきて、すん、と匂いを嗅いだ。
せっけんの香りがする。とても清潔感のある香りだった。そこに北自身の匂いと汗の匂いが混ざり合って、……興奮する。
「桃井?」
「すみません。今着ます」
袖を通せば、思いの外体格差があり、シャツは肩をすっぽりと覆ってしまう。おかげで胸元はキツくなかった。ボタンをしっかりと留めてから、どこにもおかしな部分はないと確認し、北を呼ぶ。
彼は一度深呼吸をしてから、ゆっくりと身じろぎして、桃井の制服を手に取った。なるべく彼女を見ないように作業するつもりらしい。
シャツを桃井に渡してしまったので、今の北は真っ白なインナーだけを上半身に身につけている。着替えるシーンなんて部活でいくらでも見てきたが、好きな人となれば話は別だ。
「お借りしちゃってすみません」
「いや。すぐ終わらせるわ」
この先えっちな展開になるので描けたらR-18編に投稿します