桃井in烏野高校
とても影桃。
影山がすごく面倒くさくて女々しいです。すみません。
影山にとって桃井さつきは、単なる幼馴染である。
けれど幼馴染だけの枠には収まりきらないから、別の言葉を探していた。
バレーに向ける熱意が酷似しているから相棒のような気もするが、高校生になった影山には日向がいる。日向は宿敵でライバルだが、相棒なのも確かだった。だから桃井は相棒ではない。
仲間とかチームメイトとか、それとも違う感じがした。
結局、幼馴染という言葉が適している気がして、ここにいつも戻ってくる。
「桃井ちゃんて影山と付き合ってんの?」
自分の名前が呼ばれたことに気づいて、影山は振り返った。
烏野高校男子バレー部は夏合宿のため、慣れない東京遠征に来ていた。日程も折り返しに差し掛かり、地獄の暑さに苦しめられながらも、懸命に練習に取り組んでいる。
そして現在、自主練の時間に入る前の休憩時間中、そんな声が影山の耳に飛び込んだのだ。
「何ですか? 急に」
「いやーなんか気になっちゃって。で、どうなの実際」
桃井の顔を覗き込むような姿勢で話しかけているのは黒尾だ。他校の先輩後輩の関係値にしては、立ち位置が近い。しかしあの二人は、というか影山も、中学の頃からの知り合いなので取り立てて変な距離感ではなかった。
桃井がそこから離れないのがその証拠だ。彼女は少しでも誤解になるようなことはしたがらない。
それでも影山にとっては、なんか近くねーか? と疑問に思ってしまうくらいで。
しかしその疑問を解消する術を持たない彼は、モヤモヤする気持ちを抱えたまま、二人の会話を盗み聞きした。
この後の桃井の返事を、影山は知っている。
高校に揃って入学してから、何十回とされてきた質問だからだ。
「なんか……付き合ってるっつーか、元恋人? みたいな。すんごい馴れ馴れしさがあるんだよ君たち!」
「影山くんと!? 私が!? あっははは! ないない、ないですって!」
ほら、やっぱり。
桃井は大きく口を開けて笑った。快活な笑い声は、その可能性を微塵も本気にしていない証だった。
影山と恋人か、という質問に対し、桃井は常にあっけらかんとして笑ってみせる。それが影山には不服だった。
いや、恋人でないのは確かだから、間違ったことは言っていない。けれどその態度があまりに軽くて……そんな笑うようなことか? と首を傾げてしまうのである。
あそこまで爽快に笑われてしまうと、影山は、桃井に自身を軽んじられるような気がした。お前のことなどどうでもいいと言われたような気持ちになる。相手にしないし、本気にしないし、男としてまるで見てない、みたいな。
それはこっちだって同じようなものだけど、お前が俺に言うのは違うだろ、と狡いことを考えてしまう。
一番俺のことを考えて、一番俺のことを信頼して、一番俺を支えてくれて、一番俺のそばにいる。
それを誓ったからこそ、桃井は烏野高校への進学を決めたと話していたのに……。
向こうが自分のことを『一番』に置かないのは、納得がいかない。
「影山くんが彼氏とか絶対ない!」
「!」
その時、桃井が弾んだ声でそんなことを言ったので、ムッとした影山が唇を尖らせた。
あれだけ影山が一番だと告げてきたその口で、『一番にしない』と宣言する。
嘘つきめ、と言ってやりたい気持ちと、苛立ちに似た暗い感情。そういうのが腹の底でぐつぐつ煮えたがるが、どうしてなのか理由はわからない。
しかし、談笑する黒尾の手が、桃井の肩に触れそうになったのを見た瞬間、言い知らぬドス黒い感情が影山の内に湧き上がった。
「ッさつき」
「あっ影山くん」
堪らず名前を呼べば、桃髪を翻し、パッと花が咲いた。
黒尾に一言二言告げてから、桃井は影山に駆け足で歩み寄ってくる。
「何? そろそろ自主練始めるの?」
「……ああ」
「わかった。準備するね」
にこ、と嬉しそうに微笑む顔を見下ろして、影山はフッと目を逸らした。
頭の奥には、桃井の軽やかな笑い声がわんわん響いていた。
恋人が欲しいと思ったことは一度もない。恋愛がそもそも理解できない。
女を可愛いと思ったこともない。というか、可愛いの感覚がわからない。
前に桃井に「どっちが可愛いと思う?」と洋服を見せられたが、違いが分からなくて正直に答えたら「やっぱり二度と影山くんにはこういうこと聞かないようにするね」と言われた。
クラスのどの子が可愛いとか、あの先輩が美人とか、そういうことを言われても共感できない。
そんなことよりもバレーのことを考えていたい。
だから普段通りに影山は、休み時間を睡眠時間に充てていたのだが。
「や、だから、桃井さんってガチで可愛いじゃん!」
「わかるー。彼氏いんのかな。あの顔はいるよなぁ」
クラスメイトの雑談に、眠っていた意識が覚醒する。
影山は机に突っ伏した状態で、男子たちの話し声に耳をすませた。
「前4組の奴から聞いたんだけど、本人彼氏いないって言ってたらしいぞ!」
「えっえっそれマジ? 募集中?? 俺いけっかな」
「無理に決まってんだろバカ!」
「3年の先輩に告られてたの見た? 入学してから色んな奴が告ってるけど、全員フラれてんだって」
「いやー、普通無理っしょ。付き合える気しねーっ、でも彼女にしてーッ」
大盛り上がりである。男たちの会話の熱が高まっていく一方で、影山の気分はどんどん下がっていった。
アイツに彼氏ができようがどうでもいいはずなのに、そういう話題に挙がってくると、無性に嫌な気持ちになる。
なんでだよ。そういうのは関係ないって、さつきが言ってただろうが。
真っ暗な視界でそんなことを考えていると。
「影山ー、紹介してよ!」
「あ?」
突然話しかけられて、思わず顔を上げてしまった。
涎が口元にだらしなく付いたまま、影山はバカみたいな顔で文句を言う。
「俺寝てたんだけど」
「ついさっきから起きてたろ。寝息なくなってたし」
「つーかそこはよくて! お前と桃井さんって同中だったよな?」
「部活も一緒だし、仲良いだろ! 頼むって」
「紹介って何すんだよ」
「彼氏にピッタリですってアピールしといて」
「優良物件ですって」
「いやどこがだよ笑」
「事故物件の間違いだろ」
「んだとこらっ」
男たちの会話はポンポン進む。影山には少し口を挟むので精一杯だった。あとは勝手に盛り上がってしまって、彼は置いてきぼりにされてしまう。
いつの間にか人数が増えて、影山の席の周りの人口密度が凄まじいことになっている。
「え! じゃあジャンケンに勝ったら桃井さんと付き合えるの」
「ガチガチガチっ、ほらジャンケンジャンケン!」
なんだか話がすごいところまで飛んでいた。
さすがにやり過ぎだろうと影山は阻止したいけれど、平和的に解決する方法は頭に浮かんでこない。苛立ちのまま乱暴に言葉を吐き出すことしか、彼にはできない。
こういうのは苦手だ。どうすればいい?
アイツこういうの嫌いだろ。彼氏欲しいとか一回も聞いたことないし。つかバレーの邪魔すんなよ。迷惑になるだろ、いい加減にしろ。
さつきを物やステータスみたいに扱うんじゃねぇ。
熱狂に包まれる渦中のど真ん中、いよいよ影山が怒りを露わにしかかった時。
「何なに、何の話ー?」
日向が教室に入ってきた。
人懐っこい笑顔で、男たちの集団に話しかけてくる。
フンフン一通り話を聞き終わってから、日向はサラッと言った。
「んー、そういうの、さつき嫌だと思う!」
その一言で暴徒たちを沈静化することに成功したのだ。
影山には信じられないくらい鮮やかな手並みだった。そう言えばいいのか、と新発見した心地である。
話題が収まり、男たちが解散した後、机に座りっぱなしの影山に、日向はコソコソ指摘した。
「影山ぁ、お前からはっきり言わないと、あんま良くないだろ」
「あ? 何がだよ」
「さつきのこと! お前が黙ってるからこうなるんだぞ。やめろって一言で済む話じゃん」
「何で俺が関係すんだよ」
仏頂面で影山が聞けば、日向はキュッと眉毛を吊り上げた。
「お前それマジで言ってる?」
「影山くん、最近ちょっと集中できてないでしょ」
「は? 俺が??」
部活を終えた帰り道、いつも通り影山と桃井は並んで帰っていた。家が隣同士なので帰路が全く同じなのである。
桃井の発言に、影山は目つきをさらに鋭くした。
「できてなかったよ。いや、練習中はそうでもないけど、分析結果伝えてる時とか、ね。自覚ない?」
「……」
「あとやたらと私を呼ぶよね。そんなに大事な用事でもないのに。どうして?」
桃井の言う通りである。
最近、彼女についてモヤモヤすることが頻発していて、鬱屈した気持ちを発散することができずにいた。
話をしっかり聞くことはできないのに、彼女が他の誰かと一緒にいるところを見るのは、嫌だった。だからといって頻繁に呼びつけて、自分の元に居させた理由も、影山にはよくわからない。
わからないから、苛々する。
「……わ、かんねぇ」
「……、そっか。わかんないか」
逃げるような呟きを、桃井はそのまま受け取った。
深追いせずに話題を終わりにしてくれる。いつも彼女はそうだった。
本気で影山が嫌がること・不快になることはしない。その気遣う気持ちは彼にも伝わるくらいで、ありがたいとさえ思っていた。
なのに今だけは、なんでもっと聞こうとしないんだよと腹が立つ。
俺の考えていること、俺の悩み、悶々とする気持ちを、お前ならわかってくれるんじゃねーのかよ。
わかんないなら、知ろうとしろよ。気になんねーのか? お前が一番大事にしてる俺のことなのに。
「………、」
思わず漏れてしまった唸るような吐息が、桃井に伝わっていないかと不安になる。
……いや、いくらコイツにも、わかんねぇことくらいあるだろ。てか俺、すげぇ面倒くせぇこと考えてる気がする。
本人がわからないと言っている以上、聞いたって無駄だろうから、さつきは引っ込んだだけだろうに。
話そうとしない・わからないのは俺自身なのに、何をコイツに知って欲しいんだ俺は。
ああ、イライラする。
「あ、そうだ」
思考回路がぐちゃぐちゃになる寸前、桃井の声が夜に響いた。
影山は目線だけを向けて、続きを待っている。
「私、好きな人がいるの」
突然のことだった。
「、あ?」
「好きな人、いるの。今まで言わなかったけど」
何を言われたのか、まるで理解できなかった。
二人の足が止まる。影山が立ち止まったので、その一歩先で、遅れて桃井が歩みを止めた。先に進んだ分、彼女は半身だけ振り返った。
街頭に照らされたその顔は無味乾燥で、恋バナみたいな話題にしては、微笑みも照れも存在しない。あまりに普段通りの表情で、影山の混乱は加速する。
好きな人。
その意味くらい影山でも知っている。
あの騒ぎ立てていた男子たちの言葉を借りれば、恋人にしたい人、なのだろう。
つまり恋愛において一番の人ということで。
桃井にとって、自分以外の男が『彼女の一番の居場所』に居座るということだ。
「……あ?」
自分でも驚くくらい、低い音が影山の口からこぼれ落ちた。その理由を、彼は知らない。わからない。
ただドス黒い感情が膨れ上がったのが、感覚としてよくわかった。
影山の急激な変化に、桃井が戸惑う様子を見せる。
「えっ……と、どうしたの? そんなに、怒ったみたいに……」
「怒ってねえよ」
「……そう。あまり聞きたくないなら、この話やめるね」
「やめんな」
「!」
「続けろ」
「でも……」
「いいから!」
「っ、それなら、続けるね、……」
明らかにおかしい態度をとる影山に、桃井は怯えた声色で対応した。彼に背中を向けて歩き始めるので、無言で影山もついていく。二人の頭が横に並ぶことはなかった。
影山の機嫌が悪くなったとわかり、桃井は何とかいつも通りの表情・話し方を意識した。
そうでなければ、余裕ぶってるのが虚勢だとバレてしまう。それだけは避けたかった。
「ほら。入学してから……というか中学の時も、色んな人から私と影山くん、付き合ってるの? って言われてきたじゃん。ああいうのすごく面倒だなーって思ってて。影山くんもそうだったでしょ?」
「………」
「だから、もう隠さなくてもいいかなって思ったの。前までは何も考えてないんだろうなって感じだったけど、最近、すごく意識してるみたいだし」
「意識? 相手誰だよ」
「そ、そんなの言わなくてもアンタが一番わかるでしょ! 翔陽くんにいい加減責任とってって言われたの。だからいいのかなって」
「日向? なんでアイツの名前が出てくんだよ、……まさかッ」
その時、影山の脳内に電流が走った。
桃井の好きな人って、日向のことか? と思ったのである。
彼女は身体能力の塊かつ予測不可能な日向のことをいたく気に入っており、また人柄にも惹かれているようだった。よく日向と話しては「直射日光……ッ」と目をギュッと瞑って眩しそうにするのがいい証拠だ。
谷地と一緒にそんなリアクションをしてるシーンを、影山は何度か見たことがある。
何だあれ。あんなの、俺はされたことない。
つかこないだ日向によくわかんねーこと言われたな。はっきり言わないと良くないとか、さつきのことが何とか……アレってこのことか? 付き合う? 恋人? その辺が関係してんのか?
もしここに日向がいれば全力で「全然違う!! おれを巻き込むなよ!!!」と否定し拒否していたところだろうが、残念ながら彼は自宅でクシャミをするに留まった。
「あ。さすがにもうわかった? 影山くん、本当にニブいよね」
桃井は軽い調子で笑った。影山が彼氏なんてあり得ない! と流す時の顔によく似ていた。
彼女の態度に、影山は自分の考えが正しいことを確信する。確信して、白くなるほど力を込めて握り拳を作った。
ふざけんな。許せねぇ。
俺がいるのに、他の男をお前の一番にすんのかよ。
湧き上がった負の感情を向ける先が、わからない。この怒りを、憎しみを、苛立ちを、どうすればいい。
わからない。わからない……そうやって投げてきたから、この女を他の奴に掻っ攫われるのか?
俺の隣にいると誓ったくせに、平気な顔して捨てていくのか。
だったら、俺は。
「……影山くん?」
「来い」
「えっ、あ、ちょっと!」
影山は桃井の手首を強く掴むと、半ば引きずる形で夜道をずんずん進んだ。桃井は少しだけ抵抗してから、敵わないと悟って大人しく早足で着いてくる。
その従順さが、かえって影山の神経を逆撫でした。
他の男を一番にすると言っておきながら、俺のことも大事だとほざくのか? そんなの認めねーよ。
俺と日向、どっちが一番か、決着つけてやる。
手段も方法も何もわからないのに、衝動に突き動かされる影山は、後ろで俯く桃井の浮かべる表情を見ることはできなかった。
「………!!」
す、すごい思い通りに動いてる……! と桃井がほくそ笑んでいることに、余裕がない影山は気づかなかった。
というのも、最近の影山の不審な行動に対して、桃井は正解を知っていたのである。
『あ、影山くんやっと私のこと意識したな』と答えを見つけていたのだ。
自分が男性といると不自然に声をかけてくる・恋愛だの彼氏だのの話題になると嫌そうな顔をする……そんなの嫉妬に他ならないし、日向から仕入れた情報でも彼女の予測が的中していることは間違いない。
まあ当の本人は、嫉妬の感情が理解できなくて苦しんでいたみたいだが……その分、自分のことを好きで好きで仕方ないんだなと思ったら、可愛いものだった。
むしろそんなに私のことが大好きなんだと思えて、愛おしくなったのだ。
そう、この女、少しばかり狂っていた。
『飛雄ちゃんの一番が欲しい』
それはずっと昔から胸に秘めていた願いだった。
許されるなら、影山のそばで一生を支え続けたい。でも単なる幼馴染のままだったら、世間が、常識が、それを許さない時が必ずやってくる。
大人になってプロになった影山に、ただの幼馴染ができる範囲なんて高が知れている。
だから早い段階で、桃井は影山の特別になる必要があった。
幼馴染でも相棒でも仲間でもない、『特別』に。世間はそれを恋人や家族と言うのだろう。
しかし、影山は桃井に恋愛感情を抱くことはないだろうから、諦めていた、……はずだった。
『最近、影山くんって私のことすごい気にしてる?』
『絶対そう! なのにアイツ自分からは何も言わねーの!』
『気づいてないの、本人だけでしょ』
『影山って嫉妬とかするんだね……』
『お二人は、つつつつつ付き合ったりするの!?』
気づいたら、利用しない手はなかった。
影山に答えを教えるのは簡単だが、それで彼の特別になり損なったら、一生後悔すると思った。
だから時期を慎重に見極め、巧みに言葉を選び、影山が衝動に身を任せる状況を作り出した。
好きな人がいるとか、日向に責任をとれと言われたとか、嘘は言っていないし、勘違いしたコイツが悪いと押し切った。日向には今度めちゃくちゃ謝ってお詫びをしようと考えている。
はなから桃井は、影山を罠にハメる気満々だったのである。
「どこに向かってっ」
「俺の部屋」
「な、」
「お前をアイツにやるくらいなら、俺が全部もらう。俺のもんだろ」
「〜〜〜〜♡」
───嫉妬に振り回される影山と、獲物が罠にハマってウキウキの桃井がめでたく恋人になったのは、その夜のことだった。
次の日、二人(主に桃井。影山は渋々である)に巻き込んでゴメンナサイと謝られた日向は、よくわからない顔で「いーよ!」と答えた。
無自覚に傲慢で欲深い影山と、傲慢で欲深いのを自覚済みの桃井の話でした。
付き合う経緯(R-18)書けたら書きたい