桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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役割

「よ〜〜っす、久しぶりやな。先輩らが揉んでやりに来たで」

 

 稲荷崎は全国指折りの強豪校。その為練習試合の相手は近隣のバレー部よりも他県の同等クラスの強豪校、または大学のチームになることが多い。

 春休みも終わりに近づき、入学式が目前に迫ったその日、体育館に足を踏み入れたのは現役を含めたOBチームだった。

 

 以前練習試合を組んだ時は先輩の意地を見せつけてやり、新参者の一年双子等をケチョンケチョンにしてやったものだが。

 今日もどんな悔しがり顔を見せてくれるのかと意地悪なことを考えながら見てみれば、後輩たちは揃いも揃ってやる気満タンな表情を浮かばせていた。

 

「フシュー……」

 

 耳を澄ませてみると彼らは唇から鋭い息を吐いている。一瞬全身から湯気が立ち上っているような幻覚さえ見えた。

 

「え……なに、なんか魔改造されたんかお前ら」

「してませんよ。今日はよろしくお願いします」

「ん、おお。キャプテンくん。よろしゅうな」

 

 唯一平素とわからぬ真面目顔で握手をしてきた北は、しかし普段よりもグッと力を込めてOBチームのキャプテンとの挨拶を済ます。なんや、気合い入っとんなと思う男の違和感は、そこで終わりではなかった。

 

 いつもなら絡んできそうな面子が一向に来ない。

 

「どこまで通用するか楽しみやなぁ」

「本戦じゃないのに早く試合したいって思うの、なんか懐かしいわ」

 

 全員ストレッチをしたりバインダーに挟まれた資料か何かをペラペラめくって頷いたりしている。

 今までの光景と比べてあまりに異質な空間に、思わず言葉もなく見てしまう。

 

「なんや、えらい空気変わっとんのぅ」

「前はもっとフワフワザワザワしとったよな。双子を中心に」

 

 奇妙な感覚はOBチームにだけを包み、試合開始の笛が鳴る。

 

 

 

 

 

 ───今日はすごく調子がいい。

 治はそんなことを考えながら、コートを走り、飛ぶ。

 思考がクリアになった気がする。今まで調子がいい時しか見えなかったモノが、今ははっきりと見える。

 

「シッ!」

「……! はっ、今日は絶好調やなぁ双子! 前の空振りホームランはどうしたァ!?」

 

 OBチームは、前ならば年上の意地を見せ余裕綽々の煽りをして見せたものだが、今や汗だくになった顔を苦しそうに歪めて啖呵を切るので精一杯だ。

 そして、それにやり返す稲荷崎チームの言葉は、ない。

 

「ふー……」

 

 角名の視界に全てが映る。リベロがレシーブ、セッターの視線、スパイカーの配置、全部が頭にある情報と完全一致していた。

 考える、という意識の前に結論を弾き出した反射に答え、体がグンと動き出す。

 

「ドシャットぉぉおおお!」

「角名、ちゃんと見えてたな」

 

 コート外で試合の行く末を見る銀島が叫び、MBの大耳練が腕組みして呟いた。この二人も本日立て続けにコート内で抜群のプレーを発揮している。

 彼らだけではない。稲荷崎チームの全員の動きが格段に良くなっていた。

 

 今までなら試合後半、緩み出して勝手に崩れていくのに。

 三年生が抜けて一・二年だけになったチームなんだ。以前より柔くなって当然なのに。

 それなのに、なんだこの、

 

「またあがった!!」

 

 落下地点に最初からいたと錯覚するレベルで素早い移動をしたリベロ、赤木路成のレシーブは美しくボールを宙に踊らせる。

 

「いったれ!」

「ゥアア!!」

 

 動揺するOBチームの空気を引き裂く鋭い一撃を叩き込んだエース・尾白アランは、強く拳を握った。今の自分なら、間違いなく牛若や桐生と真正面からぶつかって乗り越えられる自信があると認識する。

 

 ……ああ、気持ちええな。

 

 自分のサーブのターン、ボールを手の中で回す侑はうっとりと目尻を柔くした。

 

 

 

 

 

 彼らが急激に強化された理由、それはもちろん桃井さつきの働きだった。とはいえ彼女にとってはいつも通りの仕事をしただけである。

 自分のチームと対戦相手の情報収集と分析、そこから導き出される最適の手を資料化し共有。

 『正解のプレー』を叩き込んだだけ、というのが桃井の認識である。

 

『───以上が、今度のOBチームとの試合で勝つための注意点になります。何かご質問などはございませんか』

 

 練習試合前、ミーティングルームに招集をかけられた稲荷崎の選手たちは、一人一人に配られた資料とシャーペンを握りしめたまま、言葉を失った。

 

 監督に桃井をアナリストとして起用すると宣言され、彼女が真っ先に提示したのは新しい練習メニューだ。

 選手一人一人の適性に合わせたそれは、しかし監督やコーチと話し合って作成したものと説明されており、完全に桃井の能力を理解したと言える部員は、当時そういなかった。

 

 しかしその時選手たちが集められた部屋ではっきりと断言されたのは『勝つためのプレー』のみ。

 自分たちの動きのクセ、性格、弱点、意識していなかった思考全てを文字に置き換えられ、淡々と作戦を綴った資料は恐ろしくもあった。

 

 そこには全てが書かれていた。

 自分の能力も、対戦相手の得意不得意も。

 幼い頃からジュニアチームに通い、全国No.3の結果を叩き出す稲荷崎の選手でさえ、度肝を抜かれる圧倒的な情報量を目の前にして混乱している。

 

『な……んて、いうか』

 

 完全に沈黙したミーティングルームに、ようやく誰かの声がぽつりと響く。呻き声に近い声の主は尾白である。

 しかし続く台詞は胸の内になかった。何を言うべきか、何を伝えたらいいのかわからなかった。こんなことは初めてで、一部例外を除いてみんな頭を白くさせている。

 そんな選手たちの様子を静かに見守っていた桃井は、

 

『私はこのチームを勝たせるためにいます』

 

 と厳しい顔で言い放つ。年下の女子が口にするレベルをとうに超えていた。

 

『前に言ったでしょう。全国優勝を目標に全力でサポートしますので───全力で応えてください、と。私は提示しました。後は皆様のご自由に』

 

 自由にと言いながら反論させない圧があった。当然である。桃井が示した資料に反論の余地は皆無であった。

 不満は当然なく、ただ何を言えばいいかもわからないという初めての緊張状態におおよその部員が戸惑っている。

 

 皆が最前列の中央、北の反応を窺う。試合に出場したことが一度もなくとも稲荷崎の主将は北であり、チームの手綱をしかと握っているのも彼である。

 北の言葉には無駄がなく、正論パンチと称される分析がここでも飛び出してくるのか、あるいは……と全員が出方を窺っていた。

 

『…………ん、俺が最後か』

 

 周りの雰囲気から自分の発言を求められていることに気づいた北が、一言一句全てを精読し終えて資料を机に丁寧に置くと、頷いた。

 

『ようできとる』

 

 と一言述べたのである。

 北が、主将が認めたということはつまり、部員は反発できないということである。

 無論選手たちが意見するような内容は書かれていない。むしろ賞賛されてしかるべきクオリティの高さだ。

 それなのに、北以外の誰もが口を開けずにいた。

 真っ先に意見しそうな双子、というか侑が大人しいなと角名がそちらを見てみれば。

 

『……っ』

 

 彼は、うっそりと笑っていたのである。ゾッとするような怖い笑い方だった。

 その時、桃井が稲荷崎を選んだと知って大騒ぎしていた侑の真意を理解して、角名は背筋に冷たいものを感じた。

 

『こっからは桃井が作った資料をもとに動いていくからな。しっかり目ェ通しておくように』

 

 監督の声が遠くに響く。

 結局、絶賛も反論もなかった。

 大きな動揺がその場を包み込む異常な時間だった。

 だが反応に困ったような、正解が分からなくて怯えに近い表情を、先輩と男の意地とプライドで覆い隠しているだけだと、監督は正しく見抜いていた。

 

 

 

 

 

「桃井」

「はい」

 

 練習試合中、北に名を呼ばれた桃井は元からしゃんと伸びた背筋をさらにぴしりと伸ばした。

 いつもなら集中が途切れているだろうタイミングで監督が北を呼びつけたのだが、意外にもコート内のメンバーの好調はずっと続いている。

 故にタイムアウトもなく、外野にいる北はここに呼ばれた意味を考えながら桃井に話しかけたのである。

 

「こうなること、全部わかってたんか」

 

 普段ならばタイムアウト、もしくは選手入れ替えの時に主将としてアドバイスをしている頃合いだ。

 しかし今日の試合に限ってはアドバイスを挟む必要も隙も全くないため、北は読めない状況に置かれた孤独感に近い感覚を桃井に打ち明ける。

 

「全部? 作戦がはまってチームの好調が続くことですか? それとも北先輩が呼ばれた理由でしょうか」

 

 何もかもを見透かした理知的な眼差しは、北が今まで経験したことのない圧があった。

 

 桃井が稲荷崎に来てから、一番彼女と話をしているのは北である、双子、特に侑は何故か以前と打って変わって鳴りをひそめており、監督やコーチの話し合いの場に呼ばれることが多い北が、結果的に彼女とよく話す立場にいた。

 それでも桃井のことはよくわからないままだけれど。

 

「集中が続く理由なんて簡単ですよ。先輩方は初めての感覚に夢中になっているだけです」

「夢中に?」

「ええ。流石稲荷崎ですね、優秀な選手しかいない。……みなさんの地力が表に出るよう矛先を変えたんです。練習メニューやOBチームへの対策に、選手一人ひとりの特性に合わせた計画を立てました」

 

 彼らの練習の積み重ねが見える形で発揮された。それは弛まぬ努力を必死にやり抜いてきた彼らのおかげだと。

 桃井は自身の能力には触れず、簡単にそう言った。

 

「だから、彼らにとっては敗北した相手に"今までできなかったことが急にできて楽しい"ように感じて、夢中になっているんです。私は状況を整えただけ」

「だけ、か」

 

 そう言うにはあまりに価値のある資料を出してきたものだ。これが全国の強豪校からスカウトを受け続けてきた桃井の実力か、と北は思考を始める。

 

「それで、俺がここに呼ばれた理由もわかるんか」

「試合に出るためです。もちろん」

「!」

「選手が試合中に呼ばれる理由なんて、普通そうでしょう」

 

 どきっとした。

 ね、と桃井が監督に目を向けつられて北も無防備な顔を見せれば、監督やコーチに肯定される。

 どうやら自分は今から試合に出るらしい。

 

「随分驚いてらっしゃるんですね」

「そ、やな。今まで試合に出たこと、一回もなかったからな」

「じゃあ緊張してます?」

「どうやろ。さっき一瞬、心臓がはねたけど」

 

 北は胸に手を当てて呼吸する。乱れた鼓動のリズムは既に元通りだった。

 

「うん。今はもう平常やな」

「でしょうね。練習でやることを本番で。平常通りのことをするだけですから。北先輩に特別な作戦は不要。シンプルで、とても綺麗」

 

 自分のことを赤の他人に断言されても、桃井が相手ならば嫌な気持ちにはならなかった。それだけの信頼を彼女は実力でとっくに掴んでいる。

 けれど綺麗と評されたことはなかったから、北は意味もなく身じろぎをした。横目に見ると桃井は澄ました顔をしている。

 

「北先輩への指示はいつも通りのプレーを、です。コート外で伝えてきた言葉を、今度はコート内で伝えて欲しいんです。今まで北先輩が負っていた役目は私が引き継ぎます。代わりに、今度はコートの中であなたの力を発揮してください」

 

 稲荷崎の特性を完全に理解した上での発言だと、北は瞬時に見抜いた。

 魔法のような時間は長くは続かない。

 勝利が見えてくると流れは綻び出すのである。特に一年生が顕著だった。

 調子に振り回され、熱意に振り回され、怠惰に振り回され。そのようにして崩れてきたところを、北はいつもコートの外で正してきた。

 今度は場所が変わるだけだと桃井は言うのだ。

 

「きっちり空気をシメてきてください。最後の一押しができるのは北先輩しかいません」

 

 普段ならば監督やコーチが放つ言葉を桃井に言われることに、北は違和感を感じなくなっていた。

 これからは彼女がその役割を担うのだろう。北の的確な言葉も、指導者の立場の人間が言う指示も、全て。

 

「そろそろ時間ですね。では、いってらっしゃいませ」

「ああ。……すごいなぁ。もう中心やな」

「?」

 

 きょとんとする桃井の顔は初めて見る年相応のものだった。俺の後輩なんやな、この子。そんな気持ちで見つめているとハッとして表情を引き締めてしまう。

 それがなんだか北には背伸びして見えて、微笑ましくもあった。

 

「いや。監督たちの間で今後の方針とかしっかり共有されとるんですね。次からは俺も呼んでくださいよ」

 

 もっと桃井の話を聞いてみたい。

 この子の思考や選ぶ言葉は、パーソナルな部分で近しいものがあると北は感じ取った。

 

 空気をシメる、という役割を北だけでなく桃井に託す。そうすることでコート内外からチームを掌握し、大きく総崩れすることを防ぐ。

 全国指折りの強豪校である稲荷崎は爆発的なエネルギーを持ったチームであるが、空振りしたときの落ち方が凄まじいという面もあった。

 それを主将とアナリストがぴしゃりと正す。

 

 これが新しい方針なのだと、監督・コーチ・アナリストで話し合って決めたのだと、北は自然と思い、ベンチを立った。

 

「俺やばいかもしれん。今日のMVPかも」

 

 選手交代で戻ってきた選手が興奮した様子で口走る。

 お疲れさん、ようやったと言いながら監督は冷や汗をかいていた。

 

 何故なら、監督は一度も桃井に稲荷崎の現在の代の特性や今後の方針等を伝えていないからである。

 伝える前に全ての仕事が完了していたので、嬉しいとかとんでもねぇなとか末恐ろしいとか、そういう感情を飛び越えて「……おん」と資料を受け取ってしまったのである。

 ミーティングルームで資料を受け取った部員たちと似た反応を、監督たちは先にしていた。

 

 桃井が稲荷崎に来てから二週間と経たない頃の話であった。




劇場版見ました。とても良かったですね。
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