桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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誤字修正いつもありがとうございます。本当に助かってます。


正式入部

 入学式から数週間が経ち、春の気配が体に馴染んだ高校生たちは今日も勉学に部活に精を出す。稲荷崎男子バレー部の新入部員たちの中でも興味本位で入部届を出した者たちは全員脱落し、ようやく部内の空気も落ち着いたように思われる。

 

 陽気な雰囲気が抜け出すと、次にやってくるのは日常だ。新しいポジション、新しい指導、新しいマネージャー。そういうフワフワしたものに慣れて自然と素の部分が飛び出してくるのは当然のことである。

 わかってはいた。わかってはいたが、これは……。

 

「やかましい」

 

 桃井は遠い目をしている。

 目線の先には取っ組み合いのケンカをする双子がいた。今回の原因は何だろう。

 どうせ治が楽しみに取っておいたプリンを侑が黙って食べたのがバレたとか、煽られて盛大にホームラン打った治を笑った侑にキレたとか、考えるだけ無駄な理由ばかりだろうけど。

 

「ポンコツポンコツうっさいねん!! 自分の性格もわかってへんのかクソブタ!!」

「はぁん!!? しくじったのはお前やろ!! 言い逃れすんなクソボケ!!」

 

 スッと素早くカメラを向ける角名に、悟りに近い表情で「またやっとる」という顔をする尾白。二、三年生たちは「やめとけよ双子ー」と慣れたように言っている。

 新入部員たちも入部当初は驚いたものの、先輩同士のケンカに口を出すもんやないし……とスルーを決め込み、一年生の理石は止めたほうがいいのではオロオロして銀島に「まあいつものことやから」と慰められていた。

 壁際に座る赤木は北を探してキョロキョロすると、桃井がすぐに答えを口にする。

 

「北先輩は職員室ですよ。すぐに戻ってくると思いますけど」

「おお、そうか。なら放置やな」

「ああなった双子に俺らが言うても聞かんからなぁ。信介の声しか聞こえてへんのとちゃう」

「桃井は? ワンチャン喧嘩止まるかも」

「近づくの怖いから無理です」

 

 桃井にすげなく断られてもいつものことなので「そっかー」と流す三年生たち。

 

「あー……扉閉めます?」

 

 桃井が気にしたのは開けっぱなしの扉から顔を覗かせるギャラリーだ。最早名物となった双子乱闘を見物し、どっちが勝つのかを面白がって見守っている。

 

「いけー、やったれ治! こん前ノート見した貸しここで返せ!」

「負けんな侑! 俺の好きな子、治の顔が好きって言うとんねん。ボコボコにしたって!」

「それ言うたら侑もおんなじ顔やん」

「あっそうやな。やっぱええわー! どっちも顔面タコ殴りせえ!」

 

 双子のクラスメイトらしい男子生徒たちの野次に「きゃー! 侑くんも治くんもケンカやめて!」なんていうミーハーな女子生徒の声も交じっている。

 いやまあ双子の顔立ちが整っているのは桃井にもわかる。が、それ以上に180cmを超える筋肉質の男性二人がバチバチに殴り合うところは、迫力があってシンプルに怖い。

 

「野蛮……」

 

 ギャラリーと合わせて、さながら動物園である。関西だから? それとも普通の男子バレー部ってあんな感じ? 北一の頃はもっと……いや色々とイレギュラーが重なっていたから、あれは普段は違うのかもしれない。

 そりゃ自分がいない場だと下品な話やら馬鹿みたいな話で盛り上がってるのは知っているけれど、ここまでオープンなのは初めてだ。

 なんというか、空気感が地元と違う。

 

「関西の洗礼」

「わかる」

 

 思わず桃井が呟くと、ある程度動画を撮って満足した角名が同意した。愛知からスカウトされた角名も、同じ高校生といえど雰囲気は変わるんだなと驚いた一人なので。

 近くにいた大耳がフッと笑った。

 

「すっかり慣れたなぁ。最初はびっくりしたやろ」

「そうですね。でも週1ペースで見てますから」

「春やなぁ」

「こんなところで春感じたない」

「てか春終わるわ」

「あはは」

 

 返すように、わかりづらく桃井も微笑んだ、ような気がした。

 

 

 

 

 入学式を終えた今年度最初の部活の光景を思い出す。あの時は今以上に部員(桃井目当ての初心者を含む)が多く、そして見物客の女子生徒がびっくりするくらいいた。

 そしてそのほとんどが桃井に目線を向けていて「うわぁ」と面倒臭い予感に頭が痛くなってくる。

 しかし視線に込められた意味が部員たちと見物客で大きく違うことに気づいて、なんだろうと桃井は引っかかった。それはニ・三年生も同様で、ん? と首を傾げている。

 

『整列!』

 

 キャプテンである北の号令がかかり、二・三年生ら男子バレー部と、入部希望の一年生たちは対峙するように向かい合って並んでいた時のことだった。

 

『……?』

 

 どうにも一年生たちの様子がおかしい。全員の視線が一点に集中していて、落ち着きがなかった。どういうことだろうと部員たちは視線の先を追って、更にワケがわからないというリアクションをする。

 

 みんな桃井を見ていた。正確には「号令がかけられ、新入生と二・三年に分かれて整列している場面で、監督の隣に立っている桃井」に注目が集まっていた。

 

 一年生たちは「え? こっちに並ばないの?」という顔で、先輩たちも「どした? 桃井はずっとそこのポジションにおるのが普通やけど」という反応。桃井も「何か?」という澄まし顔で、全員が困惑する不思議な空間が出来上がっていた。

 

『……ああ。桃井、今日は向こうに並んでくれるか』

『? あ。すみません』

 

 ようやく理解した監督に促され、桃井は新入生側に並んだ。新入生たちに大きな疑問を持たせたまま。

 そのようにして今年度の稲荷崎男子バレー部の練習は、ちょっぴり変な感じでスタートしたのである。

 

 

 そしてサーブ練を開始した時、さらなる事件は起こった。

 宮侑のサーブの時は、沈黙。これはバレー部どころか吹奏楽部や応援団に駆り出される全校生徒、保護者会にも轟く暗黙の了解である。

 しかし知名度と顔に釣られたとある新入生女子グループが、静かになった体育館に甘い声を響かせたのだ。

 

『侑先輩、がんばってー♡』

『アララ』

 

 治が「春やなぁ」という気分で言った声は、凄まじく空振りしたボールが壁に叩きつけられる音に掻き消える。

 ビリビリとした空気に粟立つのを感じながら、桃井は侑がゆっくりとギャラリー席に顔を向けるのを見た。一瞬見えたその瞳には見たこともないような苛立ちが塗ったくられている。

 うわ、データとして知ってはいたけどこんなに怖いんだと思った。

 

 俺のサーブの邪魔をすんなや、この喧しブタ。

 そんな幻聴が聞こえてくるほどだった。女子グループも怯えた顔でそそくさとその場を去る。

 

『次ー、交代やぞ』

『……はい』

 

 最高潮に不機嫌になった侑は、少しでも黄色い歓声が耳に入るとそちらを向いて「よう鳴くブタやな」とでも言いたげに殺人級の目で睨んだ。

 しかし傍目に見ると、侑は応援をした子に視線を向けていると捉えられてしまい、ミーハーの女子たちのテンションを右肩上がりにしていく。

 

 やっと突き刺さる目線の対象が変わったと安堵する桃井に、いつの間にか近くに来ていた尾白が話しかけた。

 

『桃井。ちょっとええか』

『尾白先輩。何かありましたか?』

『いや俺やなくて。侑になんか言ったって』

『えっ』

 

 去年の春もこんな感じで、イケメンセッター宮侑ブームが去るまで大変だったのを思い出す。ちなみにその次はイケメンスパイカー宮治ブームも来たので、嫌な恒例行事やなぁと尾白は感じていた。

 

 しかし今年は桃井がいる。もしかしたら侑をなだめられるかもしれん。そんな淡い希望を込めた、軽く励ましたって、くらいのノリだった。

 侑が桃井を気に入っているのは部員にとって周知の事実なので、そんな子に「まあまあ」と言われたら溜飲を下げるのではと尾白は考えたのである。

 

『……うーん、わかりました』

 

 先輩に言われて仕方なくという感じで、桃井はギャラリー席から見えない場所に移動すると侑を手招きする。すると気づいた侑がズンズン大股に歩いてきた。なるほど、これは重症だなと思う。

 

『なんや。ブタ共に邪魔されたの見とったやろ』

 

 口悪。唇を引くつかせた桃井は、侑の背後で「ほな頼むわ」と片手を上げる尾白、そして興味本位で耳をそばだてる先輩たちに気づいて、ここは言わなきゃいけないタイミングだと認識し、厳しい口調で。

 

『侑先輩は、この先ずっと……自分に都合が良い状況をお膳立てされて当然だとお考えですか』

 

 と励ましとは全く違うことを言い出したのである。

 

『……は? なに、』

『稲荷崎に入学してから、侑先輩のサーブは吹奏楽部との連携がルーティンになっていて、同時に観客へのパフォーマンスとして注目されていますよね。歩数で距離を測り、音を止めてサーブを打つ。毎回それなら、先程のイレギュラーから不機嫌になるのはわかります。でも試合に絶対はありません』

 

 正確な未来を予測し、圧倒的な分析力を誇る桃井の「絶対はない」発言に、侑は怒りを忘れて目を丸くした。尖りをなくした声色で素直に質問する。

 

『やめろっちゅうんか』

『そこまで言ってませんよ。ただ、もし相手チームが邪魔してきたら? 今の稲荷崎の応援形式なら反撃が来てもおかしくない。大事なのはその後のメンタルコントロールです。それも含めてルーティンにしちゃいましょう』

『メンタルコントロール……』

『自分がピタッと止めた無音の空間がどうなろうと、変わらずプレーに没頭できるように』

 

 チームの調子のムラっけを均す役割を任された桃井にとって、侑のサーブは早急に解決したい課題の一つだった。今がそのチャンスだと判断したから、侑の目をしっかり見つめて提案する。

 データを提示できるように準備しているところだったので、まさか尾白に急に投げられるとは思っていなかったが。

 まあ今すぐ納得されなくても良い。IH予選までには必ず確立させる。そんな気持ちでジッと黙り込んだ侑を見上げていれば。

 

『桃井を見る、は?』

『はい?』

『ルーティン。サーブ打った後に。ピンクやし』

 

 一瞬何を言われたのかわからなかったし、理解したところで何を言われたのか納得できなかった。

 ピンクやしって何。目立ってすぐ見つかるから? いやいや。

 ポストパフォーマンスルーティンという、ミスをした後に気持ちを落ち着かせるものに含まれるのかそれは。というかルーティンに他人を含めるなんて。

 などなど色んなことが頭の中を駆け巡り、結局テンパった桃井が言えたのは。

 

『……。……卒業したら通用しなくなるのでやめましょう』

 

 だった。

 返答が適切だったかは不明だが、サーブを邪魔された時のメンタルのブレを指摘できたから良しとする。そんな判断をしていると、侑の肩がプルプル震えていることに気づいた。

 笑われている。そう理解した瞬間、耳がカッと熱くなる。

 

『かっ、からかいましたね?』

『あっはっはっ! 冗談のつもりやったのに、本気で考えるんやもん! 真面目ちゃんやね』

 

 見えない角度で侑の陽気な笑い声がしたから、ギャラリーにいる女子生徒の騒めきが頭上から聞こえてくる。やばっと顔に出した桃井ににんまりして侑は手を振った。話が終わりなら練習に戻るという合図である。

 

『もちろんギャラリーが練習の妨げになるようでしたら、対策しますので』

『おん。頼むわ』

『最後に。今のルーティンを進化させるイメージでいいんですよ。あくまで目的は気持ちを落ち着かせること。……それに』

『それに?』

『侑先輩のルーティン、かっこいいから無くなっちゃうのは残念ですし』

『!!』

 

 からかわれた仕返しか? と言葉の意図を読み取ろうとする侑は、しかし桃井が本心から言っているのを感じ取ってあっという間にご機嫌になった。にこ! と効果音がつきそうな満面の笑みで「そっかそっか!」と嬉しそうだ。

 

 ちょうど裏で作成している資料に関連してるから言っただけなのに。

 その変わり身の早さに不気味……なんて引く桃井だが、普段からツンケンしたお気に入りに褒められたらこうなってしまうのが男である。

 

『ちょお何言ったん。一瞬で侑の機嫌が最高潮になっとるけど』

『お話しただけです……』

『へえー……。……ほんなら俺ともお話しせえへん?』

『えっ?』

 

 そうして尾白とお話しして(今後目標とするプレーについて、現状を分析し冷静に評価しながら……つまり全国5本指のスパイカーを相手に客観的な意見として素晴らしいと伝え)、彼もまた上機嫌になって練習に戻っていく。

 

 となれば気になって、俺も俺もとタイミングを見て桃井に話しかけにいく部員が大量発生するのは当然の流れだった。

 しかも普段ビシバシ指導する桃井の口から「中学の頃から得意でしたよね、このプレー。おかげで流れを取り返せた」とか「去年の練習試合でミスをしてから徹底的に反復練習した結果が出てます」とか、努力を認めて背中を押す発言が飛び出してくる。

 

 今更なんでそんなこと知っとんの? と聞く阿呆はいない。桃井が知っていると言えば中学時代だろうがクラブチーム時代だろうが知られている。

 そして桃井の分析能力に信頼を置いているからこそ、たった一言の褒め言葉が飛び上がってしまいそうなほど心に響いた。

 

『ははぁ、こりゃ予想外』

 

 桃井が指摘する内容は事前に資料として提示されたものと遜色なく、監督としても修正していきたい部分だった。そこで選手のコンディションを確認して、今言うべきか後にするべきか判断して桃井は慎重に意見している。

 それを察せられるのは、選手の方針を確認し合う監督やコーチしかいない。

 故に部員たちは「桃井にプレーを分析されてその上褒めてもらってる!」となりウッキウキになるのだった。

 

 たまには褒められて調子乗ってええかと、監督も一連の交流を静観していた。しかし桃井と話してからの部員たちの動きが、褒められて調子が良くなる以上の動きを見せている。

 彼女の選手を見る目と改善案を叩き出す速さ、それを正しく伝えられる思い切りの良さに、再度感心する。

 

『桃井の加入でチームの大崩れを防ぐのが狙いでしたが……』

『ああ。防ぐどころか、空気が格段に良くなった』

 

 コーチと頷き合い、監督は数ヶ月先の明るい未来を予感した。

 しかし、後に「120点を目指しました」と桃井に無茶振りな資料を提出されてひっくり返ることになるのを、まだ知らない。

 

 

 

 

 とまあそのようにして、桃井は今やチームになくてはならない存在となっていた。大半の部員たちも彼女と話すのに慣れて、雑談なんかも普通にできるようになっている。

 桃井もバレー部に慣れて双子の喧嘩が始まっても「北先輩今どこだろう」と冷静に考えられるようになっていた。

 しかしこの境地に辿り着くまでちょっと大変だったのは事実である。

 

「騒がしいな。また双子か」

「北先輩。はい、あそこで……」

 

 戻ってくるなり現状を把握し、言い終える前にスタスタとケンカの仲裁に向かう北。その際職員室でもらったらしい書類を預けられ、桃井が見てみればGW合宿のお知らせだった。

 

「桃井ー、何やそれ」

「合宿のお知らせです。楽しみですね」

「俺はお前に渡される練習メニューが怖い」

「わかる」

「褒め言葉ですね。ありがとうござい、」

 

 すっかり心地良くなった会話のテンポが不自然に止まり、尾白があれ? と桃井の顔を見て……腹の底がゾッと冷たくなる感覚に鳥肌が立った。

 

「合宿最終日の、練習試合の相手……」

「っ、ああ。桃井は知っとるチームやろ」

「ええ。よく。お世話になりましたから」

 

 獲物を狩る捕食者の目だった。美しく整えられた指先がトンと差したのは、ターゲットの名前。

 白鳥沢学園高校。

 桃井を何度も勧誘してきた鷲匠監督と牛島が率いる、全国トップクラスのチームである。

 高校生になってから初めての同世代との試合。

 相手にとって不足なし。

 

「お礼しなくちゃ」

 

 まるで鼻歌でも歌い出すかのように……しかし表情は澄ましたまま、桃井は日程表をチェックしている。

 

「なにお礼て。お礼参り的なこと!?」

「怖いんやけど」

「俺ら何させられるん」

 

 と後ろで先輩たちが騒ぎ立てていても、お構いなしだった。




原作の一コマにあった角名vs天童がやりたくて。
梟谷や井闥山とかの他の強豪校と悩んだけど、桃井が稲荷崎を選んだと知って一番に乗り込んできそうなのが白鳥沢(鷲匠監督と牛島)かなって。
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