桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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牛島若利は揺らがない
GW合宿


 5月2日、水曜日。普段通りに授業を受け、普段通りに部活をこなした男子バレー部は薄暗闇の校内駐車場にてきちっと並んでいた。

 

「全員揃ってます」

「おう。じゃ、合宿所向かうで」

「よろしくお願いしあーす!!」

 

 運転手のおじさんに向かって、全員が頭を下げる。ビリビリとした迫力だが慣れっこのおじさんは「ええよ、毎年元気やね」と穏やかに手を振った。

 バレー部専用の大型バスに乗り込む部員たちを眺めている桃井に、いつの間にか隣に立っていた北が話しかける。

 

「一年は乗るん初めてやな」

「はい。楽しみですね、合宿。一日中バレーができますよ」

 

 監督たちとの打ち合わせでGW合宿のスケジュール・大まかな練習メニューを把握している北は、少しばかり顔を強張らせた。桃井は表情こそ真顔を貫いているが、声色がウッキウキのワックワクだったので。

 

「お隣座っていいですか?」

「ええけど、侑はどないしたん。誘われとったやろ」

「お断りました。絶対うるさくなるので。移動中は集中して作業がしたくて」

 

 抱えたノートPCを見て「多分興味津々で作業見守りそうやけどな」と思わなくもない北だが、断る理由はないので受けることにした。

 そして桃井の思惑通り、北の隣にいることでバリアが張られたような静けさを手に入れることができた彼女は帰りも隣に座ろうと決意する。

 

「そりゃ二人が揃うと何言われるかわからんからな。二年連中は大人しなるやろ」

「圧二倍や。二倍」

「正論パンチどころやない」

 

 大耳、赤木、尾白に口を揃えて言われ、二人は顔を見合わせる。

 そのようにして、稲荷崎は烏野と同日同タイミングでGW合宿を開始した。

 

 

 

 

 

「うっは! 治今日もよう食べるなー」

「まだ足りひん。おかわり取ってくるわ」

 

 合宿所に到着後すぐ夕食の時間となり、各部屋に荷物を置いたバレー部は食堂に集合する。

 バレー部以外にも強い部活がわんさかいる稲荷崎はしょっちゅう合宿所を利用するので、食事や掃除などあらゆる業務は業者にお願いしていた。

 食堂のおばちゃんに茶碗を持って行った治の空っぽの皿を眺めて、角名は呆れた顔をする。

 

「アイツバスん中でもおにぎり食べてたよ」

「飲み物みたいに揚げ物もご飯も全部吸い込まれていくの、気持ちいいくらいですね」

 

 バスの隣を断られてしまった侑が「桃井ー!! 俺の隣空いとるでー!!」と馬鹿でかい声で呼んできたので、また北にも「ま、今日は行ってやり。明日からは好きにしたらええ」と言われてしまったので、渋々桃井は侑・治・角名・銀島のテーブルに着席していた。いわゆるお誕生日席である。

 最初は「なんでこんな目立つ席に……」とか双子の慌ただしい食卓風景に「やかましい……」と眉根を寄せていた桃井だが、見事と言わざるを得ない治の食べっぷりに感服していた。

 

「いいですね。たくさん食べられる人って素敵です」

「そう? 見てるだけでギブってならない? 実際俺もうお腹いっぱいだわ」

「いや照れるわー」

「褒めてないってば」

 

 戻ってきた治の手には日本昔ばなしみたいな山盛りご飯が盛られている。あまり食欲旺盛ではない角名にはウッと口元を押さえてしまうくらいの量だ。

 しかし桃井はかぶりを振った。

 

「たくさん食べられるって、それだけでも才能ですから。あまり食事に興味がないと辛いって聞きますし」

 

 筋肉を修復しより強くなるには休息と同じくらい食事が大切になる。ある程度の筋肉量を維持するためにも、たくさん食べることは避けられない。特に身長が高く運動量も多い人は「頑張って食べる」必要性があると桃井は述べる。

 

「私は専門ではないので詳しいことは言えませんけど、スポーツ選手で食への関心と健啖家が重なるのは……って何ですか?」

「俺の才能って言ってくれるんや」

 

 瞳を輝かせて桃井を見つめる治。今まで人に「そんなに食べて腹はじけるで」とか言われまくったし侑には「食い意地汚っ! ブタやんそんなん」と罵倒され続けた人生だ。

 女子には「いっぱい食べれてすごーい」だの「美味しそうに食べるからこっちまで嬉しくなるー」だの言われたが、治にとっては自分が美味い飯を食うことのほうが大事なので、そんなに響かない。

 けれど桃井は才能と言い切った。治の大食をバレーボールの目線で肯定したのである。

 今までにない褒められ方をして、嬉しくなった。

 

「俺もう一杯いけるわ。食べた方が強くなれるんやろ?」

「治に負けてられへん! おばちゃん! 俺にもおかわりして!!」

「俺も双子には負けられへん! 俺には二杯分ついだって!!」

「あっずるいて! なら俺は三杯や!!」

 

 急にやる気になった双子と銀島がおかわりを求めて席を立つ。バタバタと慌ただしい三人を見送って、角名はがらんとなった周りのテーブルを見渡した。

 桃井の話に耳をそばだてていたらしい部員たちが見事に釣られておかわりしに行ったのである。

 

「上手いね、周りをその気にさせるの」

「何のことでしょう?」

「確信犯」

 

 北はマイペースにご馳走様でしたと両手を合わせ、その隣では大耳が緑茶を啜っている。自分のペースで食事を終えたのはその二人と角名くらいだ。

 デザートの杏仁豆腐のさくらんぼを食べた桃井は皮肉げに指摘されてもケロッとしている。

 

「角名先輩もおかわりしなくていいんですか?」

「俺をその気にさせたら行ってあげるけど」

「うーん」

 

 暫しの沈黙。

 稲荷崎に入学する前から双子、特に侑を手玉に取り、北からの信頼を勝ち得た桃井は俺にどんなことを言ってくれるだろうと興味が湧いた。

 侑なんかはかなり女子に厳しく、相手がどれだけ美人だろうが性格が良かろうが、自分の邪魔をされるのが嫌で威嚇して蹴散らすというのに。今や侑の方が桃井に尻尾を振り、一緒にいたくて仕方がないように見えた。

 治も完全に心開いてるし。

 あっという間に部内でも壁と名高い双子を陥落させた桃井は、しかし顎に手を当てて。

 

「吐き気しないうちに食べられるだけ食べたほうがよろしいかと。明日からハードですよ」

 

 と不吉なことしか言わなかった。

 

「ちょっと、何ソレ。どんなメニュー組んでんの」

「明日のお楽しみです。何人立ってられるかもわかりませんので」

「……、………。一応、おかわりしに行っとこ」

 

 ちょうど三人と入れ替わりで立ち上がった角名に、桃井はわかりづらく口角を上げた。

 

「その気になりましたね?」

「!」

「私の勝ち。……なんて」

 

 口元を隠して小さく笑い声を上げる。ほとんど初めて見る桃井の微笑みに、角名は嫌そうに顔をくしゃっとした。

 かわいいと思ってしまった自分がいて、あまりのチョロさに恥ずかしくなったのである。多分桃井も「角名先輩ってチョロいんだ」と思って笑ったんだろうし。

 

「確信犯め」

「なに、何の話?」

 

 ついていけない流れに侑が食いついたけれど、誰も答えなかった。

 

 

 

 

「だから言ったじゃないですか。食べられるだけ食べたほうが良いって」

 

 その場は死屍累々の有様だった。汗だくの部員たちが体育館の床に倒れ込んでいるのである。その真ん中でバインダーに挟んだ資料と現状を見比べる桃井は、冷淡な目で死体たちを見下ろしては「やっぱり予測とズレるなぁ」なんて確認作業を進めている。

 その光景を離れたところで見る監督は、あの子鬼か何かなんかなと考えていた。

 

『120点を目指しました』

 

 そうして提出されたデータは、確かに今までの完璧なデータからは程遠いクオリティだった。100点をはなから切り捨てたそこに含まれるのは挑戦である。

 

『全国優勝を目標に設定し、現時点の選手データから予測される体力・技術等の限界値を伸ばすよう組んでみました』

『そ……れにしたって、無茶苦茶やなぁ』

『……だめでしょうか?』

 

 聞いたこともない不安そうな声に、監督はハッとする。さながら芸を披露したのに主人に褒めてもらえなくてションボリする飼い犬のようであった。

 そうだ、何を恐れている。完璧を捨てて挑戦しろと伝えたのはこちらなのだ。彼女は彼女なりに全力で応えただけ。なら今度はこちらの番だ。

 選手たちにやっているように、指導する。大人と遜色ない働きをする桃井はまだ15歳で……、………。

 

『桃井って誕生日いつやっけ』

『5月4日です。みどりの日』

『ちょうどGW合宿の日やな』

『誰にも言わないでくださいね、面倒なことになりそうなので』

『お、おう。わかった』

 

 とまあそんな形で、選手たちの状態に合わせて臨機応変に対応していく形で初案が通ったのである。

 そして現在。5月3日。

 

 

 ちょうど昼休憩に突入したのだが誰一人動く気配はなく、マネージャーたちに渡されたタオルとドリンクをどうにか使用するだけで精一杯の様子に、桃井はうーんと唸っている。

 

「もうちょっといけると思ったんですけど……」

「その言葉には! はっ、……ぜぇー……騙されんっ、からな!!」

「わかってますよ。午後は少し減らして様子見ますね」

 

 侑は午前中、しんどくても桃井に「もう少しテンポ上げましょうか」とか足をじっと見られたかと思えば「あと二周いけますよね。いってらっしゃいませ」とか限界スレスレを見極めてしごかれたので、その手には二度と乗らないと決意する。

 治は朝練の後調子に乗って間食したので、吐き出しそうなのを懸命に抑えて頑張って走り込んだ。今はバケツに全部吐いたのでスッキリした顔で仰向けに倒れているが、あと数分もすれば「腹減ったー」と食堂に直行するのだろう。

 

「悪魔……、はぁ、はっ……」

 

 死んでる周りを写真に撮る元気もない。角名もまた倒れているうちの一人である。

 朝っぱらに渡されたメニュー内容はとんでもなかったし、もう限界だとなるギリギリのラインを攻めた練習量は、いつサボろうかと考える暇をくれない鬼畜の見立てだった。

 

 サボろうとしても北が目を見張らせているし。しかし、その北もキツそうに汗を拭いているので「ああ北さんも同じなんだ……」と仲間意識が芽生えた。

 

「お前、マジようやったわ……」

「そっちもな……。おい一年! 大丈夫か?」

「は、はい………ウップ」

「バッ、バケツ! マネージャーバケツ持ってこい!!」

 

 多分GW合宿が終わる頃には学年の垣根を超えて絆が深まっていることだろう。同じ地獄を味わい、同じ風呂に入って同じ釜の飯を食らう同士なので。

 

「侑先輩、タオルとドリンクどうしました?」

「受け取ってない」

「? お願いしてきますね」

 

 桃井は不思議そうな顔でマネージャーに話しかけ、侑に渡すようお願いする。しかし侑は拒絶した。汗だくで喉も乾いているというのに、いらない! と叫んだのである。

 侑の声はよく通る。食堂に移動を開始し始める部員たちの足を止めた。

 

「嫌や! もらうなら可愛い後輩女子にもらいたい!」

「欲望の塊」

「侑ー、そんなん言うたら俺らのはいらんっちゅーことかい」

「むさい男からなんていらんわ。せっかく女子マネージャーがいてくれてんのに、合宿中ですらタオルももらえんってどーゆーコトや!?」

 

 気持ちはわかるけどデカい声で言うことか? 気持ちはわかるけど! 男たちは侑に加勢するべきか行方を見守るべきか悩み、二の足を踏む。

 本音で言えば侑の背中を叩いて「よう言った!!」と叫びたい気分だが、もし桃井に引かれたら立ち直れない。故に口を挟むこともできず、ハラハラソワソワしている。

 

「いつも支えてくださっているマネージャーの皆さんに失礼ですよ。すみません、私も本来なら手伝うべきなのに……」

「気にせんでええって。それより前に教わったデータ入力のヤツ、また色々教えてもらってもええか?」

「もちろんです。せっかくですし、お昼一緒にどうですか? その後監督に話しに行きましょう」

「お! せやったら他のマネージャーにも声かけとくわ。先に俺らで席取っとるから」

 

 侑、ありがとな。桃井と一緒に飯食うチャンスをくれて。

 そんな副音声が聞こえてきそうなドヤ顔を侑に見せた先輩マネージャーは、ニコニコ笑顔で体育館を抜け出した。一人勝ちである。

 逆に敗北した侑は汗まみれで地に倒れ伏している。尾白が指差した。

 

「見てみい! お前の株が下がっただけやで」

「なんでや、タオルくらいええやろうが……っ!」

「侑。そろそろ動こか」

「はいっス!! ……渡すだけやのに。ケチケチせんでええやろ」

 

 北の声かけに一瞬で立ち上がった侑は、先程のマネージャーがそばに置いてくれたタオルとドリンクを持って歩き始める。

 納得がいかんという顔でぶつくさ文句を言うので、ふむと考えた北は桃井に目を向ける。

 

「桃井。お前の最近の仕事、ざっくりでええから言ってみてくれるか?」

「はい? ええと、まず稲荷崎と白鳥沢の練習試合に向けて情報収集と分析、資料作成。各選手との面談を踏まえて、伸ばしたい方向性を確定し練習メニューを提案。監督やコーチとのミーティングからチーム全体の方針の擦り合わせ。分析や情報収集が得意そうなマネージャーにスカウティングの指導。あと吹奏楽部に応援の……」

「ストップストップ、アカン、ほとんど何言ってるかわからんわ」

「ええ? 今のはまだ一部ですよ。この後は食事して午後練のメニュー修正案を提出し、マネージャーにデータ入力を教えて、スパイク練になったらより良いプレーになるよう分析します。夏までには私と同じくらい情報収集ができるマネージャーを増やしたくて」

 

 PCを胸に抱えて拳を握る桃井に、周りは絶句する。

 俺らを吐くまで走らせる鬼の女は、ここまでの仕事を抱えているのかと。

 

『全力でサポートしますので───全力で応えてください』

 

 あの言葉が嘘ではないとわかっていたはずなのに、改めて痛感する。

 彼女の全力には、こちらも全力で応えなければと思わされる。

 

 ああ、こういう女やった。だから欲しかったんや。

 侑は満足そうな顔で「疲れへんの?」と心にもないことを聞いた。答えなんてわかりきっている。

 俺の知っとる桃井なら。

 

「まさか。やりたくてやらせて頂いているんです。挑戦の機会を与えてくださる監督たちに感謝しています」

 

 そう、きらきらした瞳で真っ直ぐ前を見つめて言うのである。

 恋をしている乙女のような純真な輝きが、バレーボールに向けられていて。

 すごいなぁと心から尊敬する。

 

「桃井ー! 待っとったでー」

「先輩。……え、私また誕生日席ですか?」

「協議の結果ここしか平和はなかったんや」

「えー……」

 

 ではまた午後練で、とマネージャーが集まったテーブルに向かう桃井の後ろ姿を追う北は、そろりそろりと気づかれないよう距離を取ろうとする侑にぐるんと顔を向けた。

 

「で、侑はここから更に桃井の仕事増やしたいんか?」

「イイエ!!」

「ならもうワガママ言わんよな?」

「ハイ!!!」

 

 黙らした……と他の三年は心の中で思う。

 ああコレで俺らは桃井から「タオルどうぞ」とか言ってもらえる青春は二度と訪れんやろうな……と悲しみを募らせて、塩辛いご飯をかっ食らった。

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