桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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プレゼント

 5月4日、夜。ミーティングルームにて。

 

「改めてお伝えしますが。白鳥沢は強力な個を集めたチームです。鷲匠監督の指導のもと、全国三本指と名高い牛島選手を中心に、圧倒的な破壊力でブン殴ってきます。直感的なゲス・ブロックを得意とする天童選手、堅実なセットアップで地盤を固める白布選手、一年生ながらスタメンに選ばれる実力を持つ五色選手など……なかなかにレベルが高い選手が揃っています」

 

 昼間に散々体力を消費した選手たちは、たらふく飯を食べお風呂に入り、眠気に抗いながら……ではなく真剣な表情で桃井の話に耳を傾けている。

 彼らの視線は桃井が作成した資料とスライド、そして本人に注がれていた。

 

「チームの中心は牛島選手です。非常に珍しいサウスポーの選手でありながら、スタミナもパワーも最上級。3枚ブロックに捕まってもお構いなしに点をもぎ取ってきます。彼に打たれるのは割り切ってください」

 

 ブロッカーとして対決するだろう大耳と角名は難しい顔で資料をパラパラと確認した。リベロとして絶対に拾わなければと覚悟を決める赤木は、そういや左利きの奴の球拾ったことないんだよなーと未知の予感に胸を躍らせている。

 ウシワカとついに対戦できるんや、楽しみやな。とこちらもワクワクしている侑は、そういえばと質問する。

 

「桃井は中学ん時、白鳥沢と戦ったやろ?」

「はい。地区大会の決勝戦の相手は大体白鳥沢ですから。牛島選手の代と試合したのは三回で、一度しか勝てませんでした。それに勝利できたのは北川第一……白鳥沢と何度も試合経験があるチームだったから、というのが大きいです」

 

 牛島の打球にそれなりに慣れたリベロがいた。白鳥沢に勝てずとも諦めないで挑戦し続けた先輩たちがいた。天才を追い越そうと努力するセッターがいた。チームを力強く引っ張る不屈のエースがいた。

 一致団結して懸命に練習して、桃井の対策を頭に叩き込んで手足を休む暇なく動かして、それでようやく掴み取れた一勝だった。

 

「しかし今回は稲荷崎としての勝負です。こちらも強力な個のチーム。攻撃力なら白鳥沢に負けません。地力でも十分に戦える強さがある。そこから更にもう一歩、対策をして作戦を練って、白鳥沢を蹴散らしましょう」

 

 新体制になってから他校との試合はこれが初めてだ。同世代に今の実力がどれくらい通じるのだろう。

 4月は試したくてウズウズしていた。ようやくその時が来た、と闘志を燃やしてデータを頭に叩き直す。

 

 そんな様子の彼らを見渡して桃井もまた期待に胸を膨らませた。

 稲荷崎と白鳥沢は両校共に全国クラス。戦績だけを見れば、全国3位の稲荷崎が白鳥沢を上回るのは必然である。

 けれど牛島若利という男の存在が、彼女の心を揺らした。

 

 初めて予測を打ち破った天才で。影山と似て、そばで支えたいと思わせる輝くような才能を持った人物だ。

 久しぶりにまたあの人のプレーを生で見れる。ああ早く当日にならないかな。桃井が興奮を顔に出さないよう気をつけながら、スクリーンに映し出した試合映像を見つめていると。

 

「桃井から見て、ウシワカはどういう奴や」

 

 資料から目を逸らさずに尾白が問うた。

 全国五本指と評される尾白は、全国三本指には未だ届いていない。ずっと比較され、奴らには優らないと外野にレッテルを貼られ続けた選手人生だ。

 そして二人が高校三年となった現在、プロになる前に牛島を下す機会は今年のIHと春高しかないと思っていた。

 しかし突然申し込まれた練習試合の誘い。転がり込んできた千載一遇のチャンス。逃すわけにはいかなかった。

 

 宮城出身で白鳥沢との対戦経験がある桃井は奴をどう評価するのか。勝負の行方に大きく影響する攻略法を打ち立てる彼女に、どうしても聞きたいことだった。

 質問された桃井は目を閉じて考えている。きっと今の彼女の頭の中に駆け巡るのは、まばたきを忘れるほどの迫力をまとってコートを穿つ牛島の姿だろう。

 

「牛島さん……」

 

 真面目な顔で考え込む桃井は、すっと息を吸って。

 

「素直でかわいらしい人、でしょうか」

 

 男たち全員の口をポカンと開けさせる、なんとも気の抜けた返答をしたのである。

 あまりに……あまりに自然に話すからツッコミも入れられなかった。

 え? 今スクリーンに映ってる身長190cm近い大男の、朴念仁然とした無愛想な顔見てそれ言える?? かわいさとは対極にあるような奴なのに??

 

「結構かわいいんですよ、あの人」

 

 また言った! 動揺が先んじてツッコミが出てこない。

 双子のボケを捌き続けてきた尾白も、これがボケなのか大真面目なのかわからなくて無言になってしまう。いや、桃井はこういうところでボケる奴やないから真面目に言うとるんやろうけど。

 

 牛島ってカワイイんか? 桃井を信じて昔の記憶を思い返してみるけれど、尾白が見た大会での牛島の様子に可愛げなんてものはない。

 辛うじて尾白の口から飛び出た言葉は「た、例えば……?」と詳細を尋ねるものだけで。

 

「例えば……私のスカウトに張り切って行く先々で話しかけてきたり、一生懸命メールしてきたり……ちまちま携帯で文字打ってる姿を想像すると、かわいくないですか?」

「メール、とは……?」

「私メル友なんです。牛島選手と」

「メル友ォ!!?」

「はい。メル友」

 

 一体何を思い出しているのか、砕けた柔らかい雰囲気を醸し出す桃井は稲荷崎では見せたことがないくらいリラックスしているように見える。

 が、突然スッと表情が消えた。嫌なものを思い出したらしい。

 

「ですので、私のスカウトに失敗した鷲匠監督が勇んでやってくるとも教えてもらっています。白鳥沢は完全にこちらを潰す気満々なので、締まっていきましょう」

「監督に目ェつけられとるってこと?」

「宮城で何やったんお前。道場破りとか?」

「シマ荒らした?」

「似たようなことはやってるかもね。ここまで分析されたら、さ」

 

 双子や銀島、角名に悪い顔で指摘されて、桃井はなんでですかねと遠い目をした。すると監督とコーチが含み笑いしているのが見えて、不思議そうに小首を傾げる。

 

「白鳥沢には今まで練習試合なんて申し込まれたことないのになぁ。そういうことやったか」

 

 電話口で聞いた威圧感のある老人の声が蘇る。

 どうして練習試合を頼んできたのか聞けば『直接物申したい奴がいる』とシンプルな答えが返ってきた。誰のこっちゃと謎だったそれに答えが出て、大人組は合点がいったのだ。

 

 桃井の選ぶ先によっては高校バレー界の勢力が大きく変わるとさえ言われていた。稲荷崎に籍を置いた今、どれほどの影響が出るのか形になるのはこれからだろう。

 あれ。ということは桃井のスカウトに成功した稲荷崎、そして監督の自分は他校にどんな目を向けられるだろうか。

 楽しみだったはずのIHが、今は少し怖くなった。

 

 

 

 ミーティングが終わり、ようやく寝る前の短い自由時間を手にした部員たちがゾロゾロと退室する。

 桃井が機材をチェックし部屋に忘れ物がないか確認していると、最後まで残っている人物に気がついた。

 

「北先輩。どうされました? 何かご質問でも?」

「桃井にコレを」

 

 そう言って北が手に持っていた紙袋の中から取り出したのは、ラッピングされた小包だった。桃井が受け取り、手の中にあるソレを大切に見つめ、ちらと上目遣いで北に視線を送る。

 

「これって……」

「誕生日プレゼント。部員を代表してな。おめでとう」

 

 実はGW合宿中に桃井の誕生日が被る話をしていた場に、北もいたのだ。ああいった話し合いの場には基本的に監督・コーチ・アナリスト・主将が揃うので。

 

「最初は俺だけで選ぶつもりやってん。桃井に口止めもされとったし。でも何が喜ばれるかわからんくてなぁ。姉ちゃんとか身内に姉妹がいる部員に聞いとったら、三年にバレてもうたわ。すまんな」

「いえ。道理で。納得しました」

 

 今日一日、三年生からの優しさを浴び続けたので。桃井は苦笑する。

 最早恒例となったお誕生日席にエスコートされ、椅子を引かれ、食事を持ってこられ、「おかわりいる?」「俺のデザートいる?」と聞かれた食事の時間。

 汗だくだくで床にへばった三年の先輩たちに「ぜえー……ぜえ……げほっ、も、桃井がどうしてもって言うなら、もうワンセット追加する、けど……?」と息も絶え絶えに言われて休んでくださいと伝えた練習の時間。

 三年生が揃ってそんな行動を取ったので、二年生には「桃井、先輩たちに何したん?」「裏取引とかやっとる?」と心配をされたものだ。

 

「開けてもいいですか?」

「おう。アランと練と路成の四人で買いに行ってな。似合う、と思てんけど」

 

 桃井は丁寧にラッピングを解き、ケースを開いてプレゼントの正体に息を呑む。北に「着けてみ」と促され、つるを開き、耳にかけて位置調整すると、躊躇いがちに静かな瞳を覗き込んだ。

 レンズ越しの視線とかち合って、北はドキッとした。

 

「どうでしょう。似合いますか?」

 

 三年全員で話し合って大まかに決めて、四人で代表して細やかなデザインを選んだ結果、ブルーライトカットメガネをプレゼントすることにしたのである。

 桃井は部活中にPCやタブレットと睨めっこをしていることが多く、恐らく家でも液晶画面を見続けているのだろうなと思って、少しでも目を休めて欲しいと考えたのだ。

 あと単純に桃井にはメガネかけて欲しい!! なんて男たちが盛り上がったので。信介もそう思うやろ!? と血気盛んに聞かれた時は「別に何とも思わんけど」と返したものだが、しかし。

 

「よう似合うとるよ」

 

 シンプルなデザインは華やかな顔立ちを邪魔せず、より美しく際立たせる。想像よりずっと似合っているし、かわいいよりも綺麗という感想が頭に思い浮かんだ。

 男四人で女性向けのデザインはああだのこうだの、途中なんて俺の好みがアレだからコレでなんてワイワイ悩み、最終的には店員にアドバイスしてもらって選び抜かれた一品を身につけた桃井は、なんというか、特別に近い気がする。

 

「ありがとうございます。大事にします。後で先輩にもお礼を言いますね」

 

 北には全てを知られているから、桃井は両肩の力を抜いて穏やかに笑っている。

 みんなで選んだメガネをかけた桃井の姿を初めて見るのも、素の朗らかな笑顔を見れるのも、今この瞬間は自分しかいないのだと気づいて、北はソワソワした手で首をさする。口元が変に緩むのを抑えようとしてぐっと力を込めた。

 なんや調子狂うなぁ。女子にプレゼント贈ったのが初めてやからやろか。

 

 

「桃井は喜んでくれとるかな」

「部屋から何の話し声も聞こえんけど大丈夫か?」

「信介を信じるんや」

 

 ミーティングの後、後輩たちにバレないようプレゼントは北が一人で渡す計画を知っている三年生たちは、退出後近くの廊下にたむろしていた。

 それぞれ口笛を吹いたりスマホをいじるふりして歩き回ったりで、一向に部屋に帰らないので下級生たちは「何やアレ……?」「さあ……」と帰りづらくて、先輩たちに「気にせんで帰って」と送り出されたりしていた。

 

 

 そんな廊下の様子を察した北は、もうすぐ彼らにもこの姿を見せなければいけないというのに、独り占めが終わるのがもったいない気がして。

 

「早よアイツらにも見せに行こか」

「はい」

 

 内心を隠して薄く微笑んだのだった。

 メガネをかけたまま桃井が部屋を出てみれば。

 

「かわい……えっ? かわいい」

「メガネがええって言った奴誰……? 俺や……」

「お前天才? 今度なんか奢るわ」

「その前に俺が貸した金返せや」

「なあ桃井、部活ん時ずっとかけへん? ちゅーか学校にいる時もそうしよ? な?」

「いやレア度下がるやろ。滅多にないからええねんこういうのは」

「あ? わかっとらんな、素人なんお前引っ込んどれ」

「お? やるんかワレ」

 

 初恋した時みたいなキュルンとした目で胸元を押さえる人、眼鏡派の中でも派閥争いをして喧嘩に発展する人、廊下は騒然となってしまい、騒ぎを聞きつけた一・二年生らが合流し。

 

「メガネかけとる!!」

「カワイイ! なんで!?」

「桃井誕生日なん今日! 言えや! 何黙っとんねん」

「先輩らだけでプレゼント選んだとかズル!」

 

 桃井のメガネ姿に驚くと共に経緯を知り、なんで教えてくれなかったんだと一騒動。

 この喧騒を落ち着かせるには北の一喝が必要だと判断した桃井が助けを求めると。

 

「俺ら良い仕事したな」

「な」

「途中ヒゲメガネにする流れあったけど、修正できて良かったな」

「な」

 

 なんて尾白・大耳・赤木らと談笑しているので、こうなったらもう無理だと桃井は早々に諦めることとなった。

 

「ヤバ。モテモテじゃん。我らがアナリスト様は」

 

 角名は人の輪から少し外れたところでスマホを構えていた。バッチリ動画にして撮っているのである。

 桃井が稲荷崎に顔を出し始めた頃に撮ろうとしたら「投稿だけは絶対やめて下さい」と念を押されたので、滅多に人に見せないデータが今回も増えそうだ。しかもかなり面白そうなやつ。

 

 桃井は今、侑と治それぞれに肩を掴まれており、せっかく似合っていたメガネがズレて情けないことになっていた。それもまた普段はしっかり者の桃井が油断した姿に見えて、周りは良い……と眺めるだけである。

 助け舟はなかった。遠くで桃井と同じクラスの理石ら一年生がワタワタしているので、正確にはゼロという訳ではないが。

 

「桃井、今何が欲しい! 言ってみ!」

「平静ですね」

「先輩の俺らが何でも用意したるからな!」

「いらないです、十分いただいてます」

「双子は熱心やなぁ」

「カッコつけたいだけやろ、俺らもやけど」

 

 これは何か言わないと終わらないパターンだな……と中学時代の経験から理解した桃井は、メガネを綺麗に掛け直してうーんと唸り、自分がもしもらったら一番嬉しいプレゼントをついに捻り出した。

 

「では、明後日の白鳥沢との練習試合で私を驚かせて欲しいです」

「驚かせ? 私のために勝って、とかやなくて?」

「はい。できるものなら」

 

 試合で驚かせるとは一体。疑問に思って、メガネ越しの桃井の目に勝気な色が……過去に対戦した時に見せた挑発的な意図が込められていると感じ、侑はアッと答えに辿り着いた。

 

 桃井の予測は非常に高い精度を誇る。

 次のスパイクはストレートかクロスか、この局面でセッターがトスを上げる先は誰なのか、あの試合を勝つのはどっちのチームか。

 不確定の未来をズバリ言い当てる優秀なアナリスト、それが桃井さつきである。

 

 そんな桃井が驚くなんてことは───予測を打ち破るほどの凄まじいプレーをした時しかあり得ない。つまり桃井は自分たちに「予測に収まるお行儀の良いプレー」なんてものは求めていない。

 同じチームでありながら、できるものなら自分の予測する未来を飛び越えてみせろ。そう宣言したのである。

 全国トップレベルのチームに。

 高校界No. 1セッターと呼ばれる日も近い侑に。

 

「フッフ。ええよ。楽しみにしとき」

 

 侑は笑う。恐ろしいくらいうっとりした目で桃井を見つめて。傍目に見れば恋人を愛でるような、そんな熱を感じさせるドロドロとした視線だった。

 しかし彼女はビビるどころか、好戦的な眼差しを絡めて「期待しています」なんて蠱惑的に微笑んでみせた。

 そんな二人を間近で見ていた治は、鳥肌が立って思わず一歩下がってしまう。

 

「え……何なんお前ら」

 

 言葉のやりとりは単純なものなのに、二人がお互いに向けて露わにした声色や表情には、ドラマで見るような妖しい雰囲気がふんだんに醸し出されていて。

 愛人同士に近い何かを感じてしまって、うわキモと何にキモさを見出しているかもわからないまま、治は距離を取るのである。

 

 このまま放っておいたらキスでもしてしまいそうなくらい完成された魅惑の世界観にポーッと見惚れてしまった銀島は、ハッと我に返って叫んだ。

 

「なんか危ない気配がするから常時メガネ着用は禁止やからな!」

 

 そんなわけで桃井は集中してPCやタブレットで作業する時にのみ、ブルーライトカットメガネの着用が許されたのだった。

 本人は家で使いますの一言だったが、部活でもつけて欲しいという先輩たちの叫びに戸惑いながらも了承する。

 眼鏡派の中でも割れまくった意見なのでどうやって決着をつけたかと言えば、やはり北の「桃井の好きにすればええやろ」という鶴の一声であった。




次回、白鳥沢が乗り込んできます。
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