桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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GUESS•MONSTER

 今のはギリギリの攻防だった。牛島の渾身の攻撃を大耳が止めかけ、尾白の流れを決める一本は天童がキッチリ叩き落とした。

 稲荷崎が第一セットを取る大事な局面での天童の活躍に、五色は笑顔を浮かべた。

 

「やりましたね天童さん!」

「あの流れは絶対エース対決でしょ〜。鈍い奴はわかんないカモだけど」

「おっ、俺は鈍くないからわかりましたよ!」

 

 五色が騒ぐ隣で、天童はしれっと大耳と尾白に視線を流した。煽りのセリフでも言ってやろうかとニヤリと笑う。

 

「モモイちゃんが加入したからどんだけすごくなってんのかと思ったけど……俺には関係なかったみたい」

 

 桃井が優れた理性でどんな策略を練ろうと、天童はアップデートされた目の前の景色から情報を読み取り本能で動くのみである。

 稲荷崎の面々を得意のポーズで挑発していると、牛島が静かに近づいてくることに気づいた。

 いつも自分が先の見えない霧を一刀両断して道を開く側だった。その役目を天童に引き渡されて、牛島はエースとしての不甲斐なさに震えているようだった。あまりの屈辱に握った拳が白くなっている。

 

「天童。……感謝する」

「そーゆーのは試合に勝った時にちょうだいよ。ま、いっつも若利くんには助けられてますからネ。たまには俺のお世話になっていいんだよ」

「次はない。これが最後だ」

「ンー……。まっ、頼むよ」

 

 天童は少し考えるフリをして、牛島の背中を叩く。そのやりとりを、白布はコートの外側でジッと見ていた。

 

「今、大耳先輩は牛島さんを確実に潰しに行きましたね」

 

 一方、稲荷崎チームのベンチでは桃井が興味津々な顔で口を開く。

 

「もちろん最初から、牛島さんのスパイクは殺す勢いで守備の指示を出してます。けど、今のは違いました。まるで……大耳先輩が意思表示をして牛島さんの息の根を止めにかかったみたい」

 

 桃井による大耳の評価は、的確で無駄がないハイレベルなブロッカーである。彼はMBの役割を粛々とこなすことに達成感を感じるタイプだと思っていた。

 故に今回桃井が出した『牛島を完全に止めず、他の選手のブロックを最優先にする』指示にも文句を言わず、ここまで従ってきた。

 しかし。

 

「そりゃ、練とアランは同学年やからな」

 

 黒須監督は陽気に笑う。どこか自信を滲ませた声色で続けた。

 

「アランの攻撃力は牛島と大差ない。そんなエースと一年の頃からみっちり練習してきたんや。左に慣れずとも、その他の部分で補えるくらい練の地力はついとる」

「尾白先輩との練習の経験値。それがここで生きたんですね。計算に加えていたんですけど、甘かったですね……」

「あと、そやな。これを桃井に伝えるのは少し気がかりやけど」

 

 膝に載せたPCにデータを打ち込む熱心なアナリストに伝えるか悩んでいたが、彼女はこれも糧にして成長するのだろうという信頼がある。

 ならば教えるべきだろう。

 桃井が気付きにくい、男としてのプライドを。

 

「牛島を生かして殺す……積極的にエースを潰さんでいく姿勢は、ブロッカーとしてはつまらんやろ? 自分に牛島を止めることはできないと言外に示されとる気分になるやろし」

「あ……」

「もちろんそれに怒ったりとか、桃井に信じられてないと落ち込むとかもない。ただ、練の珍しい自己主張やったんや。──俺はここまでできるっちゅー」

 

 桃井の視線がPCの画面からコートに移る。

 ネットを挟んで対峙する、エースとその背を守るブロッカーたち。彼らの熱は高まり続け、周囲の選手にも影響を与えていく。

 

「んん! 今のは俺が決めるトコやった」

「あはっ、五本指のエース様が俺一人に止められちゃ世話ないよ。……まっ、そっちのブロックは若利くんを三人がかりでも止められないみたいだけど」

 

 尾白の悔しげな発言を天童が拾い上げ、大耳に意味ありげに目線を送る。天童の見立てでは、彼は淡々と自分の仕事を果たすことに忠実な男だという、桃井と同様の認識だ。こう言えば精神が乱されるだろうと予想しての言葉選びだった。

 どんな反応が返ってくるのやら。天童が楽しみに待っていると、大耳はふぅと息を吐く。

 

「そうやな。さっきのスパイクは止めれそうやったから、思わず手が出たわ。すまんな」

 

 そう言ったのである。

 牛島の渾身の一球を、止めれそうだからつい、と。

 尾白のスパイクを練習台に、ひたむきにブロックに跳んだ男が。

 

「仕事人タイプはこれだから〜〜……」

 

 幾度か温度を下げた天童の発言を背中に受ける。大耳は既に自分のポジションへの移動を開始していた。

 

 

 

 

 その後、第一セットは稲荷崎が先取した。第二セットに突入してからローテーションが回り、数度のブロッカー対決を挟んだが、より試合の空気に関与したのは天童だった。

 

「……ウン、こっち!」

「うっわ」

 

 ギュンッと動いた赤い髪がまばたきする間に角名の視界いっぱいに広がる。ヒョロリとしてる腕はスパイクでいともたやすく吹っ飛びそうなものなのに、狙い所が完璧なせいで落とされるのはこちらのボールだ。

 

「速攻ん時面白い打ち方するよね〜! 初めてのタイプ〜!」

「……どうも」

 

 やっぱり狙われてる。思いっきりターゲットにされてる。引き攣った口元を隠そうともせず、角名は天童への苦手意識を膨らませた。

 やばい。今までで一番怖え。

 何が怖いって、俺の速攻が通じないのもブロックの時に手が覆い被さってくるのも、まだマシって思えるくらい、桃井の予測が当てにならないこと。

 てか予測もできないって言ってたし。桃井がそんなこと言うのってやばいやつじゃん。

 ミーティングの時の会話が思い出される。

 

『天童さんの読みは私の予測と違うんですよ』

『え? でもどこにトスが上がるのかわかるって意味じゃ同じじゃないの』

 

 角名の疑問に、隣の席の治も頷いた。『向こうのチームに桃井がいるみたいで嫌やわ』と言いながら。しかし桃井は、アレと私のデータを一緒にしないでくださいと冷たい目をして言った。

 

『私の予測は、選手の過去の試合データや身長体重、チームメイトとの交友関係、そういう情報の蓄積により精度が高くなるものなんです。でも天童さんのは違う。彼の読みは蓄積による分析じゃない。直感なんです』

 

 およそ一年前、白鳥沢にお邪魔して天童のプレーを見たから桃井にはわかる。あれは正面から相手するものじゃないと。

 

『対峙する選手が初対面だろうが何度も戦ってきた相手だろうが、直感に従い動くだけ。振れ幅が常に0点or120点なんですよ、バグですアレ』

『そこまで言う??』

『ゲスモンスターの動きは予測できひんの?』

『かなり難しいです。選手がどう動くのかを予測するのと違って、相手選手に合わせた天童さんがどう動くのかを予測するわけですから。皆さんに出す指示も、今と比べものにならないくらい高度になる。もちろん天童さんの癖や弱点はお伝えしますが……』

 

 既に現状でいっぱいいっぱいの治は青い顔でウッと呻いた。各選手の情報を頭に叩き込むので精一杯だからだ。そこからさらに二重三重の読み合いをするのは、双子の片割れならともかく自分の得意分野ではない。

 力技で突破する方が自分には合っている気がする。

 

『だから天童さんとの勝負の時は、いかに彼の読み取る情報を邪魔するかが重要になります』

『邪魔ってどうやって?』

『目線、仕草、足先の向き……そういった試合中の微かな動きで、次は誰が攻撃するのかと迷わせ、時にフェイクを交ぜて、0.1秒でも天童さんの思考を遅らせるんです。それか読まれても対応できない速い攻撃をするとか』

『普通の速攻じゃ話にならないってわけね』

『まあ、ただそれだけに注力するのも効率が悪い。結局ウチのチームなら、素の攻撃力でブン殴った方が早いんですよね』

『ブン殴る……』

 

 つまり、天童を予測し封じる策はないのだと告げる桃井は、澄まし顔ながら悔しそうでもあり、角名の頭に印象深く残った。

 そしてあれだけ優れた分析力を持つ桃井でさえ攻略できない相手が、この赤い悪魔のような男なのだと記憶した。

 

「ふぅーー……」

 

 MBの速攻はコンパクトになりがちだが、角名の速攻は違う。稲荷崎No. 1の体幹の強さを誇る彼は、胴全体を使って打点の幅を広くする。更にそこに合わせるのは全国トップクラスのセッターである侑だ。

 助走も身体の向きもフェイク。ブロッカーをクロス側へ誘い、空中で逆を突く。しかもそれをスパイクの威力を落とさずに。

 普通の速攻とは違う、築き上げてきたプレースタイル。

 角名が強豪稲荷崎にスカウトされた強みが、今。

 

「……くっ!」

「ハイまた俺の勝ち」

 

 たった一人のブロッカーに潰されている。

 苦戦している角名の様子に、侑はグッと眉間にシワを寄せた。

 

 侑は自分のセットアップが正しいと信じている。桃井の資料を組み込んだ選択肢は彼自身も納得のいくものだったから、点が取れない=スパイカーの問題であると捉える。

 角名と天童がぶつかるとき、それでも侑は自分が正しいと思うトスをあげた。スパイカーに最後まで選択肢を持たせるゆとりのあるトスだ。

 

「綺麗な姿勢。さあ誰にあげる?」

 

 赤木のレシーブから、美しく手の中に落ちてくるボールを受け取り、侑はまたしても正しいトスの上げ先、つまり角名を選ぼうとした。

 相手コートからすぐさまキュキュキュとシューズの擦れる音がする。しかしその方向はボールが進む向きと真逆だ。

 

「ああぁぁ間違えた!!」

「0点ってやつや」

 

 天童の直感は外れ、相手ブロックはいないも同然。綺麗に速攻を決めた角名だが、手の中には言葉にできない不快感が残る。

 今のは向こうの失敗だった。自分の攻撃が通用したわけじゃない。欺いてやったわけではない……。

 

「クソが」

 

 角名が舌打ちと共にこぼした悪態が聞こえ、銀島はギョッとした。

 

「相手の失敗を悔しがってる角名、初めて見た気ィするわ」

「ホンマやな」

 

 同級生の珍しい姿に治も同意する。二年になって同じクラスになり、ますます親しくなったこの男のそんな姿は、確かに初めてのものだ。

 いつもロードワーク中にもサボれる道を探したり、休憩する暇があればスマホをいじるような男である。銀島のような熱血漢とは対極のような性格だった。

 それなのに、角名は今焦っている。

 彼があまり好まないであろう言葉を使うなら、熱くなっている。

 

「………」

 

 焦燥は他のプレーにも影響し、攻撃だけでなく守備面でもミスが目立った。ブロックの助走に半歩遅れる、周囲の状況把握が足りずプレーの邪魔になるなど、何でも沙汰なくこなす角名の調子があっという間に崩れ出したのである。

 

「クラッ角名! 切り替えろや! お前何のためにコートおるん!」

「うるさいなー侑、わかってるってば」

 

 鼻筋に流れてくる汗を鬱陶しそうに拭い、角名は深呼吸する。

 熱血タイプで頭に血が上りやすい銀島も、天童の踊るような奇妙なプレーに次第にペースを狂わされてしまう。自分が空気を変えなければという責任感から、本人が気づかない内に攻撃が単調になってしまっていた。

 

「アカーン! 引っ張られてまう!」

「バキバキに〜〜♪ 折れっ、何をっ? 心〜をだよ〜〜♪」

 

 稲荷崎の不調を逃すほど白鳥沢には余裕がなかった。畳み掛けるようにして瀬見は素早いトス回しで得点を稼ぐ。牛島や大平が安定感のあるスパイクを決め、五色の攻撃が辛くも決まり、天童のゲス・ブロックで点差を縮めていった。

 

「よっしゃオラッ! どうだ元正セッターの実力を! ウチのチームで一番長くセッターやってきてんだよ俺は!」

「さっすがセミセミー! どんどん折ってこ〜〜!」

「俺んサーブで黙らせたるわ……!」

 

 天童の唄が癪に障る侑は、己のサーブで勢いを取り戻そうと息巻いた。大丈夫、今日は何度かサービスエースも取っている。いける。はず。

 エンドラインから6歩歩く。スパイクサーブの時のルーティン。

 相手チームは、侑がスパイクサーブとジャンプフローターサーブのどちらで来るかを測り、ジリ……と構えている。

 今回は吹奏楽の音はない。応援の声もない。それでもグッと拳を握り、わずかに雑音の混じる空気に目を瞑り、侑はサーブトスを上げた。

 

「あっ」

 

 すぐに桃井はホームランになるなと確信した。

 その一秒後、コートを爽快に突っ切ったボールは派手な音を立てて壁に激突する。見事な空振りである。

 

「ホームランすなー! 一人で野球でもしとんのか!!」

「喧しいわボケ!! くっそー、桃井を驚かせんといかんのにー!」

「やったら頭使えや! さっきから生ぬるいねん侑!」

「治もとりあえず攻撃しますーって感じで跳ぶの何なん!」

 

 未だメンタルコントロールが上手くいかず、ルーティンに迷いのある侑のサーブがぐずぐすになり始めた。

 いよいよ双子がガミガミ言い争い、試合は進み、ついには白鳥沢の逆転を許してしまう。驚くほど鮮やかな流れだった。

 第一セットまで調子の良かった稲荷崎だが、波に乗れると思った瞬間に途切れる嫌なリズムに乱される。そこへ二年生組の不調が加わり、あっという間に得点を奪われてしまった。

 

「やっぱり二年はちょっと変な方向に行くと揃って崩れよるなー」

 

 監督がため息を吐いて、隣のベンチを見やる。

 白鳥沢はこの流れに新たな風を起こそうと、瀬見と白布の交代を決めたようだ。

 となればこちらも北を投入し空気の引き締めを図る、もしくはピンチサーバーで流れを止めるなどして、第二セットを何としても握らなければ。

 

「なあ、桃井、」

「このまま行きましょう」

「は?」

「彼らにストレスをかけ続けましょう」

 

 その言葉を聞いて監督は、まず桃井ってとんでもないストレスを抱えているのかなと思った。それか自分が知らない間に二年生組に深い恨みでもあるのかなと思った。仲良さそうにしてたのに……。

 

「公式戦ならもっと早いタイミングで強制的に流れを断ちます。でも、今は練習試合ですから。彼らには自分で流れを取り戻す感覚を掴んでもらいます」

「……この状況から掴めると?」

「はい」

 

 監督は果たしてどうだろうかと少しだけ悩んだ。正直、あの自由人どもはケツを叩くなり手綱を握るなりしないとコントロールできない連中だと思っている。放っておけばどこまでも騒いでケンカして迷子になりそうなのである。特に双子。

 今の状態のまま突き進むには勇気が必要だった。これは桃井に伝えた挑戦の範疇に入っていた。

 どう転ぶかもわからない。今までなら、このまま逆転できず白鳥沢に第二セットを取られるだろう。

 けれど桃井が"できる"と言うのなら、それを信じるべきだ。

 

「ちなみに根拠を聞いてもええか?」

「女の勘です」

「勘かぁ……!」

 

 ずるりとメガネがズレてしまう監督にフフと無邪気に笑うと、桃井はとある選手に目を向ける。

 

「だって、一人だけ何かを企んでるみたいだから」




天童の唄好きなので入られて良かったです
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