桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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いつも誤字修正出してくださり本当にありがとうございます。無くならなくてすみません。


重ねる

「白布、若利の配分ちゃんと考えろよ」

「はい。大丈夫です」

「言うな〜? コンニャロ!」

 

 第二セット中盤を過ぎ、セッターを瀬見から白布に入れ替えた白鳥沢が優勢である。瀬見は白布の冷静な物言いに気持ちよく笑うと、背中を叩いた。その熱が白布に勇気をくれるようだった。

 

「おっ、シラス君やん。平凡なトス回ししかできひんのやったら、あのまま引っ込んでた方が身の為やったで?」

「あ? てめぇこそ自慢のサーブはどうした。さっきのは見なかったフリでもしてやろうか」

 

 侑にハッと嘲笑されて、白布はナメられていると強く自覚した。

 いや、実際その通りだ。桃井の策に利用され、いいとこなしで下げられた自分は、何も結果を出せていない口だけの小僧である。キツく当たった五色と同じじゃねえかと気づいて、息が苦しくなった。

 それでもコートに帰ってきたからには、自分の仕事をやるしかない。

 白布は答えを出した。あとは正解をもらうだけだ。

 

「……」

 

 この状況をいち早く変えようともがく稲荷崎の二年生組の中で、唯一ほどほどに大人しくしていた治は、鋭く細めた目でコートの向こう側を見据えている。

 直面した問題は天童のゲスブロックだ。

 これをどうするか桃井に尋ねた時、彼女は言っていた。

 

『──……それか読まれても対応できない速い攻撃をするとか』

 

 バレーボールにおける速い攻撃とは、すなわち速攻。読んで字の如く、スパイカーが短い助走で跳躍し、低く素早く上げられたトスをすぐに振り抜く攻撃のことである。

 相手チームのブロックが完成する前に素早く攻撃を仕掛けられるが、その分威力も落ちるのが難点である。

 

 稲荷崎は全国でも有数の攻撃力を誇るチームだ。そしてこのチームの中でも特徴的な速攻ができるのは角名だった。

 しかし角名の速攻は天童には通じなかった。ブロッカーの逆を突き、威力を維持した彼の速攻は、天童の読みと直感には敵わなかった。

 

 なら、速さのみを追求したら。

 直感を置き去りにする速攻ならば、どうなるのか。

 深く考えることが苦手なので、速さでゴリ押しできないかと治は考えた。

 

「なあ侑」

「何や治」

「攻めるタイミングは逃したらあかんよな」

「……」

 

 昔から侑にはよぉく振り回されてきたと治は思う。

 人の言う事聞いてへんし、貸したもん返さんし、嘘つくし。

 でも別に信頼なんか要らんやろ。

 ボール来るって()()()()()

 

「流れ切るぞォ!」

「え、」

 

 情報を集めるためにコート全体を観ていた桃井は、いち早く事態に気づいた。

 赤木の見事なレシーブを侑がトスをする、その動作より前に。

 治の助走は既に完了していた。

 

「これ、」

 

 無意味な言葉が桃井の口からこぼれ落ちる。目は限界まで開かれ、さっきまでデータを入力し続けていた手は、最早キーボードの上にただ置かれるだけの存在に成り果てていた。

 とんでもないことが起こると確信していた勘が形を成そうとしている。しかし桃井がその答えに辿り着くよりも前に、現実は思考を飛び越えた。

 

 その時、治はひたすらに高く速い攻撃を意識した。天童が追いつかないくらい速く、誰も届かないくらい高く。目線はボールを向いてはいたが、()()()()()()()()()()()()()()()()ジャンプの邪魔にはならなかった。

 侑はひたすらに正確無比な位置を意識した。治の最高速度と最高打点を脳内シミュレーションし、10本の指でボールを支え、狙い通りの場所へ届けてみせた。

 

 この位置

 頃合い

 この角度

 

 ───どん ぴしゃり

 

「!?」

 

 思い切り振り抜かれた治の手のひらから放たれた球は、鋭く相手コートに落ち、勢いよく弾む。ピッと笛が鳴り、稲荷崎の得点を知らせる音が響いた。

 その音もどこか遠く響く治は、自身の手を見下ろして不思議な気持ちになっていた。

 

「マジで球来よった」

 

 侑のセッターとしての実力はもう要らんと思うくらい知っているつもりだったが、それでも本当に実現させてしまう技術の高さに、感嘆を通り越して呆れてしまう。

 ふとやろうと思ってできた充実感よりも、ピッタリの位置にトスを上げる侑の気持ち悪さの方が上回った。治はウワァとドン引いた顔で侑を見る。

 

「お前キモチワルイわ……」

「あんま褒めんといて!」

「今のは普通の速攻と少し違うねェ?」

「は、っやかったなぁ」

 

 一度で違いを嗅ぎつけた天童や速さに驚く尾白がリアクションするのを聞きながら、侑は確かな手応えを感じていた。

 今までずっと治と同じチームで何度もコンビネーションを披露してきた。治はセッターの技術が相当あり、そして自分にはスパイカーの実力もあった。だから治のセットで自分が打つこともあったし、名物双子と囃し立てられてきたものだ。

 けれど今の速攻は、何か違った。コンビネーションのさらに向こうへ、一段階進化したように感じられたのである。

 

「よしっ! どうや桃、」

 

 喜色満面で侑が桃井の方を見ると、ばちっと目が合って、侑は息を止めた。

 その瞳は侑だけを映していた。強い日に焦がれるような、あるいは深い影の底を射抜くような、力強くも柔かな眼差しが美しい。その唇は笑っていた。うっとりと微笑む様はさながら初恋の乙女である。血色の良い頬に、キラキラと輝く飴玉の目。

 それは試合冒頭で牛島を熱心に見つめる時の熱量を遥かに上回る表情だった。ガツンと頭を強く殴られるような衝撃を受けた。

 

「な、んやその顔」

 

 侑の心臓がドッと激しく跳ねる。背筋が震えた。ゾクゾクが全身の末端まで駆け抜ける。

 あんな顔をしているのだから、桃井を驚かせたに違いない。彼女に挑発された分プレゼントとしてやり返してやったのだ。

 天童のブロックを置き去りにし、そしてウシワカ以上にカッコイイと思われた。これはその達成感による動揺! 侑はドキドキする鼓動を無視して、無理やり自分を納得させた。

 少しだけ冷静さを取り戻した侑だが、すぐに余裕は消え去った。

 

「あ!」

 

 ちら、と桃井の目線がズレたからだ。侑から治へと対象が切り替わったのである。ばっちり両者の目が合った。治の顔が驚愕に染まる。

 それだけで治がついさっきの自分と同じ衝撃を受けたとわかるから、侑の心は乱された。

 

「おい! 見つめ合うなや!」

「………」

「無視すんなクソ治!」

 

 ポーっとしている治の頭をペシンと叩いた。すると正気に戻った治が侑にやり返し、言い争いでは収まらない喧嘩になる。いつもの流れである。

 周りが慣れたようにして「ああ……」と呆れ、尾白が「やめろ! 練習試合中やぞ!」と両成敗し、双子の頭を下げさせた。

 

「すんません試合止めて! ホラ双子も謝れや!」

「……すんまへーん」

「反省しとりますぅ」

「構わない」

「血気盛んで面白っ」

 

 謝っているか微妙なラインではあるが、牛島や天童はサクッと流した。コートキャプテンの尾白がホッとして双子の頭に添えていた手を外すが、双子はすぐに顔を上げなかった。

 ペコリとお辞儀をした体勢で顔だけを互いに向ける。

 

「なあ治」

「何や侑」

「攻めるタイミングは逃したらあかんよな」

「それ俺がさっき言うたセリフやん」

 

 それが試合のことか彼女のことか、双子には答えにせずともわかっていた。

 

 

 

 

「ああ驚いた……」

 

 立ち上がった桃井は、鳥肌が立った腕を撫でて不恰好に笑った。双子と目が合った時に自分がどんな顔をしていたか意識する暇もなかったが、少し時間が経った今、澄まし顔が崩れてる! と自覚して何とか真顔に戻そうとしているのである。

 だが厳しく心を律したつもりでも、どうしても喜びが溢れて止まらず、こうしてへにゃりと笑うのであった。

 ……双子の喧嘩が物理に変わった時は指先が冷えたが。

 

「だ、大丈夫か桃井」

 

 様子のおかしい桃井を心配する監督の声も、彼女の耳には届かない。

 ……胸が感動に打ち震える。色んな可能性を見出す頭の回転が止まらない。ああ今すぐにでもこの気持ちを誰かに伝えたい!

 桃井は内心大はしゃぎだった。ちょっとジャンプして周りに不審な目で見られても気にならないくらいには、気分が良かった。

 

 何故なら、双子がドンピシャの速攻をしたから……ではない。

 双子の速攻が、()()()()()()()()()()()()()からである。

 

 日向の天性のバネとスピード、そして彼の最高到達点に寸分の狂いなくトスを上げる影山の技術が合わさった攻撃。それも日向が両目を瞑ってスイングするという、破茶滅茶な速攻である。

 スパイカーに100%合わせたトスなんて、しかもボールを見ないまま打つなんて、常識破りにも程があった。それが少し前に遠い宮城の地で生まれたなんて、烏野と近しいメンバーしか知らない事実である。

 

 しかし、そう成ることを桃井は知っていた。

 影山が中学でチームメイトに見放されたトスを、日向が拾い上げてくれること。

 日向が囮になることで格段に烏野がパワーアップすること。

 速攻の有用性、弱点、進化。組み込んだ場合の烏野の攻撃パターンの変化。

 

 それらを桃井は既に知っていた。だから双子の速攻を見て、いや見る前にピンと来たのである。構造が日向と影山の速攻に酷似していると。

 そして双子がやった速攻のおかげで、日向に球を届けてくれるセッターが、影山の他にも侑がいるという証明になったと。

 天啓が降りたように、電流が走ったみたいに瞬時に理解して、あまりの情報量に少しの間放心してしまったのだ。

 ここまで正確な予測は、桃井さつきの規格外の才能と積み上げた分析力がなければ到達し得ない領域だった。

 

「はあ……あの二人の速攻……」

 

 ……まだ心臓がドキドキしている。大耳が牛島を確実に止めかかったとき以上の驚きだ。誕生日プレゼントなんて強請っておいて、これではもらい過ぎている。

 

 桃井は日向と影山の速攻を生で見たことがない。

 だから擬似的に二人の速攻を見せてもらったようで、興奮がおさまらなかった。

 もし桃井が日向と影山の速攻を知らず今の攻撃を何の情報も無しに見ていたら、双子の速攻だけに心を動かされていたことだろう。

 

 しかし桃井は先に宮城で誕生したあの速攻を知ってしまっている。加えて彼女のバレーボールの原点である影山と、攻略したいと強く願った予測不可能な日向が相手では、そちらに意識が向くのは仕方のないことだった。

 

「あ、また!」

「はぁ!!?」

 

 桃井が嬉しそうに叫び、目の前でスパイクを決められた白布がガラの悪い声でキレた。再び双子の速攻が決まったのだ。精度は想定する影山より落ちるだろうが、その分を治が補完しているようだ。

 治が何かを企んでいるようだったから静観を選んだのは正しかった。

 連続の得点に、双子はスッと同じ動きで桃井を見る。シンクロしていて少し面白かった桃井は、顔を緩ませてパチパチ拍手した。相当気も緩んでいるのである。

 日向と影山に思いを馳せる桃井と。

 

「桃井が拍手した!」

「やっぱ俺らの攻撃がウシワカ超えとる!」

 

 自分たちの速攻に夢中になっていると勘違いする双子。

 彼らのすれ違いはこの先発覚し大変なことに繋がるのだが、それは桃井も知らない未来の話である。

 

 

 

 

「いやこの速攻を武器にするにはどうするか考えないと」

「おお、桃井が冷静になった」

 

 正気を取り戻した桃井は、監督に「取り乱してすみません」と言って頭を下げた。キリッとした普段の表情でPCを操る桃井に、もしかしてさっきまでの取り乱しをなかったことにするつもりやろかと監督は思った。

 ちょっぴりジャンプしたり高速で拍手したりしていた姿を何人もの部員が目撃し、「なんやテンション高くない……?」だの「桃井壊れたんか?」だのとザワザワしていたので、外面を保つのはもう無理やろと考えている。

 

「………」

 

 桃井は難しい顔で双子を観察する。その横顔はとても真剣で、ついさっき「女の勘」と言っていた時と同じだった。

 監督は初め桃井の勘を信じて良いものか悩んだが、こうやって勘が当たることが証明された今、疑う気持ちは微塵もなくなっている。

 

「あの二人の連続得点で、ウチに良い流れが来てます」

「お、おう。双子の速攻……双子速攻は普通の速攻と少しちゃうな。治が好きに打ちたい位置に、侑がよぉくトスを上げとる」

「これで白鳥沢にはある共通認識が生まれました。"治先輩の攻撃に注意しなければ"と。その意識は少しずつ堅い守備を剥がしていく」

 

 双子速攻は、一度下げられ戻ってきた白布へのプレッシャーをさらに大きくし、ともすると天童のゲスブロックを乱す存在となり得るだろう。白鳥沢にはかなり鬱陶しい攻撃のはずだ。

 実際、白鳥沢のメンバーの表情には苛立ちが濃く出ている。何がなんでも第二セットを勝ち取らなければならない場面で、突然ぶっ込まれた双子速攻は目障りなのである。

 しかしその一方で、稲荷崎のメンバーにそこまでの混乱はない。精々尾白が「双子の絆か?」と言ったくらいだ。

 

「にしても監督、あんまりウチのチームは、あの速攻に動揺してませんね?」

「桃井はあまり慣れてないかもしれんな。でも今に始まったことやないねん。双子が突然何か新しいことやり出すの」

 

 稲荷崎の横断幕である『思い出なんかいらん』というメッセージの通り、過去を捨てることに躊躇がない選手ばかりだ。だから桃井という新しい要素にも慣れるのが早かった。

 スタイルを変えず、優れた選手を集め個を育てる白鳥沢とは真逆である。

 ああ、と桃井は思う。やっぱり私は稲荷崎の方が肌に合っているんだろう。

 

「せやから、環境が変わって綻びる前に」

「空気を締めますか。先輩方がどれだけはしゃいでも崩れないように」

「……!」

 

 桃井と思考がシンクロし、監督はニヤリと笑う。

 

「俺ですか」

「この場面は信介しかおらん。ブレーキかけんなっちゅうことや」

 

 まもなく選手交代だ。ベンチに呼ばれた北は、交代までの少ない時間で知りたいことを桃井に質問する。

 

「桃井はこの事態、予測できたか?」

「いいえ。でも、今はあの攻撃をどう運用すべきか考えています。味方の目線と、敵の目線で」

 

 何でもかんでもお見通しが当たり前の桃井は、双子速攻に目を輝かせていたものの、大きな混乱はしていないようだった。

 すっかり切り替えて武器をどうやって成長させるか考えている。

 

「私がパッと思いつく攻略法を、鷲匠監督が思いつかないわけがない。追い詰められてもタイムアウトを取らないのは、選手に試練を与える為……? それともウチの新しい攻撃手段を、今ある高さとパワーで挫きたいとか……」

 

 さらに相手チームの監督の思考を読み取ろうとしているらしかった。全く末恐ろしい。

 普通人の考えることなんかわからんやろと北は思うけれど、その普通が通用しないのがこの後輩である。だから彼女の予測は戦況をひっくり返す力があるし、それを超えたチームメイトが誇らしい。

 そこまで考えて、北はあ、と気づいた。

 

「俺はいつも通りのプレーをする」

「? はい。練習でできることを本番でも、ってことですよね」

「せやから練や双子みたいな驚くプレーってモンは、俺は一生できひんやろな」

 

 桃井は静かに息を呑んだ。別に、だからどうということが言いたいわけではない。自分のプレーを綺麗だと桃井に褒められた言葉は、胸の奥に大切にしまっている。

 それでいいと北は素直に思う。ただ口に出して確認しておきたかった。自分は彼女の定めた枠に収まる人間なんだなと理解する。

 

『桃井を振り向かせたかったら、向こうのエースを倒せってことや』

 

 試合開始前に北がメンバーに向けて発言した内容は、合っていると今も思う。入学して一ヶ月程度しか経っていないが、桃井は稲荷崎にたくさんのものを与えてくれた。自分たちを常に真っ直ぐ見てくれていた。

 しかしこの練習試合に限ってはそうではなかった。白鳥沢のメンバーとは顔見知りかつ牛島とは深い関係らしく(桃井は否定したが)、そこを刺激すれば男たちは簡単に火がつく。負けてられんと息巻くのである。元からあったやる気を最大限引き出すにはピッタリの言葉だ。

 それが果たして自分にも効果があるのかは、わからないけれど。

 

 東北の怪物を直接倒す役割はエースにある。しかしチームの主将として為さねばならないことがあった。即ち、勝利の為に動くこと。

 それは練習で散々やってきたこと。なら本番でもできる。

 緊張はない。

 やはり、いつも通りだ。




まだこの時は"変人速攻"の名称が出ていないので、作中でも"変人"のワードは出してません。
誰にも告げていないのでそこまでのヤバさは露呈していませんが、変人速攻の初期段階からあらゆる未来を想定し先を読む桃井は、紛れもない変人です。

今回タイトルを「双子速攻」にしようかと思いましたが読む前からネタバレになるのでやめました。でも使いたかった!

二年生の中で桃井が一番に懐くとしたら(参考にします)

  • 宮侑
  • 宮治
  • 角名倫太郎
  • 銀島結
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