桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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それぞれの仕事

「稲荷崎のマッチポイントだ!」

「このまま勝ち掻っ攫えー!」

 

 北の導入で稲荷崎にグッと安定感が宿った。空気が引き締まり、双子を始めとする二年生組の表情に緊張感が張り付く。だが、それは嫌な気配ではなく、勝利への確信に裏打ちされたものだった。

 得点板が示す数字は24-22。稲荷崎が勝利に王手をかけた。

 

「勝たせてたまるか、このまま終わってなるものか……!」

 

 白布は爪が食い込むほど強く拳を握った。

 自分のように選手交代でコートに立つ相手チームのキャプテンは、しかし自分と違って早速成果を上げている。

 あの主将、守備に隙がない。おかげでこっちの攻撃が拾われてしまった。強いというより上手いタイプだ。技巧派かつ精神的に成熟していて、崩れることは滅多にないのだろう。

 守備の強化と自チームへの良い意味での緊張感の付与。桃井の意図はそんなところか。効果は抜群で、崩れていた稲荷崎二年のリズムが戻ってきている。

 間違いなく今出せる稲荷崎の最強メンバーが揃っている!

 

「……」

 

 それなら、今の白鳥沢はどうだろう。スパイカーを惑わせる天童がいる。白布が尊敬し、強さに憧れる牛島がいる。間違いなく、こちらだって最強メンバーのはずだ。

 何が足りない。何が届かない。正セッターが瀬見さんじゃないから? 俺がコートにいるから勝てないのか?

 違う!  ベンチにいる間に答えは出したはずだ。正しいかどうかは今にわかる。わからせてやる。そんな思いで、白布は五色を強く見据えた。

 

「今日のお前は、イイトコなし男だ」

「そ、それを言うなら白布さんも……あっ」

 

 五色は口が滑った。突然自分のことを悪く言われたから、咄嗟に言い返してしまったのだ。五色にとって白布は非常に怖い先輩で、そんな先輩に向かってなんて口を……と青い顔をする後輩を一瞥し、白布は冷笑した。

 

「イイトコなしか。はっ、俺もだな」

「! ……白布さん?」

「お前はスタメン入りして初めての練習試合だ。相手は牛島さんを徹底マークし、新入り一年には目もくれない。今日、そしてこれからも、お前が牛島さんを超えることはない」

「ま、まだ試合は終わってません! 最後まで超えられないなんて、誰にもわからない! ……です!」

「お前が? 牛島さんを? 超える??」

 

 白布の視線が鋭くなる。しかしそこには、大口を叩く五色を叱責するような普段の冷たい先輩像は存在しなかった。五色の決意を確認するような、共に死ぬ覚悟はあるかと問うような、別格の圧があった。

 それを感じ取った五色は、強く白布を睨み返す。視線が交わる。両者に勝利への飢えがあることを、互いが理解した。刹那、白布はフッと圧を解いた。

 

「次の一球に俺とお前の全てを賭ける。……頼んだぞ」

「……ハイッ!!」

 

 勇ましい声で五色が応えた。

 彼は白鳥沢・稲荷崎を含めて唯一の一年スタメン。個の力を重視する鷲匠が選んだ歴とした実力者だ。今日が高校での初試合出場ということもあり、緊張や経験不足から、彼自身の理想的なプレーはできずにいた。

 稲荷崎は桃井の分析で五色を警戒したつもりになっている。だが、100%の実力を発揮できず燻る五色とだけ戦っており、本当の意味で彼の強さを知らない。

 だからこそ、そこに隙がある。侑が白布を舐めているように、稲荷崎は五色を無意識に甘く見ている。そう白布は考えた。

 

「稲荷崎の強烈なサーブ!」

「ここは俺が拾う!」

 

 山形が素早く反応し、完璧なAパスを白布に繋げた。ゆとりのある素晴らしいレシーブだ。白鳥沢の攻撃の幅が広がる。

 対戦相手が他のチームならば、「一体誰を使うのか? 大エース牛島に決めさせるのか?」と一瞬迷い、致命的な遅れが生まれるものだ。

 しかし、桃井にあらゆるパターンを叩き込まれている稲荷崎は、白布が五色を使うという予測に従い、完璧に動く。

 

「またブロック三枚!」

「これは厳しいか!?」

 

 己に上がった美しいトス。ネットの向こう側には、攻撃を阻もうとする手が伸びている。それらが五色にはスローモーションに映っていた。

 スパイクを決めることだけに集中し、腕に全神経を注ぐ五色。先程までの不安や緊張は、跡形もなく消え去っていた。

 それはエースとして戦ってきた経験が導き出す、勝利への執着。

 牛島に隠れていた、エースの素質を持つ人間の輝き。

 

「いや、決める!」

 

 俺は牛島さんを超えられるって信じている。このプレッシャーに応えられないなんて、エースじゃない!

 そんな五色の覚悟を証明するように、放たれた凄まじいストレートは三枚ブロックを───牛島のブロックを止めかけた大耳の手のひらを掠りもせず、見事にコートに突き刺さった。

 

「……ッ!」

 

 誰もが認める完璧な一閃が炸裂し、場がワッと盛り上がる。

 

「うっは! キレキレストレート!」

「今のは止められんかったな……くそ」

「よしっ……! よし、よぉしッ!!」

 

 川西が珍しくテンション高めに思わず叫び、大耳が悔しげに呟く。拳を高く突き上げて、五色は喜びを噛み締めた。

 今日で一番気持ちよく決められた一球だった。自分の存在意義を己で証明した一点だった。最高の気分だ! 五色は勢いのまま白布に話しかける。

 

「白布さん! 俺やりました!」

「うるせぇ。ようやく綺麗に一本決めたくらいで調子に乗るな」

「厳しい!」

 

 この人全然褒めてくれない! と衝撃を受け、そして。

 

「一点取りゃお前は満足か?」

「! いいえ。……まだまだです! 満足なんてできるわけない! もっとトスください!」

 

 そう高らかに笑うのだった。五色の笑顔を見て、白布は考える。コイツはもう二度と甘く見られないだろうと。次も同じ手が通用するとは思えない。隙はなくなる。今もネットを挟んだ敵陣では、情報を整理し修正する会話が交わされているからだ。

 今の攻撃は信じ難いことに、牛島を超えていた。

 三枚ブロックがしっかりついてきていたのに、五色は真正面から点を取った。ワンタッチも取られず、相手の守備も対応できない攻撃だった。

 牛島と比較して五色への警戒が薄れていたことが大きな要因だが、五色が先を往く結果には変わらない。

 そのことに気づいた白布は牛島を見て、呼吸が止まった。

 

「───!」

 

 息が苦しくなるほどの重圧、そして手足が震えてしまいそうになる殺気が牛島から放たれている。……こちらが点を取ったのに。

 まだ点差では稲荷崎に勝っていないから? 自分にトスが上がらなかったから? 五色が牛島を一瞬超えたから? ……違う。

 エースの役割を果たせなかった自分を悔いているのだ。

 そうとわかって、白布は嬉しくなった。歪な笑みが自然と浮かぶ。

 そうだ。俺はこの人に憧れてここにいるのだ。他を圧倒する強さに焦がれてきたのだ。

 

「白布」

「……はい」

 

 続きを言葉にせず、牛島はポジションに戻る。しかし牛島が何を伝えようとしたか、白布ははっきりとわかっていた。

 次のトスは絶対に自分にあげろという意思だ。

 首筋を伝う汗がすぅと冷える。心臓が激しく脈打つ。いよいよだ。これで答え合わせができる。

 

「いけ、いけ……! いける流れだぞ……!」

 

 瀬見が祈るような気持ちでコートを見守る中、白鳥沢の攻撃が開始された。赤木のレシーブが白鳥沢の得点を防ぎ、侑を介して尾白の強烈なスパイクが轟く。

 しかしそれも決まらず、ボールは宙を舞う。白鳥沢が再び攻撃する局面。

 さあ、舞台は整った。白布は自身の正解を掴み取るべく、トスを上げようとし。

 

「あっ……!」

 

 これまでに凝縮された怪童の憤怒が解き放たれる瞬間を、その身で味わった。

 試合開始からずっとマークされていた牛島は、かなりの我慢を強いられていた。そこに後輩に先を往かれる展開は、彼には耐え難い苦難だったのだ。

 それは強敵・稲荷崎への怒りでも、先に進んだ五色への嫉妬でもなく。

 チームを勝利に導けない己の至らなさが、牛島には屈辱だったのだ。

 俺は今まで何をしていた? ただ点を取っていただけだろう。試合で常に徹底した策略をぶつけられたり、相手全員に警戒されるのは当たり前。

 その中で勝利を掴み取れるのが真の実力者であり、自分はそれだと信じて疑わない。

 それなのに、この現状は何だ。

 相手の目は死んでいない。チームを勝利に導いているわけではない!

 

「来いッ!!」

 

 牛島の跳躍は、目を奪われずにはいられない存在感を放った。この時、コートの主役は間違いなく牛島だった。

 稲荷崎のブロッカー陣は、予測を上回る本能に駆り立てられ、牛島に完全に標準を合わせる。理性が本能を飛び越えた瞬間だった。

 鳥肌が立つ。この男を止めなければ、死がやってくると予感する!

 

「絶対ウシワカや!」

「まさか、白布さん……!」

 

 侑が確信するのと、桃井が声を上げるのは同時だった。

 

「───振り切った」

 

 白布がトスを上げた先は牛島ではなく、大平だった。稲荷崎の三枚ブロックは牛島に吸い寄せられるように動いていた。その後ろのレシーバーの配置も牛島に備えている。稲荷崎の守備は完全に牛島に釣られていた。

 

「オオオォォッ!!」

 

 大平を止める者は何もない。基礎がしっかりしたフォームで、見晴らしのいい景色に大砲を放つ。力強い雄叫びは、点を獲得した歓声にすぐ変わった。

 それも短時間で止み、穏やかな顔で大平は白布とハイタッチする。天童も大股で近づいてきていた。

 

「ナイストス、賢二郎!」

「大平さん、ナイスキーです」

「若利にはあげなかったんだな。あの場面、あの迫力、若利なら確実に一点取れただろう」

「ね! 絶対若利くんだと思ったー」

「はい。俺もそう思います。ですが……」

 

 一度言葉を切って、白布は相手コートを見る。まんまと牛島の迫力に釣られたブロッカーたちが並んでいた。

 ……牛島さんへのトスを分散するわけじゃない。俺の焦がれる強さは、あの人に出会った時と変わらない。でも、牛島さんに頼ることだけが俺の仕事じゃないとわかったから。これが俺の最適解だ。

 どうだよ桃井。お前は俺を狙ってたんだろ。もう思い通りにはならねぇぞ。俺はもうこのチームの弱点じゃねえ!

 

「牛島さんの今の殺気は、使い物になると思ったんです」

 

 表面上どこまでも冷静に言ってのけたのである。白布は、自分が尊敬してやまない大エースを使う立場だと正しく認識していた。大きく変化した後輩の認識に、大平は「なるほど」と笑う。

 白布が一度下げられ、鷲匠にビンタされた時は心配していたが、大きく成長して戻ってきてくれた。

 頼もしい正セッターの機転が、24-24のデュースに引き摺り込んだ。

 

「はっ、やるじゃねーの」

 

 瀬見は腕を組んで、嬉しそうに悔しそうに言う。闘志漲る牛島の圧に振り回されていた序盤の白布ではなくなったと理解したのだ。彼は個を重視する白鳥沢に相応しいセッターに、また一歩近づいていった。

 ……俺が先輩として教えてやれるのもあと少しかな、と寂しさが胸に滲んでいく。

 とりあえず僅かに教えてやれることとしては、ストレス爆発寸前の牛島を上手く息抜きさせてやれってことだろうか。

 

 

 

 

 

 自分を囮に使われて、牛島は「それでいい」と思った。白布は"牛島"を使うことができる。

 桃井もそうなるはずだった。

 怪童牛若を効果的に使い、白鳥沢を勝利に導く存在となるはずだった。

 しかし彼女は、牛島を使って稲荷崎をさらに上へと押し上げている。牛島という強さの象徴を、白鳥沢の敗北へと引き込んでいる。

 

「桃井は変わらず俺の強さを信じている」

 

 だから牛島のエースとしての矜持をへし折る戦略を立てた。相手が誰であろうと精神を徹底的に折れと中学の先輩に叩き込まれたので、容赦がないのである。

 相手ブロックが正確にこちらを潰そうとしてくるたび、稲荷崎の選手を通じて桃井の強さを感じるたび、桃井が稲荷崎で全力を出していると痛感する。

 

 古く堅実な白鳥沢は、自分によく合うと思う。息がしやすく、筋肉がしなやかに伸びるのを感じながらずっとプレーができていた。

 なら新しく無茶な稲荷崎は、桃井にずっとよく合うのだろう。選手の変化に目を光らせて楽しんで、相手チームの進化を心から喜べるのだから。

 環境の違いはわかった。だが環境は、白鳥沢を選ばなかった理由になるのか?

 

「影山飛雄よりも稲荷崎の方が、桃井にとって大切なのか?」

 

 一年前の白鳥沢での見学会、そして中総体の県予選決勝。そのどちらでも、桃井が影山を大事に想っているのはよく感じた。恐らくそれは、自分が……過去に同じチームだった及川、その他のメンバーらが立ち入れない領域にあると、他人の機微に疎い牛島でさえわかっている。

 しかし今回の練習試合で牛島は、桃井にとっての影山以上の何かを、稲荷崎からは感じ取ることはできていない。

 宮侑だと当たりをつけていたが、技術や戦略性は影山以上のものはあるが、桃井の心が動かされるようなものは何もない、と思う。双子の速攻は驚かされたがそれだけ。

 俺の強さの方が、桃井にはずっとずっと眩しいはずだ。だって、試合冒頭はあんなに俺を見て──……

 

「牛島さん!」

 

 白布からトスを託され、いつも通り完璧な空中姿勢で牛島はスパイクを打った。空を切り裂いて相手ネットへと直進する球は、

 

「取った!!」

「!」

 

 赤木が綺麗に拾い上げた。高速で稲荷崎の攻撃準備が整う。誰が来るか考える間もなく、双子速攻が炸裂した。即座に閃いた天童の直感が駆け抜ける。

 

「ハイこっち!」

「ワンタッチだ!」

「〜〜ほんま邪魔やわコイツッ!」

 

 天童のブロックが白鳥沢の流れを加速させる。白布はもう一度牛島を選び、トスを上げた。今度こそ、今度こそだと牛島の体に力が入る。

 ぐ、と大地を強く踏んで高く飛んだ。

 ダンッッ!!! 地割れと聞き違うほどの衝撃音が、全員の頬を引っ叩いた。24-25。白鳥沢の首の皮が一枚繋がる。

 

「痺れるくらいすっげぇスパイク……!」

 

 コート外が騒ぐ。しかし牛島の胸には小さな冷たい気持ちが残っていた。点を取った爽快感は毛ほどもなく、ほんの少しの違和感がちくりと刺激する。

 ───果たして、今の俺は彼女が認めた強い自分か?

 バレーボール選手として努力を重ね、積み上げてきた絶対的な自信に、わずかばかりのヒビが入る。牛島がこんなふうに自分を疑ったのは、生まれて初めてのことだった。初めてだからこそ、正しく認識するまでに時間がかかった。

 

「牛島さん、次も上げます。第二セット絶対取ります」

「……ああ」

 

 白布が自分の顔色を窺っているとわかって、牛島は自分が考えていることに気がつき、足を止めた。

 

「? 若利くん?」

「いや……」

 

 天童も不審に思って声をかけたが、それでも牛島は言葉を少なに切り上げる。

 ……感情が、今まで散々貫いてきたものとズレる。点をもぎ取ったのに、後少しで一セット取れるのに、やけに心がざわついて仕方がない。

 先ほどの、五色の得点でネットのこちら側が盛り上がったあの感覚。その後、自分が囮に使われたとわかって頭が冷えたあの違和感。

 これでいいと思っているのに、納得できない自分がいる。

 今の得点は、流れをつなげる一本だとは思えなかった。ただの一点だ。エースとしての一点には、程遠い──……。

 

「取り戻す、絶対……!」

「ッ、」

 

 尾白の声だった。低く、覚悟が込められた言葉だ。そこに計り知れない重みがあって、牛島の目はそちらに向く。

 牛島は、尾白のことをそれまで強く意識したことはなかった。過去に大会で対戦したことは何度かあったが、そのくらいだ。そもそも誰かをわざわざ意識することが少ない牛島にとって、桃井の存在があまりに特殊なのである。

 故に。奇しくも同じ状況に陥って初めて、尾白を選手として真っ直ぐに見た。

 彼は自分と同じく汗だくだった。その目には強い光が宿っていて、迷いなど微塵もないように見えた。

 

「ウシワカ」

「……尾白」

「俺はお前を高く見過ぎてたんかもな」

「何?」

 

 空気がズンと重くなる。全国トップクラスのエース同士の牽制に、周りの視線が突き刺さった。

 もちろん尾白も牛島同様マークされ続けていた。双子速攻の誕生でそちらに意識が向く状況でも、天童のトリッキーなブロックが炸裂しても、乱されずどしんと構えて点を稼いでいる。

 それは普段の牛島の姿に重なった。

 勝利に繋がる得点だと牛島は思った。

 

「俺はずぅとお前の背中を見てきた。お前ら三本指のスパイカーらと比較され、並べないと言われてきた」

「……」

「でも今のチームなら勝てると……そう思うてたんやけど」

 

険しい顔で牛島を見据え、尾白は小さく息を吐いた。

 

「勝手に自滅するんやったらガッカリや。わざわざ手を下すまでもない」




劇場版ハイキュー!!、スペシャルアニメ化ありがとう
楽しみですね

二年生の中で桃井が一番に懐くとしたら(参考にします)

  • 宮侑
  • 宮治
  • 角名倫太郎
  • 銀島結
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