桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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エースの覚悟

 尾白は小さい頃からバレーボールが上手だった。周囲と比べて頭一つ分以上高い背丈、大きな手のひら、抜群の身体能力。それらを生かしてプレーする内、県内最強、関西最強級のスパイカーと評価されてきた。

 けれど中学になり、高校に進学し、全国大会で活躍するようになり。

 チームで最も得点を取り相手チームに最も警戒され、何度も困難に阻まれ、足掻き、壁を乗り越えても尚、スパイカーとして全国三本指には届かないと烙印を押された。

 

『俺は他の奴らと違って派手やないからなぁ』

 

 なんて極度にメンタルが落ち込んだ時に呟いたことがある。

 牛島のような爆発的なサウスポーじゃないし、佐久早のような手首の柔らかさもない。桐生のような器用さと強引さは持ち合わせていないし、木兎のような周りを惹きつけるプレーもできない。自分には安定した力はあるけれど、調子によってはそれも消える。

 全国五本指と並び称される他のスパイカー陣と比較して、自分は地味でつまらん人間やなと、そんなことをぽつりと思ったのだ。

 それを聞いていた北は数秒黙ってから、こう言った。

 

『派手な奴が一番偉いんか? 派手なら得点が二倍になったりするんか? そんなのは勝負に関係あらへん。関係あるのは強さだけや』

 

 いつも通りの正論パンチに、尾白はぐっと肩に力を入れてから脱力した。その通りだと思ったからだ。

 勝負の前には全てが平等で、苦しく粘り抜いた一点も、ラッキーで紡いだ一点も、どれも同じなのだから。

 

『俺は全国五本指と言われても物足りない。他の奴らにはもう負けたくない。目指すは一番、最強や』

 

 春を迎え桃井が加入し、彼女にどんな選手になりたいか問われた尾白はそう告げる。すると桃井は静かに微笑んだ。尾白の覚悟を肌で感じ、この人なら全力に応えてくれると確信したのだ。

 

『はい。牛島さんも佐久早さんも倒して、全国一位になりましょう。その時、あなたが全国のスパイカーたちの頂点に立つ。私も全力でサポートします』

 

 

 

 ついにやってきた対白鳥沢戦。全国三本指に入る牛島若利が相手だ。彼は試合開始から凄まじかった。高さとパワー、エースとしての矜持。どれを取っても超一級。だから倒し甲斐がある。

 そして倒した時に牛島が本気の状態でなければ、尾白が勝ったとは言えないだろう。

 今の攻撃で牛島が自身のエース像に疑念を抱いたと理解したのは、等しくエースとして君臨し続けた尾白だけだった。だから彼は話しかけた。

 尾白は鋭い眼光を携えて、同じく人を射抜き殺せそうな目つきの牛島を煽る。

 

「このくらいの壁すら打ち砕けん奴が、頂点に立てるわけがない」

 

 桃井が策略を立て、稲荷崎全員が死ぬ気で追い込み、白布と五色が必死に争った逆境の先に生まれた、牛島への試練。

 それぞれの意思に関係なく仕上がった、目の前に立ちはだかる高い高い壁。

 それを打ち破ってこそのエースなのだから、お前もそうでなければ。

 

「俺は今日、お前を倒す」

「───やれるものなら、やってみろ。俺がいるチームが最強で、頂点だ」

 

 互いの闘争心がMAXに高められる。ネット際で言葉を交わしたのはほんの短い時間だ。それでも極限まで練られた集中に、周りはピリピリした空気を感じ取って黙している。

 24-25。第一セットは稲荷崎が先取し、第二セットを白鳥沢が獲得するまで王手の状態。

 

 そこからは怒涛だった。尾白のスパイクが天童のブロックを弾き、牛島が返す一撃は大耳に阻まれる。点と点を奪い合う、熾烈な攻防だった。

 両エースの気迫が周りの熱を引き上げ、点が決まるたびに施設が揺れるほどの大喝采が生まれる。

 デュースは長く続き、練習試合の枠を超えた全国大会さながらの迫力があった。

 

「やっば、こんなのもうIH決勝だろ……」

 

 誰かがそう呟いて、否定する者は一人としていなかった。

 これは練習試合なのだから公式に記録が残ることはない。しかしここまでの熱戦はそう見られるものではない。

 誰もが固唾を飲み、拳を握り、点が決まれば歓声を上げ、試合の結果をハラハラしながら見守っている。

 部員たちの応援に力が入り、施設には両校の校歌が高く響き渡った。観客席は空でも、まるで春高バレーの決勝会場のような熱気が満ちていた。

 

「杜のみやこ──真下に押さえェ、あおげば雄々し仙台城、われらの学び舎───。ああ栄光の白鳥沢学園、ああ栄光の白鳥沢学園───」

「……っ」

 

 白鳥沢のユニフォームに袖を通し、初めて白鳥沢の校歌に背中を押されて試合をする五色は、感極まったように天井を見上げた。

 自分はきっとこの景色、この歓声、この感動を忘れることはないんだろう。

 

「いつもとちゃうな」

「吹部おらんからなぁ」

 

 一方で、普段なら力一杯響く楽器の音色がないので、大耳と赤木は寂しげに言葉を交わした。

 いつの間にか得点は30点台に突入した。稲荷崎の双子速攻が完璧なシンクロで決まり、一点リードする。あと一点で稲荷崎が2セット獲得し、試合に勝利することとなる。

 白鳥沢には絶対に譲れない場面だが、何度も訪れてきた窮地だ。

 

「あと一点、あと一点……!」

「次こそ決めろー! アラン!!」

「やれ、取り返せ牛島ァ!」

 

 男たちの顔つきが険しく鋭く研ぎ澄まされていく。苛立たしげに、悔しげに、忌々しそうに相手選手を睨みつける。余裕がない彼らは必死にボールを追いかけ、スパイクの為に跳ぶ。

 選手たちの荒々しい呼吸音がすぐそこで聞こえてくるようだった。

 しかし今この会場で、桃井の瞳は誰よりもキラキラと輝いていた。

 

『無傷では通さん』

『コレしかないって一球を叩き落とした瞬間だよ』

『攻めるタイミングは逃したらあかんよな』

『牛島さんの今の殺気は、使い物になると思ったんです』

 

 大耳のブロッカーとしての矜持を主張する守備、悪魔のようにコートを掻き回す天童のゲス・ブロック、日向と影山の速攻を彷彿とさせる双子速攻の誕生、そして白布が辿り着いた大エースに依存しない自立した司令塔───これらの挑戦と光に、桃井は心を奪われていた。

 そして。

 

『俺は今日、お前を倒す』

『俺がいるチームが最強で、頂点だ』

 

 両校の大エースの覚悟。

 彼女はずっと目の前で起こる変化・選手が挑戦した先に掴んだ光に、どこまでも喜んでいた。バレーボールそのものを楽しんでいたのである。

 戦略がハマるかどうかとか、自チームが予測しない動きをしたとか、相手チームが弱点を克服したとか、そういうのは桃井にとって二の次なんだろうな、と隣で監督は思う。それはコート外にいる人間に伝わったな、とも。

 だから勝負が決する時も、彼女は変わらず表情を輝かせていた。

 

「ぅおおおおおおおッッ!!!」

 

 一度は天童に完全に阻まれた攻撃。再びドシャットを狙う赤い悪魔の手のひらを完全に弾き飛ばした尾白のスパイクが、ついに白鳥沢の守備を切り裂く。

 32-30。長く苦しい戦いに決着をつけたのは尾白だった。

 ワッと会場が沸く。稲荷崎は勝利の歓喜の声を、白鳥沢は敗北の悔恨の呻きを、それぞれが吐き出した。そして一息吸う間を挟み、素晴らしい試合を魅せてくれた選手への拍手が場内を満たす。

 コート上で戦い抜いた彼らは拍手に気づき、ようやく試合が終わったと自覚した。疲労に襲われ膝に手をつき、途端に座り込む。

 特に稲荷崎の面々は、桃井の策略や相手の情報を考え続け、精神的な疲労が大きかった。

 

「アランくん! やったったな!! ウシワカを倒したんや!!」

 

 汗だくの侑が最後の得点を決めた尾白に駆け寄る。

 最高のセットアップを最高のスパイクで決めてくれた。相手のブロックに阻まれても、二度三度も尾白は攻撃の手を緩めず、ついに決勝点を叩き込んだ。

 最高のエースや! そう侑が褒め称えるも、尾白はユニフォームで顔を拭うと、試合継続中のような強張った表情で言った。

 

「いや。試合には勝った。チームとして勝利した。でも俺単体じゃ勝ってへん」

「、どういう意味や?」

「ウシワカの迫力に気圧されたッ」

 

 第二セットを24-24のデュースに持ち込んだあの攻防。白布以外の全員が牛島を使うと確信した怪童の憤怒。それに尾白は圧倒されていた。

 あそこまでの気迫を、自分は出せるだろうか。

 味方にすら畏怖を感じさせる、圧倒的なプライドを、エースとしての覚悟を示せるだろうか。

 

「あの覚悟を、俺はまだ出せんかった」

 

 僅かにでも不審に思った時点で、尾白は自分の敗北を悟った。牛島がエース像をほんの少し疑った時と同じように、次はこうはなるまいと決意した。

 

「牛島さん」

 

 白布が気遣わしげに牛島に声をかける。

 牛島は全力を出していた。たとえブロックされようと、執拗に狙われようと、彼の実力は翳ることなく出力されていた。

 それなのに白鳥沢はチームとして敗北した。

 

『全力なのに勝利に導けないエースなど、到底許し難い"弱さ"の証明になる』

 

 桃井が宣言した通り、稲荷崎は牛島を生かしたまま殺してみせたのである。

 鷲匠から桃井の意図を聞かされていた白布は、はらわたが煮えくり返るようだった。しかしそれ以上に牛島のまとう雰囲気が恐ろしいことになっているので、彼の様子を伺っている。

 

「白布」

「ッ、はい!」

「お前はこれからも、どんな時も俺にトスを上げろ」

 

 牛島が言ったのはそれだけだった。白布はそこに込められた、"牛島がエースとして使い物になる内は"という意味をしっかり理解して、もう一度大きく返事をした。

 牛島はネット際に近づき、尾白に話しかける。

 

「俺は桃井に最大限に警戒されていた」

「! ……」

「尾白アラン。次は負けない」

 

 桃井が一番時間をかけて情報収集・分析し、対策を練った相手が牛島だ。普段の練習試合の何倍にも厳重なマークに、もっとミスや疲労が増えて当然のことだった。

 それなのに牛島のパフォーマンスが損なわれることは決してなかった。桃井がいなければ稲荷崎が敗北することもあり得たのだろうと尾白は考える。

 やっぱり俺はまだまだや、と尾白は気持ちを引き締める。

 

 たった今牛島から名前を呼ばれたのだって、桃井が尾白を強く成長させたからだ。以前のままの自分だったら、牛島は尾白に一瞥を向けることすらないだろう。

 三本指に対してコンプレックスがある尾白は内心そう思った。

 桃井が聞けば、尾白本人の努力のおかげで強くなったのにと話すだろうが。

 

 

 

 時間の許す限り練習試合は続いた。ほぼ全てのセットが30点台に乗り、互いに厚い選手層から有力な選手を引っ張り出し、文字通り全力で戦った。

 日暮れの時間に近づく頃には全員が息も絶え絶えで、最終セット終了の笛が鳴ると、床に倒れ伏す者さえいた。

 

「弱さの証明、か」

 

 桃井は牛島の背中を見つめ、呟いた。

 牛島は何セットも出続けて体力も限界を通り過ぎただろうに、昔と変わらずフォームは美しいままだった。中学の頃に憧れ、胸を弾ませた強さは揺らぐことなく、そこにあった。

 

「ずっと変わらない、強い人」

 

 静かに笑うと、PCを胸に抱えた桃井はパイプ椅子から立ち上がった。

 全試合が終了したので挨拶しなければならない。その後は監督からの講評と後片付け、そして白鳥沢とは解散して学校に戻る。

 長いようで短いGW合宿が終わりに近づいていた。




今まで試合は4話に収めようとしていましたが、今回は6話もかかってしまいました。それだけ色んなキャラの成長や葛藤を描くことができて満足です。
GW合宿編はあと1話です。試合終わりに他校との絆が芽生えるのが大好きなので、烏野と音駒がそうなっているように、稲荷崎と白鳥沢もそうなってもらいます。
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