桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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烏の羽を狙う者

 桃井のバレーボールへの並々ならぬ愛と執着には、いつも"飢え"があると鷲匠は感じていた。だが、よく考えれば、その情熱は影山飛雄に向けられたものなのかもしれない。

 その行き過ぎた熱は、やがて烏の羽を溶かすだろう。

 

「………」

 

 蹂躙なんて大仰な言葉に、鷲匠は思わず押し黙った。

 今日の練習試合で、それが現実になり得ると証明されたからだ。まだGWで、桃井が加入して新体制になったばかり。それでも稲荷崎は驚くほどの完成度を見せつけた。

 IHはもうすぐだ。短期間で仕上げてくるだろうという確言が、驚匠にはあった。

 だが、もしそうなったら。

 "桃井さつき"を獲得した稲荷崎は、誰も手がつけられない怪物になるかもしれない。

 

「影山は……烏野は、俺たちと同じ舞台に立てると?」

 

 背筋が凍るような感覚は、鷲匠には久しぶりの刺激だった。

 

「その為にここまで白鳥沢に力を入れたんですよ?」

「うちに? ……ああ、そういうことか」

 

 ようやく桃井の意図を最後まで理解して、鷲匠は渋い顔をする。

 今回の練習試合は非常に意義があった。各々の弱点や苦手を強制的にぶつけられたのだ。練習試合を何試合分も凝縮したような密度。遠征した価値は十二分にあった。こんな試合は滅多にできまい。

 白鳥沢はとんでもなく強くなった。桃井に情報収集の機会を与えてしまう以上の成果を出したのである。

 では白鳥沢が強くなるとどうなるか。白鳥沢と試合をしたチームが強くなるのである。例えば青葉城西とかが。そうすれば奴らと練習試合をした他のチームが強くなり、そんなチームと練習をした烏野だって強くなる。

 強くなった分だけ強い奴らが現れるのは常なのだ。

 

「烏野を、影山飛雄を完膚なきまでにボコボコにしてやってください」

 

 そうすれば烏野は勝ちたいから練習する。強くなる。強いチームと戦い、もっと強くなる。そうやって影山を強くしたいのだと……そんな彼の隣に立ちたいと桃井は美しく笑った。

 ……そりゃ、こんな本心を稲荷崎に明け透けに言えんなと鷲匠は唸る。チームの士気に関わるし、自分たちなんてどうでもいいじゃないかと疑われても仕方がない。

 

『宮侑を影山飛雄に捧げようとしているのか?』

 

 そういう意味では、確かに桃井さつきは宮侑を選んだのだ。侑の手を取り、うっとりと笑って───王様への供物にしようとしている。

 なんとまあ、惨い女だ。

 それでいて稲荷崎に勝利を捧げたいという気持ちも本物だから、尚更タチが悪い。

 悪い女に捕まった稲荷崎が哀れだった。

 

「稲荷崎を選んだ本当の理由を誰かに言ったか?」

「ついさっき、牛島さんにだけ。鷲匠監督が二人目です」

「だろうな」

 

 牛島には『影山くんの隣にいるため』とだけ伝えたので、ここまで詳細に話したのは鷲匠が初めてだった。牛島がすぐに納得したのは、結局影山が理由だったのだと教えられたからだ。

 今の話を深呼吸で腹の奥底に押し込んだ鷲匠は、しかし桃井が全く意識していない点が引っかかる。

 相手チームが強くなれば、試合をして烏野が負けた時、それだけ落とす影は濃くなる。圧倒的な敗北はとても痛いだろう。心を折ることにも繋がりかねない。王者白鳥沢はそういうシーンに何度も遭遇してきた。

 烏野にだってその可能性はある。

 そんなことを尋ねてみると、桃井は明るく笑った。

 

「大丈夫ですよ。影山くんが何かに絶望するとしたら、バレーができなくなった時だけですから」

 

 鷲匠が聞いたのは烏野の心配についてなのに、桃井は影山のことしか考えていなかった。

 そしてIH予選にて白鳥沢は、決勝戦に勝ち上がった烏野を、完膚なきまでにボコボコにするのだが、少し先の未来の話である。

 

 

 

 

 

 両チームは施設の外に出た。いよいよ別れの時である。

 試合を通じて彼らは好敵手にはならなかった。性格的にも相性的にもあまり良くないなという感想が互いにあった。ザ・青春! という感じのキラキラした絆はコイツらには芽生えないだろうなという確信があった。

 その場にいる誰もが、IHという全国の舞台で再会することをただ認識していた。強豪校故の、出場して当然という自信とプレッシャーが両肩にのしかかる。

 

「ほな白布くん。ちゃあんとウシワカを使いこなしてな」

「背後には気をつけろよ宮侑」

「ここはIHで借りを返すとかでいいんじゃないの?」

 

 普段以上に冷たい対応の白布に、川西はアララと眠そうな顔をする。対して侑は気にしていないようで、ニコニコ糸目になっていた。

 白布をエースに頼るしか脳がないセッターと思っていたが、今日の試合で一皮剥けたのがわかったから気に入ったのだ。

 

「また戦おうね〜、その時は今日以上に狙うからネ〜」

「………ウワ」

 

 天童に指差しで宣言されて、角名はスマホから顔を上げて心から嫌そうなリアクションをする。銀島も天童のドシャットを思い出してウッと胸を押さえた。

 

「俺ら全員ヘタクソや! 練習、頑張ろうな!」

「うん……」

 

 勢いのまま銀島に言われて、角名は「熱(笑)」と笑う気にはなれなかった。自慢の速攻が通じなかったのが、自分が想定していた以上に悔しかった。

 

「もっと言って!」

「桃井。ちょっといい?」

 

 五色と並んで彼のプレーを褒めていた桃井に話しかける。五色はアンコールを求めていたようだが、彼女は上手に話を切り上げて、角名の方に体を向けた。

 

「今日の俺の動きのデータ、くんない?」

「ええと、休み明けに合宿中の成長データと共に今後の課題としてお渡しするとお伝えしましたが、それより早く?」

「うん、動きが見たいだけだから動画が先に欲しくて。難しいなら、後で全然」

「いえ! わかりました。先輩にお伝えして、早急に対応します」

「ありがとう」

 

 桃井がお手本のような笑顔を角名に見せて、すぐに先輩マネージャーのもとへ移動した。マジで対応早、と角名がぼんやりしているうちに彼のスマホが振動する。見れば動画データが送られていた。仕事が早い。

 帰りのバスの中で見ようとポケットにスマホを入れる。練習試合終わりは、というか合宿終わりだから疲れて眠たいはずなのに、妙に目が冴えていた。

 

「え、何してんの治」

「栄養補給」

「あと帰るだけやろ」

「腹減ってしゃあないわ」

 

 治が呑気にバナナをモリモリ食べるので、角名と銀島は焦る気持ちが少しだけ落ち着いた。

 そんな様子が目に入った瀬見が、大耳に話しかける。

 

「そっちの後輩は癖強いよなー、特に双子とか手ェ焼くんじゃねーの?」

「まあな。毎日のようにケンカするし、信介がおらんと収集つかへん」

「ゲッ、そんなに暴れてんのかよ」

「白鳥沢だって、二年や一年にも手強いのがおるやろ?」

「まず同い年に問題児がいるから」

「しかも二人」

「あー」

 

 山形と大平が苦笑いをするので、多分牛島と天童のことかな……と大耳や赤木が頷いた。自分たちの同学年に問題児はいないが、頭ならいる。

 

「お前らジャージのソデ通せや、落ちそうで気になんねん! 女優か!!」

「女優ではない」

「バチバチってなるやん」

 

 試合終わりのシリアスな雰囲気はどこへやら。ジャージを肩にかけただけの牛島と北に、尾白がツッコミを入れている。

 少しだけ雑談して仲が良くなった気はするが、やがて紫と臙脂が交ざり合った集団は、自然と二色にキッパリ別れた。

 稲荷崎はバレー部専用バスに乗り込み、白鳥沢は負けたので駅までダッシュである(ちなみに宮城に戻ってからも学校まで走って帰らされる)。

 別れ際、お互いに向けた宣言もメッセージもなかった。

 コイツらは絶対IHで勝ち上がってくる。そこで全てをぶつけるだけだと誰もが思っていた。

 

 

 

 

「今日は学校戻って解散や! 明日は一日休みやからしっかり休むんやぞ」

 

 バスに乗り込んだところで、黒須監督がよく聞こえるように言った。

 車中は妙な空気に包まれていた。試合に勝ったのに騒がしくない。かといって特別悔しがったり反省してる様子でもない。稲荷崎を何年も率いてきた黒須監督にとっても、初めての雰囲気だった。

 何なんやろ、と顔には出さず心の中でだけ思って座る。

 部員たちは疲れた顔をしていた。鬼畜な練習量をこなし、最終日には強豪と練習試合を散々やったからとは言い切れない別の疲労だった。

 

「………」

 

 北の隣を確保した桃井もぐったりしていた。白鳥沢の面々に会えたのは嬉しかったし、楽しかった。それに稲荷崎の選手らが、試合で双子速攻を披露したり、大耳や尾白などが予想外の活躍をしてくれて……誕生日プレゼントをくれたのだ。

 

『では、明後日の白鳥沢との練習試合で私を驚かせて欲しいです』

『フッフ。ええよ。楽しみにしとき』

 

 約束通り、彼らは素晴らしい体験をくれた。桃井は嬉しくなって、稲荷崎の前では気を引き締めなければという決意も忘れて、彼らにはしゃいでお礼を言った。

 それなのに。

 

『ああ、ウン……』

『それくらい当然やし……』

『またやったるわ……』

 

 全員に気のない返事をされた。目は合わないし、元気もなかった。あれ? と疑問に思った桃井だが、思い当たる節がなくてますます謎は残る。

 ではどうして彼らはそんな反応をしたのか。

 桃井と急に心の距離が空いた気がしたからである。

 

『………今の桃井は大分、おりこうさんよな』

 

 白鳥沢相手には気を許すのに、自分たちには壁がある。宮城にいた頃の話なんて聞いたこともない。どうして話をしてくれないのか? そんなことばかりが頭をよぎって、上手い返答ができなかった。

 試合の時はあんなにやる気に満ち溢れていたのに。終われば、魂を抜かれたみたいに闘志が燃え上がらなくなっていた。

 

 合宿自体の身体的な疲れと、心の距離に戸惑う精神的な疲弊。

 そういうのが全身にずっしり覆い被さって、全員が暗い顔をしていた。ため息とモヤモヤした空気が車内に溢れて、ついに監督は窓を開けた。

 

「いけない、分析しないと……」

 

 桃井は膝の上に置いたノートPCを起動させ、3秒でこてんと眠りに落ちた。疲労が限界を迎えていた。

 他の部員たちもすぐに寝てしまって、起きているのは監督とコーチ、イヤホンをして動画を見る角名と、桃井の隣に座る北だけとなる。

 桃井の寝顔を見るのは悪いので、北は窓の向こうに視線を投げた。

 

 この子は俺を頼っとるんやろなぁ、と夕日に照らされながらぼんやり思う。

 桃井は周りに気づかれない範囲で疲れた時、よく北のもとにやって来る。二年生や一年生は、まず騒がしい状態で主将に話しかけないからだ。だから北のそばにいれば、無言でぼんやりできる。息抜きみたいなものである。

 三年生は桃井の習性をなんとなく理解しているので、彼女が休憩目的で主将の隣にいる時は、二人にむやみやたらに話しかけない。

 

 稲荷崎で最初に桃井が素を出した相手は北だし、桃井が一番信用しているのも北だろう。誇張や自惚れ抜きに、そんな風に正しく認識した。

 桃井が北に寄ってくるのは「この人なら気を抜ける」という信頼があるからだ。この子の気持ちは大事にせないかん、と疲れた頭で思った。

 

『桃井の分析を当たり前と思わないことだ』

 

 牛島に言われた言葉が頭の中をぐるぐるしている。

 稲荷崎の前で素の自分を封じ込める姿。

 白鳥沢相手には明るく朗らかに話す横顔。

 北の横に座りぼんやりする気の抜けた顔。

 常に作業に追われて慌ただしそうな様子。

 あと一歩で思考がまとまりそうになったが、ついに北も眠気に負け、するりと意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、東北の地では。

 烏野と音駒の練習試合が終了し、双方にザ・青春! という感じのキラキラした絆が芽生えていた。

 

「意外だよなー、影山と研磨と黒尾さん、知り合いだったのか」

「知り合いというか……友達の友達というか……影山のことはあんま知らない……。さつきが間にいるってだけ」

「えっ!?」

 

 日向は大きな声を出した。孤爪の口から自分のファン第一号(中学の試合でそう言ってくれた桃井)の名前が飛び出して来るとは思わなかったのだ。

 

「研磨、さつきとも知り合いなの!?」

「まあ……、音駒の見学にも来てたし」

「見学? さつきが? なんで?」

「? ウチの監督にスカウトされてたから」

「スカウト!!?」

 

 顎が外れるくらいビックリする日向に、孤爪は首を傾げる。何を驚いているんだろう、彼女の分析能力を欲して全国の強豪校が争奪戦を繰り広げていたのに、と。

 しかし日向は桃井の分析能力について何も知らないようだった。

 

「スッゲーかわいいからスカウトされたってこと? 芸能人的な……」

 

 突拍子もない発想までしていた。その様子に孤爪はフムと考える。

 二人がどうやって知り合ったのかは知らないが、日向が桃井をただのマネージャーとしか認識していないのは、何か狙いがあるのかなと思った。

 じゃあおれがネタバラシするのは良くないなと当然のように考え、口を閉ざす。

 

「あ」

 

 思い出した。桃井は『新しく、面白く、予測不可能な、彼』を見つけたと言っていた。

 もしかして日向翔陽のことか? と孤爪は正解に辿り着く。

 日向と影山は中学の試合で一度だけ対戦したらしい。ということはその場に桃井もいたはずだ。彼女は日向のバレーを見て、類い稀なる運動神経以上に、彼の中身に興味が湧いたのではないだろうか。

 その気持ちは孤爪にもよくわかる。孤爪と桃井は同族なのだから。

 

『さつきでもわからないんだ……おれも興味があるよ』

『……。先に見つけたの私だからね』

『? そうだね。けどやってみたくない? 知恵比べ』

『やりたい』

『じゃあソイツでやろ。どっちが先に攻略できるかゲーム』

 

 そんなことを言っていたのだっけ。黒尾には「可哀想だからよしなさい」と諌められた記憶がある。

 

「ふふ」

「!?」

 

 孤爪が突然小さく笑ったので、日向は目を大きく開いて何事かと構えた。

 桃井が予測不可能と言っていたのが日向だとは知らずに、ゲームを開始していたのが孤爪には面白かったのだ。

 どっちが先に日向翔陽を攻略できるかゲーム。

 負けたくないなと思う。

 

「け、研磨……?」

 

 桃井がどの学校に進学したか興味がないから知らないが、このゲームはゴミ捨て場の決戦を約束した音駒の方が有利だろう。

 集大成の勝負とか、因縁の対決とか、三年生の引退とか、そういう事には然程興味はない。

 ただただ烏の羽を捥いでみたくて仕方がないなと思った。

 

「何の話してんだ……?」

 

 一方、遠くから孤爪と日向の会話を眺めていた影山。彼と孤爪はいくら知り合いといっても、桃井を介しただけのほぼ他人みたいなものだ。だってほとんど喋ったことないし。

 それでも試合後に影山が話しかけると、孤爪は少しだけ相手してくれて、30秒で逃げられた。次こそは、と影山は気合を入れる。

 

「影山くん、どうしたの?」

「黒尾さん。いえ、日向の速攻への対応が早かったな、と」

「ああ。研磨ね。ウチの脳だから」

 

 黒尾が得意げに笑う。しかしその胡散臭い笑みはすぐに消えた。

 

「でも、そっちも対応に慣れてたというか……初めて止められたって感じでもなさそうだったけど?」

「前に及川さんや岩泉さん、……別のチームにも対策されたんで」

「オイカワ? オイカワ、あー……オイカー君ね」

 

 ものすごいイケメンで、ものすごいチャラかった気がする。昔の記憶を引っ張り出して黒尾が頷いた。影山と桃井の先輩だし、そういう分析やチームメイトへの指示が得意な男だったと思う。

 

「桃井ちゃんは烏野にも、そのオイカー君がいるチームにもいかなかった。だよね?」

「はい」

「心配じゃないの? 気になったりとかしない? 色々大変な目にあって、しんどい思いしたりしてるかもって」

 

 黒尾は幼馴染の孤爪に過保護な自覚がある。桃井と影山が互いに大切な存在らしいというのは、人を見る目の鋭い黒尾に何となく伝わっていた。

 だからごく自然のことだと思って聞いた。

 すると影山は、よくわからないという顔をして答えた。

 

「大丈夫だと思います。アイツが何かに絶望するとしたら、バレーができなくなった時だけですから」




こういう展開がやりたいからと何話も前に仕込んだ話を持ってこれるの本当に楽しいです。

桃井は生まれてからずっと影山にとても大きな愛を捧げており、高校になってチームが離れてもひたむきな愛を向け続ける彼女の隣に、「愛」を背負うセッターの男がいるのワクワクしますね。

桃井の二つ名どうする問題(影山が"コート上の王様"なので対比でいるかなと考え中です。せっかく高校編に入ったし)

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