桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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北信介はちゃんと見ている
ヒソヒソコソコソ


 GW合宿を終え、稲荷崎高校男子バレー部はいよいよIHに向けて本格的に始動した。

 IH予選まで一ヶ月もないが、優勝が義務づけられている彼らにとっては、通常通り粛々と部活に励むのみである。

 いつものように、なのだが。

 

「………」

「………」

 

 男子バレー部の部員たちと桃井の間に変な空気が生まれ、解消されないまま日々が過ぎていた。

 桃井には心当たりがない。こういうのって直接聞くのも気まずいし……と様子見の段階だった。一年前の北川第一の雰囲気を思い出しては憂鬱になる。稲荷崎でも同じようになったことが、ちょっぴり寂しく少し悲しいけれど、何がきっかけでこうなったのかわからなかった。

 ただ、合宿最終日の白鳥沢戦の後から様子が変だったのは確定だ。牛島さんが何か言ったとか? などと可能性を考えては、項垂れている。

 練習に支障があるわけじゃないのも困った。部活は円滑に回ってるからこそ、浮き彫りになる違和感が胸をちくりと刺す。

 

「どうしよう……」

「何かあった?」

「理石くん」

 

 桃井が教室でため息をつくと、理石に話しかけられた。パッと顔を上げて「なんでもない」と笑うと、目の前に差し出された本を受け取る。桃井が理石に貸し出した本だった。

 

「サンキュ、すげー参考になったわ」

「最後まで読んだ?」

「うん。面白かった」

「えっ?」

 

 最後まで読んだと頷かれて、桃井は驚いた。

 理石に貸したのは、マインドセットの本だった。メンタルの弱さが課題の理石に、「おすすめの本があるけど読んでみる?」と渡したのだ。ルーティンや練習で鍛える方法もあるけれど、彼の場合、文章として読んで頭に理論を入れる方が合っていると思った。

 その中身は桃井が勉強に使った跡がぎっちり詰まっていて、マーカー線やメモ、バレーボールと関連づけた発想が書き込まれている。

 「汚くてごめんね」と桃井が謝れば、理石は「学びになるから」と笑っていた。

 

「最後まで?」

「せっかく貸してもらったし……こういう考えに触れるの新鮮で。桃井のメモも興味深かったわ」

「すごい。貸した本を最後まで読んだ人、初めて……」

「そうなん?」

「うん。読むのがダルいから要約してとか、途中で諦めたって申し訳なさそうにされたりとか、目次で白目になって気絶した奴とか、今までそんなのばっかりだったから」

 

 順に国見、金田一、影山である。過去にバレーボールに関係する本や、バレーに全く関係ないが心理戦やメンタルに役立つ本などを貸した時期があったのだが、全員脱落していった。勉強なんてしてらんねぇと言われた。

 まあ男の子ってあんまりこういうの興味ないか、と諦めていた桃井だったが、初めて読破してくれた存在に目が輝く。

 

「……それって、中学の時の話?」

「? うん。みんな真面目に練習してたんだけどね。勉強は嫌いだーって」

「へー……」

「そういえば、私がこういう本を読むきっかけになったのは、侑先輩だったなぁ」

「え! なんでなん?」

「昔大会であの人と話す機会があったんだけど、すっごく意地悪で。ムカついたから心理学の本を読むようになったの。負けたくない! って」

 

 ぐっと拳を握る強気な桃井。話を聞きながら、理石は少し考える。

 桃井の中学時代の話。それはGW合宿最後に部員たちが不穏に騒めいたきっかけだった。

 彼女と同じクラスメイトの理石は、自分を恐らく桃井と一番仲がいい同級生だと思っている。そんな彼でも桃井の地元の話は聞いたことがなかった。

 だけど、今、桃井はサラッと中学の話をした。

 案外聞けば教えてくれるのかもしれない。

 

「あの、さ」

「うん」

「前期中間テスト、きばろーな」

 

 気になったけれど、そこまでの勇気はなくて理石は曖昧に笑う。

 焦らなくていいと思った。これから三年間、同じ部活で日本一を目指して頑張ることになるのだから。

 その間にどこまでも仲良くなれるだろう。というか今よりもっと仲良くなりたい。だって仲間だし。尊敬できるマネージャーだから、彼女に尊敬してもらえるくらい自分だって強くなりたい。

 フンと息巻く理石。そんな彼を、テストに気合い入ってるなぁと桃井は思った。

 

 

 

 

 

「気になる」

「何がや?」

「桃井の中学時代!」

「双子は2回試合したんやろ? チームメイトとか覚えてへんの」

「覚えとるのは、あー……及川さんと、飛雄くん」

「誰?」

「確か両方セッターやったな。及川は先輩で、影山は桃井の同輩」

「ふぅん、どんな選手だったの?」

「してやられてたなぁ? 侑は」

「治うっさいわ! 及川さんには負けてへんし、飛雄くんには勝ったったわ!」

 

 さて、理石がじっくり待ちの姿勢に入ったのを知らない二年生らは、作戦会議のようにコソコソ円になって会話をしていた。

 中学時代の桃井と会ったことがあるのは双子だけだ。その時の桃井と周囲のやりとりを聞いてみても、彼らは首を振る。覚えていなかった。まあ基本的に会うのは試合会場なのだから、桃井周りの普段の会話なんか知らなくて当然だが。

 それに桃井も試合に集中してるし。あと試合前後に侑が桃井に絡みに行っても避けられてたし。

 

「え、なに。侑って桃井に嫌われてたんだ? ウケる」

「ウケへん! 二度と会いたないって言われたわ」

「そりゃ100%侑が悪いやろ」

「どうせヤな事言ったんでしょ。でも桃井ってそんなこと言うんだ、ちょっと意外」

「イメージないよな。キツイこと言うって……いや練習の時とか容赦ないけど。冷たいところもあるけど、拒絶までせんやろ」

 

 銀島と角名が桃井側についた。イメージになくとも、理由なく桃井が誰かを嫌うとは思えないので、やっぱり侑が悪いんじゃないのと言う。

 事の顛末をぼんやり知っている治も、それは侑が悪いという顔をして聞いている。

 

「やからそれが猫被りやろ」

「壁があるんよなぁ」

「めっちゃ白鳥沢と仲良さそうやったからなぁ。今まで桃井と距離あるなんて考えたこともなかったけど、あれ見たら、なぁ」

 

 問題は俺らよりも白鳥沢との方が仲が良さそうだったこと。桃井は会えて嬉しそうだったし、はしゃいでいたらしいこと。

 そういうのが、なんというか、モヤっとするのだ。

 皆一様に噛み砕けず無理して飲み込むような面持ちで視線を落としている。

 

「……本人に言ってみるか?」

 

 先生に本気で叱られた時のような、シワシワの声で侑が言った。

 

「何て。俺らともっと仲良くなろうやって?」

「恥っず! 小学生やん!」

「別にはっきり言わんでもええやん。宮城におった頃の話が聞きたいわーって感じでええやん」

「銀はその辺フラットだよね」

 

 でもそんなことを聞いたら、白鳥沢と仲がいい話とかが飛び出してくるんじゃないだろうか。それは嫌だ。桃井の口から聞きたくない。

 自分が所属していたチームの話なら、どれだけ親しくても「そりゃ三年間おったからなぁ」と流せる。でも白鳥沢はダメだ。対戦した奴らの顔が浮かび上がってくるから、ムカついてしまう。

 だって桃井は稲荷崎のチームだから。稲荷崎ファーストであって欲しいし、何よりも自分たちを優先して欲しかった。

 

「中学ん時のチームの話とか、全然聞いたことないな」

「割とそんなんじゃない? 俺も積極的に言ったりしないよ。聞かれないし。自己紹介でふわっと話すくらい」

「角名は地元トークとか桃井とせんの? せんか」

 

 治は角名に聞きながら自分で納得した。そんな光景は見たことがない。

 

「あ。そういえば」

「ン」

「勘違いかもだけど。桃井って最初、双子のケンカにだいぶビックリしてて」

「ほう」

「それが普通とはちょっと違うというか……コレなんだけど」

 

 と角名がスマホの画面を見せてくる。角名は双子がケンカを始めると動画を撮る習性があるので、アルバムには双子専用フォルダがあるくらいだ。

 その中の動画を見せてくる。銀島はあ、と気づいた。双子がケンカをし、自分が止めようとしていて、後ろの方にいる先輩がまたやってるよという顔をしていて。

 さらにその向こうで、桃井が立ち竦んでいたのだ。

 

「………」

 

 侑は唇を触りながら真剣に動画を見る。毎日のようにケンカしているので、この時の内容なんて全く覚えちゃいなかった。それにケンカ中は互いを殴るので精一杯なので、周りを全く見ていない。

 動画の中の桃井は少しも動かなかった。片手で拳を作り、もう片方の手が手首を強く掴んでいる。顔はぼやけていてちゃんとは見えないが、確かにその様子は尋常じゃない感じがする。

 なんだかトラウマチックな印象を受けた。

 

「なんか、ヤバそうやな」

 

 治の言葉に、銀島は頷くことで同意を示す。

 180cmを超える男がガチ喧嘩をしてる光景は、女の子には恐怖だろう。暴言が山ほど飛び出すし、拳も蹴りも何でもする。結構音が大きく迫力があって、反射でビビるのだ。

 でも桃井の怯え方は、音や攻撃に反応している感じではなかった。

 "ケンカをする光景"に目が逸らせない、という具合だった。

 

「あ、北さん」

「ほらね。わかるでしょ」

 

 動画は北が登場したところで終了した。集中して画面を見ていたので、治はゆっくりと息を吐く。桃井が何かを堪えるように立つ姿が脳裏に焼き付いている。

 

「中学でなんかあったんかな」

「さあ。でも宮城からわざわざ兵庫来てんだよ? 結構な理由がないと来ないでしょ」

 

 角名は黒須監督に勧誘されて、愛知から兵庫にやって来た。それも相当な勇気がないと決断できない選択だ。周りには絶対言わないが、一人で見知らぬ土地に新幹線で到着した時の心細さを、角名は未だに覚えている。

 

「もしかして稲荷崎を選んだ理由って、俺やなくて、中学でなんかあったから?」

「侑やないわ」

「寝言は寝て言え」

「誰も知らない土地に行きたかったのかもね」

 

 ハッ……! と大事なことに気づいてしまった顔の侑に、他のメンバーは冷たかった。いや散々桃井から否定されとるやん、と。角名なんか無視して自分の考えを言っている。

 当の本人が"影山飛雄のため"に稲荷崎に乗り込んだなんて知らないまま、ポジティブな理由ではなく、ネガティブな理由なんじゃないかと。彼らはそんなふうに考えた。

 

「でも白鳥沢とは仲良かったやん!」

「だから桃井がいたチームが原因かもじゃん」

「ああ、どこやっけ」

「北川第一」

 

 角名は学校名に男子バレー部と付け加えて検索をかけた。すぐに情報が出て来て、スクロールしながら目を通す。

 

「三年連続で宮城県中総体優勝。全国……も三年連続で行ってる。あ、けど三年目は初戦敗退だって」

 

 全員ふぅんというリアクションだった。彼らが所属していた中学も、中総体優勝だの全国大会出場だのが当然だったので。

 

「あ。中学んの時の桃井……」

「見たい見たい見せて見せて」

「双子は生で見とるやろ!」

「画像でも見たいやんか! うわっ、カワイ」

 

 キラキラしたアイドルのような、言ってしまえばメディア用だなという愛想笑いの幼い桃井がいた。その表情には見覚えがある。それは自分たちに向けられたものだった。

 最近は、イタズラぽかったり乙女チックだったりする笑い方を見て来たけれど、一番よく見る事務的な笑顔がネットに出て来て、彼らは少しの間沈黙する。

 

「………どうしたらええんやろ」

 

 ポツリと治が呟いた。

 明日から前期中間試験なのに。明日から数日間部活がなくなって、桃井に会えなくなるのに。

 モヤモヤした感情が消えてくれない。発散したくてあれこれ言ったのに、むしろ悪化した気がした。

 

 

 

 

 

「まあ話してくれるのを待つわ」

「そうやな」

 

 三年の廊下にて。尾白と大耳がそんなことを言うので、静かに参考書を読んでいた北がそちらを見た。試験に向けて勉強するついでに集まると、自然と桃井の話題になっていた。

 

「こっちからも余計な詮索はしない方がええかもな」

「なんで?」

「信介。だってそりゃ……」

 

 三年組も、二年生組と同じように、桃井はネガティブな理由で稲荷崎に進学したのではと考えていた。

 だから周りがガヤガヤ騒ぐのは違うと思い、みんな口をつぐもうとしている。暗黙の了解のようになってしまったのだ。箝口令が敷かれたようだった。

 桃井が稲荷崎の面々に壁を作っている理由を知っている北は、この状況に思案する。どうすれば彼女の信用を守れるのか、答えは出ないままだった。

 

「うーん」

 

 赤木は腕を組んで唸る。ここ最近の動向に、なんだか良くない流れじゃないかと思ったのだ。腫れ物扱いになっていきそうな、嫌な感じを察知した。

 リベロのポジションの者は男前が非常に多い……というのは偏見かもしれないが、チームでもかなりの男前である赤木は、わかった! と手を挙げる。

 

「もうズバッと聞いちゃえばええやんか」

「えっ?」

 

 赤木を先頭に四人は移動する。職員室に繋がる廊下を桃井が歩いているのを見かけたので、そこに行けば絶対に会えると思った。

 目論見通り、桃色の髪を揺らす後ろ姿に声をかける。

 

「あ、いたいた。桃井ー」

「お疲れ様です、赤木先輩。みなさんも」

 

 職員室への入室が禁止されている期間なので、職員室前の出入り口は先生に用事がある生徒がたむろしていた。

 教材を胸に抱えた桃井もそこにいたので、赤木はカラリと晴れ渡った笑顔で話しかける。

 

「先生に質問ー?」

「はい、英語でわからない部分があって」

「誰先生だっけ」

「本田先生です」

「あー、一年の時の先生やったわ。教え方癖あんねんな、オモロイから好きやけど」

「ザ・関西! って感じの先生で面白いです」

「鉄板の話もうした? 遊園地のやつ」

「しましたしました」

「俺、質問行ってくるわ」

 

 職員室入り口から少し離れて、桃井と赤木は雑談をする。そこに尾白と大耳も加わった。北もついてきたが、そういえばと職員室に入っていった。先生への質問を済ませるためである。

 北がそんな感じだったので、桃井も「三人は北先輩について来たんだな、仲良しなんだな」と納得した。

 北抜きでテストの話、勉強の話、先生の話で一通り盛り上がった後、赤木はサラッと本題をぶっ込んでいく。目的達成に躊躇のない男なのである。

 

「どうや、こっちの生活にはもう慣れたか?」

「!」

 

 男たちの顔に緊張が走る。しかし桃井は赤木の方を向いていたので、それには気づかず「はい」と言った。

 

「同級生は優しいし、先輩方もよくしてくださいます。学業にも支障はございません」

「頼もしいな」

「侑に爪の垢煎じて飲ませたいわ」

 

 しゃっきり胸を張って桃井は答えた。その言葉に嘘はなさそうだ。「そうか!」と赤木もしゃっきり嬉しそうにしている。

 

「宮城にいた頃と変わらずって感じ?」

「そうですね、ほとんど変わらないです。ああでも、テスト期間はちょっと違うかも」

「違う?」

「自分の勉強に集中できます。中学の時は赤点しか取らないおバカがいたので、その面倒を見るのに忙しくって」

「大変やったな……」

「ええ。補習と大会がかぶる時なんて本当に。毎回私が歴代のテストを解いて答案予測作って丸暗記させてました」

「そこまで??」

「救いようのないおバカだったので」

 

 スッと冷めた目つきの桃井が言う。しかし赤木が「そこまで?」と聞いたのは、"桃井はそいつの為にそんなことまでしてたの?"という意味だった。

 バレーで正確な予測を立てる桃井なら、テストでも正確な予測ができるのか。それにしたって、どれだけ重要な戦力の選手でも、補習回避の為に桃井が歴代のテストを解くなんて。

 

「過保護……」

「オカンか!」

 

 大耳の呟きと尾白のツッコミが同時に生まれる。幸い、稲荷崎の一年生は優秀なので赤点常習犯はいない。しかし上級生は危うかった。桃井が彼らと同学年だったら、テスト期間は超多忙だったに違いない。

 桃井が一年生で良かった……と思っていれば、当の本人が沈黙しているのでアレっとなる。

 

「! いえ、今思えば、お節介でしたよね。あはは。あ、北先輩」

 

 ごまかすように桃井は愛想笑いをした。無理をしていると三年生にはすぐにわかる。でもこんなに大勢の人がいる場で指摘することではないとまごまごした。

 尾白が赤木を肘でこづく。大耳にも背中を軽く叩かれて、赤木が失敗したかも! と失策を受け入れた。こういう時は話題を変えて……と思う前に、桃井は戻って来た北の隣にすすすっと寄った。

 

「テストは大丈夫か?」

「はい、バッチリです」

 

 やっぱり桃井は北に一番懐いている。今更そこに何も思わないけれど、立派な先輩である尾白と大耳と赤木は、複雑な表情で顔を見合わせた。

 カワイイ後輩に一番に懐かれたいと思うのは、男だから仕方がない。だからまさにその状況である北が羨ましかった。

 桃井が何かを打ち明けるとしたら、相手はきっと北なんだろうなと思う。

 それはちょっと、いやかなり悔しいから、何か進展したら北をよくやったと褒めて、それから頭を叩こうと思った。




理石と本の話は、番外編でちらっと出したやつです。本編でも触れられて良かった。

桃井の二つ名どうする問題(影山が"コート上の王様"なので対比でいるかなと考え中です。せっかく高校編に入ったし)

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