桃井さつきinハイキュー!!   作:睡眠人間

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土砂降り

「何してんねん」

 

 部室にて、北は目の前の双子を見下ろして言った。二人が正座をしたから自然と視線が下がるだけで、北がわざわざ正座しろとは命令していない。何故なら北たちが部室に到着する前から、双子は既にその体勢だったので。

 部室の開け放たれた扉からそっと中を覗くのは、大耳だ。立ち入り禁止ラインがあるかのように、そこから先へ踏み込まず、北の発言に遠くから相槌を打つ。

 

「ホンマにな。知らせがあって走って来てみれば……」

 

 同じクラスの北と大耳は、前期中間試験初日を終え、図書室で試験対策をしていた。そこへ飛び込んできた生徒が大慌ての様子で「双子がバレー部の部室でケンカしとる!」と報告したのである。

 速攻で図書室を出て部室に向かった二人は、しかし報告と違って双子が大人しく正座をしている現場に到着し、首を傾げた。何だ、ケンカしてないじゃないかと。

 けれど事情聴取してみれば、双子はケンカをして、どうにも収拾がつかなくなり、自ら正座し反省しているという。だから報告してきた生徒が部室の近くを通りかかった時はケンカの真っ最中で、北たちが到着する頃には終わっていたらしい。

 しかも、双子喧嘩が勃発したきっかけは、桃井との言い合いというじゃないか。

 

「何言うたんや」

「色々……俺らより白鳥沢のが大事なんやなとか」

「おりこうさんでしょーもないとか……」

「桃井、どこに行ったん?」

「わからないです……。相当怒って出てったんで……」

 

 双子はショボショボとして酷いことを言ってしまった……という自責の念で正座しているようだ。北に質問されている間、ずっと顔を上げずに死んだ面持ちで床を見ている。

 色々聞かれても、侑は、直球の悪口であるブタ呼ばわりまでは流石に言えなかった。治も「片割れが後輩の女子を畜生呼ばわりしたのがバレたらガチで殺されるな」とわかっていたので、侑を売るような真似はしない。というか、あの場にいて否定できなかった時点で、自分も同罪だと考えていた。

 

「信介。双子も反省しとるようやし、あんまいじめたんな」

「いじめてへん。ただ聞いとるだけや」

 

 北が双子を質問する……空気が冷えて、もはや尋問にも思えてくるその時間、大耳はものすごく帰りたくなった。

 だって、北の纏う雰囲気がどんどん恐ろしくなっていく。本気で怒っているのがわかるから、その怒気を向けられる双子は生きた心地がしないだろう。

 けれど双子は単に焦っただけだと大耳は思った。自分たち三年生組は待つことを選んだが、彼らは行動することを選んだのだろう。そして失敗した。やり方を間違えてしまったなら、やり直せばいい。桃井にきちんと謝ればいい。

 だからそこまで責めなくても……と穏健派の大耳は後ろで見守っている。

 

「桃井には謝ったか?」

「イイエ……」

「まず謝れ。桃井は答えたくなくて、聞かれたくなくて、言葉を濁したんやろ。そこを無理やり言わそうとして、先輩二人で寄ってたかって圧かけて……恥ずかしないんか」

「…………」

「双子にとっても知られたくない過去の一つや二つ、あるやろ。桃井だってそうや。そこ飲み込んで、あの子は笑って懸命にサポートしとる。それの何がアカンの」

「そ、それが問題やないですか」

「侑?」

 

 まさか北の説教中に侑が口答えするとは。驚いた大耳が名前を呼んだ。

 

「俺らは腹ん中まで桃井に全部知られとる! プレースタイルとか弱点とか性格とか、それだけやない! ピュアな幼稚園の頃の初恋の話とか、初めて学校で泣いた恥ずかしい話とか、冷蔵庫にあった治のシュークリームを食った話とか!」

「それ昨日の話やろ! また殴られたいんか侑!」

「いや流石に桃井もそれは知らんと思うわ」

「とにかく! 全部全部向こうは知っとるのに、俺らだけ知らんのは不公平や!」

「そ、そうや。不平等や! せやから桃井にも、全部曝け出して欲しいんです! 中学ん時みたいに!」

「お前らなぁ」

 

 双子が熱弁するのを聞いて、大耳がようやく部室に入った。双子の前に立つ北の隣まで進むと、一気に長身を沈め、両足を大胆に広げてしゃがんだ。

 その拍子にパキリと膝の関節が鳴る音がして、部室の空気がまたもや引き締まる。大きな背を少し丸めて、大耳は片手を膝に置いて双子の目をしかと見据える。

 

「それひっくるめて全部受け入れて、黙って待つのが男やろ」

 

 大耳が低く落ち着いた声色で言った。器の違い、甲斐性をたった一言で表したのである。

 これに双子はグッと顔を赤くした。たった一年しか学年は違うのに、先輩らしさを見せつけられたからだ。大耳に対して、自分たちは何て幼いのだろうと思わされた。

 北の説教よりも鮮烈で痛快だった。大耳の隣で今の発言を聞いていた北も、これはかっこよかったなと思う。ちょっと真似したいくらいだった。

 

「試験が終わって部活が再開するまでに、桃井にしっかり謝るんやぞ」

「ハイ」

「ほんでテスト勉強もちゃんとやれよ」

「うっす!」

 

 北と大耳は最後にそれだけを言った。双子が背中を小さく丸めて反省しているので、それ以上追求しなくて良いと判断したのだ。

 

「練」

「わかっとる。誰にも言わへん。桃井も知られたくないやろうしな」

「うん。これからも気ィかけたって」

「言われんでも」

 

 桃井の中学時代のことは全員が気にしていた話題だ。けれど大喧嘩になって、しかも桃井が怒って出ていったとなれば、それ以上触れるのは危険だろう。

 部員たちが桃井の過去を無遠慮に探るのをやめさせなければ、と北は考える。

 しかし迂闊だった。一度気になったら解明するまで双子は止まらないだろうに、こんなすぐに行動に移すとは思わなかった。

 

「かわいい理由やからなぁ」

「? 信介?」

 

 北がかわいいなんて柔らかいワードを言うなんて、と大耳が何度もまばたきをしている。けれど北は大真面目な顔で、今後のことをあれこれ思案した。

 これから雨が降るのだろうか、空は薄暗く、湿気を感じる。嫌な天気やなぁと言って、二人は部室を後にした。

 

 

 

 

 

「どこ、ここ……」

 

 一方その頃。

 桃井は途方に暮れていた。ショックで部室を飛び出した勢いのまま、ちょうど来たバスに乗り、何も考えられずぼうっと揺られ、とりあえず誰も降りていなさそうなバス停で降りていた。

 気づいた時には知らない停留所にいたのだ。心細さを隠すように、鞄の紐を強く握る。

 辺りを見渡せば、鈍い灰色の空に覆われたのどかな風景がどこまでも続いている。遠くでカラスと犬の鳴き声が響く。一軒一軒の敷地は広く、どこも生垣やブロック塀に囲われていた。

 

「まあ、逆方向のバスにでも乗れば帰れるし」

 

 そう思って時刻表を見れば、次のバスが来るまで結構な時間が空くようだ。……雨が降りそうな匂いがする。折りたたみ傘があるから大丈夫だけど。

 

「…………」

 

 少しだけ歩こうとぼんやり思って桃井はトロトロ散歩し始めた。このまま家に帰っても作業に集中できないだろうし、とあまり働かない頭で思っている。

 ……嫌なことを言ってしまったな、と心の中は土砂降りの雨模様だ。

 

『あなたたちには関係ないッ!!』

 

 侑が言ったおりこうさんは図星だった。桃井の触れられたくない部分を無理やり暴かれそうになって、抵抗した結果、気づけばその言葉が口を飛び出していた。

 どうして我慢できなかったんだろう、と陰鬱な気持ちに沈む。

 桃井は、去年の県予選の決勝でのこと……コート上の王様と呼ばれた影山のトスが見放されたことを、稲荷崎の彼らには関係がないと思っていた。だから「関係ないのに口を出さないで」と叫んでしまったのだ。

 当事者間で解決したものを、今更外野の人間に言いふらす真似なんて、死んでも嫌だった。

 

「あ、そっか……」

 

 私って、稲荷崎の先輩たちを外野だと思ってるんだ。そう気づいて、自分の性格の悪さに嫌気がさす。

 自分のことを信頼してくれているのに、こっちは信頼していないみたいだ。しかし桃井は、自分の定めた中でちゃんと彼らを信用している。それとは別のところで、触れてほしくない部分だってあった。それだけで……いや、そうか。

 

「こういうところを言われてたんだ」

 

 だから双子は、桃井は自分たちに取り繕っている、壁を作っている、猫を被っている、と思ったのだ。もしかして一年生や三年生、他の二年生にもそんなふうに見られているのだろうか。最近の変な雰囲気はこれのせいかもしれないと気づく。

 ようやく原因が自分にあるとわかって、それでも桃井は県予選の決勝のことは言わない、と心に誓った。

 でもそれ以外の部分は───……。

 

「あら」

「あ、こんにちは」

「はい、こんにちはぁ」

 

 角を曲がると、同じく散歩中らしいお婆さんがいたので挨拶をする。ちっこいお婆さんは背を丸めてにこにこ笑っていた。その顔はどこか見覚えがあって、桃井は少し考える。でも人の顔をジロジロ見るのは失礼だろうとすぐに視線を外し、ぺこりと会釈をしてすれ違った。

 すると。

 

「えっ嘘」

 

 サアアア、と雨が降り出す音と共に、大粒の雫が落ちて来たのだ。こんな急に! と焦って、桃井は鞄から折りたたみ傘を取り出して慌てて差した。

 

「あっ!」

 

 ハッとなって振り返り、急いでお婆さんを傘に入れる。すれ違いざまに手ぶらだったのを見ていたから、雨に濡れたら困るだろうと判断したのだ。

 少し濡れてしまったが、そこまで被害は受けていない様子で、小さなお婆さんは驚いた顔で桃井を見上げている。

 

「ごめんなぁ、学生さん。せやけどええねん、家はすぐそこやし。お散歩しよかと思たけど失敗や。もう帰ります」

「いえ。濡れてしまいますから。お家に着くまでどうぞ傘に入ってください。送ります」

「あら……ほなら、おおきに。その制服、稲荷崎の学生さんやろ? 孫がその学校通ってんねん」

 

 いつの間にかスッカリ大雨になってしまって、畦道を叩く雨が二人の靴を濡らす。お婆さんは背が小さく、また雨のせいで話し声が聞こえないので、桃井は耳と傘をお婆さんの方に傾けた。

 すると半分露出した肩が容赦なく濡れる。鞄は手前の方で持っているから多分資料は大丈夫だろう、大丈夫であって欲しい、と桃井は願った。

 

「わたしの孫はねぇ、男子バレー部の部長さんなんよ。知っとる? 信ちゃん」

「し、……はい、知ってます。三年生の、北信介さん……」

「あら! 同じ学校やからやっぱり知っとるんや。嬉しいわぁ」

 

 北先輩のおばあちゃんだった! だから資料で見たことがあるんだ! と桃井は内心びっくりして、傘の持ち手に込める力が増した。絶対におばあちゃんを濡らしてはならない、とますます傘は傾く。

 お婆さんこと、北結仁依は、桃井が北の直接的な後輩であることを知らずに、にこにこ笑って帰り道を歩いている。重い雲が立ち込めた薄暗い視界に似合わない、春の陽気が漂う笑顔だった。

 

「信ちゃん、ずうっとバレーをやっとったから。部長に選ばれた時はホンマに大喜びでな。今まで試合に出たことないから、試合に出れて嬉しいって。その時は家族みんなでお祝いして……」

 

 おばあちゃんの話を聞きながら、桃井は昔のことを思い出していた。

 幼馴染である影山がジュニアチームで初めてユニフォームをもらった日。二人で大はしゃぎで、影山の姉や祖父に報告しに行ったのだ。残念ながら事情があって祖父にすぐに伝えることはできなかったけど、後でみんなでお祝いしたのを覚えている。

 ……懐かしい。また一与さんに会いたいな、と桃井は思う。

 

「あなたは、アラ……あらやだ。そうや、わたしお名前言うてへんかったわ。北結仁依です」

「結仁依さん。私は……さつきといいます。稲荷崎高校の一年生です」

「さつきちゃんね、さつきちゃん。あっ、ええよぉ。わたしのこと、おばあちゃんて呼んでな」

「じゃあ……おばあちゃん」

「やだわぁ、照れてまうわ。こないなべっぴんさんに呼ばれて……」

 

 北のおばあちゃんはとても可愛らしい人だった。北の祖母だというから、てっきり四角四面の女傑かとちょっぴり緊張していた桃井は、リラックスして話を聞いている。

 どうせおばあちゃんを家に送るまでの短い時間だ。向こうは自分を男子バレー部のマネージャーとは気づかないし、単なる親切な稲荷崎の一年女子と思っている。北に何かがバレるわけでもない。そう思うと気が楽になった。

 激しい雨の中、女性用の折りたたみ傘にぎゅっと収まって、ちんまり二人は歩いて行く。

 

「さつきちゃんは、この辺の人やないやろ? 関西弁て感じせんし。都会から来はったの」

「生まれも育ちも宮城です。進学のために兵庫に引っ越して来ました」

「えらい遠いとこやなぁ。わたし行ったことないわ。ほな、ご家族で来たん?」

「いいえ、両親は宮城にいます。私は親戚の家にお世話になってて……」

 

 おばあちゃんに色々とプライベートな質問をされても、そんなに気にならなかった。おじいちゃんおばあちゃんって大体そんな感じだよねという認識で、桃井は聞かれたことに答えていく。

 その内だんだん気が緩んで、本心がポロポロ溢れていった。

 

「そっかぁ。そら大変やなぁ。寂しない?」

「……少しだけ。宮城には家族も友達もいるから……無性に寂しくて、会いたいと思うこともあります。でも、やることがあるから稲荷崎に来たんです。だからそれを成し遂げるまで帰らないって。決意みたいなものかな」

 

 だから桃井は影山に連絡しないと決めた。自分のやるべきことが揺らぎそうだったから。

 日向とかとメールのやりとりをしていれば、間接的に影山の情報は入ってくるし……烏野や宮城県の学校を探ればなんとなく知れるから、それでなんとか気持ちを埋めている感じだ。

 

「えらいなぁ。めっちゃすごいわぁ」

 

 おばあちゃんはただ肯定の言葉をのんびり言う。

 

「ぎょうさん頑張ってはるのねぇ」

 

 その言葉に桃井はウッと喉を詰まらせた。急に泣きそうになってしまったのだ。おばあちゃんに優しく穏やかにそう言われて、無性に縋りたい気持ちになった。

 特に今日は双子とケンカをしてしまったから、裸になった心にダイレクトヒットしていた。

 

「もうすぐ着くわ」

「……」

 

 桃井が突然黙るので、おばあちゃんはふと顔を上げる。すると暗い視界でキラッと光る眩しい灯りに目をギュッと瞑った。

 

「あれッ、」

 

 桃井が気づいた時には遅かった。大雨に紛れてエンジン音が近づいている。しかしスピードを緩める様子が一切ない。舗装されていない道は至る所に水たまりを作っていて、猛烈に嫌な予感がした。

 

「危ない!」

「きゃあっ」

 

 叫び声が重なる瞬間、スクーターが水たまりを勢いよく蹴散らした。バシャッ! と濁った雨水が、まるで爆発するように弧を描き、二人に襲いかかる。

 咄嗟に桃井は位置を変え傘を傾け、おばあちゃんを庇ったが、代わりに自分の下半身に水をかぶった。腰から足元まで、冷たい水が灰色のスカートを無残に染める。泥の飛沫が点々と布地にこびりついた。

 

「おばあちゃん、濡れなかった?」

「だ、だい、大丈夫やけど、さつきちゃんが……」

「ああ、まあ……後で拭くから大丈夫です。それよりも、おばあちゃんが濡れなくてよかった」

 

 おばあちゃんは胸を押さえ、心臓のバクバクを抑えるように小さく息を吐いた。

 自分が濡れずに済んだのは、ひとえに桃井が傘を傾けて庇ってくれたおかげ。だが、そのせいで目の前の少女は濡れ鼠状態だ。制服は泥に汚れ、雨水で透けた肩が寒そうに震えている。見るからに痛々しく、おばあちゃんの胸が締め付けられた。

 

「あ、着いたわ。さつきちゃん、冷える前におうちに入りな。お風呂沸かしたるから、温まり。制服も洗ったるわ」

「え、で、でも……」

「ええからええから」

 

 ぐいぐい進むおばあちゃんは、「あっあんまりこういうこと言うのは良くないかもしれへん、わたしはさつきちゃんから見れば知らん人やし……信ちゃんにも知らん人にはついてったらアカンよと伝えてたから……」と心配になった。

 とはいえ家まで送ってもらって、さらには雨から庇ってもらったのに、自分の代わりにずぶ濡れになった少女に布巾だけ渡して帰すのは心苦しい。

 どうしようかしら……とオロオロして手を揉むおばあちゃんに、桃井は少し考えて。

 

「では、お言葉に甘えて、お邪魔します」

 

 と言った。

 目的地は北の家、相手は北の祖母であるので、知らない人の家じゃないからいいか……と判断したのである。

 あとこのまま濡れた状態で家に帰れば、風邪を引くだろうと思ったから。体調を崩したら主将に怒られてしまう。それだけは絶対に避けたかった。

 バレーボールを万全にやるためには、体調に気を配らなければならない。

 それも、中学時代の失敗から桃井が学んだことだった。




次回、クマさんが大変なことになります。黒バスのあの回好きなので取り入れました。更新頑張ります。

影山の祖父や姉を出すのはハーメルンでは初めてかもしれません。
ハーメルンで連載した当時、影山の過去編がなかったので捏造していたんですが、pixivへの転載用では影山の過去編に合わせた展開になってます。なので今回はそれに合わせて、さらっと一与さんに登場してもらいました。二次創作なので生存しています。
影山と桃井が春高で試合をする場に居て欲しいので。

番外編の章『第一話 桃井さつき(別人)』と『第二話 祖父と孫』にそれ関連の話があるので、もし良かったら読んでみてください。
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