ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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苦戦している、ナウ


100話

 その日――

 

 アルザーノ帝国魔術学院では、早朝から校舎中が浮き足立ち、騒然としていた。

 

 というのも、朝から、とある信じがたい号外ニュースの話題で持ちきりだったからだ。

 

 そのニュースの真偽を考察する生徒達の議論は、一向に収まる気配を見せない。

 

 そして、その話題の尽きぬニュースの内容とは――

 

「グレン先生が、ルミアを誘拐して、フェジテ市庁舎に爆破テロですって!?」

 

 ご多分に漏れず騒然としている二年次二組の教室にて。カッシュからその事件の顛末を聞いたウェンディは、素っ頓狂な声を上げていた。

 

「そ、そんなのありえませんわっ!」

 

「そ、…そうだよぉ、カッシュ君…あの先生に限って、そんな……」

 

 机を叩いてウェンディが即、否定し、リンも涙目で反論する。

 

「俺だって、そう思ってるっつーの!グレン先生が、んなことするわけねえ、何かの間違いだって!だがよ、今、街でバラまかれてるこの今朝の号外新聞、見ろ!」

 

 カッシュが、ウェンディ達の鼻先に、今朝の号外新聞をばさりと広げる。

 

「犯行声明文…?グレン先生の……?」

 

「”帝国政府に告ぐ。ルミア=ティンジェルの身柄は、この私、グレン=レーダスが預かったり。彼女の素性が公にされることを是とせぬならば、提示した身代金を指定した日時までに用意されたし。この度の市庁舎の爆破は、帝国と敵対するという、私の厳然たる覚悟をしめすものである”…ん?彼女(ルミア)の素性……?」

 

「は?これ、どういう脅しなんだ…?なんでルミア?」

 

「なんか…やってること、無茶苦茶のような……?」

 

「わ、わかりませんけど…この号外新聞によれば、先生らしき人物が、ルミアらしき人物をつれて、犯行現場を徘徊していたっていう近隣住民の証言もありますわね……」

 

「う、嘘…こんなの、絶対、嘘だよ……」

 

 新聞を読んだカイやロッドは呆然とし、リンは今にも卒倒しそうな表情となった。

 

 そして、そのニュースの信憑性を裏付けるように、本日の学院の授業は、急遽、全学年次、全クラスが終業時間まで全科目、自習。

 

 教授、講師陣は朝からずっと緊急会議で、会議室にこもりっぱなし。

 

 おまけに、先ほどから学院をひっきりなしに出入りするフェジテ警邏庁の警備官……

 

 大人達のどこか張り詰めた雰囲気は、最早、隠しようもなかった。

 

「もちろん、こんな新聞見たところで、俺はグレン先生を欠片も疑っちゃいねえさ。人物像や噂なんざ、変身魔術に暗示魔術…いくらでも捏造できるしな」

 

「と、当然だよ!ロクでなしと言っても、あの人は絶対、こんなことしないよ!」

 

「そうですね。先生のことを知ってて、こんな与太話を信じる人などいませんわ」

 

 試すようなカッシュの物言いに、セシルとテレサが憮然と答えた…その時だ。

 

 がちゃり、と扉を開いて、ギイブルが二組の教室内に入ってくる。

 

「ギイブル!?」

 

「ど、どうだった!?」

 

 カイにロッドを筆頭とした生徒達が、一斉にギイブルに殺到した。

 

「……落ち着けよ」

 

 相変わらず無愛想なギイブルは、自分を囲んでくる生徒達を鬱陶しそうに押しのけ、カッシュ達の下へとやってくる。

 

「ふん…頼まれた通り、学院に立ち入りしている警備官達に、暗示魔術や遠耳の魔術…色々駆使して、調べてきてやったよ」

 

「お、おお、流石だぜ!…ば、バレてねーだろうな?」

 

「学院の講師や教授が相手ならいざ知らず、僕が素人相手にそんなヘマするもんか」

 

 鼻を鳴らして、ギイブルは眼鏡を押し上げた。

 

「さて、少なくとも、グレン先生の名で警邏庁や各新聞社に、早朝、犯行声明文の投書があったのは事実らしい。そして、フェジテ市庁舎が爆破されたのも事実だ…幸い、日も登りきってない早朝だったため、死傷者はほぼゼロだったらしいけどね」

 

「ま、マジかよ……」

 

「やはり、警邏庁は先生をこの事件の容疑者として追っている…まぁ、あんな投書があって行方不明とあらば、当然だね。だけど、この他にも気になる情報があった」

 

「気になる情報?」

 

 ああ、と一呼吸置いて、ギイブルが神妙に答える。

 

「フェジテ市庁舎爆破事件に隠れて目立たないが…昨晩未明、システィーナの家を何者かが襲撃したらしい。刃物のようなもので襲われたリィエルが未だ意識不明の重体…ルミアとシスティーナの二人はその事件を前後に行方不明、そして…そのフィーベル邸襲撃の直後、アルフォネア教授の家も、何者かによって跡形もなく爆破されたそうだ。最後に、フィーベル邸襲撃前後に中央区の路地裏の一角で発砲事件があり、警備官が現場に駆けつけた時は数十人もの惨殺死体が発見したらしい。死体は皆、変な仮面を被っていたらしいが」

 

「は、はぁ!?なんだそりゃ!?マジかよ!?」

 

「じゃ、じゃあ、やっぱり、今朝からルミア達が姿を見せないのって……ッ!?」

 

「間違いなく何らかの事件に巻き込まれたんだろうね。アルフォネア教授は…現場の状況から、その…どうやら…死んだ可能性が高いらしい……」

 

 流石に言いにくそうに、ギイブルが言葉を濁しながら言った。

 

「ま、マジ…かよ……」

 

「う、嘘ですわ…そんな…そんな……」

 

 この二組は、グレン繋がりでセリカとそれなりの交友があったクラスだ。

 

 その訃報に、生徒達は皆、痛ましい表情で俯くしかなかった。

 

「……ジョセフは…ジョセフは、どこにいるんですの…?まさか、事件に巻き込まれて……」

 

 ウェンディはグレン、ルミア達以外に、この教室に来ていないジョセフのことを不安そうな表情で呟く。

 

 特に事件に巻き込まれたということを聞いていないが、なぜかジョセフは学院に来ていなかった。

 

「……わからない。事件に巻き込まれたとは考えにくいし、そういう話は警備官達の話にもなかった。なぜ、彼が来ていないのか、理由はわからない」

 

 ギイブルもわからないとばかりに首を横に振る。

 

「フェジテ警邏庁は、当然、この一連の事件に全て先生が関わっていると見て、捜査に動いている。昨夜未明、先生が路地裏で何らかのトラブルが原因で殺人事件を起こした後、フィーベル邸を襲撃し、ルミアを誘拐、その足でアルフォネア邸とフェジテ市庁舎を爆破…というのが、大方の見解のようだね」

 

 ギイブルの情報は、たちまちクラス中をさらなる騒然の渦へと巻き込むのであった。

 

「なんてことですの…今、このフェジテに一体、何が起きているんですの……?」

 

 あまりにも最悪過ぎる状況に、消沈するウェンディ。

 

「……一つ、はっきり言っていいか?」

 

 そんなウェンディに、ギイブルが淡々と言った。

 

「僕らの周りで起きるこの手の事件…先生が僕達のクラスに赴任して以来、多過ぎる。偶然、運が悪かった、それで片付けられるレベルを、もうとっくに過ぎている」

 

 ギイブルの言葉は、誰もが心の底で思っていたことの代弁であった。

 

「そして、今までの経験則で言えば、先生はどちらかというと『巻き込まれる』形で事件に関わっていた。学院爆破テロ未遂事件…女王陛下暗殺未遂事件…遠征学修先の事件…確かに先生の動きが派手で目立つけど…あくまで、先生は事件に『巻き込まれ』、それに『対処していた』だけなのは明白だ」

 

「……そ、それは…そうだけど……」

 

「となると、事件の真の中心は一体、何だ?…別に僕が指摘するまでもない。普通に考えれば…常にそれらの事件の中心に居た人物がいるじゃないか」

 

 それは…誰もが心の底で思いながら、触れまいとしていたことであった。

 

 だが…最早、目を瞑っていられる時期は、とっくに過ぎてしまったのかもしれない。

 

「……ルミア=ティンジェル。…彼女は一体、なんなんだ?」

 

 重苦しい沈黙が、二年次生二組を支配するのであった。

 

 

 

 

 学級都市フェジテは大きく五つの区画に分かれている。

 

 一つ目は、北地区。言わずと知れたアルザーノ帝国魔術学院と、そこに通う学生達が下宿する寮やアパートなどの学生街が、その区画の大部分を占めている。

 

 二つ目は、西地区。一般住宅街。中産、労働者階級にぞくする一般市民達が、主に居を構える区画で、広場が多く、工業地区もこの区画に含まれている。

 

 三つ目は、東地区。高級住宅街。資産家、貴族、魔術師などの上流階級の者達が、主に居を構える区画で、学院に勤める講師・教授陣も、ここに居を構える者は多い。

 

 四つ目は、南地区。いわゆる商業街であり、フェジテ経済の中心地である。もっとも活気に溢れる区画であり、様々な商店街はもちろん、商館に繁華街、倉庫街、さらに奥まで立ち入れば、知る人ぞ知るブラックマーケット街などもある。

 

 そして、最後に五つ目、中央区。別名、行政区とも呼ばれる区画は、街としてのフェジテを保持し、そして舵を取るフェジテの心臓部といっていい。

 

 フェジテ行政庁やフェジテ警邏庁、労務庁、帝国銀行フェジテ支部、在アルザーノ帝国アメリカ連邦領事館などの重要公的機関や、フェジテの各教区を統括する聖カタリナ聖堂などが、この中央区にはある。

 

 ジョセフをはじめとする、ナンバー5『コネチカット』のダーシャとナンバー7『メリーランド』のアリッサ=レノ――金髪の、ジョセフと同い年の上品なお嬢様という出で立ち――の三人は、西地区の住宅街で天の智慧研究会の隠れ家を片端から潰していた。

 

 所々、爆破音や、銃声が木霊する。

 

 そのせいか、表通りの人通りは普段よりも少なく、通ったとしても、急ぐように駆け足で通っていた。

 

 警備官達も、その銃声を聞き、東奔西走している状態だ。

 

 ジョセフ、ダーシャ、アリッサは、件の組織の隠れ家と見られる扉に取りついた。

 

 お互いアイコンタクトで確認すると、ジョセフが扉の前に立ち――

 

 ショットガンでドアノブを破壊し、扉を蹴り開け、ダーシャが殺傷力の高い破片手榴弾を投げ込む。

 

 室内で数人の騒ぎ声と直後に発生した爆発音が室内に響き渡る。直後、突入する三人。

 

 しばらく銃声が鳴り響き、やがて沈黙した。

 

「……クリア」

 

 ジョセフは室内が天の智慧研究会の構成員の死体が横たわっているのを確認すると、ショットガンを下げる。

 

「これで、六件目……」

 

 アリッサが淡々と呟き、周囲をくまなく確認している。

 

「ここにも…いない……」

 

「まぁ、そんな簡単に見つからんよなぁ……」

 

「いなかったら、早くここからずらがりましょう。警備官達が来るわ」

 

 ダーシャの言う事にジョセフとアリッサは頷き、部屋から出ようとするが――

 

「――ッ!?」

 

 ジョセフが窓を見ると警備官達がこちらに駆けつけているのが見えた。

 

「ヤバッ!?」

 

 三人は短機関銃、ショットガン、半自動小銃を構え、身構える。

 

 が。

 

「……あれ?」

 

 ダーシャが間抜けな声を出して警備官達を見る。

 

 警備官達はジョセフ達がいる建物を通り過ぎ、中央区の方面へ駆け抜けていった。

 

「中央区に向かった…?何があったんだ?」

 

 ジョセフが警備官達の行動が理解できず、目を白黒させる。

 

「ホッチ、中央区で何があったのかドローンで確認できるか?」

 

 ジョセフが通信機でホッチンズに確認すると。

 

『中央区に動き?もちろんあるよ。今フェジテ警邏庁前の広場の銅像にでグレン=レーダスが警邏庁の玄関口に【ブレイズ・バースト】を撃ち込んだね』

 

「……は?」

 

 ホッチンズの言っていることが信じられず、目を点にする。

 

 ダーシャもアリッサも目を点にしている。

 

「いや、先生、何してん?」

 

『どうやら、犯行声明らしいがそんなことを言っているな。「市庁舎はすでにやった!次はてめーらの番だぜ!?」と、言って、警邏庁正面玄関口前に【ブレイズ・バースト】を放った』

 

「……?市庁舎はジャティスがやったのでしょう?天の智慧研究会のスパイごと」

 

 アリッサが、首を傾げてホッチンズに問う。

 

『どうやら、最初の台詞が言わされた感があるから、ジャティスに罪人に仕立て上げられたんだろう』

 

「≪愚者≫を巻き込む必要はあったのかしら?」

 

「いや、陽動だろう…ジャティスはその隙に、『マナ活性供給式』を何らかの手で解呪してるんだろう。正しければ、夕方までにな」

 

 ジョセフはジャティスの意図を推測する。

 

(それに、ジャティスの目的は別にある。でないと『本命』を先に解呪するだろうよ)

 

 ジョセフはジャティスが本当の目的を隠していると察する。

 

「ジョセフ、ダーシャ…次、行こう?」

 

 アリッサがそう言い、部屋を出る。

 

「そうね」

 

「そうだな」

 

 二人もアリッサに続くように部屋を出た。

 

 

 

「何!?今度は警邏庁に爆破テロ!?下手人は件のグレン=レーダスだって!?」

 

 グレン捜査で街中を駆け回っていたエリート警備官、ユアン=べリス警邏正は、捜査本部から通信魔導器を通して入電してきたその一報に、目を剥くしかなかった。

 

「くそ…治安と正義の象徴たる警邏庁にまでテロとは…舐められたものだ!」

 

「どうします!?ユアン警邏正!?」

 

「我々は現場指揮の貴方に従います!」

 

 ユアンの部下の警備官達が、義憤に燃える目でユアンを見つめた。

 

「是非もない、本部から要請が来ている!これから我々も、ホシの追跡に参加する!」

 

「「「「了解!」」」」

 

「現在、ホシは、中央区五番街ラークル大通りを南下中だ!各警備官区に散らばる各班に伝達、六、八、九班はそのままホシを追え!二班、五班は、東のミッド通りから、その他は西のアイツル通りから回り込む!やつを囲むのだ!」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 ユアンは、グレンを追い詰めるべく的確な指示を飛ばすが……

 

 その一瞬、ユアンは口元を薄く冷たく歪め…言った。

 

「それと…ホシへの、第一級制圧対応を許可する」

 

「は?」

 

 第一級制圧対応。それは、街中の抜剣許可と発砲許可。

 

 それは犯罪者を逮捕するのが目的ではない。殺害無力化するのが目的の対応だ。

 

「あ、あの…ユアン警邏正…その……」

 

「いくら凶悪犯が相手とはいえ、その…いきなり第一級は……」

 

「市民に被害が出るかもしれませんし……」

 

「それこそ、現場の独断では…本部に問い合わせないと……」

 

 至極、真っ当な反応を、ユアンの部下達は返すが。

 

「……もう一度、言う」

 

 ユアンは、ゆっくりと、薄ら寒く、高圧的に言った。

 

「第一級制圧対応を許可する。グレン=レーダス、それと連邦軍の兵士どもを、殺せ…≪命令≫だ」

 

 すると……

 

「「「「はいっ!了解しました!グレン=レーダス、並びに連邦軍を始末しますッ!」」」」

 

 なぜか、部下の警備官達は、これ以上、この理不尽な命令に何の疑問も差し挟まなくなり、己が為すべきを為そうと、街の方々へと散っていく。

 

 その示し合わせたような動きには、非人間的な統一感が漂っている。

 

 不思議なことに――それはその場にいた警備官達だけではない。フェジテ中に散らばる警備官が同じタイミングで、同じ統一感、同じ目的で動き始めたのだ。

 

 そして、その違和感に、街を駆ける警備官達は誰一人気付いていなかった。

 

「さて…グレン=レーダス。情報によれば、君のようなやつには、こういう手が一番、効くだろう?それと、連邦軍も邪魔だからこの世からご退場願おうか。くっくっく…君らがどこまでやれるか、お手並み拝見といこうか」

 

 閑散とした路地裏に一人残されたユアン。

 

 その氷のように冷たい呟きを聞く者は――誰もいなかった。

 

 

 

 フェジテ南地区にて。

 

 そこにはカーキ色の戦闘服に身を包み、小銃、軽機関銃、短機関銃などを装備していた一団がある建物に向かっていた。

 

「情報によると、敵はここにいるはずだ」

 

 先頭の下士官は手で止まれの合図を出し、呟く。

 

「BAR持ってるもんはそこに待機、突入部隊を援護しろ」

 

 下士官は小さく手でジェスチャーしながら、部下に指示を送る。

 

 部下は指示を静かに頷き、軽機関銃を持っている兵士は、配置につく…その時だった。

 

「軍曹…前方に警備官が。こちらに向かってきています」

 

 部下が軍曹に静かに報告する。

 

「何?なんで連中がここに?確か、グレン=レーダスの逮捕に全力を注いでいるんじゃ――」

 

 そう言いかけた瞬間、軍曹の直感は危険信号を発していた。

 

 連中は、ヤバイと、撃ってくると。

 

「……お前ら、伏せろッ!」

 

 軍曹が言ったのと同じタイミングで――

 

 警備官達は連邦軍兵士に向かって問答無用で拳銃を構え、撃ってきた。

 

 それは、ここだけの話ではない。

 

 北地区も、西地区も、東地区も、南地区も、中央区も――

 

 警備官達がいきなり連邦軍に対して発砲し始めた。

 

 それを発端に、フェジテ中で連邦軍とフェジテ警備官達との間で熾烈な銃撃戦が展開されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 




ここいらで。

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