今回でラストです。
「ねぇ…ジョセフ……」
質問に答えず、押し黙るジョセフにシスティーナは――
「貴方…何か私達に隠し事していない?」
対する、ジョセフは無言。ただ無言を貫いている。
無理もない。なぜシスティーナのポケットに、ジョセフの通信魔導器が入っていたのか。それは、ジョセフがジャティスに手渡したから。
ジャティスが、グレンを表舞台に引きずり出してオトリにし、その隙に『マナ活性供給式』をルミアの『異能』を使って解呪するため。
ジャティスという狂気の人間が、ルミアを攫う。普通なら止めにはいるのが妥当というか、今まで過ごしてきた仲間なら正しいのだが、ジョセフはそれを黙認した。
これを聞いたら、グレンからはぶん殴られるだろうし、システィーナからは糾弾されても何も言えないものだった。
――例え、軍の命令だったとしても。
「…………」
ジョセフは何も言えずに、押し黙る。そのまま、時間がひたすら流れていく。
「………話せないことなの?」
「…………」
「私達、今まで何かあったときは一緒になんとかしてきたよね?まぁ、私は先生達に比べると、そんなに活躍してないけど…それでも、共に戦ってきた仲間でしょう?」
「それは…そうだけど……」
言うべきか、言わないべきか。
ジョセフは迷う。
「話して…くれないかな…ジャティスと何してたの?」
ジョセフの前にシスティーナが立ちジョセフの顔を見つめる。
それは苛立ちでも、悲しみでもなく、ただ話してほしいという、そういう表情だった。
ジョセフはシスティーナから目を逸らす。
しばらく、沈黙が訪れ、やがて――
「――お前らには悪いことをしたと思っている」
「え?」
「ジャティスがルミアを攫うということを俺は知っていたし、それを人質に先生を無理矢理引きずり出すということも知っていた。それを知っていながら、俺は止めなかった」
「………」
「連邦はジャティスと手を組むということにしたんや。天の智慧研究会を壊滅させるために、危険人物と手を組んだんや」
「……ジョセフ」
「仕方なかった。普通に解呪したら間に合わなかった。ルミアの『異能』を使わないともう間に合わなかったんや。でないと、フェジテは間違いなく滅ぶ」
ジョセフはとにかく連邦とジャティスの間に何があったのかを話す。
「仕方なかった…けど、そのせいで、お前らが巻き込まれてしまった」
「………」
「お前らに糾弾されても仕方ないと思っている。だから――」
そう、これは糾弾されても仕方がない。例え軍の命令だからという理由でも。
ジョセフがそう思い、システィーナに深く頭を下げようとした…その時。
「ジョセフ、頭を上げて」
こりゃ、怒るだろうな、と思い、ジョセフは顔を上げる。
しかし、システィーナは。
「まぁ、貴方達に何か思うところはないというわけじゃないわ。ていうか、正直、許さないっていう気持ちがあるし」
「………」
「でも、貴方は好きでこんなことをしたんじゃないんでしょう?貴方はそんなことする人じゃないもの」
システィーナは否定的にジョセフを責めなかった。
「システィーナ?」
「けど、ちゃんと先生とルミア、リィエルにそのことを話すこと。特にリィエルは大怪我を負ってしまったんだから」
システィーナは人差し指を立て、ジョセフにそう言う。
(本当にこの子は……)
一体、どこまでお人好しなんだろうか。
「ははは……」
思わずジョセフも笑ってしまう。
「……何がおかしいの?」
「いや、お前ってお人好しだなぁって……」
そう言って笑うジョセフの表情は、さっきまでの暗い表情はなかった。
「さて――」
お前はとりあえず、休んでおけ。と、システィーナに言おうとした…その時だ。
外では閃光が、上空に走った。
ジョセフとシスティーナが窓の方に振り向くと。
「何や…あれ……?」
ジョセフは、猛烈な紅い稲妻が幾条も枝分かれし、空を縦横無尽にかける稲妻は、とある物体の輪郭を形作っている様子を嫌な予感とともに見る。
確かあの場所はアルザーノ帝国魔術学院の上空だ。
その輪郭は、ある形を顕わにしていき――
――その輪郭は船の形をしていた。
網目のように駆け巡る稲妻の線が、三次元的に配列され、空に船の形を形成する。
やがて…その稲妻が徐々に弱まっていくにつれ……
その稲妻が形作っていた船は、徐々に実体を得ていく。
やがて、夕焼けの空の大海に、一つの巨大な箱舟が浮かんでいた――
「な、何…?あれ……」
アルザーノ帝国魔術学院上空に立ち昇った、謎の紅き閃光。
それを、警邏庁舎医務室の窓からジョセフと眺めていたシスティーナは、紅い稲妻と共に大空に顕現した巨大な『箱舟』の姿に、唖然としていた。
あの特徴的な船の形には…システィーナは、猛烈に見覚えがあったのだ。
「あ、あれは…まさか『炎の船』……ッ!?」
「ほ、『炎の船』だって……ッ!?」
そう、そっくりなのだ。
どこをどう見ても、童話『メルガリウスの天空城』に登場する古代兵器――国一つを、三日で焼き払ったという――
あの絵本の挿絵に載っていた、あの『炎の船』にうり二つなのだ。
「≪鉄騎剛将≫アセロ=イエロが駆っていたという船が…どうして……ッ!?」
システィーナの、そんな呆然とした呟きが、フェジテの空へと吸い込まれ――
「……ッ!システィーナ、お前、≪疾風脚≫は使えるか?」
同じく呆然としていたジョセフが、我に返り、システィーナに振り返る。
「え、ええ…まだ完全に回復してないけど、使えるわ」
「ならお前は、≪疾風脚≫で学院に向かってくれッ!あの『炎の船』が出たということは、アセロ=イエロも出てきているはずだ」
「わ、わかったわ!ジョセフ、貴方は?」
「俺は他の部隊の連中に知らせてくる。その後に学院に向かうわ!学院には先生やルミアがいるはずや」
「わかった!私は先に行ってくるわ」
「ほいじゃ、学院で会いましょう」
二人はそれぞれ言葉を交わした後、ジョセフはベレー帽を乱暴に取り、部屋を出て、システィーナは≪疾風脚≫で学院に向かっていった。
ジョセフは通路を駆け抜け、正面玄関口に向かう。
「……ジャティスは知っていた。ラザールの本当の目的は『Project:Flame of megido』ではなく、『炎の船』、魔将星アセロ=イエロを降臨し、フェジテを滅ぼすということを」
ジョセフは忌々しそうに舌打ちした。
「そして、ラザールは自テロをするつもりはなかった。何らかの方法で自分をアセロ=イエロにし、『炎の船』を使って、フェジテを滅ぼすつもりだった」
そして、ジョセフの顔はみるみる憤怒の表情に変わっていく。
忘れもしない、一年前のニューヨークの無差別テロであの男は、母を殺し――
それをレザリア王国の仕業にし、連邦と王国を戦争状態にし――
ジョセフの友人をそこで死なせ、精神的におかしくし、自殺させ――
財産以外、何もかもジョセフから奪っていった男、ラザール。
そして――
「それだけでは飽き足らず、今度はあいつらを俺から奪うつもりか、ラザールぅ……ッ!」
ガリッ、と。歯ぎしりしながら、低く、地獄の底から出るような呻き声で呟きながら、正面玄関口に向かう。
それからしばらく駆けた後。
「大佐」
「ジョセフ……」
ジョセフに気付いた、マクシミリアンはジョセフと共に、警邏庁から外に出る。
上空を仰げば、夕焼けを背に浮かぶ『炎の船』。
そして、広場には、ジョセフ、マクシミリアン以外のデルタの面々が集結していた。
「……大佐」
「シュタイナー中佐。全員呼んだか?」
「ここに」
その先頭にいた、デルタの中でも古参の人物、シュタイナー=アデナウアーがマクシミリアンの元に全員が来たと報告する。
「ご苦労。さて……」
マクシミリアンは空を仰ぎ見、ため息を吐く。
「やーれやれ、こりゃ長い一日どころじゃないな」
そう呟き、考えても仕方ないと思ったのかしばらくすると、部下達の方を向く。
「よし、全員そろったな。状況は最悪な方向にいってしまった。ラザールは何らかの方法で魔将星アセロ=イエロになった。言い伝えによれば、あの『炎の船』は一つの国を三日で焼き尽くした代物らしい。まあ、にわかに信じがたいことではあるが」
マクシミリアンの言葉に、誰もどよめいたり、狼狽えることはない。
無論、信じがたいがあそこにある以上、現実なのだろう。
「これより、アルザーノ帝国魔術学院に突入し、ラザールを捕縛…いや、あそこまでいったら、捕縛は厳しいな。多分、殺害になる」
マクシミリアンの言葉は大げさではないだろう。
現に、相手は魔将星アセロ=イエロである。犠牲なしに任務を果たすのは難しいだろう。
つまり、誰かは死ぬ。
「では、学院に向かうとするか。終わらせるぞ。厳しい状況だが、やるしかない」
そう言うと、マクシミリアンは『炎の船』を振り向いた。
ジョセフもマクシミリアンにつられて『炎の船』を見上げた。
――ジョセフはそれを殺意をもった眼で睨み付けるのであった――
短いですが、九章はここで終わりです。
次から原作十巻に入ります。