ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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自動車学校に行って、午前の三時間は学科。午後は技能講習を受けた結果…滅茶苦茶眠いでござる……


109話

 二年次生二組にて。

 

「ぐ、軍人さん、それマジっすか!?」

 

 教室内からカッシュの突拍子もない叫びが響き渡る。

 

「うむ。明日の≪炎の船≫攻略戦には…グレン=レーダス、システィーナ=フィーベル、ルミア=ティンジェル、リィエル=レイフォード、セリカ=アルフォネア…以上五名が魔人討伐隊として、≪炎の船≫に攻め込むことになったのじゃよ」

 

 教壇の上にはバーナードとジョセフが立ち、教室内には二組生徒を含む、大勢の生徒達が集まっていた。リゼを中心とする生徒会が通達と手筈を整え、数クラスごとに順次行われていく特別ミーティングが、始まったのだ。

 

「≪炎の船≫に攻め込む切り札を持つセリカちゃん、船内の歪曲空間を破れる能力を持つルミアちゃん、船内の敵戦力の露払いをするリィエルちゃん、現状、あの魔人に唯一有効な攻撃手段を持つグレ坊、そして、グレ坊の補佐を務め、魔導考古学にも長けた白猫ちゃん…主に戦力配分の方面から散々検討した結果、それがベストだと決まったのじゃよ」

 

「……戦力配分?」

 

 首を傾げる生徒達に、ジョセフがバーナードの言葉を継ぐように説明を続ける。

 

「まずは状況の説明からしようか。実は今な、ハーレイ先生と、帝国宮廷魔導士団のクリストフ=フラウルを中心に、動ける魔術師達が総出で、フェジテ上空に【メギドの火】を防ぐ防壁結界を、突貫工事で構築してるんや」

 

「マジかよ!?」

 

「は、ハーレイ先生って、実は凄かったんだなぁ……」

 

「せやけど、敵も馬鹿じゃない。一度【メギドの火】を防げば、敵は必ずその防壁結界を破壊するため、≪炎の船≫内に存在する戦力を、結界の基点であるこの魔術学院へと吐き出すやろうな。んで、その隙に、先生達が手薄になった≪炎の船≫へと殴り込み、魔人を叩く…簡単に言えば、そういう算段になるわけ」

 

「つまり…守りもあるから、攻めに出せる戦力も限られるってことか?」

 

「そういうこと。俺達は、何としても先生達が魔人を殺すまで、この学院を守り、防壁結界を維持する必要がある。防壁結界が崩れた瞬間が、ドカーン。皆で仲良くあの世行きや…せやけど、あまりにも人手が足りない」

 

 ジョセフがそう言うと、バーナードに目配せする。バーナードは生徒達を見渡し、頭を下げながら言った。

 

「結界の維持要員、敵戦力の迎撃要員、負傷者の救護活動要員…人ではいくらあっても足りん。どうか、諸君らの力を貸して欲しい。曲がりなりにも、お前さん達は女王陛下に忠誠を誓う魔術師として、有事の際に備え、日頃の授業カリキュラムで戦闘訓練を受けておるはず。決して、不可能なことではないはずじゃ」

 

 そんな神妙なバーナードの言葉に、得も言われぬ沈黙が教室を包む。中には、以前のシスティーナの結婚騒動の際の、魔導兵団戦演習のことを思い出した者もいるだろう。

 

「……正直に言うと、俺はこのおっちゃんの案には反対なんだがな」

 

 ふと、ジョセフが呟く。

 

 教室の視線が一斉に、ジョセフに注がれる。

 

「当然、戦闘の矢面に立つのは俺達連邦軍とおっちゃんの帝国軍と学院の教授陣…お前ら生徒の役割はあくまで補佐と援護。せやけど――」

 

 ジョセフがそう言いながら、ふと、ウェンディと目が合う。

 

 ジョセフはこの時、ようやくなぜバーナードの生徒達を駆り出すというのに反対なのか、わかった。

 

 ジョセフは、十年前に父を、一年前に母を亡くしており、家族を失っている。

 

 だがらこれは多分、この学院に来て時間が経つにつれてジョセフはウェンディを自分の――

 

 ジョセフはそれに気付くと、顔を苦悩に歪める。

 

「――せやけど、戦いの場に駆り出される以上…はっきり言って、危険や。これは魔導兵団戦演習とは違い、本当の殺し合いや。男だろうが女だろうが、魔術師として優秀とかそうじゃないとか関係ない。運がある奴は生き残り、ないやつは死ぬ…だが、お前らが力を貸してくれたら、それだけフェジテを破滅から救える可能性は上がるのも事実や。

 まぁ、これは帝国軍のお偉いさんが権限を行使して『命令』する事も不可能じゃないんやけど…おっちゃんはあくまでお前らの意思を尊重したいし、俺も尊重したい」

 

「…………」

 

「無論、お前さん達の誰もが自ら立たずとも構わんぞ?たとえ一人きりでも、わしは帝国軍魔導士として、お前さん達を最後まで守って戦う事をこの場で約束しよう、何、それが大人の役目じゃからな」

 

「俺もそうしますよ。例え、外国の地でも民間人が窮地に陥っているなら、それを守るのが軍人の役目ですから」

 

 しばらくの間、その場はしんと静まりかえっていたが……

 

「……お、俺は…やるぜ……」

 

 やがて、生徒達の中から、決意に満ちた声が一つ上がった。

 

 カッシュだった。

 

「お、おい、カッシュ……ッ!?」

 

「マジかよ…ッ!?危険だぞ……ッ!?」

 

 そんなカッシュへ、カイにロッドなどが心配そうに目を向ける。

 

「だって、このまま何もしなかったら…負けたら…フェジテ滅びちまうんだろ?だったら、もうやるしかねえじゃねえか!俺達にできることを!」

 

 そんなカッシュの訴えに、周囲の生徒達も押し黙る。

 

「それに…先生達が、あの空の船に乗り込んで、あのクソ強ぇ魔人と命がけで戦うんだろ、俺達のために!?なのに、先生達だけに全てを任せて、俺達は安全な場所でただ震えて待ってるだけなんて、そんなダセェ真似できるかよッ!」

 

「癪だけど…まったく、同感だね」

 

 カッシュの言葉に、ギイブルも鼻を鳴らし、眼鏡を押し上げながら言った。

 

「ここで何もせず、先生達だけに任せたら、全てが終わった時、あのロクでなしにどんな恩義せがましい顔されるか…ごめんだね、そんな屈辱」

 

「う、うぅ…怖い…ですわ…でも……ッ!」

 

 そして、ウェンディも震えながら、立ち上がる。

 

「でも…弱き民を守って戦うが貴族の務め…わ、わたくしだって……ッ!」

 

「大丈夫よ、ウェンディ…貴女だけに怖い思いはさせないわ。私がついてるから……」

 

 そんなウェンディを励ますように、テレサもそう言って。

 

「そうだ…俺達は今まで先生に守られてるばっかりだった……」

 

「今回くらい、俺達も何かしないと……ッ!」

 

 カイもロッドも。

 

「わ、私…戦うのは苦手だけど…でも、皆の怪我の手当てとかなら……」

 

 引っ込み思案で臆病なリンすらも。

 

 学院を襲ったこの前代未聞の苦難を前に、誰も彼もが、自らの意思で自分に出来ることをしようと沸き立っていく。

 

「勇気ある決断をしてくれたお前さん達に…わしは敬意を表する」

 

 そんな生徒達を前に、バーナードはまるで尊い何かを見るように、目を細めた。

 

 対する、ジョセフは…陰鬱な表情だった。

 

(確かに、こいつらの意思で決めたことや。それを否定するつもりなんてさらさらない)

 

 それに、状況的に、生徒達の力を借りないと厳しいのもわかっている。

 

 ジョセフはそれを頭ではわかっているのだ。わかっているのだが――

 

 ――置いて行かないでくれッ!俺を置いて行かないでくれ――ッ!

 

 ふと思い出す、あの時の、友人の最期の言葉。

 

 それだけではない、敵の捕虜になって、自分達が救出に行った時の、変わり果てた友人。

 

 そして、まだあの戦場から帰って来ていない友人達。

 

 そんな、できれば思い出したくないことが、ジョセフの脳内にフラッシュバックする。

 

「……おっちゃん。ちょっと外に出るわ」

 

 ジョセフはバーナードにそう言うと、教室から出ていく。

 

 その時のジョセフの顔は濃い影がさしていた。

 

「……ジョセフ?」

 

 そして、そんなジョセフの様子を、ウェンディは見逃さなかった。

 

 

 

 

「急げッ!早く乗り込めッ!」

 

 一年前の北部戦線のとある敵拠点の脱出地点にて。

 

 その日、ジョセフは――ある一人の友人を『見捨て』た。

 

 まだ、助けられるにもかかわらず。

 

「ジョセフ、急げ、急げ!」

 

 ジョセフは脱出地点で待機している兵員輸送車に向かって走る、走る、ひたすら走る。

 

 背後からは無数の雷閃や銃弾がジョセフを掠めて飛んでいる。

 

 掠って飛翔してくるたび、背中に冷や汗を流す。時たま背後を振り返っては、短機関銃を乱射し、牽制する。その繰り返しで兵員輸送車に向かう。

 

 ようやく、輸送車の近くに到達すると、短機関銃を肩に背負い、腕を目一杯振って、走る。

 

 ジョセフ達は、この先にある都市を攻略するため、その最大の障害になる要塞を無力化するための破壊工作に従事していた。

 

 その要塞は都市や周辺地域を防護するために建築されたもので、ここを突破しなければ先を行くことは不可能だった。

 

 おまけに、要塞は険しい地形にうまい具合に建てられており、攻め口が限られていた難攻不落だったため、正攻法で攻めたら、まず間違いなく膨大な犠牲者を出すだろう。

 

 それを避けるため、少数の部隊で要塞に潜入、設備を破壊し、要塞の機能を低下・無力化するという任務にジョセフは従事していた。

 

 要塞に向かう敵の馬車の車列を襲撃し、レザリア軍に扮し、要塞内に潜入。最初は設備を首尾よく破壊に成功し、後は脱出地点に向かってトンズラする…そこまで、いっていたのだが――

 

 しかし、神のいたずらなのか、それともただの偶然なのか。

 

 最後の設備を破壊しようとしたら、敵の兵士に発見されてしまったのだ。

 

 その兵士を始末し、設備を破壊することに成功したものの、銃声と、警報音で他の兵士も駆けつけきてしまった。

 

 その結果、今の状態である。

 

 なんとか強行突破できたものの、ここまで犠牲になったものもおり、さらに要塞から脱出しても敵は追ってきている。

 

 そして、ジョセフは輸送車の後部ドアに飛び込む。その半瞬にジョセフがいた所を、雷閃が飛翔する。

 

「よし、全員揃ったな!?早くここからずらがろうぜッ!」

 

 操縦手がそう言い、アクセルを全開にしようとしている。

 

 ジョセフは中を見渡すが――

 

「おい、あと二人は?」

 

 ジョセフがそう言うと。

 

 背後の方から、一人、誰かを背負いながら、走っている姿が目に入った。

 

 ジョセフの友人だ。彼が背負っているのは、おそらく味方だろう。だが、わき腹から大量の血が流れており、すでに意識はないように見える。もうすでに死んでいるのだろう。

 

 だが、それでも背負っているのは、例え、無言でも故郷に連れ帰るためというのは連邦軍の暗黙のルールみたいなものだった。

 

 最後部にいた兵士が大声を上げて、早く来いと手を大仰に招くしぐさをする。

 

 友人が近づいてくるごとに、飛翔してくる雷閃や銃弾の量が多くなる。

 

 敵に追われているのだ。早く乗り込まないと、全滅してしまう。

 

 友人も、とにかく必死に走る、後ろを振り返らず、ただただひたすらに走る、走りまくる。

 

 このままいけば、何とか間に合う。そうジョセフが思った…その時だった。

 

 友人の足に一条の雷閃が貫いたのだ。

 

 貫かれた足は、急に動かなくなり、友人は背負っていた戦死した兵士を放り投げるような形で前に転倒する。

 

 その後、すぐ起き上がろうとするが、足が動かない。その間にも敵が迫ってきている。

 

「もうこれ以上は無理だ!行くぞ!」

 

 これ以上は無理だと判断したのか、操縦手はそう言うなりアクセルを全開にする。

 

 途端、輸送車が動き出し、友人との距離が広がり始める。

 

「おい!?見捨てる気か!?」

 

 ジョセフが操縦手に向かって声を荒げる。

 

 対して、操縦手も。

 

「これ以上、ここに留まったら全員殺されるぞ!?」

 

「クソったれ!なら、俺が――」

 

「待て待て待て!?お前、死ぬ気か!?もうこれ以上は駄目だ、手遅れなんだよ!」

 

 ジョセフが飛び降りようとするが、それを隣の兵士が引き留める。

 

 そうこうしているうちに、友人との距離は開いていく。ジョセフは、友人を見ると、友人が何かを叫んでいた。

 

 ジョセフは、それが自分に向けた叫びなのだと思った。

 

 表情まではわからなかったが、恐らく、友人が叫んでいた言葉は――

 

「置いて行かないでくれ、俺を置いて行かないでくれ――ッ!」

 

 多分、そう言ったのだろう。

 

 ジョセフは苦痛に満ちた顔でその叫び声を聞くしかなかった――

 

 

 

 

 

 ――。

 

「そう、頭ではわかってるんや。頭では」

 

 学院校舎の屋上にて。

 

 ふと、あの思い出したくもない忌々しい記憶から我に返ったジョセフは、空を見上げる。

 

 一体、どれくらい思い耽っていたのか、時間はすでに冷たい夜気に包まれた真夜中であった。

 

 今、学院校舎内は明日の決戦に備えての仕込みで廊下、天井のありとあらゆる場所が、突貫工事で描かれた魔術法陣が壁画のようにびっしりと描かれている。

 

 そして、深夜ゆえに、学院敷地内はしんと静まりかえっているが、緊急的な寝所代わりになっている教室には、生徒達が眠れぬ夜を過ごしているだろう。

 

 現に、明日は冗談抜きでの、生きるか死ぬかの戦いになるんだからそれも無理はなかった。

 

「これだけの大規模な結界の維持、そしてそれを守る人数…連邦軍と警備官は先日の銃撃戦で小さくない被害を被っている。ここにもなんとか割けたのはいいけど、それも百名。状況的に考えても、どうしても生徒達の手を借りなきゃいけない状態になってしまう」

 

 ジョセフはそう言うと、懐から拳銃を取り出し、それを見つめる。

 

「……わかってるんやけどなぁ」

 

 理屈でも状況でもわかっている。それが最善だというのもわかっている。わかっているのだが――

 

 ジョセフの頭の中ではどうしても、あの戦争の忌々しい記憶が蘇ってくる。

 

 あの戦争ではジョセフは友人のほとんど全員を失っているし、戦争が終結した後も精神的におかしくなって自殺した友人もいた。

 

 今回も恐らく何人か死ぬ。死んでもおかしくないのだ。ましてや、あの魔人という人間を辞めた連中なら尚更、死者がでても不思議じゃない。

 

 そしてそれは、帝国軍も連邦軍も、講師・教授陣だけじゃない。生徒達にも死人は確実に出るだろう。

 

 当然、二組の連中も例外ではない。

 

 ジョセフはそれを恐れていた。恐れているのに気付いてしまった。

 

 最初、ここに来た時は、とりあえず、上っ面の関係で行こうと思っていた。しかし、初日に二組に編入させられたら、そこでウェンディと再会するし。

 

 そこからカッシュやセシル、システィーナにルミアなどと知り合ったり。

 

 ナチュラルボーン破壊神であるリィエルがルミアの護衛で編入され、何か色々と特務分室の面々の中では一番、組みまくっているし。

 

 そんなこんなで、ジョセフの当初の思惑は外れに外れてしまい、気がついたら、かけがえのない大切な人達になっていた。

 

 そんな人達が明日の決戦で一人、二人…下手したら、全員死ぬかもしれないのだ。

 

 あの戦争と同じように。

 

 それも、家族を奪い、友人を死なせた、あの憎くて忌々しいクソ野郎の手によって。

 

 それを思うと、ジョセフはあの時は、尊重するとは言ったが、やはり本心では出てほしくない。地下区画に避難してほしいというのがジョセフの本心だった。

 

 もう、あんな思いはしたくなかったのだ。

 

 しかし、それだと……

 

「……理不尽過ぎやろ…マジで理不尽過ぎやろ、ド畜生……」

 

 ジョセフが顔を突っ伏し、力なくそう呟いた。

 

 その時。

 

「ジョセフ?そこにいたんですの?」

 

 不意に、背後から聞き慣れた声がした。

 

「……お前、まだ起きてたんか?早く寝――」

 

「あの特別ミーティングの後、全く戻ってこなかったので、心配しましたわよ?」

 

「…………」

 

「それに…最近の貴方の様子がおかしくて、なんか怖いというか、危なっかしいというか…そんな気がして……」

 

「…………」

 

 そう言いながら、ジョセフの傍に寄ってきたのは、ウェンディであった。

 

 対するジョセフは、突っ伏したまま、無言。

 

「……話して…くれませんか?貴方の過去のことを……」

 

 過去というのは、恐らく戦争中のことなのだろう。

 

 そんなウェンディの、気遣うような優しい言葉に。

 

 ジョセフは一瞬、押し黙るが、やがて観念したように白状するのであった。

 

「俺があの時に反対しているて言ったのはな、”怖い”んだよ…お前らが死ぬかもしれない。そんな、恐れを抱いてるんだ」

 

 隣で静かに耳を傾けるウェンディに、ジョセフは突っ伏したまま訥々と語る。

 

 あの戦争の出来事を。そして、そこで友人などを失ってしまったことを。

 

「だから、今回もお前らの誰かを失うのがめっちゃ怖い。本心では出てほしくない。そんな気持ちになってしまう。頭ではわかっているんだがな。理屈の問題じゃないんだ」

 

 そう言うジョセフはそこで言葉を切る。

 

 しばらくの間、沈黙が辺りを支配し続ける。

 

「……ジョセフ?」

 

 いつまでも黙っているジョセフに、ウェンディが顔を覗き込もうとするが――

 

「……それに…一番怖いのは……」

 

 ジョセフの声に違和感を感じ、覗き込むのを止める。

 

 ジョセフの声は声が詰まったような、そんな感じかした。

 

「……お前や」

 

「え?」

 

 ウェンディがジョセフの真意がいまいちわからず、顔を上げると――

 

 ジョセフは顔を上げてウェンディを見ていた。見ていたのだが――

 

「ジョセフ…貴方……」

 

 ウェンディが驚くのも無理はなかった。

 

 それは、今までジョセフからは見たことなかった表情。

 

 なんやかんや学院の中では付き合いは長いウェンディですら、見たことない顔をしていた。

 

 ジョセフは――

 

「ウェンディ…お前を…失うのが…怖い……」

 

 そう声を震わせながら――

 

 ジョセフの目から涙らしいものが顔を伝って流れていた。

 

「……あのミーティングで、お前と目が合った時…なんで自分は…反対しているのだろうって…その理由がわかった…俺は、お前を失うのが怖かったんや」

 

「…………」

 

「十年前に親父を亡くし、去年母さんを亡くした今…一番大切な人はお前しかいないんや…それで、お前まで失ったらと考えると……」

 

 ジョセフの目からボロボロと涙が止まらない。

 

「気がついたら、俺はお前を…俺の心のよりどころにしていて……」

 

 ジョセフがそう言おうとした途端――

 

 すっ、と。ウェンディがジョセフを優しく抱きしめる。

 

「……ジョセフ」

 

 まるで母親が子供を安心させるかのように、ジョセフの頭に腕を回し、自分の胸元に寄せて抱きしめるウェンディ。

 

「ウェンディ……」

 

「泣いてもいいんですよ、泣いてもいいから」

 

 肩を震わせて泣いているジョセフに、そう優しく語りかける。

 

「大丈夫、大丈夫ですから…貴方には私がついてますから」

 

 トン、トン、と。背中を優しく叩きながら、語る。

 

 もう、ジョセフは想像以上に、精神的にボロボロだった。

 

 無理もない。いかに、しっかりしているとはいえ、まだ齢十五の少年である。やはり限界はあった。

 

「だから、一緒にこの困難を乗り越えましょう?生き残りましょう。私も貴方を失いたくないのですから」

 

 そう言って、抱きしめるウェンディの目にも涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 ………。

 

「――ごめんな。なんか取り乱してしまって」

 

「いえ…あれで落ち着いたのなら……」

 

 あの後、しばらく二人は泣き続けて、今、ようやく落ち着いたところだった。

 

「……なんか、初めてだわ、あんなに泣いたのは」

 

 ジョセフは、つい先ほどのことを思い出し、恥ずかしくなるような感じに襲われる。

 

「ふふ…でも、ジョセフ」

 

 ウェンディはジョセフの前に出て、ジョセフの目を見つめる。

 

 ジョセフは彼女の綺麗な青い瞳に、思わず見つめてしまう。

 

「さっきも言いましたけど、貴方がわたくしを失いたくないのと同じように、わたくしは貴方を失いたくはありませんわ」

 

 その瞳はどこまでも真っ直ぐジョセフを見つめて――

 

「だって、貴方はわたくしの大切な御方ですもの。だから、一緒に生き残りましょう。ジョセフ」

 

「…………」

 

 ジョセフはウェンディの瞳を見つめて――

 

「そうだな…ウェンディ、生き残るで」

 

 ふっ、と。ジョセフは穏やかな顔になり――

 

「ウェンディ、お前を守っちゃる。魔術師とか軍人とかそういうものではなく、大切な人としてな」

 

「……あ」

 

 その時、ウェンディは胸中が甘く高く疼くのを感じた。

 

 この感情は、もしかして……

 

 いや、もしかしなくてもこの気持ちはアレなのだろうと、ウェンディはこの人生初めての経験を確かめながら感じている。

 

「まぁ、もちろん、お前だけじゃなく、カッシュも、テレサも、リンも、セシルも、全員生き残らないとな…って、ウェンディ?」

 

 ジョセフがいつものようにそう言った、その時。

 

 ウェンディが今度はジョセフの腰に腕を回し、抱きついてきた。

 

 この行動に、ジョセフが困惑していると。

 

「……抱きしめてくださいまし」

 

「……え?」

 

「わたくしを抱きしめてくださいまし」

 

 ウェンディがそう言うと、まるで温もりを感じたいとばかりにさらに抱きしめてくる。

 

 ジョセフは、やれやれと肩を竦めて、ウェンディを抱きしめた。

 

 華奢で力を入れてしまったら折れてしまいそうな、そして柔らかい、そんな感覚をジョセフはそう感じた。

 

 お互い、身体を密着し、お互いの温もりを感じ合うように抱きしめる。

 

 もう、ずっとこのままでいたい。

 

 でも、そのためにはあの魔人を倒さなければこれを再び味わうことはできない。

 

 守ってやる。そして、自分も生き残ってやる。

 

 そう決意を新たにし、ジョセフはウェンディを、ウェンディはジョセフを、それぞれ強く、優しく抱きしめ続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





今回はここいらで

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