ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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今日は異常に眠い……


110話

 

 

 ――その日。

 

 宵闇のベールがようやっと上がり、無限にも思われた長い夜が――ついに明ける。

 

 いつもなら、夜明けと共に活気に満ちていくフェジテだが、今日に限っては通りに人っ子一人の姿すら見えない。空虚な寂寥感が支配する静寂の朝だ。

 

 昨日から警邏庁と連邦軍が、徹底的に避難勧告をフェジテの街の隅々まで告知し、今、ほとんどの住民が、その住居の地下室や公共施設の避難所へと退避して息を潜めている。

 

 もっとも――【メギドの火】の前に、そんな避難など焼け石に水だろうが。

 

 暁天を仰げば、曙光を受けて淡く輝く幻の天空城。

 

 そして――同じ空にその威圧的な存在を主張する≪炎の船≫。

 

 その紅い船体が、朝日の光を照り返し、その禍々しい偉容を明らかにする。

 

 息を潜めるような静寂の中、時間はゆるり、ゆるりと経っていく。

 

 そして、その息詰まる静寂の支配は、フェジテの住民達の縋るような祈りを一身に受ける、アルザーノ帝国魔術学院とて例外ではなかった。

 

「…………」

 

 東西南北の魔術学院校舎の、屋上や中庭、その周辺に。

 

 今日のフェジテ防衛戦に参加する大勢の生徒達と、学院教師陣が整然と整列している。

 

 生徒達は全員、学院の倉庫から蔵出しされたマントコート状の『魔導士のローブ』と、細剣のような『魔導士の杖』を装備している。

 

 このローブには、強固な防御加護と身体能力強化が永続付呪されており、さらに自分自身でも魔術的防御をありったけ重ね、戦闘準備は万全。

 

 一方、整然と整列している生徒・教授陣の前方には、フェジテ市街から防衛戦に参加するよう命じられた百名の連邦軍兵士が、機関銃を対空銃架に取りつけたり、弾薬を運んだりと忙しなく動いていた。

 

 彼らは魔術学院の連中とは違い、魔術的防御は施されていない。つまり、当たれば死ぬ可能性は誰よりも高い。

 

 来たる決戦の時を、今か今かと緊張に強張った顔で待ち構えている魔術学院の連中とは違い、彼らは恐れず前方に出張り、いつもどうりに敵を倒すだけ。そんな雰囲気を醸し出し、敵を待ち構えていた。

 

 

 

 

 学院校舎北館屋上にて――

 

「なぁ…本当にハーレイ先生の作った結界…大丈夫なのか……?」

 

「……さあね」

 

「俺達、ひょっとして何もできずに、綺麗さっぱり蒸発しちまうんじゃ……?」

 

 周囲に肩を並べる生徒達の中、落ち着き無く杖をいじるカッシュが、隣に静かに佇むギイブルに声をかける。

 

「ふん…怖いのか?なら、地下の臆病者共みたいに、引っ込んでろよ」

 

「う、うるせえッ!そんなんじゃねーよ!」

 

 すると。

 

「ふはははははははは――っ!まぁ、安心したまえ、君達ィッ!」

 

「げぇっ!?シュウザー教授!?」

 

 ばさりと白衣を翻して現れたのは、蛮族のように髪を振り乱した眼帯の男――アルザーノ帝国魔術学院きっての変態マスター、オーウェル=シュウザー魔導工学教授であった。

 

 研究に夢中で一昨日の騒動にまったく気付かなかったらしいオーウェルも、昨日、この事態を知るや否や、頼むから何もするな、引っ込んでいてくれ、という周囲の悲痛で切実な反対を押し切って、参戦を表明した次第であった。

 

「ハーレイ先生とクリストフ少年の仕事ッ!実に完璧だったッ!それはこの天才魔導工学教授オーウェル=シュウザーが保証しようッ!最新の魔術は大得意だが、昔の古い魔術はサッパリな私には成せない偉業だったぞッ!安心するがいいッ!」

 

「は、はぁ……」

 

「それに心配するなッ!このかつてない苦難に際し、女王陛下に忠誠を誓う一魔術師として、この私が諸君らの力となることを約束しようッ!これを見たまえッッッ!」

 

 ばっ!と。オーウェルが傍らにあった何かにかかっていたカバーを取り払う。

 

 中から現れたのは――

 

「この私が魔導工学の粋を尽くして作った、スーパー魔導人形ッ!その名も『グレンロボ』だァアアアアアアアア――ッ!?」

 

 直方体の胴体に腕と足、円筒型の頭部に三角の目鼻、申し訳程度の後頭部の尻尾髪……いかにもそこらのガラクタで適当に作りました感のある、ポンコツロボットであった。

 

 そんなロボットが、グレンと同じ服を無理矢理着せられ、突っ立っていた。

 

「なぁ、これ、動くんか……?」

 

「見た感じすぐ、壊れそうな気が――」

 

 北館屋上に配置についていたフランクとティムが口々にそう言うと……

 

『馬鹿騒ギハ、終イニシヨーゼ』

 

「うわぁ…しゃべったぁ……」

 

「ふっ、一目瞭然だろうが、これは我が最大の心友(ソウルフレンド)グレン先生をモデルにした半自動型戦闘用魔導人形でなッ!まるで頼れるグレン先生が君達と一緒に戦ってくれているような安心感を与えてくれる、最強のロボなのだッッッ!」

 

『俺ノ生徒ニ手ェ出シテンジャネーヨ』

 

「……これ、本人、怒るんじゃない……?」

 

 茶髪のセミロングの、妙齢な女性――連邦陸軍第一特殊部隊デルタ分遣隊ナンバー9≪ニューハンプシャー≫のアリ=デシャネルを筆頭に、その場に居合わせた者達は皆、ドン引きであった。

 

「今日の戦いのため、昔、私が帝国軍から横流ししてもらった二十体の軍用魔導人形をバラして、急遽このグレンロボを組み上げたのだッ!このグレンロボがいる限り、君達は大船に乗ったつもりでいるがいいッ!フゥハハハハハハハハハハハハ――ッ!」

 

 その矢先、ロボの右腕が、付け根からボトリと落ちる始末である。

 

「まったく安心できない……」

 

「ていうか、その二十体の魔導人形をそのまま実戦投入した方が良かったんじゃ?」

 

 オーウェル=シュウザー。若手では間違いなく、ハーレイに匹敵する天才だが、どうにもその才能を費やす方向性が間違っているきらいがある。

 

 最早、戦う前から不安しかない生徒達と、フランクとティムとアリは、溜息を吐くしかなかった。

 

 

 

 学院校舎東館屋上にて――

 

「しかしまぁ、とんでもないことになったねぇ、ツェスト君」

 

「まったくですな、学院長」

 

 東館の前線指揮官を務めるツェスト男爵とリックが、しみじみ言葉を交わしている。

 

「この歳になって、まさかこんな鉄火場とはね…若い頃の装備を引っ張り出す羽目になるとは思わなかったよ……」

 

 リックは太鼓腹の腰に吊った一振りの古びた長剣をつつく。何かの魔剣のようだった。

 

「ほう?業物ですな?」

 

「ふふっ…遺跡荒らしのヤンチャ坊主だった頃は、これでブイブイ言わせたもんじゃ」

 

 照れ臭そうに、昔の武勇伝をちらりと仄めかすリック。

 

「――貴方がこの生徒達の指揮官ですかな?」

 

 ふと、ツェストとリックの背後から声がかかる。

 

 二人が背後を振り返ると、短い髪形の、三十代半ばぐらいの、いかにもベテランといった感じの相貌を持つ男性だ。

 

 もう一人後ろにいる男は、眼鏡をかけた、インテリという感じがするが(実際、インテリである)、決して嫌味な雰囲気はしない。

 

「ふむ、いかにも私がこの前線指揮官を務めるツェスト=ノワールだよ。君達は連邦軍の――」

 

「連邦陸軍第一特殊部隊デルタ分遣隊所属、ウォルター=オルドリン。こちらは、ヴィゴ=カサブランカス。以後、お見知りおきを」

 

 ナンバー10≪ヴァージニア≫ウォルターと、ナンバー13≪ロードアイランド≫ヴィゴが丁寧で紳士的に礼をする。

 

「うむ、わしはアルザーノ帝国魔術学院の学院長であるリック=ウォーケンじゃ。此度の連邦軍の加勢には非常に感謝しているよ」

 

 ほっほっほ、と。リックが笑いながら返す。

 

「――して、学院長殿。おほん」

 

 ツェストが居住まいを正し、リックに問う。

 

「そちらのお美しいお嬢さんは一体、どこのどなたなのですか?」

 

 見れば、リックの傍らには、十一、二歳ほどの小柄な少女が寄り添っていた。

 

 水色に輝く長い髪、清楚な身体の線を否応なく強調する極薄の衣をゆるりとまとまった絶世の美少女だ。透き通るような白肌と尖った耳が特徴的で、一体、彼女は何者なのかと、同じ屋上に居合わせる誰もがちらちらと、その場違いな少女を見つめている。

 

「ひょっとして学院長のお孫さんですかな?」

 

「うんにゃ、違うよ」

 

「ああ、成る程!お子さんですか!いや、その歳にしてなかなかやりますな!それにしてもなんて可憐な…ハァ、ハァ…この帝国紳士たる私に、是非紹介――」

 

 ウォルターとヴィゴが目の前にいる状況にもかかわらず、ツェスト男爵が息を荒げ、爛々と光る目でその少女を見つめた…その時だ。

 

『セルフィです。…彼の妻です』

 

 無垢な笑顔の少女が透き通るような声で言って、リックの腕にぎゅっと組み付いた。

 

 その瞬間、ツェスト、ウォルター、ヴィゴ含め、その場の空気が凍って――

 

「「「「犯罪だぁあああああああああああああああああああああ――っ!?」」」」

 

「「「「お、お巡りさーん!?こっちです!?」」」」

 

「ち、違う!違うぞ、諸君!彼女は人ではないッ!水の精霊なのだよ!?現役時代、わしが精霊使いだったことは知っておろう!?この子はわしの若い頃の冒険仲間で人の何倍もこの世界に存在しているのだぞ!?合法だ、合法!」

 

「だからって、学院長ぉおおおお――っ!?羨ましすぎ――じゃない、倫理的に許されないでしょぉおおおおお――ッ!?おのれ、見損なったぞこのロリコンめッ!?私が帝国貴族の威信をかけて、成敗してくれるわぁあああああ――ッ!?そして、その子の支配契約を奪ってやるぅうううううううう――ッ!?紳士としてッッッ!」

 

「ちょおおおッ!?ツェスト君!?相手が違う!相手が違うぞぉおおおッ!?ちくしょう、だから、学院で召喚したくなかったんだわいッ!」

 

 

 

 学院校舎西館屋上にて――

 

「まったく…北と東の校舎は騒がしいな…緊張感がない、緊張感が!」

 

 眉根に皺を寄せながら、西館の前線指揮官ハーレイが苛立ち混じりに言った。

 

「魔術師たる者、常に冷静であることは基礎中の基礎だろうに!」

 

「まぁまぁ、ハーレイ先生」

 

 そんなハーレイを、生徒会長リゼが宥める。

 

「おかげで、西校舎の人達は良い感じで緊張が解れているかと」

 

「惰弱な!そのような精神的な問題で力を発揮できぬなど魔術師の風上にも置けん!」

 

 相変わらずのハーレイに苦笑するリゼが隣を見やった。

 

「それにしても…貴方まで参戦してくれるとは思いませんでした、ジャイル君」

 

「ちっ……」

 

 そこにはいかにも強面で魔術師らしからぬ隆々とした体格の不良生徒――ジャイル=ウルファートが腕組みし、あぐらをかいて堂々と座っていた。

 

 肩に担ぐは片手半剣。頑丈そうな拵えのその剣自体には特殊な魔力はなさそうだが、なんだか妙に使い込まれており、性能以上の凄みを感じさせる。

 

「まさか貴方がそれほど、愛校心に溢れていたとは」

 

「二組のルミア=ティンジェルには魔術競技祭での借りがあるからな。返すだけだ」

 

 ぶっきらぼうにリゼへ返し、もう話しかけるなとばかりに目を閉じる。

 

「ジャイルさん…やはり、噂ほど悪い人物ではなさそうですね」

 

「ったく、女ってのは、いちいちピーチクパーチクうるせぇ…少しはあの連邦の女みたいに黙ってろ」

 

「ふふっ…ここの担当は、皆、くせが強いですね」

 

 言葉で凄むジャイルに、リゼは苦笑するしかない。

 

 一方、西校舎を担当する連邦軍は――

 

「なぁ、あの男の人、なんか凄いんだが……」

 

「な、なんか、存在感がヤバイというか……」

 

「威圧感がここまで感じるぞ……」

 

 生徒達は一人の大柄な男を見て、ひそひそと言っていく。

 

 その男は三十代前半で、筋骨隆々なのが軍服越しでもわかる。その姿からは、圧倒的な存在感を放ち、これに対抗できるのはジャイルぐらいなのではないのかと思わせる。

 

「…………」

 

 その男――デルタ分遣隊ナンバー2≪ペンシルベニア≫のシュタイナー=アデナウアーは無言で瞑想している。

 

 その隣の女性は、長髪の綺麗な黒髪で眼鏡をかけていて、知的な雰囲気を醸し出している。

 

 東方出身の父とレザリア系の母との間に生まれたこの女性――ナンバー11≪ニューヨーク≫のデボラ=カツラギはシュタイナーと同じく、無言で銃の動作確認をしていた。

 

 そして――

 

(……気まじぃ…この二人だと、めっちゃ気まじぃ…ちくしょう……)

 

 ナンバー3≪ニュージャージー≫のユージン=オキーフは、心の中でそうぼやくのであった。

 

 

 

 

 

 そして、学院校舎南館屋上にて――

 

「う、うぅ…緊張…してきましたわ…や、やっぱり止めた方が良かったのかも」

 

 真夜中、ジョセフに大丈夫と言っていたが、いざ今日を迎えると、途端に震え始めるウェンディ。

 

「大丈夫よ、ウェンディ」

 

 そんなウェンディに、テレサが優しく話す。

 

「システィーナやジョセフ、ギイブルの陰に隠れてますけど、本当は貴女だって強いんですよ?この屋上迎撃組に選ばれているのがその証拠です」

 

 今回の作戦において、屋上の迎撃組は、アルベルトやバーナードが実際に実力を確認して、『実戦で使い物になる』と判断された生徒達のみなのだ。

 

「貴女は要所でドジさえしなければ、いつでも首席を狙える実力なんですよ?ドジさえしなければ」

 

「う、うるさいですわねっ!ドジを強調しないでくださいまし!」

 

「私がウェンディの傍にずっとついていますから。だから…この戦いを一緒に生き残りましょう?ね?」

 

「……当然…ですわ」

 

 微笑むテレサに対し、昨日、ジョセフとそう約束したウェンディは力強く頷いた。

 

「はぁ…それにしても」

 

 そして、ウェンディはちらりとある方向を流し見る。

 

「…………」

 

 その視線の向かう先に居たのはイヴだった。

 

 まったく覇気なく突っ立っており、左手を握ったり開いたりして、それをぼんやりと眺め…時折、拗ねたような溜息を吐いているばっかりだった。

 

「ここの前線指揮官…イブさんでしたっけ?覇気もやる気もありませんし…おまけに暗いですし…あの人、本当に大丈夫なんですの?頼りになりますの?」

 

「一応、特務分室の室長…バーナードさん達のリーダーって聞きましたけど……」

 

「ええっ!?あの方が室長ですって!?室長って、バーナードさんかアルベルトさんじゃありませんでしたの!?」

 

 そんな素っ頓狂なウェンディの声が上がっても。

 

(……ふん。…私なんかどうせ……)

 

 イブは何一つ反論せず、力なく、ぼんやりとしているだけだった。

 

「彼女は今、まぁ、色々あってな、絶不調なんや」

 

 その時、ウェンディとテレサの前にジョセフが姿を現し、そう言った。

 

 他にもダーシャとアリッサが等間隔になるように散開している。

 

「色々とは?」

 

「まぁ、プレッシャーとかな…それと、彼女の家――三大公爵家の一つであるイグナイト家の姫君というのもあるからな。なんとも思わないっていうのはないのさ」

 

 ウェンディの問いに、ジョセフは肩を竦める。

 

「ま、安心しとき。いざという時はウチがお前ら二人を守ってやるさかい」

 

 ジョセフは穏やかにそう言うと、くるりと振り返る。

 

「……もう、大丈夫そうですわね」

 

「そうですね。昨日の様子を見て、とても心配していましたが、良かったです」

 

 その様子をウェンディとテレサは微笑む。

 

「あと、間違って味方を撃つなよ~?ウェンディ?」

 

「な…ッ!?だ、誰がそんなドジをしますか!?」

 

 にやりとしながらウェンディに振り返るジョセフに、ウェンディはそう返す。

 

「ていうか最近の貴方達、わたくしの扱い酷くなってません!?」

 

「え?いつも通りやな、テレサ?」

 

「ええ、いつも通りですよ?ウェンディ」

 

 きぃ~っと、まくし立てるウェンディに、ジョセフとテレサは不思議そうに首を傾げる。

 

「絶対、いつも通りじゃないと思いますけどッ!?」

 

 そんな二人の反応にウェンディが犬のようにギャンギャン吠えるのであった。

 

「……さて、無駄話はここまでにしようか」

 

 ジョセフは緊張していたウェンディを解した後、ベレー帽をかぶり直すと、真剣な表情になるのであった。

 

 

 

 

 

 そして、学院中庭にて――

 

「総員、配置はどうじゃ?…うむ、そうか…引き続き頼むぞい」

 

 通信の魔導器を使って、東西南北各校舎の前線指揮官達に指示を飛ばすバーナード。

 

 今回のフェジテ防衛戦にあたり、イブの不調と四十年前の奉神戦争での指揮官を鑑み、バーナードが総指揮官を務めることになった。

 

 因みに、マクシミリアンは現在、デルタの指揮官であり、一年前の北部戦線での活躍を鑑み、副指揮官を務めている。

 

「やれやれ、配置は終わったぞい、クリ坊」

 

「ご苦労様です、バーナードさん」

 

「総大将ってのは大変だろう?≪隠者≫。ましてやこの人数になると尚更、な」

 

「まったくだわい。総大将ってのは、相変わらず面倒臭い仕事じゃのう!変わってくれんかのぉ?ほら、≪皇帝≫という名で呼ばれているんだし……」

 

「私は副指揮官を務める」

 

「ははは、そう言わずに。イブさんが絶不調な今は、貴方しか居ないんですから」

 

 そう言うクリストフは、片手片膝を地について、静かに瞑想していた。

 

 中庭の中心に広がるのは、青い光線が複雑に絡み合って構築された魔術法陣――すでに大量の魔力が通い、重低音を立てた駆動している。

 

 ラザールが学院に敷設した『マナ堰提式』をベースに、学院の講師や教授、博士生達が突貫工事で作り上げたのが、この蒼い結界魔術法陣――【ルシェルの聖域】。

 

 ハーレイが解析した、力天使の名を冠する盾にちなんだこの結界こそ≪炎の船≫より降り落ちる【メギドの火】に抗する最後の切り札。フェジテの上空に、あのエネルギー還元力場を形成し、【メギドの火】を無効化する――そんな術式だ。

 

 これを成し得たのは、ハーレイの才能、クリストフの結界魔術の知識、魔術学院の技術力、≪力天使の盾≫の破片の触媒、フェジテの豊富な霊脈と元々築かれていた巨大な『マナ堰提式』、そして……

 

「この学院の生徒さん達のおかげですね」

 

「うむ」

 

 魔術法陣を刻み、魔術的防御をガチガチに固めた東西南北の学院校舎の中には、有志の生徒達が待機している。その生徒達が校舎内にびっしりと刻まれた魔術紋様に手を触れ、そこから魔力を供給することで、この【ルシェルの聖域】を維持するのだ。

 

 この場合、この状況でこそ再現できた、奇跡だった――

 

「この結界のメイン制御は僕に任されましたが…こんな大儀式結界、とても僕一人で維持できるものではありません。生徒さん達の協力があってこそです」

 

「じゃが、東西南北の校舎を破壊されるほど、供給魔力量は減る…維持役の生徒達が持ちこたえきれず、地下の避難区画へ退避してしまっても同じ…そうじゃったな?」

 

「ええ。僕はこの校舎の破壊状況と生徒さん達の撤退状況を合わせて、これを『結界維持率』と暫定的に呼ぶことにしました。この『結界維持率』が40%を切ったら…もう【メギドの火】を防ぐことは叶わないでしょう」

 

「それまでに、突入組が件の魔人を撃破しなければならない…じゃな?はぁ~、ヘヴィじゃのう、まったく…グレ坊、マジで頼むぞ、おい……」

 

 やれやれとバーナードがため息交じりに頭をかく。

 

「大丈夫ですよ。…先輩は土壇場の勝負に凄く強いんです。…というか、土壇場にならないとあまり強くないんですけどね」

 

 クリストフは穏やかな信頼に満ちた表情で微笑むのであった。

 

「ホッチ。”神の盾”は?」

 

「いつでも展開できます、大佐」

 

 一方で、マクシミリアンは、モノリス型演算魔導器を操作しているホッチンズのもとに向かい、”神の盾”とやらの準備状況を聞くと、ホッチンズはそう返す。

 

「ようし…私だ。総員、≪炎の船≫から放たれる【メギドの火】を防いだ直後、”神の盾”を展開する。…ああ、そうだ。連中の戦力を学院校舎に来る前に、出来るだけの損害を与えたい。”神の盾”展開後、それぞれの諸元データをホッチに送れ。ホッチのモノリス型魔導演算器を経由して、私に送り、標的を定める。…そうだ。では、各々、抜かりなく」

 

 ”神の盾”の状況を確認したマクシミリアンは通信機でデルタ各員にそう指示を送るのであった。

 

 

 

 そして――

 

 やがて、時は日の昇りきった正午となるのであった。

 

 

 

 

 

 





 今回はここまで

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