ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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鈴木雅之の「め組のひと」を聴きながらやると、捗るでござる。


111話

 

 

 

『……時は満ちた』

 

 フェジテ上空、≪炎の船≫その内部、その最奥。

 

 そこは、金属のような石のような謎の素材で造られた、半楕円状の大広間であった。

 

 その半楕円のカーブに沿うように、巨大な黒いモノリスが、ずらりと無数に並んでいる。床には禍々しい幾何学紋様が折り重なるように刻まれている。

 

 その広間の最奥には玉座のような席。その周囲にも大小いくつかのモノリスや、表面にびっしりと文字が刻まれた立方体の石盤が配置され、魔力が通っていた。

 

 半楕円状の空間の上部には、まるで窓のように写したフェジテ各地の映像が、光の魔術で投射され、無数に浮かんでいた。

 

『≪鉄騎剛将≫の魂は、最早、完全に我が身体になじみ、グレン=レーダスのせいで不充分だったマナも回復した』

 

 玉座に悠然と腰掛ける魔人が、誰へともなく呟いた。

 

『今こそ、我が悲願のため、ルミアを抹殺し…そして、フェジテを灰燼に帰す時が来たのだ……』

 

 その前に、一つ気になることと言えば……

 

 魔人は、忌々しそうに己が左手を見る。先日、ジャティスを、その心臓を握り潰して始末した時、左手を付着したその血…なぜか、それがどうしても落ちないのである。

 

『まぁ、いい…特に問題は無い』

 

 実際、その血のせいで何か不具合があるわけではない。魔人は己が為すべきことを為そうと、手際よく、玉座周囲のモノリスや石盤を操作し始めようとした…その時だ。

 

 ――いずれ、私の子が貴方をこの世から抹消するでしょう――

 

 不意に、なぜか、一年前の連邦で起きた出来事が脳裏を過る。

 

 あの時、始末した女性が最期にまだラザールだった頃の自分に、放った言葉が過ぎる。

 

 なぜ、今さらそんな言葉を思い出したのか、魔人自身わからなかった。

 

『ふん…あの女の言葉を思い出したところで何だというのだ?我の悲願が成就しようとしている今、あの女の言葉など…無意味』

 

 そう一蹴すると、魔人は再び操作をはじめる。

 

 それらの表面に、魔力の光文字が激流のように流れ始め――

 

 ――≪炎の船≫全体が震え、駆動し始めた。

 

 

 

 

「き、来たぜ……」

 

「くっ…いよいよだな……」

 

 上空を見上げるカッシュとギイブルが流石に緊張に震える。

 

 フェジテの遥か上空に浮かぶ≪炎の船≫――その船底。

 

 そこに、遠く離れていても感じられるほどの高エネルギーが集まり、徐々に真紅の光の球体を成長させていく。

 

 まるで太陽のように眩いそのエネルギー球体は、大気を震わせる高周波音をフェジテ中に叩き付けながら、成長して、成長して、成長していき――

 

 破滅の予感がどんどん高まって、高まって、昂ぶって……

 

「か、神様……」

 

 誰もがウェンディのように、大いなる者へ祈りを捧げて……

 

 やがて……

 

 その球体が、光の速度でフェジテに落とされた。

 

 

 

 

 白 熱。

 

 

 

 その日、その時、その瞬間、世界から全ての音と色が消え――

 

 ――フェジテ全土が無限の白き虚無一色に染まるのであった。

 

 

 

『……終わったな。…やはり、人間とは呆気ないものだ』

 

 超絶的なエネルギーの炸裂がもたらす衝撃が遥か上空まで届き、≪炎の船≫を上下に激しく揺らす。一時手に全てのモノリス魔導機能が停止し、全ての映像が消える。

 

 そんな中、その魔人はただ一人、感慨深げに言った。

 

『……さぁ、これが始まりの狼煙だ。我らが偉大なる大導師様のため…そして、私の真なる主のため。これから新たな戦いが幕を開けるのだ…この無敵の≪炎の船≫を存分に使用した、一方的な蹂躙がな……』

 

 抑えきれない愉悦に笑う、魔人。

 

 やがて。

 

 一時的に休止していた船の機能が徐々に回復していって。

 

 頭上の空間に投射される映像が、一つ、また一つと復活していって……

 

『……なん…だと……』

 

 魔人は、その映像が写す予想だにしなかった光景に、忘我するしかない。

 

 フェジテがあったはずの場所には、焼け焦げた無限の焦土が広がっているはずなのに。

 

 それ以外はあり得ないはずなのに。

 

 映像の中のフェジテは――健在。

 

 無傷。

 

 

 

 

「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!?」」」」

 

 白い光が完全に晴れた時、学院は大歓声に震えていた。

 

「やった!生きてる!俺達、生きてるぞぉおおおおお!?」

 

「よかった!よかったですわぁああああああ――ッ!」

 

 生徒達も警備官達も、誰も彼もが抱き合って喜んでいる。

 

 フェジテを膜で包むように上空に広がるのは、まるで希望の光の如く蒼く輝く魔力場。

 

 今、それは波紋のように美しく揺らめいて、その確かな存在を主張していた。

 

「ほっ……」

 

 結界のメイン制御を担当していたクリストフは、空を見上げて安堵の息を吐いて。

 

「ふん…当然の結果だ」

 

 これほど沸き立つのが腹立たしいとばかりに、ハーレイは忌々しそうに鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

『馬鹿な……ッ!?』

 

 魔人は驚愕と驚嘆に身を震わせ、傍らの石盤を叩き壊していた。

 

『【メギドの火】なのだぞ!?全てを滅ぼす悪夢の火なのだぞ!?なぜだ!?なぜ、無事でいられる!?そんな筈は…ッ!?くっ……ッ!』

 

 荒っぽい手つきで、魔人は玉座の傍のモノリスを操作し、解析魔術を眼下のフェジテに飛ばす。たちまちその解析結果が、映像として頭上に映し出される。

 

 さらなる驚愕に、魔人が固まった。

 

『こ、これは≪力天使の盾≫と同じ…まさか、私が放棄した武法具の術式を、フェジテの空に再現したというのか!?それこそ馬鹿な…ッ!?そんなことを成せる魔術師が居たというのかッ!?あ、あり得ぬ……ッ!』

 

 だが、事実だ。認めなければならない。実際に居たからこうなったのだから。

 

『だ、だが…ふむ…成る程…やはり、所詮は劣化レプリカか……』

 

 頭上に投影される解析結果を見ながら、魔人は徐々に落ち着きを取り戻す。

 

『あの学院の四つの校舎に張り巡らせた術式で結界を維持しているのか…そして、この劣化力場に物理干渉作用はない…つまり、実体物は通り抜けられるということ……』

 

 魔人は再び、モノリスを操作する。

 

『……ならば、あの四つの校舎を打ち壊し、魔力場を無効化してから再び【メギドの火】を落とす――それまでだ』

 

 

 

 

 魔人の操作によって≪炎の船≫の船底に配置されていた丸い扉が、音を立てて開いた。

 

 そこから無数の丸い球体が、次々と投下されていく。

 

 その丸い球体達は落下しながら、レンガのようにその構造を組み替えて、変形していき――やがて、その球体は、頭部に単眼を持ち、両腕が翼の機能を果たす飛行型ゴーレム人形へとなって、魔術学院校舎を目指し、降下していくのであった。

 

 

 

 

「大佐。お客さんが来ました」

 

 周囲が沸き立つ中、モノリスを操作していたホッチンズが、マクシミリアンに報告する。

 

「了解。それじゃあ、≪隠者≫。先陣を切らせてもらうぞ?」

 

 マクシミリアンはバーナードに言うな否や、箱形の結界を頭上に顕現し、それに跳び乗るや、次の結界を頭上に展開し、跳び、展開し――それを繰り返しながら、跳んでいく。

 

 やがて、学院校舎屋上よりも高い所に結界を張り、その上に乗ると、無数のゴーレムで埋め尽くしている空を見る。

 

「……”神の盾(イージス)”展開」

 

 マクシミリアンが通信機ごしに呟くと。

 

 突如、デルタ組の周囲に魔術法陣が浮かび上がる。

 

「……”神の盾”ベースライン4展開完了。各員、諸元データ入力開始」

 

 展開を終えた屋上のデルタ組は、得られたデータをホッチンズのモノリスを経由して、マクシミリアンの表層意識野に集積される。

 

「目標捕捉・追跡。脅威度が高い標的を選定次第、ロックオン開始」

 

 各員から受け取ったデータを元に、目標を捕捉・追跡でき次第、脅威度の高い目標をロックオンする。

 

「ロックオン完了。発射シーケンスに突入。発射まで、5、4――」

 

「――お前ら、耳を塞いでろ」

 

 魔術法陣の中心に居るジョセフが後ろを振り返り、これから何をするのか、固唾を呑んで見守っている生徒達に告げる。

 

「え?耳を塞げって…そもそも、貴方達はこれから何を――」

 

 突然、そう言われて意図が掴めていないウェンディが問おうとした…その時。

 

「――≪発射(ファイア)≫ッ!」

 

 カウントダウンが終わるや否やデルタ組の魔術法陣から複数の光線が轟音と共に、出現する。

 

 ウェンディの声も途中でかき消されるほどの音が学院中に響き渡る。

 

 光線は一旦、上空に向かって弧を描いて飛翔し、一定の高度に到達した瞬間、向きを変え、≪炎の船≫から放たれた飛行型ゴーレム人形の群れに飛翔する。

 

「第一弾、発射完了。次の脅威判定・ロックオンが完了次第、第二弾、一斉射」

 

 発射を確認したと見るや、直ちに次の目標選定をはじめるマクシミリアン。

 

 光線はそのまま、マクシミリアンが脅威度判定をして指定した目標に向かい――

 

 やがて、全弾がゴーレムの先頭集団に命中し、ゴーレムが次々と墜ちていく。

 

「「「「ぉおおおおお……」」」」

 

 その光景を見た、学院の生徒・教師達が驚嘆の声を上げる。

 

「あの距離から、全弾、命中とは……」

 

「す、すげぇ…連邦軍ってすげぇ……」

 

 口々にデルタに賞賛を送る生徒・教師達。

 

「これが…”神の盾”……」

 

「うはぁ…あれ、ゴーレムだけじゃなく、攻性呪文の大部分は防げるんじゃろ?かぁ~ッ!こりゃ、攻性呪文と対抗呪文の美味しいとこだけ取ったようなもんじゃぞ!?あんなの帝国にも実用化してほしいのぅ、クリ坊?」

 

「あんなの、無理に決まってるじゃないですか……」

 

 あれ、作って欲しいのう…と、言わんばかしの顔でチラチラ見るバーナードに対し、クリストフが溜息を吐いてそう言う。

 

 一年前、連邦がレザリア王国に宣戦布告して間もなく、連邦軍の防空手段は『ターター』や『チャパラル』、『テリア』などの防空システムを持っていた。

 

 これら防空システムは優秀で、レザリア王国空軍の天馬騎士を撃ち落とすなど猛威を振るっていた。

 

 しかし、これらは1~2個の空中目標を対処するのが精一杯であり、また、目標の捕捉・発射などのプロセスを一人に依存していたため、応答時間が長いなどの欠点があった。

 

 野戦ならばまだしも、拠点防空になると無駄に人員を割かなければならないなど、拠点防空に向いていないという問題もあった。

 

 この問題を解消するため、連邦軍は必要最小限の魔術師で運用でき、拠点防空がこなせるシステムの開発を決定。

 

 その結果、完成されたのが≪神の盾≫であり、一人を発射などの意思決定を持つ司令塔、モノリスを操作する人物が一人、残りは目標の諸元データを収集し、モノリスに送信し、モノリスを経由して司令塔に受信される。後は、発射の意思決定をすれば、光線が目標に向かい、撃墜する。

 

 従来の防空システムと比べたら、非常に大掛かりなシステムになってしまったが、元々、拠点防空システムである『神の盾』は防空に限らず、あらゆる戦闘の局面において、目標の捜索から識別、判断から攻撃に至るまでを、迅速に行なうことができる。

 

 そして、『神の盾』の最大の特長は、目標の同時捕捉・追跡・迎撃できる数が従来のシステムよりも格段に向上していることだ。

 

 どれぐらい向上したのかというと、同時に捕捉・追跡可能な目標は128以上といわれ、その内の脅威度が高いと判定された10個以上の目標を同時迎撃できるという。

 

 このように、きわめて優秀な情報能力をもっていることから、情勢を遥かに素早く分析できるという特長がある。

 

 連邦軍は、開発を完了した途端、『神の盾』を戦争末期の北部戦線に投入。結果、初期のトラブルはあったものの、従来の防空システムを上回る戦果を挙げるなど、その性能を発揮。末期ごろの戦線の制空権は完全に連邦軍が掌握することに成功するなど、戦争の勝利に貢献した。

 

 『神の盾』に続くように、他の連邦軍から『ターター』が発射され、ゴーレム人形の群れに向かっていく。

 

 その他にも、近距離用に『チャパラル』が待機状態にあるなど、三段階の防空陣形を連邦軍は整えていた。

 

「第一弾、全弾命中確認。続けて第二弾、発射シーケンスに突入――」

 

 そして、あらゆる邪悪を払う『神の盾』は、フェジテ防衛戦でもその真価を遺憾なく発揮していくのであった。

 

 

 

 

 

 一方――

 

「……始まったな」

 

 魔術学院の北、迷いの森。

 

 そこから続く山の斜面の、とある切り立って開けた場所にて。

 

 次々と≪炎の船≫から投下されたゴーレム人形が、連邦軍の迎撃を受けながら魔術学院へと迫っていくその光景を前に、グレンが呟いた。

 

「……本当に大丈夫なのか?生徒達で持ちこたえられるのか?」

 

 不安げなグレンに、ナムルスが素っ気なく言った。

 

『大丈夫よ。何度も言ったでしょう?元々≪炎の船≫は、愚者の国…魔術を知らない普通の人間の国々を、制圧するための兵器なの。

 対地攻撃力は【メギドの火】がほぼ全てと言ってもいいくらいよ。申し訳程度に搭載している地上制圧兵力なんて数こそあれど、質は大したものじゃないわ。貴方達が地下迷宮と呼ぶ≪嘆きの塔≫に配備されている守護者の方が、よっぽど危険よ』

 

「な、なら、いいんだがよ……」

 

『それよりも、集中なさい。…貴方達の出番よ』

 

 グレンが振り返る。

 

 そこには、システィーナ、ルミア、リィエル。

 

 そして…セリカ。

 

「…………」

 

 セリカは山の斜面に描いた魔術法陣の中で印を結んで座禅をし、静かに瞑想している。

 

 その全身に、なんらかの血液で描いた紋様がびっしりと描かれている。瞑想によって自然界のマナを一身に集めたその肢体は、静かに高められた魔力で満たされていた。

 

「おい、セリカ。準備はいいのか?」

 

「……ああ、ぎりぎりだったが…なんとかいける」

 

 すっと、セリカが悟りを開いたかのように、薄ら目を開いた。

 

「始めてくれ」

 

「いいだろう……」

 

 そう呟いて。セリカは静かに、何事かの呪文を唱え始めた。

 

 キン、金属音のような高周波音を立てて、セリカの周囲の大気が震える。

 

 座禅している魔術法陣が真紅に輝き、昇る赤光がセリカを焼くように包み込んだ。

 

 すると、セリカの身体を走る紋様も徐々に赤熱し、発行し始めて…やがて、セリカの身体の輪郭が放たれる眩い光で溶融し、見えなくなっていく。

 

 ぼこり、ぼこり、めきめき……

 

 とある瞬間から、セリカの身体が音を立てて変わり始めた。

 

 その身体はどんどん膨れ上がり…見上げるほどに膨れ上がり、異形と化していく。

 

 やがて、その体躯に極限までわだかまった力が一気に弾け、その強大な力が衝撃波となって、周囲を駆け抜けた。

 

「くっ……ッ!?」

 

 グレン達が地面に掴まりながら、嵐のように吹き荒れる風を必死に堪えていると……

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!』

 

 大気を震わせ、魂を打ち震わせる、恐るべき咆哮が上がった。

 

 あぁ…と、グレンが思わず声を漏らす。

 

 眼前に広がるは巨大な翼。目を灼くは燦然と輝く黄金の鱗。小山のような巨躯。丸太のように太い手足。長い首、無骨に鋭い鉤爪、ぞろりと並ぶ鋭い牙。

 

 伝説に名高きその偉容――その咆哮は地を響もし、尾の一撃に巨木が倒れる。牙打ち鳴らす音は鋼より鋭く、爪の一掻きは大地を割る。

 

 彼の者の前に敵も味方も無く、只、壮絶な力の前に誰もが等しくひれ伏す。

 

 遠からん者は音に聞け。近くは寄って目に見よ。

 

 弱き者を圧殺するこの無慈悲なる暴力の体現、圧倒的暴力の申し子。

 

 これが、これこそが――ドラゴン。

 

 森羅万象の頂点に極まった王者。

 

 神話が、伝説が、今、此処に、自分達の前に顕現したのだ――

 

『――って、そんな大したもんじゃないぞ?私』

 

 グレンがその存在に圧倒され、思わず詩的になっていると、どこか気の抜けたようなテレパシーが、グレンの脳内を走る。…セリカの声だった。

 

「うっせ、人の脳内を覗くな、少しは浸らせろ。ドラゴンだぞ、ドラゴン。わくわくしねー男の子はいねーよ」

 

 グレンがその恐ろしげなドラゴンを見上げると、その金色のドラゴンは不思議を愛嬌のある真紅の目で、グレンを見つめ返した。

 

「しっかしまぁ…【セルフ・ポリモルフ】でドラゴンに変身しちまうとはなぁ…お前ってマジでなんでもアリだな、おい……」

 

 すると、ドラゴン――正体はセリカ――がテレパシーを返す。

 

『貴重な竜の血を触媒にして使わなきゃならん上に、竜言語魔法も使えないハリボテだけどな。まぁ、吐息能力とパワーだけは成竜並みだけど』

 

 通常、肉体改変系の変身魔術は変身対象の能力を得ることができるが、竜言語魔法はドラゴンが長寿の中で後天的に身につける技術・知識なので、使用不可能なのだ。

 

「まぁ、どうでもいい。あのクソったれな船まで行けるならな」

 

 そして、グレンはシスティーナ達を振り返って言った。

 

「よし、お前ら、行くぞッ!チャンスは今だ!さっさとセリカの背中に乗れ!」

 

「ん、乗る」

 

「今さらですけど、だ、大丈夫なのかなぁ、これ…振り落とされたりしないかなぁ」

 

 身を伏せて背を下ろすセリカドラゴンに、グレンが颯爽と跳び乗り、続いてリィエルが素早く跳び乗り、システィーナがおっかなびっくりよじ登った。

 

 そして。

 

『ルミア!』

 

 最後に、セリカの背に乗ろうとするルミアに、ナムルスが言った。

 

『……どうか、昨夜、私の言ったこと…忘れないで』

 

「…………」

 

 どこか懇願するようなナムルスの言葉に、ルミアは一瞬、動きを止めるが…そのまま振り返ることなく、セリカの背に乗り込んだ。

 

「どうした?ルミア?」

 

「ううん、なんでもないんです。…私、頑張りますね」

 

 グレンが問うも。ルミアはいつもどおりのルミアで、何ら変わることはない。

 

『グレン!』

 

 すると、ナムルスが、今度はグレンに呼びかけた。

 

『……ルミアをお願いね』

 

「……なんだか、よくわからんけど…任せとけ」

 

 そして。

 

『じゃ――――いくぞ!しっかり掴まっていろよ!』

 

 セリカが大空に向かって、その大きな翼を広げ――

 

 人ならざる圧倒的なパワーをもって地を蹴り、力強く羽ばたき、その場を飛び立つ。

 

 グレン達にかかる凄まじい重力、一気に頭の血が下がる浮遊感と不快感、あっという間に遠く小さくなっていく地上の光景――

 

「ぅおわぁあああああああああああああああああぁぁぁぁぁ――ッ!?」

 

「きゃああああああぁぁぁぁ――ッ!?」

 

 そのあまりにも桁外れで想定外のパワーに、グレンとシスティーナの情けない悲鳴が空へと吸い込まれていくのであった――

 

『……頼んだわよ、グレン。本当に……』

 

 ナムルスは誰へともなく呟き、天空の決戦場へと向かう者達を見送るのであった。

 

 

 

 





今回はここまで。

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