ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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再起動じゃー


114話

 一方、≪炎の船≫の玉座の間――制御室にて。

 

『くっ…まさか、ここまで抵抗されるとは…矮小なる人間風情が……ッ!』

 

 魔人は、頭上に投射された、地上の様子の映像を見て、忌々しく歯噛みする。

 

 そして、次に空の光景を投射した映像にも、目を向ける。

 

 すると、雄々しい金色のドラゴンが、今、まさにゴーレムの群れの最中を、強引に突っ切って蹴散らしながら――≪炎の船≫へとみるみる迫ってきている。

 

 それを迎撃しようにも、地上からの謎の攻撃で、砲は全て潰されてしまった。

 

『あり得ぬ…何故だ?一体、何故?』

 

 古代の英知が生んだ兵器を前に、たかが人間が何故、こうも抗することができる?

 

 当然、地上制圧の切り札はまだ残っているが…まさか、本当にそれを切らねばならないかもしれない事態に陥るとは予想外だ。…たかが人間相手に。

 

 魔人は歯噛みしながら左手を見る。そこには未だ落ちない、とある狂人の返り血。

 

 ――何度だって言うさ。人間とは、素晴らしいものだ――

 

 ――君はきっと思い知るだろうね――人間の可能性の偉大さを――

 

 死の間際、彼の口から嬉々として語られた言葉が…蘇る。

 

『そんなはずはない…人間は無力で矮小なる存在だ…より強大で大いなる力の前に翻弄され、塵芥となるしかない存在なのだ…だから私は…あの時……ッ!』

 

 魔人のどこか苦悩と苦渋に満ちた言葉を聞く者は、誰一人いない。

 

 

 

 

 

「着いた…ここが≪炎の船≫か!」

 

 船のメイン甲板に降り立ったセリカドラゴンの背から飛び降り、グレンが叫んだ。

 

 びゅうびゅうと風が吹き荒ぶそこは、ここが船の甲板の上だとは思えないくらい、広々とした殺風景な平面が広がっている。

 

 地上から見上げたり、空から眺めただけではいまいちわからなかったが――≪炎の船≫はとても大きな船だった。言わば、マストと帆のない巨大な戦列艦だ。マストの代わりにあるのは、立方体や直方体を積み重ねたような、奇妙な構造物である。

 

 近年開発が進んでいるとはいえ、まだまだ汽走式の甲鉄艦より帆走式の戦列艦が海軍の主流であるこの世界において、見たこともない不思議な造形をしている。

 

 唯一、連邦海軍の艦船はなにをどうやったのか知らないが、全艦艇、甲鉄艦(いや、それ以上に進んだ、とにかく二、三世代進んでいる艦艇)である。≪炎の船≫はそれよりも進んでいるような、そうでないような、そんな船だった。

 

 材質も一切が不明で、紅い石のような金属のような物資で造られており、その船体の表面全体に、奇妙な幾何学紋様や文字がびっしりと刻まれているようであった。

 

「しっかし…一体、これ、どうやって空に浮かんでいるんだ……?」

 

「今はその論議に意味はないわよ、先生。…興味はあるんだけどね」

 

 そんなグレンの背後に、システィーナが降り立つ。

 

 続いて、ルミア、リィエル。

 

 ついに一行は、敵の根拠地へと到達したのであった。

 

「……ありがとうな、セリカ…随分とお前に負担かけちまった……」

 

『………』

 

 グレンはセリカを振り返る。甲板に鎮座するセリカドラゴンの巨躯は、あの大量の敵の群れの中を強行突破したせいで、もうボロボロであった。

 

 そうでなくても連日の戦闘で、セリカは体力的にも魔力的にもすでに限界だろう。

 

「お前はここで休んでろ…何、すぐに帰ってくるさ。帰りもアッシー頼むぜ?」

 

『……ああ、行ってこい。…私は少し、休む』

 

 セリカドラゴンが、その真紅の目で優しくグレンを見つめる。そして、その巨躯を丸めて目を閉じ、魔力の消耗を抑え、回復を図る休眠活動状態と移行した。

 

「ようしっ!行くぞ、お前らッ!」

 

「は、はいっ!」

 

「ん」

 

 グレンを先頭、リィエルを殿に、一行は遥か先の構造物を目指し、駆けだすのであった。

 

 

 

 

 ――戦いは続く。遥か空の上で、そして、地上の学院で。

 

 太陽が頂点を極めた正午から始まった戦いは激化しつつ――

 

 日はゆっくりと、ゆっくりと傾いていく――

 

 

 

 

「≪雷帝の閃槍よ≫――≪散≫ッ!」

 

 ハーレイが呪文を唱えると、【ライトニング・ピアス】の雷閃が空に向かって放たれ――その雷閃が途中で無数の雷閃に分枝、それぞれが正確無比に敵を射貫く。

 

 瞬時に十の敵が、ハーレイの一の呪文によって、同時に落とされた。

 

 ハーレイの超技巧『拡散起動』である。呪文の射程を十分の一に切り詰める代わり、それを十に分枝させ、呪文の威力を落とさず、多くの敵を同時に狙うという技術である。

 

 だが、それだけの技巧さをもって敵を落としても、ハーレイにいつもの余裕はない。

 

「ちっ…まだか、グレン=レーダス……ッ!」

 

 空を見上げる。空から迫り来る敵兵力には切りが無かった。

 

 連邦軍にも被害が出始めており、西校舎では二人の連邦軍兵士の犠牲者を出している。しかし、他の兵士達はそんなことに気を向く余裕もなく、ひたすら撃ち続ける。

 

 周囲で必死に弾幕を維持する生徒達にも、そろそろ疲労が目立ち始めていた――

 

 

 

「≪命令だ、お前らで殺し合え≫」

 

 中庭の上空に展開した結界の上に立っているマクシミリアンの声が、響く。

 

 すると、周囲を飛んでいたゴーレム人形達が何を思ったのか、互いに鉤爪や熱線で互いを攻撃し合い、マナの霧へと変わっていった。

 

 当然、敵は【ルシエルの聖域】の中心基点である、この中庭にも舞い降りてくる。

 

 マクシミリアンは下を見やると。

 

「≪高速結界展開(イミッド・ロード)紅玉結界(ルビー・サークル)≫――ッ!」

 

 クリストフが大挙して押し寄せてきた敵を押し戻すため、左手で【ルシエルの聖域】を維持しながら、右手で頭上に攻性結界を展開したのであった。

 

 マクシミリアンが討ち漏らして迫っていた敵を充分に焼き払い、クリストフが一旦、攻性結界を解除すると。

 

「ナイスじゃ、クリ坊!」

 

 そこにバーナードが、鋼糸のワイヤーを伝って、空から飛んでやってくる。

 

「大丈夫ですか?バーナードさん」

 

「かーっ!いっちょまえに、小僧め!わしの心配なぞ百年早いわい!」

 

 若い者にはまだまだ負けん、とばかりにガッツポーズするバーナード。

 

「そいで、各校舎の戦況は?≪隠者≫」

 

 背後からマクシミリアンが結界を伝って降り、バーナードに戦況の確認をする。

 

「各校舎の戦況は非常に安定しておるわい。まだしばらくは大丈夫じゃ。なーに、なんかありゃ、通信魔導器で各指揮官へすぐに指示出してやるわい」

 

「最前線で好き勝手暴れているようで、ちゃんと戦況全体を把握している…それがバーナードさんの凄いところです」

 

 クリストフは信頼の笑みをくすりとバーナードへ向けた。

 

「じゃが、クリ坊よ。【ルシエルの聖域】の状態は、どうなっておる?」

 

 すると、バーナードの問いに、クリストフが少し深刻そうに答えた。

 

「残念ながら…生徒さん達の負傷による一時撤退、防ぎきれない校舎へのダメージ…結界維持率は徐々に下がっています…現在は83%」

 

「うーむ、じりじりと下がってきておるのぅ……」

 

「今はまだ、高い士気で維持率の減少を抑えているが…連邦軍(こちら)も犠牲者が出始めている…崩れる時はあっという間に崩れるぞ」

 

「それまでが勝負…むぅ、やっぱり全生徒達を強制的に総動員すべきだったのう?」

 

「いえ、バーナードさんの判断が正解でしたよ」

 

 渋面のバーナードに、クリストフが揺るぎなく確信している表情で言った。

 

「士気の低い生徒達を前線に出せば、その士気の低さは他の生徒達にも伝播し、結果、戦力的にはマイナスになります。頭数が何より重大な戦局もありますが、この局地的な防衛戦では、士気の高い有志の生徒達のみで戦う、今の手が最善手です」

 

「それに、無駄な犠牲も出すことになる。まぁ、今のこの状態でいうのもなんなんだが、死人をいたずらに増やしたくない」

 

「そうか…じゃが、やはり子供たちに戦わせるのは、大人として心苦しいのう……」

 

「だな…だが、だからこそ、俺達大人が身体を張らんといかん。命を賭けてでもな」

 

「悔恨も後悔も後です。…敵、次波、来ますよ」

 

 そして、そんな風に語り合う三人のもとへ、さらに敵が空から押し寄せる――

 

 

 

 その一方、魔術学院校舎の地下区画の一番の大部屋にて――

 

 ここには、地上の戦いで負傷してしまった者達が、東西南北の校舎を短距離転移魔術で遊撃するツェスト男爵の、遠隔転送魔術によって送られてくる。

 

「皆さんッ!大丈夫!絶対に大丈夫ですからねっ!私がついてますからっ!」

 

 そんな負傷者達に、学院の法医師セシリアを筆頭とする、有志の生徒達で編成された救護隊が、不休で必死に法医治療を続けていた。

 

「≪慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を≫――ッ!」

 

 ことこの大事に至って研ぎ澄まされ、完全覚醒したセシリアの技量は凄まじく、どれほど生死に関わる負傷をした者の一命をも、取り留めさせ続けていた。

 

「うぅ…痛い…熱い……」

 

「リンさんっ!そこの彼の腕を縛って!先に法医呪文をかけてくださいっ!」

 

 セシリアが特に重傷な者を中心に、鬼気迫る勢いで看て回りながら、救護隊の生徒達に次々と指示を飛ばしていく。

 

「は、はいっ!」

 

 普段、気弱で引っ込み思案なリンも、この時ばかりはおどおどしてはいられない。

 

「大丈夫…大丈夫ですから…絶対、助かりますから……ッ!」

 

 少しでも多くの人を助けようと、臆病な自分でもできることをしようと、リンはマナ欠乏症気味でふらふらになりながら、必死に人を癒し続ける。

 

 そして、その時。

 

「……迷惑かけたね」

 

 部屋の端で肩の負傷の手当てを受けていたギイブルが、杖をついて立ち上がっていた。

 

「ぎ、ギイブル君っ!?どこ行くの!?」

 

 それに気付いたリンが、慌ててギイブルへ駆け寄った。

 

「戦列に戻る。…僕はまだやれる」

 

「そんな、まだ怪我が完全に治っては…しばらくじっとしてないと……ッ!」

 

 黙って再び屋上へ向かおうとするギイブル、リンが引き留めようとするが。

 

「僕が抜けた穴で、他の連中の危険度が上がるんだぞ?…ごめんだね、そんなの」

 

 素っ気なくリンの手を振り払って、ギイブルは駆け出していた。

 

「……うぅ…せめて…どうか、気をつけて……」

 

 リンはその背中を祈るように見つめ…そして、気分を切り替えて、今、自分に出来ることに専念しようと、再び負傷者の手当てに戻る。

 

(……皆…先生…どうか…どうか、無事で……ッ!)

 

 外で戦うクラスメート達、空の上で戦うグレン達。

 

 その無事を、ただひたすら祈りながら――リンはリンの戦いを必死に続けるのであった。

 

 

 

 

 

 負傷を押して救護場を後にし、迷いなく地上階への階段を目指すギイブルを。

 

 廊下の角から、そっと眺める者がいた。

 

「……どうして…どうしてだよ……?」

 

 ……クライスであった。

 

「皆、どうしてそこまで戦えるんだよッ!?怖くないのかよ……ッ!?」

 

 その廊下には、クライスやエナなど、多くの生徒達が膝を抱えて座り込み震えている。

 

 外の戦いにも、校舎内の結界維持にも参加しなかった生徒達だ。

 

 彼らは前線で戦うことの、立ち向かうことの恐怖に抗えず…ただただ、無力な一般市民のように、こうして安全な地下に退避することを選択した者達であった。

 

「俺達に何が出来るっていうんだよ…もう終わりなのに…戦っても、皆、どうせ【メギドの火】で死ぬだけなのに…なのに…なんで戦えるんだよ……ッ!?」

 

 頭を抱えて蹲るクライスの呻きは…戦うことを放棄してしまった、その場の者達の総意であった。

 

 なぜ?どうして、俺達がこんな理不尽な目に?居もしない事態の責任者を探して、自分は何も悪くないと、思考停止のどん詰まりに行き詰まった…敗北者であった。

 

「そうだよ…お、俺達は何も悪くない…だから、何もする必要はない…あのルミアが俺達のために戦うのは当然だし、戦いたい酔狂なやつだけ戦えばいい…ッ!そうだよ、そうに決まってる……ッ!」

 

 なのに、なぜだ?なんなんだ?この罪悪感と底知れない自己嫌悪は。

 

 答えの出ない葛藤に、クライス達が頭を抱えていると……

 

『はぁ…呆れた。心底、呆れた。…貴方達、馬鹿じゃないの?』

 

 蔑むような言葉が、不意に廊下に響き渡った。

 

 どこにでも姿を現す神出鬼没の異形少女――ナムルスだった。

 

「誰だよ、お前!?る、ルミア=ティンジェル…いや、違う…?それになんなんだよ、その背中の妙な翼は……ッ!?」

 

『誰でもいいでしょ。それにこれはただの飾りよ。気にしないで』

 

 ふん、鼻を鳴らすような仕草で、ナムルスは素っ気なく切り捨てた。

 

『……それよりも。貴方達、本当にそれでいいわけ?』

 

「――ッ!?」

 

『余計なお世話かもしれないけど。貴方達、このまま何もしなかったら、この先、一生後悔する…そんな顔してるんだけど?』

 

「そ、そんなわけ、ないだろ!?だって、俺達は何も悪くない!」

 

『……じゃあ、なんでここにウジウジ留まっているのよ?さっさと学院から逃げればいいでしょう?その方が、余程安全だわ』

 

「そ、それは…だって今は、緊急待機令が……ッ!」

 

『本当に中途半端ね、馬鹿馬鹿しい。この状況で緊急待機令も糞もないわよ、まったく』

 

 すると、ナムルスは突然、手を掲げた。

 

『まぁ、どうでもいいわ。それよりも、まだ、ここに留まってウジウジしてるくらいなら…貴方達、せめてこの戦いの行く末を見届けなさいな』

 

「……えっ?」

 

 するとナムルスの手が輝きだして――その光を受けて、廊下に映像が映し出される。

 

『あの子は…ルミアは、貴方達のためにも戦ってるんだから…その結末を見届ける…それが、せめてもの貴方達の義務よ』

 

 そして。

 

 その映像に映し出された光景は――

 

 

 

 

 学院校舎屋上では、激しい戦いは続いていた。

 

「クソッ!まだ来るのかッ!?」

 

 校舎南館の屋上を、ジョセフは大鎌を振り回しながら、縦横無尽に駆け回っていた。

 

 空からは、ゴーレム人形達が次々と降り立ってくる。

 

 空に向けて攻性呪文や銃弾の弾幕などを形成して防いでいたが、生徒達からは負傷者が、連邦軍からは死傷者が出てきており、弾幕が薄れていっている。

 

 残った生徒達も次第に疲労が溜まってきており、状況は厳しくなりつつある。

 

 そして、それとは対照的に空からはゴーレム人形達がこれでもか、これでもかといわんばかしに降り立ってくる――

 

「先生達は無事に着いたんか?これ以上長引いたら、保たない――」

 

 大鎌を振り回しながら、ジョセフが悪態をついていると。

 

「ひぃ――ッ!?」

 

 背後から短い悲鳴が聞こえたので振り返ると、ウェンディが足下に転がっている連邦軍の兵士を見て、口を両手で塞ぎ、後ずさりして硬直していた。

 

 連邦軍の兵士は恐らくゴーレムの鉤爪でやられたのだろう。首から大量の血を流しなら、ビクン、ビクンと痙攣していた。

 

 ジョセフはすぐさまウェンディの元へ向かい、兵士のところで屈み、状態を見る。

 

(……出血量からして…彼はもう助からない…クソが……ッ!)

 

 ジョセフが兵士がもう助からないと知ると、舌打ちする。

 

 兵士はジョセフを見て、口から、首から血を流しながら、最後の力を振り絞って、ジョセフの手に何かを乗せようとする。ジョセフはそれを受け取って欲しいと察し、それを手に取る。

 

 それを手に取ったのを見た兵士は、その後すぐ、息絶えた。

 

 ジョセフが受け取ったのは――家族らしき写真――本人と、妻だろうか?――だった。

 

(チクショウッ!アンタが誰なのか、この家族がどこにいるのか、俺は何も知らないんだぞ…ッ!渡すなら、戻ってきて自分で渡しやがれッ!?)

 

 叶わないことはわかっているが、そう毒突くことしかできなかった。

 

 そして、背後では――

 

「し、死にたくない…死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない――ッ!」

 

 ウェンディが壊れたテープのようにそう呟き、パニック寸前の状態になっていた。

 

(ちっ、無理もない。北部戦線や今までの任務で死体を見てきた俺とは違い、こいつはつい先日まで学院で魔術の勉強をしていた、戦いも死体も無縁な日々を過ごしてきたんだ…そんなやつが死体を…しかも苦しんで死にゆく姿を目の当たりにした時の精神的負担は計り知れない)

 

 むしろ、パニックにならない方がおかしいっていうもんだ。

 

 とはいえ、このままではマズい。ジョセフは兵士の目を閉じさせて、すぐにウェンディに振り返り両肩を掴む。

 

「ウェンディ、俺だ。大丈夫や、俺の目を見ろ!」

 

 両肩を掴んだジョセフはウェンディの視界に入るように、顔をウェンディを相対するようにする。できれば死体を彼女の視界に映らないように近づける。

 

「嫌ですわ、死にたくないですわ…助けて、誰か助けて……」

 

「ウェンディ、俺を見ろ!俺の目を見ろ!大丈夫や俺がついているから!」

 

 しかし、ウェンディのパニック状態は収まりそうにない。ジョセフも一回で収まるわけがないとわかっているから、何度も繰り返し呼びかける。

 

「ウェンディッ!?」

 

 テレサがウェンディの異変に気付き、駆け寄るが、ジョセフはそれを片手をテレサに向け、制止する。

 

 こういう時は複数で呼びかけるよりも一対一の方が効果がある。

 

「助けて…助けてくださいまし…助けて助けて助けてたすけてたすけてたすけてタスケテタスケテタスケテ――」

 

 そうこうしているうちに、ウェンディのパニックは酷くなり――

 

「ウェンディッ!」

 

 このままではいけないと判断したジョセフが大声で、怒声に近い声で呼びかけた。

 

「――ッ!?」

 

 その声が奏功したのか、ハッと我に返るウェンディ。

 

「――ジョセフ?」

 

「ウェンディ、俺を見ろ。死体は見るな。俺の目を見ろ。大丈夫やから、もう大丈夫やから」

 

 我に返ったのを確認したジョセフは、先ほどの怒声とは一転して、優しく語りかける。

 

 完全にパニックが収まったと判断したジョセフはテレサの方に振り向き――

 

「テレサ、ウェンディを頼むわ。もし、彼女に違和感を感じたら、迷わず屋上から地下区画に退避してくれ。あそこはここよりも安全だからな」

 

「ええ、わかったわ」

 

 ジョセフはテレサにそう言い、ウェンディに寄り添うのを見ると、柵の方に振り返る。

 

 柵には連邦軍の兵士が東西南北にそれぞれ屋上に十五名、校舎内の廊下に十名と配置されていた。

 

 南館の方は今残っているの連邦軍の兵士は十名まで減っていた。残りは負傷して救護送りか、さっきの兵士みたいに戦死していた。

 

 状況を確認したジョセフは、指揮を執っている下士官に向かい声をかける。

 

「おい、弾とかは大丈夫か!?まだありそう?」

 

「いや、もう底を尽きそうだ!このままだと弾が切れちまう。だからといって、下の階にある弾薬置き場に割ける人数がいねえッ!」

 

 盛大に銃声が鳴り響いているため、互いに近づき大声で弾薬の有無を確認する。

 

「じゃあ、弾薬を持ってくれば、まだいけるんだなッ!?」

 

「ああ、そういうことだッ!誰かが持ってきてくれればな……ッ!」

 

 それを聞いたジョセフは、後方に展開している生徒達を見る。

 

 この中に大柄な力持ちの男子生徒を探し――

 

「おい、お前とお前ッ!今から俺の所について来い!」

 

 二人ばかし見つけたジョセフは、二人の大柄な男子生徒に声をかけ、こちらに来るように手を招く。

 

 指を差された二人の男子生徒は、戦列から離れていいものかと戸惑っていたが、やがて、ジョセフの元に来る。

 

「よし、お前ら、今から下の階にある弾薬箱…今、柵で俺達がぶっ放しているやつに使う物を、こちらに運ぶ。俺一人では持てる数に限りがあるから、手伝ってもらうで!ついて来いッ!」

 

 ジョセフはそうまくし立てると、ついて来いと腕を前方に回す仕草をする。

 

 男子生徒達はそれを見て頷き、ジョセフと一緒に下の階に下りていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回はここまでで

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