ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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116話

 

 

(ちっ…ッ!これはキツイな……)

 

 学院にて、マクシミリアンは各学院校舎の戦況を見渡し、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。

 

 あれから、数時間、あと一時間もすれば、陽が傾くという頃合い。

 

 戦況はなんとか保っているのだが、各校舎の屋上に展開している生徒達の顔には疲労の色が濃く浮かんでいるのが見えていた。

 

 教師陣達も生徒達程ではないにせよ、緒戦のような余裕は最早、どこにも感じられなかった。

 

(あと一時間もすれば、戦列は崩壊するだろう。うちら(連邦軍)と特務分室の連中はまだやれるだろうが、今のように防ぎることはできない)

 

 この戦いは、生徒、教師陣、帝国軍、連邦軍。どれかを欠けてしまっては戦列を維持できないという、薄氷を踏むような戦いなのである。

 

(それに、陸軍特殊部隊の被害が甚大過ぎる)

 

 改めて、校舎屋上を見渡すと、連邦軍の戦力はデルタを除けば、戦力を半数以上失っていた。

 

 そのため、火力が最早、無きに等しい状態になっていた。

 

 マクシミリアンは、上空に浮かんでいる≪炎の船≫を見る。相変わらずの健在だ。

 

(ふむ、こうなったら、やむをえまい)

 

 通信機を耳に当てるマクシミリアン。

 

「ホッチ、作戦本部に連絡を取ることはできるか?」

 

『作戦本部ですか?少々お待ちください』

 

 領事館に設けられている作戦本部に連絡を試みるホッチンズ。

 

『――大佐、繋がりました。作戦本部との連絡は可能です。何か伝えることでも?』

 

「アーヴィング大佐に、フェジテ市街に展開している全部隊をアルザーノ帝国魔術学院に今すぐ差し向けるようにと伝えてくれ」

 

『全部隊…ですか……?』

 

「ああ、全部隊だ」

 

『了解しました』

 

 通信を切り、マクシミリアンは再度、≪炎の船≫を見上げる。

 

(……やはり、ジョセフを連れて行かせた方が良かったか……)

 

 そう思うマクシミリアンが見上げる空は、まるで地上の騒乱なぞ知らないかの如く――

 

 いつものように陽が傾き始めるのであった。

 

 

 

 

 

「何!?全部隊を学院の方に差し向けろ、だと!?」

 

 一方、連邦領事館大会議室に設けられた作戦本部では。

 

 アルザーノ帝国魔術学院に展開している連邦軍から来たその要請に、フェジテに展開している連邦軍の総指揮を務めるエルテール=アーヴィング連邦陸軍大佐はぎょっとしたように目を剥く。

 

「はい、マクシミリアン大佐からの要請でして……」

 

「こ、こっちは今、フェジテ市街の治安維持で精一杯なのだぞ!?全部隊差し向けたら、市民がなにするかわかったものではないだろうが!?」

 

 だんっ!と机を叩きながら、まくし立てるエルテール。

 

「し、しかし、学院に展開されている連邦軍の戦力は50%切っています。このままだと――」

 

「却下だ。却下。増援は出せない。現状の戦力で対処しろと伝えろ」

 

 そう言うと、エルテールは椅子にふんぞり返った。

 

 作戦本部にいる部下達は、互いに顔を見合わせ、肩を竦めた。

 

 別にエルテールを見限ったとか、失望したとかではない。あのマクシミリアンだからこそこういう反応になってしまうという半ば呆れみたいなものだった。

 

 エルテールは有能な将校だ。約一年前に始まったレザリア王国との戦争では、数ある戦いで連邦軍の勝利に貢献するような活躍をしている。

 

 なにより、彼は一兵卒から将校まで成り上がった叩き上げの軍人である。部下の人望も厚い。

 

 だからなのだろう。彼とは真逆の士官学校を首席で卒業し、将校からスタートしたマクシミリアンを嫌っているのは。

 

 とはいえ、こればかりはどうしたものか。

 

 レザリア王国との戦争では何回か組んだことあるし、その時から揉めていた二人だが、今回はこれが悪い方に出てしまっている。しかし、諫めようともエルテールは頑固な人物で、一度こうだと言ったら、中々折れてくれない。

 

 どうしたものかと、部下達が見合わせていた、その時。

 

「大佐。通信です。マクシミリアン大佐が話をしたいと……」

 

「だから、却下だと…ああ、クソッ!貸せ!」

 

 これは本人に言った方が早いと判断したエルテールは、通信士から通信機をひったくり、耳に当てる。

 

『アーヴィング大佐。状況は深刻だ。一刻も早く増援を送ってほしい』

 

「マクシミリアン大佐。深刻なのはそちらだけではない。フェジテ市街も先日の騒動で警備官の数が減り、その穴埋めにこちらが市民を抑えねばならないのだ。抑えがなくなったら、街は大混乱になる」

 

 エルテールの言い分もわからないでもない。

 

 フェジテ市街が大混乱を起こしたら、それが学院側にも伝播する恐れがあり、士気に影響を受けるのではないのか。エルテールはそう思って、増援は送らないという判断をした。

 

『……どうしても、駄目なのか?』

 

「ああ、駄目だ。そんな余裕はない」

 

 エルテールがそう断言する。それからしばらくの間、沈黙が流れる。

 

 すると。

 

『……なぁ、エルテール』

 

 沈黙を破ったのは、マクシミリアンだった。

 

『お前が俺を嫌ってるのはわかっている。それに関しては、俺がどうのこうの言うというのはこれからもサラサラない』

 

「………」

 

『だが、今の状況を見てみろ。北部戦線の時はこれでもなんとかなったが、今回は失敗したら…全員が死ぬ。俺もお前も、もちろんそれぞれの部下も、だ』

 

「………」

 

『だから、ここはお互い協力しないか?お宅だって、こんなところで死にたくはないだろう?だが、このままだと、犬死にだ』

 

 マクシミリアンからの話を、苦虫を噛み潰したような顔で押し黙るエルテール。

 

 エルテールも本当はわかっていた。このままではマズいと。しかし、どうしても、あの男のことになると揉めてしまうのだ。

 

『いい反応を待っている。切るぞ』

 

 マクシミリアンはそう言い残し、通信を切った。

 

「………」

 

 沈黙。作戦本部に重い沈黙が流れる。

 

 だが、部下達は自分達が何すればいいのかわかっていた。後は、エルテールの決裁だけである。

 

「……大佐。ご決断を」

 

 部下達が一斉にエルテールに視線を注ぐ中、エルテールはしばらく押し黙り――

 

 そして――

 

「……フェジテ市街に展開している全部隊に通達――」

 

 エルテールは重い口を空けて命令を発するのであった。

 

 

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…クソッ!切りがねえなッ!」

 

「いいいいやぁああああああああああああ――ッ!」

 

 グレンの拳打が、リィエルの大剣が。

 

 津波のように押し寄せるゴーレム達を押し止め――押し戻し――蹴散らす。

 

「≪集え暴風・戦鎚となりて・撃ち据えよ≫――ッ!」

 

 システィーナの全力の【ブラスト・ブロウ】が、波状に迫るゴーレムの群を、通路の遥か果てまでぶち抜き、吹き飛ばす。

 

 だが、次なる新手のゴーレム達が、グレン達へと押し寄せる――

 

「ド畜生ッ!いつまで戦えばいいんだよッ!?どこまで行けばいいんだッ!?」

 

 グレンが遠くを見やれば――単調な直線通路が前後に果てしなく伸びていた。

 

 消失点の先まで続くそれは、どこまで進んでも、どこにも辿り着けそうにない。

 

 そして、通路の果てから、尽きることなく次々押し寄せてくる敵――敵――敵。

 

「飽きた」

 

「きっと空間が歪んでいるんです…私達は恐らく、もうどこにも辿り着けない……」

 

 うんざりしたように呟くリィエルに、システィーナが無念そうに呻く。

 

「このままじゃ、ルミアが…ルミアが……ッ!」

 

「くそっ!」

 

 グレンが歯噛みしながら、やけっぱちで拳を放ち、リィエルも抑えきれない苛立ちをぶちまけるかのように大剣を振るい、ゴーレム達をまとめて吹き飛ばす。

 

(どうする…?こんな状況で一体、どうする…ッ!?どうすれば……ッ!?)

 

 出現するゴーレムは、グレン、システィーナ、リィエルの敵ではない。だが、いくら相手が雑魚でも、こんな長期戦でこの数を相手にすれば、長くは保たない。

 

 目前に迫った詰みを前に、グレンは必死に頭を回転させて考えるも――

 

 ――何一つ、有効な打開策は思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 一方、学院にて――

 

「ふぅううんッ!」

 

 リックがその鈍重そうな外見とは裏腹の素早い動きで、ゴーレムを斬り伏せる。

 

『は――』

 

 そして、リックの契約精霊セルフィが、無数の水泡を周囲に発生させ、宙に舞わせる。

 

 屋上に広く形成された水泡の結界が、ゴーレム達の放つ熱線を受け止め、生徒達を守る。

 

「くっ…しかし、しんどいのう…やはり、若い頃のようには……」

 

 リック学院長は東館の指揮官として、周囲の生徒達を守って奮戦していたが、やはり歳が歳、誤魔化しきれない負傷と疲労が、彼に肩で息を吐かせていた。

 

『あ、貴方…あれ……ッ!』

 

 その時、セルフィが驚きの表情で、空を指さす。

 

「な、なんと…いかん……ッ!」

 

 リックが空を見れば、一際数の多いゴーレムの大群が、リック達の東館を目指して、降下してきていた。

 

「こ、これは凌ぎきれん…ッ!セルフィ!急いで生徒達を守りなさい!」

 

『えっ!?それでは貴方が……ッ!?』

 

「わしのことは構わなくてもよい!」

 

『で、でも……ッ!』

 

 決死の覚悟を固めて空を見上げるリックに、セルフィが悲痛な声を上げた時。

 

 轟然たる雷鳴に、激しく明滅する世界。

 

 苛烈な雷嵐が大空を縦横無尽に駆け奔り、迫り来る敵を蹂躙殲滅した。

 

「学院長殿。…此処は俺が抑える」

 

 激風を纏って屋上に降り立ち、リックの前に現れたのは――アルベルトであった。

 

「……貴方は生徒達を守ってやってくれ」

 

 そう言って、アルベルトは黒魔【プラズマ・フィールド】を放つ。

 

 天を遡る幾条もの稲妻の乱舞咆哮が、立ち所に敵戦線を押し戻していく。

 

 その存在感――絶対感は――まさに圧倒的だった。

 

「わかったぞい!助かったよ、アルベルト君ッ!」

 

『主人を助けてくれて、ありがとうございます!』

 

 頼もしい援軍の到来に、リックもセルフィも生徒達も、再び戦意に沸き立つ。

 

 ――が。

 

 

 

 アルベルトの胸中は苦々しい。

 

 なにせ、自分が魔術狙撃手の役を放棄し、こうして前線に出ざるを得なくなったということは…それだけ、戦況が切羽詰まってきたということなのだから。

 

「グレン……」

 

 アルベルトは一瞬だけ、その鋭い眼差しで空の果てを――≪炎の船≫を見やって――

 

 そして、再び眼前の敵を鋭く見据え、呪文を唱え始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「アーヴィング大佐からの援軍は期待できそうですか?」

 

 通信を切った後、ホッチンズはマクシミリアンに問う。

 

「……来る」

 

 マクシミリアンは自身に満ちた声で、そう断言する。

 

 さっきまであれだけ、拒否されたのに、マクシミリアンは一言言って通信を切り、そう言う。

 

 今思えばこの人は、いつもこうなのかもしれない。

 

 どんなに不利な――それこそ、勝てる見込みがなさそうな状況でも――彼の自信が揺らぐところは見たことがなかった。

 

 常に、冷静に状況を分析し、そしてそれでも勝てなければ引き分けに持ち込む。負けないような戦い方をする。

 

 これが、デルタを『世界最強の特殊部隊』と称されるまでにした男なのかもしれない。

 

「大佐ッ!」

 

 すると、今まで校舎を駆け回っていたフランクが中庭に降り立ち、マクシミリアンの元に向かってくる。

 

「状況は?」

 

「東西南北校舎に展開している連邦軍の損害は甚大。このままだと三十分も経たずに全滅します」

 

「……そうか」

 

 フランクの報告に、マクシミリアンが返す。

 

「領事館の援軍は?アーヴィング大佐の援軍は期待できるんですか?彼は大佐のことを嫌ってるんでしょう?」

 

「確かに嫌われてるな。これは間違いない。だが――」

 

 マクシミリアンは相変わらずの自信に満ちた表情でフランクを見――

 

「――だが、自分の私情のために部下を死なせるような真似は絶対にしない。そんな男だ」

 

 そう断言するのであった。

 

 

 

 

 それからは――何一つ、事態は進展しなかった。

 

 戦況は膠着状態のまま、時間だけがゆっくりと、ゆっくりと流れていく。

 

 日が、どんどん傾いていく…傾いていく。

 

 多くの物が傷つき…疲れ果て…それでも、希望を信じて戦い続ける。

 

 だが――結局、最後まで、戦況が打開されることは――なかった。

 

 敗北。

 

 その二文字が、重く、重く、全ての者達の頭上に、のし掛かり始めた。

 

 

 

 





 今回は短いけど、ここまで

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