ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


118話

 

「――了解」

 

 マクシミリアンの命令を受けたジョセフは、巨人と対峙するのを止め、ダーシャの元に向かう。

 

「姉さん、行ってくるわ」

 

 一体、行って来るとはどういう意味なのだろうか?

 

「そう…行くのね……」

 

 意味不明なことを突然言い出したジョセフだが、ダーシャはそれがどういう意味なのか察したらしく、そう返す。

 

「大丈夫?終わった後にとち狂うってことはない?」

 

 それでも心配だった。ジョセフがこれからやることは過去を終わらせることなのだから。あの忌々しい同時多発テロを発端とする、この約一年間、彼を苦しませた元凶を抹殺する。それがマクシミリアンから発せられた命令だった。

 

「大丈夫…大丈夫だから」

 

 ジョセフは安心させようとそう言う。

 

 その顔はどこか穏やかな顔、しかし目の奥には固い決意と覚悟が宿っていた。

 

「……そう。なら、いいわ」

 

 それを読み取ったダーシャは再び巨人に視点を戻し――

 

「終わらせてきなさいな、ジョセフ。貴方の苦しませた元凶を葬ってきなさい」

 

「ほいほい、終わらせてくるわ。帰ってきたら、何か奢ってなー?」

 

 最後にそう軽口を叩いて、ジョセフは屋上から校舎内に下りていくのであった。

 

 

 

 

 屋上から校舎内に下りたジョセフは、下りてすぐの所にある一室に入る。

 

 廊下には結界を維持せんと、必死に魔力を送っている生徒達がいるが、誰もジョセフのことを気にもしない。いや、今は魔力を送るのに必死でその余裕がないだけなのだが、ジョセフにとってはそんなのどうでもよかった。

 

 誰もいない部屋に入ったジョセフは、不意に左手をかざし、何かを呟く。

 

 すると。

 

 その直後、左手から発せられる黒くて闇の霊気のようなオーラ。

 

 そのオーラからは一振りの刀剣が現れた。

 

 金色の丸い鍔、黒漆塗りの鞘に納まった、緩やかに湾曲した刀剣。

 

 菱状の目貫が、綺麗に一列に並ぶような柄巻きがなされた白い柄。

 

 ジョセフはそれを左手で掴み……

 

 きちり。そっと、その鯉口を切る。するりと鞘から出る刀身。

 

 その美しい業物の刀剣は、聖リリィ魔術女学院にいるエルザと同じ、東方の剣である『打刀』。

 

 しかし、エルザの刀とは違い、この刀の刀身は妖しく光っているような、オーラが纏っているような、そんな感じのものが纏っている。

 

 しかも、この刀はまるで自分の意思を持っているような、そんな気がこの刀から漏れ出ていた。少なくとも、普通の刀ではないのは確かだった。

 

 ジョセフは鞘を抜いた刀を右手で持つと、それを空間に十文字を切るように振るった。

 

 すると、十文字を切った空間が捲れ、そして、無数の星の空間が突然現れた。

 

 ジョセフはそれを、なんの躊躇もなく、入っていき――

 

 そして、星の空間は閉ざされ、元の空間に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――それぞれ最後の戦いに挑む生徒達が、不意に何かに突き動かされるかのように空へ呼びかけ始める――

 

「ルミアァアアアアアアアアア――ッ!頑張れぇええええええええええ――ッ!?」

 

「負けるなぁあああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

「俺達だって頑張るからさぁああああああああああああああああああ――ッ!」

 

「君が何者だって関係ないッ!異能者!?くそくらえだッ!?」

 

「また、皆で一緒に、学院に通いましょうッ!」

 

 別に、そう示し合わせたわけではない。皆、今のルミアの状況を知る由もない。

 

 ただ――その時、誰もがそうしなければならないと――心で、魂で感じたのだ。

 

 本来、聞こえる筈のない、届くはずのない、その呼びかけは――空間を超越して、遥か空の彼方にいるルミアの心に届くのであった。

 

 この現象を、魔術理論的に言えば…全ての人間は深層意識下でこの世界と一つに繋がっているから…等、色々小賢しく説明は付けられようが…まぁ、言うが野暮だろう。

 

 人の想いが奇跡を起こす――ただ、それで充分だった。

 

 

 

 

 

「あ、あぁ…皆……」

 

 己が魂に響くその声に、魂が打ち震え、ぼろぼろと涙を零すルミア。

 

「いいの…?私…本当に…そこに居て…いいの……?」

 

『そろそろ、素直になりなさい、ルミア……』

 

 そう語るナムルスの言葉はいつになく、慈愛に溢れていた。

 

『貴女は言ったわ。自分の全てを捧げても、自分を失っても、皆を守りたい…それが自分の望みだって…それは…本当の貴女の望み?』

 

「そ、それは……」

 

 ああ、もう誤魔化しはきかない。

 

 だって…今、本当に、強烈に思ってしまったのだ。

 

「嫌だッ!そんなの嫌だッ!自分を失いたくないッッッ!皆と一緒に居られなくなるなんて嫌ッ!帰りたい…帰りたいよぉッ!先生と、システィと、リィエルと…そして、皆とッ!大好きなあの学院で、ずっと一緒に居たいよッッッ!」

 

 それこそが…自分が抱えていた歪みだったのだ。

 

 自分は――生まれてきてはいけない子だった。

 

 色んな幸せを諦めなければならなかった。諦めるべきだった。

 

 だからこその、他者を優先し、自分の順位を下げる――そんな歪み。

 

 自分は聖女にならなければならなかった。なるべきだった。そう思っていた。

 

 だが――自分は本当に滅私奉公の聖女だったか?

 

 否。努力はしたけど…結局、そんなことは出来はしなかった。

 

 色々と背負い、色んな人並の幸せを諦めなければいけない…それはわかっていても、結局、諦めることなんて、最後まで出来なかった。

 

 だって、今までだって、もうそれは、ブスブスと表に滲み出ていたではないか。

 

 結局、だらだらと生徒を続け、決断を先延ばしにし、去ることが出来なかった学院。

 

 グレンをシスティに譲ると心に決めても、隙を見てはいつもグレンに甘えてしまう自分。

 

 どこまでも、どこまでも、自分の幸せを諦めきれない――醜い自分。

 

 一体、これのどこが聖女なのか?

 

 だから、せめて。いざという時は、自分を犠牲にして、皆を救う聖女になろう――そう心に誓っていたのに――結局、それすら出来なかった。

 

 もう、認めよう。自分は聖女でも、良い子でも、強い子でも、なんでもない。

 

 ただの普通の少女だ。

 

 己の醜さから目を背けて逃げ続けた…醜くて、か弱い、普通の少女なのだ。

 

 向き合おう、戦おう、己の弱さと。醜さと。

 

 そして――探すのだ。

 

 生まれてはいけなかった自分でも、この世界で幸せになる道を。

 

 考えて、逃げずに立ち向かって、戦って――そして、勝ち取るのだ。

 

『ったく、世話が焼ける…そうよ、それでいいのよ。貴女はあの子とは違う。貴女は人間…あの子とは違う。ちっぽけな人間なんだから…それでいいのよ……』

 

 何かを察したように、ナムルスはルミアへ優しくそう言った。

 

『さぁ、言って、ルミア。…貴女の本当の願いを』

 

「……え?」

 

『忘れないでってあの時、言ったわよね。その”鍵”は魔術より、もっと旧い力…魔術が人の純粋な願いを叶えるだけだった頃の…『原初の力』。魔術のように理性と理屈で操るものじゃない…願いと本能で操る”魔法”』

 

「魔法……」

 

『今までは、貴女の偽りの願いが、鍵の輝きを曇らせていた。でも、今の貴女なら…さぁ、心から願いなさい。貴女自身の本当の願いを。それが貴女の力になる』

 

 ナムルスに、そう促され。

 

 ルミアは一息を吐いて…≪銀の鍵≫を胸に抱き…静かに目を閉じて、言った。

 

「”皆と一緒に生きたい…私が大好きな、優しいこの世界で”――」

 

 その途端。

 

 カッ!≪銀の鍵≫が、かつてないほどの神々しい白銀の光を、煌々と上げた。

 

『むぅ――』

 

 あまりの眩しさに、全てが白く、白く、染め上げられていく――

 

 真っ白な、何もない純白の世界で。

 

 

 

 

 

 ――嗚呼、残念。

 

 ――結局、貴女(わたし)は…(あなた)には、なれなかったんだね?

 

 ――……ばいばい、もう一人の私…また、いつか。

 

 

 

 

 

 そんな、誰かの囁きが、ルミアの耳元で聞こえたような気がして――

 

 キィイイイイインッ!

 

 一際、澄んだ音が、世界に響き渡り――

 

 不意に、ルミアが手にしていた≪銀の鍵≫が、粉々に砕け散って――

 

 同じく背中の異形の翼と共に、光の粒子と化して消滅していった。

 

 ――静寂。

 

 無言。沈黙。そして――

 

『くくくく……』

 

 魔人の低い嗤い声が、静かに響き渡り始めた。

 

『……消えたぞ?≪銀の鍵≫が』

 

 魔人が勝ち誇ったように、ルミアとナムルスへ告げる。

 

『その≪銀の鍵≫に何を祈ったのかは知らんが…失策だったな。≪銀の鍵≫なしで、一体、どうやって、この私と戦う?』

 

 すると。

 

『馬鹿ね、もういいのよ』

 

 さも、当然とばかりに、ナムルスは答えた。

 

『……だって、必要ないから』

 

『なんだと?』

 

 ……その時だった。

 

 ルミアの頭上の空間が、不意に、音を立てて歪み始めた。

 

 虚空にばちりと激しい紫電と亀裂が奔り――巨大な『門』が開く。

 

 繋がるは、彼方と此方を結ぶ一本の光の道。

 

 空間に溢れ、迸る眩い光が闇を払い――ルミアを戒める闇の剣を霧散させ――

 

 そして――

 

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 繋がった光の道を通って――『門』の奥から、飛び出してきた者は――

 

「ルミアぁああああああああああああ――ッ!」

 

 グレン。密かに待ち望み、思い焦がれていた人の姿に、ルミアの目頭が熱くなる。

 

 そして――

 

「遅れてごめんッ!」

 

「ん!後は、わたし達に任せてッ!」

 

 ――当然、それに続いてシスティーナとリィエルも。

 

 遥かなる空間を超え、光り輝く道を抜けて、ようやく駆けつけた三人が今、ルミアを守るように魔人と対峙するのであった。

 

「へっ!おい、ラザールッ!馬鹿騒ぎは終いにしようぜ!?」

 

『ば、馬鹿な……』

 

 不敵に笑うグレンの挑発に、魔人が信じられないとばかりに一歩後退する。

 

『何故だ…?貴様らは次元の狭間に追放したはず…なぜ戻ってこれる!?そんな不完全な器、不完全な≪銀の鍵≫で連れ戻せるはずが…ッ!?くっ、ルミア=ティンジェルッ!貴様、一体、何をしたァアアアアアアアアア――ッ!?』

 

『だから、何度も言ってるでしょう?…人間、舐めすぎなのよ、貴方』

 

 ナムルスが憮然と言う。

 

「ルミア、お前は休んでいろッ!システィーナッ!リィエルッ!行くぞッ!」

 

「はいッ!」」

 

「んっ!」

 

 グレンを先頭に、システィーナとリィエルが勇ましく身構え――

 

「待ってくださいッ!私も一緒に戦いますッ!」

 

 ルミアも、グレン達と並ぶように前へと出る。

 

「私の力――受け取ってくださいッッッ!」

 

 その両手から、黄金色の光が溢れ出し、空間を優しく満たしていく。

 

 それが、グレンに、システィーナに、リィエルに降り注ぎ――宿っていく。

 

「これは……ッ!?」

 

「≪王者の法(アルス・マグナ)≫ッ!今の私なら空間を超え、触れずに先生達へ付与できますッ!」

 

「へっ…なんだか、ようわからんが力が漲る…ッ!百人力だぜ……ッ!」

 

 賦活された凄まじい魔力と力を自身に感じ、グレンがにやりと笑った。

 

『な、なん…だとぉ…ッ!?なぜだ…ッ!?なぜ、人間のまま、その領域に至れる…ッ!?その力は、まるで…まるで、あの方のぉ……ッ!?』

 

『だから、何度も以下略』

 

 ナムルスの小馬鹿にしたような呟きを余所に。

 

「ぅおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 グレンが、壮絶な魔力を付呪した拳を振り上げ――

 

「いいいいいいいいやぁあああああああああああああああ――ッ!」

 

 リィエルが大剣を錬成し――魔人へと突進する。

 

『愚かなッ!我が神鉄の身体を忘れたかッ!逆に砕いてやる――』

 

 先陣を切ったグレンの拳と、魔人の拳が――正面からぶつかる。

 

 どんっ!空間を引き裂くような、衝撃音と衝撃波。その両者のあまりもの威力に、その一瞬、空間が文字通り、ぐにゃりと拉げる。

 

 だが、魔人の身体は神鉄。

 

 通常ならば、グレンの拳が粉々に砕け、腕が吹き飛ぶだけだが――

 

『なん…だとぉ……ッ!?』

 

「……へっ」

 

 なんと――拮抗。グレンの拳は砕けない。

 

 押し切れはしないが、押し負けもしない。

 

 そして、その隙に――

 

「ぁあああああああああああああああああああああああ――ッ!」

 

 魔人の懐へ剛速で飛び込んだリィエルが、大剣を全霊の力で振り上げる。

 

 再び、空間をバラバラに破壊するような衝撃音と衝撃波。

 

『ぬぅおおおおおおおお――ッ!?』

 

 魔人の身体が、その剣圧で、蹴られたボールのように吹き飛んでいた。

 

 魔人の身体を強打したリィエルの剣は――まったく折れない。

 

『ぐっ――馬鹿なぁ――ッ!?なんだ、その剣は!?一体、何がどうなっ――』

 

「≪集え暴風・戦鎚となちて・撃ち据えよ≫――≪打て(ツヴァイ)≫ッ!≪叩け(ドライ)≫ッ!」

 

 システィーナの放った猛烈な風の破城槌が、魔人を三連続で殴りつける。

 

 普段とは比較にならない威力のそれは、周囲のモノリスを粉砕しながら、魔人を徹底的に打ちのめし、滑稽な人形のように踊り狂わせ、その言葉を封じる。

 

「うっせ、もう黙ってろってことだよッ!」

 

「いいいいいいいやぁあああああああああああああああ――ッ!」

 

 そんな魔人を、さらにグレンとリィエルが追撃に走る。

 

 グレンの拳が、リィエルの大剣が、システィーナの呪文が、前後左右から、狼狽える魔人を殴打し、叩き伏せ、翻弄し、一方的に押さえ込んでいく――

 

 

 

 

 

「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」」」」

 

 一方、地上では、巨人に対する最後の反撃が始まっていた。

 

「≪術式起動・爆破炎弾≫――ッ!」

 

「≪術式起動・貫通雷閃≫――ッッ!」

 

「≪術式起動・凍気氷嵐≫――ッッッ!」

 

 まだ動ける学院の教師陣や生徒達が、巨人をぐるりと取り囲み、最後に残された魔力を惜しみなく放出し、巨人に攻性呪文の集中砲火を浴びせる。

 

「撃て、撃て、撃ちまくれッ!弾を全部使えッ!遠慮するなッ!弾代は政府が負担してくれる!とりあえず撃ちまくれッ!」

 

 エルテール率いる連邦軍が緒戦よりも倍以上の火力を巨人にぶち込む。

 

「『パトリオット』展開、≪発射(ファイア)≫、≪発射(ファイア)≫、≪発射(ファイア)≫ッ!」

 

 マクシミリアンがジョセフ除くデルタ各員に、全距離型攻撃システム『パトリオット』を展開させ、無数の火線が巨人に殺到する――

 

「≪高速結界展開(イミッド・ロード)氷晶封界(クオーツ・サークル)≫――ッ!」

 

 クリストフが、校舎に残ってくれた結界維持組の生徒達の魔力を流用し、巨人の足下に新たな結界を展開する。巨人の足下に、無数の巨大な水晶柱が突き立って、巨人を串刺しにし、その動きを封じていく――

 

「≪悪辣なる鬼女よ・其の呪われし腕で・彼の者を抱擁せよ≫――ッ!」

 

 ツェスト男爵も、金縛り念動場をその水晶結界に合わせ、巨人の動作を押さえ込む。

 

 だが、それだけ動きを封じられても尚、その巨人は豪腕を、なんとか強引に振り上げ…校舎を破壊しようとし……

 

「させんッ!≪吠えよ炎獅子≫――≪集≫ッ!」

 

 天に指を突き上げるハーレイの、収束起動が――

 

「ほぁあああああああああああああ――ッ!」

 

 ワイヤーアクションで空を舞うバーナードの、魔闘術が――

 

「……容易(イージー)だ」

 

 ≪蒼の雷閃≫を片手で構えて身を翻すアルベルトの、魔術狙撃が――

 

 『パトリオット』と共に雨霰と巨人を穿ち、その振り回される豪腕を叩き、その威力を殺ぎ、反らす。

 

 今や、その場に集う者達の総攻撃で、巨人はその動きを完全に押さえ込まれていた。

 

 

 

 





今回はここまでで

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