ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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鍋の季節じゃーー

鍋を起動するんじゃーー


11話

「あー、なるほどね……納得できたわ。ずっと疑問に思ってたことが、すとんと腑に落ちたわ」

 

 グレンは正体を現した『黒い悪魔』ことジョセフを見るなり、納得したような顔をしていた。

 

 一方、システィーナは一体どうなっているのか分からず、目を白黒させている。

 

「え、どういう事?もしかして貴方が『黒い悪魔』なの?あの戦争で三百人を殺した……わ、わけが分からないわ!」

 

 嘘だと思いたいのだろう。システィーナがそんな訳がないと必死に否定しているようにも見えた。が、どんなに見てもシスティーナの目にはジョセフが映っていた。

 

「そう、ウチが『黒い悪魔』やフィーベル。あの戦争で三百人も殺した化物さ。」

 

 システィーナはショックのあまり言葉が出ない。最近、連邦から学院に来た誰とでも仲良くしている人が、まさか『黒い悪魔』としてテロリストからも恐れられている人物だとは思わなかったのだから。

 

「最初出くわした時、何で、部外者であるはずのデルタが当たり前のように学院にいたのか疑問に思っていた。俺が学院に入る時は、俺以外誰もいなかったしな。なるほどな、最初から留学生として、学院の生徒として入れば結界は通れる。にしてもお前が『黒い悪魔』だったとは……」

 

「ご名答。それに年齢的にも学生として入れば風景に溶け込める。」

 

「……このことは他の奴には言わないほうがいいな?」

 

「ええ、そのほうが助かります。詳しい話は先生とフィーベルには後で話します。」

 

 バレてしまったものは仕方がないので黒ずくめの服装から本来の制服姿に戻り、グレンにそう言うとジョセフはレイクに向き直る。

 

「それにしても、アンタなかなかエグいことするなぁ…あのチンピラ男、ウチが手を下さなくても殺すつもりやったんやろ?」

 

「命令違反だ。任務を放棄し、勝手なことをした報いだ。聞き分けのない犬に慈悲をかけてやるほど、私は聖人じゃない」

 

「ああ、そうかい。そりゃ厳しいコトで」

 

 グレンはシスティーナに耳打ちする。

 

「おい、白猫。魔力に余裕は?お前はあの剣をディスペルできそうか?」

 

システィーナはレイクの背後に浮かぶ剣を見る。見ただけで大量の魔力が漲っているのがわかる。当然のように魔力増幅回路が組み込まれているのだろう。

 

「私が残りの魔力全部使っても多分少し足りない…と思う。そもそも【ディスペル・フォース】を唱えさせてくれる隙がなさそう……」

 

「なら、よし」

 

 グレンは突然、システィーナを横に突き飛ばした。

 

「……え?」

 

 システィーナが突き飛ばされた先は、グレンの【イクスティンクション・レイ】によって右手に空いた空間――校舎の外だ。

 

「わ――きゃあああああ――ッ!?」

 

 全身を包む無重力と共に、システィーナが四階もの高さから落下していった。

 

 落下中にシスティーナが【ゲイル・ブロウ】を唱えて、落下速度を相殺したのだろう。外から突風が吹き荒れる音が響いてきた。

 

「ふん。逃がしたか」

 

「まあね。流石にお前を相手に庇いながらやるのは無理そうだしな。で、なんだ?その露骨な剣の魔導器は俺対策か?」

 

「知れたこと。貴様は魔術の起動を封殺できる――そんな術があるのだろう?」

 

「あら…やっぱりバレてます?」

 

 どこで見ていた?などと野暮なことは聞かない。遠見の魔術、使い魔との視覚同調、残留思念の読み取り……魔術師にとって情報を収集する手段など、いくらでもある。

 

「あのジンが『黒い悪魔』が相手だったとはいえ、何もできずに一方的にやられるなどそれしか考えられん。加えてボーン・ゴーレム達に対して貴様はその妙な術を使わなかった。つまりは魔術起動のみを封じる特殊な術、ということだ。ならば、最初から術を起動しておけば問題はない…行くぞ」

 

 レイクが指を打ち鳴らすと、背後に浮かぶ剣が一斉に二人に切っ先をむけた。

 

 そして、二人目掛けて飛来し、真っ直ぐ踊りかかる――

 

「来るで――ッ!」

 

「ですよね――ッ!?」

 

 迫り来る切っ先を、二人は必死にかわしていた。

 

 

 

「い……痛たたた……もう、なんてことするのよ…アイツ!」

 

 落とされた先――校舎中庭に四つんばいに突っ伏しながらシスティーナがぼやいた。

 

 黒魔【ゲイル・ブロウ】の呪文で落下速度の減速を行ったため、感覚的には階段を五、六つほど飛び降りた程度ではあるが…

 

「これが女の子に対する仕打ち!?もし私の呪文詠唱が間に合わなかたらどうするつもりだったのよ!?もう!」

 

 叫んではみたが、システィーナの心は急速に消沈した。

 

 冷静に考えてみたが、グレンが庇い立てしてくれたのはわかる。

 

 大量のボーン・ゴーレムの多重起動に、召喚術の超高等技法である遠隔連続召喚、そしてあの剣の魔導器――身震いするほどの超絶技巧の数々を披露したダークコートの男は、あのチンピラ男とは比べ物にならないほど格上だ。あんな規格外の魔術師との戦いの場に残ったシスティーナが巻き込まれて死亡する確率と、校舎の外へ突き落されたシスティーナが落下死する確率。そんなもの比較するのも馬鹿馬鹿しい。

 

 そんな状況だから、確認もせずにいきなり突き落したということは、それなりにシスティーナを信頼してのこと、とは理解できるのだが…

 

「結局、私は…足手まといなのね……」

 

 確かにグレンはあの時、お前の魔術の援護が必要だ、と言ってくれた。

 

 だが、それはシスティーナを庇いながらでは、という条件がつくのではないか?敵の攻撃をさばく、呪文を唱える、システィーナを庇う。その三つが二つだったら…グレンとジョセフなら何も問題もなかったのではないか?もし、グレンとジョセフの二人だったなら、さっきの追い詰められた状況もなんとかなったのではないか?

 

 そもそも、自分達があれほど大量のボーン・ゴーレムに追われることになった原因は?

 

 あのダークコートの男に捕捉されることになった切欠は?

 

 それは、グレンとジョセフがシスティーナを助けてしまったからではなかったのか?

 

 しかも恐らく、そのせいでグレンの切り札たる固有魔術【愚者の世界】も敵に割れてしまったはずだ。そう、全て自分のせいで。

 

「――ッ!?」

 

 頭上から、何かと何かが激突する音が響き渡った。銃声も聞こえる。戦いが始まったらしい。

 

 こうなればもう、システィーナにできることは何もない。

 

「もう、先生の言う通りにするしか……」

 

 がくりと肩を落としてシスティーナはその場にうなだれた。自分の無力さに打ちひしがれ、目の前が真っ暗になっていく。

 

 だが、その時だった。システィーナは、ふと気づく。

 

「……言う、通り?」

 

 その言葉には何か違和感がある。

 

 システィーナはその違和感の正体をぼんやりと考えた。

 

 

 

 

 左から、右から、正面から、刃が迫る、迫る、迫る。

 

 空気を引き裂いて、真空を切り裂いて、刃の切っ先が迫る――

 

「一本撃ち落としておきましたよっ!」

 

「はぁ――ッ!」

 

 ジョセフが正面からグレン目掛けて突っ込んできた剣を撃ち落とし、グレンは残りを左拳で受け流し、右拳で撃ち落とす。

 

 三方向からグレンに襲いかかる三本の剣は、達人の技量に匹敵する速さと鋭さでグレンを切り刻まんとする。

 

 だが、その動きは単調で無機的。それゆえに対処も辛うじて可能なのだが――

 

 厄介なのは、ジョセフの方に襲ってくる二本の剣だった。

 

 さきの三本とは違い、こっちは有機的な剣撃を繰り出す。

 

 ジョセフはそれを右へ、左へかわし、M1907で撃ち落とし、受け流す。

 

(先生を襲っている三本の剣とは違い、こっちの剣は「生きている」な。ということは…)

 

「が――ッ!」

 

 声がする方に向くと、グレンの背中を二本の剣が刻んでいた。

 

 紅が散華する。対処が間に合ったため、傷は深くない。だが、決して浅くもない。

 

「ち、ぃ――」

 

 グレンは跳び下がり、壁を背後に身構える。

 

「なるほどな…お宅、両方やろ?」

 

 そう。男――レイクの操る五本の剣は、術者の自由意志で自在に動かせる二本の剣と、手練れの剣士の技が記録され自動で敵を仕留める三本の剣で成り立っている。

 

「ご名答だ。しょせん手練れの剣士の技を模した所で自動化された剣技は死んでいる。五本揃えた所で真の達人には通用せん。かと言って五本全てを私が操作すれば、しょせん私は、魔術師、やはり真の達人には通用せん。私はこれまで何十人もの騎士や魔術師を暗殺し、三本の自動剣と二本の手動剣の組み合わせが最も強い、と結論した」

 

「クソったれが…」

 

 事実、グレンは完璧に押さえ込まれているしジョセフはまださばききっているものの、決め手に欠けていた。戦況は不利だ。

 

「厄介やな…」

 

「ふん、貴様の武器もだがな。その銃、半自動式だな?」

 

 グレンは、床に散らばっている金属の筒みたいな物を見て、驚いた。

 

「さっきまで気づかなかったが、これは、金属薬莢か?」

 

「そうですよ。あとこれは自動式な。半自動と切り替えができるんやけど」

 

 

 

 

 

 金属薬莢は、真鍮や鉄鋼などの金属の容器に発射薬、弾頭などを一体にしている次世代の弾薬である。従来は銃口から装填するのだが、その時間が長いのは、弾頭と火薬がばらばらであり、まず火薬を入れ、次に弾頭を入れ押し込むという装填方式を取っていたためである。

 

 40年前、アルザーノ帝国とレザリア王国の間で起きた『奉神戦争』では、アメリカ連邦は戦争後期に帝国側で参戦していた。この時、海外遠征軍が組織され、戦地に派遣された。その時の報告で、遠征軍の損害が大きいことが分かった。魔導大国である帝国とは違い、帝国から独立したとはいえ、アルザーノ系の人口が1割にしか満たない連邦は、魔術師の数が少なく、ライフル・マスケット銃を装備して戦っていた。

 

 しかし、装填時間が長いライフル・マスケット銃では一斉射撃である程度は損害を与えることはできるものの、数で押してくるレザリア軍の白兵戦を前に連邦軍は苦戦していた。

 

 そこで、銃の弱点である、装填時間を短くし、将来的に白兵戦などの近距離戦にも対応できる銃を持とうと、次世代の銃、弾薬の開発を開始した。

 

 そして生まれたのが、火薬と弾頭を一体にするという発想だった。とはいえ、いきなり金属薬莢ではなく、紙製薬莢だったのだが、高温多湿の所では湿気で火薬が湿気てしまい、不発を起こしがちだった。そして、どんなところでも確実に撃てるように開発されたのが、金属薬莢だった。

 

 当初は、製造方法が確立されておらず、生産はされていなかったが、10年前に製造方法が確立されてからは、ライフル・マスケットからそれに対応した銃が連邦軍に配備されるようになった。

 

M1907はその一つで、この銃は発射時の反動を使い弾薬を排莢、装填する自動式小銃である。信頼性が高いが、反面コストが高く、全軍に配備されているボルトアクション式小銃、M1903とは違い、一部の部隊で配備されているのみである。

 

 これが、今連邦軍が世界最強と言われるようになった理由の一つである。

 

 

 

「いや、それよりも向こうのほうが厄介ですって」

 

 確かに五本とも自動化された剣ならば、五本とも術者の自由意志で動かす剣ならば、対処はもっと楽だった。自動剣と手動剣が互いの短所を補いあっているがゆえに隙がまったく見当たらない。

 

「しかし、でめぇも魔術師らしくねーな」

 

 この手動剣の動きは素人のものではない。超、とまではいかないだろうが一流の剣技だ。遠隔操作でこの動きができるということは、この男自身も相当の剣の使い手のはずだ。この男に剣を持たせれば、並みの剣士ならば瞬殺されるだろう。

 

 魔術師は肉体修練で練り上げる技術をとにかく軽んじる。精神修練で培う魔術の下に置きたがる。ゆえに、この男もグレンやジョセフとは違った方向性で魔術師から外れた男だった。

 

「無駄話はそこまでだ」

 

 レイクが腕を振った。

 

 

 それに応じ、今度は二本の手動剣が先に肉薄してくる。技の鋭さそのものは自動剣にやや劣る。だが状況に応じて変化し、対応する有機的な剣はグレンを翻弄する。

 

 そして――視界の端に閃く、新たな三閃の銀光。

 

「ちぃ――ッ!」

 

 単調だが、速さ鋭さ共に超一流の自動剣がグレンの死角から襲いかかる。

 

「させるかよっ!」

 

 ジョセフがとっさに反応し、二本の剣を撃ち落とす。

 

 そして、グレンは最低限の致命傷を避け、横っ跳びに三本の剣の包囲網から抜け出した。掠った刃がグレンの体に斬痕を刻む。

 

 この攻撃の終いを、グレンは数少ない好機と咄嗟に判断したらしい。

 

「≪紅蓮の獅子よ・憤怒のままに――」

 

 着地と同時にグレンが左手を掲げ、呪文を唱え始める。

 

 選択した魔術は、黒魔【ブレイズ・バースト】。収束熱エネルギーの球体を放ち、着弾地点を爆炎と爆圧で薙ぎ払う強力な軍用の攻性呪文だ。

 

 この【ブレイズ・バースト】の爆炎に巻き込まれれば、消し炭すら残らない。

 

 この狭苦しい空間では爆炎を避けることもままならない。

 

「≪・吼え――」

 

 だが、グレンの三節詠唱が完成するよりも早く――

 

「≪霧散せよ≫」

 

 レイクの指先が動き、一節詠唱が完成していた。

 

 その瞬間、グレンの左掌に生まれかけていた火球が、ぱぁんと音を立てて弾け、魔力の残滓となって空間に散華した。

 

 黒魔【トライ・バニッシュ】。空間に内在する炎熱、冷気、電撃といった三属エネルギーをゼロ基底状態へ強制的に戻して打ち消す、対抗呪文だ。

 

「遅いぞ、魔術講師」

 

「く、そ――」

 

 歯噛みしながら跳び下がるグレンに追いすがるように、頭上から飛来する五本の剣が次々と床に突き立っていく。

 

「呪文の撃ち合いにおいて三節詠唱が一節詠唱に勝てるわけあるまい。【ブレイズ・バースト】とはこう唱えるのだ――」

 

 冷酷な目で五本の剣から逃れるグレンの姿を捉え、レイクが呪文を唱える。

 

「≪炎獅子――」

 

 一節詠唱による黒魔【ブレイズ・バースト】の超高速起動。これができれば、たった一人で一軍とも渡り合えるるとされる高等技術である。

 

 この魔術師が三節でしか魔術を起動できないことを早々に看破していたレイクは、この一手で勝負を決めてしまい、あとは『黒い悪魔』を倒せることを半ば確信していた――が。

 

「≪遅い≫」

 

 『黒い悪魔』はレイクの行動を見越していたのか、レイクよりも早く【レクイエム】を起動していた。

 

「!」

 

 レイクは、起動しかけていた【ブレイズ・バースト】の魔術を解除し、跳び下がる。すると、レイクがいた地点で爆発が起きる。

 

 そして、グレンは何かを察したのか、【レクイエム】が起動したと同時に、レイクに向かって突進し――

 

「≪猛き雷帝よ・極光の閃槍以て――」

 

 三節詠唱を開始した。

 

「ち――」

 

 レイクの掃除屋としての鋭敏な判断力は瞬時に二人の狙いを看破した。

 

「・刺し穿て≫――ッ!」

 

 跳び下がった隙を狙い打つかのように、グレンの呪文が完成する。

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】。グレンの指先から一条の電光が迸り、レイクの身体の中心目掛けて真っ直ぐ突き進む。

 

 が――レイクがとっさに操作した二本の手動剣が辛うじて間に合い、レイクの眼前で交差し、それを弾いた。

 

「マジか…」

 

「ち――通らねえか」

 

 舌を巻くジョセフ。

 

 舌打ちするグレン。

 

 すかさず、レイクが指を打ち鳴らして自動剣を操作する。

 

 ジョセフに撃ち落とされていた三本の剣が空中へと浮き、グレンに襲い掛かる。

 

 勢いのままにグレンは横転し、跳び下がり、剣の追撃から逃れる。

 

「その剣、【トライ・レジスト】まで付呪済みかよ。やーれやれ、周到なこった。最悪一本は取れると思ったんだがな」

 

「……貴様」

 

 レイクは内心、今のグレンの立ち回りに舌を巻いていた。

 

 さっきの【レクイエム】が発動された後、レイクが跳び下がった直後に五本の剣を迎撃しようとした瞬間にグレンは黒魔【ライトニング・ピアス】を撃ってきた。

 

 もしあのまま【ブレイズ・バースト】を撃てばグレンを消滅させることはできても、自分は【レクイエム】で消滅させられる。

 

 かと言って、【レクイエム】を避け、剣の魔導器でグレンを迎え撃とうとすれば、今度はグレンの【ライトニング・ピアス】にレイクが撃たれる。今思えば、最初にグレンが唱えた無様な三節【ブレイズ・バースト】も、恐らくこの『誘い』のための布石だろう。

 

 あの一瞬で咄嗟にレイクに突きつけた死の二択。『黒い悪魔』の意図を一瞬で読み取ったその連携力。少しでもタイミングを過てば、絶体絶命の不利に追い込まれるというのに、それをやってしまえる胆力と判断力――

 

「グレン、と言ったな?貴様、一体何者だ?」

 

 これはもう、ただの魔術講師にできる立ち回りではない。歴戦の魔導士のそれだ。

 

 レイクは、グレンが魔力容量平凡、最速詠唱節数三節の三流魔術師であるという認識を改めて否定せざるを得なかった。魔術師として三流であることに間違いはないが――下手をすれば逆に狩られかねない『強敵』だ。

 

 実際、剣に黒魔【トライ・レジスト】を付呪していなければ――グレンの【ライトニング・ピアス】は剣をたやすく貫通して――レイクは殺られていた。

 

「ただの魔術講師だよ、非常勤だけどな」

 

「どうだがな…まぁ、いい。貴様の実力は認めるが、二度目は通用せんぞ?」

 

「まぁ、二度目は通用せんということは分かってるし、使うつもりはないわ」

 

 ジョセフはそう言うと、M1907から弾倉を引き抜いた。

 

「馬鹿め!私の前で銃を装填するなぞ血迷ったか、『黒い悪魔』!」

 

 レイクはすかさずジョセフに向けて五本の剣を向かわせる。五本の剣をまともに食らったら命はない。

 

 しかし――

 

「遅い、遅い」

 

 ジョセフは五本の剣をそれぞれ一発で撃ち落とした。

 

「何――ッ!?」

 

 レイクが勝ちを確信したのは、ジョセフが何故か目の前で再装填をし始めたからだった。銃の再装填はかなり時間がかかる。下手したら余裕で三節詠唱できるくらいだ。

 

 しかし、それは帝国の常識であり、連邦では違った。

 

 ジョセフは魔術を使って早く終わらせたわけではない。連邦ではごくごく普通のやり方だった。まず弾が無くなった箱の物体―弾倉を取り外す。次に弾が入った新しい弾倉を装着する。これで9割の作業は終わっている。この間、わずか2秒。そして、最後に銃身の下に平行についている棒状のコッキングハンドルを押すことにより、弾薬は薬室に送り込まれ、これで発射可能になる。これまでの所要時間、3秒。

 

 そう、わずか3秒で発射可能な状態になるから、五本の剣を素早く撃ち落とすことができたのだ。

 

 ジョセフが剣を撃ち落とした後、グレンは息を一つ深くつき、拳を構えた。いつも通りの拳闘の構えだ。

 

「こっちも何か仕掛けてくるつもりだな?」

 

 雰囲気から次の一合が最後になることを敏感に感じ取り、レイクは五本の剣を浮かせ態勢を立て直すと、身構える。

 

 レイクが手を前に掲げると、それに応じて三本の自動剣がグレンに、二本の手動剣をジョセフに切っ先を向けた。

 

 きり、と。

 

 空間に緊張が走る。

 

 まるでその場の気温が一気に氷点下を振り切ったかのよう。

 

 沈黙は無限にして、一瞬。

 

 そして、

 

「――死ね!」

 

 レイクが五本の剣を放つのと。

 

「≪~~・――――ッ!」

 

 グレンが片手で口元を隠し、なんらかの呪文を詠唱を開始したのは同時だった。

 

 ジョセフは、二本の手動剣を撃ち落とそうとするが、回避しながら接近してくるため中々当たらない。

 

「馬鹿め!たとえそれが一節詠唱だったとしても私の方が早いぞ!」

 

 レイクの宣言どおりだった。

 

 常に三節で括られるグレンの呪文詠唱は間に合わない。

 

 一方でジョセフに向かっている剣は強化しており、回避力が格段に向上している。

 

 閃光のように翔ける五本の剣。

 

 そして、鋭い物が肉を穿つ音が三回。

 

 グレンの胸を、腹を、肩を、剣が深々と刺し穿つ。剣が命中する瞬間、グレンはかろうじて身をさばき、急所を外していたが――勝負は決した。

 

 ――かのように思えた。

 

「――均衡を保ちて・零に帰せ≫!」

 

 だが、剣を全身に受け、血反吐を吐きながら、グレンは呪文を完成させていた。

 

 その術は――

 

「何!?【ディスペル・フォース】だと!?」

 

 対象物の魔力を消去し、無効化させる【ディスペル・フォース】の魔術をグレンは起動したのだ。

 

 グレンの身体を穿つ剣が【ディスペル・フォース】とぶつかり合って白熱する――

 

「確かにそれが通れば、私の剣は一時的にただの剣に成り下がるが――」

 

 だが、それは悪手だ。【ディスペル・フォース】に必要な魔力量は打ち消す対象の持つ魔力量に比例する。この術は本来、簡易付呪を解くための術であり、魔力増幅装置が組み込まれた魔導器に通う魔力をディスペルしようとすれば、それこそ自身が一瞬で枯渇してしまうほどの莫大な魔力が必要になる。魔術戦において相手の魔導器を【ディスペル・フォース】で対処するのは、やってはならない悪手であることは常識なのだ。

 

 案の定、グレンの【ディスペル・フォース】は剣の魔力を打ち消しきれていない。剣に込められた魔力を幾ばくか殺いだだけだ。現に、ジョセフを追っている剣の遠隔操作に支障はない。

 

 ジョセフの方もそろそろ弾が切れる頃合いだ。今度は装填させる隙を与えずに始末し、返す刀でグレンの首を刎ねる――それで終わりだ。

 

「二人とも悪あがきもここまでだ、死ね――」

 

 弾が切れたジョセフに手動剣が襲い掛かる――その瞬間だった。

 

「≪力よ無に帰せ≫――ッ!」

 

 あさっての方角から、全く予想もしていなかった一節詠唱が飛んだ。

 

「何――ッ!?」

 

 背後の廊下の先、遥か向こうに見覚えのある人影があった。

 

 システィーナだ。いつの間にかそこにいたシスティーナが、グレンのディスペルに合わせて、ありったけの魔力を乗せて【ディスペル・フォース】を飛ばしたのだ。

 

 レイクの誤算は二つあった。システィーナの臆病さを知っていたがために、てっきりもう逃げたものだと判断し、戻って来る可能性を失念していたこと。そして、システィーナにこれほどの技量と魔力容量があったということだ。

 

 グレンとシスティーナの【ディスペル・フォース】、二つを合わせて今、グレンとジョセフを苦しめていた五本の剣は、この瞬間、ただの剣に成り下がる――

 

「ぉおおおおおお――ッ!」

 

 グレンが間髪を容れず、全身を剣に貫かれたまま、レイクへ駆け出す。

 

「ち――≪目覚めよ刃――」

 

「どこ見てんねんッ!」

 

 再び剣に魔力を送って、浮遊剣を再起動させようとする男に先んじて、ジョセフが自動拳銃、M1911をレイクに向けて撃つ。

 

 45口径の弾がレイクに向かい。

 

「が――ッ!?」

 

 レイクの腹部に命中する。

 

「うぉおおおおお!」

 

 グレンは自身の肩に刺さる剣を引き抜いて――

 

 ――そして。

 

「……………」

 

 静寂。グレンが突き出した剣は――レイクの左胸部――急所を完全に貫通していた。

 

 ぴしゃ、と滴る緋色が床を叩いた。

 

「……ふん、見事だ」

 

 レイクは微動だにしない。直立不動のまま、自分に剣を突き立てた者に賞賛を送った。

 

 不意打ちが卑怯だとかそんなことを言うはずもない。魔術師は騎士じゃない。魔術師の戦いは一対二だろうが一対三だろうが、あらゆる手段と策謀を尽くして相手を陥れ、出し抜き、そして最後に立っていた者こそ正義で強者なのだから。

 

「ち……胸くそ悪いコトさせやがって……」

 

 勝利の余韻や興奮など微塵もなく、グレンは後味悪そうに顔をしかめた。

 

「そうか……思い出したぞ」

 

 レイクは何かを納得したようにつぶやいた。

 

「つい最近まで帝国宮廷魔導士団に一人、凄腕の魔術師殺しがいたそうだ。いかなる術理を用いたのか与り知らぬが、魔術を魔術を封殺する魔術をもって、反社会的な外道魔術師達を一方的に殺して廻った帝国子飼いの暗殺者」

 

「…」

 

「活動期間はおよそ三年。その間に始末した達人級の外道魔術師の数は明らかになっているだけでも二十四人。その誰もが敗れる姿など想像もつかなかった凄腕ばかり。裏の魔術師達の誰もが恐れた魔術師殺し、コードネームは――『愚者』」

 

「何が…言いたい?」

 

 暗く冷え切った目をするグレンの問いに、レイクは口の端を吊り上げ凄絶に笑った。

 

「さぁな?」

 

 最後にそう言い残して。

 

 レイクは崩れ落ちるように倒れた。もう、息をしていなかった。

 

「さ…て…」

 

 レイクが死んだことを確認すると、グレンも壁にもたれかかるように崩れ落ちる。

 

「俺も……ここまで…か…」

 

 いよいよ限界らしい。誰かが駆け寄ってくる足音と、誰かが自分の名前を呼ぶ声を遠退く意識の中で感じながら――

 

「なんて…つまんねえ…人生……」

 

 グレンの意識は闇の中へ沈んだ――

 

「……タンゴ、ダウン」

 

 ジョセフは意識を失ったグレンを担ぎ上げ、そう呟いた。

 

 

 




戦闘シーン書くの難しいな…

というわけで、今日はペンシルバニア州です。

人口1280万人。州都はハリスバーグ。主な都市にフィラデルフィア、ピッツバーグ、ハリスバーグ、アレンタウン、スクラントン、レディング、ランカスター、ヨーク、エリーなど。

愛称は礎石の州です。

独立13州の一つで、2番目に加入しました。

ペンシルベニアが正しいのかペンシルバニアが正しいのか、議論は尽きない州です。意味はペンさんの森でペン・シルバニアです。東にフィラデルフィア、西にピッツバーグという大都市があります。工業が盛んで、古くから人口の多い州であり、あちこちに中心都市があります。一方、一帯の都市の治安は今ひとつで、ギャングが暗躍している地域があります。

フィラデルフィアは独立宣言を行ったかつての首都で、自由の鐘が有名です。クリームチーズが全てではありません。新旧の超高層ビルがそびえる大都市です。ピッツバーグは鉄鋼業で有名でしたが、今日では医療分野の方が有名です。

以上!!

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