ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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 ここでちょいと間を空ける(今さらかよ……)。


119.5話

 ジャティスのルミア誘拐、フェジテ行政庁爆破テロから始まり、ラザール・魔将星≪鉄騎剛将≫アセロ=イエロとの攻防――フェジテ最悪の三日間――を制した直後。

 

 アルザーノ帝国魔術学院校舎、南館屋上にて――

 

「うへぇ…どんだけ撃ったんだよ、これ……」

 

 いつもの学院の制服ではなく、連邦陸軍特殊部隊の軍服にベレー帽を身につけていたジョセフは、屋上に大量に散らばっている空薬莢を見て嘆息していた。

 

 屋上には空薬莢、空薬莢、見渡す限りの空薬莢。南館だけでも、軽く五千発は超えているのは確かだ。

 

 これが東西南北合わせると二万発以上散らばっているかもしれない。

 

 ジョセフは頭でそう考えるとげんなりとしてきた。

 

 中庭では、バーナードがこれからも事態の収拾などの事後処理があると知ると――

 

『勘弁してくれぇええええええええいッ!?』

 

 と、お前は子供かっ!と突っ込みたくなるほど、駄々をこねまくっていたが、ジョセフも同じバーナードと同じ気持ちになりそうな気分だった。

 

「……帰りたい」

 

 もう疲れた!おいちゃん、お家に帰る!といわんばかしに、思っていたら。

 

「はいはい、そう言わずに片付けるわよ。パーティー終わった後は片付けるでしょう?」

 

 後ろからダーシャがジョセフの心情など露知らず、そう言う。

 

「……こんなパーティー、嫌だ……」

 

 やらなければ帰れないと諦めたジョセフは、ダーシャの後をついていき、空薬莢を拾い、袋に詰め込んでいくのであった。

 

 しかもこれ、45口径とか30-06弾とか50口径とかに分けて詰め込まなければいけないから、かなりだるい作業だった。

 

 そんなだるい作業をそれぞれ東西南北の校舎でデルタ・連邦軍は分別して袋に詰め込んでいき、片付けていく。

 

 散らばった空薬莢を口径別に分別し、回収する。そんなことを繰り返していく。

 

 やがて、屋上から綺麗さっぱりなくなり、ジョセフが立ち上がる。

 

 その時、ジョセフはふと、ラザールのことを思い返す。

 

 ラザール。一年前、ニューヨークでジョセフの母エヴァを殺し、そして、アウストラウス連峰でジョセフに殺された男。

 

 同時に、セリカと同じ、六英雄の一人で二百年前の戦いで妻子を失い、今まで信仰した神を失った、ある意味哀れな男。

 

「…………」

 

 ジョセフは最初は対峙したら、口汚く罵り、死体に鞭打つかもしれないと思っていた。それぐらい憎んでいた。

 

 しかし、接近していく途中に聞いた、ラザールの過去。

 

 これを聞いていく内に、ジョセフの心から、すぅーっと、何かが冷めていった。

 

 だから、最期にあんな言葉を言えたのだろうと、ジョセフは今でも驚いていた。

 

 ラザールは妻子を失ったことにより、信仰を失い、大導師という天の智慧研究会の連中が崇拝している人物からそこに付け入られ、外道魔術師となった。

 

 禁忌教典。その言葉を盲信し、そして、散っていった。

 

(そうも考えると、ラザールもある意味――)

 

「ジョセフ?」

 

 思考に耽っていたジョセフは、ダーシャの声により現実に戻ってくる。

 

「何や?」

 

「ぼ~っとしてたけど、大丈夫?疲れてない?」

 

「……ばりばり疲れています、お姉様」

 

「……良かった」

 

「はい?」

 

 冗談のつもりで言ったのに、ダーシャの口から出たのは安堵の言葉だった。

 

「だって貴方、ラザールを始末したから、その後、どうなるんだろうと思って…さっき突然固まったから、もしかして、と思って……」

 

「………」

 

「でも、今までと同じような感じだったから…本当に良かった……」

 

 本当に、本当に安堵したような顔でそう言うダーシャにジョセフは顔を逸らし頭を掻く。

 

「……なんか…心配かけたな……」

 

 頬を指で掻きながら、申し訳なさそうに言うジョセフ。

 

「で、本題は何なん?」

 

「あ、本題はね、大佐がもう帰って良いって」

 

「へ?」

 

「というより、車を使っていいから、『三人のお嬢様を家まで送ってやれ』って伝言よ」

 

「あいつら、まだ帰ってなかったのか……」

 

 ダーシャのマクシミリアンからの伝言に、ジョセフはため息をつく。

 

 あの騒乱の後、身体的にも、精神的にも疲れていた生徒達は終わった直後、速やかに帰宅するように言われたため、もう帰っているはずなのだが、ウェンディ達はまだ残っていたようだ。

 

「ほら、女の子を待たせちゃ駄目よ?早く行きなさい。それと…変なことをしては駄目よ?」

 

「誰が変なことするんじゃ!?誰が!?」

 

 ダーシャの悪戯っぽい笑みに、ジョセフは突っ込んだ。

 

「……はぁ、じゃあ行って来くるわ……」

 

「は~い。あ、それと、今度の休みの日にご飯奢るね~」

 

 ダーシャのしれっとした飯の誘いに、ジョセフは了承するかのように手を振り、正門前に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 屋上から下り、校舎から出たジョセフは中庭を通り、学院正面口に向かう。

 

 その途中――

 

「ジョセフ」

 

 背後から声がしたので振り返ると、そこにはマクシミリアンがいた。

 

「なんでしょうか?大佐」

 

「あー、まずはご苦労だった。よくやったな。ラザールの件についてはお前が始末したと本国に報告しといた。近いうちに向こうからお呼びがかかるはずだ」

 

「それって、一旦連邦に帰らないといけないかもしれない…ということですかね?」

 

「まぁ、そういうことだ」

 

 マジか、と。ジョセフはため息を吐いた。

 

 連邦政府からお呼びがかかる、ということは、つまり、勲章授与とかそういうものだ。場所は多分、ホワイト・ハウスだ。

 

 つまり、あれだ。かなりだるい。ジョセフはあの場所がなぜか苦手だ。

 

「……了解。まぁ、連絡を待っときます」

 

「それと、あともう一つ。これは今後の人員の再配置なんだが……」

 

「……?人員配置、ですか?」

 

「ああ、今までは帝都に八人、フェジテに五人でやってきたが、実は来週ぐらいに、帝都からフェジテに一人回そうと考えてな」

 

「一人増やすんですか?で、それがどうしたんです?」

 

「その一人をこの学院に編入させてもらうようにさっき、学院側と直接話した。事後報告になるが、そのことは上とも話しておくつもりだ」

 

「ああ、なるほど」

 

 となると、ここフェジテに来る人物はすでに決まっているということなのだろうとジョセフは予想した。

 

(となると、可能性が高そうなのは、アリッサか、デボラのどちらかということになるな。…この二人か……)

 

 ジョセフは、誰が来るのかを推察する。少なくともこの二人の内の誰かが来るはずだ。

 

 ジョセフはこの時、どちらが来ても、苦労がまた一つ増えるなと嘆息した。

 

 なぜならこの二人、色々とクセが強いのである。

 

「で、俺にその編入してくるやつの面倒を見ろと……?」

 

「そういうこと。…まぁ、時期が時期だから、来期から編入されることになるんだがな」

 

「了解です。因みに誰が来るんです?」

 

「それはな――」

 

 マクシミリアンが、苦笑いしながら誰が来るのかをジョセフに告げるのであった。

 

 

 

 

 

 

「――と、まぁ、予想はできたが、まさかねー…あぁ、安寧な学院生活が……」

 

「どうしたんですの?なんか、魂が抜けてますわよ?」

 

 フェジテ東区――上流階級層が多く住む高級住宅地の一画にて。

 

 ジョセフは魂が口から半分以上出ているかのように脱力し、それをウェンディが後部座席から顔を覗き込もうと、右から顔を出す。

 

 あの後、ウェンディ、テレサ、リンが待っていたため、傍にあった車に乗せ、最初にリン、次にテレサと家まで送り、そして今、ウェンディをフェジテに構えてあるナーブレスの別邸まで送っていたところだった。

 

 マクシミリアンの話を聞いたジョセフは、かなり疲れた顔で三人を送ったため――

 

『あの…ジョセフ……?』

 

『な、なんか…魂が抜けそうなんだけど…大丈夫…かな……?』

 

『イキテルカラ、ダイジョブアルヨ?』

 

 と、どう見ても大丈夫じゃない顔だったため、三人から心配されながら送っていた。

 

「――ほら、着いたで。今日はご苦労さん」

 

 ジョセフはそう言うと、運転席から降り、ウェンディがいる後部ドアを開ける。

 

「ありがとうございます。貴方も早く帰って休みなさいな」

 

「ん。そうするわ。あ、料金は343リルです」

 

「お金取るんですの!?」

 

 降りようとした時に、ジョセフが冗談を言ったため、ズッコケそうになるウェンディ。

 

「しかも343リルって高過ぎでしょう!?ていうか、なんでわたくしだけなんですの!?」

 

「え?ほら、あの中ではお前がもっとも高貴な人だからねー(笑)。それに”高貴なる者の義務”ってやつがあるじゃん?」

 

「それにも限度があるわ!」

 

 ジョセフがテヘペロ☆とそう言い、ウェンディは普段のお嬢様言葉を忘れるほどに突っ込む。

 

(まったく、可愛いやつ……)

 

 ジョセフはそれを見て笑う。

 

「……まぁ、冗談はそこまでにして…んじゃ、また学院でな」

 

「もうちょっとマシな冗談はありませんの……?はぁ、また学院でお会いしましょう」

 

 ウェンディが肩を竦めながらそう言い、鞄を持って玄関に向かい、ジョセフはそれを見送る。

 

 が、不意にそこで立ち止まり、振り返る。

 

「どしたん?なんか、忘れ物でもあるん?」

 

 ジョセフが小首を傾げ、忘れ物がないか車内を確認するが――

 

「……泊っていきなさいな。ジョセフ」

 

「はい?」

 

 突然、泊まらないかと言ってくるウェンディに思わず目をぱちくりさせるジョセフ。

 

「もう夜も遅いですし、それに貴方、かなり疲れているでしょうから、そのまま帰ったら、どこかで事故を起こしかねませんわ。だから、泊まっていきなさいな」

 

 ウェンディは自分の前髪を触りながら、そう言う。

 

「あー、そうだな……」

 

 ジョセフは、確かに疲れている。

 

 身体が重いし、車の中に入った途端、シートを倒して寝たいというぐらい疲れている。

 

(疲れてはいるんだけどな~……)

 

 ジョセフは、疲れているが、躊躇う。無理もない、これから泊まるのは、彼女がいる邸宅なのだ。いくら幼馴染とはいえ、十年前ならそうでもないが、あれから精神的にも、身体的にも成長している今となっては、やはりすぐに承諾するのははばかられる。

 

「……わかったよ。じゃあ、お言葉に甘えて泊まりましょうかね。お嬢様」

 

 でも、まぁ、それはウェンディの部屋とかそういったものに入らなければいいわけであって…そう、普通にいれば問題ないかもしれない。

 

 そう思い、ジョセフは、車のドアを閉め、鍵をかけ、ウェンディの下に向かう。

 

「ふふっ、では、空いている部屋を案内しますわね」

 

 ウェンディはにっこりと微笑み、着いたジョセフに寄り添うように玄関に入る。

 

「ウェンディ……」

 

「なんです?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 ジョセフが何かを言おうとし、ウェンディが振り返るが、ジョセフは言わないことにした。

 

 まぁ、とりあえず今回はなんとかなった。

 

 学院はもちろん、フェジテもこの騒動で、あちこち爪痕が残っている。完全な日常が戻るには時間がかかるだろう。

 

 だが、明日からはまたいつも通りの日常が始まる。時には真面目に、時にはバカをする、そんな日常が。

 

 ジョセフはそのことを、このときは神に感謝するのであった。

 

 

 

 

 

 

 






次から11章に入ります。

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