ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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原作11巻に突入しますでござる。


第11章
120話


 フェジテ最悪の三日間――後にそう呼ばれる大事変が幕を下ろしてから、早一週間。

 

 日常を取り戻したアルザーノ帝国魔術学院に、再び穏やかな日々が流れていた。

 

 無論、先の事変が生徒達の心に残した傷痕は大きく、未だ癒えきれるものではない。

 

 だが同時に、生徒達はあの困難を乗り越えることで、大きな成長をも遂げたのだ。

 

 そして、それは、かつて他者のために、自らの幸福を否定してしまった一人の異能者の少女でさえも――

 

「……ああ、わかってるさ。だからといって、何もかも上手くいくわけじゃねえ…世の中そんなに甘くねえ…だがよ……」

 

 とりとめのない物思いに耽っていたグレンが、ふと、目を開く。

 

 途端、視界を染め上げるのは――どこまでも抜けるように澄んだ蒼を湛えた大空。

 

 燦々と優しく降り注いでは乱反射く暖かな陽光。

 

 穏やかにそよぎ、髪と身体を愛撫していく、心地良い風。

 

 先の事変がまるで嘘のような、平和――

 

「それでも、あいつらなら…あいつらならきっと、大丈夫だ…俺が為し得なかった夢を…輝かしい未来を築いてくれる…そんな気がする……」

 

 まるで世界が、そんなグレンの予感を祝福してくれているかのように。

 

 空は、陽は、風は、どこまでも物柔らかに、グレンは見守り続けていた――

 

「……と、いうわけで。もうロートルとなったボクは、逞しく成長したあいつらに全てを委ね、ここで大人しくお昼寝をしているわけである!」

 

 ――学院校舎中庭にあるベンチの上に、堂々と横たわっているグレンを。

 

 要するに、まぁ…彼はサボっているのであった。

 

「ったく…なーにが緊急全校集会だよ?どーせ、学院長か理事会のおエラ方が生徒達集めて、ダラダラありがたーい訓示たれるだけだろ、付き合ってられっかっての!」

 

 ぶつぶつ言いながら、グレンは欠伸をして身を起こし、閑散とした周囲を見渡した。

 

 やはり、その目につくのは、先の激しい戦いの爪痕だ。

 

 普段は美しい花が咲き誇る花壇や、青々とした芝生が広がる庭園は、あちこち地面が抉られて焦土と化し、無惨な有様を見せている。

 

 東西南北の校舎は着々と進んでいるものの、所々の破壊跡が未だ生々しい。

 

 だが、痛ましい光景ではあるが、そこに寂寥感や悲壮感はない。

 

 戦いの余波で半分潰れた花壇には蝶が舞い、焼け焦げた芝生や木々は早くも若葉を伸ばし始めるなど、そこかしこに生命の息吹が感じられる。

 

 校舎を修理する金槌の音は、日がな一日絶えることがない。

 

 アルザーノ帝国魔術学院は今、再生に向かって力強く胎動していた。

 

「ったく、もう校舎が直るまで休校ってことでいいしゃねーか…ふぁああぁ…もうすぐ今年度の前期講習が終わって、長期休暇なんだしよ…真面目だねぇ……」

 

 ふと、グレンはこの学院に講師として赴任して以来のこと――今年度の前期課程の出来事について、ぼんやりと振り返ってみる。

 

 考えてみれば――ぶっちゃけ、ロクなことがなかった。

 

 毎月のように妙な事件に巻き込まれ、息づく暇もない。おまけに居候していたセリカの邸宅は先の事変で消滅。今のグレンは豪奢な屋敷暮らしから一転、ホームレスだ。

 

「くっそ、セリカめ…何が”私は所用で出かけてくるから、お前は屋敷が直るまでホテル使うなりなんなり好きにしろ”だよ!?この俺がホテル暮らしできる金なんざ持ってるわきゃねーだろ!?この学院に来て以来、本っ当に、ロクなことがねぇな!?」

 

 グレンは忌々しそうに、歯噛みするしかないが……

 

「だがまぁ、後期からは夢の生活が始まるんだけどな、俺…くっくっく……」

 

 そうほくそ笑みながら、懐から石盤形の魔導演算器を取り出していた。

 

「実は…俺は兼ねてから計画していた『Project:G』をついに発動したのだッ!この計画さえ成就すれば、俺は…俺はぁ……ッ!」

 

 そして、グレンは感極まったように立ち上がり、天に向かって叫ぶのであった。

 

「働かずに、給料をもらえるんだぁあああああああああああああああ――っ!」

 

 恐るべき計画――その名は『Project:G』。

 

 以前、とある魔術工房から、グレンがセリカの金でこっそり購入した『複製人形』と呼ばれる魔導人形。それをグレンの姿へと変身させ、その人形にグレンの行動パターンをインプット、全ての担当授業をその人形に任せ、自分はサボる――『Project:G』とは、グレンにとってはまさに夢のような計画。

 

 苦難を乗り越えて成長した生徒達とは裏腹に、何一つ成長していないグレンであった。

 

「くっくっく…俺の行動パターンをコツコツ魔導プログラミング化して、あの『複製人形』に組込んできた甲斐があったぜ……ッ!」

 

 とはいえ、いきなり『複製人形』に授業を任せるのは、色々と不安だ。

 

 それゆえに、今はテスト起動した『複製人形』を、今、学院アリーナで開かれている緊急全校集会に参加させ、その動作確認をしている最中なのである。

 

 このテストが上手くいけば、”働かずに給料をもらう”というグレンの夢が一歩大きく前進することになる。

 

「先の戦いで、俺は生徒達に教えられた…困難な未来に挑む強さをな。だから、俺も諦めずに”夢”を追い続けてみるよ…輝かしい未来のためになッ!」

 

 苦難を乗り越えて成長した生徒達とは裏腹に、何一つ成長していないグレンであった。

 

「よーし、そろそろどうなったか、会場の様子を見てやろうか……?」

 

 グレンは手元の魔導演算器を、慣れた手つきで操作する。

 

 盤面上に指でルーンをいくつか描くと、その表面に光の文字の羅列が踊った。

 

 今、大講堂で待機しているであろうグレンに変身した『複製人形』…その魔導センサーが捉えた映像や音声を、この場で再生する機能を起動したのだ。

 

 令呪(コマンド)の起動に応じ、その石盤の上部に取り付けてあった結晶部分が淡く光り、その上の空間に四角い窓のような映像が投射される。

 

 映し出されたのは、今、緊急全校集会が行われている最中の学院アリーナ内の光景だ。

 

 広いアリーナ内には学院の生徒達が、きっしりと集められ…奥の檀上に一人の男が立っているのが、その投射された映像からわかった。

 

「ほう?これが俺の代理、グレン人形が今、見ていた光景か…って、ん?」

 

 グレンの目が、その映像に映し出された壇上の男に釘付けになる。

 

「……あれ?誰だ、こいつ?…こんなやつ、この学院にいたっけ?」

 

 

 見慣れないその男の姿に、グレンが首を傾げていると。

 

『唐突だが――諸君の学院長リック=ウォーケンは昨日、更迭処分となったs』

 

「……は?」

 

『本日から、このマキシム=ティラーノがこの学院の学院長である。皆、心するように』

 

 しばらくの間。

 

 グレンは、その言葉の意味が理解できず、ただただ呆然としていて――

 

「はぁああああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 理解が追いついた途端、素っ頓狂な叫びが空へと吸い込まれる。

 

 その投射映像内でも、このあまりにも唐突な人事に混迷を極める生徒達の姿が映し出されており――

 

 

 

 

 ――また学院を襲う新たな嵐の波乱が、幕を開けるのであった。

 

 

 

 

 グレンの驚愕から、少し時間は前後して――

 

「なーんでこんな時に、集会なんだよ?眠いんですけど?」

 

 手で抑えてるが欠伸をしながらジョセフはそんなことを呟いていた。

 

 ここは学院アリーナ。

 

 本館校舎から南東に離れた場所に敷設されていたため、先の戦果でも無事だったこの場所に、今、魔術学院の全生徒達が、学年次、クラスごとに整列して集まっている。

 

 今朝、唐突に通達が下され、開かれることになった緊急全校集会の会場であった。

 

「でも、このタイミングで集会だなんて…本当に唐突よね?」

 

「そうだよね。今、前期末試験中なのに…何をやるんろうね?」

 

 手持ち無沙汰のシスティーナが、右隣のルミアに囁き、同じく、この待ち時間を持て余していたルミアが、システィーナの話に乗っている。

 

「ねぇ、ルミア、システィーナ。…まだじっとしてなきゃいけないの?」

 

 いつも通り眠たげな無表情ながら、どこか不満そうなリィエルもぼやく。

 

「ここ、つまんない。わたし…もう戻りたい」

 

「あ、あはは…頑張って、リィエル。後で苺タルト買ってあげるから」

 

 ぶーたれるリィエルをなんとか宥めながら、ルミアは苦笑いするのであった。

 

 いつの時代も、いつの世代も、集会開始前の待ち時間の退屈さは異常だ。

 

 ジョセフの周りでは……

 

「マジで今日の集会、何やるんだろうな!?」

 

「う、うん…何か重大な発表があるって…気になるよね……」

 

「ひょっとして、前期末試験中止とか!?あんな事件もあったばっかだしな!?」

 

「ふん、そんなわけないだろ」

 

「まったくもう…カッシュさんたら、嘆かわしい限りですわ」

 

 クラスメート達…カッシュ、リン、テレサ、セシル、ウェンディ、ギイブルらも、その謎の緊急全校集会の内容についての様々な憶測を立て、場を弁えず相談天国だ。

 

 だが、一番場を弁えていないのは――

 

「なあ、ジョセフはどう思うよ…って……」

 

 カッシュがジョセフに意見を求めようとして、固まる。

 

「どうしたんだい?急に固まっ…て……?」

 

 ギイブルもジョセフを見て、固まる。

 

「え、えっと…ジョセフ……?」

 

「三人共、どうしたんですの?」

 

「……ジョセフは……」

 

 ウェンディの問いにカッシュが目を見開きながら、呟く。

 

「ジョセフが、どうしたんですの?」

 

「……立ったまま、寝てる……」

 

「……はい?」

 

 ウェンディ、リン、テレサがジョセフの顔を覗き込むと――

 

 ジョセフは仁王立ちの状態で目を閉じて眠っていた。

 

「……これは、また…器用に寝てますね……」

 

「こ、これが、現役の軍人の居眠りなのか…すげぇ、無駄に高度なテクニック」

 

 感心半分、呆れ半分にそれぞれが苦笑いしていると。

 

 壇上の方で動きがあり、それに応じて会場内がどよめいていた。

 

 一人の男が奥の壇上に上がり、ゆっくりと壇の中央に向かって歩いてくのが見えた。

 

「あ、そろそろ始まるみたい」

 

「まったく…ほら、起きてくださいまし」

 

 ウェンディが嘆息しながら、ジョセフの背中をバシッと叩く。

 

「……ん」

 

 叩かれて起きたジョセフは眼をごしごしとこすり、目を覚ます。

 

「何や、まだ始まってないんか」

 

「いや、もう始まるんだけどな……」

 

 一同が注視する中、その男は檀上中央に据えられた講壇の前に悠然と立つ。

 

 初老の男性だ。入念に手入れがされた顎髭口髭と、整髪料で整えられた豊かな髪が印象的である。首元に品の良いジュストコールを巻き、高級感のあるスーツの上に洒落たコートを羽織るその様は、まさしく上流階級の紳士と呼んで差しつかえないだろう。

 

 だが、その切れ長の瞳は冷たく鋭く、眉間によった皺が、どこか神経質で取っつきにくそうな印象をも見る者へ与える。

 

(……ん?誰だ、この人?)

 

 ジョセフは眠たい目をこすりながら、その男を観察しながら物思う。

 

 周囲の生徒達も、その見慣れない男の登場を不思議に思ったらしく、ざわめきが波のうねりのように生徒間に伝播し、次第に強まっていく。

 

(ていうか…リック学院長はどうしたん?普通、こういう集会で最初に挨拶をするのは学院長なんやけど…まさか……)

 

 と、ジョセフがなにか思い出したかのようにそんなことを考えていると。

 

「諸君、静粛にしたまえ」

 

 その壇上に立った男が、口を開き――とんでもないことを言い始めた。

 

「唐突だが――諸君の学院長リック=ウォーケンは昨日、更迭処分となった」

 

 しん、と。その瞬間、微かなざわめきすら完全に死滅した。

 

「本日から、このマキシム=ティラーノがこの学院の学院長である。皆、心するように」

 

 静寂、静寂、静寂……

 

 しばらくの間、その会場内を圧倒的な静寂が支配して…そして。

 

「はぁあああああああああああ――ッ!?なんだそれ!?聞いてないぞ!?」

 

「う、嘘だろ!?どうして、いきなりリック学院長が――っ!?」

 

 どぉっ!と、会場内に爆発的な混乱と動揺が伝播していく。

 

(あぁ~、やっぱり…そういうことか……)

 

 そんな中、ジョセフだけは何やら事情を知っていた――

 

 ――人選を除けば。

 

 そんな大騒ぎする生徒達を、その新学院長――マキシムは鬱陶しそうに眺め。

 

「黙りたまえッッッ!」

 

 やがて、猛烈な一喝で黙らせていた。

 

 再び、しんと静まりかえった会場内を見回しながら、マキシムは断じた。

 

「君達に一言、言おう。よいかね?先の騒動で、かつてアリシア三世女王陛下が創立したこの誇り高き学院を、これほどまで損壊させてしまったのは…ひとえに、諸君が根本的に無能なせいなのだ。今のこの有様は、諸君の怠惰と惰弱さが招いたのだよ」

 

 そんなマキシムの心ない物言いに、生徒達の間に苛立ちが、徐々に立ちこめていく。

 

 ジョセフはそれを聞いた瞬間、マキシムを本物の無能だと認識し、蔑むような目で見る。

 

「この私が学院長を務めていれば、あんな下賤なテロリスト共に、こうもいいようにやられることなどなかっただろうし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に後れを取ることもなかっただろうに…まぁ、過ぎたことを言っても仕方ないがね」

 

 苛立ちの目を向けてくる生徒を、蔑むように一瞥しながら、マキシムが宣言する。

 

「さて、繰り返すが、この度、私が新たな学院長に就任する運びとなった。はっきり言って、この学院は旧態依然とし、今の時代のニーズに沿っていない。この私が学院長に就任したからには、この化石のような学院体制を徹底的に改革するつもりである」

 

 さわつく生徒達を完全に置き去りに、マキシムは蕩々と熱っぽく語り始める。

 

 ……さも自分こそが絶対的に正しいと確信したかような表情で。

 

「諸君のごとき未熟者に、自主性も魔術師としての知恵も必要ない。諸君に必要なのは、有事の際、国に貢献できる確かな”戦う力”…魔術師の本質なのだよ。

 たかが、学生の分際で、それ以外を追求するなど無駄で無意味。

 ゆえに、効率良く確実に魔術師としての力を育める…そんな理想の学院へと改革することを、私は諸君に約束しよう。まずは――」

 

 そして、マキシムが語るその学院改革内容は――まさにとんでもない内容であった。

 

 総括すると…今の学院の教育方針を完全に武力至上主義へと転換し、魔術師としての武力の観点から役に立たない魔術・授業・研究は全て切り捨てる、とのことだ。

 

 当然、自然理学、魔術史学、魔導地質学、占星術学、数秘術、魔術法学、魔導考古学…等々、魔術師としての武力に直結しない、多くの授業や研究が『仕分け対象』として槍玉に挙がり、それを専門分野とする講師や教授、生徒達が頭を抱えることになった。

 

 逆に、武力に直結する魔導戦術論や魔術戦教練などは、そのカリキュラムを大幅強化。

 

 さらに、帝国軍から派遣された戦術訓練教官を講師として招き、有事に備えた軍事訓練を今後の学院のカリキュラムに組込んでいくという。

 

(やっぱり、そういうことか……)

 

 帝国軍から教官を招くということを聞いたジョセフは、この交代劇の背景が自分の推測通りだと確信した。

 

 こういう情報は連邦政府にも届くから、デルタにもジョセフにもその情報は必然と知られるのである。

 

(しかし――)

 

 ジョセフはマキシムの改革内容を聞いて、もう、なんだかもう、本気でやるのか?ジョークじゃないのか?というすごい呆れ顔になっていた。

 

(人選ミスだし、理事会は一体、何考えてんだ?)

 

 とにかく、マキシムの改革は酷い。一言で表すなら、お前、正気か?である。

 

 特に極めつけは、マキシムの私塾の教え子達を『模範クラス』として、学年次ごとにこの学院へ編入させて特権身分とし、学院の生徒達は、この『模範クラス』を目指すべき目標かつ規範とし、全面的に服従することが強要された。

 

 まさに、改革とは名ばかりの、魔術学院を根本から破壊する大暴挙であった。

 

「――以上である。この学院改革が、我らが帝国のさらなる飛躍の足がかりとなるだろうことを、私は確信している。改革の本格的な施行は来期からだが、諸君はこの改革を心して受け入れるように――」

 

 それは――唐突であり、当然の反応であった。

 

「なんだそれ!?ふっざけんなぁあああああああ――っ!」

 

「自分勝手もいい加減にしやがれ、このクソ野郎がぁああああ――っ!?」

 

 地獄の釜をひっくり返したかのような騒乱が、会場内をうねった。

 

 我に返った生徒達や教師陣が、怒りに吠えくり返るのも無理はなかった。

 

 そして、この混迷を極めたまま、この重大な発表に対する質疑応答の時間となり――

 

「納得がいきません」

 

 生徒会長リゼ=フィルマーが立ち上がって発言をする。普段のその物腰穏やかで怜悧な顔には、今や隠しきれない怒りが端々に噴出していた。

 

「……マキシム学院長。一体、貴方は何の権限があって、こうもこの学院を根本から破壊するような真似を行うのですか?このような横暴が本当に許されるとでも?」

 

「君が音に聞く生徒会長のリゼ=フィルマーだな?ふん、言っておくが、今の理事会は全会一致で私を支持している。やり手気取りの君の糾弾なぞ痛くも痒くもないのだよ」

 

「……ッ!」

 

「精々覚悟しておきたまえ。生徒の自主性育成のために発足したという生徒会執行部…まるで、自由をやたら叫ぶ連邦から影響を受けてそうな、そんな組織…この私が学院長となった以上、そんなものはいらん。即、叩き潰してしんぜよう」

 

 リゼはその眼鏡の奥から鋭い瞳でマキシムを突き刺すが…対するマキシムは自身の圧倒的優位を確信しているためか、どこ吹く風だ。

 

「ま、待ってくださいっ!マキシム学院長!」

 

 続いて、学院の法医師セシリアも悲壮な表情で挙手し、発言を始めた。

 

「先ほど、学院長が仰った仕分け対象に『法医術』関連も数多く入っていました…どうかご再考ください!法医術とその関連法術の研究は、将来的に一般市民が誰でも法医治療を受けられる法医院制度を作るため、とても重要な……」

 

「駄目だね。現代の法医術は、効率的な軍事活動を支援する上で必要十分な技術が、すでに確立している。ならば、これ以上、予算を使うのは無駄で無意味ではないかね?」

 

 そんなセシリアの必死の願いも、マキシムは無慈悲に切って捨てる。

 

「そ、そんな……」

 

 がっくりと。セシリアは打ちひしがれたように、その場にくずおれるしかない。

 

 その後も、様々な反論が生徒・教師陣問わず噴出するが、マキシムはまるで聞く耳を持たない。どうあってもマキシムは、彼が構想する改革を成し遂げるつもりのようだ。

 

 そもそも、反発する生徒や教師たちが皆、自分の立場や利権を守るのに必死でバラバラ、足並みがまるで揃っていない烏合の衆だ。

 

「ちょっと、カリオス先生!?貴方、自分の研究室だけ守ろうとして!?」

 

「なんだと!?貴様の分野は優遇が確定しているだろうが!?引っ込んでいろ!」

 

「そんな、私はただ――」

 

 むしろ、お互いに足を引っ張り合っているようでもある。

 

 これでは、マキシムほどのやり手にとっては思うつぼであろう。

 

(あ~あ。お互いに足を引っ張っちゃって…しかし、これどうすっかなぁ……)

 

 そんな混沌とした集会場の様子を前に、ジョセフはため息を吐くしかなかった。

 

 とはいえ、これは大問題である。

 

 マキシムが唱えた改革を実行すると、アルザーノ帝国魔術学院はお終いだろう。

 

 まぁ、要するに、そんなのここ(アルザーノ帝国魔術学院)ではなく、軍学校でやれ。である。

 

 もっとも、連邦では、ニューヨーク州ウェンストポイントにある陸軍学校、メリーランド州アナポリスにある海軍兵学校などの軍学校でも、戦闘訓練など武力に直結する分野はもちろん、一見関係なさそうな分野も学んでいるのだが。

 

 なぜなら、軍事と一般の分野は何らかの形で繋がっている――つまり、直結しない分野でも程度の差はあれ、間接的に関わっている――そんなの、軍人、研究者、教育者なんて最初からイロハのイから徹底的に頭に叩き込まれている。

 

 こんなの連邦の連中が聞いたら、こう聞くだろう。

 

『君は敵国から派遣されたスパイなのかね?』

 

 それぐらい、酷い、酷すぎる。

 

 そして、そんな紛糾する会場の一角では――

 

「……し、システィ…その、大丈夫……?」

 

 ルミアが、隣で青ざめて押し黙るシスティーナへ、気遣うような声をかけていた。

 

「……こんなことって……」

 

 システィーナはその整った顔立ちを、泣き出す一歩手前のように歪めている。

 

 先ほどマキシムが発表した仕分け対象の魔術・研究に、システィーナが将来志すつもりであった魔導考古学も、当然入っている…無駄で無意味なものだと断じられて。

 

 つまり、今、彼女は夢を完全に断たれてしまったのである。

 

「これから…一体どうなっちゃうの…私達……?」

 

 システィーナが固く目を瞑って、震える拳を握りしめた…その時であった。

 

 

 

『ちょおっと、待ったぁああああああああああああああああああああああ――ッ!』

 

 

 

 混乱と喧噪にどよめく会場の暗雲を、一瞬で吹き払う山嵐のような叫びが上がった。

 

 そしてその叫び主が、(どこかギクシャクした奇妙な動作だが)壇上に勇ましく踊り上がり…会場内の誰もが一斉にその人物へ注目する。

 

 その人物とは――まったくもって予想通り。

 

 こんな絶望的な状況でも、”あいつなら、きっと何かしてくれるろう”と、その場の誰もが密かに期待していた人物。

 

 先の戦いでは、空に浮かぶ≪炎の船≫へ乗り込み、最強最悪の魔人を倒した(実際はジョセフが止めを刺すように倒したのだが、学院側や特務分室はそれを知らない。もちろん、帝国政府も)、この学院きっての英雄的人物。それは――

 

「「「「ぐ、グレン先生――ッ!?」」」」

 

『へっ!どこの馬の骨かわかんねーけどよぉ!?俺達の学院で、好き勝手やろうたってそうはいかねえぞ、このハゲがぁあああああああああ――ッ!?』

 

 そう、グレン=レーダスであった――

 

 

 

 

 

 





今回はカンザス州です。

人口は291万人。州都はトピカ。主な都市はウィチタ、トピカ、ローレンスです。

愛称は向日葵の州で、34番目に加入しました。

全域がグレートプレーンズ(大平原)の真っ只中にあって土地が平坦であり、大規模農業に適しているため農業、また牧畜業が盛んです。

反面、地形の変化が乏しく、州全体に単調な田園風景が延々と広がっている州です。

カンザスシティはカンザス州にも一応ありますが、中心街はミズーリ州にあります。

日本では「オズの魔法使い」で有名です。そして、劇の通り竜巻もよく発生します。

州最大の都市はウィチタで、ここは気候が穏やかで降雨が少なく試験航行に最適だったために航空産業が発達、セスナ、ホーカー・ビーチクラフトなど小型飛行機の大手企業が本社と製造拠点を置いており、またボンバルディア、ボーイングとエアバスも関連工場を持っているなど、『世界の航空の首都』と呼ばれています。



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