ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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へい、お待ちっ!


121話

 

 

 

 その一方――中庭では。

 

「――って、おいぃいいいッ!?なーにやっちゃってんの、あのクソ人形ッ!?」

 

 グレンが目を見開いて慌てながら、投射画像にかじりついている。

 

「いや、確かに超絶ムカついてたから、公衆面前で、そう堂々とぶっちゃけてやりてぇええええッ!とか、超思ってたけどよ!?実際にやっちゃ駄目でしょッ!?その人、権力者ぁあああああああ――ッ!?」

 

 

 

 

 

 ――そんなグレンの遠き願いも空しく。

 

 グレン(複製人形)は、妙にカクカクとした動きでマキシムの前へと歩み寄り…ずだんっ!と、片足を講壇の上に乗せてマキシムに顔を寄せ、無表情で凄む。

 

(おい、先生…お前、何サボってんのじゃ)

 

 ジョセフはそれを見て、あのグレンは複製人形で、本物はサボっていると見抜いた。

 

『はぁー?より効率的で優れた人材を輩出させるための改革?そのための仕分け?ぷっ、バカ言ってんじゃねーよ!?てめぇのアホ改革でゴミ人材が量産されることが目に見えてるじゃねーか――っ!お前、帝国に多大なる損失をもたらした国家反逆罪で死刑だわ、だーはっははははははははははははははは――っ!?』

 

 無表情であるがゆえに、ウザさ三倍の笑いが、しんと静まりかえる会場内に響き渡る。

 

「な…き、貴様……ッ!?」

 

『大体、模範クラスだって?頭沸いてんじゃねーの?てめぇみてーな教育勘違いしるバカに教わってる哀れな連中より、このグレン=レーダス超先生神様が教えてやった連中の方が、数億倍デキるっての!Do you understand?』

 

 ここまで、どストレートに罵倒・否定されることは、さすがに予想していなかったためか、マキシムは呆気に取られて硬直するしかない。

 

(うーん、一応、先生が言いそうなことを言ってるから、まだバレてないな)

 

『とにかく、俺はお前なんか学院長だと認めねえ!いーや断言するね、ここにいる全員がお前を学院長と認めねえ!お家に帰ってママのおっぱいでも啜ってろ、このハゲ!』

 

 そして、そんなグレン(人形)のひたすら勇ましい煽り音声に――

 

「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」」」」

 

 生徒達は諸手を挙げて大賛同、猛烈な歓声を送った。

 

「いいぞぉ、グレン先生――っ!もっと言ってやれぇえええええええええ――っ!?」

 

「さすが、先生!俺達にできないことを平然とやってのける――っ!?」

 

「そこに痺れる憧れるぅううううううううううう――っ!」

 

 先ほどの暗く重苦しい雰囲気はどこへやら、マキシムというただ一人の仇敵を前に、今ばかりは、グレン肯定派も否定派も満場一致で団結し、大盛り上がりだった。

 

 利権や保身からではない。

 

 グレン(人形)の後先顧みない、全力で体当たりな批判が皆の魂を打ったのだ。

 

『なぁ、学院長(笑)サンよ!ここは一つ、この学院を改革するか否か、魔術師らしく俺と決闘で決めようぜ!?』

 

「「「「先生、超かっけぇえええええええええええええええええええ――っ!?」」」」

 

「おい、こら、学院長っ!逃げんじゃねーぞっ!?」

 

「そうだっ!魔術師として、グレン先生と正々堂々勝負してやれぇ――っ!」

 

「「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」」」」

 

 

 

 

 

「ちょ、止めて、煽らないでぇええええええ――っ!?俺、この学院にいられなくなっちゃうぅうううううううううう――っ!?」

 

 一方、グレンは投射映像にかじりつき、涙目で叫んでいる。

 

「ちくしょおおお――っ!下手に俺の人格データを組み込んでいたのが、完っ全に裏目だぁああああ――ッ!そりゃ俺なら決闘するよな、前科あるし!?ええい!緊急停止令呪は、どうだったっけ!?た、たたた、確か、こうだったかな――っ!?」

 

 グレンが魔導演算器の表面に、ごちゃごちゃと汚く文字を書いていく――

 

 

 

 

「くっ…決闘だとぉ…ッ!?わ、わかっているのかね!?いくら君が一人で反発したところで無駄なのだぞ……ッ!?」

 

 グレン(人形)が作ったこの圧倒的な反逆空気に、さすがに怯んだマキシムが、大量の脂汗を額に浮かべながら必死に反論する。どんな豪胆な者だろうが、ここまで大勢が一致団結して敵に回れば、恐れおののかない者はない。

 

「言っておくが、私の後ろ盾がこの学院の理事会を完全に牛耳っているのだ!私がこの学院の全権を握っているのだよ!?いくら君が…ん?」

 

 マキシムがふと見れば、グレン(人形)の動きが急に、びくんっと止まっていた。

 

 突然、無表情で固まっているものだから、やたら怖い。

 

「な、何かね…?君、一体どうしたのかね……?」

 

 そのまま、数秒の間を空けて。

 

 不意に、グレン(人形)が、再びギリギリ…と、無表情のまま動きだす。

 

 やたらギクシャクした動作で、グレン(人形)は手を伸ばし…マキシムの脳天をむんずと鷲づかみし…そのまま、その腕を頭上へ、ぴーんと垂直に振り上げた。

 

 すぽーん。

 

 その途端、マキシムの頭から何かが、すっぽ抜けていた。

 

「「「「……あ」」」」

 

 その場に集う全ての人間が、あんぐりと口を開いて呆然とした。

 

「……え?」

 

 マキシムが己の頭を、恐る恐る撫でる。

 

 つるつるすべすべとした感触が、その手に伝わってくる。

 

 無表情で腕を振り上げたグレン(人形)の手には…マキシムが被っていたカツラが無慈悲に握りしめられていたのだ――

 

 

 

 

 

 

「なんでそうなるのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!?」

 

 ガンガンガンガンッ!グレンは某キーボードクラッシャーの如く魔導演算器をベンチに打ち付けまくっていた。

 

「ていうか、どんな令呪だよ!?相手のヅラむしり取る令呪とか、一体、どんな需要があったんだよ、この製作者はぁあああああああああ――っ!」

 

 もうお腹がよじ切れ死ぬとばかりに笑い転げる会場の連中。それとは裏腹に、グレンはもう泣き叫きたい一心であった。

 

「えええええええいっ!?クソッ!?一刻も早く止めねーと…って、やっば!?ヒビ入ってるじゃねーか!?げっ!?こっちからの令呪操作をまったく受けつけなくなっちまった!?ああああああんっ!もぉおおおおおお――っ!」

 

 壊れた演算器を放り捨て、グレンは号泣しながら猛ダッシュしていく――

 

 

 

 

 

(何の令呪送ってんだよ、あのアホ講師は……)

 

 ジョセフは無表情でカツラを握ったグレン(人形)を見て、呆れて見ていた。

 

「「「「ぎゃはははははははははははははははははははははははは――っ!」」」」

 

 最早、収まりきれぬ抱腹絶倒の台風が、会場中に疾風怒濤の猛威を振るう中――

 

「お、おのれぇ…問題教師だとは聞いていたがッ!?よ、よくも、この私にここまで生き恥をかかせてくれたねぇ、グレン=レーダスぅうううううう――ッ!?」

 

 見事に、輝く不毛の脳天を必死に隠しながら(隠しきれてない)、マキシムは鬼をも殺せそうな形相でグレン(人形)を睨む。

 

『へっ!だったら、どうしてくれるっていうんだ?』

 

「ぐぅっ……」

 

 マキシムは沸騰寸前の頭で考える。

 

 グレンを御旗に一致団結して、自分に逆らいまくる生徒達を見渡す。

 

 これは…駄目だ。この生徒達は統御しきれるものではない。

 

 無論、自分の学院改革に際し、ある程度の反発が出るのは予想していた。

 

 だが、掌握した理事会と後ろ盾の力を使い、就職先の推薦や金銭的援助などの賄賂をちらつかせて反発する生徒達を徐々に懐柔し、切り崩していくつもりだった。

 

 自分にはそれができる自信があった。

 

 この学院を御せる、と本気でそう思っていた。

 

 だが、これでは、御する前に生徒達から解職請求(リコール)が出るのは目に見えている。

 

 理事会に手を回し、それを握り潰すのは可能だが、限度というものがある。

 

 ここまで生徒達が一致団結して一斉反発すれば、掌握した理事会の連中もいずれ折れざるを得ない。なにせ生徒達の両親の多くに有力貴族がいるのだ。誰だって我が身は可愛い。

 

 その対策に各方面を懐柔、根回しするには、最早時間が足りなさすぎる――

 

(こ、この男のせいでぇ……ッ!?)

 

 恐らく、反マキシム派の錦の御旗となったこの男がいる限り生徒達は反発を続け、マキシムがこの学院を完全掌握することは不可能なのだろう。

 

 まずは――この男を排除し、学院の連中の心を折るしかない。

 

 だが、免職には、さすがにそれに足る正当な理由が必要だ。

 

 下手に無理矢理切れば、それこそ学院中が大反乱を起こす。

 

 死んだ英雄は生きている英雄より性質が悪い。

 

 ゆえに、グレンを誰もが文句なしで認める正当な手段で叩き潰さなければならない。

 

 幸いその手段は、他でもないグレンが提案してくれている。

 

 それを利用するしかない。

 

 マキシムがグレン(人形)に顔を寄せ、修羅のごとく凄んで言った。

 

「いいだろう…そこまで言うならこの学院の行く末、決闘で決めようではないかッ!」

 

『ほう?具体的にどうするんだ?俺とガチでやり合うかい?』

 

「ふん、バカめ。これだから脳筋は困るよ。私と君でこの学院の行く末を決めるのだ…その方式は、教師としての指導力勝負が妥当ではないのかね?」

 

 鼻を鳴らしてマキシムが吐き捨てる。

 

「さて、ここで少々話は変わるが、まぁ聞きたまえ。実はな…この私は、今回の改革の一環として、この魔術学院に存在する『裏学院』を開放するつもりなのだよ」

 

 裏学院。

 

 その単語が出た途端、生徒や教師達の間に動揺が走った。

 

「裏学院さえ開放すれば、この学院はさらなる莫大な区画を拡張することが可能。生徒数や講師の増員・増強、新たなる研究室や実験施設の増設…裏学院の開放が、この学院にもたらす利益と発展は計り知れないのだよ」

 

「は…?裏学院だって…?あのアリシア三世の……?」

 

「でも、あの裏学院は、彼女の崩御によって、『鍵』が失われて……」

 

 教師や生徒達が口々にそんなことを口走って、顔を見合わせて、呆然としていた。

 

 裏学院…この学院に在籍する者ならば、誰もが知っている言葉だろう。

 

 このアルザーノ帝国魔術学院の校舎…その一つ次元の壁を越えた裏側の世界、異界空間に作られた、もう一つの学院校舎。

 

 それが――『裏学院』。

 

 アルザーノ帝国第十三代女王であり、アルザーノ帝国魔術学院の創立者、初代学院長でもあったアリシア三世が、この魔術学院のさらなる発展を願って作っていたもので、この表の学院校舎とは比較にならないほど、広大な区画を備えているらしい。

 

 だが、ついに裏学院が完成した…そんな時、アリシア三世が突然の崩御、その裏学院への出入りするための『鍵』が失われてしまうという、まさかの事態に陥ってしまう。

 

 その『鍵』が失われた後、様々な魔術師が、別次元の異界にある裏学院へアクセスを試みたが、徒労に終わり…計画は凍結・破棄。

 

 裏学院は、幻の校舎と成り果ててしまったのである。

 

「ふっ。だが、見つかったのだよ、その『鍵』が」

 

 マキシムが懐から、一冊の古ぼけた手記を取り出し、胸を張った。

 

「これは私が先日入手した『アリシア三世の手記』…そう、アリシア三世の失われた二十四冊目の手記なのだッ!この手記こそが裏学院への『鍵』だったのだよ!」

 

「――ッ!?」

 

 途端、会場内全ての人間が絶句した。

 

 アリシア三世の二十四冊目の手記――帝国大図書館が莫大な賞金すらかけている激レア稀覯本ではないか。

 

 ざわ、ざわ、ざわ…生徒達は、まるで冗談のような話に動揺すら隠せない。

 

(……そういうことか。だから、裏学院なのか……)

 

 ジョセフはマキシムが何が言いたいのかわかった。

 

「さて、話を戻そう。魔術師としての力を手っ取り早く証明する戦闘方式は何か?決闘戦かね?魔導兵団戦かね?否、私は『生存戦』だと思っておる。戦闘能力、状況判断力、継戦能力…生存戦は魔術師としての武の力の全てを試されるからだ。

 だが、信頼性ある生存戦を行うには広大な競技フィールドが必要…生存戦を行うに適した敷地はなかなかないものだ。つまり…私が言いたいことがわかるかね?」

 

『はっはーん…裏学院か?』

 

 無表情に答えるグレン(人形)に、マキシムがにやりと笑った。

 

「その通りだ。模範クラス…私が指導した生徒達と、君が指導した生徒達で、裏学院のお披露目も兼ね、そこで生存戦の決闘勝負というのはどうかね?」

 

(うへぇ、マジか……)

 

『………』

 

「日時は、そうだな…後から文句を言われても面倒だ。今、行われている前期末試験が終わる二週間後としよう。万が一にもありえないが、もし、その生存戦で、君の生徒が私の生徒に勝ったなら、君の無礼は不問にし、私の学院改革も取り下げてやろう」

 

 途端、グレンのクラスの生徒達が、歓声を盛り上がる。

 

「よっしゃ、望むところだぁあああーッ!先生、俺達に任せろぉおおおお――ッ!?」

 

「ええ!わたくし達、絶対その勝負に勝って、この学院を守りますわ!」

 

「ああ、そんなハゲにこの学院を好き勝手にされてたまるかよぉおおおお――ッ!」

 

 ただ、ジョセフだけは難しい顔をしていた。

 

 ジョセフはマキシムがどういう人物で教え子――つまり、模範クラスの連中がどんなやつかも知っていた――胸糞悪い連中だが。

 

「しかし、君の生徒が負けるのであれば…それは私の教育方針と指導が”正しい”ことの証明に他ならない。その時は当然、私の学院改革は推進…愚かにも”間違った”指導をしていた君には、その責任を取って辞表を提出してもらおうか」

 

(だろうな。そう来ると思ったよ)

 

 マキシムのその言葉に、今まで浮ついていた会場の雰囲気が一気に凍った――

 

「こうまで公然と私を侮辱したのだ。そのくらいはやって貰わねば、私の腹の虫は治まらんよ。無論、今、この全教員生徒の前で、私に謝罪して頭を下げ、決闘の申し出を取り下げるならば、全てを水に流してやってもいい…さて、どうするかね?」

 

(どうするもこうするも、マキシムさん、それ『複製人形』だからね?とはいえ……)

 

 何やら話がとんでもないことになってきた……

 

 会場の誰もが息を呑んで、グレンの動向を見守っていた…その時であった。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」

 

 妙な叫び声と共に、何者かが壇上を目指し、猛速度で生徒達の間を駆け抜けていって――何かを壇上へ向かって投げると。

 

 ぼんっ!

 

 グレン(人形)がいる壇上に、突然、猛烈な煙が巻き起こった。

 

「な、なんだぁ!?煙幕!?」

 

「ぬおっ!?い、一体、誰がッ!?げほごほっ!?」

 

 生徒達やマキシムの悲鳴と共に、檀上はあっという間に煙幕に覆い尽くされ……

 

「えええいっ!このドグサレ人形が、余計な真似しくさりやがってぇ――っ!?このっ!このっ!このぉおおおおおおお――っ!」

 

 どかっ!ばきっ!ぐしゃっ!どがっしゃああああああんっ!

 

 煙幕の向こう側で、何者かの涙声じみた叫びと何かを叩き壊す音が盛大に響き渡る。

 

(いや、それ、アンタの人格を組み込んだからだろ……)

 

 講壇に乱入した人物の正体を知っていたジョセフは、ジト目で苦笑いしながらそう思う。

 

 やがて…煙幕が晴れると。

 

「はぁー…はぁー…はぁー……」

 

 どこか、くたびれて、憔悴しきったような様子のグレンと。

 

 その足下に、バラバラになった木偶人形のガラクタが四散していた。

 

 言うまでもないが、そのガラクタの正体は元・グレン人形。破壊することで、光操作の幻影による変身機能魔術が解け、元の無機質な木偶人形に戻ったわけである。

 

「グレン君…な、何かね?その足下に散らばる妙ながらくたは?な、なんか、そのガラクタ、急にそこに出現したような……?」

 

 さすがのマキシムも訝しんだような半眼で、ガラクタを一瞥するが。

 

「ああ――っ!まったく、ここって掃除がなってないっすよねぇ――っ!?こぉんなにゴミ散らかしっぱなしで放置しちゃってさぁ――っ!?生徒達のそーゆー杜撰なトコは、改革が必要ですよねぇえええええ――っ!?」

 

 グレン(本物)が、あさっての方向を向きながら、片足でひょいひょいと人形のガラクタを蹴って、壇上の端へ送った。

 

「あ、あのぉー、俺とアンタの生徒達で決闘…生存戦やるって話っすけどぉ……?」

 

 媚びへつらうような笑いを浮かべながら、恐る恐るマキシムの顔色を窺うグレン。

 

 正直、ゴメン被りたかった。

 

 負けた場合のペナルティも嫌だが、そもそもマキシムの”教え子”とは――

 

(俺がプライドを投げ捨てて、頭を下げて丸く収まるなら早ぇんだけどなぁ……)

 

 プライドを投げ捨てるのは、グレンの大得意技だ。それ自体は特に問題ない。

 

 だが、グレンがちらちと自分のクラスの生徒達を振り返ると。

 

「せ、先生…ッ!お、俺達は……ッ!」

 

 グレンの生徒達は、複雑な表情でグレンを見つめている。

 

 なにせ、この勝負にはグレンのクビがかかるのだ。下手なことなど言えない。

 

 生徒達としては無論、この学院を、自分達の居場所を守るためにマキシムと戦いたい…生徒達の縋りつくような目が、何よりも雄弁にグレンへそう訴えかけている。

 

 されど、グレンにそこまでの重責を背負わせるわけにもいかない…ゆえに、どうしたらいいのかわからない…そんな表情だ。

 

「…………」

 

 グレンは、自分の生徒達の顔を順々に見回していく。

 

 将来、祖父の夢を継いで魔導考古学を究めたいと笑顔で語るシスティーナ。

 

 将来、魔術を真の意味で人の力にしたいと決意したルミア。

 

 まだ何がやりたいかわからないけど、それをゆっくり探したいと言うリィエル。

 

 無論、彼女達だけではない。

 

 故郷に錦を飾りたいカッシュ、実力でこの国でのし上がりたいギイブル、貴族として一人前になりたいウェンディ、魔術を商売に役立てたいテレサ、とにかく知識を身につけたいセシル、自分が胸を張れる何かになりたいリン……

 

 この魔術学院で生徒達が魔術にかける夢は十人十色だ。

 

 かつて夢を失ったグレンにとっては、眩しいほど輝く夢達なのだ。

 

 この学院がマキシムの改革を受け入れるということは…その十人十色の夢のほとんどが、完膚なきまでに破壊されてしまう、ということだ。

 

 それだけではない。

 

 なんだかんだで、生徒達にとってこの学院は、仲間達が一緒に切磋琢磨して、時に笑い合い、時に泣き合う…そんなかけがえのない場所なのだ。

 

 マキシムは手前勝手な教育理念で、それを踏みにじろうとしている。

 

 なるほど、ここでグレンが頭を下げれば、自分のクビは守れるのだろう。

 

 だが――その時、自分が本当に守りたいものはどうなるのか?

 

「………………」

 

 固唾を呑んで、全校生徒がグレンの挙動を見守る中。

 

 グレンはジョセフを見る。ジョセフはそれを目で返す。

 

 ――あんたの判断に任せる――

 

 グレンはしばらくの間、押し黙り…自分に集まる全ての視線を、半眼で受け止め…やがて、マキシムに振り返り、きっぱりと言った。

 

「……いいぜ?俺のクビ…お前らに、預けた!」

 

 グレンは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと左手に嵌めた手袋を外して……

 

 すぱぁんっ!それをスナップをきかせ、マキシムの顔面へ全力で叩き付けていた。

 

「うぐ!?」

 

「へっ、後悔するぜ(俺が)!?覚悟しておくんだな(主に俺)!?てめぇは、この俺が…いや、俺達がぶっ潰してやるッッッ!(願望)」

 

 その瞬間。

 

「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」」」」

 

 全ての生徒達が、諸手を挙げて、グレンに歓声を送る。

 

 グレンの尊い覚悟に、誰もが感動の涙を禁じ得なかった。

 

 そして、会場を支配する猛烈なグレンコール……

 

「せ、先生…マジかよ?本当にいいのか?俺達に任せてくれるのか……?」

 

「僕達のために……?」

 

 カッシュも、セシルも。

 

「ええ、なんとなく…そんな気はしてたんですの……」

 

「そうですね。私達がやめてくださいと言っても、あの方はきっと私達のために……」

 

「くそっ…あの馬鹿講師、また、一人で格好つけて……ッ!」

 

 ウェンディも、テレサも、ギイブルも。

 

 学院を守るために、己が身を捧げたグレンの背中を、ただ神妙に見つめるしかなく。

 

「せ、先生…また私達のために、自分の身を切って…本当に馬鹿なんだから…どうしてなのよ…?どうして、先生はいつもいつも……」

 

「駄目だよ、システィ…先生は、私達のために立ってくれたの…もう、私達にできることは先生を信じて、この戦いに勝つことしかないんだよ……」

 

「ん、わたし達…負けない。わたしにはよくわからないけど」

 

 システィーナも、ルミアも、リィエルも。感極まったように、そんなグレンの後ろ姿をただじっと見つめ…決意を新たにするしかなく。

 

「……厳しいけど、やるか……」

 

 ジョセフは静かに目を閉じて、呟く。

 

(……どうしてこうなった?あれ?来期からサボって給料をもらう夢の生活……?)

 

 感動渦巻く大歓声の中。

 

 やたらカッコいい決めポーズのグレンは、心の中でさめざめ涙を流すのであった。

 

 

 

 

 そして、そんな風に沸き立つ会場の一角、壇上の反対側の壁付近に。

 

「……ふん。相変わらずバカな男」

 

 一人の娘が腕組みをして背を預け。ぼそりと呟いていた。

 

 学院の女性用講師服を身に纏った、二十歳前ほどの娘だ。燃える紅炎のような髪と凍りつくような美貌を持つその娘は、呆れたような冷めた目で、グレンを遠く眺めていた。

 

「さて…この学院で、貴方は私に何を見せてくれるのかしら?グレン」

 

 そう言い残して。

 

 その娘は、くるりと踵を返し、沸き立つ会場を後にした。

 

 

 

 






今回はここまで。

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