ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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 というわけで、どうぞ。


123話

 

 

 

 

 

 

 

 ――カオスの宴でしかなかった学院集会が終わった後。

 

 魔術学院校舎東館の廊下にて――

 

「さぁて…面倒なことになってきたぞ~……」

 

 ジョセフは、廊下を歩きながら一人呟いていた。

 

 廊下の窓から日が差し込み、周りは明るいが、ジョセフの心中は逆の心境であった。

 

「あのマキシム=ティラーノの教え子達と、二組の連中がやり合うなんてなぁ……いや、俺はなんともないんやけど、こいつらには、なぁ……」

 

 ジョセフはため息を吐きながら、後ろを振り返る。

 

 後ろには、システィーナ、ルミア、リィエルがジョセフの後をついていた。

 

 今、四人はあの集会の後、姿を消したグレンを教室に呼ぼうと、いると思われる中庭に向かっていた。

 

「それにしても、本当になんでリック学院長が更迭されちゃったのかしら?」

 

「うーん、あの人の話を聞くと、先の事変のこと言ってたから、それでかなぁ…でも、あれって――」

 

「そうよ!何よ、あの言い方!何が、『今のこの有様は、諸君の怠惰と惰弱さが招いたのだよ』よ!?」

 

 マキシムの冒頭の言葉を思い出したのか、システィーナは腹立たせながら、まくしたてる。

 

「校舎の損壊ですってぇ?()()()()()()()()()で済んだのよ!普通だったら私達、フェジテごと消えていてもおかしくなかったのよ!?」

 

「損壊だけで済んだ…か。確かに、()()()()()一人も死者は出なかったな。連邦は六十人戦死したが……」

 

「あ……」

 

 決してシスティーナをどうのこうの言うつもりではなかったのだが、ジョセフのふと発した一言に、システィーナはハッ!とする。

 

「その…ごめんなさい。…決して、連邦の人を、その……」

 

「いや、いいよ。そういうつもりで言った訳ではないんやろ?だったら、いいさ」

 

 そんなもんでぶち切れるわけないやろ、と。言わんばかしに、手を振るジョセフ。

 

「まぁ、リック学院長が更迭されてあのマキシムという奴が学院長に就任したのは、帝国の今後の国防に関する方策が背景だろうよ」

 

「え?そうなの?」

 

 ジョセフから飛び出た言葉に、ルミアがきょとんとする。

 

「っていうか、貴方、それどこで知ったの……?」

 

「あのな、システィーナ。帝国の方策とかそういった情報は、ある程度はウチらにも来るんやで?何も知らないわけないやろ」

 

「う…い、言われてみれば……」

 

 帝国の方策とかは、外交官が血道に築いた有力な軍・政財界の人物のパイプを通してある程度は情報が入ってくる(因みに、重要機密はもちろん知ることはできない)。

 

 そして、その情報は、外交官から連邦政府各省庁、そこから軍事・経済・政治ごとに現場に伝えられる。

 

 ただこれだと、情報を一旦現地から本国と時間がかかるため、現地では、その場の外交官から直接情報を受け取っているのが実情だ。そのため、本国から来た情報は、すでに知っているものばかりというのもままある。

 

「マキシムが集会に言っていた後期から有事に備えた軍事教練…どの連中に対しての有事なのかなんて…言わなくてもわかるだろう?」

 

「……ッ!?」

 

 途端、システィーナとルミアの顔は不安な表情になる。

 

「……アルザーノ帝国とレザリア王国の国際緊張が、近年高まっているってのは、やっぱり本当なの?」

 

 思い当たる節をシスティーナが硬い声で問うと、ジョセフが小さく頷いた。

 

「まぁな…と、言っても、今すぐドンパチが始まるわけじゃない。少なくとも、後十年は第二次奉神戦争勃発…まぁ、こちらから手を出さん限りはそういう事態はあり得ない――帝国政策立案研究所や連邦の国防総省はそう結論づけている。まぁ、この世は一寸先は闇だから、過信してはいけないんだがね」

 

「それなら、なぜ……?」

 

「レザリア王国が帝国に対し武力を背景にした圧力外交戦略に、武断派が過剰反応しているんだよ…今の帝国政府は武断派が強いからな。国内戦力の増強は、現・武断派の筆頭…アゼル=ル=イグナイト…イグナイト卿の意向や。…まぁ、マキシムのあの改革は、さすがに行きすぎてるが」

 

「…………」

 

 ジョセフは一通り説明すると、はぁっと、ため息を吐く。

 

「軍事教練…これ自体は、単なる技術の伝授だけで、実際に生徒達を軍に徴用する動きはない。

 だけど、本当に万が一の時…力のあるなしでできることも、生き残る確率も変わる。だから、これ自体は組込んでもいいと思う」

 

「でも、グレン先生は反対でしょうね」

 

「あの人ならそうかもな。せやけど、いざ有事の際には、軍事教練を受けていようがいまいが、容赦なく戦争に駆り出される。四十年前のようにな」

 

「奉神戦争…あれは本当に凄かったらしいわね」

 

「でも、後十年は戦争は起こらないんだよね?なんか、急ぎ過ぎのような気が――」

 

「……正直に言うとな、レザリアはもう保たない」

 

「保たない?」

 

 ジョセフの突然の言葉に、目を点にし、首を傾げるシスティーナとルミア。

 

 リィエルは何を言っているのか、そもそも聞いていないのか、三人の話をじっと眺めているだけである。

 

「保たないって、どういうこと?」

 

「あの国が様々な人種を聖エリサレス教会教皇庁が宗教で支配しているのは知っているだろう?それがもう限界なのさ」

 

「限界って、つまり……」

 

「最近、ついに様々な所から不満が噴出し始めた。教皇庁はなんとか抑えようとしているけど、もう前みたいな力はない。連邦とドンパチしてボコすかに負けたのがそれに拍車をかけている。それに、連邦が侵攻したことによって、連邦の社会などが王国に広まってしまったのさ。まだ規模は小さいが、民主化を求める声まで上がっている」

 

「な、なんか、思った以上に、大変な事になってるね」

 

「恐らく、そう遠くない時に、内部分裂は始まるだろうね。まぁ、ここまではいいんだが、問題は教皇庁がやけっぱちを起こしてドンパチを始める可能性もなきしもあらずってことだ」

 

「――ッ!?」

 

「馬鹿げてると思うが、戦争を起こすのも、終わらせるのも…所詮、人間よ」

 

 窓を見ながら歩きながらそう呟くジョセフの頭には、何が過ぎっているのだろう?

 

 恐らく、先の戦争のことなのだろうが、それを知るにはジョセフから話さないとわからなかった。

 

 いつかは知りたい。けど、それはきっとロクでもない話だというのはシスティーナとルミアはわかる。しかし、やはりいつかは話しを聞きたいと思うシスティーナとルミアであった。

 

「……それよりも、お前ら、覚悟しといたほうがええで?」

 

「……え?」

 

「生存戦で相手するマキシムの教え子達――『模範クラス』の連中は言っとくが、俺はともかく、今のお前らには厳しい相手や」

 

「えっと、それって、どういうこと?システィでも厳しいの?」

 

 ルミアが真意がわからず、首を傾げながらジョセフに問う。

 

 ルミアは、グレンとリィエル、ジョセフと共に数多くの修羅場をくぐっているシスティーナでも、なぜ厳しいのかがわからないのだ。

 

 因みに――

 

「ジョセフ。わたしでも、やれるのに……」

 

「……お前は、汎用魔術の一つでも使えるのか?」

 

「うん。気合で――」

 

「うん!汎用魔術一つぐらい習得しような!」

 

 やはりリィエルは、未だに汎用魔術を使えなかった。

 

 そろそろ使えるようにしないと、いや、実戦では今のままでいいのかもしれないが、学業の面でいろいろとまずい。

 

「はぁ…んで、お前らはマキシムがどういう奴か、知ってる?」

 

「うーん、そういえば知らないかな」

 

「確かに、彼がどういう人なのか知らないわ」

 

「知らない。興味ない」

 

「……だよなぁ」

 

 ジョセフは溜息を吐きながら呟いた。

 

「マキシム=ティラーノ。アルザーノ帝国魔術学院の第三六六期卒業生。優秀だが、非常にプライドが高く、在学中も同期との諍いが常に絶えなかった問題児。卒業後も帝国各地の魔術関連機関を、常に人間関係の問題を起こしながら転々としている」

 

「あー、なんだかわかる気がするわ、うん……」

 

「ある時、何かのコネで、念願だった魔術学院の学院長の座を射止めたが、やっぱり人間関係のトラブルで失脚…余所者のリック学院長に学院長の座を奪われた」

 

「そこまで人間関係のトラブルが続くなんて…今回も最初から皆を敵に回すし、少しは反省したらどうなの、あの人は……」

 

 ここまで聞いていたシスティーナは溜息を吐きながら、呟く。

 

「その後は『マキシム魔導塾』という私塾を開き、食い詰め貴族の三男坊を中心に独自の教育理念で魔術師の育成指導にあたっている。その教えは武一辺倒の武力至上主義。とにかく魔術師の”強さ”に拘り、魔術を戦争の道具としか思ってねえクソみたいな偏屈屋さ」

 

 この時、ジョセフは自分の目つきが鋭くなりながら語っているのを。

 

「ジョセフ?」

 

「ジョセフ?ねぇ、ルミア。ジョセフ、怒ってるの?」

 

「うーん、多分、ね……」

 

 ジョセフは戦争経験者である。

 

 三人娘は知らないが(というか、これを知っているのはウェンディだけである)あの地獄の北部戦線を生き残ったものの、友人を全員失っている。

 

 そういう地獄のような経験をしているジョセフにとって、マキシムのような連中はとにかく気に入らなかった。

 

「連中の教え子は皆、アマチュア軍人みたいなもんさ。三男坊という生まれから来る鬱屈感のためかガラも悪い。特に野郎どもの女癖の悪さときたらもう…あいつら、もしウェンディに手ぇ出してみろ。マジで頭ぶち抜いて吊るして晒してやる……ッ!」

 

(あ、怒ってる、絶対怒ってるわ)

 

(これは…『模範クラス』の人達には会わせない方が良いかも……)

 

 その隠す気もない怒りのオーラにシスティーナとルミアは頬を引きつらせながら思う。

 

 少なくとも、ウェンディに手を出したら最後、待っているのは”死”であると。

 

(まぁ、それほど、ウェンディのこと大事に想っているってことなんだろうけど)

 

「それでも、マキシムは武断派の政府上層部に一定のコネがあり、自分の熟の卒業生を各政府機関にねじ込むことに成功している。

 多分、グレン先生も知っているし、連邦でもそれなりに有名だよ…悪い意味でな。

 つまり、お前達が戦うのは、アマチュア軍人達と戦うってことだ。だから、かなり覚悟はいるぞ、って言ったんだ。で、少なくともお前らはこれを聞いてどうする?それでも、戦うか?言っとくが、聖リリィのような展開にはならないぞ?」

 

 ジョセフの覚悟を問う言葉に。

 

 三人はお互い顔を見合わせて――

 

 そして――

 

「――それでも、やるわ!」

 

 システィーナがジョセフに振り向き、力強くそう言った。

 

「ほう、なぜ?」

 

「それは…皆の夢を潰させるわけにはいかないからよ!この学院には皆、自分の夢があるの!その夢をあんな人に潰させるわけにはいかないわ!」

 

 半眼になって問うジョセフに、システィーナがまくしたてる。

 

「それに、先生のクビがかかってるの!もし、先生がクビになったらと思うと、私――」

 

 システィーナが今にも泣きそうな顔をしていると。

 

「システィーナ。泣きそうな顔してる」

 

「な――ッ!?えーと、これは…ッ!皆、これ、先生に言っちゃだめよ!いい!?」

 

「あ、あはは……」

 

 リィエルの指摘に、システィーナは顔を真っ赤にしてグレンに言わないように三人に釘を刺し、ルミアは曖昧な笑みを浮かべる。

 

「でも、私もかな?この学院を守りたいし…何より先生を守りたい。だから……」

 

「ん。みんなで、この学院とグレンを守る…わたしにはよくわからないけど」

 

「……そうか」

 

 ジョセフは三人それぞれの思いを聞き、そして、三人に背を向けるように振り返る。

 

「まぁ、うちも、その…この学院をあんな奴に…何も戦争を経験していない連中に牛耳られるのが気に入らないし、安易に魔術は戦争の道具と語るあのハゲが気に入らないからな」

 

 ジョセフはそう言うと、再び歩き始める。

 

「けど、いいか?これからの特訓はかなり厳しくなるで?確かに、先の騒乱では二組の実力は優れている。だが、それは()()()()()()()()()優れているという話や」

 

「…………」

 

「今の二組じゃ、アマチュア軍人なマキシムの生徒達には勝てない。俺達は普通に敗北し…先生はクビになって、この学院を去ることになる。後は、マキシムの改革が進み、『模範クラス』のやりたい放題さ」

 

 ジョセフは間を空け――

 

「だから、俺も先生の特訓に協力しちゃる。先生だけじゃ、厳しいからな。言っとくけど、連邦軍がやってるような特訓になるからな」

 

 そう言って、中庭に入ると――

 

「――ん?」

 

 ジョセフはグレンを見つけるが、もう一人女性がいることに気付く。

 

 学院の女性用講師服を身に纏った、グレンと同じ年ほどの、燃える紅炎のような髪を持つ女性。

 

「んーーーーーーーーーーー?」

 

 ジョセフは見覚えのあるその女性を目を細めて見つめる。

 

(え、まさか……?)

 

「先生~~っ!」

 

「ああ、もうっ!こんな所にいたんですか!?捜しましたよっ!」

 

 ジョセフが女性に心当たりがあり、立ち止まる中、ルミア、システィーナ、リィエルがグレンを見つけ一目散に駆け寄っていく。

 

 グレンに駆け寄るなり、たちまち姦しくなる三人娘達。

 

 そんな中、ジョセフは――

 

(え?嘘でしょ?帝国軍から派遣された戦術訓練教官って……)

 

 と、その時。

 

「あ――っ!イヴさんっ!?来てたんですか!?どうして、この学院に!?」

 

 その女性――帝国宮廷魔導士団特務分室室長、執行官ナンバー1≪魔術師≫のイブ=イグナイトをシスティーナが認識し、嬉々としてイブに駆け寄っていく。

 

 それを聞いたジョセフは――

 

「帝国軍から派遣される戦術訓練教官って、≪魔術師≫さんっ!?なんで!?」

 

 ジョセフはイブの姿を見て、びっくらこけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでで。

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