というわけで、どうぞ。
こうして、グレンとイブ、二組の生徒達の強化合宿が始まるのであった。
まずは、早朝訓練。
システィーナの秘密特訓が終了する午前五時頃、合宿所で眠る生徒達が全員叩き起こされ(ジョセフが軍学校時代にやってた起床ラッパで。これがかなり使える)、イヴの指導の下、訓練が行われる。
準備運動、走り込み…特筆することもない鍛錬が始まって。
「さて…まずは軽く、汗を流したところで、本番に入るわよ」
競技場の中心で、生徒達を集めたイブが、すまし顔で髪をかき上げて言う。
「生存戦は、魔術師のあらゆる能力が要求される総合実践よ。一人一人が戦闘と索敵と探索をある程度こなせないといけないってところが、厄介なところね。
でも、貴方達はやっぱり、圧倒的に対人戦の経験が不足しているわ。魔術戦教練を受けていたと言っても精々、生徒達同士で軽くやり合っただけでしょ?まぁ、それでもある程度効果はあるけど。後、二週間で今以上に伸ばせるかと言ったら、無理よ」
「つまり…どうするんすか?」
カッシュが手を上げて、発言した。
「決まってるでしょ。生徒同士で軽くやり合っても効果は薄い。なら、実力が自分より遥かに上の相手との魔術戦を、限界ぎりぎりまで繰り返してやる。……これだけよ」
(まぁ、それだけしかないわな)
「……え?まさか、それって……」
「ええ、そうよ」
イブが薄ら寒く微笑み、ジョセフを指さし、言った。
「――お?」
「今から、彼に向かって遠慮なくかかっていきなさい。まとめて」
そんなイヴの姿に、生徒達がさぁーっと青ざめて、息を呑む。
「安心して、私とジョセフとアリッサで交代交代で貴方達の相手をするけど、一撃で意識を刈り取るような真似はしないわ。痛くしないと覚えないから、それなりに痛くはするけど。貴方達が辛うじて対処できるレベルでやってあげる」
「え、えーと…それって…つまり……?」
「つまり、これから、お前らは精も根も、体力も魔力も尽き果てて、限界を超えて、ぶっ倒れるまで、ひたすらウチらにかかって来いってこと。まとめて。
そして、戦いながら、俺達の立ち回りをよく見とき。ウチらの動きを見ながら、ひたすらウチらの攻撃を防いで、ウチらに一撃を入れることだけ考える機械に…俺の師である『連邦の狂犬』の言葉を借りれば、”冷酷な殺人マシーン”になって、来い。OK?言っとくけど、今回は、殺さん程度に手加減はしとくから」
それは何の理屈も理論もない、単純極まりない訓練だが…俗に言う、地獄というやつではないだろうか?
「というわけで、アリッサ。聞こえたな?殺さん程度に加減しろよ?あと、近接格闘戦は禁止な。いいか、絶対にやるなよ!?お前、この前の訓練で、海兵隊の連中の肋骨何本か折ってるだろ?やるなよ!?」
((((な、何か…今、聞いてはいけないような言葉が聞こえたような気が……))))
アリッサの武勇伝(?)を聞いてしまい、青ざめていく生徒達。
「本当は、もっと優しく教えてあげたいけど時間がないわ。そのための強化合宿よ」
「「「「…………」」」」
「あー、大丈夫。私、この手の訓練で人の限界を見極めるのすっごく得意だから。貴方達の身体を壊すようなことは絶対ないから。その代わり…まだまだ限界に達してないのに、限界を迎えた振りをしてサボったりしたら…わかるわよね?」
薄ら寒く嗤うイヴの右手の指先に、炎が灯った。
((((こ、この人、ドSだ……ッ!?ていうか、危険人物しかいない……ッ!?))))
生徒達がみるみる青ざめていく中で……
「じゃ、別に格式ばった訓練でもないし…早速、開始!」
イブがそう宣言して――
「「「「う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」」」」
ええいままよ、とばかりに、生徒達は慌てて散開し、ジョセフを取り囲んで――
「ら、≪雷精の紫電よ≫――っ!」
「≪大いなる風よ≫ぉおおおお――ッ!」
生徒達が、口々に呪文を叫んでいく。
静かに息を吐き、腰を低く構えるジョセフへ向かって、紫電や突風、冷気弾に火矢に空気弾…ありとあらゆる呪文が雨霰と殺到していって。
ジョセフが、溜めていたエネルギーを解き放つように前方に猛然と駆け出しながら、呪文を唱え始めて。
――競技場を凄まじい怒号が支配した。
…………。
そして――途中、何度かの休憩を挟みつつ、一時間後。
「まぁ…初日はこんな感じちゃいます?」
ジョセフが、悠然と立つその周囲で――
「げほっ…ごほごほがはごほっ!し、死ぬ…死んじゃう……ッ!?」
「ぜはぁー…ぜはぁー…ぜはぁー……ッ!」
疲労困憊でマナ欠乏症寸前の生徒達が、死屍累々と倒れ伏していた。
「く、苦し…こほっこほっ……」
「も、もう駄目ですわ…吐きそう……」
リィエルとアリッサを除く生徒達全員をまとめて一度に相手したというのに、ジョセフは一滴の汗もかかず、呼吸一つ乱していない。今まで一緒に戦ってきたシスティーナすら子供扱いだ。
否応なく、自分達とジョセフの懸絶した実力差を痛感させられる生徒達であった。
「まったく、いつまでヘバってるのよ?これからが本番よ?」
「「「「うぇえええええええええええ――ッ!?」」」」
無慈悲なイブの言葉に、生徒達が悲鳴を上げる。
「……違うわよ。地稽古はもう終わり。今、これ以上やったら、身体壊すだけよ」
「えっ?」
カッシュやギイブルが拍子抜けしたように、目を瞬かせる。
「で、でも、今、イヴ先生、これからが本番だって……」
「ええ、そうよ。ある意味、貴方達に今、一番必要な作業よ。……ついて来なさい」
そう言って。
イブはへとへとの生徒達を促し、学生会館のとある一室へと連れて行くのであった。
そこは学生会館の視聴覚室であった。魔術的に記録した映像資料などを中空へ投射再生する、筐形の魔導装置が設置されている。
そんな部屋で、グレンが待ち構えていた。
「よう、大分、シゴかれたようだな?お前ら」
「ええ、おかげさまでね……」
いつも皮肉っぽいギイブルも、今ばかりはその皮肉にキレがない。
ここで一体、何をやるんだと生徒達が訝しんでいると。
グレンが一つの魔晶石を、ぴんと親指で弾き上げて一同に見せていた。
「この魔晶石には、さっきまでのお前達の地稽古の様子が、映像魔術で記録してある」
「はぁ…朝から姿が見えないと思ってたら、そんなことをやってたんですか?」
「まぁな。で、これからこいつをお前らの前で再生する。よーく、見とけよ?」
一体何のために?グレンの意図がわからず、生徒達は首を傾げるしかない。
グレンは筐形の再生魔導装置に、その魔晶石をセットし、装置を操作する。
装置に取り付けてある水晶から、生徒達の特訓の映像動画が、光の魔術で窓のように中空へ映し出され、再生されるのであった。
…………。
「……これは酷い」
動画再生から十数分。生徒達は皆、顔を真っ赤にして頭を抱える羽目になった。
その動画には、ジョセフ一人を相手に一方的にやられている生徒達の姿が映っている。
……別にやられることはいいのだ。元々、実力差がありすぎるのだから。
問題は……
「うわぁ…今の俺、何やってんだ…意味ねーだろ、その呪文……」
「……今の僕…全然、ジョセフの動きを見てなかったなぁ……」
「ちょ、俺!?なんで、そこで【ゲイル・ブロウ】撃っちゃうんだよ!?どこをどう考えても、それジョセフの誘いだろう!?」
「うあああぁ、俺、ヤケクソになってる…恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……」
訓練中は気付けなかった、自分達の想像を絶するヘタレさ、立ち回りの拙さに、皆、身悶えするしかなかった。
「ちょっと、今のところ止めるぞ?」
そして、それをじっくりと見るグレンは、映像動画の再生を頻繁に止めて……
「おい、ギイブル。今のわかるだろ?お前は連唱後の判断がいつも遅ぇ。そのせいで余計な攻撃をくらってる」
グレンは一人一人の問題点・改善点を丁寧に指摘し、対処法を教授していく。
「連唱後のマナ・バイオリズムの乱れは仕方ねーから、せめて、身体は動かせるように、周囲に注意を払うべきだな」
「わ、わかってますよ…くっ……」
「うーん…カッシュ…お前は、やっぱ突っ込みすぎだな…この映像見りゃわかると思うが、お前、勇猛さをはき違えてるぞ」
「う…そうっすね…すんません……」
「……リン。お前が戦い苦手なのはわかるから無茶は言わねえ。だが、せめて、もう少し目を開けていられるようにな。確かに、この映像のジョセフは怖ぇが、戦いで目を閉じちまうのは致命的だ。戦いに貢献しろとは言わんが、せめて自分の身は自分で守れるようにならないとな」
「は、はい…頑張ってみます……」
こんな大反省会は粛々と進んでいく……
「う…私も疲れてくると、想像以上に杜撰な立ち回りになってるわね……」
「私は、単純に呪文の詠唱速度が遅いかな。もっと速く唱えないと……」
システィーナもルミアも、魔術戦という観点で自分に存在する問題点に頭を悩ませる。
と、その時。
「うわぁ…俺、こんな顔をしてたん」
ジョセフがグレンが止めた映像動画を見て、そう呟いた。
映像に映ったジョセフの目は、明らかにコ ロ スッ!という目をしている。
これは確かに、リンのような子には恐怖しかないだろう。
しかも、ジョセフの体勢が身を低くしながら突っ込んできている――要は、血に飢えた豹か虎みたいな肉食獣、つまり、どこをどう見ても魔術師らしくない戦闘スタイル――だから、尚更だろう。
部屋の隅ではリィエルが参考書の山に囲まれ、不満そうにしながらも、隣にいる生徒会長リゼがリィエルの勉強を手伝っていた。
そして、その後、法医師セシリアが『復活薬』という効果で貴重なものをグレンに渡し。
ツェスト男爵が、下心満々で攻め手の精神支配術の指導を申し出たり(多分、女子限定。もちろん、来るわけない、と思う)。
魔導工学教授オーウェルが十年かけて研究開発した『ハイパーグレートウルトラデラックスエクスサイズマッスルスーツ』とかいう、ネーミングがダサいスーツや天秤に似た魔導機械をグレンに渡していたりと、今や、誰もがグレンの味方になっていた。
皆、マキシムの改革を受け入れるつもりはないらしい。
「なぁ、アリッサ。俺の動きについてなんだが、何か改善点はあるか?」
ジョセフは隣に壁を背に預けているアリッサに、改善点はないか問うと。
「うん、まずここ――」
アリッサは先の特訓で見て感じたことを、淡々と述べていく。
それを、ジョセフは、いつになく真摯に聞き、時に質問したりしながら、アリッサの指摘に耳を傾けていた。
それを――
「…………」
ウェンディはじーっと、二人の様子を見ていた。
「……むぅ」
その表情は悔しそうな、拗ねているような、とにかく複雑な表情をしていた。
二人は同僚で同い年でもあるのか、仲が良いのは明白だ。
任務とか仕事でもだいたい組んでそうな感じもする。
別に、アリッサが悪い人とか、ジョセフをたぶらかそうとかしているわけとか、ウェンディはそう思っているわけではない。
むしろ、昨日接してみたら、歯に衣着せぬ物言いはあるが、根は心優しい子だ。
だが、なぜかウェンディは今の二人のこの様子が面白くない。むしろ、悔しい。なぜか、悔しい。とにかく、悔しい。
自分がああいう風にジョセフの隣に立ち、ああいう風に指摘する。いつかはそんな風になりたいとか思っていたのに、今や、それはアリッサが取ってしまっている。しかも、彼女と自分の実力差は模範クラスとの試合を見れば、歴然としている。
それに…何か根拠があるわけではないが、何か嫌な予感がするのだ。
(ど、どうしましょう…なんか、このままだと…彼女にジョセフが取られそうな気が…なぜ、そう思ってしまうのか、私にはさっぱりわかりませんけど!わかりませんけど!)
どういう立ち回りをしたらいいのか、そんなやりとりをしているジョセフとアリッサに、ウェンディは背中を焦がす妙な焦燥に身悶えするのであった。
「…………」
「……?どうしたの、ジョセフ?顔から汗が出てるけど」
ジョセフは脂汗を流しながら、自分に向けてくる圧倒的なオーラを受けないように顔を逸らしていた。
筐形の魔導装置――映像を見ている生徒達の方から、確かに何か凄いプレッシャーがジョセフに向けられている。
「なーんか、誰かに見られているなぁ~って……」
「……ツインテールの子…ウェンディがさっきからこっちを見ているんだけど」
「…………」
あいつ、本当どうしたんだ?とジョセフは、内心、戸惑いを隠せない。
何かしたか、と言われても心当たりがない。
「本当にどうしたんだよ?あいつ…なんか昨日から様子がおかしいんだけど……」
昨日の模範クラスとの試合後のことを思い出し、ジョセフは溜息を吐く。昨日は昨日で、自分とアリッサがどういう関係なのかやたら聞いてきたのだ。
……背後に黒いオーラを纏って。
「……ったく、昨日はお前と俺の関係をやたらに聞いてきたし、同僚でそれ以上でも、それ以下でもないのに、何を勘ぐっているんだか……」
ジョセフがそう言うと。
「……同僚……」
アリッサはそれを聞いた瞬間、しゅんと、なぜか落ち込んでいた。
「え…?いや、あの…なんで、落ち込んでるの……?」
「……知らない」
プイっとそっぽを向くアリッサ。
「えぇ……」
ウェンディといい、アリッサといい、どうしちまったんだ?
何か俺、悪いこと言ったか?と、片や、ツインテールお嬢からのプレッシャーを受け、片や、上品なお嬢様の謎の不機嫌に、頭を抱えて悩むジョセフなのであった。
短いけど、切がいいからここまで。