ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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パトンラッシュ、やっと原作一巻ラストまできたよ…


12話

 ジョセフ=スペンサーについて話しておこう。

 

 今から十五年前、フェジテで当時伯爵家だったスペンサー家から、一人の男児が生まれた。それがジョセフである。

 

 ジョセフは、幼い時から両親から魔術の手ほどきを受けたり、当時、スペンサー伯爵家と親密な関係を持っていたナーブレス公爵家の屋敷に用事があるたびについていき、そこでウェンディと出会うなど、内外ともに不自由なく過ごしてきた。

 

 十年前、父であるアルバートが事故死した後、ジョセフは母、エヴァと一緒にアメリカ連邦北東部にあるマサチューセッツ州の中心都市ボストンに、移住する。

 

 ジョセフはそこでも母から魔術の手ほどきを受け、電撃系統の魔術を主に扱えるようになる。

 

 やがてジョセフはニューヨーク州ウェストポイントにある連邦陸軍の軍学校に通うようになる。ここで四十年前の奉神戦争で活躍し、『連邦の狂犬』と呼ばれていた―後に師匠である教官に鍛えられ、並み外れた運動能力を持つようになったのはこの時である。

 

 そしていよいよジョセフが軍学校を卒業し陸軍に入隊した矢先、9.11が起き、その時に母親を失う。その後に起きたレザリア王国との戦争にジョセフが所属する連邦陸軍第七軍は北部から上陸し、戦争を終わらせることを目的にした作戦、オーバーロード作戦に投入される。

 

 第七軍に所属していた兵士はこの戦争を終わらせ、勝利する作戦に従事できたため、士気が高かった。特にジョセフが所属していた第十二歩兵師団は、9.11で家族を亡くした兵士が多かったため弔い合戦に燃えていた。

 

 ジョセフも母親を失ってはいたが、自分の力が残された人のためになれることを誇りに思っていた。そして、それが母に対するせめてもの供養になるだろうと思って。

 

 そして、ジョセフ達が勇みよく踏み込んだ先には。

 

 この世のものとは思えない地獄が待っていた――

 

 

 

「う……ぐ……」

 

 ふと、呻き声が上がった方に向くと、グレンが目を覚ましていた。あの状態だと気分は最悪、何もかも最悪な状態だろう。

 

「ここは……どこだ……?」

 

「医務室ですよ、先生」

 

 レイクを倒した後、ジョセフは気を失ったグレンを担ぎ、心配するシスティーナと共に医務室まで運んだ。

 

「あ……気づいた……?」

 

 ベットのそばの椅子にシスティーナが腰かけ、伸ばした両の掌をグレンの身体にあてている。その手には治癒魔術である【ライフ・アップ】の温かな光が灯っていた。

 

「…よ、よかった……もう、だめかと…」

 

 じわり、と。システィーナの目尻に涙が浮かぶ。

 

「馬鹿……もう……本当に馬鹿なんだから……あんな無茶するなんて…」

 

 ジョセフがグレンをベットに運んだ後、携帯していた医療キットで深手を負ったところに包帯を巻くなど応急手当をした。そのためか、グレンの身体のあちこちに血に染まった包帯が巻かれていた。

 

 そのためか、ジョセフの状態はいろんな状態でひどかった。血まみれのグレンを運んだせいで、制服は返り血で赤く染まっていたし、所々グレンほどではないが傷を負っていた所に包帯を巻いていた。

 

 そして、システィーナは恐らくグレンが気を失っている間、ずっと【ライフ・アップ】をかけ続けていたのだろう。その顔には色濃ゆく疲労が浮かび、脂汗と共に青ざめているその顔色はマナ欠乏症の前兆だ。

 

「やめろ……もう、いい…大丈夫だ……」

 

 身を起こそうとするグレンを、システィーナは慌てて押し止めた。

 

「だ、大丈夫なわけないじゃない!?出血は何とか止まったけど、まだ全然、傷が塞がってないのよ!?」

 

「ただでさえ…【ディスペル・フォース】で大量の魔力を使わせたんだ…お前、これ以上無茶したら死ぬぞ…」

 

「その前に貴方が死んじゃうわよ!お願いだから大人しくしててよ!」

 

「だ…が…」

 

「はぁ…もう、私は大丈夫よ。このペンダントの魔晶石に普段から少しずつ蓄えてあった予備魔力がまだ残っているから」

 

 そう言って、システィーナは手に握っていた結晶のペンダントをグレンに見せる。

 

「それよりも今は貴方よ。まだ敵は一人以上残ってるんだから……ジョセフは今、敵を何かの機械で探しているから、貴方を一刻も早く動けるようにしないと……」

 

 理はシスティーナにあると悟ったらしい。グレンはすねたように目を背ける。

 

「悪い…回復頼むわ…すまん…」

 

「はぁ…普段このくらい殊勝だと良いんだけど…」

 

 ため息をつきながら、システィーナは【ライフ・アップ】の施術を続行する。

 

「フィーベル、ちょっと廊下に出てセンサー取り付けてくるわ」

 

「せんさー?」

 

「敵が来たことを知らせる装置や。追撃が来るかもしれんからな」

 

 確かに、今、この瞬間、敵の追撃が始まってもおかしくない状況なのだ。自分が敵なら間違いなく、この機会を狙うだろう。

 

 ジョセフは廊下に出て、適当な場所に装置を取り付ける。すると取り付けた装置から赤い線が出てきて向かい側まで伸びていた。この装置に自分を含めて、グレン、システィーナ、そして今教室にいるクラスの人達には反応しないように設定している。それ以外の人間、つまり敵がこのセンサーに当たると音が鳴るという仕組みだ。これにより敵が近くにいることを知らせる。

 

 恐らく、グレンの方は大人しくしておけば、死ぬということはないだろう。無論、応急手当ではなく一刻も早く本職の医者か白魔術の専門家に診せる必要はあるだろうが。

 

 一通りの作業が終わると、通信機を取り出し、ガルシアに繋ぐ。何か進展があったのか聞くためだ。

 

「ガルシア、今どこまで調べた?」

 

『今、ヒューイという人物を調べている途中だけど、ルミアって子の素性はだいたい調べておいたわ。非常に興味深かったけど』

 

「というと?」

 

『ルミア=ティンジェルは三年前に魔術の名門であるフィーベル家に養女として来ているんだけど、実は養女として出される前の形跡がないのよ』

 

「形跡がない?」

 

『そう、どんなに調べてもね。そこで三年前に帝国で何か出来事とかはないだろうか調べていたら、同じ時期にアリシア七世の娘で帝国王室第二王女が流行り病で亡くなったということが分かったわ』

 

「まさか…」

 

『しかも、この時期って、帝国国内では流行り病はなかったらしいわよ。少なくとも帝都オルランドでは流行っていなかったみたい。一応、画像もあるからそちらに送るね』

 

 通信機からモニターが展開され、ガルシアから送られた画像が映し出される。

 

 それを見たジョセフは目を大きく見開いた。

 

「マジかよ…」

 

 画像には三年前のだったがルミアに非常に似ている子が映っていた。

 

「仮にそうだとしたら…それを知った天の智慧研究会が、ティンジェルを拉致しようとするのもある程度納得はいく」

 

『まあそういう事だから、今からヒューイという人物を調べるわ』

 

「了解、通信アウト」

 

 そう言って、通信を切ると、ジョセフは医務室に向かう。

 

(ティンジェル。君は一体何者なんだ?)

 

 今回のテロはルミアが何らかの利用価値があることを天の智慧研究会が知り、拉致を実行しようとしている。

 

 と、なると、何で天の智慧研究会がその存在を知っていたのか。恐らくは長くルミアと接した人物がそのことを知り、連中に知らせたというほかはないだろう。その中でフィーベル家はシスティーナの両親の性格から考えると、恐らく天の智慧研究会と繋がっているとは考えにくい、グレンも論外だ。と、なると…

 

「いや、まだ決めつけるわけにはいかないか…だが、現時点で最も疑いがあるのは間違いなく――」

 

 そうつぶやきながら医務室に入ると。

 

「……正義の……魔法使いに……なりたかった」

 

 グレンの意識は再び落ちていったようだった。

 

「え?」

 

 突然聞こえてきた細い声に、中庸に保っていたシスティーナの意識が引き戻される。

 

 システィーナとジョセフが目を向ければ、グレンが薄っすらと目を開けていた。

 

 だが、その意識はどうも胡乱の中にあるらしい。目は焦点を結んでいない。

 

「だから、あの時……夢は叶ったって……思った…」

 

「…先生?」

 

「最初の一人目は……誇らしかった…」

 

 何か夢でも見ているのだろうか。

 

 グレンは、なにやら要領を得ないことを誰へともなくつぶやいている。

 

「でも……二人目は……なんか、おかしいと……思った…」

 

「…?」

 

「……三人目で……はっきりと……自覚した…」

 

 システィーナは静かにグレンのつぶやきに耳を傾け続けた。

 

 ジョセフはグレンが何を言っているのかわかっていた。

 

「皆……俺のこと…英雄だって……確かに……多くの人が……救われて……でも…俺は…あぁ…向いて…ない……な」

 

 それを最後にグレンのつぶやきは終わった。再び深い眠りに落ちたようだ。

 

「…誰も最初は人を殺したくて軍とかに入るわけじゃない」

 

 ジョセフがふとつぶやいた。

 

「え?」

 

「軍に入る人間は人を守るためとか軍のほうが稼ぎがよく、楽だから入った…ほとんどそういう連中だ」

 

「……」

 

「だがいざ戦争が起きると、戦地に向かうのは俺達軍人、真っ先に敵を殺し、真っ先に敵に殺されるのも軍人だ」

 

「ジョセフ…貴方…」

 

「俺も友人も人を殺したくて…戦争が好きで入ったわけではなかった…でも、この世は理不尽なもんだ。9.11で家族が殺され、その憎しみに駆られて戦争に行った。そして人を殺し…戦争が終わった頃には友人は死んでいるか、頭がおかしくなっていた」

 

 これまでにないほど暗い表情をして語りだすジョセフに、システィーナは胸を締め付けられた。

 

 普通に魔術学院を通い、グレンが来る前は呪文を覚えた数を競う。自分がそんなことをしていた一方、グレンとジョセフは死ぬかもしれない現場や戦場に赴き、地獄を経験していた。

 

「先生が魔術を極端に嫌いになったのも、人殺しの道具と主張する偏った考えも、過去のことが原因かもしれない。人は一つや二つ、言えない過去があるのさ」

 

「グレン先生…か」

 

 癒しの魔術を維持しながら、システィーナはこれまで単なる不真面目でいい加減なだけの男だと思っていたグレンについてぼんやりと思いを馳せていた。

 

 

 

 あれからどれくらい時間が経ったのか。

 

 ジョセフは通信機を取り出し、ガルシアを呼び出す。

 

『進展はあった?』

 

「いや、あれからドローンを使って敵を探したり、出口になりそうな所は見張っているがまだ見つからない。こんなに時間が経っているのに敵が襲ってこないし、脱出する素振りさえ見えないのが妙なんだが…そちらは?」

 

『ヒューイの経歴に関しては調べたわ。彼、空間系の魔術に関しては天才ね。この論文出していたら、教授どころかトップに立ってもいいぐらい』

 

「そりゃまた、凄いな」

 

『で、彼の現況なんだけど、実はグレン=レーダスが着任する一ヶ月前に失踪しているの』

 

「失踪?こっちは退職したと聞いていたが…?」

 

『多分、それは生徒向けなんじゃないかな?現に、失踪してから一ヶ月間は後任が決まらなかったみたいだし』

 

「彼が失踪してから、今回のこのテロ。しかも一年からティンジェルのクラスの担任…やっぱり」

 

『ええ、貴方の思っているとおりだと思う。私も経歴を一通り調べた後、帝国のモノリス型魔導演算器からハッキングして学院の結界の詳細状況を調べたんだけど、何をやっても内側から外側には出られないようになっているの』

 

「はぁ?それってつまり入ったら最後、出ることができないってことか?」

 

『そういうこと』

 

「おいおい、連中は入ったらどう出るつもりだったんだ?」

 

『さあね。私も理解できない。それはそうと結界の設定が書き換えられてるって話なんだけど…』

 

「その書き換え方の手口が、ヒューイの論文と照らし合わせたら手口が似ていたってことやろ?」

 

『そのとおり。ここまで鮮やかに書き換えてるんだから、書いた本人しかできないことね…』

 

「確定だな。黒幕は彼か…そこまで知ったら十分や。あとは先公と共同でやっていくわ」

 

『了解。武運を祈るわ』

 

 通信を終了すると、黒幕であるヒューイの元に向かうため、医務室に戻る。医務室からは何やら話し声が聞こえてくる。グレンが目を覚ましたのだろう。

 

 しばらくすると、グレンが飛び出してきた。

 

「先生、その様子だとティンジェルの居場所が分かりましたね?」

 

「あぁ、ジョセフ、お前は白猫と一緒に教室に戻ってくれ。」

 

「俺も行きますよ?」

 

「いや、お前は教室に戻れ。お前は今、行方不明という扱いだ。早く戻ってあいつらを、特にウェンディを安心させてやれ」

 

「…了解。でしたら情報をやりますよ」

 

「何だ?」

 

「今回の黒幕は二組の前担任だったヒューイ=ルイセンです。彼は結界の構造を調べた後失踪、ティンジェルの拉致を計画したと思われます」

 

「マジかよ…OK。じゃ、行ってくる」

 

「ご武運を」

 

 グレンは廊下を全力で走っていく。傷が開くだろうが、そんなことも気にする暇はない。

 

 グレンを見送った後、魔力を使い切って疲労困憊で眠っていたシスティーナのもとへ向かう。

 

「すぐには起きないやろうなぁ、仕方ない」

 

 ため息をつくと、システィーナをお姫様抱っこするような感じで抱き上げた。彼女の体勢的にそうするしかなかった。

 

「教室に着く前に起きてくれたらいいなぁ。そん時は降ろすし。さて行くか」

 

 教室に行く途中でシスティーナが起き、彼女が顔を真っ赤にしたまま降ろして教室に向かったのは、それからちょっと時間が経った頃である。

 

 そして教室に戻ると、ウェンディからかなり心配され、落ち着かせるのに苦労するのだった。

 

 

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院自爆テロ未遂事件。

 

 一人の非常勤講師の活躍により、最悪な結末の憂き目を逃れたこの事件は、関わった敵組織のこともあり、社会的不安に対する影響を考慮されて内密に処理された。学院に刻まれた数々の破壊の傷痕も、魔術の実験の暴発ということで公式に発表された。

 

 帝国宮廷魔導士団が総力を上げて徹底的な情報統制を敷いた結果、学院内でこの事件の顛末を知る者はごく一部の講師・教授陣と当事者たる生徒達しかいない。

 

 無論、全てが完全に闇へと葬られたわけではない。

 

 かつての女王陛下の懐刀として帝国各地で密かに暗躍していた伝説の魔術師殺しや、世界を滅ぼす悪魔の生まれ変わりとして密かに存在を消されたはずの廃棄王女、連邦軍がこの事件の解決に関わっていた……そのような出所不明な様々な噂が真しやかに囁かれた。だが、人は飽きる生き物、一ヶ月も経てば誰の話題にも上らなくなった。

 

 事件に巻き込まれた生徒の一人であるルミア=ティンジェルがなぜかしばらくの間、休学していたが、やがて普通に復学していた。朝早く起きれば、今日も銀髪の少女と一緒に元気に学院に通うルミアの姿が見られるだろう。

 

 学院には以前となんら変わらない、平和で退屈な日常が戻って来たのだ。

 

 そして――

 

 

 

「しかし、まぁ、ルミアが三年前病死したはずの、あのエルミアナ王女とはね…」

 

「はい、まさかですよね」

 

 ある晴れた日の午後。

 

 アルザーノ帝国魔術学院講師――もう非常勤ではない――グレンとジョセフはいつものように学院の廊下を歩きながら、ふと、一月前の事件を振り返っていた。

 

 あの事件の後、グレンとシスティーナとジョセフの三人は、事件解決の功労者として帝国政府の上層部に密かに呼び出され、ルミアの素性を聞かされた。異能者だったルミアが様々な政治的事情によって、帝国王室から放逐されたということ。そして、グレンとシスティーナとジョセフの三人は、事情を知る側として、ルミアの秘密を守るために協力を要請された。

 

 因みにジョセフは国防総省に報告書を書く時、このことは書かなかった。異能者だと知れば、連邦政府はどんな手を使ってでもルミアを連邦に『招待』するだろう。自分達に益があれば、本人のことなど考慮せずにやる。それが連邦のやり方だった。(だからこそ世界中から嫌われているのだが…)

 

「まったく…まーた、面倒事を押し付けられたもんだ……」

 

「ですね…」

 

 とは言え、何が変わる物でもない。王女だろうが異能者だろうが、ルミアはルミアだと思うし、システィーナとてルミアの素性を知ったところで、ルミアに対する態度は何一つ変わらない。今も二人、いつも仲良しのままだ。

 

 ジョセフはこの事件の後、今後のことを考えて、グレン、システィーナ、ルミア、学院長とセリカに自分の正体を話すことにした。

 

 自分が、デルタの一員であり、『黒い悪魔』であること。9.11で天の智慧研究会が関与していたため、彼らを壊滅させるために来たこと。自分を含めて十三人、帝都とフェジテにそれぞれいることを話した。

 

 最初は、どんな反応が返ってくるのか珍しく不安だったが、ジョセフが思っていた反応とは逆の反応が返ってきた。

 

「それでも皆を助けてくれたし、システィも助けてくれたんだよね?だから礼を言わせて。ありがとう」

 

「ワシからも礼を言うよ。おかげで誰も死なずに済んだのだから」

 

 と、礼まで言われてしまった。お人好し過ぎるよ。

 

「でも、まぁ、なるようになるさ」

 

 全ては今まで通り。グレンが気楽に考えていた、その時である。

 

「しかし、意外だな」

 

 不意に背後から声がかかった。

 

「先の一件でお前が魔術に関わることはこれから先、もう二度とないと思ったんだがな」

 

 声に応じグレンは気だるそうに振り返った。ジョセフも振り返る。

 

 そこには、どこか機嫌良さそうなセリカがいた。

 

「は?なんだそれ?じゃ、お前の所でスネかじりやっててよかったのか?」

 

 グレンもさも面倒臭そうにそう返す。

 

「はは、ふざけんなよ、馬鹿」

 

 きつい口調とは裏腹にセリカは嬉しさ半分、寂しさ半分といった所だ。

 

「でも、本当にお前、どういう風の吹き回しなんだ?お前がまさか本当に、講師になるなんて言い出すとは思わなかったから……あんなこともあったばかりだしな」

 

 セリカはグレンが両袖に腕を通さず羽織った、学院の正式な講師の証である梟の紋章入りのローブ――まともに着用しない所が実にグレンらしい――に目をやりながら問いかける。

 

 問われたグレンは少しだけ照れ臭そうに頬をかく。

 

「こないだの事件の…ヒューイ、だったか?なんだか他人事に思えなくてな。状況に流され、状況のせいにして思考停止…ま、とにかくだ。自分の人生の失敗を魔術のせいにして拗ねるのはやめたのさ。もう少しだけ前向きに生きてもいいだろってな」

 

「……ふうん?」

 

「それに……」

 

 と、グレンが何か言いかけたその時だ。

 

「あっ、先生!」

 

「…先生ってば!」

 

 廊下の向こうに見慣れた二人の女子生徒がグレンを見つけて駆け寄って来る。

 

 グレンは彼女達を苦笑交じりに流し見ると、両手を開いて肩をすくめた。

 

「……見てみたくなったんだよ。あいつらが将来、何をやってくれるのかをな。講師続けるにゃ充分な理由さ。暇つぶしにはちょうど良いだろ?」

 

 それを聞いてセリカはまるで子供を見守る母親のように温かな微笑を浮かべた。

 

「そうか。頑張れよ?」

 

「……それなりにな」

 

 互いに笑みを交わし合う。

 

 と、そこに銀髪の少女――システィーナが割って入った。

 

「ちょっと、先生!今日という今日は一言言わせてもらいますからね!」

 

「前向きに、ねえ」

 

 ジョセフはシスティーナがグレンに説教する風景を苦笑しながら見ていた。

 

(それも悪くないかもしれない)

 

 しばらくそのやり取りを見ているとグレンがシスティーナに土下座をしていた。廊下の一角がたちどころに騒がしくなる。

 

 最近、この学院の風物詩となりつつある定番の光景だった。

 

「やれやれ、やかましい連中だ…若いってのは羨ましいね」

 

「この二人がやかましすぎるだけだと思いますよ?」

 

「そうかもな」

 

 呆れ半分、苦笑い半分で、セリカとジョセフはその騒ぎを遠巻きに見つめている。

 

「……もう、大丈夫だな。ま、寂しくもあるが」

 

「教授って意外と親バカですね」

 

 セリカはジョセフの腹を小突きながら生徒の足下で土下座している情けない愛弟子の姿を見て、それでも満足そうにつぶやくと窓の外を見る。

 

 窓の外は抜けるような青空で――

 

 いつものように空の城が眩い陽光に映えていた――

 

 

 

 

「今日もいい天気やな」

 

 ジョセフは青空を見てつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと原作一巻終わったよ。

次から、原作二巻に入ります。

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