ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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どうぞ~


130話

 一方――『裏学院』のエントランスホールにて。

 

 そこで待機するグレン達の頭上には、窓のような映像が無数に浮いていた。

 

 窓に映る光景は全て廊下に教室――『裏学院』内の風景のようである。

 

 中には『裏学院』内を彷徨う生徒達の姿が映し出されているものもある。

 

 そして、この『裏学院』校舎内の簡略的な地図を表す映像も、同時に浮いていた。

 

 生存戦の開始から、早三十分――

 

「くっくっく…それにしても壮観な眺めだとは思わないかね?」

 

 まだ盤面に大きな動きがないのが退屈だったのか、不意にマキシムが言った。

 

「この手記は本当に便利な代物だよ」

 

 マキシムが手にした『アリシア三世の手記』を、グレンに見せつけ、ほくそ笑む。

 

「この手記一冊で、『裏学院』の機能を全て管理できるのだ。このように『裏学院』内の光景を光の魔術で投射するなど、造作もないことなのだよ」

 

「へーへー、すげーすげー」

 

 グレンは得意げなマキシムを半眼で流し見ながら、考える。

 

(ったく、あの手記…最早、手記とは名ばかりの魔導書じゃねーか…しかもかなりの力を持つ…どうして、あんなものが、あいつの手に……?)

 

 漂うきな臭さに、グレンは眉を顰めるしかない。

 

(それに…一体、なんだんだ?ありゃ)

 

 グレンが頭上の映像を見る。いくつかの映像に、火遊び厳禁の張り紙が映っている。

 

 この頻度だと恐らく、あの張り紙は『裏学院』全体に満遍なくあるのだろう。

 

(やっぱり、あの警告のメモ書き…何か、関係が……?)

 

「……グレン。……盤面が動きだしたわよ」

 

 イブの言葉に、グレンが我に返る。

 

 イブが視線を向ける先を見上げれば…確かにイブの言う通り、何名かのグレンの生徒達が、マキシムの生徒達と遭遇し始めている窓があった――

 

 

 

 

 

 

 とある廊下にて――

 

「止まれよ、そこのお前」

 

 不意に響き渡った声に、一人廊下を進んでいたシスティーナがふと、足を止めると。

 

 先の廊下の十字路の角から二人。後ろの教室の扉が開いて一人。

 

 合計三人の模範クラスの生徒達が現れ、システィーナを挟み撃ちにしていた。

 

「ふっ…お前だけは、雑魚クラスの中でもちょっと強いみたいだからね…悪いけど、早々に潰させてもらうから」

 

「いくらお前でも、さすがに三人同時は相手にできねーだろ?」

 

「卑怯か?はは、悪く思うなよ?これが”生存戦”だ」

 

 自分達の有利と勝利を確信して疑わない模範クラスの生徒達。

 

 だが、システィーナは何も応じず、無言で身構える。

 

 

 

 

 

 一方、別の廊下にて――

 

 一人、余裕そうに廊下を歩いているジョセフに前後の教室から、四人の男子生徒達が現れる。

 

「おやおや、早くも合流されちゃってたか」

 

 ジョセフは困った、困ったといわんばかしの表情で四人交互に見やる。

 

「はっ、てめぇにはあの時の試合で世話になったからなぁ」

 

「その借りを返してやるよ、アメリカ人」

 

「それに、あのツインテールの女と金髪の女、お前と仲良さそうだな?なら、お前をボコボコにして、あの二人を俺達のものにしてやるよ」

 

「はは、悪く思うなよ?元々、俺達に刃向かったのがいけなかったんだからな」

 

 挟み撃ちにしたことで、自分が有利と勝利を確信し、その後のゲスなことに思いを馳せる模範クラスの生徒達。

 

 だが――

 

「ははは…たった四人だけで?俺に勝てるとでも?どうせなら四十人でかかってこいよ。勘違いの雑魚ども」

 

「なっ――ッ!?ざ、ざ…こぉ……ッ!?」

 

 ジョセフに笑われながら雑魚と言われて神経を逆なでされる模範クラスの生徒達。

 

「ほら、かかってきなはれ、ド素人ども。戦闘ってのを教えてやんよ」

 

 ジョセフは前方の二人に両手を拳銃の形にしてかざす。

 

 

 

 

 

 一方、とある教室にて――

 

「ぉおおおおおおお――っ!ラッキーッ!こいつはついてるぜッ!」

 

 ルミアの前に現れた模範クラスの生徒――ディーンは大はしゃぎだった。

 

「二組の中でも一番の美少女の金髪巨乳ちゃんに、こうしていきなり出会えるなんて…俺、ついてるぅうううう――ッ!」

 

「あ、あはは…どうも……」

 

「あー、大丈夫大丈夫!痛くしないよ、手加減してあげっから!それはそうと、俺が君に勝ったら、俺と付き合ってくんない?ね?いいだろ?俺が強くてカッコいいってとこ、今から見せてあげるからさ!」

 

「えーと…お付き合いは、お断りしますね……」

 

「いいからいいから。女は黙って強い男に従ってりゃいいんだって。てなわけで――」

 

 曖昧に笑って戸惑うルミアへ、ディーンは左手を向けて――

 

 

 

 

 

「は?付き合え?貴方、頭ぶつけた?それとも、元々、おかしいの?」

 

 模範クラスの勘違いオス共の求愛(笑)を曖昧にする少女もいれば、嫌悪を露に断る少女もいる。

 

 アリッサは後者の方で、別の階層の廊下で、模範クラスの男子生徒に毒を吐きまくる。

 

「この女…可愛いのは顔だけで口悪すぎだろ……ッ!」

 

「アメリカ人の女って、マジで生意気すぎだろ。田舎者のくせに……ッ!」

 

「……もういいぜ、やっちまおうぜッ!この女に俺達のような強い男にどう接すればいいのか、教育してやろうぜッ!」

 

 アリッサの歯に衣着せぬ物言いに、神経を逆なでされた模範クラスの生徒達はアリッサに左手を向ける――

 

「……全っ然カッコよくないし、強くないし、むしろ勘違いしているイタイ男にしか見えないんだけど…まぁ、いいわ」

 

 アリッサはそんなイタイ模範クラスの生徒達を見て、溜息を吐き――

 

「……貴方達みたいな勘違い男に、女を舐めまくったらどうなるか…教えてあげる」

 

 両手を拳銃の形にして向けるのであった――

 

 

 

 

 

 また一方、とある階層の遮蔽物のない廊下にて――

 

「……見つけたよ」

 

 廊下を歩いていた模範クラスの生徒――ザックの背後から、不意に声がかかる。

 

 振り返れば、ギイブルがいた。

 

 どうやら、そこの教室の中に潜んでいたらしい。

 

 一応、索敵結界張っていたはずなんだがな…そう舌打ちしながら、ザックが言った。

 

「あ?何の用だよ?」

 

「決まってるだろう?……先日の借りを返しに来たんだよ」

 

 そう言い捨てるギイブルを、ザックはへらへらと笑いながら振り返る。

 

「はっ、雑魚が何、格好つけてんだよ?馬鹿じゃねーの?背後から不意討ちしときゃよかったじゃねーか?まぁ、お前如きの不意討ちを喰らう俺じゃねーけどよぉ?」

 

「御託はいらない。さっさと始めよう」

 

 そう言って、ギイブルは眼鏡を押し上げ、ザックを鋭く睨む――

 

 

 

 

 

 また一方、とある階段の踊り場にて――

 

「あははっ、いたぁ!」

 

「くすくす…どう料理してあげましょうかしらぁ?」

 

「……ウェンディ」

 

「大丈夫ですわ、二対二です。わたくしが前衛を。テレサは援護を頼みますわ」

 

 遭遇した二人組の模範クラスの女子生徒達。

 

 ウェンディは、テレサを庇うように前へ出る――

 

 

 

 

 

 また一方、とある儀式実験室にて――

 

「よっし、やっと一人目見っけ!ったく、俺、どうも引きが悪いな…急がないと他の連中に獲物取られちまうってのに!」

 

「けっ…こないだのように行くと思うなよ!?」

 

 眼前の相手などまるで眼中にない模範クラスの生徒を、カッシュが怒鳴りつける。

 

 

 

 

 広大な区画を誇る『裏学院』のあちこちで。

 

 今、グレンの生徒達とマキシムの生徒達が、次々と激突し始めていた――

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 ――生存戦開始の当初。

 

 マキシムは余裕綽々の表情で、『裏学院』内各所から送られてくる映像を眺めていた。

 

 なにせ、勝敗は決まっているのだ。

 

 自分が教えてきた生徒達は、自分の『正しい教育方針』で、徹底的に魔術師としての武力のみを研鑽し、練度を上げてきたのだ。魔術師に必要ないその他の要素は、その一切合切を切り捨て、自分の考える『最強の魔術師』を、育て上げてきたのだ。

 

 そう、所詮、魔術など戦争のための武器。学問だの、生きるための知恵だの、そんなものは全て無駄。現実の見えない甘ったれどもの理想論に過ぎない。

 

 ならば、その無駄を省き、純粋に力のみを鍛え上げることこそが、真なる魔術師への近道。それこそが正しい魔術教育。

 

 ゆえに、この生存戦は出来レース。負けるはずがない。

 

 勝利が約束された消化試合であり、自分の教育方針がいかに優れているか…それをこの温い平和ボケした学院に知らしめる、最高のデモンストレーションとなるのだ。

 

 そうなるはずだったのに――

 

 

 

 

 

「≪大いなる風よ≫ッ!」

 

「≪雷精の紫電よ≫ッ!」

 

「遅いわ!≪光の障壁よ≫――ッ!」

 

 廊下で魔力と魔力がぶつかり合い、炸裂する。

 

 三人を同時に相手しているというのに、システィーナは自分に向かって飛んでくる呪文を正確無比に捌き続けていた。

 

「ちょこざいな……ッ!?」

 

「なんだ、おかしいぞ…ッ!?三人なら楽勝で勝てるはずだったのに……ッ!」

 

「くそっ!?囲め、囲めぇえええええええ――ッ!?」

 

 自分達がたった一人にあしらわれている――その事実にしびれを切らした模範クラスの生徒の一人が、連携を勝手に乱して、システィーナに回り込もうとして――

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!?」

 

「ぐわぁああああああ――ッ!?」

 

 その生徒の隙を、システィーナが左手で放った雷閃が、すかさず狙い撃つ。

 

「ちぃいいい――ッ!?でも、今だッ!」

 

「≪白き冬の――」

 

 システィーナのそのマナ・バイオリズムの乱れた隙を狙って、残った二人の模範クラスの生徒が、システィーナへ波動冷気の呪文を打ち込もうとするが――

 

 ばちぃ!呪文も唱えずに続いた、システィーナの()()からの雷閃の一撃に、さらに一人の模範クラスの生徒が撃ち倒され――

 

「ば――ッ!?い、今のは――ッ!?」

 

「≪大いなる風よ≫――ッ!」

 

 そして、一呼吸でマナ・バイオリズムを整えたシスティーナが、さらに呪文を放つ。

 

 局地的に巻き起こって収束する【ゲイル・ブロウ】の突風が、最後の模範クラスの生徒を容赦なく吹き飛ばし、壁に叩き付ける。

 

「そんな、馬鹿な…今のは二反響唱(ダブル・キャスト)…ッ!?そんな高等技術……」

 

 その生徒は愕然と目を見開き…やがて、がくりとくずおれ、意識を失うのであった。

 

「よし、決まったわ!さすがイブさん直伝!」

 

 システィーナは油断なく周囲に注意を払いながら、悠然とその場を立ち去っていく――

 

 

 

 

 

「な、なんだよ……」

 

 一方、ジョセフと対峙していた模範クラスの生徒の一人は今、自分達に起きている光景に呆然とするしかなかった。

 

 正確に言うと、()()()呆然としていなかったのだが。

 

「お前、なんなんだよ…?一体……」

 

 模範クラスの生徒は目の前に立ちはだかっているジョセフを見る。

 

 そして――

 

「一体、何をしたぁあああああああ――ッ!?」

 

 模範クラスの生徒がそう叫ぶのも無理はない。

 

 そもそも、この勝負は、自分達が勝てるはずだったのだ。

 

 確かに、この男は強い。あのクラスの中でも金髪の口が悪い女と共に、強い。

 

 だから、腕に自信がある自分達四人がこの男を挟み撃ちにしたのだ。

 

 挟み撃ちにすれば、いくら強かろうが勝てる。

 

 そう思っていたのに。

 

 だが、実際はそれとは真逆の結果になっていた。

 

 ジョセフを囲んでいた他の模範クラスの生徒達は、四人一斉に呪文を唱えようとしていた。

 

 しようとしていた、その時。

 

 ばちぃ!

 

 三人に突然、何の前触れもなく紫電が奔り、そして倒れたのだ。

 

「おかしいだろッ!?俺達が詠唱し始めた時、お前は呪文詠唱をしていたなかったんだぞッ!それなのに、なぜ…ッ!?まさか、予め詠唱をしていたのか……ッ!?」

 

 いや、それにしても()()()()()()()()()()()

 

 だって、こいつは俺達がここに現れるというのが、()()()()()()()()()()みたいな反応だったのだ。

 

 あの間に、予め詠唱できるタイミングなんて、皆無に等しい。

 

 だが、今目の前に展開されているこの光景はまごうことなき現実だ。こいつは自分達よりも速く詠唱して呪文を放ったのだ。信じられないが、それしか説明のしようがない。

 

「……別に?予め予唱していたわけじゃないし、ただ、ちょーっと素早く詠唱しただけやで?あんたらよりも早く手札を切っただけや」

 

「素早く詠唱した!?今のはどう見ても、ちょっとどころの速さじゃねーぞッ!?」

 

 ジョセフのさも当然な物言いに、模範クラスの生徒は信じられんとばかりにそう言う。

 

「……まぁ、強いて言うならば、ウチらの時間の流れを()()()だけなんだけどね」

 

「……は?」

 

 今、こいつ、なんて言った?

 

 時間を弄った?何を言ってるんだ?

 

 ジョセフの意味不明な物言いに、模範クラスの生徒は唖然とする。

 

「いや、実はな、連邦の魔術師の間ではな、固有魔術(オリジナル)を持つっていうのが一種のステータスになってんねん。まぁ、これは帝国でもそうだと思うけど、連邦はそれが顕著でね」

 

「固有魔術…?まさか……」

 

「そう。アンタの思っている通り、今さっきのは固有魔術を使わせてもらったんだ。まぁ、()()()()()()初等呪文しか使っちゃいけないよ、としか言われていないから時間を遅くするのは問題ないはず。ていうか、問題あったら、一発退場になってるし」

 

「…………」

 

「お前らが呪文を唱えようとした瞬間に、俺は自分の時間を早くさせたんや。つまり、周囲の時間をゆっくりするようにしたってこと。周囲の時間をゆっくりさせることにより最初に誰を始末するのか、次に誰を始末するのか、じっくり見極めて狙いを定めることができる。一斉に詠唱しても、ばらつきがあるからな。さっきのはまず、後ろの連中の一人が早かったからそいつを黙らせて、次にお前のお隣にいたやつを。そして、後ろの残りの連中を黙らせた。つまり、俺の固有魔術【死の眼(デッド・アイ)】によって、順番、順番に黙らせたのさ。理解できる?」

 

「嘘だろ…時間を遅くするなんて、そんなこと……」

 

「別に珍しくもないだろう?だって、魔術学院の教授で第七階梯でもある、セリカ=アルフォネアの【私の世界】なんて、時間を()()()ことができるらしいんだから。いやぁ、やっぱ凄いな、アルフォネア教授って」

 

 なんなんだ?

 

 本当にこいつは、なんなんだ?

 

 なんで、こんなやつがこの学院にいるんだ?

 

 もう、こいつが何者なのかまったくわからない。

 

 そんな、ジョセフ=スペンサーという化物を見て、模範クラスの生徒は――

 

「……ち、ちっくしょぉおおおおおお――ッ!?なんなんだよ、こいつはぁあああああああああああああ――ッ!?」

 

 半ば発狂気味に叫ぶのであった――

 

 

 

 

 

 

『……私…負けちゃったんだね……』

 

『だろ?ちょっとは俺の強さ、わかってくれた?』

 

 ディーンが、足下に力なくぺたんと座り込んで俯くルミアを見下ろしている。

 

『でも…ディーン君、凄いね。そんなに強いなんて…素敵……』

 

『ははは、ようやくわかってくれたみたいだね!どう?惚れた?』

 

『う、うん…私…貴方みたいな人、初めてだよ……』

 

『で?俺の女になってくれる気になった?』

 

『うん…よろしくお願いしますね、ディーン君……』

 

 そう消え入るように呟いて、真っ赤な顔のルミアがディーンを見上げて……

 

 ……と、そんな幸せな夢を見て、眠りこけているディーンを。

 

「……ぐがー…ぐがー…ぐがー……」

 

「あはは…ごめんね」

 

 ルミアは苦笑いをしながら、見下ろしていた。

 

 魔術戦が始まった直後、呪文を改変して、黒魔【ショック・ボルト】と見せかけて、白魔【スリープ・サウンド】を起動したのだ。

 

 ルミアを格下と舐めきっていたがゆえに、ディーンは対抗呪文の選択を完全に間違え、ご覧の有様であった。

 

「……でも、私達、負けられないから」

 

 そのいつもどこか緩やかな顔を、この時ばかりは凛と引き締めて。

 

 ルミアも次なる戦場を求めて、歩き始める――

 

 

 

 

 

「はぁー…まぁ、こんなもんかしら?」

 

 アリッサは髪をかき上げながら、周囲を見渡す。

 

 周囲にはアリッサを囲んでいた模範クラスの男子生徒達が、全員股間に手を当てながら倒れていた。

 

 アリッサが何をしたのかというと、魔術戦が始まった後、先手を打とうと呪文を唱え始めたのは、模範クラスの生徒達であった。

 

 先に呪文を唱え、一気に勝負をつけようとするのだが――

 

「≪遅い≫」

 

 と。自分の足下に向かって、波動冷気を撃ち込む。

 

 途端、冷気の嵐がアリッサと模範クラスの生徒達を飲み込み、廊下はたちまち、真っ白に染まっていく――

 

 そこからは、アリッサの一方的な虐殺だった。

 

 アリッサは前後にいる模範クラスの生徒達にそれぞれ左右の腕を向け、【ショック・ボルト】を乱射したのだ。連邦軍お得意の火力ゴリ押しである。

 

 そこまで広くない廊下に無数の雷閃が、模範クラス生徒達の主に下半身に集中して殺到し――

 

 ――そして、現在に至るのである。

 

「さて、次、次」

 

 アリッサはそんな模範クラスの生徒達に目もくれず、普段のゆったりとした足取りでその場を去っていく――

 

 

 

 

 

「な、なんなんだ。お前……ッ!?」

 

 ザックは驚きを隠せなかった。

 

「≪虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮≫――ッ!」

 

 ギイブルが放った【スタンボール】の圧縮空気弾が飛んでくる。

 

「ちぃ――≪大気の壁よ≫ッ!」

 

 ザックは慌てて、【エア・スクリーン】を唱え、空気障壁を自分の周囲に展開。

 

 圧縮空気弾の炸裂が巻き起こす、大音響と振動衝撃をいなす。

 

「くっ…≪雷精の――」

 

 びりびり震える大気の中、反撃をばかりに、ザックがギイブルへ指を差すが――

 

 ギイブルの姿がない。彼はすでに近場の教室内へと飛び込んでいたのだ。

 

「や、野郎――ッ!逃げんじゃ――」

 

 ザックがそれを追って、その教室内に飛び込もうとするが――

 

「うおッ!?」

 

 扉から顔を出した途端、三本の雷閃が教室内から飛来し、慌てて顔を引っ込める。

 

「クソがッ!≪白き冬の嵐よ≫――ッ!」

 

 苛立ったザックが、手だけ教室内に差し入れ、波動冷気を撃ち込む。

 

 たちまち、教室内に冷気の嵐が渦を巻き、真っ白に染まっていく――

 

「へへ、どうだ…これで何も見えねえだろ……?」

 

 どう料理してやろうかと、ザックが悠然と教室内へ足を踏み入れようとすると――

 

「≪大いなる風よ≫!」

 

 ザックの背後から呪文が上がった。

 

 ギイブルだ。ギイブルはすでにその教室後方の扉から、廊下側に出ていたのだ。

 

「な――」

 

 ザックの背後から、突風の戦鎚が殴りつけるように渦を巻いて迫ってきて――

 

「た、≪大気の壁よ≫ッ!」

 

 辛うじて【エア・スクリーン】の展開が間に合うが――

 

「ぅおおおおおおおおおおおおお――ッ!?」

 

 その突風の威力で、ザックの身体がそのまま十数メトラほど押し下げられ、その靴底を盛大にすり減らされるのであった。

 

「ふん……」

 

 ギイブルは眼鏡を押し上げながら、そんなザックを鋭く油断なく睨み付けている。

 

「くっそ…マジでなんなんだよ、お前……ッ!?」

 

 ザックが悔しそうに歯噛みする。

 

 ギイブル…この間の決闘戦の時と比べて、特に魔術の技量が変わったわけではない。

 

 ただ――一瞬の判断力が段違いだった。

 

 以前と比べて、次に差す一手の取捨選択が、まるで別人のように速く正確なのだ。

 

「お前、この二週間で一体、何をやった……ッ!?」

 

「御託はいらないと言ってるだろ?……かかってこいよ」

 

「ちっ…調子に乗りやがって…ッ!いいぜ、本気でやってやるよっ!へっ…俺の速ぇ立ち回りについてこられるかなッ!?」

 

「ふん…君の立ち回りなんて、イブ先生と比べたら、遅すぎて欠伸が出るね」

 

「舐めんなッ!≪雷精よ≫ッ!≪第二射≫ッ!≪第三射≫ッ!」

 

 不意にザックが【ショック・ボルト】を三連唱する。

 

「ふん」

 

 その一射目、二射目を、ギイブルは見切って、体捌きでかわし――

 

「≪災禍霧散せよ≫――」

 

 その三射目を【トライ・パニッシュ】で打ち消し(パニッシュ)――

 

「な――ッ!?」

 

「――≪雷精よ≫ッ!」

 

 それはまるで、どこかで見た光景の焼き直し――驚愕に固まるザックに向かって、ギイブルは意趣返しだとばかりに【ショック・ボルト】を撃ち返す。

 

「ぐわぁああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 ギイブルの放った紫電が、ザックの左手を撃つ。

 

 先日の決闘戦で、自分がギイブルにやったことをそっくりそのまま返され、ザックは屈辱に打ち震えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ここまででごわす。

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