ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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どうぞー


131話

 

 

「これは一体、どういうことなのだッ!?」

 

 ずだんっ!とマキシムが地団駄を踏む音が、ホールに寒々しく響き渡っていた。

 

 頭上に無数に浮かぶ映像が、厳然と告げている――模範クラスの大苦戦を。

 

 ――否、むしろ、苦戦どころか、完全に圧倒されている。

 

「馬鹿な…ッ!この私の”正しい教育方針”で教えられた生徒が、こんな温い学院の連中に、あのような苦戦をするはずがないのだッ!完膚なきまでに圧勝して然るべきなのだッ!なのになぜ――ッ!?」

 

 驚愕と屈辱に顔を真っ赤にしたマキシムが、グレンを振り返る。

 

「ありゃまぁ…こりゃ、思ってた以上に凄くなってるわ、あいつら……」

 

 見れば、グレンすらも目をぱちくりさせながら、生徒達の活躍を見守っている。

 

 となると、この大番狂わせの立役者は……

 

「イブ君…君、一体、何をした!?どんな訓練を施したのだッ!?」

 

 すると、イブは髪を手ぐしで梳き上げながら、淡々と突き放すように言った。

 

「……別に?貴方が普段、生徒達にやらせていることを、改めてあの子達に、しっかりやらせただけよ?……もっと高いレベルで」

 

「な…ッ!?それだけで、こうなるわけが……ッ!」

 

「彼らには元々、あれくらいの力があったのよ、ただ、まだ上手く使いこなせていなかった…というだけで」

 

「う、嘘だ…この学院の連中にそんな力があるわけないのだ…ッ!?こんな温い方針に染まった、”間違った”教育現場で……ッ!」

 

「単純な話よ。貴方の教育方針とグレンの教育方針。魔術師としての力のみを効率的に追い求め、土台作りを無駄なものと切り捨てた者。力なんか求めず、効率度外視で魔術師の土台をこつこつと築き上げてきた者。……最終的に上になるのは、どっちか?」

 

「ぐ……」

 

「もう、どう見ても結果は出ているわ。認めたら?貴方の教育方針は”間違っていた”のよ。……最初からね」

 

「そんな…そんなはずが…ッ!?わ、私が…私の方針がぁ……ッ!?」

 

 ぎりぎりと憤死寸前の表情で、頭上に映し出されている映像を凝視する。

 

 今やマキシムの生徒達は、グレンの生徒達に次々と討ち取られていっていた。

 

 趨勢がどちらにあるのか、火を見るより明らかであった。

 

 

 

 

 

 そして、グレンの生徒達の快進撃は止まらない――

 

 ばちばちばちっ!

 

「ぎゃああああああああああああああああああ――っ!」

 

 紫電を身体に漲らせて、ばたりと倒れる模範クラスの男子生徒。

 

 そのすぐ傍に、左手をまっすぐ伸ばしたリィエルが無表情で突っ立っている。

 

「ん。大発見。相手の身体に直接触ったら、わたしでも呪文、当たる」

 

 そんなことを、リィエルはどこか誇らしげに呟いていた。

 

「……勉強した甲斐あった。……何を勉強したかよく覚えてないけど」

 

 リィエルの新しい力――【ショック・ボルト】の零距離射撃。

 

 そのあまりにも本末転倒な新技をひっさげて、リィエルは次なる獲物を求め、彷徨う。

 

 

 

 

 

 

 ――。

 

 それは、『裏学院』の生存戦本番の前日のこと。

 

 学生会館宿泊棟の談話室にあるソファにて、女子生徒が男子生徒に膝枕をしていた。

 

 女子生徒――ウェンディは、談話室に男子生徒――ジョセフが書類と睨めっこしているのを見かけ、談話室に入った。

 

 声をかけたら、ジョセフの顔から疲労が色濃く出ていたので、見かねたウェンディがソファに座り、自分の膝をぽんぽんと叩いて膝枕するから頭をのせろと促してきたのだ。

 

 最初は渋っていたジョセフだったが、ウェンディがやけに怖い笑顔で圧をかけてきたので、仕方なくソファに横になり、ウェンディの膝に自分の頭をのせるのであった。

 

 そして。

 

「初日に決闘戦をした時、模範クラスのことをどう思ったかって?」

 

 ジョセフはウェンディからそう聞かれ、顎に手を当ててしばらく考える。

 

「そうだねぇ…確かに手札の切り方は素早いなと思ったね。マキシムがいかに切り方だけを教えていたのか、あの一戦だけでわかったよ」

 

 それを聞いたウェンディは、いつもの強気のような顔ではなくどこか不安げな顔をする。

 

 この二週間、イブとグレン、ジョセフとアリッサにしこたま鍛えられたおかげで練度がメキメキ上がっているのは確かなのだが、それでもいざ生存戦当日が明日に迫っているせいか、どうしても不安というものがでてくる。

 

「今のお前の心境は、明日の生存戦で初日みたいにボコられるんじゃないか不安なんだろ?」

 

「うっ……」

 

 どうやら、今のウェンディの心境はジョセフには見透かされているようだ。

 

「顔にでてるぞ、顔に。……お前ってそういうところはわかりやすいんだよなぁ…って、痛たたたたたたッ!?そんにゃに頬をつねるんにゃないッ!」

 

 なんか無性に腹が立ったので、ジョセフに頬をつねるウェンディ。

 

「いひゃい、いひゃいっ!?わひゃった!わひゃったふぁら、ひょにょふぇはなひへっ!?」

 

 ぎゅうっ!っと、つねるウェンディに根負けしたジョセフが涙目になりながら、離すように懇願する。

 

 なんかジョセフのリアクションが可愛いからこのまま続けたいと思ったが、話が進まなくなるのでつねっている手を離す。

 

「あー、痛かった…んで、話の続きなんだけど…連中って早いっちゃ早いんだけどさ…ぶっちゃけそれだけなんだよね」

 

「え?……早いだけって……」

 

 目をぱちくりさせるウェンディに、ジョセフはくっくっと笑いながら頭を動かし、ウェンディの顔を見上げる。

 

「……ウェンディ、もし連中に遭遇したら、ちょいっと駆け引きしてみ。連中、面白いほどに引っかかると思うから。大丈夫、今のお前ならできるさ。魔術師は騎士じゃないからな。別に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ジョセフはにやりとほくそ笑みながら、そう言うのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――。

 

「こっちですわ!テレサ、早く!急いでくださいましっ!」

 

「え、ええ……ッ!」

 

 ウェンディがテレサの手を引いて、廊下を走っている。

 

「きゃははは――っ!待ちなさいよっ!」

 

「逃がすと思ってるわけ――ッ!」

 

 そんな二人を追う、模範クラスの女子生徒二人。

 

 ウェンディとテレサは、その模範クラスの女子生徒達と二対二の魔術戦を行っていたが――しばらくすると敵わないと見たのか、脱兎の如く逃げ出したのである。

 

 ウェンディとテレサは、ちらちらと後ろを振り返りながら、逃げ続け――

 

 やがて、廊下に引いてある妙な線を踏み越えていく。

 

 模範クラスの女子生徒二人は、その線に気付かず、それを踏み越えようとして――

 

 ばちんっ!

 

「「キャアアアアアアアアアアアアアア――ッ!?」」

 

 途端、その線に沿って紫電が壁のように立ち上り、それをもろに受けた模範クラスの二人は呆気なく失神して、倒れてしまう。

 

「よしっ!上手くいきましたわ!」

 

「模範クラスの方々だけに反応する条件起動式の魔術罠…成功ですね」

 

「別に、真正面から切って戦うだけが魔術師じゃありませんものね!」

 

 ウェンディとテレサが、にやりと笑い合ってハイタッチするのであった――

 

 

 

 

 

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

「≪大いなる風よ≫――ッ!」

 

 無数の紫電が、殴りつける突風が、リンへと殺到する。

 

「か、≪輝く壁よ・彼の災禍を阻みて・我を護れ≫……ッ!」

 

 だが、リンは恐怖で今にも閉じてしまいそうな目を必死に開き、黒魔【フォース・シールド】を詠唱。

 

 眼前に展開した光の障壁で、本当にギリギリで身を守る。

 

「はぁ…ッ!はぁ……ッ!」

 

 疲労で大きく息を吐き、涙目になっているリン。

 

 それでも、リンは次なる攻撃に備え、おどおどと震えながら身構える。

 

「くそ…いつまで粘るんだよ、このチビ女……ッ!」

 

「さっきから何一つ反撃しない雑魚のくせに、生意気な……ッ!」

 

 模範クラスの生徒二人が、苛立ったようにリンを睨む。

 

「もう諦めなさいよ?貴女…防御の練習はそれなりに積んでるみたいだけど…攻撃はできないんでしょ?」

 

「ああ、お前、さっきから何一つ反撃しないもんな!」

 

「…………ッ!」

 

 そう、リンがこの二週間やったことは、グレンの方針でイブを相手に、ひたすら相手の攻撃から、自分の身を守る練習だけだった。

 

 リンに相手を倒す手段など何一つない。

 

 元々、リンは性格的にも能力的にも、戦いにまったく向いていないのだ。

 

 だが、それでも。

 

(い、一発でも相手に多く呪文を撃たせれば…少しでも疲れさせれば…私も…皆の役に…立てるよね?わ、私には…これくらいしか……)

 

 ぐしっと、涙を拭って、リンが身構える。

 

「ちっ…しゃらくせえっ!おい、ファラ!次で決めるぞ!」

 

「ええ、ジェリド、合わせてっ!≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

 再び、模範クラスの生徒二人が、リンに向かって一斉に呪文を唱え――

 

「か、≪輝く壁よ・彼の――うっ」

 

 疲労が重なったためか、対するリンは呪文を噛んでしまい――

 

 自分に向かって飛来してくる紫電を、為す術もなくリンが見つめていると――

 

「リィイイイイイイイイインッ!」

 

 何者かが【フィジカル・ブースト】で強化した身体能力で、その間に飛び込んでくる。

 

 自らの身体を、リンを護る盾とする。

 

「か、カッシュ君!?」

 

「無事だったか!?」

 

 燻ぶる紫電が自らの身体を食い荒らすのも構わず、カッシュが剛毅に笑っていた。

 

「よく頑張ったな、下がってろっ!≪虚空に叫べ・――」

 

 そして、カッシュは、模範クラスの二人へ向かって、呪文を唱え始めた。

 

「はっ!遅ぇよ、雑魚がっ!≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

「≪凍てつく氷弾よ≫ッ!」

 

 模範クラスの放った【ショック・ボルト】の紫電が、【フリーズ・ショット】の凍気弾が、呪文詠唱中のカッシュを容赦なく撃ちつける。

 

 が――

 

「≪――・残響為るは・――≫」

 

 激しい紫電が身体を締め上げようが、盾代わりにした右腕や足が氷漬けにされようが――カッシュの呪文詠唱は止まらない。

 

「こ、こいつ!?まさか【トライ・レジスト】を予め何重にも――ッ!?」

 

「なんて、脳筋――」

 

「≪――・風霊の咆哮≫ッ!」

 

 驚愕に固まる模範クラス達の前で、カッシュの呪文が完成。 

 

 圧縮空気弾が弧を描いて飛び――着弾。

 

「ぎゃあああああああああああああああ――ッ!?」

 

「嫌ぁあああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 その炸裂音と振動で、模範クラスは容赦なく吹き飛び、失神するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ばちっ!

 

「ぐわっ!?」

 

「リデル!?くそっ、またか……ッ!?」

 

 その模範クラスの三人の集団は焦っていた。

 

 なにせ、さっきからどこからともなく【ショック・ボルト】で狙撃されてるのだ。

 

「一体、どこに潜んでやがる、卑怯もんめ……ッ!」

 

「ちくちくちくちく、うぜぇ…ッ!?くそっ!」

 

 そんな、彼らから離れた廊下の先――階段付近。

 

 黒魔【セルフ・トランスパレント】――自己透明化の呪文と、黒魔【ノイズ・カット】――音遮断の呪文を自分に付呪し、完全に隠密潜行しているセシルの姿があった。

 

 今のセシルは、模範クラスの連中程度の索敵結界には捉えられないのだ。

 

「…………」

 

 無論、これだけ深層意識領域リソースを、隠密系呪文の維持に割けば、当然、相手を一撃で倒せるような攻性呪文は、セシルには撃てない。

 

(でも、これでいいんだ…やつらに、見えざる敵がいると、プレッシャーを与え続け、疲れさせる…セコく削る。僕は裏方…これでいいんだ……)

 

 多少後ろめたいが、心を鬼にして。

 

 セシルは、慌ててその場を離れていった模範クラスを、ゆっくりと追い始める……

 

 

 

 

 

 

「くそっ…おのれぇええええええ――っ!」

 

 不甲斐ない模範クラスの生徒達の姿に、マキシムの苛立ちは最高潮に達していた。

 

「メイベルはどうしたのだ!?私の生徒達の中でもっとも優秀なメイベルはどこ行ったのだ!?早く、あの忌々しい連中を駆逐したまえ、メイベルぅううううう――ッ!」

 

 マキシムが頭上の窓映像に向かって吠えたてる。

 

 だが、無数にある窓映像のどこにもメイベルの姿はなかった。

 

 この映像魔術でフォローしきれない場所にいるのだろうか?

 

「やれやれ。メイベル…こないだの模擬魔術戦で、白猫を圧倒したあの女子生徒か」

 

 グレンが苦々しく呟く。

 

「ええ、マキシムの生徒達の中で、あの子だけは本当に学生詐欺の規格外よ。私もジョセフとアリッサ以外、メイベルを見たらとにかく逃げろとしか、あの子達には教えてないわ」

 

「……だろうな。それで正解だよ」

 

「彼女が本格的に動きだす前に、なんとか、システィーナやギイブルら、二組の主力とジョセフとアリッサが合流しておきたいところね……」

 

「ああ、メイベルなら、この状況を一人でひっくり返しかねんしな。……冗談抜きで」

 

「まったく、とんでもないのが、いる所にはいるんだから…ジョセフとアリッサの全魔術とリィエルの剣術と錬金術を解禁して欲しいくらいだわ、もう」

 

 だが、そんなグレンとイブの懸念を余所に――

 

 メイベルはいつまで経っても、一向に姿を現す気配がなかった。

 

「メイベルぅうううううううううううううううううううううう――ッ!」

 

 エントランスホールに、マキシムの怒号が響き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そこは、四方を書架に囲まれた書斎のような部屋であった。

 

 奥に据えられた高級感あるマホガニーの机には、何らかの資料や、火の灯った燭台、ペーパーナイフ、羽根ペン、インク壺などの筆記用具が置かれている。

 

 そして、開きっぱなしの机の引き出しには、火打ち石式拳銃(フリントロック・ピストル)が入っていた。

 

 このまま、すぐに執務机として使えそうな…というより、何者かがつい先ほどまでここにいて、今は席を立っているだけのような…そんな雰囲気が漂う部屋だ。

 

 机上の燭台が灯す炎の揺らめきが、闇を淡く払い照らすこの部屋は――知る人ぞ知るだろう『裏学院』の学院長室――アリシア三世の部屋だ。

 

 真っ当な手段では、ここに到達できない。ここは魔術的な細工によって『裏学院』の校舎内を、決まった道順で通過せねば発見・入室できない、『秘密の部屋』なのだ。

 

 その正しい道順――暗証呪経路(パスルート)を知る者は――故・アリシア三世のみ。

 

 だが、その誰も立ち入れないはずの部屋の机の傍に、今、一人の少女の姿があった。

 

 メイベルだ・

 

 彼女は衣服を脱ぎ捨て、上下の下着姿になっていた。

 

 そして、執務机の上にあった羽根ペンとインク壺を使って、燭台の明かりを頼りに、自分の全身のあちこちに、何か文字をつらつらと書き連ねていた。

 

「……このインクがまだ残っていて、本当に良かったです」

 

 誰へともなく呟く間も、メイベルは自分の柔肌に文章を書いていく作業を止めない。

 

 その手つきは、どこか書き殴るように乱暴で、手早い。

 

 まるで何かに急かされているような…そんな鬼気迫る勢いであった。

 

「……後、少し…もう少しで再編纂が終わる…彼女の支配から解かれる……」

 

 書く。書く。書く。

 

 何事かを呟きながら、メイベルは自分の身体へ、必死に文章を書き続ける。

 

「急げ…急がないと……」

 

 つ、と。常に硬質な美貌を湛えたメイベルの額を、一筋の汗が伝う。

 

「来る…彼女が…来る。来てしまう……ッ!」

 

 闇の中。そんなメイベルの呟きを聞く者は――誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







今回はここまで。

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