さて…ちょっと気が早いけど、十二章、どうしようかな~?
スノリアにするか、ナーブレス領でハチャメチャするか、「おいちゃん、連邦に帰る!」にするか……
すごい迷っている今日この頃……
そこは裏学院校舎第二階層、南の大講義室。
位置と構造的に、裏学院中に散らばった生徒達が避難するのに一番適していると、グレンが判断した場所だ。
石机が段状に並ぶその部屋に、今、避難してきた生徒達が続々と集まってきている。
「……簡易的ではありますけど、結界を張りました。これでしばらくは、あの本の怪物達も入ってこられないでしょう」
メイベルはどこからともなく取り出した本の頁のような紙を、この大講義室へと続く三つの出入り口の付近に、ペタペタと貼りながら、そんなことを呟く。
グレンは舌打ちしながら周囲を見渡した。
そこには……
「あ、危なかったわね……」
「うん、そうだね」
「ん、大丈夫。システィーナとルミアは、わたしが守る」
なんとか無事にここへ辿り着いたシスティーナやルミア、リィエル。
「くそ…また、なんかとんでもねえことに巻き込まれちまったようだぜ……」
「みたいだね。どうなることやら……」
「お前…どこも本になってないな?」
「ええ、なんとか突破しましたわ」
それに、ジョセフ、アリッサ、カッシュ、ギイブル、ウェンディ、テレサ、セシル、リンら、二組の生徒達。
「ひぃいいい…い、一体、なんなんだ…なんなのだ、アレは……ッ!?」
「嫌だ嫌だ嫌だ…助けて…誰か助けてくれよぉ……」
そして、寄り集まって蹲り、震えて頭を抱える、マキシム達模範クラスの姿があった。
最終的に、ここに辿り着けた生徒達の総数は約三十名弱。半分以上の生徒達はここに至るまでに、あの本の怪物に触られ、本にされてしまったようだ。
二組の生徒にも、模範クラスの生徒にも多大な犠牲者が出てしまっているが…生き残りの数は、二組の方が圧倒的に多い。比率にすれば四対一くらいだ。
なんだかんだで、先の事件で生死の修羅場をくぐり抜けた…その本当の実戦経験の差が、いざという時の冷静さと対応力を露骨に左右した形となっていた。
(くそ、どうすりゃいい?)
グレンは、生徒達の不安げに縋るような目を一身に受け止めながら考える。
(……生き残りをこの広い空間に集めて、マキシムの『アリシア三世の手記』で、表学院への『門』を開き、脱出させる予定だったんだ。だが…件の手記は妙な化け物へと変わり果て、失われちまった…脱出手段がねえ…どうする……?)
この絶望的な状況に、グレンが痛んでくる頭を必死に押さえていると。
「なぁ、メイベルさんよ」
ジョセフがメイベルの下へ歩み寄っていく。
そして。
「……アンタ、誰?」
ジョセフは、メイベルにそう言った。
「…………」
「いやぁ、前から不思議に思っていたんだよね。だって、二組とイブさんの特訓開始日の早朝、グレン先生と何か話してたよな。『裏学院は危険だって』…あれ、何で危険だって断言できたん?それと、最初に『裏学院』を見た時、そんなに驚いてなかったしな。それとな、これはちょいと調べたんやけど、マキシムの私塾の教え子、つまり模範クラスの生徒に
「…………」
「何者なん?いや、そもそも…アンタ、
ジョセフからそう問われると。
「こうなることは…わかっていたんです」
メイベルはようやく口を開いて話し始めた。
「だから、貴方達にはこの裏学院での生存戦から手を引いて欲しかったんです。文章で警告もしたんです。せめて、私が
「おい、お前。とりあえず、知っていることを全部話せ。全部だ」
当然、グレンはメイベルを警戒しつつ、そう問い詰めた。
「お前は何者だ?あの化け物どもはなんなんだ?この裏学院はなんなんだ?」
「そうですね…一体、何から話すべきでしょうか。まずは私の正体でしょうか?」
すると、メイベルは一呼吸置いて、言った……
「私はマキシムが掴まされた偽物ではない…本物の『アリシア三世の手記』です」
……あまりにも意味不明すぎることを。
「おい、バカ野郎。ふざけてる場合じゃねえぞ?」
「ふざけてなんかいません」
グレンの怒りをさらりと流し、メイベルは左袖をまくった。
そして、右手でその左手を爪弾くと。
パラパラパラ…その左手がまるで本の頁のようにめくれた。
「――――ッ!?」
それを目の当たりにしたその場の一同に、驚愕と動揺が走る。
「これで、わかりましたか?そこの彼の言う通り、私は人間ではありませn。”本”なのです」
額に脂汗を浮かべて硬直するグレンにメイベルが続ける。
「私の生みの親…執筆者はタイトルの通り、アリシア三世です。正確には、アリシア三世の人格と記憶を複製した一種の魔導書的存在が、この私、メイベル。
生前の、アリシア三世は、こうなる時に備えて、私を学院付属図書館の封印書庫の奥で、密かに眠らせていたのです。
普段の私は本当に手記の姿ですけど、有事の際には、アリシア三世の少女時代の姿形を取って、事態を収容すべく行動を起こすよう、
この裏学院は、とある邪悪な魔術儀式場。私はその儀式の完遂を防ぐために――」
「ちょっと待てよ」
すると、グレンが警戒も露わに吐き捨てる。
「いきなり話がおかしいだろ。アリシア三世がこんな事態に備えて、お前を残していただと?このクソったれな裏学院を作ったのは、アリシア三世だろうが!?」
「なるほど…そういうことか……」
ジョセフが納得したように言う。
「おい、ジョセフ。どういうことだ?」
「アリシア三世は…二重人格障害者だったんだと思います」
「な……?」
「ご名答です。アリシア三世は『魔導考古学』を研究するうちに、”
「つまり…この『裏学院』を作ったのは……?」
「そう、狂気に陥ったアリシア三世。そして、この私を残したのは、辛うじて正気を保っていた、アリシア三世。
狂気の彼女は『裏学院』を使った、とある狂った儀式を断行しようとし、正気の彼女はそれを止めるために私を残した。
彼女は二つの人格の間で、完全に自己矛盾な行動を取っていたのです」
「…………」
「少し…長い話になります。どうか、聞いてください」
すると、メイベル…『アリシア三世の手記』は、ぽつぽつと語り始めた。
それは、本である
偉大なる女王にして、教育者でもあったアリシア三世。
晩年、『魔導考古学』に傾倒した彼女は、ある時、唐突に発狂してしまった。
「理由は不明です。こればかりは、私にも記述がないからわからないのです。ただ、彼女は『魔導考古学』を研究する過程で、”
「その対抗するための力ってのは、なんだ?」
「それは…
また、その名前か。
厄介ごとの先々で、先回りするように出てくるその単語に、グレンが苦い顔をする。
「狂気の彼女は、その禁忌教典に限りなく近づいた『Aの奥義書』と呼ばれる本を作り上げることを目的としていました。その本を作るために必要な参考文献は…人間」
「おい、まさか……?」
「はい。狂気の彼女は、その人格と記憶をベースに『Aの奥義書』を作り、本化させた人間を大量に『Aの奥義書』へ取り込むことで完成品を作り上げようとしました。人間を構成する大量の情報の中に、禁忌教典へと至る道がある…そう考えていたのです」
「だから、本の怪物に触られた者達は、本に変えられていたのか…せやけど、どうやったら、人間を本に変え、情報化するんだ?」
ジョセフの問いに、メイベルは辺りを見回しながら言った。
「この裏学院は、そのための巨大な魔術儀式場。『特異法則結界』という魔術をご存知ですか?異界の内部を、通常の世界法則とは異なるルールで支配する魔術です。人間を本に変え、情報化するなどという超常現象が起きる理由は、まさにそれです。
この世界で『Aの奥義書』の断片…あの本の怪物に触れた者は、その身体を本に作り替えられてしまうんです」
「…………」
「でも、そんな狂気に墜ちた彼女の計画は頓挫しました。
いざ生徒達を犠牲にする前に、正気の彼女がギリギリでそれを止めたんです。
正気の彼女は、その人格をベースに私を執筆した後、『Aの奥義書』を『裏学院』の最奥に押し込め…そのまま『裏学院』そのものを封印してしまった。
そして…自殺したんです。この銃で」
メイベルは、先ほどグレンを救った火打ち石式拳銃を見せる。
(アリシア三世の死因については、病死、暗殺死、事故死、諸説あったが…自殺だったのかよ……)
グレンは、苦々しくその古ぼけた銃を見つめるしかない。
「かくして、『Aの奥義書』は『裏学院』に封印され、『裏学院』は完全に表学院から隔絶されることになってしまったのですけど…最近、その境界にヒビが入りました」
「先の、ラザールとの騒乱での学院校舎の損壊で?」
「はい。表の学院と裏の学院には次元位相的に密接な関係があります。表の学院が今までにないほど破壊されたせいで、『Aの奥義書』――狂気のアリシア三世が、表の学院に干渉する、ほんの僅かな隙間が次元の間に生まれたんです。
そして、『Aの奥義書』は、その隙間からマキシムへ、自身の断片を渡しました…外側から『裏学院』の出入り口を開けさせ、人を招き入れるために」
「そうか。その断片が、マキシムが持ってきた『アリシア三世の手記』か」
「……はい」
「合点がいったぜ。そりゃそうだよな、外から閉ざした鍵は、外からじゃねーと開かねえってのが道理だしな。……マキシムはまんまと利用されてたってわけか」
「『Aの奥義書』は、これからも様々な手段で表の学院に干渉を行い、人を誘い込み、人の捕食を続けるでしょう。そうやって『Aの奥義書』の力が増し続ければ、いずれ表の学院もこの『特異法則結界』に侵食され、彼女の餌場となってしまう。最早、彼女は自己の力を増強するという手段が目的と成り下がった、ただの災害なのです」
「なるほどな」
グレンが肩を竦めて、溜息を吐いた。
「まぁ、要はなんだ、アレだな。……うめぇ話ってねえんだなぁ。俺の
「
「な、なんでもない!なんでもないぞぉーっ!?あはははは――っ!」
ぴくりと眉根を上げるシスティーナに、慌ててグレンが弁明するのであった。
そんなグレンの様子に、ジョセフとイブが呆れたように肩を竦める。
「まぁ、状況はわかった。……問題は、だ。俺達はここから脱出できるのか?本になった連中は…元の姿に戻せるのか?」
そんな息を詰めたようなグレンの問いかけに。
「今、この裏学院の機能と『特異法則結界』を、上位権限で支配しているのは『Aの奥義書』――狂気のアリシア三世です」
「つまり、彼女さえ消滅させれば、脱出できるし、本になった連中も元の姿に戻せるっちゅうわけか?」
「はい。彼女を消滅させれば、、結界は解かれ、先生達は私の機能を使って、この裏学院から脱出することができます。生徒達も元の姿に戻る…のですが…その……」
すると、淡々としたメイベルが珍しく言葉を濁す。
「……”裁断の刑”に処されなかった者以外は」
「……ッ!?」
グレンの脳裏に、あの吐き気を催すような光景が思い浮かぶ。
二組の生徒には、炎熱系魔術の使用を予め厳禁していたから大丈夫だったが…あの本の怪物が現れた時、マキシムの生徒達の何人かが苦し紛れに炎熱系魔術を使って、処されてしまったのだ…”裁断の刑”に。
「『Aの奥義書』は、ありとあらゆる物理的・魔術的攻撃に無敵になるよう設計されました。けど、恩恵には代償が必要――それが魔術です。そんな無茶な特性を付与したため、元々、本という特性存在の弱点である、炎に極端に弱くなってしまいました」
「なるほど、その弱点を補うために作られたのが、火遊び厳禁というルールっちゅうわけか」
「はい。これを『裏学院』内で犯した者は無条件で本化されて…裁断処分されてしまいます。『特異法則結界』のルールは、状況が限定されるだけに強力で絶対的です。この『裏学院』で、このルールから逃れられる者はいません」
「…………」
死。その言葉に、グレンが押し黙る。
無惨に裁断されてしまった生徒達は全員、模範クラスだ。グレンにとって連中など、ただの横暴な余所者だ。今までだって何度、ぶん殴ってやろうかと思ったことか。
だが、実際にこうして、その死の事実を改めてかみしめると。
ひょっしたら。自分がもっと上手くやれば、救えたのでは…と考えてしまうと。
「せ、先生……?」
「あの…大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけ、顔を覗き込んでくるシスティーナやルミア、リィエル。
「ああ…大丈夫だ」
ぶんぶんっ!と頭を振って、両手で頬を張り、気を取り直す。
「今はグダってもしかたねえ。とにかく今は、まだ救えるやつを救うために動くだけだ。ごちゃごちゃ考えるのは後回しだぜ」
「…………」
イブはそんなグレンの後ろ姿を、どこか眩しそうに無言で見つめていた。
「おい!メイベ…おっと、一応、アリシア三世女王陛下、と呼んだ方がいいのか?」
「メイベルでいいですよ」
「そうかい。なら、メイベル!古本回収作業だ!お前、『Aの奥義書』の本体の居場所、知ってるんだろ?とっとと案内しろ!」
すると、メイベルが微かな驚きを見せて言った。
「協力…してくれるのですか?」
「あのな、協力せざるを得ないだろうが」
ズレたことを言ってくるメイベルに、グレンが憮然と応じた。
「ここから脱出しなきゃなんねーし、本にされた俺の生徒を放っておくわけにもいかねえし、クソガキだが、まだ救える模範クラスの連中見捨てんのも寝覚めが悪ぃ」
「…………」
「それに放置すりゃ、これからもその古本と裏学院が、表の連中に悪さすんだろ?ンな危ねえもん、放置できるかっての!」
「その…貴方は…怒ってないのですか?アリシア三世を…私達を……?」
「怒ってるに決まってるわ、ボケ!」
グレンが、メイベルに猛然と食ってかかる。
「まったく余計なことしくさりやがって!だが、そんなことは後だ、後!」
そして、グレンはふて腐れたように、ぷいっとそっぽを向いて。
メイベルはそんなグレンを、含みがあるような目でじっと見つめている。
「…そういう人なんですよ、陛下」
システィーナが苦笑いで言った。
「その力も、怒りも、本当に大切に思えるもののために振るう…そう人なんです。たまに思いっきり道を間違えそうになりますけどね」
「……そう。……とても生徒思いなのですね」
そう呟いて、メイベルは溜息を吐くのであった。
「私にも…アリシア三世にも…グレン先生のほんの十分の一でも生徒を思う心があったなら、こんなことにはならなかったのに。
狂気に陥っていたとはいえ、『火遊び厳禁』…生徒を殺めるこんなルールを作ってしまうなんて…もう、かつての私は、教師として完全に失格だったんですね……」
そう誰にともなく呟くメイベルの横顔は…とても寂しそうであった。
ここまでで。