ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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135話

 

 

 ……図書室にグレン達が突入して、どれぐらいの時間が経っただろうか。

 

 どのぐらいの距離を、ひたすら走り続けていただろうか。

 

「だぁあああああああ――ッ!?どんだけおんねん!?兵士が畑から取れるレザリア王国すら真っ青になるレベルだぞ、ここまでくると!?」

 

「くっそぉおおおおおおおお――ッ!?数多すぎだろ、ゴキブリか、こいつら!?」

 

 最早、右も左も、正面も背後も、本の怪物の密集陣形(ファランクス)だった。

 

 何十何百と折り重なるそれらは、まさに津波。

 

 一気にグレン達を呑み込まんと、大挙して押し寄せてくる。

 

「くぅ――」

 

「≪拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを≫――ッ!」

 

 ルミアの異能アシストを受けたシスティーナが、黒魔改【ストーム・ウォール】の嵐の結界で足止めをし――

 

「しぃ――ッ!」

 

 アリッサが小銃をバットで野球ボールを打ち返すように、殴打し――

 

「任せて、ふぅ――ッ!」

 

 リィエルが大剣で打ち返す。

 

 それに合わせて生徒達が、突風の弾幕を必死に張るが。

 

「げほっ!やべ……」

 

「カッシュ!?」

 

 生徒達の魔力は徐々に底をつき始め、マナ欠乏症の症状が出始めていた。

 

 となると必定、本の怪物の進行を妨げていた呪文の弾幕は、緩んでいく。

 

「≪蒼銀の氷精よ・冬の円舞曲を奏で・静寂を捧げよ≫――ッ!」

 

 その穴をイブが埋めるが、それだって限界はある。

 

「おい、まだなのかよ!?メイベルッ!?」

 

「も、もう少し…ッ!後、もうちょっとですから……ッ!」

 

 さすがのメイベルも額から脂汗を垂らして、必死だった。

 

 そして、グレン自身も、息が上がりつつある。

 

「ぜぇ…ぜぇ…くっそ…どうする……ッ!?」

 

 と、その時だ。

 

 疲労からか、今まで先陣を切って走っていたグレンが、何かに躓いてしまう。

 

 ぐらっ、と傾ぎ、よろめくグレンの身体。

 

「や、やっべ……ッ!?」

 

 そんな体勢を崩したグレンへ、今が好機とばかりに、本の怪物が一斉に襲いかかる――

 

「せ、先生っ!?」

 

 フォローを入れようにも、誰もが眼前の敵の相手に必死で、手が回らない。

 

「しまっ――」

 

 グレンへ本の怪物の頁の触手が伸びて、触れようとしていた――

 

 まさに、その瞬間。

 

「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 裂帛の気迫漲る叫びと共に、カッシュが【フィジカル・ブースト】で増幅された身体能力で走ってきて…グレンに手を伸ばす怪物へ体当たりをしていた。

 

「カッシュ!?」

 

 その隙に、グレンが素早く体勢を立て直すが――

 

「……へへっ、先生…どうやら俺はここまでみてーっす」

 

 カッシュは本の怪物達に取り囲まれ、その場に一人取り残されてしまった。

 

「くそっ、今行く!待ってろ!」

 

 グレンが走る足を止めて振り返り、カッシュの所へ戻ろうとするが。

 

「馬鹿!」

 

 そんなグレンの襟首を引っ掴んだイブが、グレンを引きずるように連れ去っていく。

 

「おいっ!放せッ!ふざけんな、カッシュのやつが――」

 

「うるっさいっ!貴方があの子の心意気に報いる方法は――救う方法は――」

 

 ぶんっ!

 

 イブはそのまま走りながら、帝国式軍隊格闘術を使って、引きずるグレンを器用に肩へ担ぎ上げるように背負い、ぐるんと前方に投げ…強引に立たせる。

 

「――この戦いに勝つしかないのよッ!?」

 

「――ッ!?」

 

 イブの叱責に、表情を歪めるグレンへ。

 

「先生ぇええええ――ッ!」

 

 後方で、本の怪物に取り囲まれたカッシュが声を上げた。

 

「俺は信じてるぜ!アンタがいつものようになんとかしてくれるって!だから――」

 

 そうまで言われてしまったら、もうグレンに振り返るこなどできやしない。

 

「くそッ!カッシュ、すまねえっ!待ってくれッ!」

 

 がり、と。

 

 歯を食いしばって、グレンは前へ進むしかない。

 

「イブ先生ぇええええ――っ!グレン先生を頼――」

 

 そして、怪物に呑み込まれて消えたカッシュの声が――不意に途切れた。

 

「……クソったれが」

 

 ジョセフは大鎌を暴風のように振り回しながら、舌打ちし……

 

「……………」

 

 常に、何かを蔑むような冷たい表情を崩さないイブも……

 

 この時ばかりは、人知れずその表情が、微かに歪むのであった。

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

 そんなカッシュの脱落が皮きりだったのか。

 

 図書室を目指し、集団で突き進む生徒達は、疲労の限界とマナ欠乏症で、一人…また一人と脱落していくのであった。

 

 皆、グレンを前に進ませるために、己が身を犠牲にして――

 

 

 

 

 

「……うぅ…やっぱり怖い…怖いですわ……」

 

「大丈夫よ、ウェンディ」

 

 本の怪物の群れの中に取り残され、ぺたんとへたり込んで震えるウェンディ。

 

 そんな彼女を、テレサが横から優しく抱きしめる。

 

「私達は、ここでグレン先生を信じましょう…先生達ならきっと……」

 

「うぅ…グレン先生…イブ先生…どうか……」

 

 そんな彼女達が、本の怪物の群れの中に消えていく――

 

「……待っとき…辛いだろうけど、必ず元に戻すから…だから、今は待っとき」

 

「……行きましょう、ジョセフ」

 

 それを見て、表情を歪めながら呟くジョセフに、アリッサが彼の肩を叩いて前に進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

「はぁ…ッ!はぁ…ッ!こんな所で…クソッ!僕もまだまだか……」

 

「ギイブル…でもまぁ、僕にしてはよくやった方かな……?」

 

 本の怪物の群れの中に取り残され、荒い息を吐くギイブルとセシル。

 

「先生!僕はこんな所で終われないッ!もっと上を目指したいんだ!だから――」

 

「そうだね、グレン先生!イブ先生!後はよろしくお願いしま――」

 

 そんな彼らも、本の怪物の群れの中に消えていく――

 

 

 

 

 

 次々と――脱落していく、生徒達。

 

 誰も彼も、何の恨みも零さない、怒りも悲しみもない。

 

 ただ、グレンを信じて、グレンを前へと送り出す。

 

 ……気付けば。

 

 最初は二十人弱いた集団は、今や、グレン、システィーナ、ルミア、リィエル、ジョセフ、アリッサ、メイベル、そしてイヴ――たった八人にまで減っていた。

 

 ジョセフは、ふとデルタに入る前の北部戦線のことを思い出していた。

 

 今は生徒達は本にされただけで死んではいないが、あの時の敵軍に向かって塹壕から飛び出して突撃していく時と似ていた。

 

 合図と共に、敵側から無数の雷閃などの光線が殺到してくる。

 

 塹壕から出てきた兵士の中にはこれで殺られて、倒れていく。

 

 無事、出てこれた兵士もそこから敵陣まで数百メトラ、何の障害物らしい障害物もないところを、生身を晒して突っ込んでいかなければならない。

 

 心臓を打ち貫かれ、さらに何発も被弾して地面に倒れ込む者。

 

 伏せて難を逃れたと思い、再び立ち上がろうとした途端、頭を打ち貫かれた者。

 

 火球が着弾し、その周囲にいた者達は、ある者は腕が、ある者は足がもげて、吹き飛ばされていく。

 

 敵陣に突っ込んでいくまでの間、隣にいた味方は次々と打ち貫かれ、倒れていき……

 

 敵陣を制圧した時は、かなり数を減らされていた。

 

 あの時を思い出したジョセフは、後ろから自分達に迫ってくる本の怪物を見て舌打ちし。

 

「ええい、邪魔やッ!鬱陶しいッ!」

 

 大鎌を見えない天井に向かって切り上げ、本の怪物を吹き飛ばしていく――

 

 

 

 

 

 

「クソッ!」

 

 駆けながら、グレンは忌々しそうに書架を殴りつけた。

 

「落ち着きなさい」

 

 そんなグレンへ、隣に並んで走るイブが、冷ややかに声を突き刺す。

 

「あの子達は死んだわけじゃないわ。『Aの奥義書』さえ処分すれば、元に戻……」

 

「わかってるッ!わかってるよ、ンなこたぁッッッ!」

 

 イブを見向きもせず、グレンは吠えた。

 

「だが――俺は、お前ほど冷静にはなれねえんだよッッッ!」

 

「……ふん」

 

 そんなグレンの叫びを鼻で笑うイブ。

 

(冷静?この私が冷静?冷静に見えるんだ?そう……)

 

 それは、イブにとって、生まれて初めての経験かもしれなかった…こんなに腸が煮えくりかえって、焦げそうなほどの感情を抱くのは。

 

 自分達に後を託して、信じて、次々と自ら本になっていった生徒達。

 

 そんな彼らと過ごしたこの二週間の日々を思うと、握りしめた拳にこもる力が抑えられそうにない。イブの手の骨は、今にも砕け散ってしまいそうだ。

 

(こんなことで心を乱して…だから、私はイグナイト失格なのよ……ッ!)

 

 だが。

 

 それでも、今は。

 

 その激情に素直に身を任せたい、その激情のままに力を振るいたい。

 

 ……そんな気分なのであった。

 

 

 

 

 

 そして――無限とも思われる行程の果てに。

 

 ついにグレン達は――その場所に辿り着いていた。

 

 

 

 

 

「ふ――ッ!」

 

 その場に足を踏み入れた、その瞬間。

 

 突然、メイベルが右腕を左手で掴み――右肘から先を千切り取る。

 

 千切った右手は、たちまち無数の頁と解けてバラバラに散っていき、グレン達の背後の空間に規則性をもって配置され、虚空に五芒星法陣を形成――結界を構築した。

 

 グレン達を追ってきた本の怪物の群れが、その結界に阻まれ、身動きが取れなくなる。

 

「おい、メイベル!?お前、なんてことを――ッ!?」

 

「心配しないでください、グレン先生。私は人の姿を取っているけど、所詮”本”です。この程度では死にません」

 

 確かに、メイベルの千切れた右手の先からは出血はなく、ただ、解けた頁の断面がぴらぴらと覗いているだけだ。痛ましい姿であることに変わりはない。

 

 しかし、それを意にも介さず、メイベルは前を見据える。

 

「それよりも…いよいよです」

 

「!」

 

 そこは、ホールのように開けた空間だった。

 

 周囲三百六十度を、やはり見上げるほどに高い書架で囲まれた、本で形作られた大部屋。

 

 天井は相変わらず濃厚な闇の中へ呑まれ果て、見ることは叶わない。

 

 そんな空間の最奥には、無数の本が積まれた古机が一つ。その机に向かう一人の女が、ランプの火の光だけを頼りに、黙々と羽根ペンで書き者を行っている。

 

 やがて、その作業に一段落がついたのか。

 

 その女は、不意に羽根ペンをインク壺に置き、眼鏡を外し…席を立ってグレン達を見つめ、にっこりと穏やかに笑った。

 

「ようこそ、我がアルザーノ帝国魔術学院の皆様」

 

 その女の姿には、見覚えがあった。

 

 先ほど、ホールでマキシムを襲った、あの手帳から出現した女にうり二つ。

 

 恐らくは、生前の崩御寸前のアリシア三世の姿形を取った、その女こそが――

 

「お前が…『Aの奥義書』とやらの…本体か?」

 

「ええ、そうですわ。私こそが、アリシア三世の遺志を継ぐ者…アリシア三世そのものと言っていい存在ですわ」

 

「ふん、冗談じゃないです」

 

 メイベルが鼻を鳴らして言い捨てる。

 

「彼女は…アリシア三世はもうとっくに死んだんです。貴女も、私も、狂った哀れな女の残骸にしか過ぎません。人ですらない私達本の断片に、今を生きる人達を脅かす権利なんてどこにもありません。地に帰る時が来たんです。そう、貴女も…私も」

 

「いいえ、貴女は間違っていますわ。私を…『Aの奥義書』を完成させることで、アリシア三世…私の本願。その証拠に私は、こうして今、ここに在るではないですか」

 

「そんなこと…彼女は望んでいません。他人を犠牲にしてまで完成させる禁断の力なんて、彼女は望んでいなかった」

 

「いいえ、彼女は望んでいたのです。やがて空より来る脅威に備え、彼女は力を欲したのです。焚書されずに、私がこうしてここに”在る”ことこそ、その証左」

 

「違います。狂気に陥っていた彼女は、すでに人格が二つに割れていて…ッ!自分達の生徒を犠牲になんて、彼女に…本来のアリシア三世にできるわけが……ッ!」

 

「だとしたら。……狂っているのは貴女よ…くすくすくす……」

 

 闇が――特濃の闇が、狂気が、穏やかに笑う『Aの奥義書』から立ちこめる。

 

 幻視の闇が、直視する者の魂を吸い込もうとする。

 

 闇の中の爛々と輝く彼女の双眸が、むき出しの精神を掻きむしっていく――

 

「私の邪魔をしないで、もう一人の私。……私は、私自身を至高の存在(アカシックレコード)へと近づけなければならない…それだけが…それだけが、私の存在意義なのだから……ッ!」

 

 その女――『Aの奥義書』――アリシア三世が、両腕を広げた途端。

 

 彼女を護るように、再び無数の本の怪物がその周囲に出現するのであった。

 

「心配しないで!貴女達を殺したりはしないわ!皆、私の資料にしてあげるっ!私を完成させるための参考文献になるのッ!目録をつけて、大切に保管してあげるわ!あはっ、あっはははははははははははははははははは――っ!」

 

 そして、高笑いに呼応するように大量の本が宙に浮かび、彼女の周囲を回転し始める。

 

「まだ、こんなにいやがったのかよ!?」

 

 出現した本の怪物達を前に、グレンはうんざりしたように叫ぶ。

 

「……わかっていましたけど、問答は無用です、グレン先生」

 

 メイベルが身構えながら言った。

 

「彼女の存在を――『インク』で塗り潰してください。もう、それしかありません」

 

「ああ、わかってるよ!」

 

 グレンが、温存していた特殊インク弾装填済みの回転弾倉拳銃を、引き抜く。

 

「……こりゃ、殺るしかないな。アリッサ、最終ラウンドや。先生を援護するぞ。俺の大鎌を使え」

 

「ん。わかった」

 

 ジョセフもうんざりしていたが、大鎌をアリッサに投げ、ジョセフは、あのラザールに止めを刺した刀を召喚する。

 

「システィーナ、ルミア、リィエル!構えなさい!グレンの援護よッ!」

 

 イブが予唱呪文を時間差起動し、右手に凍気を集めながら指示を飛ばす。

 

 システィーナ、ルミアが呪文を唱え始め、リィエルが大剣を振りかざして突進する。

 

 今、最後の戦いが始まるのであった――

 

 

 




今回は皆知っているであろう、テキサス州です。

人口2606万人。州都はオースティン。主な都市にヒューストン、ダラス、フォートワース、オースティン、サンアントニオ、エルパソ、コーパスクリスティ、ラボック、アマリロ、アビリーンなどです。

愛称はひとつ星の州で、28番目に加入しました。

人口はカリフォルニア州、面積はアラスカ州に次いで全米第二位の州です。

スペイン、フランス、メキシコ、テキサス共和国、アメリカ合衆国、アメリカ連合国など六か国が支配していたことから、このことを「シックス・フラッグス・オーバー・テキサス」と言われています。

1835年にメキシコからテキサス共和国として独立し、1845年にアメリカ合衆国28番目の州として併合しました。それが理由でアメリカとメキシコの関係は悪化。1846年に米墨戦争を引き起こす要因になってしまいました。

奴隷州だったテキサス州は1861年初期に合衆国からの脱退を宣言し、南北戦争の間はアメリカ連合国に加盟していました。

戦後は合衆国に復帰したものの、長い経済不況を過ごすことになりました。

戦後は牛の牧畜がテキサス州を繁栄させ、長い牧畜業の歴史があるため、テキサスはカウボーイのイメージと結び付けられることが多いです。

日本人が抱くアメリカのイメージがだいたいこの州にあります。

アラスカを除いて全米で最もデカイ州で、面積は日本の1.8倍ぐらいあります。

それゆえなんでもかんでもテキサスは大きい物好きというイメージが焼き付いており、名物のカウボーイ料理も豪快そのものです。

ヒューストンとダラスという二大都市があり、お互いライバル意識は至って強いです。

ヒューストンはNASAの本拠地で名高く、石油化学工業も盛んな工業都市。ダラスは巨大空港とファッション、美食の都としても知られ、IT産業も盛んです。また、ケネディ暗殺の舞台としても極めて有名ですが、それはあまり触れて欲しくはないらしいです(まぁ、そりゃそうだろう)。

他にリバーウォークで観光都市となったサンアントニオやジョージ.W.ブッシュ元大統領の出身地であり、シリコンヒルズの異名を取る州都オースティン、メキシコ人の移民が多いエル・パソ(国境を挟んで悪名高いメキシコのシウダーフアレスがある)などがあります。

また沿岸は油田だらけです(よく火事にもなっています)。


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