ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

138 / 230


どうぞ


136話

 

 

 

 

 

「いいいいいいやぁあああああああああああああああ――ッ!」

 

「失せろぉおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 通路を埋め尽くす密集陣形を組んで迫る本の怪物達を、リィエルとアリッサが薙ぎ払う。

 

 その嵐の如く唸る大剣と大鎌の獅子奮迅。

 

 一太刀ごとに、数体の怪物が空を舞い、書架に叩き付けられ、床をバウンドする。≪戦車≫のリィエルと≪メリーランド≫のアリッサにとって、この程度の敵、文字通り敵にならない。

 

「≪集え暴風・戦鎚となりて・撃ち据えよ≫――ッ!」

 

 システィーナの唱えた黒魔【ブラスト・ブロウ】――暴風の破城鎚が、アリシア三世の前で壁を作る本の怪物達を、まとめて吹き飛ばす。

 

「≪悪辣なる鬼女よ・其の呪われし腕で・彼の者を抱擁せよ≫――ッ!」

 

 ルミアが両手を前に突き出して唱えた白魔【ホールド・モーション】――金縛り念動場の呪文が、それでもなお接近してくる本の怪物達の動きを一時的に止め――

 

「お客様は一時ご退場になさってくださいなッ!」

 

 それをジョセフが刀で切り上げる。鞘から抜き放った刀とともに衝撃波が、本の怪物達をまとめて闇に包まれた天井に吹き飛ばす。

 

「≪蒼銀の氷精よ・冬の円舞曲を奏で・静寂を捧げよ≫――ッ!」

 

 イブが唱えた黒魔【アイシクル・コフィン】――冷凍レーザーが、空間を自在に踊り狂って翔け抜け――アリシア三世を護るように浮遊する、全ての本を氷漬けにする。

 

 ついでとばかりに、アリシア三世の足下も凍り付かせ、その動きを封じ――

 

「グレンッ!」

 

「わかってらぁっ!ぉおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 すかさずグレンが抜き撃ち(クイック・ドロウ)

 

 疾く旋回する銃口が、インク弾を吐き出す。

 

 動けないアリシア三世へ向かって、闇を斬り裂いて真っ直ぐ飛ぶ火線。

 

 彼女の守りを全て剥がした上での、必殺の一撃であった。

 

 ……通常ならば、これで決まる。

 

 あの状態・状況で、バーナード仕込みのグレンの射撃を回避できるはずがないのだ。

 

 だが――

 

 とある書架から、本がひとりでに抜け、高速で飛んできて――

 

 ばしゃっ!

 

 その身を挺して、インク弾からアリシア三世を護った。

 

 インクでべっとりと汚れたその本は、まるで力を失ったかのように床へ落ちる――

 

「あらあら…また、大切な本をこんなに汚して…マナーがなってない子達」

 

「く――ッ!?」

 

 先ほどから何度やっても、何度連携しても――これだ。

 

 守りを全て剥がしてからの、必殺の攻撃?

 

 とんでもない。

 

 彼女の守りは、この図書室にある全ての本だったのである。

 

 メイベルがその身を挺して張った結界で、ある程度分断されているとはいえ…この辺りの一帯には、まだまだ大量の本がある。

 

 傍らの書架を見上げれば、天井が見えないほど高く――そのどの本棚にも、うんざりするほど、ぎっしりと本が詰まっているのだ。

 

「くっそ、どうしろと!?」

 

「グレン!」

 

 イブの警告に、グレンが我に返れば。

 

 辺りの本棚から大量の本が抜け出し、グレン目がけて、放たれた矢のような速度で飛んでくる。

 

「う、ぉ――ッ!?」

 

 グレンは腕を交差させて、防御姿勢を取るしかなく――

 

「≪光の障壁よ≫――ッ!」

 

 イブが咄嗟に唱えた、黒魔【フォース・シールド】。

 

 グレンの眼前に瞬時に展開された光の魔力障壁に、ドガガガッと、もの凄い衝撃音を立てて、無数の本が激突していく。

 

 もし、コレをまともに受けていたら、全身の骨が折れていただろう。

 

「ぼさってしてるんじゃないわよ!」

 

「す、すまねえ…だが……ッ!」

 

 敵の一体一体は、本化攻撃さえ注意していれば、たいしたことはない。

 

 アリシア三世しれ自体も、特に戦闘能力を持っているわけではなさそうだ。

 

 だが、この桁外れの物量が絶望的な壁となって、グレン達の前に立ちはだかっている。

 

 そして、ここぞとばかりの好機に、グレンが放つインク弾は、その桁外れの物量の前に悉く防がれ――その数を無駄に減らしていく。

 

「焦るな!落ち着きなさい!きっと、もっと絶好のチャンスがあるわ!今は耐えて敵の攻勢を捌き続けるしかない!」

 

「ちぃいいいいい――ッ!」

 

 それから、グレン達は死中に活路を見いだそうと、必死に戦った。

 

 グレンが魔力の灯った拳で、本の怪物を殴り飛ばす。

 

 ジョセフが居合に構えて、間合いに入った怪物達を天井に向けて吹き飛ばし。

 

 アリッサも大鎌を暴風の如く振り回し、本の怪物を四方八方に吹き飛ばす。

 

 システィーナが風の呪文で、飛んでくる本を吹き飛ばし。

 

 ルミアが金縛りの呪文で、本の怪物達の動きを止める。

 

 リィエルが大剣を振るって、敵の津波を斬り開き。

 

 イブがあらゆる魔術技巧を尽くして、アリシア三世に隙を作ろうとする。

 

 その間にも、メイベルは次々と自分の身体を千切って、破って、より勢いを増して背後から押し寄せる本の怪物の洪水を、必死に押し止め――

 

 何度でも、何度でも、アリシア三世に牙を立てようと試みる。

 

 だが。

 

 何度やっても、何度やっても、何度やっても。

 

 手を変え、品を変え、いくら意表を突いても。

 

 結局は――アリシア三世の圧倒的な物量差に、阻まれてしまう。

 

 じりじり、と。

 

 グレン達の心の中に、焦燥と絶望の影が差していく――

 

 

 

 そして――攻防の果てに。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 一縷の好機を見いだしたグレンが、黒魔【グラビティ・コントロール】で重力を操作。

 

 書架を蹴って、天高く跳躍し――

 

「≪大いなる風よ≫――ッ!」

 

 システィーナの【ゲイル・ブロウ】が、そんなグレンをさらに天高くかち上げる。

 

 一瞬で取った、アリシア三世の頭上。

 

 本の怪物と、浮遊する本が取り囲む、アリシア三世に存在した唯一の死角――頭上。

 

 身を擦り削るような立ち回りの果てにようやく掴んだ、今までで最高の好機。

 

 グレンは上下逆さまの視界の中、拳銃を構え――

 

「決まれぇえええええええええええええ――ッ!」

 

 ――引き金を引き絞る。

 

 再度、銃口から吐き出される、インク弾。

 

 だが、空より降り落ちる流星のごとき、それは――

 

 ばしゃっ!

 

「……残念」

 

 アリシア三世ではなく、机の上の本を盛大に汚していた。

 

「う、嘘!?先生が――外した!?」

 

 システィーナが信じられないとばかりに、目を見開くが。

 

「違うわ、外されたのよ!」

 

 イブが舌打ちしながら、グレンを見上げる。

 

 見れば。

 

「――か、ぁ…ぐぅ……」

 

 空中にいるグレンの脇腹に、どこからか飛んできた本がめり込んでいる。

 

 あの衝撃で、照準がずれてしまったのだ。

 

 そして、そんなグレンに追い打ちをかけるように――

 

 無数の本が、流星群のようにグレンへ殺到し、猛烈に打ちつけていく。

 

「ぐぁあああああああああああああ――ッ!」

 

 衝撃でグレンが山なりに吹き飛び、手を伸ばす本の怪物の海の中へ落ちていく――

 

「せ、先生ぇええええええええええええええええ――ッ!」

 

 システィーナが思わず悲鳴を上げた時。

 

「≪見えざる手よ≫ッ!」

 

 冷静に戦況を見定めていたルミアが、白魔【サイ・テレキネシス】の呪文を叫びながら、グレンへ左手を伸ばす。

 

 放たれた念動波が、グレンの身体を掴み――そのまま、ルミアの下へと引き戻す。

 

 当然、空飛ぶ本達が、そんなグレンを追撃してくるが――

 

「クーリング・オフッ!」

 

 ジョセフが刀を横一文字に振るい、そこから生まれた衝撃波が本を空飛ぶ本を悉く天井の彼方へ吹き飛ばした。

 

「先生!?大丈夫ですか!?」

 

「ちっ…すまねえ…またしくじっちまった…ッ!ごほっ!」

 

 口の端から血の筋を零すグレンへ、ルミアが急いで白魔【ライフ・アップ】――癒しの呪文を施していく。

 

「くっそ!アレも駄目、コレも駄目…もう、どうすりゃあいいんだよッ!?」

 

 グレンが悔しげに床を叩く音が、辺りに寒々しく響き渡った。

 

「……グレン先生。私、そろソロ…限界デス…早ク勝負…決メ…ないト……」

 

 見れば。メイベルはすでに見るも無惨な姿に成り果てていた。

 

 次々と全身を千切って結界を張り続けたせいで、ボロボロだ。

 

 今のメイベルに、頁の断面が見えていない部分など存在しない。身体を構成する頁を大量に失ったことによる弊害が、言語機能にも支障を来たしているようであった。

 

 どうする?

 

 どうする?

 

 ……どうする?

 

 誰もが、必死に脳をフル回転させて思考の渦に呑まれる中――

 

「……もう、大切な本を、こんなにインクで汚して……」

 

(自分で勝手に引っ張り出して何を言いやがる、このクソババァ……ッ!)

 

 ジョセフが忌々しそうに舌打ちする中、アリシア三世が遺憾そうに溜息を吐き…やがて、名案とばかりに手を打ち鳴らした。

 

「そうだわ!本をインクで汚した人も、”裁断の刑”に処すことにしましょう!」

 

「――ッ!?」

 

 その言葉に一同が凍り付いた。

 

「そうだわ、そうしましょう!大切な本を汚す人なんて、そのくらいのお仕置きがあって然るべきなのですわ。早速、そういうルールを作りましょう……」

 

 そんなことを言って。

 

 アリシア三世が机につき、羽根ペンで何かを書き始めた。

 

「彼女…コの学院のるーる…新シク作る気…このママじゃ…イずれ、いんくも…使エナくなる……」

 

「マジ…かよ……ッ!?」

 

 そうなれば…終わりだ。もうどうしようもない。

 

 メイベルの言葉に、目眩がするような絶望が、グレン達を襲った。

 

「この…クソババァ…ッ!手前勝手なこと言いやがってぇ……ッ!」

 

 ジョセフはそう言いながら、アリシア三世を睨むが、息が上がっている状態であった。

 

 さっきから、刀から出す衝撃波に魔力をかなり使っていたため、マナ欠乏症寸前まで陥っていたのである。

 

 ジョセフが使っている刀は、普通に使って敵を斬り伏せることもできるが、衝撃波などを出す場合、かなりの魔力を喰うのである。

 

(くそ…いや、インクが使えなくなっても、まだ手はある。……あるんやけど、それは……ッ!)

 

 ……実は。

 

 ……実を言うと。

 

 ただ一つだけ――攻略法はあった。

 

 最初からわかっていた。

 

 あまりにも単純で明快すぎる攻略法だ。何せ、敵がそれをわざわざ禁止するくらいなのだから、とてつもなく有効な手段であることは確実だ。

 

 だが、それは、つまり……

 

(……つまり、それは、誰かが犠牲にならないといけない)

 

 だが、それしかこの状況を、打開できないような気がした。

 

 思えば、最初から――この本の怪物が出現して、図書室に突入した、その時から――九を救うには一を切り捨てる。そういう状況だったのかもしれない。

 

 ジョセフは苦い顔をしながら、グレンを見る。

 

「せ、先生…どうしよう…?どうすればいいの……?」

 

 【ストーム・ウォール】で、怪物達の進行を阻むシスティーナが、震える声で言った。

 

「それは……ッ!」

 

 システィーナの不安げな言葉に、グレンが押し黙る。

 

 恐らく、グレンもジョセフと同じことを考えていたのだろう。

 

 グレンは、縋るような目で見つめてくる、システィーナ、ルミア、リィエルを、ちらりと流し見る。

 

 しばらくの間、彼女達を見つめながら、何かを物思って。

 

「おい、イブ」

 

「何よ?」

 

 やがて、グレンはインク弾が装填されている拳銃のグリップを、イブへ突きつけていた。

 

「お前…一応、銃は使えるだろ?」

 

「……どうする気?」

 

「決まってんだろ。俺は――炎熱系魔術を使う」

 

 そんなグレンの決意に満ちた言葉に、ジョセフを除く一同が息を呑んで目を見開く。

 

「そもそもこの劣勢は、連中の戦力が一向に減らないことが最大の原因だ。なら、俺が全力で炎熱系魔術を撃って、やつらの数を減らす!もうそれしかねえ!」

 

「だ、駄目ですよッ!先生!」

 

「そうですよッ!そんなことをしたら”裁断の刑”が――ッ!?」

 

 システィーナの脳裏に、目の前で一人の生徒が為す術もなく本にされて、切り刻まれていった――あの最悪の光景が蘇ってしまう。

 

「馬鹿野郎!このままじゃ、もう全滅だ!一か八かでやるしかねえだろッ!?」

 

「でも、それじゃあ、確実に先生が死んでしまいます!」

 

「そうよ、何か他に方法が――」

 

「――ないッ!あるかもしれんが、考えている暇がねえッ!」

 

 グレンが断言して、イブに拳銃を押しつけた。

 

「イブ!後は任せたッ!こいつらを…生徒達を頼むッ!」

 

 グレンの決意に満ちた目が、イブを正面から真っ直ぐ射貫く。

 

 すると。

 

「……ええ、いいわよ?」

 

 にやり、と。

 

 イブが、いつものように不敵に微笑み、差し出された銃へと手を伸ばし――

 

 この時、ジョセフはイブが何をしようとしているのか、察していた。

 

 そして、ジョセフはそれを止めなかった。

 

 いや――止めれなかった。

 

 

 

 

 

「私に任せなさい――」

 

 その一瞬、そんなイブの脳裏を過っていくのは――

 

 

 

 ――イブ先生ぇええええ――っ!グレン先生を頼――

 

 ――うぅ…グレン先生…イブ先生…どうか……

 

 ――そうだね、グレン先生!イブ先生!後はよろしくお願いしま――

 

 

 

「ええ、私はイグナイトだもの。上手くやるわ――」

 

 この二週間を共に過ごした、二組の生徒達のことばかりで――

 

 

 

 

 ――よ、よろしくお願いしますッ!イブ先生っ!

 

 ――やったぁ!俺達、強くなってるよ!?

 

 ――ああ、グレン先生とイブ先生とジョセフとアリッサちゃんのおかげだよなっ!?

 

 ――ありがとうございますっ!イブ先生っ!

 

 

 

「ええ、安心して私に任せなさい。ただし――」

 

 イブが、グレンの差し出す銃へと伸ばす手が…グレンとすれ違う。

 

「……え?」

 

 呆けたようなグレンの呟きを置き去りに。

 

 イブが、グレンの傍らを軽やかにすり抜け、そのまま伸ばした掌の上に――

 

 ぼっ!

 

 音を立てて、火が灯っていた。

 

「――()()()()()を、ね」

 

「イブ!?」

 

 驚愕に固まるグレン達の前で。

 

 自信に満ちた表情で微笑むイブの掌の上に灯る火は、業火となって渦を巻いていく。

 

 眩い光焔が闇を払い、凄まじい熱気が、グレン達の頬をちりちりと痺れさせる。

 

「バカ野郎!?お前、何やって――ッ!?」

 

「はぁ…私もヤキが回ったものだわ…私も教師として、あの子達に胸を張ってみたいなんて、思ってしまうなんて…ホント、馬鹿」

 

「おい、やめろッ!イブッ!炎を引っ込めろ!?でないと――」

 

 

 

 

 ――有罪(ギルティ)

 

 

 

 

 もう、遅かった。

 

 見れば、すでにイブの手足の本化が始まってしまっている。

 

「うるさいわね。貴方のショボい炎熱呪文で、この詰んだ状況を打破できるわけないでしょう?適材適所――ここは炎の魔術の大家イグナイトの出番よ。それに……」

 

 イブが、グレンを振り返り…切なげに微笑んだ。

 

「あの子達には、まだ貴方が必要なのよ」

 

「な……ッ!?」

 

「だったら、何の価値もない私が……」

 

 そして、何かを振り払うように、イブが正面へと向き直って――

 

「イブ…ッ!おい、止めろぉおおおおおおお――ッ!?」

 

 グレンの静止の叫びも聞かず。

 

 イブは魔力全開で、呼吸をするように為せる呪文を唱えた。

 

 

 

 

 

「≪真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ≫――ッ!」

 

 

 

 

 黒魔【インフェルノ・フレア】。

 

 並の炎とは比較にならない超高熱の灼熱劫火が津波となって、あらゆるものを呑み込み焼き尽くす――B級軍用攻性呪文。

 

 イブを中心に、業火が火柱となって昇り立ち――図書室内を真紅色に染め上げていく。

 

「はぁあああああああああああああああああああ――ッ!」

 

 身体から頁をぼろぼろ零しながら、イブが腕を振るうと――炎が猛速度で迸った。

 

 床を、書架を、天井を。

 

 グレン達を除く、ありとあらゆる場所を、紅蓮の灼熱が容赦なく舐め広がっていく。

 

 全てを赤く、赤く、赤く染め上げる――本も、本の怪物も、書架も。

 

 それはまさに、焦熱地獄の具現。

 

 アリシア三世を護る一切合切を、灰すら残さず消滅させていく。

 

「な――そ、そんな…わ、私の本がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 信じられない光景に、アリシア三世は、魂も割れよと悲鳴を上げて――

 

「おのれ…よくも…おのれぇええええええええええええええええええ――っ!」

 

 それが報復だとばかりに。

 

 現在進行形で身体が頁に解けて、本と化していくイブへ。

 

 どこからともなく無数のハサミが飛んできて、殺到し――

 

 イブだった頁を、バラバラに切り刻んでいく。

 

「い、嫌ぁあああああああ――っ!?やめてぇえええええええ――ッ!?」

 

 その絶望的な光景に、泣き叫ぶシスティーナ。

 

「イブさ…ん…そん…な……ッ!?」

 

 悲しげに呆然とするルミア。

 

「イブ…嘘……?」

 

 呆けたように立ち尽くすリィエル。

 

「…………」

 

 それを見てられないとばかりに顔を背けるアリッサ。

 

 そんな、四人の少女達の視線を感じながら。

 

 イブは薄れゆく意識の中で…物思う。

 

(この私が…こんな所で、こんな無様な…あはは…もう涙も出ないわ……)

 

 イグナイト失格だ。

 

 こんな無能の体たらくでは、勘当されて当然だったのだ。

 

 だが。

 

 それでも。

 

 イブは…ふと、ここ二週間の出来事を思い出す。

 

 次々と、二組の生徒達の顔が走馬灯のように走っていく。

 

 なぜか、こんな無能な自分を慕って、懐いてくれた、生徒達。

 

 特務分室室長時代の自分のことを、無能とデルタから散々な評価をされていたのに、それでも協力してくれたジョセフとアリッサ。

 

 そして…こんな無能で誰も認めてくれなかった自分を前に、涙してくれている、システィーナ、ルミア、リィエルを見る。

 

 それを思えば……

 

(……あぁ…悪くない…なんだか悪くないのよ…こういうのも……)

 

 やがて。

 

 自分という存在が、真っ暗闇の中に沈んで消える直前。

 

 最後に思い浮かんだのは――

 

 ウマの合わない元・同僚の憎たらしいどや顔。

 

(……グレン…こう見えて、私…本当は貴方のこと……――)

 

 ぷつん。

 

 そこで、イブの意識は完全に闇の中に消えた。

 

 

 

 

 ――そこには、無惨な紙くずの小山が出来上がっていて――

 

 

 

 そして、全てが焼け爛れていく破滅的な光景の中で。

 

 ごっ!

 

 誰かが、アリシア三世の額へ銃口を強く押し当てる音が響き渡っていた。

 

「イブさん……」

 

 アリシア三世の額に銃口を押し当てたジョセフが、引き金に指をかける。

 

「……今まで、貴女のことを無能だと思っていた自分を、許してくださいな」

 

「ひっ!?や、やめ――」

 

「死ね」

 

 聞かず、冷酷にそう言い捨て、無慈悲に引き絞られる引き金。

 

 

 

 

 一発の銃声が――

 

 ――燃え盛る炎の海の中で、空しく木霊するのであった――

 

 

 

 

 

 

 

 






 ここいらでよかろう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。