ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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ラストです。


137話

 

 暗い静寂が包む図書館の通路に、二冊の本が無造作に落ちていた。

 

 その本は本らしくずっと沈黙を保っていたが…やがて、ひとりでにバサリと開いた。

 

 そして、その本の頁が、はらはらと勝手に解け、宙を漂い舞い始める。

 

 やがて、空中をくるくると踊る頁達は寄り集まり…人の形を作っていく。

 

 ただの紙くずだったそれは、徐々にその質感を変えていき…人間となっていった。

 

「……ぅ……?」

 

「……こ、ここは……」

 

 先ほどまでに本だった二人――ギイブルとセシルが頭を振りながら身を起こす。

 

「……元に…戻ったのか……?」

 

 と、その時。

 

 そんな、目を瞬かせている彼らの下へ、複数の駆け足の音が近づいてくる。

 

「ぉおおおおおいっ!ギイブル――ッ!セシルぅうううう――ッ!」

 

「あれは…カッシュ達?」

 

 手を振りながら走ってきたのは…カッシュやウェンディ、テレサらを筆頭とした、二組の生徒達だ。皆、グレン達を前に進ませるために本になった者達ばかりである。

 

「良かった!お前らも無事だったんだな!?」

 

「……ああ、おかげさまでね」

 

「本になった生徒達は皆、元の姿に戻れたみたいですわ!」

 

「と、いうことは……?」

 

「ああ!やっぱ、グレン先生とイブ先生がやってくれたんだよ!」

 

 この勝利に沸き立つ生徒達。

 

「で?グレン先生達は、どこなんだ?」

 

「ああ、先生達なら、この先だよ」

 

「そっか!ようし!皆で、先生達を迎えに行こうぜ!」

 

 そう言って、頷き合って。

 

 生徒達は、ぞろぞろと図書室の奥へ向かって走っていった。

 

 

 

 

 

 ――。

 

 全てが灰と化し、焼け爛れた静寂の中で――

 

「……お、終わったの……?」

 

 システィーナのぼそりとした呟きを受けるように。

 

 ジョセフは、ゆっくりとライフル・マスケット銃を下ろした。

 

 机の上に残されていたのは…どの頁もインクでベタベタに汚れた一冊の本だ。

 

 それはもう読めない。何が書かれていたのか理解できない。

 

 ならば、最早それは本としての体裁を為しておらず…ただの紙くずであった。

 

 狂えるアリシア三世の歪んだ遺志は…人を捕食する禁断の『Aの奥義書』は…今、永遠に失われてしまったのである。

 

 そんな本だった紙くずをジョセフがゴミを見るような目で見下ろしているなか。

 

「…………」

 

 グレンが無言で振り返り、呆然と立ち尽くすシスティーナ達の下へと戻ってくる。

 

 そして――

 

 切り刻まれた紙くずが、小山のように積み上がったものの傍らにやってくる。

 

 つい、先刻まで、イブだったものだ。

 

 グレンはその紙くずの山を、どこか複雑な表情で目を細めて見下ろし――

 

「……馬鹿野郎」

 

 ただ一言。小さく、絞り出すように呟いていた。

 

 その背中はいつもと比べて、とても小さく見えて…システィーナも、ルミアも、リィエルも、アリッサも、とてもグレンにかける言葉が見つからず、また言葉を発する余裕もない。

 

 やがて。

 

「ぉおおおおおおいっ!先生ぇええええええ――ッ!」

 

 そこへ、カッシュ達が歓喜の表情で駆け寄ってくるのであった。

 

「やったなぁ、先生!また、学院を救ったぜ!?」

 

「やれやれ、本当に定期的に危機に陥る学院だよ…もう勘弁して欲しいね」

 

「ふふっ!でも、先生ならわたくし達を助けてくれるって、信じていましたわ!」

 

 皆、呆然とするシスティーナ達を余所に、グレンを取り囲んで大はしゃぎだった。

 

 だが――

 

「えーと、ところで、グレン先生…あの、イブ先生はどこに?」

 

 そんな、セシルの何気ない問いかけに。

 

 勝利の喜びに沸き立つ生徒達が、ようやく我に返って気付く。

 

 グレン達を取り巻く妙な雰囲気に……

 

「あ、あれ…そういやそうだよ。イブ先生、どこ行ったんだよ?先生……」

 

「先ほどからお姿が見えないし…ここに来るまでにもいらっしゃらなかったし」

 

 そして。

 

「先生。火遊び厳禁のルールがあったのに、ここで炎熱系魔術を使ったのは誰です?」

 

 周囲の焼け焦げた様子を見回したギイブルが、脂汗を浮かべながらそんなことを問う。

 

「そ、そうだよ、先生!?火はやべぇんじゃなかったのかよ!?」

 

「確か、”裁断の刑”が……」

 

「…………………」

 

 だが、グレンは生徒達の問いに応じず、無言。

 

 無言で、足下に堆く積もった紙くずをじっと見つめ続ける。

 

「おい…先生…まさか…嘘だろ……?」

 

 理解が徐々に場へ浸透していくにつれ、たちまち勝利に沸き立つ歓喜が一変…鉛のように重たい空気が一同の頭上にのし掛かっていく。

 

「おい、先生…冗談だろ?いつものアンタの悪ふざけだろ?あー、面白ぇ…だから、もういいよ…イブ先生を出せよ…なぁ……?」

 

「………………」

 

 だが…無言。グレンは無言を、貫き続ける。

 

 一部の生徒がジョセフの方を見るが、ジョセフも無言のまま、俯いている。

 

 代わりに、システィーナが震える声で絞り出すように言った。

 

「イブさんは…グレン先生を…私達を守るために、炎の呪文を……」

 

 それで、全てを悟った生徒達も、押し黙るしかなかった。

 

 それから、しばらくの間。

 

 時間が停止したのではないのかと錯覚するほど、誰も微動だにできず。

 

 ただただ、誰もが呆然と、紙くずの小山を見下ろすしかなく。

 

 ……やがて。

 

 その場の誰かの、すん、という鼻すすりの音を皮切りに。

 

 ある者は、がくりと膝を折り。

 

 ある者は、肩を震わせて。

 

 またある者は、頭を抱えて。

 

「……ちくしょう…マジ…かよ…なんでだよ……」

 

「そ、そんなことって…ぐすっ……」

 

 生徒達の誰もが…さめざめと涙を流し始めた。

 

「…………」

 

 言えない。誰かが犠牲にならないといけない状況だったなんて生徒達に言えるわけがなく、ジョセフは俯いたまま押し黙る。

 

「……くそ」

 

 そんな悲しみに暮れる生徒達を見ていられず、グレンが歯を食いしばっていると。

 

「グレン先生……」

 

 グレンの隣にメイベルがやってきた。

 

 千切った頁の回収したのか、メイベルは所々解れていたが、ほぼ元の姿へと戻っていた。

 

 そして、その腕には、最早使い物にならない『Aの奥義書』が抱かれている。

 

「すみません…貴方達には、大変ご迷惑をおかけしてしまいました」

 

 何か、メイベルの雰囲気が、今までより、少し大人びていた。

 

「……メイベル?」

 

「いえ。『Aの奥義書』をこうして回収し…その狂気の部分を全て塗り潰されて今の私は…メイベルというより、アリシア三世なのでしょう。狂気の私も、正気の私も、表裏一体、等しく私。なればこそ、今、こうして一つになった今の私は…もちろん、本質的には別人ですが…限りなく生前のアリシア三世その人なのです」

 

 静かに黙祷するように目を閉じ、メイベルが息を吐いた。

 

「バラバラになり、様々なノイズが交じっていた私達ですが…今ようやく、こうして面と向かって、アリシア三世として、貴方とお話ができるのです…グレン先生」

 

「残念だが…お前と話すことなんざ、何もねえよ」

 

 グレンは冷めたように言った。

 

「本質的に、アンタがこのふざけた裏学院と奥義書を作ったアリシア三世とは違う存在だって理屈ではわかる。だが、理屈じゃねえんだ…この感情は」

 

「そうですね…貴方のお怒りは当然ですね」

 

 そして、メイベルは神妙にグレンへと告げた。

 

「だから…これは、私のせめてもの罪滅ぼしです」

 

「……は?」

 

 すると。

 

 メイベルは涙に暮れる生徒達をかき分け、紙くずの小山の傍らへと歩み寄る。

 

「私は…生前の私は…教育者として失格だと思っていました。なにせ生徒達を犠牲にし、殺すような恐ろしいルールを作ってしまったのです…狂気に囚われていたとはいえ、最早、私は教育者を名乗るのもおこがましい、ただの怪物でした」

 

「お、おい……?」

 

「ですが…いくら正気を失い、狂気に陥ったこんな私でも…最後の最後の一線で教育者としての矜持だけは捨てきれなかったのかもしれません。……今、私は、生前の私自身のことを全て思い出したのです。きっと、今なら……」

 

 そんなことを呟いて。

 

 何事かと涙交じりに、メイベルの挙動を見守る生徒達の中で。

 

 メイベルはそっと跪いて…紙くずの小山に手を乗せて。

 

「この学院の学院長、アリシア三世の権能をもって、ここに宣言します。”私は、貴女達の火遊びの違反行為を…不問に致し、()()()()”」

 

 メイベルがそんなことを宣言した…その瞬間。

 

 紙くずの小山が、優しい黄金の光に包まれた。

 

「な――ッ!?」

 

 そして、つむじ風が渦巻き、頁の破片がくるくると舞い踊り始める。

 

 踊りながら、無惨に切り刻まれた頁が再び元通りくっついて、次々と修復されていき――はらはらと床に降り注いでいく。

 

 やがて、落ちた頁は生き物のように動いて、人の姿を形作っていき――

 

 そして――

 

「ん……?」

 

 元通りになったイブが…ゆっくりと、目を開いていた。

 

「……何…?私、どうなって…?なんだか頭がぼうっとして……」

 

 そして、イブは気付く。自分が二組の生徒達に取り囲まれ…皆一様に、涙と歓喜が入り交じった表情で震えながら、こちらを見つめていることに。

 

「なんなのよ、もう…貴方達、なんで泣いて……?」

 

 途端、生徒達に飛びつかれ、抱きつかれ、もみくちゃにされるイブ。

 

「良かった!良かったよぉおおおおおおお――ッ!!」

 

「うわぁああああああああああああんっ!」

 

「ぐすっ、イブ先生~~ッ!」

 

「わきゃあ!?ちょ――貴方達、なんなのよ、もうッ!?放して、苦し――」

 

 イブは目を白黒させて怒鳴るが、生徒達の興奮は止まらない。

 

「……良かった…本当に……」

 

「そうだね……」

 

「ん」

 

 見れば、システィーナ、ルミア、リィエルも涙ぐんでいた。

 

「……やれやれ」

 

「……本当に騒がしいわね、このクラスの人達」

 

 ジョセフとアリッサはそんな様子を見て、お互い苦笑いしながら肩を竦めていた。

 

「これで…この学院内での”裁断の刑”の犠牲者は、全て元の姿に戻るでしょう」

 

「ちっ…随分とまぁ、粋な計らいしてくれんじゃねーか…別に礼は言わねえけどな」

 

 グレンはグレンで、複雑な表情でそっぽを向いていた。

 

 この裏学院の学院長であったアリシア三世自身による『恩赦』。

 

 それこそが、この裏学院でのルール違反の犠牲者を救う唯一の手段だったのだ。

 

「そうかよ。狂ってても…結局、性根のところでは生徒達を愛していたんだな、お前」

 

「それは…私にはわかりません。生前の私がこの学院の『特別法則結界』にこのような抜け道を用意したのは、果たしてそれが理由なのか、あるいはただの気まぐれなのか……」

 

「もういーよ。どうせ故人だ…そういう美談にしとこうぜ。絶対、許さねえけど」

 

 そんなふて腐れたようなグレンの物言いに、メイベルが苦笑した。

 

「……で?結局、この裏学院はどうなるんだ?お前はどうするんだ?」

 

「裏学院自体はこうして残り続けるでしょう。もちろん、もうあのような恐ろしいルールなどありませんが。……そして、私は…ここでお別れです」

 

「!」

 

 グレンが振り返ると。

 

 いつの間にか、メイベルの姿が、ぼやけて半透明になっていた。

 

「……私の役目はもう終わりました。ならば、私はあるべき姿に戻るだけです」

 

「そうか。……消えるのか、お前」

 

 なんと声をかけてやればいいのかわからず、グレンが押し黙っていると。

 

「グレン先生…貴方が生徒達を心から思う、真の教育者であると見込んで…貴方に頼みがあります」

 

「見込み違いだとは思うがね…なんだ?言ってみ?一応、聞いてやるよ」

 

「……禁忌教典…貴方はその言葉をご存知ですか?」

 

 唐突に出てきた単語に、グレンが目を見開く。

 

「ああ、最近、とみによく聞く名だ」

 

「そう…ですか…ならば、()()()()()()()()()()()はやはり…動いているのですね」

 

「……何を…知っている?」

 

 メイベルがグレンを真っ直ぐ見て、言った。

 

「グレン先生。この世界には…この国には、やがて破滅が訪れます。思えば、あの狂った『Aの奥義書』も、かの破滅に対抗するための力を作る…当初は、それが目的でした…結局は、間違った方法へと歪んでしまいましたが」

 

「…………ッ!」

 

「もし、貴方がやがて来たる破滅の時に抗おうとするのなら…貴方は、真実に近づかなければなりません……」

 

「真実?」

 

「はい。この国と()()()の成り立ちと、王家の血の秘密について。そして、フェジテの空に浮かぶ『メルガリウスの天空城』と禁忌教典について。生前のアリシア三世は、彼女なりにそれらに近づいた一端の記録を、この私…『アリシア三世の手記』に記述したのです。

 もし、貴方がこの滅びに抗うのなら…この国とこの世界の未来を憂うのなら…私を手に取ってください。いつかきっと、貴方の役に立つでしょう。

 私の手記と、童話『メルガリウスの魔法使い』が、きっと貴方を導くはずです。

 もし、貴方がそれを重荷に思うなら…私を信頼できる他の誰かに託してください。慎重に…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の息がかかっていない、誰かに……」

 

「……()()()って誰だ?彼の国とはどこのことなんだ?おい、その一番肝心なところを濁すな」

 

「駄目です。すでに検閲され、私には記述がありません。ただ…幼い少年かもしれないし、若い男かもしれない。老人かもしれない。ひょっとすると女の姿かもしれない。彼の国は…()()()()()()()()()は…駄目です。これも記述がありません」

 

「なんだそりゃ!?つまりノーヒントってことじゃねーか!?」

 

「だから、これは一種の賭けなのです。生徒達のために、自らの命をも投げ出すことを厭わない貴方が、あの男と彼の国の者ではないと信じて…貴方に託します。お願いします、グレン先生…どうか、この国を…世界を…よろしく…お願いしま……」

 

 すでに。

 

 メイベルは――アリシア三世の姿は、跡形もなく消えていた。

 

 その場に残されていたのは、一冊のボロボロの手記――マキシムが掴まされた偽物ではない、本物の二十四冊目の『アリシア三世の手記』だ。

 

 グレンはそっとそれを拾い上げる。途端、ばさりと大量に抜け落ちた頁を、纏めて拾い上げ、手記に適当に挟みなおし、中を開いて見る。

 

 ……案の定、暗号だ。これは解読に苦労しそうだ。

 

 というか、自分の暗号解読の技量でこれをちゃんと解読できるかどうか。

 

 とりあえず、ざっと斜め読みしたところ、見たこともない暗号の羅列に、まったく解読できる気がしない。

 

「やれやれ。面倒臭ぇことは勘弁して欲しいんだがな……」

 

 だが――禁忌教典。

 

 今まで、何度も何度も、グレンが遭遇してきたその言葉。

 

 そろそろ、グレンもそれに向き合わなければならないのかもしれない。

 

「まっ、世界を守る…そんな大それたことにゃ、いまいちピンとこねーがな…生徒守んのは教師の仕事だ」

 

 誰にともなくそう呟き、グレンはその手記を懐に押し込む。

 

 そして、未だ大泣きする生徒達に取り囲まれ、抱きつかれ、もみくちゃにされて、目を白黒させているイブの下へ歩み寄っていくのであった――

 

 

 

 

 教育方針をかけた決闘戦から始まった、事件は収束した。

 

 まず、マキシムが打ち立てた学院改革だが――当然、頓挫に終わった。

 

 というのも、武断派の教導省官僚数名と学院理事会の有力者、そしてマキシムとの間にかなりの収賄があったことが後日、露呈したのだ。

 

 これを暴いたのは、なんとマキシムが就任する少し前から、ふらりとどこか学院の外へと出かけていたセリカ=アルフォネアであった。

 

 彼女は、どこからか上の動きを掴んだリゼ=フィルマーに依頼され、マキシムとその一派の横暴を叩き潰すために、ひそかに行動を開始。関係役員を片端から訪問して回り、時に物理的に、時に社会的に破滅させながら、犯罪すれすれの強引な手段で、暴君のように不正行為の証拠をかき集めて回ってきたのである。

 

 そして、セリカが集めてきた証拠を元に、リゼが的確に関係各位へと働きかけ、マキシムを糾弾、失脚へ追い込み、リックがめでたく学院長復帰となったのであった。

 

 もっとも――それだけの不正の証拠があっても、マキシムの後ろ盾の力は、まだまだ健在であり、真っ向からマキシムと全面衝突すれば、どうなっていたかはわからない。

 

 だが、どういうことか、マキシムは、リゼやセリカの糾弾を不思議なほど素直に受け入れ、あれだけ固執していた学院長の座から、驚くほどあっさり退陣するのであった……

 

「私は、まだ人を導けるような器ではなかったよ。……零からやり直しだ」

 

 ……誰にともなく、そんな言葉を残して。

 

 そして、マキシムの退陣と教育改革の頓挫に伴い、当然、模範クラスも廃止。

 

 件の事件に巻き込まれ、精神的に大きなダメージを負った模範クラスの生徒達は、故郷へ帰ることになった。きちんと一から真面目に学ぶ気があるなら…と、リゼに編入試験案内要項一式を手土産に渡されて。

 

 こうして、アルザーノ帝国魔術学院は概ね元通りになったのである。

 

 だが、唯一元に戻らなかったものもある。

 

 それは、新しく増えた『軍事教練』の授業だ。

 

 こればかりは、帝国政府の方針なので、どうしたって動かなかったようだ。

 

 左程多くの時間を割くわけではないが…『軍事教練』は学院の新カリキュラムの一つとして、授業に取り入れられることになった。

 

 もっとも――学院の生徒達からは、そのことについてはほとんど不満が出なかったが。

 

 なにせ、帝国軍から派遣されてきた、とびきりの美人戦術訓練教官が、その授業の講師を務め、いつもやや不機嫌で不満そうな顔ながらも、手取り足取り教えてくれるのだ。

 

 その戦術訓練教官は、男子からの評判はもちろん、クールで格好良くて素敵と女子からの評判すらとても良くて…文句など出ようはずもなかった。

 

 

 

 そして、連邦から新たに編入された女子生徒も――

 

「と、いうわけでだ」

 

 二年次二組の教室にて。

 

「まぁ、お前らはつい先日まで一緒にいたから、知っているが、改めて紹介するぞ。今日からここに編入されるアリッサ=レノだ」

 

「「「「うぉおおおおおおおおおお――っ!来たぁああああああああああ――ッ!」」」」

 

(うるせえ……)

 

 教壇にてグレンに紹介されたアリッサに、男子生徒から歓声が上がった。

 

「うっひょおおお――っ!アリッサちゃんが俺達のクラスに来たぁああああああ――っ!?」

 

「いやぁ、こうやって見ると本当に美人だよなっ!?」

 

「しかも、スタイル良いし!」

 

「いや、待て、皆!美人でスタイルはいいが、歯に衣着せぬ物言いをする子だぞ!?なんか、さらりと罵倒されそうな……」

 

「「「「だが、それがいいっ!」」」」

 

 カッシュを筆頭とする男子生徒は、アリッサの来訪に大歓喜状態であった。

 

 ……ジョセフは机に突っ伏していたが。

 

「ジョセフ……」

 

「あ、あはは……」

 

「ジョセフ、元気がない。どうしたの?」

 

 これから苦労するぞと言わんばかしのジョセフの顔を見て、よくわかっていないリィエルを除き、システィーナ、ルミアを筆頭とする女子生徒達は苦笑する。

 

「……ところで、アリッサさんよ…お前()()()()()()()()()来れたよな?」

 

「うん。大丈夫だったわ」

 

「そうか…いやぁ、良かった、良かった」

 

 まさか、ここに来る途中でなにかあったのではないのかと不安に思っていたジョセフが、それを聞いて安心した――

 

「――途中、やけにしつこく絡んでくる連中がいたから、股間蹴り上げて、顔面を殴ったけど」

 

 ――と思っていた時期が、ありました。

 

「うん…お前、見た目はお淑やかで上品なお嬢様に見えるんやけど…アリゲーター並みに凶暴なところあるからな。うん、いつも通りで何よりだわ」

 

 ジョセフは、全てを諦めたような、悟りの目をして呟き、再び机に突っ伏した。

 

「ジョセフ!?しっかりして!?大丈夫よ、相手はしつこくナンパした連中だから…そ、そう!これは相手の自業自得よ!」

 

 そんなジョセフにシスティーナがそう言う。

 

 アリッサからそう聞いた男子生徒達は、この娘を怒らせたら危険だと脂汗を浮かばせながら、思うのであった。

 

「……ホント、どうしてこうなった……」

 

「ジョセフ!?貴方、魂が飛んでますわよ!?ジョセフ!?しっかりしてくださいましっ!」

 

「ウェンディ…あの子を、頼んます……」

 

「なに、死に際に残しそうな台詞を言ってるんですの!?って、ジョセフ!?ジョセフぅうううううううう――ッ!?」

 

 そして、魂が今にも飛びそうなジョセフを、ウェンディが肩を掴んで、ガクガクと揺らす。

 

 フェジテ最悪の三日間からマキシムと模範クラスの決闘、そして裏学院の事件を乗り越えた今、二組にも平和な日常が戻ってきたのであった。

 

 

 

 

 そして――

 

「「「「イヴ先生ぇ~~ッ!」」」」

 

「ああああもうっ!まったく貴方達は――っ!いちいち、私にまとわりつかないでよ、鬱陶しい!?」

 

「今日はわたくし達と一緒に食事しませんこと!?」

 

「こら待て!今日は俺達がイブ先生のために、パン買ってきたんだぜ!?」

 

「ちょっと!イブ先生がそんな貧相なパンを口にするとお思いで!?」

 

「あー、わかった、わかったから!うるさい!騒ぐな!もうっ!」

 

 ――帝国軍からアルザーノ帝国魔術学院に派遣されて以来、講師服に身を包んだイブが、あちこちで生徒達に振り回される姿が散見されるようになっていた。

 

「ふん…もう間違っても、”何の価値もない私”…なんて言わねえこったな」

 

 そんなイブの姿を、今日もグレンは遠くから流し見る。

 

「なにせ、お前も、もう連中には必要なやつになっちまったんだしな」

 

 そして、そんなことを囁きながら、生徒達に絡まれるイブに背を向け、歩き出す。

 

「……ま、俺はお前のこと、やっぱ嫌いだけど」

 

 だが、廊下を行くグレンは、どこか穏やかな苦笑いを零していて。

 

「い、痛たたたたたた――っ!こ、こら、貴方達、引っ張るんじゃないわよ!?ジョセフ、貴方、私を助けなさい!これは命令よ!って、こら、逃げるんじゃないわよ!?」

 

 一方、イブの不機嫌そうな表情は相変わらずではあったが…どこか、満更でもなさそうでもあった。

 

「しっかし、あいつが講師か…なんでこう厄介ごとが増えていくかねぇ?」

 

 溜息一つ。立ち去りながらグレンは懐に手を入れる。

 

 その手が掴んで懐から引っ張り出したのは…件の手帳『アリシア三世の手記』だ。

 

「厄介ごとはそろそろ打ち止めにしてくんねーかなぁ?」

 

 肩を竦め、グレンは片手で弄ぶその手帳を、指先で器用に回転させる。

 

 手帳がまるで風車のように、くるくる回るのであった――

 

 

 

 

 






11章はこれで終了です。

次はちょいと一息幕間を入れて、12章に入ろうと思います。
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