ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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ちょっと一息。


幕間
幼馴染との平和(?)な一時


 

 

 

 

 マキシムの教育改革との決闘戦と、裏学院の事件から翌日のこと。

 

 フェジテ北地区、学生通りのとある一画に構えられた紅い屋根のカフェ。

 

 軒先に下がる木製の看板を仰ぎ、扉をくぐって入店すれば、途端、店内に漂う仄かな甘さが薫る紅茶の芳香が、微かに鼻をくすぐる。

 

 その内装は、木の香りが薫り、そこにいる人の心を落ち着かせる。そして、今風に洗練されていはいるが、決して堅苦しくないカジュアルな雰囲気で統一されている。

 

 その適度なお洒落さから、アルザーノ帝国魔術学院の生徒――特に女子生徒に人気の店であった。

 

 そんなカフェ店内の一角、三、四人が座る席に二人の男女の生徒がいた。

 

「――はぁ…落ち着きますなぁ……」

 

 紅茶を飲んで、一息吐くジョセフと……

 

「ええ、落ち着きますわね……」

 

 同じく紅茶を飲んで一息吐くウェンディ。

 

 二年次二組のツインテールのお嬢様と元・貴族の子息であり、連邦の留学生である少年という幼馴染が、紅茶を片手に一息を吐いていた。

 

「にしても、貴方、平気ですの?」

 

「ん?平気って?」

 

 ウェンディの要領を得ない問いに、ジョセフは不思議そうに首を傾げる。

 

「いえ、だから、その……」

 

 すると、ウェンディは言いにくそうな表情をし、周囲の席を見回して誰にも聞かれないように小声でジョセフに問いかけた。

 

「ここ、貴方以外、全員女子だけですから、その…平気なのかなと……」

 

 そう、このカフェには、ジョセフ以外女子しかいないのである。

 

 そのためか、時折ちらちらと女子生徒達がこちらを見ては、なぜか微笑ましい表情で二人を見ているのである。

 

 いや、そもそも、ジョセフをこのカフェに誘ったのはウェンディなのだから、ジョセフがどうのこうのというわけではないのだが、なんか気恥ずかしくなる。

 

 一方で、ジョセフはというと――

 

「別に?ここ、女子生徒に人気はあるけど、男子が入っていはいけないっちゅうわけじゃないだろ?」

 

 ――特段気にしていなかった。

 

「ま、まぁ、そうなんですが……」

 

 本当に、幼馴染のメンタルが鋼だなと、ウェンディは思い、心配する必要はないと、再び紅茶が入ったカップに口をつけた。

 

 連邦にいると自然とメンタルが鍛えられるのだろうか?

 

「……それに、ラザールの騒乱以後、全く落ち着かなかったしな。……せやから、落ち着いた雰囲気を持つ店に入りたかったし」

 

「まぁ、確かにここ最近、落ち着いていませんでしたものね」

 

 ラザール率いる天の智慧研究会≪急進派≫による一連の騒動――フェジテ最悪の三日間――から始まり、一週間後のマキシムによる教育改革の是非をめぐる二組と模範クラスの裏学院での生存戦。そしてその途中で起きた『Aの奥義書』による事件。

 

 とにかく、ここ半月の間、学院を巡る状況が目まぐるしかったのである。

 

 とまぁ、こんな状況だったから、ジョセフが例え女子生徒から人気のあるこのカフェであろうとも、落ち着いた雰囲気の店でゆっくりしていたいのも無理はなかった。

 

「そういや、お前さん、長期休暇はどう過ごすんだ?」

 

 ジョセフが背もたれに深く身を預け、ウェンディに今度の長期休暇の予定を問いかける。

 

「わたくしは、久しぶりにナーブレスの故郷に帰省しようと思っているんですの。今年は、テレサやリンも誘おうかなと思いまして…あと、貴方も……」

 

 そう答えるウェンディに、ジョセフは確かに彼女の両親には挨拶がてら一回顔を出さなきゃなと紅茶を飲みながらそう思った。

 

 ……顔を出さなきゃいけないなとは思うのだが。

 

「もちろん久しぶりにナーブレス領に行きたいし、お前の両親にも顔を出しといたほうがいいんだろうけど、俺とアリッサは多分長期休暇は待機でフェジテから離れられないと思うからなー。……ルミアの件もあるし」

 

「……そう、ですよね……」

 

 申し訳なさそうに言うジョセフに、ウェンディは肩をしゅんと落とす。

 

 そして、ジョセフになにか物言いたそうな顔で見つめる。

 

「ねえ、ジョセフ……」

 

 ウェンディはそう言うと、言葉を選ぶように間を空ける。

 

 そして――

 

「貴方、連邦軍を辞めて、連邦から帝国に戻る気はないですの?」

 

「…………」

 

 ウェンディからそう言われ、ジョセフは紅茶が入ったカップを皿に置き、考え込む。

 

「その…貴方が残りたいというのなら、無理に止めはしないですけど…ただ、わたくしは貴方がこの学院に生徒として残ってくれた方が、その……」

 

 無理に止めないなんて嘘である。本当は無理にでもジョセフを軍から辞めさせたかった。

 

 あの時の魔人に化けたラザールとの決戦前日の夜にウェンディに見せた、ジョセフの涙を見てからは特に強く思っている。

 

 あれを見て、ジョセフがこれ以上、正気にいられるのかウェンディは心配なのだ。その気持ちが出てしまったのか、言葉が上手くまとまらない。

 

 とにかく、軍を辞めて自分の側にいてほしかった。

 

「…………」

 

 ジョセフは黙ったまま、ウェンディを見る。しばらく見た後――

 

「……それも考えた方がええかもな」

 

 ウェンディの気持ちが通じたのか、肩を竦めながらそう呟いた。

 

「ジョセフ……」

 

 それを聞いて、少しばかし安堵するウェンディ。

 

「ただ、今は無理やから、そうだな…件の組織の件で全てが終わった後にな。今はどう転んでも抜けることはできへんし」

 

「え、ええ…ッ!それでもいいですわ!」

 

 安堵のあまりジョセフの方に身を乗り出してしまい、あっ、と。我に返り、身を引かせる。

 

「……ったく、お前ってやつは」

 

 ジョセフは苦笑いしながら、紅茶が入ったカップに口をつける。

 

「うぅ…わ、笑わないでくださいまし……」

 

 それを、ウェンディはむすぅ~と、頬を膨らます。

 

「それに…ドジっ娘お嬢がまぁ、心配だしな~」

 

「誰がドジっ娘ですの!?誰が!?」

 

「ん?誰もお前なんて言ってへんよ?」

 

「むっきぃいいいいいいいいいいいいいいい――ッ!?」

 

 そう言って笑うジョセフに、ウェンディがヒステリーを起こす。

 

 まぁ、なんというか、こういう風に時にバカをやり、時に幼馴染を弄ったり、模範クラスのような連中に絡まれた時のように守ったり、そういう日常をこれから味わうのも悪くはなかった(いや、すでに味わっているような気がする)。

 

「それに、あの時のように妙な男に絡まれている様を見るとなぁ…うん、こりゃ、俺がいなきゃヤバいわ」

 

「……ッ!?」

 

 ジョセフがやれやれと言わんばかしにそう言うと。ウェンディは初日に模範クラスの連中に絡まれたことを思い出す。

 

 あの時、ジョセフから助けられて抱き寄せられた時…そして、フェジテ最悪の三日間での決戦前日の夜に抱きしめ合ったあの時のことも。

 

 あの時のジョセフに抱きしめられた時……

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!?」

 

 それを思い出した途端、胸が甘く高鳴り、ぼんっ!と。顔を真っ赤にさせて俯くウェンディ。

 

「ウェンディ?」

 

 その元凶であるジョセフはそんなこと露知らず、突然顔を真っ赤にし俯くウェンディを見て、声をかける。

 

(どうしよう、彼の顔を見れない。さっきまでは見れましたのに……)

 

 甘く、熱く高鳴る胸に手を当て俯くウェンディはジョセフの顔を見ることができない。

 

 彼の顔を見たら、無意識に抱きついてしまいそうな、それぐらい、今、胸が熱い。さらに甘く、熱く高鳴っている。

 

「お、おい…お前、大丈夫か?なんか、具合悪いと?」

 

 相変わらずそんなことを露知らずにジョセフがウェンディの肩を叩くと。

 

「――ッ!?な、なんでもありませんわぁあああああああああ――ッ!?」

 

 これ以上はヤバいと、抱きついてしまいそうな、いや、ジョセフに対して想っている気持ちが抑えられなくなると思ったのか、ウェンディは脱兎の如く席を飛び出し、店の外へと飛び出してしまった。

 

「ちょ――ッ!?ウェンディ!?ちょっと待ってや!?ああ、店員さん!これ二人分のお勘定な!ウェンディ、本当にどうしたんやあぁあああああああ――ッ!?」

 

 突然のウェンディの行動に、ジョセフは半瞬反応が遅れる。追いかけようとテーブルに二人分の料金を置き、続けて店を飛び出す。

 

 そんな二人の様子を、他の女子生徒達は苦笑いしながら見送っていた。

 

 今日の二人の幼馴染は平和(?)であった。

 

 

 

 

 

 

 







あと二話ぐらい一息入れて、十二章に行きたいと思います。

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