ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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どうぞ。

因みに、幕間の時系列は裏学院の事件後、長期休暇に入るまでの間です。


諦めきれない気持ち、強まる気持ち

 暖かな陽光が燦々と降り注ぎ、穏やかに凪いでいる風が優しく頬をなで、梢を鳴らす――そんな、とある日の午後。

 

 テレサが一人、お気に入りの小説を持って、学院の中庭にやってくると……

 

「……あら?」

 

「……すぅ」

 

 梢の隙間をすり抜けた光の斑点が芝生の上を踊る、そんな木陰の下に。

 

 その下にあるベンチに腰を落ち着け、背もたれに背を預けて足を少し崩して両手をだらりと力を抜け、頭を垂れて、ぐっすりと眠りこけているジョセフの姿があった。

 

 本日は諸事情により、午後からの授業が夕方になるまでない。それゆえに、テレサはそれまでの時間を潰そうとお気に入りであるこの木陰の下にあるベンチで小説を読もうとしていたのだが……

 

「zzz……」

 

 どうやらジョセフが先に場所をとってしまい、眠ってしまったようだ。

 

「……あらあら、うふふっ、お疲れみたいですね、ジョセフ」

 

 だが、テレサはそんなジョセフの姿に気分を害することもなく、穏やかに微笑んだ。

 

「ちょうど、半分空いているので…お隣、失礼しますね?」

 

 そう悪戯っぽく言って。

 

 テレサは、ジョセフの隣に、ちょこんと上品に腰かけるのであった。

 

 

 

 

 

 風が――優しく凪ぐ。

 

 木々の小枝が揺れ、ざぁぁ、と梢が鳴る。

 

 目を閉じれば、世界の全てが肌で感じられるような不思議な感覚が支配して――

 

 テレサの柔らかな紫色の髪が、緩やかになびいた。

 

「…………」

 

 テレサは無言。

 

「……すぅ」

 

 ジョセフは熟睡。

 

 だが、そこに沈黙の気まずさはない。

 

 穏やかに吹き流れる風と共に、ただひたすらに優しい時間が、緩やかに流れていく。

 

 閑散とした中庭にて、その一角は二人だけで完成された世界であった。

 

「ん……」

 

 不意に、ジョセフが身じろぎする。

 

 その肩がテレサの肩に触れる。

 

「……あら?起こしちゃったかしら?」

 

 小首を傾げて、すぐ隣にあるジョセフの顔を覗き込むテレサ。

 

「……む…ぅ……」

 

 ジョセフが起きる気配はない。

 

 だが、その寝顔があまりにも無防備で、可愛く思えたから。

 

 つい、テレサの中で悪戯心がむくむくと鎌首をもたげてくる。

 

「ジョセフ」

 

 にこにこと微笑みながら、テレサはジョセフの頬をぷにぷにと突く。

 

 ジョセフが起きる気配はない。

 

「ふふふ…えい」

 

 こちょこちょと、ジョセフの脇腹をくすぐってみる。

 

 ……ジョセフが起きる気配はない。

 

「ふふっ…本当によく眠ってるんですね」

 

 それからも。

 

 なんだか楽しくなってきたテレサは、ついついジョセフへ色々なちょっかいをかける。

 

 だが、ジョセフが起きる気配はまったくない。

 

「うーん、ジョセフ、全然起きませんね…今日はこの中庭には誰もいないし…本当に私達二人きり……」

 

 ここで。

 

 テレサは、ふと、どきりと気付いた。

 

 そう、二人きり。

 

 他には誰もいない。

 

 グレンもシスティーナもルミアもリィエルもいない。

 

 ウェンディもリンもアリッサもいない。

 

 本当に――二人きりなのだ。

 

 まるで恋人同士のように近くで。

 

 こんなシチュエーションは…考えてみれば、滅多にあるものではなかった。

 

「…………」

 

 さしものテレサも、途端、気恥ずかしくなってしまったらしく、反射的にその場を立ち上がろうとする――が、今まで、ずっと長いこと座りっぱなしだったせいか、立ち上がりかけて、よろめいてしまい……

 

「きゃっ!?」

 

 どさり、と。

 

 テレサは、ジョセフの身体にもたれかかるように倒れ込んでしまう。

 

「……えっ?」

 

 気付けば、テレサは完全にジョセフの身体と密着状態だ。

 

 つと見れば、こんな状況でも眠りこけるジョセフの顔が、文字通り目と鼻の先にある。

 

 テレサがほんの少しだけ、その細い顔を上げれば、容易に唇と唇が触れあってしまう…そんな距離に。

 

「~~~~~~~ッ!?」

 

 途端、テレサの頭が沸騰する。普段、おっとりとしている彼女にしては、珍しく顔が真っ赤に火照り、心臓が早鐘のように激しく動悸し始める。

 

(やだ、私ったら…す、すぐに離れなきゃ…だって、こんなのジョセフが起きたら……)

 

 だが。

 

 また、同時に気付いてしまったのだ。

 

 今は、誰も、居ないのだ。

 

 この世界に居るのは、自分とジョセフの二人だけ……

 

 二人だけ、なのだ。

 

(……離れ…ないと……)

 

 そんな理性的な思考とは裏腹に。

 

 ぎゅっ……

 

 テレサの手は、ジョセフのシャツを無意識に握りしめていき……

 

 テレサの身体は、まるで子犬が飼い主に甘えるように、ジョセフへすり寄っていく。

 

(……おかしい…なんだろう……?)

 

 熱に浮かされたような気分の中、胡乱な思考で、ぼんやりとテレサが物思う。

 

(もう…彼のことは諦めようと、ウェンディに譲ろうと…思っていたのに……)

 

 さっきから、胸が甘く高鳴っていて熱い。目はトロンと熱く潤んでおり、息も微かに荒くなっているような気がする。

 

 ジョセフの鼓動を感じたいと、テレサは無意識に胸を彼の身体に押し付けている。

 

(ああ…私、諦めきれないんだ……)

 

 多分、彼を想ってしまった、その気持ちが芽生えてしまった時点で、自分で諦めきれないことになっているのかもしれない。

 

 諦めきれないどころが、さらに強くなってしまっている。

 

 ああ、もうダメ。この気持ち、抑えきれない。

 

「ウェンディ……」

 

 胸がさらに甘く、熱く高鳴っていき、思考が思考を結ばない中。

 

「……ごめんなさい。私…もう……」

 

テレサが、恥ずかしそうに、ここにいない親友に対して言うように、ぼそりと呟いた。

 

「……やっぱり、私…諦めきれない…だから……」

 

 茹だる思考の中、切なげにそう呟きながら、テレサは眠りこけるジョセフの唇に自分の唇をそっと重ねるのであった。

 

 

 

 

 

 ………。

 

「……ん?」

 

 木陰の下のベンチにて、ジョセフは目を覚ます。

 

 その時、ふと、片腕に違和感があったので、振り向くと。

 

「テレサ……?」

 

 そこには、テレサが自身の身体をジョセフの腕に預けて、静かに寝息をたてていた。

 

「どうして、こんな風に寝ているん?」

 

 ジョセフは、どうしようかと、起こした方がいいのかと考えるが。

 

「……しばらく、このままにしとこうか」

 

 テレサの静かな寝息を聞いて、ジョセフは微笑みながら、そのままにする。

 

 にしても、さっきから、自分の唇に微かな違和感を感じるんだが。

 

 なんか、柔らかいものがそっと触れたようなそんな感触が微かに残っているような気がした。

 

「……まぁ、いっか」

 

 やがて、ジョセフはそう思い、再び目を閉じる。

 

「……ん…ジョセフ……」

 

 微かな身じろぎと共に、囁くような寝言が頬が赤みを差し、実に幸せそうな笑みの形に緩んでいるテレサから零れてきて。

 

 今日も学院は平和なのであった。

 

 

 




ここまでで。

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