ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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140話

 

 

 

 そして、シャトースノリアの玄関前広場に一行が辿り着いた時だ。

 

 街を支配していた、その妙な緊張感の正体は明らかになった。

 

「このホテルは、我々≪銀竜教団(S・D・K)≫が占拠したッ!」

 

 何者かの大音声が辺りに鳴り響き、山彦のように反響する。

 

 ホテル前広場は、全身を白いローブで包み、目元だけ穴が開いた三角形の白い頭巾をすっぽりと被って顔を隠した奇妙な連中が、数十人近い集団となって陣取っていたのだ。

 

「このスノリアの大地は、我らが白銀竜様が護る神聖なる聖域ッ!」

 

「それを貴様らごとき余所者が足を踏み入れ、享楽を貪るなど言語道断ッ!」

 

「余所者はこの地から立ち去れッ!偽りの『銀竜祭』を即刻中止せよッ!」

 

「欺瞞に満ちた銀竜祭を奉る者達に、竜罰をッ!」

 

「「「「S・D・Kッ!S・D・Kッ!」」」」

 

「「「「S・D・Kッ!S・D・Kッ!」」」」

 

「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」」」」

 

 ”余所者は去れ”、”白銀竜様万歳”、”不信心者達に怒りの鉄槌を”……そんな旨が書かれたプラカードや看板を掲げ、一斉に盛り上がる白頭巾の変態集団。

 

 そんな広場前にはバリケードが築かれ、ホテルをぐるりと包囲するスノリア警備官隊と白頭巾の変態集団とが激しく睨み合い、まさに一触触発の状況であった。

 

「な、なあにこれ?」

 

 その高級感溢れるホテル前にはまったく相応しくない異様な光景に、システィーナが頬を引きつらせて硬直する。

 

「≪銀竜教団(S・D・K)≫……まさか、このタイミングで連中が出てくるとはなぁ」

 

 グレンが呆れたように溜息を吐いていた。

 

「≪銀竜教団(S・D・K)≫って……なんなんですか?」

 

「シルヴァー・ドラゴンズ・クラン。このスノリア地方の土着地方宗教、白銀竜信仰を極端にこじらせちまった連中が集まった宗教系秘密結社さ」

 

「!」

 

 白銀竜。それはシスティーナも心当たりがある言葉だった。

 

「で?その、すごく・ダサくて・キモい、という集団は脅威なんですか?」

 

「んにゃ。天の智慧研究会みてーな悪質な連中ではないがな。それだけに、連中がまさかこんな大それたことをする力を度胸のある連中だったとは思わなかったが」

 

「そ、そんな連中がどうして、いきなりこんな暴挙を……?」

 

「さあな、連中に聞けよ。……まぁ、なんとなく予想はつくが」

 

 投げやりに応じるグレンを余所に、システィーナは不安げに、バリケード越しに睨み合う≪銀竜教団(S・D・K)≫の教団員とスノリア警備官隊を遠巻きに眺める。

 

 周囲の観光客も固唾を呑んで、この騒動の行く末を見守っていた。

 

 システィーナが見れば、警備官達の隊長らしき人物が、部下の警備官と、なにやらひっきりなしに話し合いをしている。

 

 断片的な情報を整理するに、あのホテル内にはまだ多くの従業員や客達が各客室に軟禁状態で取り残されており、今年の銀竜祭を中止にして、全観光客をこの街から引き上げさせない限り、≪銀竜教団(S・D・K)≫が彼らを解放するつもりはないらしい。

 

 ホテル占拠に参加した教団員の頭数はそれなりに多く、スノリアの警備官隊では、ななか制圧に苦労しそうな状況であることも、なんとなくわかった。

 

「ったく、中央の軍や公安の連中は何やってたんだ?弱小とはいえ、こういう怪しげな非公認非営利団体は常に監視していたはずだろ、まったく」

 

「これは……長引きしそうですね……」

 

「あー、そうだな!こりゃ駄目だ!祭りは中止!この旅行は早くも終了だな!」

 

 グレンがお手上げとばかりに親指を立て、ニカッと笑った。

 

「こうなったら仕方ねえ!俺達は素直に連中の要求に従い、こんなクソ寒い所から帰ろうぜ!いやー、残念だなぁーっ!今回の旅行楽しみにしてたんだけどなーっ!」

 

「ちょっと、先生!?アレを放っておく気ですか!?」

 

「ンなこと言われたってよ……だってこれ、警備官の仕事じゃね?俺達、部外者が勝手にしゃしゃり出る方が色々不味いんじゃね?」

 

「そ、それはそうかもしれませんが……」

 

「そもそも、≪銀竜教団(S・D・K)≫はテロリスト集団っていうよりか、ちょっと過激で迷惑なプロ市民団体みてーなもんだし……何が何でも滅ぼさなきゃならん邪悪ってわけでもねえし」

 

「……むぅ」

 

 システィーナは納得いかなそうに、口を尖らせた。

 

 確かに、グレンの言う通り、≪銀竜教団(S・D・K)≫の団員達はバリケードを築いてシュプレヒコールを上げてはいるが……ぶっちゃけそれだけだ。グレンの言うとおり、テロリストというより、運動家としての側面の方が強いのだろう。

 

「市長を出せ!我らが要求を直接市長に通させろッ!」

 

「偽りの銀竜祭を、即・中止しろぉおおおお――ッ!」

 

「「「「そうだ、そうだぁあああああああ――っ!」」」」

 

 一触即発の雰囲気ではあるが、そこまでの緊急性もなさそうである。

 

「はぁ……このまま、あの人達の言うとおり旅行を中止して、帰るしかないのかしら?」

 

 残念そうにシスティーナは溜息を吐いた。

 

 周囲の野次馬の観光客達も、銀竜祭の中止を覚悟したらしく、どこか無念そうだった。

 

「さてと、てなわけで早速、帰りの切符を用意しなきゃな。おーい、セリカ!」

 

 グレンが嬉々として、セリカを振り返る。

 

「……ん?セリカ?」

 

 だが、さっきまで、すぐそこに居たはずのセリカの姿はなかった。

 

「あれ?セリカのやつどこ行った?」

 

 と、グレンがきょろきょろとセリカの姿を探した、その時だ。

 

「あー、先生。……教授は諦めるつもりはないらしいですよ?」

 

 ジョセフが帰られると嬉々としているグレンに言う。

 

「ん?諦めてないって、どういう――」

 

 グレンがジョセフに振り返り、ジョセフが指さしている方向に目を見やると――

 

「おーい、グレン!何やってんだよ?早く来いよ~っ!」

 

「げっ!?」

 

 声がした方を見れば、セリカが現場を野次馬から仕切るために張られたロープを乗り越え、ホテルのロビーに向かって歩いていた。

 

「ちょ、お前、何やって――」

 

「こらぁああああああ――っ!そこの女ぁあああああ――っ!」

 

 当然、グレンが制止する暇もなく、警備官達がわらわらとセリカを取り囲んでいく。

 

「駄目じゃないかっ!あの集団が見えないのか、君は!?」

 

「ここは危ない!さぁ、早く引き返しなさいッ!」

 

 警備官達は、セリカをロープの仕切りの外へ強引に引っ張っていこうとするが……

 

 ぱちん、と。セリカが不意に指を打ち鳴らすと。

 

 どんっ!

 

「「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ――っ!」」」」

 

 突如、セリカの周囲が大爆発し、十数名の警備官達が四方八方に吹っ飛んでいき、全員が全員、あっさりと気絶して雪の大地に昏倒する。

 

 当然、セリカが指鳴らし一つで起動した魔術の仕業であった。

 

「セリカぁあああ――ッ!?お前、何やっちゃってんのぉおおおお――ッ!?」

 

「あ、アルフォネア教授ぅううううう――ッ!?」

 

 眼球が飛び出さんばかりに目を剥いて、絶叫するグレンとシスティーナ。

 

「おいおい、グレン。早くホテルにチェックインしようぜ?私、流石に一旦、荷物を置いて落ち着きたいんだが?」

 

 え?私、今、何かやりました?と言わんばかりの白々しい顔で振り返るセリカ。

 

 すると。

 

「こら、貴様ぁああああ――ッ!今、何をやったぁあああああああ――ッ!?」

 

 警備官隊の隊長らしき男が、血相を変えてセリカに駆け寄ってくる。

 

「い、今の爆発は魔術だな?貴様、魔術師か!?魔術を使ったんだな!?」

 

「え?やだなぁ、魔術のわけないでしょう?だって、誰かが呪文を唱えていたの、聞こえました?」

 

「む……ッ!?」

 

 すっとぼけて笑うセリカに、隊長は言葉を詰まらせる。

 

「だ、だが、しかし……ッ!?今、貴女が指鳴らしをしたら現に……ッ!」

 

「警備官の御方ならご存知ですよね?言葉による呪文詠唱の代わりに、指鳴らし一つで魔術を行使するだなんて……そんな神業、伝説に悪名高き大魔女セリカ=アルフォネアでもない限り、不可能な技ですよね?ね?」

 

「た、確かに……そう言われてみればそうだが……ッ!」

 

「お前、何言っちゃってんのぉおおおおおおおお――ッ!?」

 

 頭を抱えて、天に吠えるグレンであった。

 

「きっとあの爆発は、誰かが悪戯で仕掛けた地雷か何かですよ。運悪く、警備官の方々が踏んじゃったんです。ああ、おいたわしい。というわけで、私はこれで……」

 

 と、セリカが、そのままバリケードに向こう側のホテル正面玄関口に向かって、悠然と歩き始めた所で――

 

「だ、だから、駄目なのだッ!止まれッ!そっちに行ってはならんッ!」

 

 我に返った隊長が、慌ててセリカの肩を掴んで引き留める。

 

「あの集団が見えないのかッ!?今、ホテルは完全封鎖されているのだよ!」

 

「あ、別に私は構いませんので」

 

「我々が構うのだ!怪我でもしたらどうするつもりだッ!?そもそも貴女は若く美しい女性だッ!連中に捕まれば、もっと酷い目に遭う可能性だって――」

 

「望むところです」

 

「ぇえええええ――ッ!?望んじゃうの!?」

 

 というより、警備官や銀竜教団の存在自体が、旅行で浮かれているセリカの眼中にまるで入っていないようだ。

 

 おかげで話はまったく噛み合わず、すまし顔で取り合わないセリカへ、隊長は頭をかきむしりながら、激しくまくし立てる。

 

「聞きなさい!現在、連中と我々の上層部や市議会との間で交渉が進行中だ!じきに銀竜祭中止の方向性で話がまとまるだろう!貴女達観光客には申し訳ないが、早急にこの街から立ち去ってもらわねば困るのだ!今、余計な問題を起こされては――」

 

 と、隊長がそんなことを言った――その時だった。

 

「……あ?中止?帰れ?」

 

 ぞくち、と。

 

 セリカが復唱した瞬間、只でさえ氷点下の気温が、さらに下がった。

 

「つまり……何?どうしても、お前達は、私とグレンの楽しい楽しい旅行の邪魔すると……そういうわけ?許されざるよ?ん?」

 

 その据わって凍えきった血色の虹彩は、正に死神の双眸だった。

 

「ひいっ!?だ、だ、誰かこの女を止めろぉおおおおおおお――ッ!?」

 

 絶望的な重圧感を放つセリカに気圧された隊長が、部下の警備官達へ命令を下す。

 

「う、うぉおおおおおおおお――ッ!」

 

「確保ぉおおおおおおおお――ッ!」

 

 すると、警備官の一隊が決死の覚悟で密集陣形を組み、セリカを取り押さえようと津波のように突進していくが――

 

 ぼんっ!

 

「「「「ふぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!?」」」」

 

 その光景は先ほどの焼き直しだ。

 

 セリカの指鳴らし一つで、哀れな隊長と警備官達の悉くが気絶して空を舞い、厚く降り積もった雪に頭から刺さって、無様なプリケツを晒すこととなっていた。

 

「まぁじで?」

 

 口をあんぐりと開けて、呆然とその光景を凝視するグレン。

 

「さぁ、チェックイン、チェックイン♪」

 

 まるで意に介した風もなく、手荷物を持って玄関口へと歩いて行くセリカ。

 

 当然、その途中には聳え立つバリケードが道を阻んでいて……

 

「なんだぁ?テメェは?」

 

「おい、女……このバリケードが見えねえのかぁ?」

 

「痛い目見ないうちにさっさと、立ち去――」

 

 そのバリケードの上から、白い三角頭巾の教団員達が鎌や鋤を手に凄んでくるが……

 

「≪邪魔≫」

 

 ぼんっ!

 

「「「「どぎゃあああああああああああああああああああああああああ――ッ!?」」」」

 

 瞬時に、バリケードが完全爆破されて四散し、気絶して吹き飛ばされた教団員達が、雪上をごろごろと転がっていって、雪だるまとなっていく。

 

「うーん、ちょっと評価マイナスだな。せっかく三ツ星一流のホテルなんだから、玄関前はゴミだらけにしてちゃ駄目だろう。品格が疑われるぜ」

 

 警備官もバリケードも教団員も、そもそもまるで眼中になし。

 

 その場に集う大量の野次馬達の、呆気に取られた視線を一斉に集めながら。

 

 セリカは、綺麗に更地になったホテル正面玄関前を悠然と歩き、正面玄関から堂々とホテル内へ侵入していくのであった。

 

 教団員と警備官が織りなしていた、先ほどまでの喧噪がまるで嘘のよう。

 

 今や死屍累々とした静寂だけが、広場を支配していた。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待てぇええええええ――ッ!」

 

 そんなセリカの背中を、ようやく我に返ったグレンが慌てて追いかけ始める。

 

「あっ!先生!?」

 

「俺はセリカを連れ戻してくる!お前らはそこでじっとしてろよ!?いいな!?ジョセフ、こいつらを頼んだ!」

 

「あいよ~」

 

 こうして、セリカを追って、グレンもホテル内へと消えていくのであった。

 

「ねえ、ジョセフ……」

 

「ん?ああ、多分、なんとかなるだろ、うん」

 

 システィーナの不安な視線を受けながら、ジョセフは諦めたかのように投げやりにそう言った。

 

「……なんせ、アルフォネア教授だから」

 

 『無』になって。

 

(しかし、教授……)

 

 恐らく、ホテル内部は阿鼻叫喚の大地獄になっているだろうなと、思う一方で――

 

(――何を、あんなに焦っているんだ?)

 

 ジョセフは今のセリカは何か焦っているような、これを逃したら二度とこういった機会はないような、そんな焦りをセリカから感じ取っていた。

 

 そして、それからしばらく経って――

 

 ホテルのとある一室から真っ白な光がホテル全体を包み込み。

 

 ホワイトタウンが誇る超一流の高級ホテル、シャトースノリアは、文字通り地図から消えてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 案件報告:≪銀竜教団(S・D・K)≫による、ホテル・シャトースノリア占拠事件

 

 経過:事件発生より、二時間十四分のスピード解決

 

 怪我人:≪銀竜教団(S・D・K)≫、ホワイトタウン警備官双方より多数。総計、百二十四名。

 

 死亡者:奇跡的に0名(ただし、ホテル占拠に参加した教団員のリーダー格が錯乱中)

 

 実被害:ホテル・シャトースノリア()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 







短いけど、きりがいいからここまでで

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