ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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どうぞ


142話

 こうして、ジョン市長の厚意で、グレン達はこのスノリア滞在中、この豪奢な市長邸に客人として逗留することが決まった。

 

 元々、ジョンは質素な生活を旨としていたらしいが、”街の長たる者、それなりの格式を持った家と生活を”と市民から望まれ、この市長邸に無理やり押し込まれたらしい。

 

 そういう経緯もあり、この市長邸は高級ホテルの規模には遠く及ばないが、それでも上流階級基準から見ても立派な貴族屋敷であり、部屋には余裕があった。

 

 そこで、グレンとセリカとジョセフにそれぞれ個室を、システィーナ、ルミア、リィエル、アリッサの四人で大部屋を借り、倒壊したホテルの代わりに寝泊まりすることになったのである。

 

「……と、こんなものか」

 

 石炭ストーブで暖かな暖気に部屋がジョセフを優しく包む中、ジョセフは領事館から持ち出してきた書類をあらかた片付けていた。

 

 机の上には、日報や、最近の国内外の情勢などが記された資料、必要経費関係の書類などがそれぞれに分けられていた。

 

 これらの書類は極秘事項を除き、持ち出して滞在先で記入、処理をしても良いことになっている。しかし、紛失してしまっては問題なので、本人達が厳重に保管していなければならない。

 

 ジョセフは分別した書類を、革製の鞄に丁寧に入れる。

 

 因みにこの鞄、連邦軍から支給された物で、持ち主やその持ち主が許可した者以外は開けることができないように、特殊な魔術が施されている。いざ、盗まれてしまった時に中身を閲覧できないようにするためだ。

 

 また、位置情報装置も入っているので、装置を破壊されない限り、位置が発信され、探す手間をかけないようにしている。

 

 ふと、嵌め殺しの二重窓の外を見れば、しんしんと降り続ける綿雪の陰影。

 

 吹きかける息が、窓硝子の表面を白く曇らせた。

 

「……それにしても、≪銀竜教団≫、ねぇ」

 

 ジョセフは、今回のホテル占拠事件の実行犯であり、『銀竜祭』が開催されて以来、激しく反対しているわけわからん集団に対して、物思った。

 

(連中は、普段は『銀竜祭』開催の際は、抗議文を送りつけたり、小規模な抗議行動を起こす連中らしいじゃないか)

 

 ジョンに聞いてみた所、あんな風にホテルを占拠する事態というのは、今回が初めてだったという。

 

(今まで、抗議行動のデモしかしてこなかった連中が、ホテル占拠という騒ぎを起こした。いきなり、活発化したかのような動きだ)

 

 ジョセフはそんな急に活発化した≪銀竜教団≫の動きに、ある一種の警戒をしていた。

 

(急に活発化した背景は考えらるとしたら……別の組織と手を組んで、その組織がバックについたってこと。今の≪銀竜教団≫の現状を見る限り、この線が有力だな)

 

 いずれにせよ、今はまだ天の智慧研究会のようなテロリスト集団ではなく、過激な市民団体という位置づけだ。

 

 万が一、滞在中に騒ぎが起きたら、警備官らに任せて、自分達は静観しておく。今はこれが最善だろう。

 

 ジョセフ達がしゃしゃり出てくるところではない。精々、自分達に危害が来ないように自衛策を取るぐらいだ。

 

「……この旅行中に何事も起こらなければいいんだがな」

 

 ジョセフは、窓からしんしんと降る雪を眺めながら、そう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の早朝。

 

 銀竜祭開催のセレモニーは、厳かに始まった。

 

 大勢の観光客達が見守る中、ホワイトタウンの東口、西口、南口から、純白のローブを纏った巫女役の少女達が、数名の従者を引き連れ、市内へ入来したのだ。

 

 その巫女は、それぞれスノリアの東、西、南集落方面からの代表者なのだ。

 

 巫女は各集落の竈で灯された聖火を、銀細工のランタンに灯してそれを掲げている。

 

 そして、その巫女に従う従者達は、渓谷で取れた川魚の燻製、山間で捕れた鹿肉の燻製、リャマの乳酒、ガジャ芋など、スノリアで収穫できる幸を抱えている。

 

 三組の巫女と従者達は、警備官達が厳重に警備する東、西、南の大通りを、それぞれ厳かな雰囲気で歩いて行き、ホワイトタウン中央大広場を目指した。

 

 中央大広場には劇舞台のような大きな祭壇が築かれ、その周囲を大勢の観光客が息を潜めてごった返している。やがて、三組の巫女と従者達が祭壇に辿り着き、聖火と供物を奉納、そこで待機した神官が伝統儀礼に沿って、儀式を進行していく。

 

 やがて、予め祭壇で待機していた四人目の巫女が、三つの聖火を一つに纏め、供物を抱えた従者達と一緒に、北の大通りを北上していった。

 

 聖火と供物も、北の山脈の入り口の麓に築かれた≪竜の祠≫に納めるのだ。

 

「ねぇ、ジョセフ。今の儀式ってどういう意味があるの?」

 

 北へ向かう巫女の一団を見送りながら、アリッサが不思議そうに言った。

 

「ん?ああ、あれはな、スノリア地方の守護者、白銀竜に感謝を捧げる儀式さ」

 

 まだ母、エヴァが生きていた頃、彼女はこういう民俗学・考古学的なことは詳しくジョセフがボストンに帰省するたび、そういう話を聞かされていた。そのため、自然とこういう話もある程度は詳しいのである。

 

「……白銀竜?あの土着地方宗教の白銀竜信仰の白銀竜?」

 

 アリッサがジョセフに聞き返す。

 

「そうそう。かつてこのスノリアにはな、この一帯を守護する白銀竜という神がいたとされているんよ。白銀竜の加護のお陰で豊かな暮らしを享受できた、とも。つまり、この地で得られる収穫物は、この一帯の自然を支配していた白銀竜様のお恵みだった、というわけ」

 

「でも、竜は魔獣でしょう?人間に仇為す害獣みたいな?」

 

「まぁ、それもそうなんやけど。せやけど、もし話が実話だったら、その白銀竜とやらは、年月を経て人を超える知性を得た古代竜(エインシャント・ドラゴン)だったのかもしれんし。今となっては、何さん、今やこのスノリアのどこにも、竜一匹の存在すらも確認できないからな。かつて、この地に白銀竜と呼ばれる竜がいた……と、伝説に語られるのみや」

 

「伝説は伝説なのね」

 

「かもしれんし、わからんぞ?年月を経た竜は、人間に化身することもあると言われてるしな。その白銀竜様も、そうなのかもしれん。案外、身近なとこにいるかもしれんで?」

 

「ふーん、神のみぞ知るのかもね」

 

 アリッサがジョセフの弁を聞き、そう呟いた。

 

 因みに。

 

「ぐぬぬ……さすがアルフォネア教授ッ!あっ、でも、先生!この話には少し興味深い逸話がありまして!あの儀式って、実は――」

 

 ルミアがグレンに儀式の意味を聞き、システィーナが胸を張って答えようとしたら、それに先んじてセリカにあっさりと言われて、負けじと何かを話そうとするのだが……

 

「それにあの儀式な、元々は”白銀竜へ生け贄を捧げる儀式”だったという説がある」

 

「――うぐ!?」

 

 またしてもセリカに先んじられてしまい、システィーナが頭を抱えるのであった。

 

「生け贄?そんなのあったの?」

 

「ああ、あの北の祠へ供物を奉納に向かった巫女は、その身を賭して、荒ぶる神竜を鎮めた人身御供の暗喩や。かつての風習が形を変えて残ったんだな」

 

「そ、そうなんだ。ねえ、その白銀竜って――」

 

「白銀竜が人々を護る神だったのか?それとも人々に仇為す悪鬼だったのか?その答えは、案外、両方正しいと俺は思ってる」

 

「そうなの?」

 

「というのも、この銀竜祭はセレモニーの一端として、白銀竜に捧げる奉納舞踊をやるらしいんやけどな、その演舞の内容がまさにそんな白銀竜の二面性を表したような感じなんだ」

 

「奉納舞踊?」

 

「ん。この地方に伝わるとある民間伝承を、舞踊で表現するものや。この銀竜祭におけるメインイベントの一つらしいで」

 

 アリッサの言葉に、ジョセフが頷く。

 

「で、その民間伝承はどこから取り上げているの?」

 

「うーん、色々と説はあるやろうけど、俺は、その奉納舞踊で取り上げられる伝承は『メルガリウスの魔法使い』の原典の一つだと思う」

 

「『メルガリウスの魔法使い』?なにそれ?」

 

「ああ、そうか。レザリア王国ではこれは禁書になってたな」

 

 一方で――

 

「――そ、そうなんですよ!そして、この私の考えでは、その奉納舞踊は――」

 

「私は、その奉納舞踊で取り上げられる伝承は『メルガリウスの魔法使い』の原典の一つだと考えている」

 

 と、このようになにもかも先にセリカに言われてしまい、ビターンと転んでしまうシスティーナ。

 

 それを尻目に、ジョセフはそう言う。

 

 童話『メルガリウスの魔法使い』。それは、魔導考古学にして童話作家であったロラン=エルトリアが書いた、アルザーノ帝国とアメリカ連邦に広く伝わるお伽噺だ。

 

 そして、それは帝国各地に残った伝説や神話、民間伝承を集め、その特に共通する類似項、正義の魔法使いと魔王の戦いの逸話を主軸に、著者ロラン=エルトリアが独自の解釈の下、編纂した古代神話集大成でもある。

 

 アリッサが知らないのは、レザリア王国を牛耳っている聖エリサレス教会教皇庁がロラン=エルトリアを火刑に処し、『メルガリウスの魔法使い』は禁書になってしまったので、アリッサの世代は知らないのである。

 

「『メルガリウスの魔法使い』という童話の、確か第七章だったかな?この銀竜祭で行われる奉納舞踊は、今はいなくなってしまった白銀竜の鎮魂のための儀式なんだが、母上曰く、それが第七章の内容にどうにも類似点が多いらしいんよ。恐らくロラン=エルトリアも、かつて古代史研究にこのスノリアの地を訪れて、自身の著作に組込んだのかもね」

 

「ふーん、なるほどね。それよりも、ジョセフ」

 

「ん?」

 

「なんかさっきから、システィーナの様子が変なんだけど」

 

 ジョセフがアリッサの指さしている方に目を向けると。

 

「うぐぐぐぐぐぐぐぅ~~……ッ!」

 

 そこには、顔が雪まみれになりながら歯噛みしているシスティーナがいた。

 

「システィーナ、顔が雪塗れ。変なの」

 

「し、仕方ないよ。アルフォネア教授がいたら、システィの出番はないよ……」

 

 リィエルがきょとんと小首を傾げ、ルミアが涙目なシスティーナを慰める。

 

「なんか、頭を抱えたり、転んだり……喜びの舞かな?」

 

「いや、アリッサ。あれは嫉妬の舞だ」

 

「ちょっと、二人とも、聞こえてるわよ!?」

 

 それを見て苦笑いしながらそう言うジョセフ達に、システィーナが涙目で抗議すると。

 

「おーい、お前達。もう始まりのセレモニーは終わったんだ。せっかくだから、このホワイトタウンで行われている各種イベントを回ってみようぜ」

 

 妙にはしゃぐセリカが、グレンの右手を引いて、さっさと歩き出す。

 

「あっ!?お、おい……待てって、こら!引っ張るなって!?ったく、大の大人が祭りごときで大はしゃぎしやがって……ガキかよ」

 

 だが、そんなグレンは口で言うほど嫌そうでもなく、セリカに引っ張られるまま、そのまま歩いて行く。

 

「うぬぬぬ……」

 

「あはは、想像以上に強敵だね、教授」

 

「むぅ……セリカばっかり、なんかズルい」

 

 そんなグレンの姿を、システィーナが悔しげな表情で、ルミアが苦笑いで、リィエルがほんの少し眉根を寄せて見送るのであった。

 

「ジョセフ、私達も……楽しもう?」

 

「そうだね……って、ちょ、そんなに引っ張らんくても逃げないよ」

 

 一方で、アリッサはジョセフの腕を引いて、歩き出し、ジョセフは引っ張られるまま歩いて行くのであった。

 

 

 

 

 銀竜祭開催のセレモニーが終了した後。

 

 大勢の観光客で賑わうホワイトタウンに、本格的な祭りが動きだした。

 

 年に一度の『銀竜祭』ということで、まるで聖夜のように、様々な装飾が施されたホワイトタウンの街並みは実に華やかであった。

 

 街の各所で合奏隊がひっきりなしに楽しげな演奏を行い、ベルが鳴り響く。空には花火がひっきりなしに打ち上げられ、見事な大輪を息つく暇もなく咲かせている。

 

 東西南北の大通りは、ホット蜂蜜酒(ミード)やソーセージなどの軽食屋台が所狭しと並び、休む暇もなく竜を模した被り物をした連中が行列を組んで、パレードが行われていた。

 

 軽快で楽しげな雰囲気は、街の中だけには留まらない。

 

 西の門から街の外へ出てみれば、広がる雪原に犬ぞりレースが開催され、大盛況。

 

 東南の門前にある凍った湖の上はスケート場が敷設され、大勢の観光客達がスケートを楽しんでいるし、地元民による即席スケート講座も開かれている。

 

 街の南の木々の疎らな雑木林の中では、雪像コンテストが開催されており、この日のために作られた見事な雪像が、散策に訪れる者達を飽きさせない。

 

 グレン達は賑やかなホワイトタウン中を足を棒にして回り、楽しげな祭りの雰囲気を存分に楽しむのであった――

 

 

 

「なぁ、グレン!北西区の高台に上ってみないか!?そこから仰ぐ西のアイスリア山が絶景らしいぞ?お前も見たいだろ!?我が弟子!」

 

「はいはい、どうぞお好きに。付き合いますよ、我が師匠」

 

 

 

「見ろ、グレン。お前の分まで買ってきてやったぞ?食え」

 

「はぁ!?なんでこんなクソ寒い中、アイスなんか食わなきゃならねーんだ!」

 

「寒いときに冷たい物食べるのがオツなんだろ。ほら、食えって。それとも食わせてやろうか?はい、あーん……」

 

「するかッ!?」

 

 

 

 そして、終始楽しげなセリカは、グレンにべったりだった。

 

 何かとグレンの傍らを離れず、いつも以上の自由さで好き放題に振り回していた。

 

 そして、この二人も。

 

「ねぇねぇ、ジョセフ。これ、食べてみたい」

 

「お、焼きリンゴじゃないですかー。この雪景色を見ながら、店内で食べるのがいいんだよなぁ。ここ、店内で食べられるみたいだし、食べてみるか?」

 

「うん、食べよ、食べよ?」

 

 ジョセフとアリッサは、こういう風に主に食べ物巡りをして、気になる食べ物を見つけては、注文して制覇していた。

 

 ――が。こうしてグレン達とジョセフ達が楽しんでいる中。

 

「負けてられないわッ!」

 

 セリカの圧倒的攻勢に、ついにシスティーナの堪忍袋の緒が切れた。

 

「教授にとって、先生がかけがえのない家族ってことはわかるわ!でも、いくらなんでもこれじゃ、私達、完全にお邪魔虫じゃない……ッ!」

 

 悔しげに拳を握り固めるシスティーナ。

 

「このままじゃ、この旅行で、先生に私達を女の子として見てもらえるようになるどころか、私達が一緒に居たっていう記憶すら、先生の頭に残らないわ!」

 

「そうだね……このままじゃいけないよね!うん!」

 

「わたしにはよくわからないけど。……わたしももっとグレンと遊びたい。なんかセリカばっかりズルい」

 

 いつもはお淑やかでほんわかしたルミアも、いつになく表情を引き締め、リィエルもどこかで不満げに口を尖らせていた。

 

 それを、焼きリンゴを食べ終えたジョセフとアリッサが苦笑いしている(因みに、この二人は早食いであり、大食いでもある)。

 

「なんとかして、ペースを私達に持ってこないと!」

 

 だがどうしたものかと、システィーナが頭をフル回転させる。

 

 と、そんな時だ。

 

「でも……アルフォネア教授、本当にどうしたんだろう?」

 

 ルミアがふと、何かに気付いたようにその細い顎に手を当てた。

 

「教授のこと?ルミア、やっぱりお前もわかる?」

 

「うん……」

 

「どうしたの?二人とも」

 

「その、確かに教授……グレン先生にべったりで、もの凄く楽しそうなんだけど……」

 

 すると、ルミアは微かに表情を引き締め、慎重に言葉を選んで言った。

 

「同時に、なんだか凄く焦っていらっしゃるような……?」

 

「焦ってる?教授が?」

 

 妙なルミアの台詞に、システィーナがセリカ達を流し見る。

 

 当のセリカは、遊戯屋台でグレンと射的勝負をやっていた。

 

「いっえーいっ!私の勝ち~~ッ!ざまあ!」

 

「汚えッ!汚えぞ!お前、最後、魔術使ったろ!?コルク弾が、途中であり得ない曲がり方したじゃねーか!?おい、こら、聞いてんのか!?」

 

 そんなやりとりをするセリカの横顔は……こんな極寒の地にあるというのに、まるで真夏の太陽のように輝いている。

 

 焦っている。と言われても、システィーナには何もピンと来ない。

 

「うん、やっぱり、教授……何かに焦ってらっしゃると思う……」

 

 だが、ルミアは確信しているようだった。

 

「うまく言えないんだけど……まるで、今回の機械を逃したら、もう二度と、先生とこんな楽しい時間を過ごす機会はない……そんな風に思い詰めているような……?」

 

「うーん……そう?考えすぎじゃない?」

 

「……だといいんだけど」

 

 ルミアが苦笑いをして、システィーナに応じた。

 

 ルミアの気のせい……と思いたいが、これまでの人生経験的に、他人の心の機微には人一倍敏感なルミアだ。そのルミアがそう感じるというなら、気にはなる。

 

 ……とはいえ。

 

「でも、このままじゃいけないってのは同じ意見でしょ?だって、せっかくの旅行なんだし……(私だって、もっと先生と一緒に遊びたいし……)」

 

「……システィ?最後、何か言った?」

 

「えっ!?いや、なんでもない!なんでもないの、あはは……ッ!」

 

 ぼそぼそした呟きを拾われかけ、システィーナは慌てて手を振った。

 

「でも、一体どうしたらいいのかしら?割り込める隙、なさそうなんだけど……」

 

 そして、前方を並んで歩くグレンとセリカの後を、システィーナ達がとぼとぼとついていきながら溜息を吐いていた。

 

「お前な……本っ当に素直じゃないなぁ」

 

「う、うるさいわね!っていうか、貴方、なんで女性の姿に……?」

 

 システィーナが振り向くと、ジョセフが女性の姿――聖リリィ魔術学院女学院の時、つまりジョセフィーヌになっていた――ことを不思議に思っていた……その時だ。

 

「ああああああああああああ――ッ!?あ、貴女達は――ッ!?」

 

「ああああああああああああ――ッ!?お、お前達は――ッ!?」

 

 不意に、システィーナ達の背中にそんな声が浴びせられかけ、思わず振り返る。

 

 すると、そこには三人の少女が、驚愕の表情で立っていた。

 

 一人は、金髪を立てロールにした、いかにも良家のお嬢様風な少女。

 

 一人は、長い黒髪と切れ長の瞳の、いかにも男前な少女。

 

 そして、もう一人は、灰色の髪をお下げにした表情に乏しい少女だ。

 

「あ、あれ……?」

 

「貴女達は……?」

 

「まぁ、そういうことです……」

 

 システィーナ達は、その三人の少女に見覚えがあった。制服ではなく、防寒具に身を包んでいたから、一瞬、わからなかったが――

 

「フランシーヌ!?コレット!?ジニーまで!?」

 

 そう。彼女達は、以前、聖リリィ魔術女学院へ短期留学した時に出会った、問題児お嬢様三人組であったのである。  

 

 システィーナはこの時、ようやくジョセフがジョセフィーヌに化けた理由がわかった。ジョセフは三人組に気付かれる前に、【セルフ・イリュージョン】でジョセフィーヌ=ロートリンゲンに素早く変装したのである。

 

 なお、アリッサに対しては、彼女三人にはまだ男だとバレてないから、話を合わせてくれと、明日一日一緒に回るという条件で根回ししていた。

 

「システィーナ!ルミア!ジョセフィーヌ!リィエル!久しぶりだなぁ――っ!?」

 

「まさか、こんな所で貴女達に再会するとは思いませんでしたわ!」

 

 歓喜の表情を浮かべて駆け寄ってくる、コレットとフランシーヌ。

 

「どうもー、ご無沙汰してます」

 

 微動だにせず、表情も動かさず、相変わらず気の抜けた挨拶をするジニー。

 

「えっと……知り合い?システィーナ」

 

「あ、えっと、アリッサ、この三人はね――」

 

 そして、フランシーヌ達を知らないアリッサに、システィーナは紹介し、フランシーヌ達にもアリッサを紹介する。

 

「おう、よろしくな!アリッサ!」

 

 まるで新しい仲間を歓迎するようにアリッサの肩をバシッと叩くコレット。

 

「……よろしく」

 

 随分、フレンドリーな人だとアリッサは思いながら、そう返すのであった。

 

「にしても、貴女達、どうしてこんな所に?」

 

「そりゃ、理由は多分、お前らと一緒だろうよ!」

 

「わたくし達も、秋休みを利用して、スノリアに旅行に来たんですの!」

 

「はぁ……おかげで休暇中もバカお嬢のお世話です。やってれられませんね」(ぼそっ)

 

「えっ?ジ、ジニー?い、今、何と……?」

 

「いえ、何も、この不肖ジニー、フランシーヌお嬢様の身の回りのお世話、誠心誠意務めさせて頂きます。それがお嬢様の従者たる私の喜び」(キリッ)

 

「相変わらずだね~、ジニーは……」

 

 そんなこんなで。

 

 思わぬ再会を果たした彼女達は、並んで歩きながら簡単に互いに近況報告をし合った。

 

 聞けば、以前の一件以来、学院内の二大派閥だった『白百合会』も『黒百合会』も、お互いに融和ムードになったそうだ。そして、単なるなれ合いではない、互いに切磋琢磨するための、前向きで積極的な交流が図られるようになったという。

 

 今回は、その交流の一環ということで、両派閥から希望者を募って、旅行が計画されたそうだ。ここにはいないが、今、このホワイトタウンには、四十人近い聖リリィ魔術女学院の生徒がやってきているらしい。

 

「……エルザは?エルザは来てないの?」

 

 リィエルがキョロキョロ辺りを見回しながら、フランシーヌ達に問う。

 

「残念ながら、エルザさんは今回の旅行には参加されていません」

 

 ジニーがリィエルの疑問に淡々と答えた。

 

「今頃、エルザさんは故郷に帰って、山ごもりの修行を積んでおられるはずです」

 

「リィエルと別れて以来、エルザはひたすら剣の鍛錬に励み、目を見張るほど腕を上げられていますの!いつか、リィエルと肩を並べられるように、とね」

 

「あいつ、この休暇中でまた腕を上げるんだろうなぁ。こないだは軍のスカウトからも声がかかったみたいだし……」

 

「マジで!?帝国軍のスカウトから声がかかるなんて、相当なもんやで!?マジで」

 

「はぁ……バカお嬢の世話さえなければ、私も里に帰って、お祖父様に稽古を付けてもらうんですが」

 

「ジニー……あ、貴女、最近、段々隠す気なくなってきてません!?」

 

「そう。エルザ、頑張ってるの。……うん、わたしも頑張る」

 

 エルザの近況を聞いたリィエルが、少しだけ残念そうに、だけど少しだけ嬉しそうに、口元を緩めていた。

 

「もちろん、エルザほどじゃねーが、アタシ達だって腕を上げてるんだぜ?お前達との再戦の日が楽しみだぜ」

 

「ふん、こっちだって」

 

 コレットとシスティーナが、にやりと不敵に笑い合う。

 

「ふーん、じゃあどれぐらい腕を上げたのか、ウチの対暴動鎮圧用の【熱盛】を――」

 

「それだけは、止めてくださいましぃいいいい――ッ!?」

 

 以前の短期留学で喰らいまくったことを思い出したのか、フランシーヌが涙目になりながら、ジョセフに懇願する。

 

 そして、思わぬ再会に沸き立つ一同の話題が向かう先はやはり――例の件だ。

 

「ところで……ねぇ、システィーナ?その……レーン先生はどうされてますの?」

 

「その、なんだ、お前達がいるんだし……レーン先生はいないのか?」

 

 どこか、そわそわして頬を赤らめながら、フランシーヌとコレットが聞いてくる。

 

 レーンとは、グレンが聖リリィ魔術女学院で女性講師となっていた時の名前だ。

 

 なぜか、彼女達は、レーンに心酔しているのである。

 

「グレ……レーン先生なら、ほら、あそこ」

 

 システィーナが指を指すと。

 

 そこには、露天先で装飾加工芸品を物色するグレンとセリカがいた。

 

「なっ!?ちょ、待て、店主!妙なもん薦めてくんじゃねえ!俺とこいつの関係はそんなんじゃねえ!俺達はただの――」

 

「夫婦ですわ」

 

 セリカにからかわれ、腕に絡みつかれ、グレンはひたすら慌てふためいていた。

 

「あれ?レーン先生ったら、まだ女性に戻られてないんですの?」

 

「ってか、あの金髪の女は誰だ?なんで、あんなにレーン先生に馴れ馴れしく……?」

 

「はぁ~~、面倒臭いなぁ……どっから説明しようかしら?」

 

 面倒臭い予感に、頭が痛くなってくるシスティーナであった。

 

 

 

 

 








今回はモンタナ州です。

人口103万人。州都はヘレナ。主な都市にビリングズ、ミズーラ、グレートフォールズです。

愛称は宝の州で、41番目に加入しました。

1864年5月26日にモンタナ準州としてアメリカ合衆国の行政単位になり、1889年11月8日に41番目の州になりました。

ワイオミングと並ぶ山間のど田舎州というイメージがありますが、州の東側は農業地帯です。 

カナダの国境に位置し、イエローストーンのほかに、グレーシャー国立公園などの見所があります。

鉄道交通の要でもあったのですが、アメリカでは貨物しか運ばれてこないため、発展から取り残されてしまった感があります。


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