ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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どうぞ~~


149話

 

 

 犬ぞりを繰り、なだらかに丘陵が続く雪原を疾風の様に駆け抜け――

 

 グレン達は、シルヴァスノ山脈の麓へ一気に辿り着いていた。

 

「ここがアヴェスタ山峰へ続くルートの登山口か……」

 

 吹き荒れる吹雪が嬲る防寒具の裾を押さえながら、グレンは、ジョン市長が急遽用意してくれた最低限の物資と装備を担ぎ、眼前を見上げる。

 

 いと高きに聳え立つ白の巨峰だ。

 

 針葉樹が疎らに生え、山の岩肌を厚く氷と雪が覆い尽くした、この暗闇でも輝くように美しい雪山であった。

 

 地形が複雑にうねっているようで、グレンの場所からでは頂上はよく見渡せない。

 

 気流がまったく読めないこの超悪天候下においては、飛行魔術の使用は不可能だ。

 

 頂上を目指すなら己の足を使うしかない。

 

 グレンは白い息を吐きながら、この一帯の地図を置いた。

 

 地図によれば、山頂から山麓へかけて連なる尾根が、幾つもの支尾根に枝分かれし、数多くの沢と谷を複雑に分断しているようだ。真っ直ぐ山頂へ向かうことは困難を極める。

 

 この地図を見る限りでは、数ある断崖絶壁を迂回し、道中幾つかある小ピークをトラバースして進んでいく、とある一つのルートからしか山頂への道はない。デタラメだがセリカも人間、飛行魔術が使えないというならば、間違いなくこの道を行くはずだ。

 

 ただ、そのルートの複雑さ、この悪天候と極低温下という環境条件を除けば……その登山難易度自体はそう高くないもののように思える。

 

 とはいえ、油断は禁物だ。

 

 グレンは携帯コンパスで方角を慎重に確認し、鉛筆で地図上に磁北線を引いた。

 

「準備はいいか、お前ら?」

 

 そして、グレンが後ろを振り返る。

 

 厚い防寒具に身を固め、背嚢を背負ったシスティーナ、ルミア、リィエル、ジョセフ、アリッサが神妙に頷く。

 

「【エア・コンディショニング】を切らすなよ?だが、気張りすぎても駄目だ。すぐに魔力が枯渇する。……幸い、この近辺は潤沢な霊脈が通う霊峰で、マナの大気中濃度が非常に濃い。呼吸法でマナを慎重に取り込め。この環境なら、今のお前らはそう簡単に枯渇しねえよ。……だが、慎重にな。焦って大きく吸ったら肺が凍るぞ」

 

「は、はい……」

 

「俺が先頭、ジョセフが左、アリッサが右、リィエルが殿だ。ルミア、回復役のお前はなるべく魔力を温存してくれ。白猫、お前は、黒魔【スぺ―シャル・パーセプション】……空間把握の術で、常に周囲の地形確認だ。どんな小さなクレバスも雪庇も見逃すなよ。……お前が俺達の命綱だ」

 

「ま、任せてください……」

 

「了解」

 

「了解、了解……」

 

「わかりました」

 

「ん」

 

「雪山は、魔術師である俺達にとってはそう怖いもんじゃない。悪意ある罠が仕掛けてある分、古代遺跡のダンジョンの方がよっぽど危険だ。……行くぞ」

 

 そう言って、三人娘達とデルタ二人組が頷くのを確認して。

 

 グレンは、雪山の頂上を目がけて歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 登る。

 

 …登る。

 

 ………登る。

 

 登れど登れど、広がるは白き死の銀世界。

 

 次第に角度を増していく雪山の斜面を、グレン達は無言で登っていく。

 

 ごぉごぉと、常に音を立てて吹き荒んでいく風を背に、ただひたすら登っていく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「……ふぅ」

 

 ただ、グレン達の陰鬱な息遣いだけが、吹雪の隙間に響いていく。

 

 幸い、道に迷うことはなかった。

 

 その道中、まるで道標のように、砕けた氷の亡霊の残骸が散らばっていたからだ。

 

「……先生、また……」

 

 足下の氷の骸骨の破片を痛ましく見ながらルミアが呟く。

 

「ああ、セリカの仕業だ。あいつが戦ったんだろう」

 

 周囲を見渡せば、明らかに地形が変わったような破壊痕が見られる。

 

「相変わらず、派手にやってますね……」

 

 システィーナが呆れたように言う。

 

「これって、雪崩とか起きないんですかね?」

 

「いや、このままだとマジで雪崩起こりかねんな。アイツ、雪崩の可能性を考えろっての……」

 

 ジョセフが頬を引きつらせながらそう言い、グレンが溜息を吐いた。こんな派手な破壊呪文を雪山のあちこちにぶちかませば、いつ雪崩が起きてもおかしくない。街からは、それなりに距離が離れているので、もし雪崩が発生しても被害はないだろうが、もう少し気遣って欲しいものである。

 

「でも、まぁ、教授おかげで、私達はろくに戦闘もなく、順調に登れていますよ」

 

「まあな、道中の亡霊は、あいつがあらかた始末してくれたみてーだし」

 

 だが、気になるのは……

 

 先ほどから、セリカの戦闘音が、ぱったり途絶えてしまったことだ。

 

 省エネ戦に切り替えたのか。

 

 ……あるいは。

 

(……今、考えていても仕方ねえか)

 

 ぶくりとあぶくのように浮かぶ不安と嫌な予感を振り払い、グレンは再び登り始めた。

 

 

 

 

 それからは、登る登る、ただひたすら登るだけであった。

 

 

 急斜面を登りきり尾根伝いに足を運ぶ。

 

 ほどなく切り立つ断崖に突き当たり、それに沿って吹雪を避けるように東へと迂回して渓谷へと進入し、それを渡り、差し掛かった斜面をさらに登る。

 

 たまに現れる氷の亡霊を、グレンの拳が、ジョセフの大鎌が、アリッサの無数のナイフが、リィエルの大剣が粉砕しながら登る。

 

 時には消耗が激しいグレンにルミアが、王者の法(アルス・マグナ)でアシストしながら登る。

 

 また道中でリィエルが大きなかまくらを錬金術で作り、グレンを無理矢理休ませて小休止をとる。

 

 弱気にないかけていたグレンを、システィーナの言葉で、胸中を蝕んでいた不安を一気に晴らしていく。

 

 

 

 

 

 登る。

 

 …登る。

 

 ………登る。 

 

 登れど登れど、広がるは白き死の銀世界。

 

 それは――唐突だった。

 

 ずん………何か強大な地響きが、グレン達へ届いたのだ。

 

 間違いなく、魔術の炸裂だ。

 

「せ、先生……?」

 

「セリカだ。近いな……周囲に注意を払ってくれ」

 

 グレンが警告を発し、足を止める。

 

 眼前の小高い尾根の向こう側から、地響きを立てて爆炎が上がるのが見えた。

 

「先生、あっちです!」

 

「ちっ!行くぜ!」

 

 グレン達が駆け足で、雪を蹴って尾根の斜面を駆け上がっていく。

 

 やがて、その天辺に辿り着いたグレンが、眼下を見下ろす。

 

 すると、そこには盆地のような広い沢と、奥に山頂へと続く急斜面があり――

 

「――居た!」

 

 この暗い吹雪の中でも、キラリと目を刺す金髪。

 

 眼下の空間の真ん中に、小さくセリカの後ろ姿が見えた。

 

「……って、なんだあ、ありゃあ!?」

 

 グレンが素っ頓狂な叫びを上げる。

 

 セリカの前には、まるで巨人と見紛う巨大な氷の骸骨が立ちはだかっていたのだ。

 

「氷の亡霊……ッ!?いや、デカ!?それにしてもデッカ!?」

 

「先生!あれはきっと集合霊です!アルフォネア教授を止めるために、ここ一帯の亡霊達が数多く寄り集まって巨大化したんですよ!」

 

「そんな……ッ!いくら、アルフォネア教授でも、あんな大きな怪物相手には――」

 

「ん。グレン、助けに行こう」

 

 ルミアが高位浄化呪文の起動触媒である香油を取り出し、リィエルが大剣を構える。

 

「そうだな!行くぜ、お前ら――」

 

「んー、これは援護する前に……」

 

 ジョセフの呟きを聞くことなく、グレンがセリカの援護に入るため、一気に斜面を駆け下ろうとすると。

 

「≪くたばれ≫ぇえええええええええええええ――ッ!」

 

 セリカが何事か呪文を叫んでいた。

 

 雪原上を、紅蓮に燃え盛る炎の線が、走った。

 

 奔る炎の線は、ぐるりと巨人の足下を取り囲み、さらに縦横無尽に奔る。

 

 やがて、真紅の線は複雑に絡み合い、文字を描き、五芒星を形成し――やがて、雪原一杯に巨大な炎の魔術法陣を形成した。

 

 次の瞬間、その法陣から地獄の業火が、天を衝かんばかりに燃えあがる。

 

 その火柱は炎などという生温いものではなく、プラズマに近い。真紅の紅炎(プロミネンス)だ。

 

 ――キシャアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!?

 

 当然、そんな紅炎に全身を丸呑みされた氷の巨人は、瞬時に消滅していく。

 

 あの見た目の強敵感とは裏腹に、あまりにもあっけなさ過ぎる幕切れだった。

 

「うそーん。まあじで?」

 

 ずさー、と。ずっこけたグレンが雪の斜面を頭から滑っていく。

 

「な、何もかも力尽くで……」

 

「さすが、アルフォネア教授だね……」

 

「ん、セリカ、強すぎ」

 

 システィーナとルミアも苦笑いし、リィエルも微妙な表情をするしかない。

 

「ったく、やっぱ、あいつは規格外だなぁ……くそ」

 

 やることがなくなってしまったグレンが、雪面上で頬杖をついて寝そべりながら、眼下のセリカの頼もしい背中を見やる。

 

「あれ?ひょっとして……あいつって、一人で白銀竜退治、ヨユーな感じ?俺達要らない子だったとかそういうオチ?心配して損したってやつ?」

 

 グレンがふて腐れたように溜息を吐いた……その時だった。

 

「んなわけないじゃないですか。見てくださいよ、教授を」

 

 いつの間にかグレンの側にいたジョセフが眼下のセリカに指を指す。

 

 すると、遠くに立つセリカの身体が、不意にぐらり、と傾いた。

 

 どさ……その場に、糸の切れた人形のように倒れ伏してしまったのだ。

 

「――ッ!?セリカ!?」

 

「教授!?」

 

 グレンが慌てて跳ね起き、一気に斜面を下り、セリカへと駆け寄る。

 

「おい、セリカ!?どうした!?しっかりしろ!?セリカ!?」

 

 そして、鬱陶しい雪を蹴り払いながらようやくセリカの下へ辿り着き、助け起こす。

 

「セリ――」

 

 セリカの身体に触れたグレンが、思わずぞっとする。

 

 意識を失ったセリカの顔色は真っ青で……その身体は、とてつもなく冷たかった。

 

「……マナ欠乏症ッ!?やっぱ、お前……無茶してたんじゃねえか!?」

 

「まぁ、そりゃそうでしょうよ」

 

 実は、セリカは、昔ほど魔力容量が絶対的ではない。

 

 魔煌刃将アール=カーンとの戦いで魂を損傷し、以来、魔力容量が大幅に減衰しているのだ。依然、魔力濃度は世界最高峰であるため、魔術の威力は左程変わらないが……今のセリカはとにかく、長期戦が苦手だ。

 

「ここに来るまで、俺達がほとんど戦闘せずに済んだのも、教授が氷の亡霊達を撃破し続けたこそだろうよ。ましてや、ここは立っているだけで魔力を食い取られる極低温の世界。今の教授であんなに高威力の魔術をアホみたいに撃ちまくったら……こうなるわな」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「いいや、不味い!こいつ、【エア・コンディショニング】の維持も難しくなるくらいに消耗しきってやがる……マナ欠乏症に低体温症が併発してやがる!今すぐなんとかしねえと、マジで命に関わるぞ!?」

 

「わ、わかりました!とにかく、私、火を起こします!」

 

「じゃあ、私は、法医呪文で生命維持を試みます!」

 

「ん!わたし、かまくら作る!」

 

「アリッサ、まだ連中がくるかもしれんから、ここを見張るぞ」

 

「動くものがあったら?」

 

「ここに俺達以外の人間なんざいないさ。始末して構わんよ」

 

「了解」

 

 駆け寄った一同が、セリカを救おうと慌ただしく動き始める。

 

 だが、その時。

 

 ごごごごごご……低い地鳴りが、グレン達の耳に届いていた。

 

「な、なんでしょうか?この音……?」

 

「まさか、白銀竜が……?」

 

 不安げに辺りを見回すシスティーナとルミア。

 

 リィエルも大剣を油断なく、深く低く構える。

 

 だが――

 

「うそ……」

 

「おいおいおいおいおい……マジかよ、マジかよ、マジかよ……ッ!?」

 

 見張りのため、グレン達よりも少し前方に離れていたアリッサとジョセフは山頂へ続く急斜面の方を見上げるなり、真っ青になって呻く。

 

 山頂へ続く斜面の上方部が、妙に白く煙っているのが見えた。

 

 その煙はどんどん勢いを増して、こちらに迫ってくるようだ。

 

 低い地鳴りは、それにつられて次第に強くなり……そして、ようやく何が迫って来ているのか、後方にいたグレン達にもはっきりとわかるようになる。

 

 洪水の如き大量の雪だ。それが斜面を流れ落ちるように下ってきているのだ。

 

「まさか――雪崩!?」

 

 正体を察したシスティーナも、真っ青になる。

 

「セリカのアホが、考えなしにバカスカ魔術を撃ちまくるからだ、ド畜生ッ!」

 

 おどけたように悪態を吐くが、グレンの表情にはまるで余裕がない。

 

 そうしている間にも、雪崩は刻一刻とグレン達を呑み込まんと迫って来ていた――

 

「先生達、早く!早く、あの尾根の上に登ってください!ここは雪崩の直撃コースですよ!」

 

 雪崩の規模、雪崩の特性、周囲の地形。それらから考えられる安全地帯を探していたジョセフが一際高い尾根を指さし、グレン達に告げた。

 

「白猫!ルミアを担いで≪疾風脚≫だッ!それで、あの尾根の上に登れッ!そこなら雪崩をやり過ごせるはずだッ!」

 

 グレンは、僥倖だと思い、システィーナに指示を飛ばす。

 

「今のお前なら一人くらいなら抱えてもできるはずだ!リィエル!白猫の万が一のミスに備えて、フォローに回れ!お前の身体能力なら可能なはず――頼んだぞ!」

 

「せ、先生はどうするんですか!?」

 

「俺は――セリカをなんとかするッ!」

 

 グレンは、ぐったりとしたセリカを背負って立ち上がる。

 

「で、でも――」

 

「どやかましい!とにかく急げッ!他人の心配してる場合じゃねえぞ!早く、安全地帯に上がれッ!このままじゃ全滅だ――ッ!」

 

 そんなグレンの逼迫した叫びに背中を押されるように。

 

 システィーナ、ルミア、リィエルがグレンの指さす尾根を目指して駆け出した。

 

「クソ、クソ、クソッ!走れ、アリッサ!とにかく走れッ!」

 

 一方、グレンよりも前に出ていたジョセフ達は、迫ってくる雪崩から逃げるように身体能力強化の【フィジカル・ブースト】を魔力全開しにして、一気に駆け登ろうとしていた。

 

 だが、その時。

 

「あ――ッ!」

 

 アリッサが、雪に足を取られてしまい、転倒してしまったのだ。

 

「マジかよッ!?」

 

 ジョセフも足を止めて――そして、迷わずアリッサの下へ駆け寄る。

 

 しかし、これがとんでもないロスタイムになり、雪崩が無情にも二人に迫ってくる。

 

「ジョセフッ!?アリッサッ!?二人とも急いで、早くッ!」

 

 ルミアを担いで≪疾風脚≫でリィエルと共に、尾根を登りきったシスティーナがジョセフ達を見て顔面蒼白になる。

 

 一方でグレンもかなり消耗していたのか、疲労困憊であり、まだ遥か下の方に居た。

 

 その間にも、雪の津波が猛然と無慈悲に迫る――迫る、迫る、迫る――

 

「クソったれッ!」

 

 もう間に合わないと察したジョセフが、アリッサを抱きかかえて、雪崩を背に衝撃に備える。

 

「ジョセフッ!?」

 

「備えろ!窒息はしたくないだろ!?」

 

 ジョセフの言葉を察したアリッサも、衝撃に備える。

 

「ジョセフ、アリッサ!?」

 

 雪崩に呑み込まれそうなジョセフ達を見て、グレンは真っ青になるが、やがて、冷静に状況を分析し――

 

「白猫、来るなッ!もう間に合わねえ!そもそもお前、俺達全員担ぐの無理だろ!?」

 

 居ても立ってもいられず、≪疾風脚≫で、グレンの下へ駆けつけようとするシスティーナを止める。

 

 ジョセフは、喉を振り絞って大声を上げる。

 

「リィエル!システィーナとルミアで、どっか安全な場所で雪洞を掘って、ビバークしとけッ!大丈夫、死には――」

 

 最後にそう言い残して。

 

 ――無慈悲なる白き質量の蹂躙。

 

 最初にジョセフとアリッサが、その直後にグレンとセリカが雪崩の中に呑み込まれ、押し流されていくのであった。

 

「せ、先生ぇええええええええええええええええ――ッ!」

 

 システィーナの悲痛な叫びが、山間に木霊する。

 

 

 

 

 そして、その時――白き巨峰が、哭いた。

 

 一際強くなる吹雪に、濃密な霧が混じり始める。

 

 ――ホワイトアウトだ。

 

 叩き付けるように到来した雪とガスが全てを閉ざし――システィーナ達の視界が白一色に塗り潰され、世界の輪郭が溶け消えるのであった。

 

 

 

 

 









ここまででよかろう(グーグル再翻訳:ここへ行こう)……全然、意味が違う!?
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