ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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150話

 ――それは、天の智慧研究会を壊滅させるためにアルザーノ帝国に派遣される前の、ある任務にて。

 

 北メリゴ大陸南部から中央メリゴ、そして南メリゴ大陸の北部を領有する大国、クスコ帝国領内。

 

 そのクスコ帝国南部の熱帯雨林地帯に、一人の少年が伏せた体勢で、川を挟んで向かい側に建っている立派な豪邸を眺めていた。

 

 ……正確には、()()()()()()()()()()()()を狙撃銃で探していた。

 

「……いた」

 

 眼下にある豪邸の三回の談話室らしき部屋に、複数の護衛を連れて入ってきた男をジョセフは見つけ、スコープ内の照準線の中央に捉える。

 

「……H.Q。こちらナンバー6。標的らしき人物が三階の談話室に入った」

 

『こちらH.Q。了解した、ナンバー6。ナンバー7、識別のためカメラを標的に向けてくれ』

 

「聞こえたな、ナンバー7。カメラを標的に向けろ」

 

 ジョセフは左隣に同じく伏せた状態でいるアリッサに、狙撃銃と同じ方向に向けるように言う。

 

 アリッサは黙ってカメラを三階の談話室の上座の椅子にふんぞり返っている――部下に威圧的な言動を飛ばしている男に向ける。

 

 そして、そのままずっと、カメラを向け続ける。距離が三、四〇〇メトラ離れているためか、男は狙撃銃とカメラに捉えられているということにまったく気付いていない。

 

 それどころか、ここは絶対に誰にもバレないと高を括っているようにも見える。

 

 しかし、それでも男は自分を狙っている敵がいるというのを自覚しているのか、豪華な屋敷の敷地内には、完全武装した見張りが二方向の門、中庭、屋上等々……要所要所に配置されていた。

 

 しばらく、そのままカメラを男に捉え続けていると。

 

『……確認した。標的に間違いない。彼が≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫だ』

 

 そう、ジョセフとアリッサ、それと屋敷の正門手前に隠れているフランクとアリからなるデルタは、談話室でふんぞり返っている男――≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫ことエリベルト=ラスカーノを殺害するために、連邦からわざわざクスコ帝国中部に位置するベラクルス州の熱帯雨林地帯まで来ていたのだ。

 

「それで、どうする?奴さん、丸裸だから今なら撃てるぞ?」

 

 ジョセフが狙撃銃で狙いを定めながら、司令部に射撃の許可を求めたが……

 

『いや、まだ狙撃はするな。≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫が誰と繋がっているのか、それを知りたい。そのまま標的を監視しろ』

 

「……了解」

 

 ……まぁ、司令部の言い分もわからないでもない。

 

 連邦軍の特殊部隊がなぜ、戦争中でもないのにクスコ帝国内にいるのかというと、最近、連邦内――主に南部で違法薬物が流通しているため、流通している犯罪組織の首領を殺害するためであった。

 

 本来、こんな違法薬物の取り締まりはクスコ帝国の警察、もしくは軍がやるべきはずなのだ。

 

 実際、連邦はクスコ帝国に対し、帝国が違法薬物流通の中継地になっているため、取り締まるように再三、再四にわたって要請したのだが一向に状況が改善されることはなかった。

 

 この状況にしびれを切らした連邦政府は治安維持の名目でデルタをクスコ帝国に派遣。

 

 その主要な組織の一つであるセタスを率いる≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の殺害に乗り出したのであった。

 

 とはいえ、なぜ、アメリカ連邦、アルザーノ帝国、レザリア王国と共に四大列強国にその名を連ね、かつ世界有数の警察・軍事組織を有しているクスコ帝国がなぜこうも犯罪組織に翻弄されているのか、連邦政府はその実態を知りたかった。

 

「それにしてもまぁ、こんな大層立派な豪邸を建てちゃって……さぞかし儲かってるんやろうな」

 

『ていうか、これ、もう隠す気もクソもないじゃんか。一体、ここの警察と軍はなにやってんだ?』

 

 犯罪組織なのにこうも堂々と屋敷を構えているのが信じられないとばかりに、フランクが呆れながらそう言う。

 

 と、その時。

 

「……その理由、なんとなくわかったかも」

 

 今まで黙っていたアリッサが双眼鏡である地点を見ながら、口を開いた。

 

『わかるって、お前、何か――』

 

『――隠れて!』

 

 アリの切羽詰まった声に、思わず頭を下げるフランク。

 

 それから間もなく、ある一団がフランクとアリの目の前を通り過ぎていった。

 

 その一団は正門前で止まると、近寄って来た見張り達と何か話しているようだ。

 

「あの一団は……帝国の地方警察やんか」

 

『ほう、連中、やっとこさ取り締まる気になったかい。いやぁ感心、感心』

 

『……に、しては様子が変じゃないかしら?』

 

 確かにアリの言う通り警察と見張りの問答は、どこか緊張じみた感じというよりはなんか違う感じがする。

 

 まるで知り合いに接しているような、普段、利用している顧客と接しているような、そんな感じなのだ。

 

「……H.Q。こちらナンバー6。標的の屋敷の正門で、クスコ帝国の地方警察の一団が現れたんだが、何か様子が変だ。こちらも監視したほうがいいか?」

 

『こちらH.Q。ナンバー6、彼らの行動を監視せよ』

 

「了解。ナンバー7、お前は≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の監視を頼む」

 

「了解、任せて」

 

 ジョセフは狙撃銃を≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫から地方警察の一団に向け、スコープ越しに覗く。

 

 何か話してはいるが、緊張で張り詰めた感じはしない。

 

(連中の後ろにある荷物。ありゃ、なんだ……?)

 

 ジョセフは一人の地方警察官が持っているスーツケースに気付く。

 

 あの中には一体、何が?そもそも、こんな所に持ってくるものなのか?

 

 なにか怪しい。そう思っていた時だった。

 

 正門が開き、見張りが警察官を中に入れたのだ。

 

 入れる前に他に誰かいないか、警察官達も、見張りも入念に確認した後、招き入れ、門を再び閉めた。

 

 そして、そのまま案内されるがままに三階の談話室――つまり、≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫がいる部屋へ案内され、談話室に入る。

 

『ナンバー6、中はどうだ?』

 

「≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の元に連中は入ったが、やっぱりおかしいな。逮捕するとか、そういう様子すらも見せない。ホント、なんなんだ、連中は?」

 

 ジョセフが怪訝そうに顔をしかめた、その時だ。

 

 一通り会話していた警察官の一人――恐らく、この一団を率いている男がスーツケースを持っている部下に、ケースを≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の元に出すように促した。

 

 警察官は言う通りにスーツケースを≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の前に出し、中身を確認するような素振りを見せる。≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫は自分の部下にスーツケースを開けるように促す。

 

 ≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の部下が、スーツケースの中身を開けた。その中身にジョセフはヒューっと。口笛を吹いた。

 

「……こりゃ、取り締まれるはずがないわけだ。H.Q」

 

『こちらH.Q。何かあったか?』

 

「地方警察の一団がスーツケースを持って、≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫がいる談話室に入っているが……連中、薬物を≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫に渡していやがる」

 

 ジョセフはそう言いながら、≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫がその見返りとしてなのだろう、大量の金が入ったスーツケースを警察官達に見せ、それを渡しているところを見ていた。

 

「≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫が渡したスーツケースの中の金額……安月給で働かされる地方警察にとってはさぞ魅力的やろなぁ……」

 

 むしろ、取り締まった方が警察官達には都合が悪いのだろう。だから、取り締まらない。

 

『……それならば、帝国警察なり帝国陸軍でも海軍でも投入すればいい話なんだろうが……』

 

『……多分、警察も陸軍も買収されてるでしょうね。唯一、海軍だけはそうじゃないみたいだけど、彼らだけじゃ到底、追いつかないわ』

 

「……しかも、≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫もそうだが、他のカルテルも自分の意向に逆らった連中は、見せしめで家族諸共、皆殺ししているからな。恐らく、政治家も役人も買収されてるだろうよ……って、これ、もうダメダメじゃねえかッ!?」

 

 ジョセフはさらりと言った後、頭を抱える。

 

 なんというか……これじゃあ、国としてまともに機能していないに等しい状態だ。

 

 そんなやり取りをしていると。

 

『こちらH.Q。ナンバー6。”正義の矢は放たれた”。繰り返す、”正義の矢は放たれた”』

 

「……了解」

 

 ジョセフはそう言って、通信機を切ると、狙撃銃の安全装置を解除する。

 

 そして、スコープの照準線の真ん中より下の縦線を≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の頭に合わせる。

 

 正義の矢は放たれた――つまり、標的の射殺を許可するということだ。

 

『よし、最後に確認するぞ。ナンバー6が≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫を殺害後、俺とナンバー9が正面から突入、奴さんから色々と”拝借”する。ナンバー7、お前は観測手だ。敵の動きを見て、ナンバー6と俺達を援護しろ。用が済んだら川の下流に向かい、そこで我らの沿岸警備隊と合流、ここをおさらばして巣に帰る。……質問は?』

 

 フランクの最終確認に対し、誰も口を開けない。

 

『……よし。んじゃ、ちゃっちゃと終わらせて、連邦に帰ろう。でないと、大酒飲みのお嬢さんが……って、いてててててて――ッ!?ちょ、つねるな、バカッ!?』

 

『そうねぇ……帰ったら、テキーラで飲み比べしましょうか、ナンバー4?負けた方が全額支払うということで♪』

 

『あかん、あかんッ!そないことしたら、俺が絶対負けるじゃねーか!?しかも、お前の飲みっぷり、マジで半端ないから!破産しちゃうから!』

 

「……なにやってるんですか、二人とも……」

 

 フランクとアリのやり取りを、ジョセフは呆れ、そしてアリッサに振り返る。

 

「よし、ナンバー7。始めるぞ、いいか、俺達はチームだ。何があっても俺はお前を見捨てないし、そんなつまりはさらさらない。だから、お前も、俺に何かあった時は見捨てるなよ?頼むぜ、()()?」

 

 そう、ジョセフはアリッサに言うと。

 

 ジョセフは狙撃銃に振り向いてスコープを覗き、≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の頭部に狙いを調整し、定める。

 

 風はほぼ無風。このまま撃てば≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫の脳天を撃ち貫けるし、仮に下に行ったとしても、首を撃ち貫いて失血死させることができる。

 

 丁度、≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫は数人の金髪の美女を談話室に迎え入れている最中であった。

 

「……あの男、金髪の女好きだということは身辺調査でわかってはいたが……まぁ、大層な美人を招待しちゃって……」

 

 ジョセフはそう言いながら、ニヤリと不敵に笑い、引き金に指をかけ、ゆっくりと引く。

 

「……せやけどな、≪死刑執行人(エル・ヴェルドゥゴ)≫さんよ……残念だが、お相手変更や」

 

 そう言うと、ジョセフは引き金をグッと引く。

 

 その瞬間、銃声が熱帯雨林地帯に木霊し――周囲にいた鳥が一斉に飛び立ち――銃弾が銃口から吐き出されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああああああああ――ッ!」

 

 コレットの焔を纏う上段回し蹴りが、氷の亡霊の頭部を粉砕する。

 

「さぁ、行きますのよ――ッ!」

 

 フランシーヌが放った白い天使の細剣の連続突き(ラッシュ)が、氷の亡霊を蜂の巣にする。

 

「ふ――ッ!」

 

 ジニーが振るった双刃がXの字を描き、氷の亡霊を四つに分断する。

 

 そして――ざっと雪を踏みならして。

 

 三人は、互いに背中合わせで集まり、周囲を警戒した。

 

「ぜぇ、ぜぇ……今回はこんなもんか……ッ!?」

 

 渦巻く吹雪が唸りを上げる中、コレットが白い息を吐いて拳を構えながら言った。

 

「そのようですわね……また、おつ次の波が来るかわかりませんけど……」

 

 フランシーヌは、とりあえず周囲に動いている亡霊がいなくなったのを確認し、召喚した天使を送還する。

 

 その周囲で戦っていた聖リリィ魔術女学院の生徒達も、一旦、息を吐いて、戦闘態勢を解いていた。

 

「……一度、陣地に戻りましょう、お嬢様。敵の攻勢も大分、散発的になっていますし、その数も減ってきましたが……まだまだ襲撃はあると見るほうが上策かと」

 

「そうですわね。……今宵の夜は長そうですの」

 

 ジニーの淡々とした進言に、フランシーヌが頷くと。

 

 警備官隊の隊長が、数名の部下と共に三人の下へ駆け寄ってくる。

 

「今回も助かったよ!さぁ、こちらに来てくれ!温かい飲み物を用意している!」

 

 氷の亡霊達の攻勢には波がある。どうやら北から散発的に集団でやって来るようだ。

 

 それゆえに、フランシーヌ達と警備官達は、ホワイトタウン北地区にバリケードと陣を構え、襲撃があるごとに、その場へ急行して対処するという迎撃作戦を取っていた。

 

 今日一日、フランシーヌと警備官達は延々と戦い続け、時分は、すでに夕暮れ時だ。

 

 夜が近づいて寒気も増し、元々薄暗かった世界が、さらに暗くなりつつあった。

 

「しかし、今はなんとか凌ぎきっているが……君達にも限界があるだろう?」

 

 隊長が心配そうにフランシーヌ達を見る。特に大きな負傷はないが、度重なる戦闘によって、少女達の整った顔立ちには疲労の色がありありと浮かんでいた。

 

 無論、疲弊しているのは彼女達だけではない。警備官や自警団も、亡霊の足止めや市民の避難誘導を必死に行い、今やボロボロであった。

 

「本当に、このホワイトタウンは……スノリアは滅びから逃れられるのだろうか?」

 

 こんな先の見えない不安な状況に、隊長はつい弱音を零してしまう。

 

 すると。

 

「大丈夫だって!」

 

「大丈夫ですわ!」

 

「……まぁ、多分、大丈夫かと」

 

 コレット、フランシーヌ、ジニーが声を揃えて言った。

 

「ど、どうしてそう言い切れるんだい?君達も見たんだろう?あの白銀竜を――」

 

 その隊長も、辛うじて白銀竜の存在を覚えていた数少ない人間の一人だ。

 

 あの白銀竜を倒さなければ、スノリアが滅ぶ。それを理解しているからこそ、あの竜を一目見た時の絶望感を思えば、何をどうしても悪い想像しかできない。

 

「それに……先ほど、アヴェスタ山脈の中腹で、雪崩が観測されたのは聞いただろう?ひょっとしたら、その雪崩で討伐隊が全滅した可能性もあるんだ。……なのに、なぜ、君達はそんなに強気で居られるんだ……?」

 

 戦ってくれている子供に対して、大人が言うべき言葉ではないのはわかってる。

 

 だが、隊長の言葉は、今、この街を必死に守って戦う者達全ての胸中の代弁だ。

 

 この極限状態や疲労が、どうしても心に弱きを忍び込ませるのだ。

 

 だが。

 

「先生がいるからさ!私達の先生は、あんなチャチなトカゲにゃ負けねえよ!」

 

「そうですわ!あの御方は、絶対に私達を助けてくださいますの!あの御方は、知恵と勇気で、己が運命と未来を切り開く、”本物の魔術”なのですわ!」

 

 コレットとフランシーヌは、件のグレン先生とやらへの無限の信頼が灯った目で、そう力強く言うのであった。

 

「やれやれ、励まされてしまったな。大人の私達がしっかりしなければならないのに」

 

 隊長が苦笑いしながら自省していた……その時だ。

 

「カイト隊長!また、やつらが来ました!次は、三番街の方面です!数は十四!」

 

 その場に伝令役の警備官が、息せき切って駆けつけていた。

 

「そうか!……すまない、君達。一休憩前に、もう一仕事頼めるだろうか?」

 

「任せてくれよ!」

 

「任せてくださいな!」

 

「……はー、面倒くさ」

 

 そう元気よく応じ、次なる戦場を目指し、雪を蹴って駆けていく三人。それに従い続く聖リリィ魔術女学院の女子生徒達。

 

 そんな彼女達の後を追いながら、隊長は思った。

 

(頼もしい……とはいえ、彼女達にも限界があるのは事実……)

 

 フランシーヌ達は素晴らしい働きをし続けてきたが、やはり当初と比べたら、動きに色濃い疲れが見えている。

 

(夜明けまでに、決着がつくといいんだが……)

 

 アヴェスタに挑んだ、グレン達へ思いを馳せながら。

 

 隊長やその他の警備官達は、心身に気合を入れ返すのであった。

 

 

 

 

 

 






今回はここまでで

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