ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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どうぞ。


154話

 

 

(……と、まぁ、強いんやけど、大分、無茶してるしな)

 

 ジョセフは、セリカの次元の違う戦いぶりを横目で追いながら物思う。

 

 今、セリカは魔煌刃将アール=カーンとの戦いで、霊魂を激しく損傷し、その魔力容量が大きく制限されている状態にある。

 

 そんなセリカが、あれほどの大魔術を湯水のごとく連続行使できるものなのか?

 

 はっきり言って、それは不可能である。

 

 あれほどまで魔力全開の大魔術など、本来、二、三発で完全枯渇してしまう。

 

 では、なぜ、それが出来るのか?

 

 それは、ひとえに、セリカから少し離れた後方に立つ、システィーナとルミアのお陰に他ならない。

 

 その二人は、寄り添うように手を繋いで立ち、静かに目を閉じ、セリカの背中に手を向けて念じている。

 

 今、彼女達は、仮サーヴァント契約で、セリカの従者となっているのだ。

 

 その霊的な繋がりを通して、ルミアは≪王者の法≫の異能をセリカに送り、システィーナは自身が練った魔力を片っ端からセリカへ供給している。

 

 システィーナの豊富な魔力源、ルミアの≪王者の法≫のアシスト。

 

 この二つがあって、ようやく、セリカは今のスペックを発揮できるのだ(それでも、全盛期には、及ばないらしいが)。

 

 だが、この方法だと、ルミアとシスティーナから離れれば離れるほど、二人のアシストの効果は減衰されてしまう。

 

 そして、されど相手は竜。しかも、絶大な力を持つ古き竜だ。

 

 セリカの全神経は、遥か頭上、常に空を舞う王者へと注がれていなければならない。

 

 ゆえに――

 

 竜の呼び声に従って、山の麓からわらわらと押し寄せて来る氷の亡霊への対処は不可能だ。古き竜の相手は片手間にできるものではない。二百年前の全盛期ならいざ知らず、今のセリカにそれはできない。

 

 だが、そんなセリカの周囲に湧いて出てくる亡霊達に対処するのが――

 

「まぁ、ウチらってことなんです。じゃあ、アリッサ、ウチらは右側のを片付けるで」

 

「了解、ロックンロール(棒)」

 

「じゃ、俺達は、左側だッ!さぁ、行くぜ、リィエルッ!」

 

「ん――」

 

 グレンとジョセフとリィエルとアリッサが、セリカを中心に、疾く素早く雪原を駆ける。

 

 ジョセフが【ウェポン・エンチャント】で付呪した二振りのトマホークを圧縮から展開する。

 

 まず通り過ぎざまに右側の一体の氷の亡霊の頭蓋をかち割る。

 

 そして、すぐにトマホークを引き抜き、今度は左側の氷の亡霊の足を引っかけ、そのまま投げ飛ばす。

 

 投げ飛ばされた氷の亡霊は後続の亡霊にぶつかり、そして、ドミノ倒しのように次々と倒れていく氷の亡霊達。

 

 そこに。

 

「≪|神から与えられし聖なる剣よ《エ・ウナ・スパーダ・サンタ・ダダ・ダ・ディオ》≫――ッ!」

 

 アリッサが一節詠唱を唱えると、折り重なるように倒れていた氷の亡霊達の頭上に、無数の光の剣が降り注ぐ。

 

 雨霰と降り注ぎ、地面に無秩序に突き刺さる剣。

 

 そして。

 

「≪消し飛べ(ノン・プォイ・カンチェラーロ)≫――ッ!」

 

 そう詠唱して指を打ち鳴らすと。

 

 無数に突き刺さった剣から盛大な爆発音が響き渡る。

 

 盛大に爆発したところから、地面が一瞬揺れる。

 

 雪が吹き飛び、岩肌が露わになり、辺り一面火の海になる。

 

 アリッサが唱えたレザリア王国の黒魔【ラ・スパーダ・デル・フォコ】によって、そこにいた氷の亡霊達は跡形もなく消滅していた。

 

 一方で。

 

「ふっ――ッ!」

 

 グレンが鋭くステップを踏み、左右の拳を連続で繰り出す。

 

 粉砕、破砕、撃砕。

 

 氷の亡霊達の頭蓋が飛び、肋骨が折れ、氷の骨片が雪原にぶちまけられる。

 

「いいいいやぁあああああああ――ッ!」

 

 リィエルが、雪を激しく蹴り上げて突進し、大剣を独楽のように全力で振り回す。

 

 大回転、鎧袖一触。

 

 旋風剣波に巻き込まれた氷の亡霊達が、粉々に砕け散って天を舞う。

 

 押し寄せる亡霊の津波を、左側ではグレンとリィエルが、右側ではジョセフとアリッサが押し返す。

 

 四人の拳と剣とトマホークと光の剣が次々と、氷の亡霊達を撃破していき、セリカに指一本触れさせない。

 

 一見、セリカが圧倒的に有利。

 

 だが、誰か一人でも崩れれば、即座にひっくり返される――そんな薄氷の上に立っているような状況。

 

「……ったく、マジで頼むぜ、お師匠様よぉッ!」

 

 グレンが俊敏に地を駆け、飛び蹴りを放つ。

 

 猛禽が獲物を狩るように鋭敏なその蹴りは、眼前の氷の亡霊の胸部に突き刺さる。

 

 吹き飛ばされ、氷の亡霊が複数の氷の亡霊を巻き込んで倒れていき――

 

「≪紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吼え狂え≫――ッ!」

 

 グレンはその中央に、黒魔【ブレイズ・バースト】を叩き込む。

 

 激しく爆炎が上がり、その場に群れる氷の亡霊達をさらに四散させる。

 

「……誰に物言ってんだ、バカ弟子」

 

 指鳴らしで起動される、セリカの黒魔【プロミネンス・ピラー】。

 

 正に天を衝く巨大な紅炎(プロミネンス)の柱が、大地から空へ幾本も昇り立つ。

 

 この極寒の猛吹雪を灼熱業火が瞬時に細かく寸断し、世界を一瞬、朱に染め上げる。

 

 その連続で突き上げる無数の紅炎の前に、竜は近づけない。

 

『ぐ――ッ!?おのれぇええええ……ッ!?』

 

 慌てて回避行動を取って空を旋回し、その狭い空を追い立てられていく。

 

 そして、それぞれの戦いの中――

 

(ほんと、まぁ、お強いこって……)

 

 頭蓋を粉砕し、真っ二つにしたり、投げ飛ばしたりしながらジョセフはセリカを横目で流し見る。

 

 敵は、依然、強大だ。

 

 本来なら、こうして、この場に立つのもおこがましい、絶望的な相手だ。

 

 本音を言えば、今すぐ回れ右をして、この山から逃げ帰りたい。

 

 だが――

 

(……負ける気がしない)

 

 回し蹴りで、氷の亡霊を吹き飛ばしながら、ジョセフは物思う。

 

(こっちには、世界最強の魔術師さんがおるんやさかい。負ける気がしない)

 

 背後に立つ強大で頼もしい存在を感じ、それを信じながら。

 

 ジョセフはひたすらにトマホークを振るい続けた。

 

 

 

 

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!』

 

 空を舞う竜が吠える。吠える。

 

 竜の咆哮と共に、天空より無数の稲妻が乱舞し、セリカを叩き付ける。

 

 それは例えるなら、雷の流星群。

 

 まるで天の雷神が癇癪を起こし、その雷槍で地上を連続で無茶苦茶に突いて、全ての大地をひっくり返そうとでもしているかのような有様。

 

 そのたった一撃でも地面に落ちれば、桁外れの電流が雪上を伝って、グレン達は感電、全滅必至。消し炭となって骨の一欠片も残らないだろう。

 

 しかし――

 

「≪しゃらくせえ≫――ッ!」

 

 セリカが、黒魔【プラズマ・フィールド】を展開した。

 

 セリカを中心に、魔力線が縦横無尽に大地を奔り、瞬時に、山頂の平原を全て埋め尽くす巨大な魔術法陣が形成される。

 

 そして、魔術法陣の各所霊点から、同じく無数の稲妻が天に向かって立ち昇り――天より飛来する稲妻を迎撃する。

 

 稲妻と稲妻の激突、相殺。

 

 無数の閃撃と明滅が、見上げる大空の全てを埋め尽くした。

 

 激突、激突、激突。

 

 爆ぜる雷鳴が幾十にも折り重なり、大気を震わせる。

 

 激突、激突、激突、激突。

 

 絡み合う雷光が逃げる場を求めて、狭き空を無尽に駆けて、散っていく。

 

「ふっ、稲妻の扱いが下手(まず)いぜ?それでも竜かよ」

 

『空ぁあああああああああああ――ッ!?』

 

 さらに、稲妻を繰り、振るい続ける両者。

 

 天より飛来する雷光、地より逆翔ける雷火の炸裂、激突、相殺、大炸裂――

 

 世界が白と黒に激しく明滅し、最早、目も開けて居られない。

 

「どうした!?そんなものか!?トカゲ野郎!?」

 

『馬鹿め!撃ち合いが拮抗しているというなら――ッ!』

 

 竜が何者かに語りかける。

 

 途端、セリカの周囲に立ち上がる、無数の氷の亡霊達。

 

「――ッ!?」

 

 そして、氷の亡霊達が容赦なく、稲妻を繰るセリカへ襲いかかる。

 

『さぁ、呼吸を乱せッ!その瞬間が貴様の終わりだ――ッ!』

 

 そう、この撃ち合いは完全に拮抗状態。

 

 一瞬でも、氷の亡霊達に意識を割けば、その瞬間、セリカは撃ち負ける。

 

 だが――

 

「ふん」

 

 セリカは、周囲の亡霊達を完全に無視して、稲妻を繰り続ける。

 

「生憎な……」

 

 そして、亡霊達の腕がセリカを捉えようとしていた、まさにその瞬間。

 

「しぃ――っ!」

 

 割って入った旋風が、セリカを囲む亡霊達を悉く吹き飛ばす。

 

 ――グレンだった。

 

「……私は、可愛い弟子のことを信じてるんで」

 

『な――』

 

 この瞬間、目算を外された竜の方が、逆に呼吸と集中を乱した。

 

「そこだ」

 

 すかさず、セリカが無数の稲妻を派手に容赦なく、執拗なまでに竜へ叩き込む。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!?』

 

 地より立ち昇る電撃乱舞に、何度も何度も全身を穿たれ、竜が吹き飛んでいく。

 

『おのれ、空ぁ……ッ!おのれぇえええええええ――ッ!』

 

 空中で体勢を立て直しながら、その凍えきった双眼で、遥か眼下のセリカを睨む竜。

 

「ははっ!ほら、もっとかかって来いよ!?憎いんだろ、この私が!?」

 

 指先を天に向け、誘うように手招きするセリカ。

 

 一匹と一人は戦い続ける。

 

 天をどよもし、地を震わせ、あらん限りの魔力と技を振るって、熱く激しく戦い続ける。

 

 その戦いに割って入れる者など、どこにも居ない。

 

 一人と一匹は、ただひたすらに、魂の激情のまま、戦い続けるのであった。

 

 

 

 

 

 ――。

 

 ――。

 

 

 

 

 ――どれくらい戦い続けただろうか。

 

 ――どれほどトマホークを振り回したのだろうか。

 

 

 

 回し蹴りしたり、頭蓋をかち割ったり、吹き飛ばしたり、投擲して頭蓋を破壊したりなどジョセフは、縦横無尽に暴れ回っていた。

 

 氷の亡霊達はそんなジョセフを襲うと、アリッサが起動した黒魔【ラ・スパーダ・デル・フォコ】によって、跡形もなく消し飛ぶ。

 

 投擲したトマホークを抜き取り、次の氷の亡霊を始末しようとした、その時だ。

 

「今だ、グレン――やれッ!」

 

「――ッ!?」

 

 氷の亡霊を殴り倒していたグレンが、驚愕に振り返る。

 

「いいのか!?まだ、氷の亡霊の数はそんなに減って――」

 

「構わんッ!私を信じろッ!」

 

 セリカが力強く言った、途端。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 グレンが雄叫びを上げ、迫り来る竜の方向を目がけて、雪上を駆けた。

 

 畳みかけてくる亡霊達をいなし、飛び越え、乗り越え――ひたすら駆ける。

 

『馬鹿め!矮小なる人間よ、血迷ったか――ッ!?』

 

 即座に、竜が竜言語魔法を紡いで、グレンを消し飛ばそうとするが――

 

「遅ぇええええええええええええええ――ッ!?」

 

 グレンが懐から取り出した愚者のアルカナ。

 

 固有魔術【愚者の世界】が、一瞬、早く起動する。

 

 アルカナの表面に書いた血文字で即興改変した【愚者の世界】だ。

 

 グレンを含む前方上空のみに、その効果範囲を限定したもの。

 

 そのあらゆる魔術起動を完全封殺する沈黙領域が展開され、領域内に捉えた竜の魔術起動を封殺する。

 

『な、に――ッ!?』

 

 この一瞬、竜は竜言語魔法を使用できない。

 

 当然、セリカの魔術を打ち消し続けた【凍てつく吐息】――竜言語魔法の一種――も使用できない。

 

 だが、グレンが離れたことで、セリカの守りががら空きだ。

 

 押し寄せる氷の亡霊のあまりの多さに、リィエル一人では対処が出来ない。システィーナとルミアを守るだけで精一杯であった。

 

 アリッサも期待できない。一人で全方位をカバーする戦いは得意ではない。

 

 この隙に、セリカへ怒涛のごとく殺到する氷の亡霊達――

 

「あ、アルフォネア教授――ッ!?」

 

 システィーナ達が悲痛な悲鳴をあげた……その時だった。

 

「はぁい、お客様!当店での、お触りはご遠慮くださいますよう、よろしくお願いしまーすッ!」

 

 ジョセフがその間に割り込んで、トマホークの代わりに召喚した大鎌で、周囲の氷の亡霊達を薙ぎ倒す。

 

「教授、特大ホームラン、かっ飛ばしてくださいッ!」

 

 ジョセフがそう言うと。

 

 セリカが呪文を唱えた。

 

「≪■■■■■■≫……」

 

「……え?」

 

 ジョセフとシスティーナは思わず耳を疑った。

 

 どこをどう聞いても、近代魔術のルーン語による呪文ではない。

 

 まったく理解出来ない、聞いたこともない言語による呪文――古代魔術(それしか考えられない)。

 

 だが、それが、はったりでもデタラメでもないことを証明するかのように。

 

 ジョセフの、後方にいるシスティーナの見ている前で、見たこともない魔術が起動した。

 

 紅の線が奔り、瞬時に星型の法陣を、その足下に展開する。

 

 ジョセフとアリッサは直感で退避したほうがいいと判断し、システィーナ達の元へ直ちに退避する。

 

 セリカが掲げた左腕が燃え上がる。【インフェルノ・フレア】など比較にならない圧倒的な熱量を持った炎が、周囲の雪を一瞬で溶かし流し、岩肌を露呈させる。

 

 上がる赤の光焔が紅蓮に輝き、世界が真紅に染まり――その奔る熱波に当たられただけで、押し寄せる大量の亡霊達が片っ端から為す術もなく蒸発していく。

 

 そして、セリカの左手に光り輝く炎は、やがて一本の槍を形成した。

 

 その槍は、なぜか見る者に燃え盛る異形の炎獣の姿を幻視させる。

 

 そして――

 

「穿て――【クトガの牙】ッ!」

 

 セリカが、その炎槍を、そらから肉薄する竜へと向かって投擲した。

 

 キン、と大気が悲鳴を上げる。

 

 音速をゆうに超えた槍が空気を裂き、衝撃波をまき散らし、真っ直ぐ飛んだ。

 

 そして、真紅の火線が、荒れ狂う猛吹雪を真っ二つに裂いて。

 

 迫り来る竜の心臓を、情け容赦なく貫通していた。

 

 槍は雲を割って、空の彼方へと吸い込まれいていく――

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!』

 

 途端、竜の断末魔が、スノリア中に響き届く。

 

 次の瞬間、あの全てを凍てつかせんばかりに、スノリア中で猛威を振るっていた死の猛吹雪が――まるで冗談のように止んでしまった。

 

『ガ――……』

 

 力を失った竜の身体が――墜落する。

 

 落下しながら……その巨躯はマナの粒子と化して霧散していって。

 

 スノリアを滅びに陥れようとしていた、最強最悪の竜は……

 

 ……この世から消滅していくのであった。

 

「凄い……勝ったの……?」

 

「なんだ、今の呪文……?」

 

 驚愕に震えるグレン達が見守る中。

 

 空から墜ちながら、消滅しつつある竜の姿を、神妙に見つめながら。

 

「……すまない」

 

 セリカは、誰へともなく、そう呟くのであった。

 

 







次で十二章ラストです。

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