ロクでなし魔術講師ととある特殊部隊員   作:藤氏

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ラストです。

それでは、どうぞ。



155話

 

 

 ホワイトタウンの、氷の亡霊達との戦いの最前線にて。

 

「吹雪が……」

 

「……止んだ?」

 

 一晩中戦いづくめだったフランシーヌとコレットが、異変に気付いた。

 

 すると、山の麓から押し寄せていた、氷の亡霊達の軍勢が突然、動きを止める。

 

 ほどなくして、その亡霊達は、がらがらと崩れていった。

 

 その氷でできた骨片から、霊魂のような光の玉が解放され、ふわりと天へ昇っていく。

 

 夜明け前の薄闇の中、無数に立ち上る光球が辺りを仄かに照らし上げる。

 

 それは――思わず安堵してしまうような、美しい光景であった。

 

「はぁ……やっと終わったみたいですね。疲れた」

 

 ジニーが短剣を放り捨て、雪の上に大の字になって倒れる。

 

 やがて、しばらくの間、呆然としていた警備官や自警団達も、徐々に自分達の勝利と事態の収束を実感し……歓喜に沸き立ち始めた。

 

「や、やりましたの!」

 

「やったぁ!私達の勝利だぜッ!」

 

 抱き合って、喜び合うフランシーヌとコレット、聖リリィ魔術女学院の生徒達。

 

 警備官達も安堵の息を吐いて、お互いのこの一晩の健闘を讃え合う。

 

 スノリアは――救われたのだ。自分達は生き残ったのだ。

 

 そんな、勝利ムードに沸く一同を。

 

 ジョン市長とミリアは、少し離れた場所から見守っていた。

 

「市長……これから、私達はどうなってしまうのでしょうか……?」

 

 ムードとは裏腹に、ミリアの表情と声は暗かった。

 

「こんな未曽有の災害が起きてしまって……今後のスノリアの観光事業には、きっと甚大な悪影響が出てしまうのでしょう。折角、軌道に乗り始めていたのに……」

 

 ミリアの口から、堪えきれない不安と悔恨が吐露される。

 

「この街は……私達はどうなってしまうのでしょうか?……やっぱり、スノリアはもう滅び行くしかないのでしょうか?市長……私は……」

 

 だが、そんなミリアの肩を。

 

「……大丈夫ですよ、ミリア」

 

 隣に並ぶジョンが、優しく叩いていた。

 

「私達は生きている。生きている限り、諦めない限り、前に進める。……確かに、今回の災害の影響は甚大かもしれない。私達にとっては最悪の試練です」

 

 そして、穏やかにミリアへ微笑みかけた。

 

「だけど……いつか、必ず乗り越えられますよ」

 

 すると、しばらくの間、ミリアはそんなジョンの顔を目を瞬かせながら見つめる。

 

「……はい、そうですね。……そうでした」

 

 やがて、覚悟を決めたように相好を崩し、穏やかに微笑み返すのであった。

 

「ミリア。きっとこれから忙しくなる。……これからも色々と頼みます」

 

「はい、市長。私にできることならなんなりと」

 

 そして、二人はホワイトタウン防衛の功労者達を労うため、彼らの元へと歩き始めるのであった――

 

 

 

 

 ――吹雪は、嘘のように止んでいた。

 

 あの世界の終末のような激闘の終結。

 

 その余韻に、グレンやシスティーナ達は、呆然とその場に立ち尽くすしかない。

 

「…………」

 

 風一つない静寂の中。

 

 セリカは無言で、雪を踏みしめて歩き始めた。

 

 セリカが向かう先は、さきほど竜が落下した付近だ。

 

 その竜の巨躯は、マナの粒子と化して砕け、霧散してしまっている。

 

 だが――セリカは何かを確信したように、その場へ歩み寄って行った。

 

「…………」

 

 そこに、一人の少女が居た。

 

 一糸纏わぬその幼い少女の姿に、セリカは見覚えがあった。

 

 アヴェスタ山峰の遺跡の中で、自身の内界で見た、あの幻の少女だ。

 

 最早、その幻の少女は、今や幻ではない。

 

 実体を持った一人の少女として、厳然とその存在をこの世界に主張していた。

 

 その少女は、この冷たい雪原の上、一糸纏わぬ姿で、まるで死んだように眠っていた。

 

「ありゃ?な、なんだこいつ!?どっから湧いて出てきやがった!?」

 

「ちょ、こら!?先生ったら!?見ちゃ駄目です!このロリコン変態!?」

 

「酷ぇ言い草だな!?」

 

 セリカの後を追いかけてきたグレン達が、早速、騒ぎ始める。

 

「…………」

 

「どった?アリッサ」

 

「……これは、もう一回私のを味わわせなきゃ……」

 

「…………」

 

 なんか、さらりとある意味怖いこと呟かれたような気がするジョセフなのであった。

 

 ジョセフに気持ちを伝えて以降、アリッサは、他の女性がジョセフに近づくのに敏感になっていた。

 

「…………」

 

 セリカが無言でその少女の傍らに膝を折って屈み込み、少女を見つめる。

 

 その少女のなだらかな胸部――ちょうど心臓の真上辺りに、一本の折れた”鍵”が乗っかていた。

 

 セリカはその壊れた”鍵”を、そっと手で払う。

 

 雪の上に落ちた鍵は、自然とボロボロに風化して崩れ……消滅していった。

 

 そして、セリカは少女の容態を色々と検分する。

 

 その身体は衰弱しきって、ぞっとするほど冷たくはあるが――確かに命の鼓動を感じた。

 

「……生きている」

 

「はぁ!?マジかよ!?うっそだろ!?」

 

「ああ。……この先、意識が戻るかどうかは……わからないがな」

 

 そして。

 

 セリカは上着を脱ぐと、その少女の身体をくるみ、横抱きに抱えた。

 

「……セリカ?」

 

「なぁ、グレン。私はこの子を、連れて帰ろうと思う」

 

「!」

 

 グレンがセリカを見やれば、セリカの表情は真剣そのものだ。

 

 どうやら、伊達や酔狂ではないらしい。

 

「……構わないだろうか?」

 

「別に?お前がそうしたければ、そうすりゃいいさ。そうやって俺も救われたんだし」

 

 すると、セリカはしばらくの間、グレンを無言で見つめ……

 

 やがて、ぽつりと言った。

 

「……ありがとう」

 

 セリカはただ、穏やかに微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 ――。

 

 今は人っ子いない、ホワイトタウンのある路地裏で。

 

「かくして」

 

 と、その男はゆったりと歩きながら、口すさんでいた。

 

 グレーのロングコートに黒い上質のスーツに身を包み、中折れハットの四十代の男性。

 

 ハットを目深に被っているため、その造作はよく窺えないが……なんとなく端整な顔立ちであろうことが雰囲気でわかる。

 

「かの呪われし魔女は再び≪門番≫を倒し、今、大いなる智慧へと至る天の城への≪門≫は開かれたのでした」

 

 男は、誰にともなくそう呟き、足を止めた。

 

 男が首元にかけていたペンダントは二つあった。

 

 一つは鷲の頭上に十三の星が六芒星の形に並べられている紋章。

 

 一つは鷹の紋章。これは、なぜかアルザーノ帝国の王室の紋章と同じであった。

 

 この二つの紋章は世界でもかなり知られている。一つはアメリカ連邦の国章、もう一つはもしかしてもしなくても、アルザーノ帝国王室の紋章だ。

 

 そんなものを首元にぶら下げている男は――

 

「……ここにいましたか、()()

 

 背後に音もなく現れた部下と思われる男――奉納舞踊前日にルミアとフェロードをこっそり見ていた男が、そう呼んだ。

 

 長官。

 

 そう呼ばれている彼の正体は、連邦の対外専門の諜報機関である連邦中央情報局を統べる長官だった。

 

 連邦政府から莫大な予算を与えられ、それを世間に公開しない唯一の政府機関。

 

 諸外国には、政治家、官僚、軍人、知識人に対し、親連邦派にするため、買収・恐喝など手段は問わない。

 

 連邦に敵する国家元首には、親連邦派のクーデターを仕向け、失脚させるなどし、内外から『クーメーカー』と呼ばれる中央情報局。

 

 そして、連邦の国益の為ならば、非人道的な行為だろうとそれを躊躇なく行うという。

 

 そんな連邦軍とは独立し、大統領直属機関でありながら、実質、中央情報局を統率する人物。

 

 アレン=べデル=ヴァンデンバーグ――アメリカ連邦中央情報局長官その人が、そこに居たのだ。

 

「しかし、長官がこのような表舞台に、早々と姿を現わすことになるとは……」

 

 男――ピアー=デ=シルバがほんの少し、哀しそうに目を伏せて呟く。

 

「やはり、この私では王女の件については、役者不足、ということなのでしょうか?」

 

「いいや、そんなことはない」

 

 ルミアと接触するつもりが、とんだ邪魔者が入ったことによって失敗したのを、ピアーが卑下すると、アレンはやんわりといさめた。

 

「今回は、彼らも密かに動いていた。その結果、邪魔者が入ってしまって失敗しただけさ。君の能力不足ではない。こういうこともあるさ」

 

「…………」

 

「ピアー。私は君に対して全幅の信頼を置いている。それこそ、君より役職が高い他の局員達よりも、ね」

 

「……ありがとうございます」

 

「私がここに来たのは……王女はもちろん、件の組織がどうなっているのか気になったこと。そして、せっかく()が開幕した公演を、見たいから、少しお邪魔しただけさ」

 

 アレンはさも楽しそうに、口元を微笑ませた。

 

「いや、語弊があるな。遥か昔より、それこそ私が生まれる遥か前より、もうとっくに公演は開幕していたんだ。このアルザーノ帝国という劇場を舞台に、戯曲は連綿を紡がれ続け、俳優達は踊り続けてくれた。歴史の流れるままに様々な伏線は張られ、それが今、ようやく終幕に向かって、収束・回収されつつある。

 ……今回の一件は、その終幕に向けた第一幕。まぁ、脚本家兼演出家の彼は、一番良い位置で見たいだろうね」

 

 くすくすと、アレンが朗らかに笑う。

 

「まぁ、私も君も()()()()一俳優にしか過ぎない。連邦と共に一時休んでいただけさ。だが、この終幕に我々は再び出てくる」

 

「……その時、その劇場を世界に拡張し、やがて我々が支配し、終幕へと向かうわけですね?」

 

「ふふ、さぁ、どうだろうね」

 

 くすくすと笑う二人。

 

「しかし、長官。長官は、なぜ王女をそんなに気になられているのでしょうか?」

 

「…………」

 

「私は、いずれ、そう遠くない内に貴方が()()()()()()()()()()()()のだから、()()()()()()()()()()に相応しいのに、なぜ彼女が必要なんです?」

 

「……確かに君の言う通り、私があの方の遺志を継ぎ、再び()()()()()()()()()()()()に、私が統べるということはもっともなのかもしれない」

 

 ピアーの疑問に、特に気分を害しているわけでもなく、淡々と答えるアレン。

 

「だけど、あの方の遺志は最早、”理念”になっている。そう、この世界に平和と安寧に導く理念。全ての争い事がなくなる世界に導く理念。しかし、その理念には『器』が必要なんだ」

 

 アレンは穏やかに微笑む。

 

 どこまでも、穏やかに、微笑み続ける。

 

「それは、私のような『器』では入らない。彼女のようなどこまでも大きく、どこまでも深く、そんな『器』が必要なんだ。その『器』にあの方の理念が満たされた時、あの方が描いてた”理想の世界”が顕現するんだ。そしてそれが、この劇場の真のフィナーレになるんだ」

 

 そんなことを穏やかに告げて。

 

 アレンはどこまでも穏やかに、冬明けの春風のように微笑み続けるのであった。

 

 

 

 

 

 ――。

 

 

 

「ったく、ああ、疲れたー」

 

 雪を踏みつけて、アヴェスタ山峰を下山しながら。

 

 ジョセフが溜息交じりにぼやいた。

 

「いや、そりゃ、多少はなにかあるだろうなって思いましたよ?そしたら何?スノリアを滅びの危機から救っちまうって……」

 

「残業代、出るかな?いや、出すように脅す?」

 

 同じく肩が凝ったのか腕をぐるんぐるん回すアリッサが、ジョセフの隣で物騒なことを言う。

 

「……お前の場合、脅すだけならばいいんやけどな……」

 

 そうジト目で言いながら、横目でちらりと流し見れば、システィーナ、ルミア、リィエルが楽しそうに談笑していた。竜を退治した興奮冷めやらぬ……と言った感じだ。

 

 思い返せば、なんていうか凄まじく濃い一夜だった。

 

 確かに、渦中にある時はそれどころではなかったが、こうして全員無事に助かって、考えてみれば、なんと、この若さで竜退治の戦闘経験を得たのだ。

 

 こんなもの、一生忘れられない体験に決まっている。

 

 少々、語弊と不謹慎感はあるのだが、見聞広めに思い出作り(命がけの)という当初の目的(と、グレンは思っているが、本当はシスティーナ達は自分達のことを女性として見て欲しかったのが本当の目的)からすれば、今回の旅行は大成功だった(グレンは)……というわけだ。

 

「いや、思い出作りって、ホテル占拠からの教授の手によるホテル消滅に始まり、最後は竜退治ってアメリカ人真っ青のダイナミックな思い出作りやないかい。今度はもう少し、グレードを低くした方がええで……いやそれでもダイナミックなことになりそうだけど」

 

 溜息交じりに、もうこのメンバーである限り、どこに行こうが、なにしようが、ダイナミックな展開になるなと諦めるジョセフ。

 

 全身は疲労困憊のはず。だが、自分達で竜を退治したという高揚感と興奮が、グレン達にまったく疲れを感じさせない。

 

 恐らく、帰って気が落ち着いたら、泥のように眠ることになるのだろう。

 

 ざっ、ざっ、ざっ。

 

 雪を踏みながら下山する音が、ひたすらゆっくりと響き渡る。

 

 やがて。

 

 腹減ったと、ジョセフが考えていると。

 

「ジョセフ」

 

 隣のアリッサが不意に、ジョセフの肩に寄りかかる。

 

「おい、寄りかかるな。歩きにくい」

 

「あの時の話なんだけど……」

 

 ジョセフは、あのかまくらの空間にいた時のアリッサの告白を思い出す。

 

 アリッサには直接言っていないが、ジョセフが思うに、多分、アリッサは――

 

「私、本気だから……」

 

 そんなジョセフの心情を露知らず、アリッサは改めてジョセフに対して好意を抱いているということを伝える。

 

「本気だから……貴方も私のこと、本気で考えて」

 

 そう言って顔を上げるアリッサの顔は、恋している乙女の顔という見方もできた。

 

「……わかったよ」

 

 と言ったが、ジョセフにはわかる。同時にそれは、なにかが違うということも。

 

 ジョセフも両親を失ったという点ではアリッサと同じ境遇なのだから。

 

 今度、システィーナかルミア、もしくはダーシャにアリッサのことで相談した方がいいかもしれない。

 

 こうして、スノリアを襲った吹雪は止んだ。

 

 ジョセフが顔を上げれば、遥か遠き山の稜線の鞍部から朝日の顔が見えた。

 

 長かった夜の終わりを告げる、朝の陽が。

 

 その陽の眩き光は、この恐ろしい一夜を生き残ったグレン達を、そしてスノリアを祝福しているかのようであった。

 

 恐ろしき竜に打ち勝ったという自負……そんなささやかな報酬を手土産に、晴れ渡った白銀の世界を、グレン達は黙々と下山していく。

 

 ふと、何かに呼ばれたような気がして、グレンは背後を振り返る。

 

 仰ぐは、未だ宵闇の残滓漂う、遠き雪化粧のアヴェスタの高峰。

 

 延々と連なるシルヴァスノ山脈の中でも一際天に近きその偉容は、眩き黎明の光を乱反射させ、どこまでも白く、そして残酷に美しかった――

 

 

 

 





第十二章、これにて終了です。

次は、一息入れるかもしれないし、そのまま第十三章に突入するかもしれません。

感想、お待ちしておりマスタング大佐。

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